林間学校であたしは清隆に言われた通り、女子の情報をできる限り集めることに注力していた。
南雲さんのグループに入ったのも1年女子の中心人物である南雲さんの動向を探って清隆に報告するため。
松下さんに私の振る舞いについて突かれたのもきっかけではあるけどそれが主な理由。
ここで有益な情報を清隆にもたらすカッコいい女スパイであるあたし──そんな空想を抱かなかったと言えば嘘になる。
だけど現実でももう少し楽にやれるとあたしは思っていた。南雲さんの凄さはあたしにはよく分かってないけど、どんなことをしてるか、怪しいところはないか、それを探るくらい朝飯前だと正直思っていた。
だけどそんなに甘くはないことをあたしは思い知る。
「またあんた? いい加減私の邪魔ばっかりして足引っ張るのやめてくれない?」
「っ……だから別に……何もしてないって。一々ちょっかいかけてくるのやめてくれる?」
3日目の体育の授業の最中。あたしはDクラスの真鍋さんにそんなことを言われて言い返した。
あたしにとっては因縁のある相手。船上試験の最中にあたしのトラウマを引き起こした人物。
そして清隆との縁が出来るきっかけともなった相手だった。
だからこそ最初、同じ小グループになると分かった時は嫌だって抵抗したかったけどそこをぐっと堪えて受け入れた。清隆がどうにかしてくれた以上、もうあたしに絡んでくることはないとそう思っていたから。
「何もしてない? よくそんなことが言えるわね。どうせグループの足を引っ張って南雲さんを退学にさせようとか悪巧みしてるんじゃないの?」
「言いがかりはやめてくれる? そっちこそ、どういうつもり?」
だけど真鍋さんはあたしに容赦なく突っかかってくる。まるであの時のことなんてなかったみたいに。
それが不思議でしょうがなかったけど、向こうからすればあたしに色々やったことがバレたらマズいとはいえ、あたしのことが気に入らないことには変わりない。
実際1学期の頃のあたしはお世辞にも良い人とは言えなかったわけだしね。今にして思えばバカなことをしたと思ってしまう。こうも突っかかられるくらいならやらなければよかったと後悔してしまうくらいには。
だけどこれも自業自得。しょうがないことと諦める。
だからといって言われっぱなしでいるつもりもないけど。あたしは毅然に対応しようとする。
だけどそう思った次の瞬間には割って入られた。
「はいはい。そこまでねー」
「っ……麗、さん」
あたしと真鍋さんの間に笑顔で割って入り喧嘩を仲裁したのは南雲さん。
仲良くなるために向こうから名前で呼び合うように提案されそれを承諾したあたしだけど、フランクに接したり上から行くにはどうしても躊躇われる相手。
何しろ相手はAクラスのリーダーでアイドル。男子からも女子からも人気があって、それどころか上級生にも顔が利くこの学校の最上位カーストの女子だ。女王と言っても差支えない。それくらい南雲さんの求心力、人気というのは根強い。
だからだろう。南雲さんの発言には力がある。その場にいる生徒を問答無用で従わせる力というものが。
「恵ちゃん。あんまり揉めたりするのは駄目だよ。せっかくのグループなんだから仲良くね?」
「それは……」
「真鍋ちゃんも注意してね」
「……分かってるわ」
それを今回も発揮されてしまった。私まで一緒になって注意を受けてしまう。
言い返そうとしてもそれは許されない。真鍋さんにも注意を終えると南雲さんは別の場所へ行ってしまう。
こういった事が2日目の朝から何度かあった。授業の最中。掃除の最中。朝食作りの最中にも、ちょっとしたことで揉めて南雲さんがそれを止める。同じ大グループの上級生や他のクラスの生徒にも見られている中で。
そういったことが続いていたからあたしとしてもストレスを感じて気が重い。
南雲さんが何をしたいのかもいまいち読めないし、なんだったら怪しい動きもない。
こういう時は清隆に助けを求めたいところだけど今のところ接触はなかった。
もしかしたら何か向こうも厄介事に巻き込まれてるのかもしれないけれど、清隆ならそれもきっと何とかする。
だから単純に今は時期じゃないのだとそう思うことにした。その時が来れば清隆はあたしを頼ってくれるし、あたしを助けてくれる。
……まあそう信じていたとしても居心地の悪さは変わらないんだけどね。
ともかく清隆が接触してくるまでは迂闊なことをせず大人しくして我慢するしかない。
でもやっぱり出来るなら早く清隆に何とかしてほしいとあたしはやきもきする時間を過ごしていた。
混合合宿が始まって3日が経ったけど今のところは何の問題もなく順調に進行しているというのが私の見方だ。
本当に全く、何一つ問題は起きていない。
このまま順調に合宿が進行していけば最終日にはきっと良い結果になることだろう。そう確信していたため、私は今日も上機嫌だった。
「~♪ 今日も良い湯だな~♪」
「鼻歌まで歌っちゃって……機嫌良いね」
「分かる? いやー合宿が楽しくてね。テンション上がるよねー」
「我々の小グループはお世辞にも雰囲気が良いとは言えませんがね。ぶくぶくぶく……」
「森下さんは森下さんで潜ったり浮かんだり何してんの……?」
「広いお風呂なので色々試しているところです。一昨日と昨日は通常通りマナー良く入浴させていただきましたが今日は少しくらい遊んでみようかと」
「そ、そうなんだ……まあ良いのかな……」
そういうわけで私たち女子は大浴場で1日の疲れを癒やすと共に身体を綺麗にして湯船に浸かっていた。お風呂は命の洗濯だと言うが、女子にとってお風呂は身体を綺麗に保つための義務のようなもの。おそらく男子よりもその入浴時間は平均して長いだろうね。
私も美しさを保つためにしっかりと全身を洗った後に湯船にしっかりと浸かる。ここのお風呂は意外にも色々あって楽しい。今はジェットバスに背中を預け、足を組みながら女王様気分を味わっているところだ。ユキちゃんと藍ちゃんのじゃれ合いを眺めながら鼻歌を歌う。
そうしていると視線が来ているのを感じた。主に胸の辺りに。
「……気になる?」
「え? あ、いや、ごめん。つい視線が行っちゃって……」
「ああ、いいよいいよ。大きいと視線が行くのは仕方のない話だしねー」
「南雲麗の胸のサイズは同年代の平均を大きく超えているのは明らか。私や姫野ユキと比べると軽く20センチ以上の差があると思われますね。ふむ……」
「こ、こっちまで見て冷静に分析しないでくれる?」
藍ちゃんが自分の胸とユキちゃん、そして私の胸を見比べて唸る。
比べられたことでユキちゃんは恥ずかしがっている様子だ。
まあ私の方は構わない。それどころか、こういう話題は私の容姿の完璧さを称えているようで嫌いじゃない。
ちょうどからかいがいのある子達もいることだしと、私はその話を広げてあげることにした。
「私と比べちゃ劣るのは仕方ないから気にしない方がいいよ。比べるなら……そうだね。鈴音ちゃんとかが良いんじゃないかな。ね、鈴音ちゃん」
「……こっちに振らないで貰えるかしら」
浴槽の隅で身体を温めていた鈴音ちゃんに私は話を振る。
すると露骨に鈴音ちゃんは嫌そうな顔をしたが、私は構わず続けた。鈴音ちゃんの胸をその際に測定する。私の瞳は正確に女の子の身体を測定出来る。その正確さはスーパーコンピューターを自負出来るほどだ。その推測によれば鈴音ちゃんの胸のサイズは……。
「でも鈴音ちゃんも意外と大きいんだよね。どう見ても貧乳キャラみたいな属性してるのに」
「人の胸をじろじろと見ないでくれる? 不愉快よ」
「胸のサイズもクラスもD……あ、今はCクラスだから違うか。スレンダーだけどちゃんと胸はあるし悪くないね。着痩せするタイプかな」
「……その話には付き合わないわよ」
私がせっかく話を振ってあげたのにムッとして拒否する鈴音ちゃん。
それならと私は同じく風呂場にいる別の人間に声をかけた。
「この中だと……そうだね。桔梗ちゃんは鈴音ちゃんよりもちょっと大きくて伊吹ちゃんは鈴音ちゃんに負けてるかな」
「…………」
「……ちょっと。こっちを睨まないでくれるかしら」
「……べ、別に睨んでなんかないわよ」
「全く……」
「あはは……」
私がそう言えば伊吹ちゃんが鈴音ちゃんを睨んだ。鈴音ちゃんに負けることが気に食わないみたい。たとえ胸のサイズでもそれは同じ。くだらないと思いつつも気にしてしまったか。
そして桔梗ちゃんも苦笑いしているように見えて鈴音ちゃんに勝っていると聞いて意外と気分は悪くないと見た。一瞬だけど鈴音ちゃんの胸を見てたしね。
「うーん、なるほど。こうして見るとCクラスは意外と平均高いね。鈴音ちゃんや桔梗ちゃんも小さくはないし、愛里ちゃんに長谷部さんみたいな学年トップクラスもいるし。クラス平均なら2番かな?」
「う、麗ちゃん……!」
「私でも苦労してるんだから南雲さんは相当大変そうだよねー」
そしてこちらも隅の方で身体を温めていた愛里ちゃんに長谷部さん。Cクラスが誇る2トップが揃っていた。その胸のサイズは私に迫るほど。Gに限りなく近いFだ。学生でそのサイズは滅多にいないだろう──まあ私には負けるけど。
「確かに大変かもねー。肩もこるし視界は狭まるし見られるし。ね、有栖ちゃんもそう思わない?」
「思いません。そういった話題で私をからかおうと無駄なことですよ、麗さん」
「あはは……麗ちゃん、やっほー」
そうしてちょうど、風呂場に姿を現した有栖ちゃんと帆波ちゃんに水を向ける。有栖ちゃんはそれに涼しい顔で受け流し、帆波ちゃんは苦笑いを浮かべて私に手を振ってきた。それに返しつつ私は有栖ちゃんにその話題を振り続ける。
「からかってないよ。むしろ羨ましいなーって思ってね。有栖ちゃんみたいな万年Aカップの貧乳なら身体も軽くなりそうだしさ」
「その胸のサイズに似合った下品で低俗な挑発をありがとうございます。言われずとも、私は私の胸に何の不満も抱いていませんよ」
「そう? 私調べだと結構気にしてるように見えたけど……あ、せっかくだし胸が大きくなる方法でも教えてあげようか? 有栖ちゃんもBカップになれるかもしれないよ! Bクラスになったのと合わせて胸のサイズもアップさせてみる?」
「幼稚な挑発ですがここまで幼稚だと一周回って少々目に余りますね。ええ、本当に幼稚極まりない」
お、結構イラってしてる? 幼稚って3回も言ったし。笑顔だけど内心は度重なる貧乳煽りに激おこな有栖ちゃんは中々可愛らしいね。
「あはは、ごめんごめん。有栖ちゃんの胸が可愛くてついからかっちゃったよ。許してくれる?」
「もちろん、寛大な心で許して差し上げます。そもそも気にしていません」
そう言って有栖ちゃんはこちらに背を向けて身体を洗い始める。気にしてないって言ってるけどこれは気にしてるね。いずれ仕返ししてやろうと考えてる顔をしていた。
とはいえこの合宿中に仕掛けてくることはないだろう。普通の生徒は事前準備もあまり出来ないこの混合合宿で出来ることは限られている。
「そう言えば恵ちゃんは?」
「軽井沢さんは……今日も来てないね」
「ふーん、そっか。残念だね。一緒にお風呂で裸の付き合いしたかったんだけどなぁ」
私は何気なくそう呟く。それはもちろん本心だ。一昨日も昨日も恵ちゃんは混雑する時間を避け、入浴時間ギリギリにここを利用しているみたい。
まあきっと人目を避けたい理由があるのだろうし、その選択は尊重するし理解するけどもったいないよね。こういうイベントが後何回あるかも分かんないんだからもっと楽しんでほしいよね、ほんと。
オレはこれまで林間学校というものを体験したことがない。
だがそれでもこれが普通の林間学校とは違うことは分かる。ルールだけの話じゃなく、明らかに異様だったからだ。
「おい龍園……その……ちょっとは手伝ってくれないか?」
「…………」
「あ、おい……」
朝の朝食作りの時間。責任者となった啓誠はその責務を全うするために同じ小グループの龍園に声をかけるも、龍園はそれに応えず無視して近くの柱に寄りかかっている。
初日から龍園はずっとこの調子だ。見かねて明人が声を掛けたこともあったが反応することはない。
「おい、石崎。おまえもちゃんと手伝えよ」
「うっせー。……分かってんよ」
そして非協力的なのは龍園だけでなく石崎もまた同じだ。龍園が同じ小グループにいるとなってから迂闊なことをしないように口数が少なくなっている。
その点はアルベルトも同じだが、アルベルトの方は元々無口なので喋らずとも石崎ほど雰囲気を悪くはしていない。料理や掃除に関してもこちらはきちんと手伝っている。
更には高円寺という問題児もいるためはっきり言ってこのグループの状況は最悪と言っていい。
だが不幸中の幸いもまた存在した。
「放っておけ」
「葛城……だが」
「再三の忠告を行っても協力しないのであればそれは紛れもないグループの足を引っ張る行為だ」
Bクラスの葛城が鍋をかき混ぜながら啓誠に声をかける。その動作は淀みなく、普段から自炊も最低限はこなしているであろうと推測出来た。
「もしボーダーを下回っても道連れに出来る……と言うつもりか? 俺にとっては何の慰めにはならない……」
「そうではない。龍園も高円寺も退学だけは避けるためにグループの順位を大きく左右すると思われる最終日の試験では本気で望むだろう。少なくとも今こうしているような明らかなサボタージュは取れないと見るべきだ」
「それは……確かにそうか」
「ああ。だから俺たちは2人の分もやるべきことをこなせばいい。不公平には感じるだろうが食事の準備や掃除も満足に出来ずに減点されるよりはマシだろう。違うか?」
「……分かった。不満だが……そうするしかないか……」
「俺も力を貸す。今は腐らず朝食の準備を進めるぞ」
「俺もだ。頑張ろうぜ啓誠」
「オレも手伝えるところは手伝う」
「……ああ。ありがとう葛城、明人、清隆」
葛城の言葉。それにオレに明人も声を掛けてやれば啓誠も多少は溜飲を下げたのだろう。僅かに活力が戻る。
やはり葛城は頼りになる男だった。リーダーシップだけでなくその発言も実直で信頼がおける。この小グループが辛うじて集団として機能しているのは葛城の働きによるものが大きいだろう。オレたちだけではもっと悪い状況であったことは容易に想像がつく。
──しかしオレにとっての悪い状況はそれではない。
龍園を迎え入れたことによる小グループ内の不和は想定していたこと。オレにとっては問題ではない。
問題があるのは主に夕食の時間。男女共に食事を取る1時間の情報交換の時間だ。
本来ならこの時間、オレはそろそろ動くつもりだった。
女子の情報。上級生の情報。この特別試験でどんな陰謀が張り巡らされているのか。それを探る必要がある。
だがそれが出来ない理由があった。
オレの周りに張り付く視線。そして、周囲を固める上級生の存在だ。
初日の夕食時間から徹底してオレの周囲に席を取り、移動する際も必ず何人かが付いている。ここまで露骨であればオレでなくとも気づくが、気づかれることはどうでもいいといった布陣だ。
そして3日目になってもこの布陣は変わらない。おそらくこの動きは最終日まで変わることはないだろう。
どうにかして抜け出せないものかとオレは試しに動いてみることにした。食事の途中で急に席を立つ。行く先はトイレだが、食堂に近い方ではなく部屋に近い方に向かうことにした。
オレを監視しながら食事を取っていた上級生の男子生徒はそれを見て少し焦りながらも付いてくる。夕食のトレーがそのままであることなど気にも留めない。
このままでは埒が明かないため、オレは人気が少なくなった辺りで振り向いて声を掛けることにした。
「あの……何か用ですか?」
あくまで無害な一般生徒を演じる。無駄である可能性が高いが、そうアピールしておくことが大事だ。
そしてオレに声を掛けられた複数の上級生は動じることなく応じてきた。
「ああ、何でもないから気にしないでいい」
「何でもないと言われましても。先輩ですよね? クラスと名前を聞いても?」
「2年Bクラスの三木谷だが、おまえに用件はない。俺たちもこっちに用があるんだ」
向こうもまた分かっていてしらばっくれる。
無駄だと思いつつもオレもまた試してみることにした。
「もしかしてトイレですか?」
「ああ。そうかもな」
「そうでしたか。確かに食堂近くのトイレは混雑しますからね。でも先輩方がこちらを使うならオレは戻ることにします」
そう言って三木谷と名乗る体格の良い先輩の横を通り抜けて行こうとする。三木谷以外の複数の上級生、おそらく2年と思われる男子生徒も皆体格の良い人物ばかりだったが、身体で道を防いで来たりはしなかった。素直に道を開けると再びオレの後ろにつく。
「つれないこと言うなよ。せっかくだ。俺たちと一緒に連れションでもしようぜ。そんで話でも聞かせてくれよ」
通りすがりざま、馴れ馴れしくもそんなことを言ってくる。明らかに不自然な言動だ。
「すみませんが友人と約束しているので」
「そうか。それなら仕方ないな。もう行っていいぞ」
行っていいと言いながらも彼らはオレの監視を止めるつもりはないのだろう。一定の距離を取りながらもしっかりと後を付けてくる。
……この分だと啓誠や明人らと一緒にいようがお構いなしだろうな。
しかもこの監視は彼らだけじゃない。他に幾つも……それこそ数えるのに苦労するほど存在していた。
内緒話をしようにもこれでは難しい。
ならばとオレは一旦、別の糸口から探ってみることにした。
──その日の夜中。深夜1時頃にオレはこっそりとベッドを抜け出す。
夜中にもよおしてトイレに向かうという体だ。何も不自然なことはない。
そうしてトイレには向かわず外に出る。蛍光灯とは違う懐中電灯の明かりに近づいていけば、オレが日中の内に呼び出した人物が姿を現した。
「よう綾小路」
「来てくれましたか。南雲生徒会長」
姿を現したのは2年を支配する生徒会長、南雲雅。
オレが呼び出した相手だが、来てくれない可能性も考えていたためまずは来てくれたことにオレは安堵する。
「ちょうど暇していたとはいえ俺を呼び出すとは良い度胸だな綾小路」
「ご迷惑でしたか?」
「いいや、むしろ嬉しいぜ。何の用件かは知らないがこんな夜中に態々呼び出してくるくらいだ。それなりに面白い話が聞けると期待してる」
そう言って南雲兄は薄い笑みでオレの呼び出しを歓迎する姿勢を見せる。
「南雲生徒会長のご期待に沿えるかは分かりませんが聞きたいことがあります」
「いいぜ。答えられることなら答えてやる。何が聞きたい?」
「この合宿が始まってからずっと、2年の複数の生徒から監視や尾行を受けています」
「なるほど。それは大変だな」
「ええ、おかげで満足に動くことが出来ません。そこで南雲生徒会長にお聞きしますが、あれは南雲生徒会長の指示によるものですか?」
単刀直入に疑問に思っていたことを尋ねる。
それは単純な推理だ。2年生がああも複数で動いているということは、そこに南雲兄の関与があると思うのは自然なこと。
だからオレは南雲兄の答えに注力した。なんて答えるのか。この問答によって多少は見えてくるものがあると確信してのことだ。
そしてオレが注意する中、南雲兄は淀みなく答えた。
「おまえが怪しむのも当然だがな。生憎とそれは俺の仕業じゃない」
「体育祭での約束。それは履行されていると思っていいんですね?」
「ああ。当然だろ? 俺はこう見えて1度口にした約束は破らない。1年を狙いにして手も打っていなければ、堀北先輩との約束通り他人を巻き込むようなことはしてないぜ」
大グループを決める際、堀北学と勝負をすることを約束していた南雲兄からの言葉は、一見して真実に思える。
だがそれが本当であるか嘘であるかはどっちでも正直変わらない。事実として2年生が動いている。
南雲兄の関与の有無がどちらであってもそれは変わりはしない。
「ならオレの監視をやめさせることは出来ますか?」
「俺が言えば間違いなく従うだろうな。だが俺がおまえの頼みを引き受けるかは別の話だ」
やめさせることは出来るが、こちらの頼みを素直に聞いてくれるはずもない。
当然の答えが返ってきたところでオレはあえて鋭く切り込む。
「やはり妹さんが2年生を動かしているんですね」
「ほう? どうしてそう思う?」
「南雲生徒会長以外に2年生をあれだけ多く動員出来る生徒は他にいないと思ったまでです」
オレが見た限り、軽く数十人。つまり2年の半分近くはオレを見かければ観察する素振りを見せていた。
それだけの上級生を動かせる生徒は限られている。目の前の南雲雅か、妹の南雲麗か。
南雲雅が約束を守るという前提をあくまで信じるならば、その答えは必然後者になる。そのオレの考えを聞かずとも理解したのだろう。南雲兄はオレを称賛する。
「流石にそれくらいは分かるか」
「加えてオレは妹さんに目を付けられていますから」
「麗も俺と同じでおまえに興味があるのさ。だが勘違いするなよ綾小路。俺は今回、本当に何もしていない。おまえに関すること
オレに関することは何もしていない。その言葉に引っかかることはあるが、今はそれを無視してその言葉を信用して話を進める。
「つまり妹さんからの指示を仲介するようなことはしていないと?」
「そこも勘違いしてるな。確かに麗は俺の存在を利用して2年をよく使うが、それはあくまで麗が2年との交渉を有利に進めるための材料の1つに過ぎない」
「それでも実の兄である南雲生徒会長を介した方が指示はしやすいのでは?」
「それはそうだが俺があいつの頼みを何でも引き受けてると思ったら大間違いだぜ。俺と麗は実の兄妹であり家族。確かに情もあるし贔屓も全くしないと言えば嘘になるが、何か事を進める際の交渉は対等に行っている」
南雲兄から兄妹間の内情とも言うべき情報が送られる。
そしてその情報が意味するところは、今回の2年生の動きについても南雲兄の意思はあまり反映されていない。
少なくとも男子については、南雲雅ではなく南雲麗の指示で動いている。それも南雲兄妹の個人の交渉の結果によるもの。
そうでなければ対等ではない。南雲兄の気まぐれで作戦を止められるような状態に、南雲麗はしないということだ。
だからこそ2年の動きを止められることは出来ると豪語する南雲兄だが、それを行うことは決してないだろう。仮にオレがここでどんな交渉材料を持ち出そうと首を縦に振ることはない。それが約束であれば反故にするわけにはいかない。
そしてそれはオレにとって中々の窮地を意味していた。
「どうやら相当に困っているようだな綾小路」
「ええ。正直に言って相当困っています」
「そうだろうな。この特別試験は手駒の数が物を言う試験だ。おまえの手駒……特に女子は数少ないだろ? 堀北鈴音や軽井沢恵と話せないのはおまえにとって都合が悪い。女子側に関与するには女子を動かすしかないからな」
オレの手駒や交友関係についても妹から、あるいは独自で調べていると思われる南雲兄の口ぶりは、どこか憐れむようなものだった。苦笑いを浮かべてオレの不憫さに同情するように南雲兄は続ける。
「しかも大勢の生徒の信頼を集めて試験を有利に進めている麗と違っておまえ自身の状況はお世辞にも良いとは言えない。俺が見たところ1年の小グループで最も成績が悪いのはおまえのグループだしな」
「ええ。せめて南雲生徒会長と同じグループであれば多少は希望が持てたんですがね」
「大グループは完全な運で決めたからな。俺としても残念だ。同じ大グループならもう少し近くでおまえを見てやることも出来たんだが」
そう、オレと南雲兄は同じ大グループではない。
男子での話し合いの際、堀北学と南雲雅がドラフトのように1年の小グループが順番で指名していく方式を取った。その際に啓誠が代表でじゃんけんをしたのだが、運の悪いことにその順番は5番目で有力な小グループは他のグループに取られてしまっていた。
「情報の少ないおまえに教えてやるが、麗は堀北鈴音と軽井沢恵と同じ小グループだ。ついでに櫛田桔梗もな」
「そうだったんですか。教えてくれてありがとうございます」
「さすがにそれくらいは知ってたか? だが知った時は面倒に思っただろ。仮におまえが2年の監視から逃れても女子の方が捕まってたんじゃ意味がないからな」
その通りだ。南雲麗が恵や堀北と同じグループになったことはオレにとっても可能性が低いと思っていたパターンの1つ。しかもオレにとっては少し厄介なパターンだ。
あるいは監視がなければ問題はなかったが、監視がある今では接触しても長々と話すことは出来ないだろうし内緒話も難しい。
リスクを承知で夜中に会うという方法もあるが、オレはともかく恵がまず見つかるだろう。南雲麗と同じ部屋で寝泊まりしている恵や堀北に会いに行く。そんな手はむしろこちらを追い込むことにしかならない。
だがこうまでしてオレの動きを制限されると疑問点も浮かんでくる。
「先に来ていたか」
だがその疑問点について深く考察をしようとしたところで新たな来訪者が現れる。
その相手はオレもまた接触することを選択の1つとして考えていた相手、堀北学だった。
「どうして堀北元生徒会長がここに?」
「俺が呼んだんだ。繋ぎ合わせてやろうと思ってな」
「繋ぎ合わせる? どういう意味だ」
自分が呼び出した堀北学がやって来るなり、南雲雅は自分主導で話を進める。
どうやら話があったのはオレの方だけじゃなかったようだな。
「堀北先輩は綾小路の状況をご存知ですか?」
「噂は耳にしている。それがどうした」
「だったら綾小路が不利な状況に陥っていることは理解していますよね? 今回俺の妹がかなり大きく動いていましてね。このままじゃ俺がやったように1年を支配する。この試験で大きく勝ち上がるようならその王手がかかるでしょう」
「同情するならおまえが監視を解いてやったらどうだ」
「そうしてやりたいのは山々ですがそれは出来ません。それに俺の方も妹を応援してやりたい気持ちもありますしね。だからそれを止められるとしたら堀北先輩を措いて他にはいないんじゃないですか?」
「俺が止めるだと?」
南雲兄が頷く。オレと堀北学をそれぞれ見て。
「そうです。堀北先輩なら3年のAクラスを自分の手足のように使って綾小路の手助けをすることも出来るでしょう。監視を完全にやめさせることは出来ずとも隙を作ってやるくらいは出来るのでは?」
「……俺に綾小路の手助けをしろと? そんなことをして俺やおまえに何の得がある」
敵に塩を送るような行為に何の意味があるのかと堀北学が問いかける。
自分のメリットについても聞いているが、より気になるのはオレとしても後者の方だ。なぜこうもこちらに利する言動を行っているのか。
その質問に南雲兄は答えた。
「堀北先輩は俺の妹を止められるかもしれない。そして俺の方はより対等な勝負を見ることが出来ます」
「対等な勝負だと?」
「はい。だってこのままじゃ麗の勝利は決まっている。綾小路はあまりにも動かせる駒が少ない。それに比べて麗は多くの駒を握っている。これじゃ勝負にならないじゃないですか」
その点はオレも自覚している。こちらの明確に不利になる部分だ。
オレがコミュニケーションや友人作りが不得手で動かせる駒が少ないことは日陰モノであるオレの短所と言っていい。それに対して南雲麗は圧倒的にそれらの能力に優れている。
動かせる駒の数で言うなら何倍、何十倍も差がある。どんな戦いにおいても数で勝る優位性は言うまでもない。
事実、今のオレは満足に情報を得ることすら出来ていない。南雲麗に封じられてしまっている。新たに手駒を得ようにも難しいと言わざるを得ない。特に女子の方は接する時間が1日に1時間と限られている。
オレがどういう風に動くにしろそれを判断するための情報が止められ、仮に情報を得たとしても大きく動くことが出来ないように手駒との話し合いや接触そのものを封じてくる。
南雲麗は二段構えでオレの動きを止めていた。相手に何もさせずに封殺する包囲網。
そこから脱するには突破口を開くしかない。それこそ南雲雅の言うように、堀北学のような協力者が必要だ。
「なるほど。つまり南雲麗が2年を使うように、綾小路にも俺を介して3年を動かさせる。そうして2対2の戦いにするつもりか」
「ええ。そうした方がより平等に競い合うことが出来ます。綾小路は使える駒が増えて堀北先輩は目を掛けている後輩を手助け出来てついでに1年のことも助けることが出来るかもしれない。俺は堀北先輩と競い合う種目が増える。これは言わば全員が得をするウィンウィンの提案ってヤツですね」
全員にとって利のある提案だと南雲兄は口にする。
確かに一見喜ばしい提案にも聞こえる。少なくともオレには損がないことだけは確実だ。
だが、それでも疑問ではある。
南雲兄がこうもペラペラと情報を口にする理由。
南雲麗が男子にだけ先んじてAクラス入りの提案を行った理由。
オレに徹底した監視を付けている理由。
この全てが南雲麗率いるAクラスの勝利に繋がっている。
果たしてそれは真実なのか。
「……1つ聞くが南雲麗はその話を承知しているのか?」
「いえ。ですが麗なら歓迎するでしょうね。あいつも今の勝利が確定した状況を退屈に思っているでしょうから」
南雲兄の言うことを信じるなら、南雲麗の勝利は確定している。
このままオレが手を出さなければ、Aクラスは更に他を引き離すだろう。
それですぐにオレが困るわけじゃないが、Aクラスの独走はオレの状況を更に悪くするだろう。
「……そうか。だがその提案は受け入れられない」
「へえ? 窮地にある後輩を見捨てるんですか?」
「約束したはずだ。俺とおまえの勝負は他人を巻き込まない個人的なもの。南雲麗が2年を使って何かを画策することは南雲麗が勝手に行っていることであるため問題ないが、そこに俺やおまえが介入するのであれば約束に抵触することになる。後輩が窮地にあるからと言ってそれを認めるわけにはいかない」
「なるほど。そういうことでしたか……堀北先輩らしい理由ですね。そういうことであれば俺も提案を取り下げますよ。綾小路を助けてやりたい気持ちはあったんですが先輩にそう言われちゃ仕方がない」
「話はそれで終わりか」
「ええ。そういうことだ綾小路。俺も堀北先輩もおまえを助けることは出来ない。悪いが後は自分で何とかしてくれ」
「分かりました」
オレはその堀北学と南雲雅のやり取りに、自分の思考が定まっていく思いを感じていた。
──どうにも南雲麗にこうなることは読まれていたらしいな。
堀北学としても南雲雅の提案は受けるわけにはいかなかった。オレとしてもその方がありがたい。
なぜならもしこの場でその提案を受けてしまえば、南雲雅が本格的に動き始める可能性がある。
堀北学がオレを手助けするために3年のAクラスや手駒を動かすように、南雲雅もあくまで南雲麗を助けるためと言って自ら他者を攻撃するような手を打つことが成り立つ。
それは堀北学にとっても都合が悪いが、オレにとっても体育祭で結んだ1年を標的にした仕掛けを打たない約束もまた合法的に破られることになってしまう。
そしてこれはあくまで想像だが、オレが仮に南雲雅に声をかけず、先に堀北学に接触を試みたとしても南雲雅はその場に現れただろう。
そうして今と全く同じ提案を行ったはずだ。堀北学の介入を防ぐために。
つまりオレが協力を求めるような手は未然に読まれていてそれを封じる手も打っていた。
この推測が正しいなら、南雲雅と南雲麗はそれぞれ自分の策謀を成功させるためにそれぞれを協力者として動かしているはず。
男女で試験が分かれていても関係ない。男子側を南雲雅が、女子側を南雲麗がそれぞれ支配して試験を動かす。
そして南雲雅の目的は堀北学で、南雲麗の目的はオレ。どちらも相手に勝利することを目的にしていると思われる。
ここまでの情報とそれらの条件を総合的に考えてみれば、自ずと符号する部分とそうでない部分が出てくる。
まだ少し情報が足りないが、表か裏かのどちらかでやるべきことは変わってくるだろう。
表ならオレはあるいは何もする必要がないかもしれない。
だが、もし裏なら……。
その時はオレも多少のリスクを覚悟した手を取る必要があるかもしれないな。
もしかしたら次回で混合合宿編終わるかも? 次は早めに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。