試験4日目からオレは早速動き始めた。
試験も今日で折返し。早く情報を得なければ手遅れになる可能性もある。
だが2年生の監視の目があるため迂闊には動けない。直接食堂で恵と接触しようとしても妨害が入るだろう。
だからオレはまず恵と会うための場を作ることにした。
監視の目があっても露骨な暴力や接触は出来ない。だからオレはまず、露見することも想定した上で恵にオレからの指示を書いた紙を渡すことにした。
それ自体はさほど難しいことじゃない。夕食の際、向こうもまた指示が欲しくて1人になっているところでそれとなく恵のテーブルに置くだけでいい。
その際に恵の方にもオレに対するほど露骨じゃないが、監視の目があることを確認するが、それがあったところでオレが渡した紙を恵から奪い取るようなことは出来ない。もしそんなことをすれば騒ぎになりかねないし、実際に騒ぎにする。
そういう意味ではそうなってくれる方が都合が良いが、さすがに迂闊な真似をして付け入る隙を作らないように厳命されているのかそういうことはなかった。オレからのメッセージカードは恵へと渡る。
これで向こうはオレが恵に接触したことを知るだろうが、何が書かれているかまでは読み取ることは出来ない。紙には人目のつかない場所で読んで読んだら処分するように書いておいた。
恵がその指示通りに動いてくれると信じてその日の行動は終了だ。この日は恵に簡単な指示を送れただけでも良しとする。
あるいはこういった書面でのやり取りでも情報交換は出来るが、それだけでは不測の事態に対応出来ないし、単純に手間がかかる。出来れば人目につかない場所で会うのが理想的だ。そして、そのためのメッセージでもある。
──そうして試験5日目。ようやっとその機会が訪れる。
オレは……ある方法を用いて恵と接触することに成功していた。
「清隆。こっちこっち」
「先に来ていたか」
「うん……というかこっちも抜け出すの超大変だったって言うか……まさか清隆の言う通り監視されてるなんて清隆に言われなきゃ気づけなかった」
オレは林間学校の本棟と分棟の間辺りにある林の中で恵と落ち合う。
予めメッセージカードで示し合わせていた合流場所だ。
一応辺りを確認しつつオレは恵と同じようにその場にしゃがみ込む。今頃2年はオレを必死に探しているだろうからな。見つかる可能性は出来る限り下げておきたい。
「…………」
「どうした?」
「は、はぁ? なんでもないけど?」
時間も惜しいため早速情報を直接恵の口から聞こうとしたのだが、恵が何やらじっとこちらを見ていたため問い返すも何でもないと顔を赤くしながら言い返される。その様子が少し気になったが、世間話で時間を消費する余裕はない。
「そうか。なら聞かせてくれ。女子側はどうなってる? それとおまえ自身の状況はどうだ?」
オレがそう聞くと恵は少し不安気に話し始めた。
そこでオレはようやく女子側の詳しい事情を知る。
夕食時に少しずつではあるものの表面上の情報は拾ってきたが、その詳細までは知りようがなかった。
特に南雲の小グループ。恵が所属する小グループの状況は全く下りてこなかった。
だがここでそれを耳にし、オレの中に新たな考察材料が加わる。
「真鍋が動いてる、か」
「そう。それって絶対おかしいでしょ? 真鍋は清隆が弱み握ってるはずなのに……」
「確かにな。恵を再び虐めるようなことをすれば問題行動が蒸し返される。そのリスクに気づかないはずがない」
その危険性があることを承知の上で、Dクラスの真鍋は恵と度々衝突している。
となれば状況が変わったと見るべきだ。オレに弱みを握られているはずの真鍋が、ここに来て心変わりするほどの何か。
だがその何かがあるとして、その目的は不可解なものだ。
「でも……大丈夫だよね? 真鍋からちょっかいかけて来てるのはグループの皆が知ってることだし。そもそも責任者は南雲さんだしさ」
そう。もし仮に──恵を退学させるつもりなのだとしたらその問題が付き回る。
幾ら言い合いになっているとはいえ仮に小グループがボーダーを割っても同じく問題になるのは恵だけでなく真鍋も同じ。同じ小グループの堀北などが申し立てすれば学校側も審議に入るだろうが、その時には同じく問題行動を起こしていた真鍋も審議の対象となる。
そしてそれをねじ伏せたとしてもまず退学になるのは責任者の南雲だ。
あの南雲が退学になるようなことをするとは思えない。絶対にボーダーを下回らないように調整してくるはず。
ましてAクラスからは他クラスに対してAクラス入りさせる提案を持ちかけてもいる。そんなことをする以上、南雲はAクラスを勝利させる道筋を立てているはずだ。
だから南雲が責任者である以上は安全だ。南雲がその信頼を捨てるような手を打つはずがない。
そこまで考えたところで、オレは内心に言葉を作った。
──危ないかもな。
そして続いて思考する。それを止めるにはどうすればいいかを。
生半可な方法では南雲に先回りされて封じられてしまうだろう。あるいは既に封じられてしまっていると見るべきだ。
詳しくはまた調べなければ分からないが、南雲の所属する大グループの構成によってはそれもあり得る。
何よりオレが指示を出すことが出来る恵や堀北に1番近くにいるのがその南雲だ。この1回の指示出しである程度対策を講じることは出来ても、それ以降に何かが起こればオレは何も手を打てない。
恵や堀北にアドリブで南雲の手を防ぐことを期待するのは無理筋だ。となればオレが何とかするしかないが、そのオレが関われない。
女子と男子で分かれるという特別試験のルールがオレを阻んでいる。
今日から夕食時に毎回恵に指示を預けて動いてもらうといった方法ではどうしても後手に回ってしまう。
あるいは強引な手を使えばそれを防ぐことも出来るが、その手はオレにとっても出来れば使いたくない方法だ。
どうするか……。
幾つか方法は思いついたものの、それらは全て恵の動きにかかっている。恵が上手く動くことを前提に、南雲が読みきれない、あるいは対応出来なければいいが……どれも確実性はない。
とはいえここで答えを出さなければならないだろう。時間はあまり残されていない。
悩んだのはほんの数秒。それを経てオレは決断しようとしたが、そこで恵が表情を僅かに歪ませる。オレは気になって声をかけた。
「どうかしたか?」
「……さっきの体育の時間に痛めたかも。すっごい走らされた上に真鍋にもちょっかい掛けられたせいで転んじゃってさ。マジ最悪……」
足首の辺りを軽く擦りながら恵は自身の不運を嘆き悪態をつく。
啓誠も似たようなことになっていたが、やはり運動が不得意な生徒にとって少なからず身体を酷使するこの合宿は辛いものがあるのだろう。そうなるのも無理はない……が、真鍋のせいで転ばされたか。
オレはそれを聞いて状態を確かめることにした。
「ちょっと見せてみろ」
「え……や、嫌なんだけど」
「怪我の状態を確認しておきたい。おまえの今後にも関わることだ」
なぜかオレの言葉を拒否してきた恵だが、オレが少し強めにそう言えば小さく頷いた。ジャージの裾をまくり上げて足元を見せてもらう。
するとそこは僅かだが赤みが差していた。啓誠ほど重くはない。極めて軽い打撲、打ち身と言ったところか。
「どうしよう清隆……このまま試験で走れなかったら……」
恵は自分の怪我の状態を見て最悪を想像する。試験で走れない、あるいは走れてもボーダーを下回るようなことがあれば成績の悪さで道連れされるような事態もあるかもしれないと。
だがオレの考えはむしろ逆だった。これは不運ではなく、むしろ幸運なこと。
「真鍋に突き飛ばされた。その時は他に誰かいたか?」
「え? 何よ急に……どうしてそんなこと知りたがるわけ?」
「いいから教えてくれ」
「それは……えっと、突き飛ばされたっていうか向こうも走ってる最中に私に突っかかってきた感じで不注意だったと思うけど、周りの人も結構見てたかな。すぐに南雲さんや堀北さんがやってきて真鍋さんや私に注意してたし」
目撃者は多数、か。それならば問題はない。
オレは恵に指示を伝える。
「そうか。なら恵。おまえはすぐに動け」
「え、動けって……何をさせるつもりよ」
「それをこれから教える。いいか。まず──」
それから詳しく、恵が取るべき行動を教えると恵は頷き、目的の場所へ向かって行った。オレもそれから少しして食堂に戻る。有効な一手を打てた以上、もうここに用はない。
私、真鍋志保にとって軽井沢恵は気に入らない相手だ。
伊吹さんとか他にも気に入らないヤツはいるけれどこの女は特に私の心を不安にさせる。
なにしろ夏休みの船上試験で、私は軽井沢恵を追い詰めた。
その時のことを弱みにされて、脅されるようになった。
そのせいでクラスを裏切る羽目にもなったし龍園くんには睨まれるしで良いことがない。
Dクラスの女子の中での求心力も落ちた。許された、脅されていたとはいえ1度裏切った事実は交友関係にも影響が出る。
私は悪くないのに。いや、確かに軽井沢恵にやったことは少しやりすぎだったかもしれない。
だけどその原因となったのは他でもない軽井沢恵だ。
そもそもあいつがリカを突き飛ばしたから悪いんでしょ。
それなのにあいつはふざけた態度を取った。だからちょっと分からせようと思っただけ。私も悪いけれどあいつも悪い。
だけど弱みを握られている以上、何も出来ない。
そんな時だった。あの人に……南雲さんに声を掛けられたのは。
南雲さんは全てを理解していた。私が脅されていること。私が軽井沢恵と揉めたこと。
そして私が悪くないことも全部。
その上で協力を持ちかけてきた。軽井沢恵を退学させるために。
南雲さんの指示通りに上手くやれば、いずれAクラスに引き上げることを条件に。
そして私の弱みを握ってる相手もまた封じてくれると。
どれも私にとって都合のいい条件で動かない理由はなかった。ちょうど龍園くんがリーダーから下りたのも都合がいい。石崎や椎名、金田であれば龍園くんほどの怖さはない。
それに運も良かった。南雲さんの話によれば軽井沢恵を狙うことが難しくなる可能性も僅かながらあったらしい。
だけどまんまと軽井沢は懐に入ってきた。
後は南雲さんの言う通りに軽井沢さんと揉めるだけ。何度も何度も。揉め事を起こす瞬間だけは見られずに、執拗に狙い続ける。
そうすれば後は南雲さんが何とかしてくれる。
だから私は安心していた。その時になるまでは。
「え……? ど、どういう事ですか?」
「軽井沢が負傷した。その怪我の原因だが、軽井沢はおまえに突き飛ばされたと言っている。それは本当の話か?」
夕食後。部屋にやってきたCクラス担当の茶柱先生に「軽井沢が保健室で休んでいる」と伝えられる。
その際に、私に突き飛ばされたのだと証言しているらしい。
「どうなんだ?」
「い、いえそんな……」
それを聞いた時、真っ先に浮かんだのは軽井沢への怒りだった。
確かに揉め事を起こしたけど怪我は関係ない。軽井沢が勝手にこけただけだ。
それを私のせいにするなんてありえない。私は悪くないのに。
だから私は茶柱先生の追求に「私は関係ない」と証言しようとした。
だが、その前に私を止めた人がいた。
「真鍋ちゃーん」
「っ……南雲さん」
同じ部屋でそれを聞いていた南雲さんがいつの間にか私の背後までやって来ていた。
笑顔と間延びした声で私の名を呼ぶ。そうしながら茶柱先生に向き直った。
「嘘ついちゃ駄目だよ」
「……え?」
「茶柱先生。私見てました。故意ではないですが、体育の時間で恵ちゃんと真鍋ちゃんが揉めてその際に恵ちゃんが転んでしまったんです。恵ちゃんが言ってるのは多分そのことだと思います」
「ふむ。そうなのか? 真鍋」
「え、あ……そ、その……」
南雲さんのしっかりとした証言。てっきり私と口裏を合わせてやってないと弁護してくれるのかと思った私の期待を裏切り、南雲さんは正直に見たままを口にした。
その話を聞いた茶柱先生から確認を受け、私はついしどろもどろになってしまう。なんて答えるべきか。
迷ってしまった私に、再び南雲さんが笑顔で告げる。
「わざとじゃなかったんだよね? でも怪我させちゃったのは事実だし、謝りに行かなきゃダメだよ真鍋ちゃん」
「な、南雲さん……で、でも……」
「まあまあ。言い分があるのも分かるけどさ。今はとにかく謝りに行こうよ。ね? 私も付いてってあげるからさ」
南雲さんは有無を言わさず私の肩に手を置いて親身になって私を説得しようとする。
茶柱先生からその顔は見えない。だけど私にはその薄い笑みが見えた。その威圧も。
いいから黙れ、と言う無言の圧力を南雲さんから感じた。
「グループの足を引っ張っちゃったんだから、さ」
そして続いた言葉は私に対する脅し。そして忠告。
ここで認めないと、私が大変なことになる。そのことに、私はかなり遅れて気がついた。
「……う、うん。茶柱先生、南雲さんの……言う通りです。わざとじゃないですけど……」
「……そうか。故意じゃないのであれば特に問題にはならないだろう。幸いにも軽井沢の怪我の状態も軽い。証言が食い違っているのは問題だが、互いに揉めたことは軽井沢からも確認が取れている」
「はい……」
「一先ず詳しい事情を聞きたい。とりあえず付いて来い」
「茶柱先生。私だけじゃなく他の小グループのメンバーもその時のことは見てました」
「そうか。なら後で軽く話を聞こう」
「私も付いて行きますね。生徒会の一員として生徒同士の揉め事は放っておけません」
「……ああ。それならおまえも付いて来い」
「はい。それじゃ行こうか真鍋ちゃん」
「う、うん」
南雲さんと茶柱先生に言われるがまま、私は部屋を出て保健室へと向かう。そこで軽井沢に頭を下げるために。
林間学校が始まって8日目。その日は最終日であり試験が実施された後、結果発表が行われる日だ。
オレはこの数日間、上級生からの監視を受けつつも小グループの維持に努めた。
高円寺や龍園というグループの和を乱す要素はあったものの、それ以外については何とか乗り越えて試験に臨むことが出来た。おかげでボーダーを下回る心配はない。
だが問題はオレたち以外の結果だ。
「それでは、これより男子グループの総合1位を発表しますが──」
教師と思われる初老の男から男子には退学者がいないことを先に通達され、その後に結果が発表される。
順位を読み上げる際、3年生の責任者の名前が呼ばれるが、オレは頭の中で読み上げられた生からその1年生の小グループの順位に変換していく。
1位はDクラス中心の金田グループ。
2位はCクラス中心の平田グループ。
3位はAクラス中心の神崎グループ。
4位は幸村が責任者のオレたちのグループ。
5位はもう1つの余り物のグループ。
そして6位がBクラス中心の橋本グループとなる。
この結果、特にBクラスが最下位でDクラスがトップという結果は中々意外なものだったが、この試験は2年や3年も含めた大グループで競い合うもの。
大グループ決めの際、じゃんけんに勝利した金田が堀北学がいる小グループを、平田が南雲雅率いる小グループを選んだことが功を奏した形だ。
逆に神崎率いるAクラス中心の小グループは運に恵まれなかった。それでも3位につけてる辺り総合力はかなりのものだっただろう。
不可解があるとすればBクラス中心の小グループだが、こちらも運に恵まれなかったか、あるいは……と言ったところだ。
これによりDクラスは大きなポイントを得て再びCクラスに。オレたちCクラスはポイントを伸ばしたもののDクラスへ戻ることになる。こうなってくるとCクラスの生徒としては複雑だろう。Aクラスに更に差を広げられなかったことは良かったが、Dクラスが勝ったことでクラスは落ちる。出来れば自分たちか、Bクラスに勝ってほしかったところだろうがそう上手くはいかないか。
しかしだ。問題は男子ではなく女子。
オレは南雲や堀北のいる小グループを視線に捉えながらその結果を聞くことにした。
上級生の集まりでは南雲兄が堀北兄に白々しい賛辞を送っている。
「それでは次に……女子グループの発表をしたいと思います。1位のグループは、3年Cクラス、綾瀬夏さんの所属するグループです」
そして次の発表は女子。まずは順当に、1年Aクラス中心の小グループが所属する大グループが1位を取る。
続いて2位は1年Bクラス、坂柳と一之瀬が中心の小グループ。
3位はCクラス中心の小グループで4位はDクラス中心の小グループ。5位は寄せ集めの小グループで愛里や波瑠加がいるのもこのグループだ。
「えー……誠に残念なことではございますが、女子グループの中からボーダーを下回る平均点を取ってしまった小グループが存在します」
初老の男の言葉に体育館が静まり返る。
そんな中でも南雲は笑顔だった。よほど自信があるのだろう。自身がリーダーを務めるAクラスの勝利を疑っていない。そんな様子だ。
だがオレも南雲と同じ結果を予想している。
この特別試験。その結果は──間違いなくAクラスの勝利だ。
「まずは最下位のグループですが……3年Bクラス、猪狩桃子さんの所属するグループです」
それを耳にした瞬間、恵や堀北の表情が硬くなった。
もしボーダーを下回ってしまえば、南雲は退学になる。
だが南雲は笑顔をまだ解かない。
結果が分かりきっているのに動じる意味はない。
「そして次に、平均点のボーダーを割ってしまったグループは……」
あるいはここで、南雲の策が嵌っていれば南雲もまた表情を歪めてみせたのだろうか。
「同じく3年生──」
だが考えても仕方のないこと。
「責任者──猪狩桃子さんのグループです。以上となります」
その結果。南雲やオレも予想していた通りの結果を多くの生徒は驚きを持って受け止める。
南雲兄が嬉しそうに笑い、3年Aクラスの生徒たちが騒ぎ出す。
そんな中で、南雲もまた笑っていた。
「いやー危ない危ない。もしかしたら私が退学になるのかと思ってドキドキしたよ。ね、恵ちゃん?」
「う、うん……」
南雲は近くにいた恵にいつもの態度で話しかける。
だがさすがの恵も自分がもう少しで退学させられそうだった、それを仕掛けようとしていた相手から平然と声を掛けられても普段通り応じることは出来ない。
堀北の方も心配そうに堀北兄の方を見ている。猪狩という生徒が道連れに橘茜を指名したことで南雲兄の戦略は見事成功した。そのことを憂いているのだろう。
そして南雲兄と堀北兄、橘茜のやり取りが行われる中、そこに人の目が集中している隙を見計らってまっすぐにこちらに向かってくる生徒が1人。
「綾小路くーん、ちょっといいかな?」
その相手は南雲。可愛く、それでいてどこか含みがありそうな笑顔を浮かべてオレを誘う。
これ以上、ここにいても南雲兄が喜ぶ姿を見れるだけで意味はない。
人の目が向いてるならこっちにとっても好都合だとオレはその誘いに乗ることにした。
「ああ。分かった」
「良かった。それじゃ付いてきて」
南雲が体育館を出ていくのに合わせてオレもまたその後を追う。
そうして廊下を経由し、1度外に出て建物の裏に回る。
「ここでいいかな」
結果が発表されたばかり。しかも衝撃的な出来事が起きたこともあって当然だが辺りに人はいない。
何もなくとも人が立ち寄らない場所でもあるからな。内緒話をするにはうってつけだ。
辺りに人がいないことを確認し、南雲はこちらに振り返る。
「さて、まずは祝っておこうかな。おめでとー綾小路くん」
「祝う? 祝われるのはむしろ南雲の方だ。これでAクラスは更に他のクラスを引き離した」
オレが祝われる理由はないと口にすると南雲は少し屈んで上目遣い。その上でニヤニヤといたずらっぽい表情を浮かべてきた。
「またまたぁ。分かってるくせに。本来なら私たちAクラスは最下位で終わるはずだった。それを頑張って防いでくれたのは綾小路くんでしょ?」
当然、南雲もまたそのことには気づいている。
だからこそここでいつものようにしらばっくれることは無駄だろう。監視の目や恵の動きで南雲は確信している。
だからオレは素直な感想をまずは口にすることにした。
「正直危ないところだった。気づくのがもう少し遅れていたら。あるいは真鍋がチャンスをくれなければオレとしても難しい判断が迫られるところだったからな」
「話を円滑に進めるために協力してくれてありがとね、綾小路くん。やっぱりその感じの方が気持ち悪くて好みだよ。これで逢引がもっと楽しくなるね」
オレがいつもの態度をやめたことで南雲は嬉しそうにはにかむ。その上でオレの言ったことに頷いてみせた。
「それで真鍋ちゃんのことだけど……その前に、そもそもよく気づけたね? 私が恵ちゃんを退学にさせるつもりだったってさ」
「そうだな。確かに面白い戦略だった。まさか信頼を裏切るつもりだとはオレも最初は気づけなかった」
オレは南雲の戦略。その仕掛けに面白さを見出す。
南雲が仕掛けたその戦略で重要なのは、他ならぬ『南雲麗』が立てた戦略だということ。
「へぇ、それはそれは。褒めてもらって嬉しいね。せっかくだから、私の戦略のどういうところが面白かったか綾小路くんの口から直接聞かせてくれない?」
南雲はオレからのネタバラシを望んでいる。
オレはそれに応えてやることにした。
「まず大前提として南雲は1年の中でも突出して信頼を集める生徒だ。Aクラスのリーダー。アイドル。生徒会の副会長。実力があり、友人も多く、頼りになる生徒。その人気で並ぶ生徒は他にいない」
「事実を口にしてくれてありがとね。それで?」
「南雲は誰よりも信頼のおける生徒だ。それは間違いない。だが、その情報を頭に入れて考えると自然と罠に嵌まることになる」
南雲が信頼のある生徒だ。
それは一之瀬のような人格の部分というより、その人気に陰りが差すようなことはしないだろうという人気の部分に関する信頼。
だがそれを前提にしてしまうと気づくことは難しい。
「まさかあの南雲が、自分を生贄に自分のクラスのポイントを削ってまで誰かを退学にさせるはずがない──その前提こそ、真贋を見抜く目を曇らせる『思い込み』だ」
南雲がそんな手を打つはずがないという思い込み。
それを補強するためにも南雲はこの試験の最初の時点で手を打っていた。
「うんうん、いいよいいよ。それで?」
「男子のグループ決めの際、Aクラス入りの提案を持ちかけたのもその信頼を更に補強するためなんじゃないか?」
「嘘ではないけどね。Aクラス入りの契約自体は本当に持ちかけてるし反故にするつもりはないよ」
「だがその信頼に陰りが差すことを許容した」
Aクラス入りを謳って大言壮語しておきながらクラスポイントが大幅なマイナスで終わり、更には南雲も退学しそうになったとなれば当然その信頼は落ちる。
だからこそ南雲はそんな自爆特効染みた手を取らない。これまでAクラスのリーダーとして完璧な手腕を見せてきた南雲が取る手じゃない。独走しているAクラスがそんな手を取ることはないだろう。
そのこれまで積み上げてきた信頼を、南雲は裏切ろうとしてきた。ただオレに一泡吹かせるためだけに。
「あはは、そうだね。なら男子だけに先に持ちかけた理由は分かる?」
「グループ決めを優位に進めるため、で合ってるか?」
「正解~。これは簡単だったかな?」
女子側でAクラス入りの提案をしなかった理由は、小グループの構築を思い通りに進めるため。
もし女子側でその提案を行えば坂柳や堀北、それに椎名といった生徒が反発する。賛同に傾く生徒もいるかもしれないが、そこは南雲の計算上そうはならないと読んだのだろう。女子は男子よりも群れる生き物だ。それは女子にとっての本能。
クラスを裏切って南雲の提案に乗ろうという生徒が出るかどうかは他クラスの不利を加味して考えても未知数。個人の意識だけでなく集団の流れにも左右されてしまう。
そこを坂柳などに突かれるのを嫌がったか。3クラスに結託でもされてしまえばグループ決めも思い通りにいかなくなる。
それに肝心の恵もまたCクラス中心のグループから離れなくなる可能性が高い。
とはいえそこはある生徒によってある程度は操作しようとしていたのだろう。オレはその生徒を名指しする。
「加えて恵を孤立させるために松下にも指示を出したな? 松下の発言がなければ恵も動くことはなかっただろう」
「それも正解。そうでもしなきゃ恵ちゃんを動かすことは出来ないからね」
南雲は嬉しそうに頷く。オレの実力を見れている現状がよほど楽しいらしい。
「とは言え恵がそれでもCクラス中心の小グループから離れない可能性もある。その時はどうするつもりだったんだ?」
「んー、その辺はアドリブかな。真鍋ちゃんだけじゃなく松下ちゃんとか桔梗ちゃんとか他の子をもっと動かして嵌めるか、そもそも狙いを別の子……例えば鈴音ちゃんとかにするとかね。そうしたら綾小路くん困るでしょ?」
「ああ。確かに困るな」
その時はオレもまた違った対応を求められることになっただろう。
南雲の実力ならクラス同士の話し合いの中である程度、望む結果に導くことは難しくなかっただろう。予め動きを読みつつもズレが生じるようならその場で修正を行うつもりだった。
だが結果的に恵はオレの求める通りに動こうとして南雲の懐に飛び込んだ。
「でも真鍋ちゃんを主軸にしたのは失敗だったかなー。さっき綾小路くんが言ったように真鍋ちゃんがおバカなことしなければもうちょっと駆け引きを楽しめたんだけどね。もうちょっと強めに言っておくべきだったかな。やっぱ恨みとか怒りのコントロールは難しいね」
「それに運も良かった。恵が怪我をしたのは本当に偶然だったからな」
「そうだね。それがなければもう少し粘れたけど……だとしても結果は同じかな。綾小路くんなら容易くやっちゃうでしょ? 恵ちゃんに怪我を負わせるくらいさ」
南雲はオレが取り得た選択肢を見事言い当ててくる。
そう、真鍋が恵を突き飛ばしたという過程が出来た時点で、恵を救うことは難しくなかった。
必要だったのは過失の割合を大きく真鍋に傾けることだ。
そのためには真鍋が決定的に小グループの足を引っ張る必要がある。誰が見ても分かるほどに。
だからこそ恵が転んだ時にある手が使えた。
それはかつて龍園が体育祭で使ったような手。
それを恵自らに選択させる。
「ああ。あるいはそういった手も考えていた」
オレ自身が、恵に怪我を負わせること。
そういったリスクのある手を取ることも考えられた。その時は上手く恵の感情がオレから離れないように流れをコントロールする必要がある上、それを行っても恵がどう思うかは難しいところだ。更には怪我を負ったことで試験にも影響が出る。
だが真鍋が怪我をさせたという結果さえあれば、恵が足を引っ張ったのは真鍋のせいだという図式を作ることが出来る。
そうなればもし強引に恵を道連れに選んだ時も戦える。学校側に異議を申し立てて審議に持ち込むことが出来る。
だが逆に言えば、そういった明らかな過失がなければ強引に恵が道連れ対象に選ばれることは避けられなかった。
オレが状況を知った時には既に真鍋と恵は何回か皆が見ている前で揉めていたからな。それもどちらが発端という部分は曖昧にした状態で。
「うわぁ、怖いなぁ。これは強引にやらなくて正解だったかな。一応そういうプランも考えてはいたんだけど」
「恵が審議の対象になった場合、Aクラスの姫野と森下。裏切り者の櫛田。後は真鍋を退学にしたくないであろう椎名までは味方に引き込める可能性があるからな」
そうなれば同じ小グループの味方は堀北だけ。Bクラスの山村やDクラスの伊吹がどう証言するかは分からないが、詳しい状況を知らなければ証言としては役に立たない。
そこで南雲含む他の面々や、大グループの上級生まで口裏を合わせておけば幾ら恵自身や堀北が申し立てようと無駄に終わる可能性は高い。
だが真鍋が怪我を負わせたという明確な過失がある以上、幾ら口裏を合わせても真鍋が小グループの足を引っ張ったことは確実だ。
そうなれば南雲は恵ではなく真鍋を退学にするしかなくなる。大量のクラスポイントとプライベートポイントを無為に消費してしまう可能性を考えればあの時点で引くのは正しい判断だ。
その判断力やここまで込み入った戦略を南雲兄と協力しながらも実行に移したことからも南雲の実力は相当に高い。
その南雲がオレを称えるように軽く拍手をする。
「やっぱりさすがだね、綾小路くん。私の打った手も、特別試験のルールも、私が配置した監視すらも振り切って手を打っちゃうなんてさ」
「2年生を動員した監視はかなり手を焼かせられた。単独で動く者にとってあれだけの数を動員させられれば普通は動けない。そっちこそ流石だな、南雲」
「でも動けたじゃん。しかも無茶苦茶に強引な方法で。それで褒められてもなー」
「それでもだ。逆に言えば、強引に突破するしか方法がなかった」
2年の監視から抜け出すために、オレは多少手荒かつ強引な方法を使わせてもらった。
それは言ってしまえば簡単なことだ。
──強引に逃げて、それでも追ってこれた者は一時的に動けなくなってもらうだけのこと。
向こうも大勢による監視や妨害というグレーな行為を用いている以上、多少暴力を振るったところで学校側に泣きつくことは出来ないし、そもそも証拠がなければ訴えることも出来ない。
と言っても監視の殆どは食堂を出てからの突然のダッシュで撒くことが出来たので暴力を用いたのは偶然こちらを捕捉してきた1人だけだ。
恵の方の監視は幸いにも薄かったため、隙を見て抜け出してもらいつつオレは落ち合うだけで良かった。
無論、その行為によってオレの脚力や暴力の強さは2年生のごく一部の生徒や目の前の南雲にはバレてしまったがそれはもう今更構うことはない。
重要なのはここで、南雲の手を読み切ったと示してしまうこと。
「……やっぱりさすがだね。まさかここまでやるなんてさ。綾小路くんのことはこれまで見てきて結構『理解』出来てたと思ってたんだけど」
「悪いが南雲。おまえにオレは倒せない」
さあ、どうする南雲。
これ以上続けても無駄だと示すように宣言する。
その上で南雲が何を言うか、オレはそれを見続けた。
南雲が軽く息を吐いて苦笑いを浮かべる。オレに策を見抜かれたことで、どこか諦めと嬉しさが入り混じったような複雑な表情。
オレはそれを見た。そして──
「──そうだね。私の負けだよ、綾小路くん」
いともたやすく、南雲は敗北宣言を口にした。
私は綾小路くんの底知れない実力を覗き見た。
知力も暴力も何もかもが一級品でそのほぼ全てが私を上回る。
だからこそ、私は潔く敗北宣言を口にした。
「……それは、これからはオレを狙うことを諦めるってことでいいのか?」
私の言葉を聞いて綾小路くんが私の意思を確認してくる。
まあ疑うのも無理はないけどね。
だけど私は本心から白旗宣言を上げて見せる。
「そうだね。これからは綾小路くんに軽々しく勝負を挑むこと
「挑むことは、か」
僅かな言葉の引っかかりも当然のように見抜いてくる。私はふっと笑って頷くことにした。
「挑むのはやめるけど……別の意味で興味が出てきたかな」
「別の意味?」
「そう。別の意味だよ。勝負の相手じゃなくて別の相手になってもらおうかなって思ってね」
頭に疑問符を浮かべる綾小路くんに私はいつもの笑顔とは違った笑顔を浮かべる。
それは複雑な、私なりの乙女の表情。
私らしい挑戦的な表情は崩さないままに頬が僅かに赤くなった。
だけどここで私は踵を返す。
「だから……楽しみにしといてね?」
首だけで振り向いてそう告げる。
そうして前を向くと後ろ手にそこから立ち去って見せた。
──そこからは大して語るべきようなことはない。
一足先にクラスの元に戻る私。
置いていかれた綾小路くん。
──そしてその綾小路くんに、クラスの誰かがある噂を追求する。
林間学校が終わってすぐ、私と2人で写っている写真と共に学校にある噂が流れるのだ。
『綾小路清隆は南雲麗と付き合っている』
──それは学校を揺るがす一大スキャンダル。
だがもう1つ、おまけにこんな小さなスキャンダルも。
それはとてもくだらない噂でありながら……。
『綾小路清隆はヤリチンで学園内の色んな女性に手を出している』
しかし、とても不名誉かつ……最低な噂だった。
──さあ、ここからがオンステージだ。
混合合宿総合結果
南雲クラス +317cp
坂柳クラス +73cp
龍園クラス +274cp
堀北クラス +85cp
クラスポイント推移
南雲クラス(Aクラス):1637
坂柳クラス(Bクラス):697
龍園クラス(Cクラス):516
堀北クラス(Dクラス):339
これにて混合合宿編は終了。ちなみにポイントはしっかりと各グループの人数考えた上で計算しました。
次回からはVS南雲麗編です。原作9巻部分に当たりますが大分変わります。お楽しみに。
感想、評価、良ければお待ちしています。