ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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VS南雲麗編
南雲麗の独白


 人は様々な理由で人を好きになる。

 容姿、性格、お金、家柄、趣味が合う、自分にとって都合がいいから。

 だが私にとって何より重要なのはそのどれでもない。

 大事なのは──『理解』。

 自分を理解してくれる人に、人は最も好感を感じるという私の持論だ。

 だからこそ私は人を見る目を養った。

 その人を理解してあげる。どんなに内面が難しい人も、恥ずかしい趣味を持っている人も、たとえ最初は秘密を暴かれたことでどんなに焦り怒ろうとも、最終的には私のことを好きになる。

 理解力だけじゃない。私は容姿から何から様々なスキルを磨いてきた。出来る限り万人に対応出来るように。

 理解した相手のスキルを得て私自身も成長した。

 完璧な容姿に完璧な実力。そして『理解』が私の『魅力』を最大限まで引き上げるのだ。

 そして多くの人にとって、そんな自分を理解してくれる私が最高の美少女だったりすれば……そりゃ夢中になっちゃうのも仕方ないよね? 

 

 ──だけど、思うところもある。

 

 私は私自身が成功を掴んでいく過程で理解してはいけない人間をも理解してしまった。

 それは私を守るためには仕方のなかったこと。完璧であり続けるには仕方のなかったこと。上へ昇っていく過程であり避けられなかったことだ。

 だから別にそのことを後悔している訳じゃない。

 ただ現実として、私のことを完全に理解している人間が消えた。

 そう。大勢の人間を私の『魅力』で虜にしてきた私だが、その反対……私のことを完全に『理解』している人はいない。

 だけどそれはしょうがないことだ。アイドルとは秘密を持ちながらもその秘密を適度に覗かせ、相手に『理解』していると錯覚させて魅了するもの。

 私のことを理解していると思う多くの人達が作り上げる私という『偶像』。

 それが私という完璧なアイドル。

 だからこそ私は誰にも理解出来ない存在なのだ。むしろ理解されてはいけないし、理解されるとも思っていない。

 

 なんたって私は……完璧なアイドルだからね。

 

 

 

 

 

 どんな物事にも『裏』というものがある。

 ……って言うとなんかすんごい悪っぽいというかニヒル感すごいけど別に私はおかしなことは言ってない。

 華々しい表の活動の裏には必ず地道な努力があるという話だ。

 例えば音楽のライブにはリハーサルがあって企画があってというように、表に出す前の準備などがあるだろう。レストランに出す料理、スーパーで並べる商品、それらにもまず下ごしらえや商品開発という段階を踏んでから世に出ている。

 そしてそんな大きな話じゃなくてもだ。個人が行動を起こす際にも思考という準備、つまり裏が存在する。

 だから大抵の物事には裏があるというのは間違いじゃないわけだ。何にでも例外は存在するため世の真理とまでは言わないが、まあ要は人には見えていない多くの部分があるということ。

 

「松下ちゃんさぁ……私言わなかったっけ。そろそろ答えを出してねって」

 

 だからたとえば、こんな風にカラオケBOXで私がスパイに仕立て上げたDクラスの松下ちゃんと対面して話しているのも、多くの人が知らない『裏』であるわけだ。

 そんなわけで三学期が始まって林間学校が終わってから少ししてこんな風に松下ちゃんを呼び出したのには訳がある。事前に約束していた話の催促を行うためだ。

 私は私の前で神妙な面持ちをしている松下ちゃんにいつも通りに話を続ける。

 

「そうじゃないと困ったことになるのは松下ちゃんの方だって忠告したの覚えてる? 林間学校の前にさ、松下ちゃんの方から提案してきたよね? 『綾小路くんが南雲さんの打つ手を防げるかどうか。それでどっちに付くか決める』ってさ」

 

「……もちろん、覚えてる」

 

「ならそろそろ答えが出てないとおかしいよねぇ?」

 

 私は笑みをそのままに松下ちゃんを問い詰める。

 いやまあ別に冷たい表情を見せてあげても良いんだけどね。ただあんまり怖がらせるのは可哀想だし、怖がらせすぎても良くないからやらないでおく。

 ただ程々に威圧はしてあげないといけないので普段より半オクターブくらいは声は低くしている。人を威圧するには何も露骨に表情を変えたりする必要もなければ、龍園くんのように暴力をちらつかせる必要もない。

 どれだけ可愛く、そして穏やかな笑みを浮かべていても声の抑揚や身体の動作によって相手が受ける印象は変わってくる。それを理解し、巧みに操れば今松下ちゃんが強い緊張感を覚えているように相手の感情を誘導することも難しいことじゃない。

 見た目的にはただの可愛いアイドルなのにね。軽く足を組んでその上で頬杖を組んだまま真っ直ぐ松下ちゃんを見ているだけ。

 それだけで……ほら、Aクラスのリーダー様っぽいでしょ? 

 

「別に松下ちゃんがスパイをやめるならそれはそれでいいんだよ。それは松下ちゃんの自由だからね」

 

 そして今の松下ちゃんは私に何かされるのを恐れている力のない一生徒に過ぎない。

 Dクラスではそこそこカーストの高い大人っぽい美人さんなのにね。その立場もどこへやらだ。

 ただ一応Dクラスの中じゃ能力は高い方。だからか一応は言われっぱなしじゃない。

 

「……もしそうしたら、私がAクラスのスパイをしてたってのをバラす気なんだよね……?」

 

 というわけでさすがにそれくらいは理解してくれる。

 まあそれくらい普通に考えたら分かりそうなもんだけど、これが分からない相手も世の中には沢山いるわけだからやっぱり能力は高い方だって言っていい。

 松下ちゃんは頭の回転もそこそこ速いし理解力もある方だ。自己評価が高いのも頷けるレベルではある。

 とはいえちょっとドライなところがある。だからこそスパイに選んだ。仲間意識が強いのはスパイには向いてないから当然だ。

 だけどこういう子は賢しらというか、私からするとちょこざいなことをしてくるのでそういう部分はいただけないね。

 

「そりゃ敵になったんなら遠慮する必要もないしそういうこともあるかもね」

 

「でも、私を使ってることがバレるのは南雲さんとしても困るんじゃ……」

 

「あはは、まあ松下ちゃんの100分の1くらいは困る部分も出てくるかもね。それくらいなら仕方のない事として受け止めるから心配しなくて大丈夫」

 

 私がそう言い返すと松下ちゃんはまた黙っちゃった。こうやってやり込められているのも可愛いから私はちょっと生意気な部分は歓迎する。

 

「まあでも松下ちゃんが悩むのも分かるよ。綾小路くんは確かに私の手を防いだけど、私の勝利までは防げてない。結局今もAクラスが独走状態なのは変わらないどころかクラスはCからDに落ちちゃったわけだしね」

 

 混合合宿の綾小路くんの話を振り返る。正確には防ぐ気がなかったんだろうけど、実際あの試験じゃ負けないことは出来ても勝とうと思うならグループ分けの時点で大きく動く必要があるため防げたかどうかは綾小路くんでも難しいだろうしこう言っても問題はない。もっと言うなら私や綾小路くんがどう思ってようと松下ちゃんがそう思ってるので問題はない。

 松下ちゃんが気にしてるのはそんなもしもの話よりも現在のクラスの状況だ。

 

「後3ヶ月もすれば私たちも2年生。そこから残り2年でDクラスがAクラスまで上がれるかって考えると中々厳しいものがあるよねー」

 

「……南雲さんの見立てでも厳しい?」

 

「うーん、どうかな。鈴音ちゃんが今よりも成長して綾小路くんもクラスにもっと協力して色んな人の色んな問題をクラスに悪影響が出ない形で解決しまくって……その上で特別試験でも毎回上手いこと立ち回っていけば無理ではないと思うけどねー」

 

 つまり厳しい。Dクラスが卒業時にAクラスになれる可能性はかなり低いってことだ。

 私の見立てだとポテンシャルだけなら良いものを持ってる生徒が多いDクラスだけど、その長所が台無しになるような短所を持ち合わせがちなのがDクラスの生徒だ。

 もちろん全てが当てはまるわけじゃないけどね。クラス分けの法則は正確なところまでは分からないけどある程度、バランスと言うべきか、ある程度平等に配置されていると私は見ている。

 Dクラスでも平田くんや桔梗ちゃんはAかBに入れそうなスペックはあるし、逆に入学時Aクラスだった生徒の中にも下位相当のスペックの生徒はいなくもないのだ。

 ただ平均として上のクラスの方が優秀なのは間違いないし、下のクラスほど能力が尖ってたり問題がある生徒が多い。

 なのでDクラスは意外な原石が多いクラスだと私は思ってる。ちょっと短所を矯正してあげればかなり伸びるクラス。それだけに掘り出し物は多いけど、扱いを間違えれば台無しになってしまう。

 それを松下ちゃんもまた入学当時から今まででよく理解してきたのだろう。難しい表情をしている。

 だけど松下ちゃんにも能力を表に出さないという綾小路くんに似た問題を抱えているわけだからあんまり人のことを言えないと思うけどね。私に唆されたとはいえスパイにもなっちゃうし、Aクラスをクラス全体で目指すならそういうとこもしっかりしてないといけない。

 

「ただそれはあくまで最低限の話。それだけやって私に勝っていく必要があるかな」

 

 理解していない松下ちゃんに親切に教えてあげる。まず問題を解決するのが最低条件。

 その上で他のクラスに勝たなきゃAクラスなんてなれっこないのだ。

 当たり前なんだけどその当たり前を理解出来ていない生徒の多いこと多いこと。

 まあでも分かってもそれが出来るかって部分で手間取る場合もあったりで能力のない生徒にとっては中々辛いものがあるよね。うんうん、分かる分かる。鈴音ちゃんや松下ちゃんの苦労も私には理解るよ。

 

「それが理解出来た? なら答えは早めに……と言いたいところだけどもうちょっとだけ待ってあげる」

 

 私は携帯に届いたチャットを確認すると、そこで話は終わりという雰囲気を出す。

 松下ちゃんは困惑気味だったけどしょうがない。他にも約束があるのだ。

 

「なんでって顔してるね。でも安心していいよ。実はタイムオーバーでもう松下ちゃんのことを切ろうって決めたわけじゃないから。元々今日は催促だけのつもりだったしね」

 

「……そうなんだ」

 

「うん。それじゃ私は行くけどいい?」

 

 私が最後に何か聞きたいことはあるかと問いかけると松下ちゃんが僅かに迷いを見せた。何か聞きたいことがあるって顔だ。私はそれを見透かして逆質問を行うことにする。

 

「何か聞きたいことがあるって顔だね?」

 

「それは……そうだね。うん、聞きたいことはあるけれど……」

 

「何かな? とりあえず言ってみ? 答えられることなら答えるからさ」

 

 当然答えたくないものは答えないが、この場合は答えてもいいけど答えない質問になるだろう。私はその質問の内容を予測しながら待った。

 そして数秒後に松下ちゃんから、まんまとその質問が来る。

 

「南雲さんが……綾小路くんと付き合ってるって噂だけど……あれって嘘だよね?」

 

 ほら来た。

 予測していた質問が来たので私は自然に答えてあげる。

 

「……さて、どうかな? 松下ちゃんはどっちだと思う?」

 

 自然に質問を投げ返す。あえて間を作り、意味深に笑いながら。

 それを見た松下ちゃんは多少は思考しただろうが、最終的には直感的に片方に傾いた。

 

「私は……嘘だと思う、かな」

 

「……そっか。──ま、そりゃそう思っちゃうよね」

 

「え?」

 

 答えを受け、またあえて私はかき乱す反応を返してあげる。

 松下ちゃんが思わず声を出したところで私は個室の扉を開けた。

 

「それじゃまたねー松下ちゃん。噂の真偽についてはそのうち分かるだろうから楽しみにしといてよ。あ、それとまた遊ぼうねー」

 

 普通の友達のように手を振って笑顔で軽快に別れる。出口は一緒だけど付いてくる気配もなかったからそれを見越して私は精算を行い、また別の場所へ移動する。

 

「やっぱり結構広がってるみたいだね~噂」

 

 アイドルとしては困った話だよね。いや別に困ってないんだけどさ。

 

 

 

 

 

 松下ちゃんと別れた後、私はケヤキモール内を1人で歩いて行く。

 時刻は夜の6時を過ぎた頃。冬なので日も落ちてそれなりに暗くなった時間だが、高校生。それもこの学校の生徒からすれば差して遅い時間でもない。

 一応学校側としては夜10時までの帰宅を推奨しているが、あくまで推奨しているだけで夜中の外出が禁じられているわけではない。

 まあ遅刻や欠席と同じでバレればほんのちょっぴりクラスポイントに影響が出たりもするくらい。休みの日にカラオケで朝まで騒ぐなんてことも出来なくはないし、実際にしている生徒もいる。

 まあ私はあんまりやらないけどね。麗ちゃんは容姿端麗なだけじゃなく品行方正だから。年末とか特別な時くらいしか夜中の外出はしない。夜更かしも健康的にあんまり良くないし。

 それは良いとして今は予定していたお店に入ることにする。モール内は様々なお店があるが、私はこの1年でそれらをほぼ制覇していた。どの店がどんな品揃えでどんな味か。どんな店員が働いているかもしっかり調べているし、なんなら顔見知りだ。

 といっても深く関わり合っているわけじゃないけどこっちが有名人であることもあってコミュニケーションは良い感じに取ることが出来る。軽い情報程度なら会話の中で盗むことも不可能ではないくらいには。

 そんなわけでよく利用してるイタリアンのレストランに入ると私は予約していることを告げて店員に個室に案内してもらう。ここも敷地内で働く大人やおしゃれな女子が好むお店で結構評判の良いお店だ。味も接客も良いし内装もおしゃれ。

 それに何が1番良いって、個室があることだ。予約をして個室を利用したいと言えば簡単に使用することが出来る。なので前に行った和食のお店と一緒で内緒話にはぴったりな場所。既に到着していた人達と私は合流する。

 

「来たか、南雲」

 

「隆二くん、ユキちゃん、お待たせ。──それと先輩方もお待たせしました」

 

「いや、大丈夫だ。それほど待ってない」

 

 個室に入れば中には私の頼れる参謀の1人である隆二くんとお友達のユキちゃんが私の分の席を空けて座っていた。

 私は2人に軽く手を振って挨拶した後、着ていたコートを脱いで隆二くんから店員に渡してもらいつつ反対側に座っていた3年生の先輩のお二人に礼儀正しく挨拶をした。

 相手のお名前は──と言いたいところだけどあえて名前は伏せておこう。2人も危険な橋を渡っているからね。あまり名乗りたくないだろうし。

 ただ言えるのは3年Cクラス──いや、Bクラスの先輩方だということ。私はまずそのことを話題に出す。

 

「今日はお誘いありがとうございます先輩方。それとBクラス昇格もおめでとうございます」

 

「ああ。これでなんとかAクラスは射程圏内だ。それもこれもおまえのおかげだ、南雲」

 

「いえいえ、先輩方の努力がなければ成し得なかったことですし。私はそれを少しだけ後押ししただけですよ」

 

「いや、おまえの助力がなければ難しかっただろう。約束のポイントも2月になったらすぐに振り込ませてもらう」

 

 先輩方とのコミュニケーションは丁寧なのを心がける。

 それに彼らはお得意様だからね。お客様には失礼のないように、というのは商売の基本だ。

 

「だが次はどうすればいい?」

 

「もう次の助力をお求めですか? 先輩」

 

「当然だ。おまえや南雲……いや、すまん。どっちも南雲だったな。おまえ達のおかげで3年Aクラスのポイントを落とすことには成功したし、おかげで俺たちのクラスがBクラスに上がれたのは良いが卒業まで残り2ヶ月だ。次の特別試験の始まりを待っている暇はない」

 

「なるほどですね~。出来ることなら何でもしておきたいと」

 

「そういうことだ。当然またポイントは支払わせてもらう。何かやれることがあるなら知恵を授けてほしい」

 

 そしてそのお客様から追加の注文依頼だ。

 まあ何をやったかと言うと単純に、3年Cクラスの経営コンサルタントみたいなことをしてるだけだ。

 この学校に入学した生徒として当然Aクラスで卒業することは何よりも達成したい目標。

 だけど3年生の世代にとって堀北学先輩率いるAクラスは大きな障害だ。聞けば今まで1度もAクラスの座を譲ったことはなく、Bクラスとの差も300以上は離している。

 CクラスやDクラスともなれば更に差はあったし、3年生になった時点でこれだと諦めてもおかしくはない。

 そんな困っているクラスに手を差し伸べたのが我らが麗ちゃんだ。

 麗ちゃんは言いました。『プライベートポイントを支払ってくれるならCクラスを勝たせて上げられる知恵を授けることが出来ます』と。

 当然最初は信用してくれなかったのできちんとAクラスに上がった上で最初は押し売りのような形で知恵を授けてあげれば──おやおや。なんと信用して向こうから協力を願い出てくれたではありませんか。

 私はその求めに応じて3年Cクラスのアドバイザーとしてちょっぴりお手伝いする代わりにちょっぴりのお心遣いを頂く。混合合宿でも事前に雅兄との打ち合わせで橘先輩を退学にさせるために色々と策略を巡らせることは決まっていたため、ついでに3年Cクラスを勝たせる契約を結んでおいた。

 男女共に大グループの1位。その責任者は二宮蔵之介先輩と綾瀬夏先輩とCクラスの生徒だったのは偶然でも何でもない。女子はもうほぼ完全に仕組んでいたし、男子の方も運要素はあったとはいえ堀北先輩のグループが勝つ可能性は高かったから良い感じにグループが組めるように助言してあげた。

 そうして3年AクラスとBクラスが共に400クラスポイントを吐き出したこともあってポイント収支ではCクラスがトップ。晴れてCクラスはBクラスへと上がり、Aクラスとの差も僅かというところまで迫りましたとさ。

 それで今日はめでたしめでたしと言いに来たわけだが、Cクラスからは卒業までもうちょっとだけ続くんじゃよ状態なので私に助言をお願いしに来たわけだ。

 ……え? こんなことをしていいのかって? 

 そりゃ良くはない。特に3年生。上級生の先輩が下級生に特別試験などの情報を漏らすことはご法度だ。物によっては一発退学を食らうかもしれない。

 だけどそんなことは彼らも承知の上だ。Aクラスで卒業するために出来ることはする。後がなくなった人間はリスクを承知でリターンを取りに行くもの。

 雅兄が堀北先輩に勝つために3年Bクラスをバックアップしているように、私も小遣い稼ぎのために3年Cクラスをバックアップしているだけのこと。

 とはいえ本気でこのくらいで堀北先輩率いるAクラスに勝てるとは思ってないけどね。幾ら知恵を授けても特別試験の最中にアドリブを利かせるには試験を受けている当人たちじゃなければ不可能だし、やれることは限られている。それでも数%くらいは勝ちの目もあるけど勝てなくてもそれはそれ。もちろん勝ってくれた方が報酬も高くなるけど私としてはどちらにしても懐が潤うのでどっちでもいい。

 

「そうですねー。とはいえ次の特別試験が何か分からないと何とも……今は情報収集と布石を打つことに集中するべきじゃないですかね」

 

「布石か……Aクラスから退学者を出すような手は取れないのか?」

 

「混合合宿の件で今は堀北先輩含めAクラスは最大限に警戒しているでしょうし迂闊に動いてしまうのは避けるべきかと。下手すれば証拠を握られて先輩方の方が落ちてしまうかもしれません。それでは先輩方も困りますよね?」

 

「……確かにな。それは困る」

 

「ですよねー。でしたら今は焦れったいでしょうが大人しくしておくべきかと思います。それにクラスポイントの差もかなり縮まっていますし、今ここで手を打たずとも次の特別試験で逆転することも十分可能じゃないですか」

 

「それはそうだが……特別試験で堀北のクラスと真っ向勝負するには分が悪いだろう」

 

「はい。なので布石を打っておきましょう。一応、リスクは少なく効果的な手を考えて来ましたのでそれを先輩方に伝授しておきます。どう使うかはいつも通り先輩方に任せますね」

 

「それは助かる。是非とも教えてくれ」

 

「はい。ではまずは──」

 

 その後はしっかりと策を教えてあげる。気分は営業マンか、やはり経営コンサルかな。現3年Bクラスが良い感じに戦えるような手を懇切丁寧に教えてあげる。

 

「なるほどな……分かった。有効に使わせてもらう。助かった」

 

「いえいえ~。卒業まで残り少ないですが今後ともご贔屓によろしくお願いしますねー」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 そうしてある程度商談がまとまれば後は楽しい食事の時間だ。3年Bクラスの先輩方はここでの支払いは持ってくれると言いながらも個室から出ていく。私たちに気を使ってくれた形だ。

 後に残されたのは私と隆二くんにユキちゃんの3人だけ。

 

「……話には聞いてたけど先輩たち、すごく必死だったね」

 

「卒業まで残された時間も少ないからな。無理もない。それほどAクラスで卒業したいという意思が強いのだろう」

 

 3人だけになったところでユキちゃんが若干げんなりとしながら、隆二くんは何度も交渉の場に同席しているため特に思うこともなく声に応じる。

 そんな2人に私は労いの言葉をかけた。

 

「2人ともお疲れ~! ってことで何食べる? 私のおすすめはコースだけど定番のパスタとかリゾットも美味いよ~?」

 

「それで、こっちはお気楽と……」

 

「仕事とプライベートの切り替えは大事だよ? 抜くべきところはしっかり抜いていかないとねー」

 

 これで今日の予定は終了なのでお仕事はお終いだ。

 なので打ち上げ気分で夕食を楽しむ。個室に入ってきたもう1人とも一緒に。

 

「そうですね。でしたら私はコースの方を所望します」

 

「藍ちゃんもお疲れ~。何もなかった?」

 

「はい。特に問題はありませんでした」

 

「オッケー。じゃ先に注文してていいよ」

 

 個室に入ってきた藍ちゃんはまた別の仕事を頼んでいたのだが、特に問題なく終えていたため歓迎して代わりに私は外に出る。別に特に用事があるわけではなくお手洗いだ。

 そうしてもう1度個室に戻る。

 

 ──が、そこでちょっと嫌な顔を見つけてしまった。

 

「おや」

 

「げっ」

 

 そして同時に向こうも私に気づく。

 私は思わず嫌な顔を浮かべた。表情を取り繕う。そんなこともしたくない。私がこの学園内で知り合った人の中で数少ない苦手な人物。嫌を表現したい相手と出会ってしまった。

 

「人の顔を見るなり嫌そうな表情を浮かべるとはご挨拶だな、南雲麗」

 

「……鬼龍院先輩。どうしてここに?」

 

「どうしても何も夕食の時間だ。理由はそれしかないと思うが。それ以外の理由があると思うなら君の方に何か理由があるんだろう」

 

 2人用のテーブル席に1人で座っている長い髪と背丈を持つ女子は相変わらず自信たっぷりな様子で私に声を掛けてくる。

 その相手は鬼龍院楓花。2年Bクラスの先輩で私がこの学校で苦手とする生徒第2位だ。

 ちなみに1位はもちろん高円寺くんでぶっちぎりだが、この先輩も高円寺くんよりは僅かにマシとはいえ残念な人であることには変わりない。

 

「しかし詮索はよしておこう。それよりもせっかく会ったんだ。一緒に食事でもするか?」

 

「すみませんが友達と一緒に来てるのでそれは無理ですね」

 

「なら私がそちらにお邪魔するというのはどうだろう。この店には何度か来ているが個室を利用したことはないのでね。どんな内装なのか興味がある」

 

「よろしければ予約取りましょうか? 奢らせて頂きますよ」

 

 鬼龍院先輩と一緒に食事をするくらいならポイントを支払った方がマシだと暗に告げる。

 すると鬼龍院先輩の方も即座に言葉を返してきた。

 

「安心していい。もちろん冗談だ。とは言え少し話をしたいのは本当でね。私の目の前に座って少しの間会話に付き合ってくれないか? 1人に慣れているとはいえこういうムードある店でというのはさすがに寂しくてね」

 

「……はぁ、分かりましたー。ちょっとだけなら」

 

 断ったらもっと面倒くさそうな気配を感じたので私は露骨に嫌そうな雰囲気を出しながら鬼龍院先輩の前に腰掛ける。そして気怠げにジト目を返した。

 

「それでー何の用でしょうかー?」

 

「これでもかと嫌を表情、態度に表してくるじゃないか。そんなに私のことが嫌いか?」

 

「どうなんですかねー。ところで私から特に話したいことはないので話題提供は鬼龍院先輩の方からお願いしますよ」

 

 言葉にはしないが嫌いということは十分に伝わってるだろう。

 だがそれでも鬼龍院先輩は余裕の表情を崩さない。長い足を組み替えて私を興味深げに観察している。そんなに見られても何も情報は与えない。

 

「そうか。なら話題を提供するとしよう。君はどういう人間なのかな?」

 

「申し訳ありませんが質問の意図が分かりませんので回答を拒否します」

 

「ではもう少し突っ込んで聞こうか。私としては君にそれなりの関心を抱いているのだが、君が中々心を開いてくれないのでね。だったら直に聞いてみた方が収穫があると思ったんだ」

 

「心はいつでも開いてますけどねー。鬼龍院先輩の目が節穴なだけでは?」

 

 この先輩には気を使う必要もない。周りも特に誰が聞いているわけでもないので辛辣な言葉の刃を浴びせる。

 だがこれが効かないことも分かった上でだ。ちょっと嫌がらせをしてみただけに過ぎない。

 

「私の勘はそうは言ってない。君は一見して正直に生きているように見えるが、どこか裏があるように感じてならなくてね」

 

「隠し事くらい普通にありますし裏もありますよ。ただ鬼龍院先輩の思うような意外なものはないと思われますけど」

 

 根拠もないのに直感だけで疑ってくる鬼龍院先輩はぶっちゃけ鬱陶しくてしょうがない。

 

「私なんかにちょっかいを出す気力があるなら雅兄と競い合ってみては如何です? きっと良い退屈凌ぎになりますよ」

 

「せっかくの後輩からのアドバイスだが、君の兄には興味がない」

 

「じゃあ私にも興味を抱かないでくださいよ」

 

 2年生の中で雅兄のことをここまで下に見れるのは鬼龍院先輩くらいのものだ。実際聞いてたら色々と突っかかってくれそうなのでここにいないことが悔やまれるね。

 あるいはこっそり呼ぼうかとも思うが、鬼龍院先輩はそれを見越してか私に面倒くさい話題を放り込んでくる。

 

「兄妹だから似たような人間か? いいや、そうじゃないだろう南雲麗。君は、君の兄である南雲雅よりも面白そうに見える。今年の1年は私たちの代よりも優秀かつ尖った生徒が多いらしいが、その中でもAクラスとして独走を成し遂げる手腕はさすがと言う他ないだろう」

 

 ぼっちのくせに情報だけはそれなりにちゃんと知っている。

 そんな鬼龍院先輩は私との距離を僅かに詰めながら告げてきた。テーブルに身体を乗り出して、顔を覗き込むようにしながら。

 

「あるいは兄の南雲雅より──君の方が優秀なんじゃないか? 南雲麗」

 

「買いかぶりですよ。確かに同程度には優秀だとは自負しますけどはっきりと上回ってると言えるほどじゃないです」

 

「そうかな? 私にはそれが『逃げ』に見える。一線を引いてあえて曖昧にしてるように見えてならないな。あるいは南雲雅の方も意識的か無意識か、妹だけには手を出さないように遠慮しているか……あるいは言い訳か」

 

 ここではっきりと違いますよと言うのは簡単。

 だけど私はあえて突っ込んでみることにした。

 

「何でそう思うんです?」

 

「君も理解していることだ。好敵手を求めているのに、最も近くにいる相手に気づかない。南雲雅という男はそれほど蒙昧ではあるまいよ」

 

 雅兄の内面に抱えているもの。それを鬼龍院先輩もまた理解しているのだと言う。

 その洞察力は中々のものだけど、それでも完璧ではない。私はふっとそこで馬鹿にするように笑みを浮かべる。

 

「鬼龍院先輩の方は噂ほどじゃありませんね」

 

「ほう? ということは違ったか?」

 

「ええ、違いますね」

 

 私は笑顔で不正解を言い渡す。

 ただだからと言って正解を口にはしない。そんなことを教えてやる義理も利も何もない。

 だから私から言葉を紡がないでいれば鬼龍院先輩の方が口にした。

 

「なら君や南雲雅は互いに互いを理解し合っているのかな。それともどちらかは合っていて間違っているかのどちらだ?」

 

「さて、どうでしょうねー」

 

 鬼龍院先輩の質問を私ははぐらかす。

 内心ではもちろん答えはあるが、それを口にはしない。

 雅兄が私に私費を投じてまで応援する理由も、私と綾小路くんを戦わせるもう1つの理由も私には理解っている。

 その心の動きをしっかりと理解しているのだ。だからこそ、本当にその時が来るまでは私も雅兄もそれを決して口にはしないし表に出すこともない。

 だから鬼龍院先輩には何も見せなかったが、この先輩にどこまで効果があることやら。何を思っているのか、鬼龍院先輩はそのことについてそれ以上突っ込んでは来ない。

 

「そうか。どうやらこれ以上の情報は私には与えたくないと見える」

 

「ご理解頂けたなら良かったです」

 

「ああ。その答えはいずれ分かることでここで聞かずとも良いことは分かった。だから質問を変えさせてもらおう。最近、同級生の男子と噂が立っているようだな?」

 

 納得したと思ったら今度はそっちの質問をしてくる鬼龍院先輩。

 だがまあそっちなら一応は歓迎だ。相手がアレでも。なので私は答えてあげる。

 

「あー、まあ、そうですねー。それがどうかしましたか?」

 

「同級生の男子が噂しているのを耳にしてね。私も1人の乙女として気になったんだ。君ほどの女性がどんな男性に目を付けたのかとね」

 

「あはは、私が目を付けたわけじゃないですって」

 

 私はちょっと困ったように笑って答えるが、鬼龍院先輩はこっちを観察するようにして続けた。

 

「こうやって近くで見ていると君の容姿の端麗さがよく分かる。身長こそ私ほどじゃないが完璧な容姿と言っていいだろう。男子が夢中になるのもよく分かる。さぞモテるだろう?」

 

「鬼龍院先輩に褒められてもなー。でもありがとうございますー」

 

 容姿を褒められたのでいつも通りにお礼を言うが、内心ではちょっと引っかかる。身長は私としてももうちょっと欲しいと思ってた部分だからね。中3の時の測定時より伸びてはいるけどさすがにもう何センチと伸びないことは明らかなので私としては少し残念だ。卒業までに165を超えていれば、欲を言えば170に近いくらいに伸びてくれれば嬉しいが、努力をしても中々厳しいだろう。女子の成長のピークはもうとっくに過ぎてるし。もうちょっと運動の負荷でも上げてみようかな。2年生になったら運動部に入ってみるのも悪くない。生徒会と部活の掛け持ちも堀北先輩時代はダメだったけど今は問題ないしね。

 

「だからこそ噂になっている男子がどれほどの物なのかは気になるな。乙女には口にするのも憚られる噂も立っているようだが……その点についてはどう思う?」

 

「気になるならご自分で勝手に調べてください。それより、そろそろ戻ってもいいですか? 友人たちを待たせてるので」

 

「そうだったな。ならもう行って構わない。時間を取らせてすまなかったな」

 

「いえいえ~それでは失礼しますねー」

 

 席を立ち上がり、笑顔で会釈をして立ち去る。

 中々面倒な時間だったけどまあ許容範囲だ。あの鬼龍院先輩ですら耳にするくらい噂が広まってるって分かって良かったからね。




今回からVS南雲麗編の始まりです。色々と明らかになる章でもあるのでお楽しみに。

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