ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生はアイドルを知る

 

「あのさ綾小路。おまえが、その……ヤリチンだって噂、ホントなのか?」

 

 その発言は2月上旬のある平日の昼間。クラスメイトの池から唐突に発せられた。

 授業中に私語を行うようなことがなくなってきたのは入学当初から見れば成長だが、そういった下品な話題を平気で振ってくるところはあまり変わっていない。

 幾ら休み時間とはいえ誰が聞いているか分からないところでそんなことを聞いてくるのはやめてほしいものだが……しかしながらオレは思考する。誰が聞いているか分からないからこそ、あえて返答した方が良いのではないかと。

 というのもオレがこの噂に気づいたのは約2週間前ほど。周囲から感じる視線や反応に妙なものを感じるところから何が原因かを探り、恵に頼みながらも顔を赤くした上でそれを断られ、自分で学校の噂が集まるネットの掲示板を見て気づけたもの。それまではもう1つの噂と同じく、周りが直接オレに聞くのを憚られたのか、あるいは知ってか知らずかオレに直接噂の真偽を確かめるようなことはなかった。

 そのため否定したくても否定することが出来なかったのだが、聞かれたのなら答えることが出来る。

 そのためオレはまず頭の中で再度思考した。

 既にヤリチンという言葉の意味については調べがついている。最初聞いた時はどういう意味かは分からなかったが、つまるところヤリチンというのは、女性をとっかえひっかえしまくっている最低な男性のことを指すスラングのようなもの、であるらしい。誰かに聞いたわけではないがネットで念入りに調べたので一応は正しいはずだ。

 そしてもしそうならばオレにはやはり当て嵌まらない。経験のない人間をヤリチンと呼ぶのは不適格だ。だからこそ、あまり言いたくはないがオレは声を絞りつつ池や山内に向かってこう答えた。

 

「……違う。あまり言いたくはないが……オレは童貞だ」

 

 童貞。その意味は経験のない男性のこと。

 ヤリチンとは違ってスラングではないため一応その言葉の意味は知っていた。

 とはいえ自分がそんな言葉を他人に向かって使うことになるとは思わなかったが……まあ構わない。これで噂は少なからず収束するはずだ。

 これでようやく問題が1つ片付いたとオレは胸を撫で下ろす。

 

「……でもおまえ、めちゃくちゃアレがデカかったよな? なあ山内」

 

「ああ。悔しいしちょっと腹立たしいけどあのデカさじゃ確かに女を食いまくってるって聞いても納得しちまう……」

 

 まだまだ全然疑っていた。

 しかもその疑いの原因がアレのデカさというこれまたオレにとっては不名誉というか反応にも対応にも困るものであり、オレは頭を悩ませる。どうすればいいんだ……。

 悩んだ末にオレは真っ当な言葉をまず口にすることにした。

 

「……いや、アレのデカさは関係ないだろう……」

 

「まあ、そうなんだけどな。でもおまえって意外と女子と接点多い気もするし……」

 

「そうそう。堀北とかさー。もしかしておまえのアレだったり……」

 

 ひそひそと隠語を交えながら変わらず疑ってくる。

 しかもその理由に今度は堀北や女子との接点の多さまで口にされて再度オレは返答に窮した。

 正確には、ここで池や山内に信じてもらうにはどうすればいいかが分からない。まずオレが用意した言葉、この後の返答は「違う」という否定だが、それを口にしたところで池や山内の疑いを払拭することは出来ないだろう。

 そもそもそうであることの証明は簡単でもそうでないことの証明は難しいもの。いわゆる悪魔の証明だ。

 オレが幾ら否定したところで否定に足る証拠はない。それどころか、林間学校の件や何気ない女子との接点という噂を肯定するような材料ばかりが転がっている。

 だからこそオレの言葉には力が、説得力がない。否定しても否定するに決まっていると思われ払拭出来ない。

 ならあえて嘘くさい肯定でもして逆に疑いをかけさせるという手もあるが、そんなことをしたらただでさえ低いオレの学校での立場が更に低くなってしまう。無関心ではなくより悪い噂が広がってしまうだろう。それでは本末転倒だ。

 しかしどうしようもないな……。

 内容が内容なだけに、そしてイジメというほどの実害も出ていないだけに相談も出来ないし払拭も難しい。後は時間の経過を待つという手もあるがそれはただの現実逃避かつ流れに身を任せるだけのもので速効性のある解決方法ではない。

 他の方法を取るにも材料もない。そのためオレは結局、池たちの質問には「違う」と端的に否定することしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 それから少しして放課後。

 今日もいつもの面子で集まっていると唐突に波瑠加が呟いた。

 

「結局さー。どうすればいいんだろうねー」

 

「……どうしたんだ? 急に」

 

 その何気ない呟きに集まっていた面子が波瑠加の方を向いた。

 だが誰かに向けたものではなかったのだろう。少し遅れて波瑠加は反応する。

 

「あ、いやごめん。ちょっと気になったのが思わず漏れちゃった」

 

「別にいいけどな。どうすればいいってのは?」

 

「クラスのこと。これから私たちのクラスってどうすればいいのかなってふと思ったんだよね」

 

「……それは俺たちのクラスがAクラスに上がるためにはどうすればいいかってことか?」

 

 明人の問いに波瑠加が答えると啓誠もまた何か思うところがあったのだろう。逆に問いかければ波瑠加は頷いた。

 

「まあそういうことになるかな。だってほら、分かるでしょ?」

 

「……まあな」

 

 言葉にせず同意を求める波瑠加の問いかけに啓誠だけでなく明人や愛里も言わんとしてることを理解していた。

 もちろんオレもだ。

 波瑠加が言いたいのはDクラスとAクラスのクラスポイント差のことだろう。

 現在のAクラスのポイントは1637でその下のBクラスとは1000ポイント近い差がある。Dクラスとは1300近い差があった。

 これだけの差を覆すのは難しい。Aクラスにしてみれば、少なくとも1年近くは安泰と思われるポイント差だ。

 

「最近……ちょっとだけ気が緩んじゃってるよね。4月の時みたいに」

 

「……そうだな。そうでなきゃ今更遅刻なんてしないだろう」

 

 啓誠が少し表情を険しくするのも無理はない。

 ここのところDクラスの雰囲気は僅かではあるが緩んでいる。

 さすがに授業中の私語や携帯を弄ったりということはないが、昨日は山内が寝坊で遅刻したことで堀北から注意を受けていた。理由は前日まで夜更かししていたとかそういう理由であり、山内の焦りようからわざとではないだろうがクラスポイントに少なからず影響が出るような行為を犯してしまうのはAクラスで卒業するために団結しているクラスであればありえないだろう。

 

「山内くんと言えば坂柳さんにも誘われてたよね……」

 

「あーあの絶対演技のね」

 

 山内繋がりで愛里が先日、坂柳に山内が呼び出されていた一件を話題に出すと波瑠加もまた呆れ気味に反応した。

 女子2人からすれば坂柳の山内に対する態度は間違いなく演技ということだが、実際のところどうなのかは現時点で判断はつかない。

 

「……もしかしたら山内はクラスを裏切ろうとしてるのかもな」

 

 だがそこで啓誠から意外な、それも不穏な意見が飛び出してくる。

 だがそう思うのも無理はないだろう。ここ最近の1年の事情を考えればそういう思考に行き着くのも自然なことだ。

 オレはそれを理解しながら黙って話に耳を傾ける。

 

「クラスを裏切るって……それってマジで言ってるのゆきむー?」

 

「……そういうこともあるかもしれないと思っただけだ。Aクラスからの提案があっただろ。もしかしたら山内も坂柳からそんな提案を受けたのかもしれない。BクラスとはいえDクラスよりはマシだろうからな」

 

「個人でAクラスに行くってやつだな。だが……あの山内を態々坂柳が引き抜くか?」

 

「それはそうだが……」

 

 明人の疑問を聞いて啓誠は答えに窮する。あくまでそうかもしれないと思っただけであり具体的なところは分かっていないのだから推測することしか出来ないのは当然だ。

 実際AクラスからAクラス行きの切符を渡されるのは優秀な生徒。あるいは南雲にとって都合の良い生徒になるだろう。

 Bクラスの森下がAクラスに引き抜かれた時のように何かしらの策略を坂柳が巡らせている可能性は大いにあり得るもの。

 だが断定は出来ない。あくまで可能性止まりだ。坂柳が何を考えて山内を誘ったのかどうかは分からないし、クラスを裏切ったのかもしれないという啓誠の予想も今は想像の域を出ない話だ。

 だがそれでも啓誠からそんな疑いが出る時点でクラスを裏切るという発想が1年全体に浸透しているのは確かだ。

 

「やっぱりAクラスで卒業するにはそれが1番の近道なのかな……?」

 

 愛里の小さな呟きはおそらく、Bクラス以下の多くの生徒が抱えている悩みだろう。

 南雲の提案。いや、契約を受け入れればAクラス入りという希望が再び見えてくる。優秀な生徒もそうでない生徒も平等にチャンスを与えるという南雲の言葉が嘘ではないなら、その契約に乗るメリットは十分存在するだろう。クラスに足を引っ張られる必要もない。特に優秀な生徒にとっては、個人での戦いの方がやりやすいと思う者も少なくないはずだ。

 

 ──そしておそらく、この状況が続けば南雲の支配は遠からず実現するだろう。

 

 龍園が失脚し、坂柳が後手に回り、堀北は成長を見せつつもあらゆる面で南雲に並び立つほどではない。

 南雲からすれば後は坂柳を折ってしまうだけでいい。坂柳を完全に負けさせるのは南雲でも簡単にはいかないだろうが、それでも有利なのは依然南雲率いるAクラスだ。頭脳面においてはあるいは互角、あるいは上回ることはあっても総合的な部分での評価はやはり南雲に軍配が上がる。

 その間に堀北がDクラスをまとめて南雲に対抗する。あるいは漁夫の利を狙うような展開も考えてみるが完全に信頼しあって協力体制を取るのであればともかく個別に戦うだけでは南雲に潰される可能性の方が高い。

 つまり南雲からすればこの状況は王手がかかった状態だ。

 後は邪魔なイレギュラー……高円寺のような存在を除けば1年の支配は完成し、クラス間の争いに終止符を打つことになる。

 あるいはオレもまた邪魔な存在かもしれないが……合宿の最後で告げられた言葉を信じるならオレを排除することはないと見ることも出来る。

 

「学年末試験で南雲率いるAクラスに勝つことが出来れば……いや、それでもまだまだ届かないか」

 

 想定される1年最後の特別試験において南雲を破ったとしてもAクラスが揺らぐことはない。

 だからこそ啓誠の言葉も、そしてこの場の空気も重いものになるのは仕方のないことだった。

 

「ごめん。私から振っといてなんだけど別のこと話そっか。何もない今のうちから空気重くしてもしょうがないしさ」

 

「……そ、そうだねっ。それじゃええっと……」

 

 空気が重くなったことを察して波瑠加が軽く謝罪をしながら話題を変えることを提案してくる。愛里がそれに同意し、別の話題に移ったところでオレもまた思考を切り替えた。

 

 

 

 

 

 それからまたしばらくして、グループの面々がそれぞれ帰路についたところでオレはこっそり連絡を入れる。

 待ち合わせ場所に自室を指定し、オレは相手が来るまでしばらくパソコンを開くことにした。

 入学当初から部屋に備え付けのノートパソコンだが正直なところオレはあまり触っていない。大抵のことは携帯、スマホで十分だからだ。

 博士のようなゲーム好き。ネット好きであれば最初からパソコンがあるのは嬉しいことかもしれないが、そういうのが好きな生徒であればもっと良いスペックのものを購入したり、パーツを組み立てて自分で作ったりしているためこれでは不十分だろう。多くの生徒はスマホ、あるいは趣味に使うにしてもタブレットのようなものを購入しているためあまり使わないものだが、それでもじっくり調べ物をするのであれば十分役に立つ。

 ゆえにオレはアメリカに本社を置く有名な検索エンジンを使ってキーワードを入力してみることにした。キーワードは『南雲麗』。

 そこまで得意じゃないが最低限のブラインドタッチは習得しているため問題なくキーワードを入力して検索してみると写真や動画も含めた情報が出てくる。さすがは有名人だな。

 試しに自分の名前で検索してみても似たような名前の芸能人が出てくるだけで当然情報は出てこない。まあ仮にあっても消されてるだろう。あの男の名前で検索しても表に出せる情報だけで大した情報が出てこないのと同じでネットの情報にも限界はある。

 だがそれでも南雲のような有名アイドルであれば多くの情報を少なからず拾うことが出来る。

 そう、オレは南雲のことを改めて調べようとしていた。

 何しろオレは南雲麗というこの学校に入学した生徒のことはある程度は知っていてもアイドルとしての南雲のことはあまり知らない。

 これまで自分の興味がそっちに向かないこともあって調べていなかったが、今のオレは少しでも南雲のことについて知っておかなければならない。

 ゆえにアイドルの南雲についても知っておくことにした。オレはまず南雲の所属していた事務所の公式プロフィールや情報を幾つもまとめてある有名なネットの百科事典サイトを開いてみる。

 名前は南雲麗。アイドルグループ『ALIVE』の不動のセンターにしてリーダー。

 デビューは4年前。中学1年生の時であり、誕生日は2月14日。血液型はAB型。

 

「出身地やスリーサイズまで載ってるのか……」

 

 芸能人のプロフィールというものを初めて見たが、ここまで情報をしっかり記載されているのは中々にあけすけだと思ってしまう。もちろん嘘の情報も中には混じっているんだろうが……。

 ディスプレイにはオレの知る南雲より少し髪が長い状態の南雲が笑顔で映っている。写真がいつのものなのかは分からないが、少しだけ今より幼く見えた。それでも中学生にしては大人っぽいが。

 オレはページをスクロールして情報を頭に入れていく。幾つかある代表曲は日本のミュージックチャートで当然のように1位を取り、動画サイトでの総再生数は1億超え。年末の歌番組に3年連続で出場。

 デビュー時にその音楽面で跳ねたことで露出を増やし、とある朝ドラで女優としてもデビュー。それから大河やら月9やらのドラマでも主演やそれに近い役柄を演じ、舞台にも何度か参加。アーティストや女優としても成功する中、タレントとしても多くのレギュラー番組を持っていた。バラエティなどでも活躍するマルチタレント。

 

「本当に有名人だったんだな」

 

 何を今更と思うかもしれないが、これまで映像媒体で南雲を見たことがなかったため何気なく流してみた動画や音楽で南雲が有名アイドルだったことを初めて実感する。『ALIVEリーダーの麗ちゃんの伝説まとめ』という色んな南雲の姿を流している動画があったので見てみたが、確かにその活躍は八面六臂。

 ドラマや映画に出れば本職の俳優を食ってしまうほどの抜群の演技力を発揮し、クイズ番組や情報番組で教養を見せたかと思えばバラエティ番組で芸人と一緒に笑いを取っている。体力を使ったアスレチックに挑むSAIZOという番組では女子中学生で初めての1stステージをクリアしかけるといった体力面でも見せ場を作っていた。

 そして本職の歌やダンスのパフォーマンスは圧巻のものでライブでは数万人のファンが詰めかけて熱狂していた。

 どこを見ても華々しい活躍ばかりでマイナスなことはどこにも書かれていない。

 ドキュメンタリー的な番組にも出演したようでそっちの内容にも目を通してみたが南雲にはとにかく隙がない。さすがは南雲と言うべきか。

 南雲麗というアイドルについて調べ始めてまだ少しだがその僅かな情報でも南雲の凄さが分かる。

 だがオレとしてはもう少し詳しい情報も知っておきたいところだ。

 そのためにも人を呼んだのだが、少し遅いな。

 オレは携帯でチャットを入れるか少し悩んだが、そうこうしているとインターフォンが鳴り響く。

 

「こ、こんばんは清隆くん」

 

「きよぽーん。開けてー」

 

「……波瑠加?」

 

 聞き覚えのある声が2つ聞こえてきたので部屋の施錠を解除して扉を開くが、オレが呼んだのは愛里のみで波瑠加は呼んだ覚えはない。

 それだけに疑問だったが、こちらの疑問を感じ取ってか波瑠加が理由を述べてきた。

 

「ちょうどコンビニに行こうとしたところでエレベーターで愛里と鉢合わせてさ。どこに行くのって聞いたらきよぽんのところって言うから私も付いてきちゃった」

 

「そうなのか?」

 

「う、うん」

 

「そうそう。だからほら、せっかくだし何の用事か知らないけど私も入れてもらったらダメ?」

 

 どうやら波瑠加は半ば強引にもオレの部屋に押しかけるつもりのようだ。

 その原因が何か、オレは少しだけ心当たりがあったがあえてそれを指摘はしない。向こうの気遣いに合わせてオレは快く受け入れることにする。

 

「もちろん構わない。だが大した用事じゃないから退屈させるかもしれないぞ?」

 

「大人しくしてるから平気。それになんだかんだきよぽんの部屋って入ったことなかったから気になるし」

 

「なら上がってくれ」

 

「それじゃお邪魔しまーす」

 

「お、お邪魔します」

 

 2人を部屋に招き入れるとオレは用意していたコーヒーを2人分、それを愛里と波瑠加に手渡す。

 

「コーヒーで良かったか?」

 

「あ、うん。ありがときよぽん」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 波瑠加は余裕そうだが、愛里はどこかそわそわしながらコーヒーを受け取る。

 ベッドに腰掛ける2人を見てそういえば女子を部屋に入れるのはもうずっと前に堀北や櫛田を入れた時以来だったなと思い出した。だからと言ってどうということはないが。

 

「それで? きよぽんは愛里に何の用事だったの?」

 

「ああ。昔の南雲のことについて教えてほしくてな」

 

「昔の……麗ちゃん?」

 

「ああ。昔から友達だったならアイドルとしての南雲のことについても詳しいと思ってな」

 

 オレは真実を話しつつもその理由については嘘を交えることにした。本心まで話す必要はどこにもない。

 

「よく分からないけど、きよぽんはどうして南雲さんのことを知りたがるわけ?」

 

「色々調べてるうちに興味を持ったんだ」

 

「それってファンになったってこと?」

 

「分からない……が、もしかしたらそうかもな。曲も良いし興味はある」

 

 もちろんファンになったわけではないが嘘も言っていない。南雲に興味があることも曲が良いと思ったのも本当のことだ。

 だからこそそう答えたのだが、答えると愛里はどこかほっとした様子になり波瑠加もまたオレの開いていたノートパソコンの画面を見て納得したようだった。

 

「なるほど。確かに南雲さんの曲ってめちゃくちゃ良いからねー。アイドルにそんなに興味ない私でも南雲さんの曲はよく聴いてたくらいだし」

 

「うん。麗ちゃんは本当にすごいから。テレビにもよく出てたし……」

 

「むしろ見ない日はなかったくらい? 最近のアイドルとかタレントの中じゃぶっちぎりで売れてたんじゃない?」

 

 愛里や波瑠加がここまで言うならやはりそうなんだろう。

 だがそれでも分かるのは南雲が人気アイドルだったという事実だけだ。

 オレはもう少し突っ込んだ情報が出ないか質問の角度を変えてみる。

 

「南雲や南雲と同じグループのメンバーも全員似たような感じなのか?」

 

「私は詳しくないけど結構みんなタイプ違くない? ね、愛里」

 

「うん。みんなキャラも全然違うかな」

 

 素人らしい質問をして答えが返ってきたところでオレはそれを投げ込む。

 

「じゃあ全員キャラは違うが順風満帆って感じだったんだな。映像越しで見ただけだが南雲も含めて全員良い子そうだ。アイドルにはありがちなスキャンダルもないみたいだしな」

 

「確かに。言われてみればそうかも。アイドルのスキャンダルってよく見るけどALIVEは全然そんなことないよね」

 

「そうだね。……あっ、でも……」

 

 何かないかと探るつもりで投げ込んだ質問に、意外にも反応が来た。

 オレはその反応を逃さぬように問いかける。

 

「何かあるのか?」

 

「あっ、ううん。そうじゃなくて……」

 

「なになに愛里? もしかして特ダネでも持ってるの?」

 

「そ、そういうのじゃないよっ! ただ、その……麗ちゃんとかそのグループじゃないけど、事務所の方でちょっとニュースがあったなって思い出しただけで……」

 

「え? なにそれ? そんなのあったっけ?」

 

「えっと……大手事務所の……2年前くらいに……」

 

 波瑠加もまたピンと来ていない様子だったが、愛里の言葉を聞いてあっと思い出すかのように声を上げる。

 

「あー、そういやそんなのもあったっけ。あれって南雲さんの所属してた事務所だっけ?」

 

「一応そうかな……あっ、でも麗ちゃんたちは全く関係ないことだからねっ?」

 

 言ってからマイナスイメージが付いてしまうかもと心配したのだろう。少し焦って南雲は関係ないと口にする愛里。

 だが興味深い情報ではあった。オレはそれを記憶しつつ更に質問を重ねる。

 

「まあそれはともかくファンなら知っている情報みたいなのはないのか? 例えば南雲の隠れた趣味とか苦手なものとか」

 

「趣味はいっぱいあるし苦手なものは思い浮かばないかな……あ、でもその、たまに写真撮るのとかにも付き合ってくれて──」

 

「へぇ~そうなんだ。やっぱり南雲さんって友人思いではあるんだね」

 

 ──そこからは愛里が友人でありファンでもある南雲の話題について花を咲かせた。

 

 だがそれも1時間くらいしてお開きになる。愛里や波瑠加のおすすめの曲や南雲の出ていたドラマや番組についての話題はたくさん聞くことは出来た。

 それはそれで有意義ではあるが、本当の意味で興味を持ったのは1つだけだ。

 オレは愛里と波瑠加が帰った後、もう1度パソコンでキーワードを検索する。

 今度は南雲のことではなく、南雲の所属していた事務所とその事務所の不祥事、スキャンダルについて。

 

「これは……」

 

 そうして検索してみれば、出てくるのは主に1つの事件のことだ。

 ホワイトルームで育ったオレは外のニュースには疎い。特に芸能スキャンダルなどはあの男も下らないと見下していたものなだけに全く取り入れられていなかった。

 だからこそオレはそこで初めて知る。3年前の12月頃に起きたという世間を賑わしたニュースの内容を。

 

『大手芸能事務所幹部の未成年売春』

 

『証拠写真付きでの証言で言い逃れ不可能』

 

『強制わいせつ罪で逮捕』

 

 幾つかのキーワードや見出しのタイトルを見てそれらの内容を詳しく把握していく。

 内容が内容なだけに世間をそれなりに賑わせた事件であるらしいそれを読み解いて何があったのかを理解した。

 簡単に言えば、とある芸能事務所の幹部が未成年を売春して捕まったという事件だ。

 その経緯は出版社への匿名のタレコミと証拠写真。そして現場を直接押さえられたということらしい。

 だがオレとしてはその幹部社員とやらの職務内容が気になった。

 どうやらその男は幾つかのアイドルグループの一部プロデュースも担当していたという。

 となればそこには南雲もいた可能性もある。大手なだけにアイドルグループは幾つも所属しているため実際のところどうかは分からない。買春事件自体も、その相手がアイドルや所属タレントなどではなく一般で知り合った相手であったことから事務所は関係ないものとして処理されていた。

 ネットには当然その男の顔写真もあったが、意外にも清潔感があって見た目的にはそれなりに整った大人の男性が写っている。人は見かけによらない。どんな見た目の人間であっても腹の中は何を考えているか分からないということなのだろう。

 

「なるほどな……」

 

 オレは大体の情報を把握したところで息を入れる。

 事件自体は加害者の立場が立場なだけに世間の関心を集めたが、警察や第三者委員会が調べても事務所の関与や所属タレントが被害に遭っているようなことはなかったらしい。

 それにその事務所はどうやら業界内でもクリーンな事務所として有名なようで不祥事らしい不祥事はそれが最初とのこと。それもあって事件はすぐに風化し、世間の関心はまた別のところに移ったのだろう。

 その事務所に所属していた南雲もその事件以来も変わらず活躍を続けている。

 南雲麗というアイドルの経歴は変わらず完璧なまま。何も変わっていない。

 一見そう見える。

 だがオレは気になってもう少し調べてみることにした。

 その事件が起きた3年前の12月。それ以前と以後に絞って南雲のことを調べる。

 するとちょっとした変化が見てとれた。

 髪型が変わったというそれだけのこと。

 デビュー時はサイドに結ばれていた髪を下ろすようになった。

 それ自体は本当になんてことのないことだ。おしゃれに敏感な女性であれば殊更そうだろう。髪型はその時の気まぐれでどうとでも変わりうる。

 だから誰も気に留めない。気に留める必要がない。

 だが──

 

『あ、そうなんですよ。私も年齢的にはまだまだ子供ではあるんですけどちょっと背伸びというか大人になろうと思いまして……思い切って変えてみました』

 

 モニターの中で南雲のドキュメンタリー映像を流しながら思う。

 後はもう、南雲の手をただ黙って受けることしかオレには出来ない。

 そうすることが最善だとオレはそう判断していた。

 




クリスマスは歯が痛くて大変でしたけど治りました。そろそろ麗ちゃんとの戦いの時です。後2、3話。次回もお楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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