ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

61 / 96
アイドルは常に前を向く

 薄暗い部屋の中で、私は観念していた。

 綾小路くんによって完全に敗北させられた私は、いつもの笑顔を浮かべることなくほぼ無表情でその事実を身に沁みて理解していく。

 これほどの敗北。いや、これだけ高い壁にぶつかったのは初めてだ。

 2年前にはほぼ私の実力は完成され大人ですら敵わなくなった。それだけに、今までも負けることはなかったし、目的を達成出来なかったとしても想定通り。きちんと次に繋がる結果を残してきた。

 だがここに来て、綾小路くんという怪物が私を完璧に上回ってくる。

 完璧なアイドル。誰にも理解出来ないはずの私を『理解』してみせた綾小路くんに、私は確かな精神的なショックを受けていた。

 

「……一先ず着替えてくれ。おまえをもう襲わないと決めた以上、その姿のままずっといられるのは都合が悪い」

 

「……分かってるよ。でももうちょっとだけ待って」

 

 私を見下ろす綾小路くんは私に勝利しておきながらも何の喜びも感慨も抱いていないようだった。ただ冷静に、粛々と事を進めようとしてくる。

 そんな綾小路くんに私は少し待ってとお願いした。

 そしてその上でしっかりと自らの負けを刻み込む。久し振りに引きずるような精神的なショック。それを自覚し、私は呑み込んでいく。

 

「ふー……」

 

 ゆっくりと息を吐く。呼吸は人間が活動するために最も大切な物の1つ。

 単純に生命活動に必要なだけじゃなく、しっかりと呼吸を操れば肉体的にも力を発揮し、精神的にも落ち着きを取り戻せる。おまけに健康にも良い。

 そうして呼吸をしながら事態を理解し、昇華するために私は両の手を使った。

 

「っ!!」

 

 パチーン、と思い切り自分の両の頬を掌で叩く。

 綾小路くんが突然の私の行動に少しだけ目を見開いた。そんな彼に、私はいつも通りの明るいスマイルを見せてあげる。

 

「はい! 落ち込みタイムしゅうりょ~う! ここからは切り替えていつもの麗ちゃんでお送りしまーす!」

 

 精神的なショックによる落ち込みから強制的に気分を元に戻す。衝撃が大きいのもあって飲み込むのに時間が少しかかったが、これで問題ない。もうこの敗北は乗り越えた。

 

「……流石だな。もう敗北のショックから立ち直ったのか」

 

「あはは、ショックなことがあっても切り替えなきゃ。いつまでも気分を引きずるようじゃ芸能界じゃやっていけないからねー。……ま、とはいえ完全とはいかないけども。でも表に出さないようにするくらいなら造作もないよ」

 

 感情のコントロールは完璧なアイドルに必要不可欠。笑いたい時に笑い、泣きたい時泣ける。喜怒哀楽をいつでも自在に引き出すこと。これ即ち芸能界で生き抜く極意である……なんてね。

 

「ふふん。どう? すごいでしょ」

 

「ああ。素直に感心した」

 

 胸を張って自慢気にしてみると綾小路くんからお褒めの言葉を頂いた。どこまで本気かは分からないけど嘘をつく意味もないだろうしここは素直に受け取っておこう。私は床に落ちていた衣服を集め、それを着直しながら綾小路くんの言葉を聞く。

 

「南雲。おまえはオレに完全に敗北した。そのことはしっかりと理解しているな?」

 

「もちろん理解したよ。一々聞かなくても綾小路くんなら分かってるでしょ?」

 

「表面上だとしてもここまで早く自然体に戻るとは思わなかったからな。一応確認しておきたかった」

 

「そっか。綾小路くんもどうやら完璧ってわけじゃないみたいだね。心配しなくても私の心は大分傷ついてるし綾小路くんの恐ろしさも骨身にしみて理解したよ」

 

 その言葉を信じるなら綾小路くんにとって私の精神面の強さは若干想定を外したということ。

 私を理解した綾小路くんだが、その理解も完璧じゃないということだ。私はそのことを指摘する。

 

「でもここまで私のことを理解してくれた人は初めてだよ。正直言って予想外だったよ。まさか綾小路くんが気づいてるなんてね」

 

「ああ。それがおまえの敗因だ南雲。自分を理解されないと思った。あるいは思い込んだこと。オレがそのことに気づいていることを理解出来ていれば敗北することはなかった」

 

「そこが今回の麗ちゃんの反省ポイントかな。ちょっと綾小路くんの理解力を舐めてたね」

 

 私は自らの失敗を振り返って反省する。

 綾小路くんが私のことをここまで理解しているとは思わなかったし、それがこの策を選んだ理由の1つだ。

 何しろ、私がその一線を大事にしていることに気づかなければ、綾小路くんの策はただの自殺行為でしかない。暴力だろうと暴行だろうと、私が綾小路くんの部屋に入ったこと、あるいは出てきたことを証明するのは難しくない。警察に訴え出れば間違いなく綾小路くんは怪しまれるし、証拠が見つかれば捕まってしまう。

 だからそんな手は取れるはずがなかったのだけど、綾小路くんは見事私の一線を見抜いてそこを突いてきたのだ。

 私の僅かな急所。それをピンポイントで狙い撃つように。

 

「でも結構危ない橋渡ったんじゃない? 私が一線を超えることを受け入れちゃえば綾小路くんは終わりだったよ?」

 

「そうだな。だからこそギリギリまで分析を続けた。成功の確率を出来る限りあげるために」

 

 綾小路くんの補足を聞いて私は頷く。

 なるほどね。やっぱりチキンレースでもあったわけだ。

 万が一私が一線を超えることを本気で受け入れてしまうようなら綾小路くんは私の恨みを買う上、下手したら捕まるリスクを負わなければならない。

 私からすれば受け入れればその代償を支払う代わりに綾小路くんを終わらせることは出来る。

 だから綾小路くんを退学させたりすることだけが目的であれば、受け入れた時点で綾小路くんに打つ手はなく勝利は確定する。

 だが私にとってそれは本末転倒。勝利ではない。綾小路くんを倒しても私の大事なものが失われるなら意味がない。

 だからこそこの結果で終わって良かったのだ。綾小路くんも私も。

 

「南雲。おまえの作戦は周到かつ強力なものだった。だが、反省点があるとするならオレという人間に対する理解が不足していたこと。そしておまえ自身もまたリスクのある手を取ってしまったことだ」

 

 数の利や学校での立場などを利用して安全策に徹してじわじわ包囲網を狭めるようにすれば負けはなかったし、いずれは勝てていたかもしれないとでも言いたいのだろう。綾小路くんは私にそんなダメ出しを送ってくれる。

 だけどそんなことは理解している。逆に綾小路くんは理解出来ていなかったみたいなので私はちょっぴりだけ可笑しくなった。

 

「そう言う綾小路くんこそ、まだ私に対する理解が不足してるみたいだね」

 

「何か他に理由があるのか?」

 

「まあ、ね。私が成長のために綾小路くんを狙った。完璧なアイドルになるために自身の成長にこだわってるってのはさっきも話したし当然理解してるよね?」

 

「ああ。そうあるためなら何でもするんだったな」

 

 これだけすごくて強い綾小路くんであっても、私の考えを全て理解出来ているわけではない。だから素直に問いかけてきていた。その様子がさっきまでの怖い姿とは違ってどこか子供みたいでギャップを感じるが、今はその点には触れずに私の考えを披露する。

 

「成長するために必要な要素は色々あるけれど、私的には挑戦することを大事にしてるんだよね」

 

「挑戦か。確かに成長するには必要な要素だな」

 

「そう。あえて困難に立ち向かい、それを乗り越えてこそより大きく成長出来る。私は完璧なアイドルになるためならたとえ火の中でも水の中でも飛び込むつもりでいる。我に七難八苦を与えたまえ──ってな感じでね」

 

 気分はポ◯モンマスターか山中鹿之介。

 自分にとっての大きな目的。目標。ゴールに辿り着くためなら困難を厭うことはない。

 ただそれで負けるようじゃ本末転倒? ──いや、そうじゃない。勝つことに越したことはないけれど負けたって構わないのだ。

 

「リスクがあることも多少イメージが落ちるのも想定内。負けることもまた視野に入れた上での戦略、ということか」

 

「スキャンダルも未経験だし、自分が全く悪くないスキャンダルも1度経験して成長しておこうと思ってね。ただ当然勝つつもりで作戦は立ててるし、綾小路くんの手が読めていたわけじゃないよ。私が想定していたのは3つ。1つは私が完璧に計画を達成すること」

 

 私は指を1つずつ立てていく。

 そして1つ目は私が綾小路くんを倒して理解して経験値にすること。綾小路くん的には最悪だけど私的には最高の結果。綾小路くんを超えたという結果が得られるから。

 

「2つ目は私の計画が失敗すること。そもそも誘いに乗ってこなかったり、私と2人っきりになることを避け続けてきたりして時間が長引くようならこの作戦は失敗。互いに読みあっただけで得られるものはほとんどない。私的にはこれが1番最悪だね」

 

「3つ目は自分の想定を上回られる方法で敗北すること、か」

 

「理解してるね。そう、3つ目の結果は私にとって何が起こるか分からない。あるいはそこで心を折られるような出来事や、私が完全敗北することだってありうる」

 

 3つ目の結果は想定しているとは言うものの想定出来てない結果のこと。

 ただどんな過程を踏むにしろ、私が最も精神的なショックを受けるのはこの結果だろう。

 ゆえに普通に考えれば1番良くない結果だ。手痛い敗北で代償を支払い、二度と立ち直れない可能性だってある。

 

「だけどそのショックを乗り越えれば私はより成長出来る。そうでしょ?」

 

「失敗は成功の母か。だがそれで退学になったり、より酷い結果に終わったりしたらどうする?」

 

「その時はその時……って言いたいけどね。現実はそうはいかないんだよねー残念ながら。だから実際は最悪の結果に終わることだけはないように調整して手を打ってる」

 

 私にとっての最悪の結果は、完璧なアイドルになれないこと。その道が途絶えてしまうこと。

 それに比べれば多少のスキャンダルや負けは大したことじゃない。

 大目的を達成するためなら敗北だって糧にして進む。

 

「心が折れて諦めることになるとは考えないのか? 挑戦すること自体は悪くないが、壁の高さを見誤れば乗り越えられなかった時に二度と起き上がれないこともある」

 

「諦める。そんな言葉はアイドルの辞書には存在しないからね」

 

 ファンの期待を一身に浴びて輝くアイドルは、常に前を向いて皆を惹きつける存在じゃないといけない。

 だから後ろを向いたり落ち込んだりする姿は見せちゃいけない。

 それが私の思う完璧なアイドルの条件の1つ。

 

「とはいえちっちゃい諦め。見切りをつけることも成功するためには大事だからね。そこのところ、しっかり理解よろしく!」

 

「あくまでも姿勢や心構えが重要ってことか」

 

「そうそう。流石は綾小路先生。一を聞いて十を知る。私に敗北を刻み込んだだけのことはあるね」

 

 私はそうして綾小路くんを褒めたつもりだったのだが、綾小路くんは私の放ったある言葉に反応してくる。

 

「先生?」

 

「ん? 嫌だった? 学ぶべきところがある人。私よりもすごい人なんだから親しみを込めて呼んでみたんだけど」

 

「……そうか。だが南雲にそう呼ばれるのは誤解を生むからやめてくれ」

 

 珍しく、ちょっと困ったような気配を綾小路くんから感じる。なんか先生に嫌な思い出でもあるのかな? 

 まあでも確かに説明を求められたら困るもんね。私は理解を示して答える。

 

「それじゃ2人っきりの時だけにするよ」

 

「いや、2人だけの時も出来ればやめてほしいんだが……」

 

「あはは、考えておくね。綾小路先生」

 

 私からの苦し紛れの反撃は効いているのかいないのか。よく分からなかったが、本気で嫌がっているようには見えないのでやっぱり効いてないかな。

 でもあんまりやりすぎるとまた手痛い反撃を食らいそうだから気をつけないと。綾小路くんの相手は万全の私でも厳しいのに傷心中の今の私じゃオーバーキルされてもっと引きずることになっちゃいそうだし。

 

「さて、と。それじゃ私はそろそろ帰ろうかな。神崎くんたちに撤収を命じないとだしね」

 

「その前に、もう幾つか話があるんだがいいか?」

 

「ん、もちろんいいけど何の話?」

 

 着替えも終わり、そろそろお暇しようと思ったところでまだ話があると告げてきたので大人しく話を聞く。

 その話はまた中々面白い内容だった。

 

「あーね。良いと思うよ」

 

「止めないのか?」

 

「止めても無駄だからね──なーんて、綾小路くんなら理解してるでしょ? 私も同じことを考えてたってことくらい」

 

「まあな」

 

 そして私はその綾小路くんから持ちかけられた話に賛同を示す。

 そうして話がまとまったところで今度こそお別れだ。

 

「それじゃあね、綾小路くん」

 

「ああ」

 

 玄関で靴を履いて外に出ようとする。

 綾小路くんは私を玄関まで見送ってくれた。そしてその際に。

 

「南雲」

 

「ん、なに? まだなにか用?」

 

 まだ何かあるのかと私は軽く振り返る。

 すると目の前に、小さな箱を差し出してくる綾小路くんがいた。

 これってもしかして……。

 

「誕生日プレゼントだ」

 

「……あー、そういえばそうだったね。でも用意してくれてたとは思わなかったな」

 

「櫛田から誕生日パーティに誘われたんだ。それで選んでみたんだが、せっかくなら今のうちに渡しておく」

 

「ああ、なるほどそれで」

 

 と納得してみたが、まさかこのタイミングで渡してくるとは思わないしそもそも用意してるなんて思ってもみなかったので普通に内心では驚く。よくさっきまで色々やって首まで絞めてきた女の子に贈れるなぁ……。

 ま、それに関しては私も悪いからおあいこだけども。

 

「開けていい?」

 

「ああ」

 

 綾小路くんに了解を取った上で私は梱包された箱を開封していく。

 さーて、何が入ってるのやらと見てみると……。

 

「綾小路くん。これは?」

 

「香水だ」

 

 いやそれは分かってる。

 私が聞いてるのはどういうつもりで付き合ってもいない女の子に香水なんて重いものをプレゼントしてきたのかということだ。

 だが綾小路くんはそれがなぜ問題なのか理解していない様子だ。なので私は内心で呆れつつも、あえて何も指摘しないことにした。

 

「わー、ありがとー」

 

「……もしかしてまずかったか?」

 

「そんなことないよ。普通に嬉しいからさ」

 

 おっと鋭い。だけど普段の私みたいに態度には出してあげないよ。

 今の私じゃ綾小路くんには勝てないとは思ったけど、こういう部分じゃやっぱり余裕で勝てそうだ。幾らなんでもダメすぎる。

 

「それじゃ今度こそまたね」

 

「ああ」

 

 なので私は仕込んだアイテムを入れた紙袋にそれを入れつつ笑顔のまま内心で綾小路くんにダメ出しをしておく。

 こんなんじゃ本当にたちの悪い男だと思われちゃうから気をつけた方がいいよ、ってね。

 そうして私は外に出ると携帯で神崎くんに連絡を入れて撤収を命じるとそのまま非常階段にいるであろう龍園くんやらその他大勢に出くわすことを避けるため、しばらく廊下で黄昏ることにした。

 

「ちょっと使ってみようかな」

 

 その間、綾小路くんから貰った香水を試してみることに。

 この香りはオーソドックスなフローラル系でオードパルファンかな。悪くはないけどやっぱり重い。普段使いにはあまり向いていないものではある。

 それでもまあ私なら完璧に使いこなせるけどね。

 

「敗北の証としてしばらくは使ってあげるよ」

 

 ミニボトルであるため毎日使えば2ヶ月か3ヶ月くらいで使いきれるかな。

 その間くらいは、私も刻み込む必要がある。この敗北を糧に成長するために。

 私が今の私になったきっかけ。そうなるに至った時と同じ企みを防いだ綾小路くんの強さをしっかりと理解するために。

 雫を垂らす。

 それが敗北して傷心中の私への小さな罰であり、慰めだった。

 

 

 

 

 

 ──そして後日。2月14日のバレンタインデー。

 

 その日、多くの生徒に義理チョコを渡し、誕生日も祝われる南雲はいつもとは違う香りを漂わせ、そして髪を下ろすようになった。

 アイドル時代の南雲と同じロングの髪。

 それが何を意味するかは理解らない。

 だが1つ確かなのはこれ以降、オレに対する噂が収束していくこと。南雲のオレに対する攻勢が止まること。

 

 そしてAクラスを含めたオレたち1年生に、困難が訪れるであろうということだった。




明けましておめでとうございます。これにてVS南雲麗編は終了です。綾小路との戦いも一旦は落ち着いて次からは一之瀬に色々あったり月城が出てくる1年生編の終盤。そしてホワイトルーム生とあれこれする2年生編へと続いていきます。
一先ずは綾小路を退学にさせたすぎる月城おじさんの登場もあるクラス内投票編に次回から入りますのでお楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。