ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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上手い話には裏がある

 ──それは特別試験の実施が1年生全体に発表される少し前。

 

 学年末試験を終え、バレンタインに誕生日とイベント目白押しだった2月も残り数日で終わる。

 いや、本当に色々あったけど概ね問題はない。

 学年末試験の結果は来週だが、私が導いてきたAクラスが躓くわけがないので心配はしていない。元々学力は高いクラスだし、最近は私に近い生徒ほど学力が伸びてきているのであるいは平均点で元AクラスであるBクラスを超えることもあり得ると思っている。

 加えて特に策略が動いている気配もないのでこの約2週間は平和な日常を送っていた。

 

「んー……」

 

 放課後の生徒会の仕事中。私は一作業終えたところで軽く伸びをする。

 するとそれを見た生徒会長──雅兄が声を掛けてきた。

 

「どうした麗。疲れたのか?」

 

「いや別に? 体力的には問題ないよ。仕事が多くて精神的には一息つきたい気分だけどね」

 

「例年、この時期は忙しくなる。3年生の卒業や新入生の入学が控えてるからな。雑務が多くて面倒に感じる気持ちは分かるがこれもこの学校をより良くするためだ。飽きずにもう少し頑張れ、副会長」

 

「はーい生徒会長サマー。私副会長。この学校をより良くするために頑張るぞー」

 

「ああ、そうしろ。もう少しで休憩をくれてやる。その後で何か奢ってやるよ」

 

「わーい」

 

 私が疲れているのではなく飽きてきていること。そしてこの振る舞いが休憩が欲しいというポーズであることに気づいて飴を与えてくる雅兄はさすが私の実の兄だ。私のことをよく理解している。単純作業に楽しみを見出すのにも限界があるからね。

 私は目の前のノートPCで完璧な書類を作り上げるとそのデータを雅兄に送って確認してもらう。そしてその間にまた別の書類に取り掛かった。

 余談だけど最近になってようやくこの学校にもIT化の波がやってきたというか、生徒会の作業などにタブレットやノートPCを持ち込んで行うことが多くなったし、先生方も最近はタブレットを用いた諸々を準備していたりする。理由は来年度から実施される新システムやら新しい試みのためだろう。つまり、半分は雅兄や私のせいである。

 そしてもう半分は学校側のおかげであるのだが……。

 そうして私がキーボードを叩きながら思考を展開していると生徒会室にノックの音が響く。その音と共に扉を開けて入ってきたのはほぼ毎日顔を合わせている学校側の人間だ。

 

「ごめんなさーい。南雲さんはいる?」

 

「知恵ちゃん先生?」

 

「あ、良かった南雲さん。ちょっと付いて来てくれる?」

 

 その相手とはAクラスの担任である知恵ちゃん先生だ。私のことを呼びに来た知恵ちゃん先生に、雅兄が質問する。

 

「麗に何か用ですか? 星之宮先生」

 

「うん、まあちょっとねー。忙しいところ悪いけどちょっと妹さん借りてくわね」

 

「ええ、どうぞ」

 

「ありがと。それじゃ南雲さん」

 

「はーい」

 

 教師からの呼び出しを拒否する理由はどこにもないため、私は仕事を中断して席を立つと知恵ちゃん先生に続いて生徒会室を出た。

 

「それで、何の用ですか?」

 

「それが、用事があるのは私じゃなくてねー」

 

 知恵ちゃん先生の後を付いて行きながら私は用件を聞いてみるが、やっぱり用件があるのは知恵ちゃん先生じゃないらしい。

 その場で話したりするわけでもなく言葉を濁したりする辺りでそう思った。そもそも知恵ちゃん先生が私を呼び出す理由なんて思いつかない。

 

「それじゃ誰なんです?」

 

「うーん……それがちょっとねー。学校のお偉いさんなんだけどー……」

 

 知恵ちゃん先生がここまで言葉を濁すのは珍しい。

 それに様子も僅かだけど違ってるし、これは知恵ちゃん先生もまた不可解というか理由が分からないのかもね。

 そして何かちょっと良くないことか、不安になるような事があったのかもしれない。私はそう予測する。

 その間にも私たちは移動し、やがて応接室に辿り着く。

 そこで知恵ちゃん先生は普段の明るさを消して大人として厳かにノックをして入室した。

 

「失礼します──理事長代理。南雲さんを連れてきました」

 

「おや、来ましたか」

 

 そうして応接室に入室すれば、中にいたのは柔和な印象を受けるスーツ姿の男性。年齢は40代頃で容姿は70点代。取り分け美形というわけではないが、しっかりとした大人らしく清潔感がある。

 私は初対面の相手に対する分析を行いながら知恵ちゃん先生が口にした、理事長代理、という言葉を思い出す。

 

「ありがとうございます、星之宮先生」

 

「はい。それで、私は……」

 

「ああ。申し訳ありませんが先生は外で待っていてくれませんか?」

 

「それは……ええ、分かりました」

 

 一瞬、女生徒と2人きりにするという状況を憂いた知恵ちゃん先生だが、何かを口に出そうとして呑み込む。そして言う通りに応接室から出ていった。

 私は少し戸惑った感じを出しながら声を出す。

 

「……あの」

 

「さて、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない。私はこの学校の理事長代理を務める月城と申します」

 

 そう言って笑顔で握手を求めてくる月城という人に、私は同じく笑顔を向けることにした。立場がしっかりとした人なら不安に思う必要もない──なんて感じで。

 

「1年Aクラスの南雲麗です」

 

「ええ。それでは立ち話もなんなので座りましょうか」

 

「はい。失礼します」

 

 学校関係者。それも理事長代理という目上の方なので丁寧さと落ち着いた雰囲気を出しながら対応する。

 先に腰掛けた理事長代理の勧めに応じて応接室のソファに腰掛けて対面するとその表情もまたよく分かる。

 こちらに正確な情報を与えてくれない大人の感じがね。

 

「礼儀がしっかりしているね。それに、こうして初対面の大人に呼び出されているにも関わらずとても落ち着いている。この学校の生徒は皆君のような生徒ばかりなのかな?」

 

「いえ、理事長代理のことは耳にしていましたから。坂柳理事長の代わりに新しく赴任して来られた方ですよね?」

 

「おや、ご存知でしたか。正式な通達はまだ行っていないはずですが、さすがは1年Aクラスのリーダーにして現生徒会の副会長ですね。耳が早い」

 

「それほどでもありませんよ。生徒会として活動する中で偶然耳に入っただけですから」

 

「それでも優秀なことには変わりない。この学校で生徒会の副会長になることもクラスのリーダーとしてAクラスまで導くことも簡単なことではないでしょう」

 

「恐縮です。ですがそれもクラスの仲間の働きあってのものですから」

 

「謙虚ですね。若い内からそれほど成功すれば普通は増長するものですが、それがないのはやはりアイドルとして1度社会の荒波に揉まれたからでしょうかね」

 

 私のことを褒めた後でアイドルとしての経歴も知っていると話題に出してくる。

 そのこと自体に驚きはないため私は普通に答えた。少し茶目っ気を出しながら。

 

「あはは、知ってたんですね。もしかしてファンだったりします?」

 

「ファンと言えるほどじゃありませんが私も人並みにテレビは見ますからね。それに芸能界に顔が利く知人から話も幾つか聞いていてね」

 

「そうなんですか? いやー、ちょっと恥ずかしいですね。何か変なこと言われてないと良いですけど」

 

「変なことなど何も。ただ、幾つか活躍と言いますか、君が芸能界で成し遂げたことについて語っていただきましたよ。特に年末の歌番組に初めて出場した時は相当感動したと熱く語っていました」

 

「やっぱり少しこそばゆいですね」

 

 私は軽く頬をかいて恥ずかしさを見せる。

 だがこの月城という人はなおも続けてきた。

 

「実際にこうして目の当たりにすれば君が芸能界で成功したことにも頷けます。勉学や運動が得意なだけじゃなく、社会性もしっかり持ち合わせているようだ」

 

「それにとても可愛いですしね」

 

「それに関しては明言を控えさせてもらうよ。教育者として女生徒に対して容姿を褒めるような言葉を口にすればあらぬ誤解を受けてしまいかねないからね」

 

 コミュニケーションの一貫としてそんな冗談染みた言葉を送ってみるも乗ってこない。軽く笑いながらも教育者として一線を引いてきた。

 その言動は一見、本当に良い人に見える。

 

「ただオーラというものは感じますね。人を惹きつける才能。カリスマとも言うべきものが」

 

「さすがにそれは褒めすぎですよ。確かにアイドルとして頑張りましたけど私なんてまだ16歳の小娘なんですから」

 

「いえ、そんなことはありません。君はこの学校の生徒の中で最も大人に見えますよ」

 

 返答に若干困る質問だが、別に答えられない質問じゃない。

 ただそろそろ本題に入ってほしかったので私は笑顔を絶やさぬままこちらから切り出すことにする。

 

「あはは、ありがとうございます。ですが、大人に見えます、か。であれば今日呼び出したのは生徒として呼び出したわけではないと?」

 

「いえ、もちろん生徒として呼び出しています。しかし、同時に対等な大人としても見ていますよ。1度社会に出て立派な結果を出し、この学園で最も優秀な生徒である君を子供扱いしては失礼だ」

 

 反応を見ようと切り出した質問にも、1度は流してきた。

 だがそこでこの胡散臭い理事長代理は切り出してきた。

 

「そして、そんな優秀な生徒である君に提案があってね」

 

「提案、ですか。それは生徒会として何かやってほしいことがあるとかですか? それならお言葉ですけど私よりも私の兄に提案した方が良いかと」

 

「いえ、生徒会としての仕事ではありませんし、君の兄に取り次ぐ必要もありませんよ」

 

「そうでしたかー。でも、最も優秀な生徒にしたい提案ということであれば私よりも兄が該当するかと思うんですがね」

 

「私はそうは思っていないということです。確かに君の兄は現2年生において最も優秀な生徒でしょう。生徒会長としての仕事も今までの体制を継続していくだけでなく改革を掲げ、なおかつそれを実現しようとしている。それは理事長代理としても喜ばしいことです」

 

 私をべた褒めしたかと思ったら今度は雅兄のことを褒めだす。

 だけどそれとこれとは別の話。

 

「それに私としても1年生の生徒に頼んだ方が都合が良い」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「簡単なことです。来月の初めに実施されることが決まった特別試験で、私からの依頼に応えてほしい」

 

 世間話から本題へ話題が変わる。

 こうやって胡乱な遠回りをするのは大人にありがちな会話だ。私は少し笑みを小さくすることで軽く異議を呈する。

 

「生徒に依頼ですかー。それも理事長代理から直々にとは。一体どのような依頼で? しかも特別試験について明かしてくるなんて幾ら私が可愛いからって贔屓がすぎるのでは?」

 

「平等にすべき、と? しかしこの学校は生徒会役員に対して一部、試験について協議する権利が与えられている。事前に試験の内容について知ることもこの学校の生徒会が得ている正当な特権の1つで幾度も恩恵は与えられてきた。元より平等ではありませんよ」

 

「だとしても困りますね。あまり過度な特別扱いを受けると周囲からやっかみを受けてしまいますし」

 

「私や君が口にしなければ露見することはありませんよ」

 

 互いに露見すれば都合が悪いのだから言うことはないと、要はそんなところかな。

 だがこれだけならまだ私の有利だ。おそらく独断というか、何の狙いがあるのか知らないけどこんな勝手をしたことを口にされればこの人としても少し困るだろうし。用件を聞くと面倒を背負い込むことになることを思えば聞く前に一言断ってから帰ってもいいかもしれない。

 

 ──だけど私は慎重に対応することにした。

 

「……ま、分かりました。それで、依頼とは何でしょうか?」

 

「話が早くて助かりますよ。それに考えも柔軟ですね。前生徒会長ではこうは行かなかったでしょう」

 

「理事長代理はお世辞が上手ですね。そろそろ詳細を聞かせてくれませんか?」

 

 情報を知ってる自慢はもういいから早く進めてくれとそんな意味を言葉に込める。

 それにしても表情が変わらないね。私とは違うけど私みたいだ。

 まあこの人の場合は不気味かつ胡散臭い。私はミステリアスで表情豊かで可愛いって大きな違いがあるけども、その内心を読ませないことに関しては今まで会ってきた大人の中でも最も手強いかな。

 それだけに笑顔を浮かべてても何も信用出来ない。

 

「分かりました。世間話もこのくらいでよかったでしょうし、依頼をお教えします」

 

 あえて言い回しまで変えてこずとも当然理解している。

 なので動じることなく私はその月城という人からの依頼を耳にした。

 

「簡単に言えば、来月に行われる『クラス内投票』において、ある生徒を退学させてほしいんです」

 

「なるほどなるほど。中々物騒な話をしますね。しかも理事長代理が直々に1生徒を狙うなんて、教育者とは思えません」

 

「これもちょっとした特別試験の1つ、ということで理解して頂ければ結構です」

 

 そんなわけあるか。

 なんて言葉が内心に浮かぶが、もちろんそれは口にはしない。更にきな臭くなった話を、私は最後まで聞いていく。

 

「……ま、いいですけど。それで、誰を退学させてほしいんです?」

 

「ええ。その生徒の名前ですが──」

 

 そこで、月城という男は口にする。

 

「綾小路清隆です」

 

 それを耳にした時、私は訝しみながらも思考する。

 そして考えた末に理解した。

 綾小路くんという私を負かした怪物。その片鱗に触れた気がした。

 

「受けていただけますか?」

 

「……そうですね。それなら──」

 

 私はそうして、困難に立ち向かうことに決めた。

 迷うことはない。私にとって大事なもの。

 それを守るためには、誰であろうと……容赦をするつもりはない。

 

 

 

 

 

 3月2日。火曜日。

 その日のホームルームで、1年生には予定にない追加の特別試験が実施されることが1年生に通達された。

 その試験の名前を『クラス内投票』と言い、その試験内容はDクラスの生徒の多くに不安を生じさせた。その内容とは──

 

 ・称賛票、批判票が各自に3票ずつ与えられ自分以外のクラスメイトに必ず投票しなければならない。

 

 ・称賛票と批判票は打ち消し合う。称賛票-批判票が結果となる。

 

 ・首位と最下位を決めるまで試験は続けられる。首位となった生徒には退学を取り消すことの出来るプロテクトポイントを1与え、最下位になった生徒は退学となる。

 

 ・自クラスのものとは別に他クラスに与える用の称賛票が与えられる。それも必ず記入しなければならない。

 

 そんな、理不尽かつ残酷なものだった。

 1年生の退学者がたった1名。それも試験とは関係のない退学だったという珍しい事例であったことで追加された特別試験ということもあってクラスメイトからは当然不満も出た。

 だが何を言っても試験が無くなることもないし回避することも出来ない。劣っている生徒や今まで流されてきただけの生徒も、それぞれがどうにかして退学を回避するために動く必要がある。

 そしてクラスのリーダーや中心に近い生徒たちにしてみれば、誰を切り捨てるかという難しい判断を求められることにもなる。

 今までの特別試験と違って同じクラスの中でも争うことになり、クラス内での影響力や他クラスをも含めた人気。

 あるいは退学を取り消す唯一の手段であるポイントでの救済を行うことの出来る資金力などが重要となってくるだろう。

 それゆえ、それらを全て持っている生徒にしてみればこの試験ほど楽なものはないだろう。

 

「いいよねーAクラスは。悩む必要なんてないんだからさ」

 

 試験が告知された次の日の昼休み。

 いつものグループでカフェに集まって話し合いを行っていると、ふと波瑠加が羨ましそうに言った。

 その視線の先には──Aクラスのリーダーである南雲とその友人たちであるAクラスの女子たちがいつもと変わらない、明るい表情で談笑していた。

 その理由は明確だ。この特別試験において、Aクラスだけは退学者を出さずに乗り越えることが出来る。

 そう、全てを持っている生徒とは南雲のことだ。ゆえにしっかりと材料を並べ立てて口にしたわけではないだろうが、波瑠加もまた南雲やAクラスが容易くこの試験をクリア出来ることに羨望の視線を向けていた。

 

「……そうだな。Aクラスの資金力なら2000万ポイントを使っての救済も十分可能だろうしな」

 

「誰に批判票を入れるかも考える必要もないからな」

 

 波瑠加の言葉に啓誠や明人も頷く。

 最下位になった生徒を救済することを決めているなら批判票の行方に悩む必要はない。やることがあるとすればプロテクトポイントを与えられる首位の調整だが、それも一般の生徒からしてみればリーダーである南雲の指示に従うのみで考える必要もないと思われる。

 更に言うなら、南雲は他クラスにも強い影響力を持つ。

 その気になれば他クラスの生徒の称賛票や批判票すら操作してくるだろう。裏切りを促し、多くの生徒から信頼を集める南雲の能力はこの試験において最も強い武器であり防具にもなり得る。

 だからこそ南雲にとって今回の試験は簡単なものになるはずだ。

 何しろ、仮に退学者を出す方針にしたとしても南雲の言うことならおそらくAクラスの生徒の多くは受け入れる。

 反対する生徒がいるとすれば……一之瀬帆波。南雲の参謀であり稀有な善性を持つ彼女だけだ。

 だからこそオレはそのテーブルに一之瀬がいないことが気になっていた。

 白波や小橋、網倉といった生徒はいるのに一之瀬だけがそこにいない。

 単に別行動を取っているだけという可能性もあるが、現時点では何とも言えないな。

 ただ1つ言えることがあるとすれば……オレの安全もこの試験においては保証されていないということだろう。

 いや、そもそも安全が保証されている生徒など1人もいないのかもしれない。

 何しろこの瞬間に、多くの思惑が動いているのだから。

 

 

 

 

 

 放課後。オレはある人物と出くわした。

 

「ご機嫌よう。綾小路くん」

 

 こちらを見かけるなり声を掛けてきた相手は坂柳有栖。

 だがオレはすぐ側にいるもう1人の人物の方に目がいった。

 

「珍しい組み合わせだな」

 

「綾小路か。これには事情がある。気にしないでくれ」

 

 そう言って踏み込むことを拒否してきた相手は葛城だった。

 かつてクラスを二分していた2つの派閥のリーダーが揃って一緒にいる。そのことに言及しないわけにはいかない。

 神室や橋本といった坂柳の側近の姿も見えない。葛城の側近であった戸塚もまた。

 

「ふふ、気になりますか?」

 

「気になると言ったら教えてくれるのか?」

 

「そうですね。綾小路くんになら教えても構いませんよ」

 

 坂柳は質問に答えても構わないと余裕を見せる。

 だがそれに待ったを掛けたのは他ならぬ葛城だ。

 

「待て、坂柳」

 

「はい。何でしょうか、葛城くん。何か意見でも?」

 

「当然だ。クラスの内情を無闇に語ることに俺は反対する」

 

「問題ありませんよ。私と貴方が一緒にいる時点で誰でも想像がつくことですしね」

 

「それでもはっきりとした言及は避けるべきだ。特に今回の特別試験は失敗した時のリスクも大きい。慎重になるべきだと進言させてもらう」

 

 それはかつての元Aクラスで見られた光景を見させられているようだった。

 坂柳と葛城の対立。意見の相違。

 だがそれもこうして2人だけでいるというだけで対立とは別の見方に見える。坂柳が言うように、他の生徒にとっても容易に想像出来るものだ。それはつまり……。

 

「……手を組んだのか?」

 

「おや、当てられてしまいましたね」

 

 オレがはっきりと口にすれば、坂柳は口元に手を当ててくすりと笑う。

 だが反対に葛城の方はじろりと坂柳を睨んだ。そして、腕を組んで重たい息を吐く。

 

「坂柳。おまえの方針は理解しているつもりだが、こんな風に進言を無視し続けるようなら俺としても協力は難しくなる」

 

「無視はしていませんよ。聞き入れた上で問題ないと判断したまでです。それとも葛城くんはこれが何か大きな問題に繋がるとでも?」

 

「そういう問題ではない。本当に協調する気はあるのか、という問題だ」

 

 葛城のその言葉ははっきりとある事実を示している。

 坂柳と葛城が協力体制を取っている。

 こうして一緒にいるだけでなく、こんなやり取りを誰が通るか分からない往来で行っている時点で他クラスの生徒に露見するのはある程度折り込み済みなのだろう。葛城にしても坂柳に不満を口にしながらも問題に繋がるかという部分に関しては流した。

 

「もちろんです。そうでなければ葛城くんに声を掛けたりしませんよ。それより、これから綾小路くんと個人的な予定があるんです。なので葛城くんには席を外していただけませんか?」

 

「……そうなのか? 綾小路」

 

 葛城に疑いの目を向けられる。どうするべきか迷ったが、坂柳の期待を込めたような目線を受け、仕方なく頷いた。

 

「ああ、ちょっとな」

 

「……そうか。なら俺は帰らせてもらう」

 

「ええ。お疲れ様でした」

 

 オレの返答を受けても疑念はなくならない様子の葛城だったが、あえてそれ以上追求することはなく背を向けて立ち去った。

 ……どうやら完全な協力体制というわけではなさそうだな。

 

「さて、それでは少し移動しましょうか。ここでは少々目立ちますし」

 

「ああ」

 

 坂柳の言葉に従ってオレはゆっくりと坂柳に合わせて歩き出す。

 個人的な用事と聞いた時点で分かっていたことだが、場所を移すということは内密の話がしたいのだろう。

 その予想は当たっていて、ある程度人目につかない場所についた時点で坂柳は口を開いた。

 

「葛城くんと私が一緒にいたことに驚きましたか?」

 

「本当に和解したのか?」

 

「まさか。一時的に協力を要請しただけですよ。クラスから裏切り者をこれ以上出さないために」

 

 やはりか、とオレは得心する。

 坂柳と葛城が一時的に手を組んだ理由。それは、現在のBクラスの状況が関係していると坂柳は言う。

 

「クラスをまとめるのに苦労してるみたいだな」

 

「苦労というほどでは。ただ内側にいる敵の対処を誤ると面倒ですからね。葛城くんの手を借りてでも早々に収めるべきと判断したまでです」

 

「妥当な判断だな」

 

 オレは坂柳がそういった判断を取るに至った相手のことを思い浮かべる。

 Aクラスのリーダーである南雲。その影響力がBクラスを侵食し始めている。

 クラスの降格や生徒の引き抜き。そして個人で結ぶAクラス行きのための提案など、Bクラスは現在どのクラスよりも不安定な状態が続いていると推測出来る。

 それは先の林間学校でも明らかだった。

 坂柳のリーダーとしての影響力が落ちている。その状況で南雲にかき回されることを坂柳は嫌った。

 ゆえに自ら葛城に声を掛けたのだろう。そのことを坂柳は口にする。

 

「クラスをまとめるため。そして、この特別試験を乗り切るためと、そう言えば快く引き受けてくれましたよ。おかげでこの試験も何とか切り抜けられそうです」

 

「そう言うからには既に誰を退学にするか決めたのか?」

 

「もちろんです。私のクラスからは裏切り者を処分することにしました」

 

 具体的な名前を告げず、裏切り者という言葉で匂わせるに留める坂柳。

 それが誰なのかは分からないが、単純に考えるなら1人の生徒が思い浮かぶ。

 そしてそれだけでなく、少し前から続いている坂柳の山内に対する接触もまた連想した。

 

「裏切り者、か」

 

「ええ。この試験はクラスの不要な生徒を切り捨てることの出来るもの。裏切り者がいるならそれを切るのは当たり前のことです」

 

「確かにな」

 

 裏切り者がいるなら切る生徒を選ぶのは簡単だ。

 それはリーダーだけでなく、他の大勢の生徒にとっても同じ。クラスの仲間を誰か1人選んで退学させなければならないという重圧、不安から解放することにもなる。

 オレはそれらの要素を組み込んだ上で思考する。そして、あえて唐突に質問を行った。

 

「そういえば神室や橋本の姿がないが今日はどうしてるんだ?」

 

「神室さんはこの後やるべきことを済ませてから合流する予定ですよ。橋本くんの方は……さて、どうしているのやら。友人と遊んでいるのかもしれませんね」

 

 そう言って意味深に笑ってみせる坂柳。

 

「気になりますか?」

 

「少しはな」

 

「ふふ、そうですか。しかしそんなことよりも今日はお願いがあるんです」

 

 そしてようやく本題を切り出してきた。

 

「以前からの約束のことです。私と綾小路くんの勝負の話です。それを今回ではなく次回に持ち越すことを認めていただきたいんです」

 

 オレと坂柳の勝負。

 その約束は以前に持ちかけられたものだ。その約束の履行は、オレにとって受けても構わないものではある。

 だがオレはあえて余地を残すことにした。

 

「構わないが、次で確実に戦える保証はない」

 

「その時はその時です。とにかく、今回の試験で勝負の約束を消費しないことを認めてくれませんか?」

 

 坂柳としてはこのあまり戦いようのない試験でオレと戦う貴重な機会を消費したくないのだろう。

 以前から、それこそ坂柳は一学期の時点からオレと接触し、オレが必要以上に目立たないように協力していた。

 それもオレとの勝負の機会を設けるため。決着をつけるために行ったもの。

 

「好きに判断してくれていい」

 

「ありがとうございます」

 

 だからオレとしても坂柳がそう望むのなら受け入れても構わない。

 ただ……少しばかりの疑問は残る。

 

「南雲の方はいいのか?」

 

 坂柳から停戦の申し出があったところでオレはその疑問も口にする。

 南雲に借りを返さないままオレと戦ってもいいのかという坂柳の考えを測る疑問。

 それを聞いた坂柳は特に思うところもなく答えた。

 

「麗さんですか。確かに彼女にやり返すことも重要ですが……それでも綾小路くんとの勝負に比べたら些細なこと。優先すべきは貴方だけです」

 

 あくまでオレと決着をつける方が大切なこと。

 その前には南雲ですら眼中にない、か。

 

「ええ。それとご心配なく。以前と同じ轍は踏みませんよ。麗さんのことは敬意を持って警戒させてもらっています」

 

「そうか。余計な心配だったみたいだな」

 

「はい。綾小路くんは自分のことに注力なさってください。万が一にも退学しないようにお願いしますよ」

 

 オレの僅かな心配も余計なお世話だと軽く受け流す。

 

「……ああ。そうさせてもらおう」

 

「忘れないでくださいね。勝負は1年最後の特別試験で行いましょう」

 

 最後に念押しするようにそう言い、オレからの頷きを得ると坂柳は微笑を浮かべて去っていった。

 対してオレは少し待ってから待ち人と合流するためにケヤキモールへ向かった。

 だがその道中。思考を行いながらもオレは引っかかりのあるものを見る。

 それはケヤキモールで友人と遊ぶ南雲と、それを隠れて追いかける生徒……葛城の側近であるBクラスの戸塚弥彦の姿だ。

 坂柳か葛城の指令なのか、あるいは独断なのか、南雲の尾行を続けている戸塚を見つけ、オレは何気なく南雲に視線を向ける。友人たちと共にアパレルショップの前でショーケースの中にある衣服について話している。

 そしてそのショーケースのガラス越しにオレと目が合った。

 だがすぐに目を逸し、それ以上のアクションは行ってこない。

 オレもまたすぐにその場から離れることにした。南雲にも戸塚にも用はない。

 今回の特別試験でオレがやるべきは自分を守ること。

 いつもの調子で余裕を見せる南雲。

 南雲と距離を置いて、何かを考えている様子の一之瀬。

 退学候補として注目される中でも悠々自適に過ごしている龍園。

 葛城と手を組んで試験を乗り越えることを選んだ坂柳。

 それぞれの思惑が張り巡らされる中で、オレは1つの結果を予感していた。

 この特別試験が終わる時、それぞれのクラスが取り巻く状況は大きく変わる。そんな予感が。




アニメ3期が始まりましたね。マイナーピースいい曲でした。しばらくは作業用BGMとして執筆が進みそうです。

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