多目的室の反対側。AクラスとDクラスの戦いが行われている一方でBクラスのCクラスの戦いも同時進行で行われていた。
その司令塔を務めるのは順当と言うべきか、互いのクラスのリーダーである坂柳と龍園だった。
「それじゃとっとと始めようぜ。今更種目の選択に迷ったりはしねぇよな?」
「ええ。そちらもどれを選んだところで同じでしょうし、私たちのクラスの戦いはどちらの種目が多分に含まれるか。それによっても左右されてしまいそうですね」
それぞれ指定の席についた2人は部屋の外で行われていた挨拶の延長を行いながらも種目の選択に迷いはない。監督を行っているAクラス担任の星之宮とDクラス担任の茶柱が種目の選択を行うように告げるよりも2人の話は先を行っている。
その言葉通り龍園は『柔道』『テコンドー』『空手』『レスリング』『剣道』と5つの肉体を酷使する格闘技系の種目だけを選択。
そして坂柳は『チェス』『現代文テスト』『社会テスト』『数学テスト』『英語テスト』とチェス以外は全て学力が問われる種目を選択した。
まさに正反対の種目内容であり、坂柳の言うようにどちらのクラスの選んだ種目が選ばれるかによっても勝敗が切り替わる可能性があった。
「しかし少々偏りが過ぎたのでは? Cクラスには確かに荒事に長けた駒が何人かいるようですし、それを活かした戦略を取ることは間違いではありません。ですが私たちBクラスも荒事に長けている方は何人かいらっしゃいます。こちらの完全な弱点と言い切れない以上、1種目か2種目程度は別のジャンルの種目を選んだ方が良かったのではないですか?」
「生憎とこっちの手駒はおまえのところの駒ほどお利口じゃないんでな。こういう使い方しか出来ねぇんだよ」
「駒の質が悪いとそれを操る者は苦労させられますね。ですがそれもこの学園に入学した際に定められた評価によるもの。つまりは多少の運はあるとはいえ、その尖った駒の質もまた紛れもないあなたの実力です。ですから負けた時に駒の質を言い訳しないでくださいね?」
「問題ねぇよ。その不良品ばかりの駒におまえは詰まされるんだからな」
「それは楽しみです。もしそれが叶うなら是非ともやってみせてください。まずありえないとはいえ、その予想を覆されるのはそれはそれで興味深いことですから」
「あのー……そろそろ一戦目の種目を発表しようと思うんだけどいいかしら?」
「ふふ、すみません。彼とのお喋りについ興が乗ってしましました。いつでも始めて頂いて構いません」
「さっさとしろ」
「さっさとしろって……もうっ。はいはい、それじゃあ発表するわよー」
教師である星之宮の注意など意に介さない2人に星之宮は諦めて試験の開始を茶柱と共に通達。一戦目の種目がモニターに発表される。
『現代文テスト』必要人数4人 時間50分
ルール 1年度における学習範囲内の問題集を解き合計点で競う
司令塔 1問だけ代わりに答えることが出来る
「最初はBクラスの種目が選ばれましたか。さて、苦手な学力テストとはいえ必要人数はたった4人。如何に学力が低い生徒の多いCクラスとはいえ数人程度なら私たちのクラスと同等に戦える生徒もいるでしょう。とはいえこの後も学力テストが選ばれる可能性があるなら温存という手もありますが……」
「どうだかな。Cクラスの中でトップの成績の生徒を選んだところで勝てる確率は少ねぇ。なら捨てちまうのも1つの手だと思うがな」
「温存ではなく捨てると来ましたか。ですがそれも仕方のないことかもしれません。どうしたって学力では不利な戦いは避けきれない。だったら最初から自分たちの土俵に引きずり込むことに集中する。それもまた1つの戦略です」
龍園は現代文テストが選ばれたのを見ると坂柳が喋りかけている間に数秒とかけずに生徒を選択し終える。それを見た坂柳はくすりと笑い、数秒の思考の末に生徒を選択。互いに誰を選んだかがモニターに表示される。
龍園が選んだ生徒は『椎名ひより』『葛城康平』の2人を含むCクラスの学力のトップの生徒たち。
対する坂柳の選んだ生徒もまたBクラスの中でも特に学力に、現代文の点が良い4人が選ばれていた。
「やはり最初から全力で獲りに来ましたか。危ないところでした。もしこちらが温存していればこの種目は負けていたかもしれません。しかし良いのですか? これでは残りの学力テストはそちらの言葉で言うところの捨てたも同然になりますが」
「後に選ばれる保証なんざどこにもねぇからな。だったら最初に力を集中させちまった方がまだ勝ちの目が出る確率は高い」
「戦力を逐次投入したところで無意味と悟ったわけですね。なるほど。その思い切りの良さは称賛しますが……」
「黙ってな坂柳。俺の教師にでもなったつもりか?」
「ふふ、気を悪くされたのであれば申し訳ありません」
龍園の取った手に対し、その講評を続ける坂柳であったが龍園が気分を害した気配を僅かに感じて一時は口を閉じる。
しかしモニターの中で試験が始まるとしばらくは手持ち無沙汰になる。この種目は司令塔の関与も少ない。坂柳にしてみれば思考を集中させる必要の全くないテストだった。
それゆえ、他の気になることに意識を割いてしまう。先ほどの龍園が語った問題。画面の中で敵陣営としてテストに臨んでいる葛城康平の移籍について。
「そういえば先程のあなたから問いかけられた問題の答えですが、あなたにポイントを融資したのは麗さんですね?」
「……ほう? なぜそう思う?」
「馬鹿にしないでください。クラスの移動に必要な2000万ポイント。その半分にも当たる1000万もの膨大なポイントを保有している人物は限られている。そこから考えていけば誰でもわかります」
1学年の中でそれだけのポイントを保有しているのはAクラスの南雲麗をおいて他にはいない。あるいはこの場にいる龍園翔。そして坂柳有栖。クラスのリーダーであり、船上試験で得たポイントを含めてある程度の蓄えがある生徒のみだろう。
そうなると自動的に龍園にポイントを与えたのは南雲麗ということになる。が、その理由ともなれば常人では分かりかねるものだ。
「ですがそれだと少々不思議なことになります。Aクラスの一之瀬さんは麗さんからポイントの調達を頼まれ、称賛票と引き換えにあなたから1000万ポイントを譲り受けたはず。しかし麗さんがあなたに1000万ポイントを与えたとなるとAクラスは実質、ただであなたに称賛票を与えて救済したことになる」
「単純に俺に退学してほしくなかったのかもなぁ?」
「その理由も全くないと言い切ることは出来ませんが、おそらくは何らかの取引を行ったのでしょう。あなたに称賛票を与える代わりに、何かを得る契約を」
「クク、中々に面白い推測だが仮にそれが当たっていたとしてもその先がわからなきゃ意味がねぇな」
「そうですね。私もさすがに今ある情報だけじゃ何を取引したのかは絞り込めません。幾つか候補をお話してしまっても構いませんが、そろそろ時間のようですし私の中だけに秘めておくとしましょう」
「ああ、精々震えながら待ってな」
そして2人の会話が終わったところでテストも終了し、集計される。Dクラス担任の茶柱の口からそれが発表された。
「では現代文テストの集計結果を伝える。Cクラス、377点。Bクラス──380点。よって一回戦はBクラスの勝利だ」
そして結果はまずはBクラスの勝利と終わる。順当と言えば順当な結果だったが、その内容に坂柳は驚かされた。
「惜しかったですね。たった3点差ですか。これは私も温存せずに正解でした。葛城くんもいるおかげでしょうが、Cクラスの他の生徒も頑張りましたね」
「命拾いしたな。ここで負けてればただでさえ精神的に脆くなってるBクラスを更に動揺させられたんだが」
「ふふ、涙ぐましい期待ですね。お得意の盤外戦術が通用しなかったため、精神的に揺さぶりをかけて動きに精彩を欠いてもらうしかないと、そんなところですか」
当然、坂柳は龍園が取ろうとしていた手を知っているし対策も行った。Bクラスの生徒たちには不用意に外の飲食物を口にしたりしないように伝えていたし、Cクラスの生徒から何かをされても付き合わないことを徹底させている。
ゆえにBクラスには欠席者は1人もいないし、仮に1人2人欠けたところで影響は殆どない。道連れのような手を取られていれば1人2人は欠席しても仕方ないとは思っていたが、結果として坂柳は龍園の妨害工作を殆ど防ぐことに成功していた。
そして続く第2回戦。選ばれた種目は──
『テコンドー』 必要人数2人 必要時間10分
ルール 1試合3分の寸止めルール。勝ち抜き戦を採用
司令塔 任意の対戦を1度だけやり直すことが出来る
「さて、ここからがお楽しみだぜ坂柳。好きな生徒を選びな。1人ずつ蹴散らしてやるよ」
「先にBクラスの種目が選ばれた以上、次にCクラスの種目が選ばれる確率は高い。想定内ですよ。簡単に行くとは思わないことです」
獰猛な笑みを隠さずに龍園は坂柳に生徒を選ぶように告げる。龍園は迷わずに『伊吹澪』と適当な生徒を選択。
対して坂柳は『神室真澄』とこれまた別の適当な生徒を選択した。
そうして少しの準備時間を経て試合が始まる。最初の勝負はあまり見どころのない勝負であり、子供同士のじゃれ合いのような戦いの末にCクラスの生徒が勝利。勝ち抜き戦であるためその生徒は残り、次はBクラスのもう1人の生徒、神室がプロテクターを付けて出てくる。
そして試合が始まるが。
「ほう? 中々良い動きをするじゃねぇか」
「神室さんの運動神経はBクラスの中でも上位ですからね。少し教えればこれくらいはやりますよ」
続く神室とCクラスの生徒の試合は神室がCクラスの生徒を秒殺する結果に終わる。その際に行った打ち込みが思ったよりも鋭かったため、龍園はそれを評価した。付け焼き刃にしてはやるものだと。
事実、神室はCクラスとの対決が決まってから坂柳の指示でテコンドーの練習を行った。神室からの不満は普段よりも大きかったが、それでもある程度の水準までは達してくる辺り神室の能力は高い。
「ご苦労なことだがそれが無駄な努力だってことを教えてやる。──潰せ、伊吹」
『すぅー……せいっ!』
『……!?』
しかし次の試合。神室対伊吹の試合は一瞬だった。
やったことと言えば1度、ローを蹴ると見せかけた上でハイキックをお見舞いしただけ。格闘技の中ではポピュラーなフェイントで見破りやすいものだが、その動作が早かった。紛れもない経験者の洗練された動き。頭の横でしっかりと足を止められたのを見て当の神室でさえも察した。さすがにこのルールじゃ何度やっても敵わないと。
「勝ち抜き戦の結果、伊吹澪が勝ち残ったため2回戦はCクラスの勝利とする」
「ハッ、勝負にならねぇな」
「見事な動きですね。確か伊吹さんは古武術の有段者でしたか。神室さんには荷が重かったようですね」
「余裕振ってるが、神室を選んだところを見るに案外いけると期待してたんだろ? ご自慢の兵隊が呆気なく倒されて実はショックなんじゃねぇか?」
「そうですね。期待をしていなかったと言えば嘘になりますが、それでも十中八九負けるとは思っていましたよ。勝ちを拾えたら儲けものでしたが、さすがにそう甘くはないようですね」
これで互いに1勝ずつ。それぞれが選んだ種目を順当に取って迎える3回戦。言葉の応酬が続く中で選ばれたのは──。
『柔道』 必要人数1人 試合時間4分(最大3試合12分)
ルール 通常の柔道に準ずる
司令塔 試合結果を無効とし、対戦を1度だけやり直すことが出来る
「クク、これで2勝目だな。ほら、さっさと処刑台に上がる生徒を選べよ」
次に選ばれたのは柔道。連続のCクラスの選んだ種目であり、その中でも大本命。山田アルベルトが出てくると思われる種目であり、Bクラスにとっては最も厳しい種目になる。
「それとも鬼頭だったか。あの顔面凶器の野郎をぶつけてみるか?」
「確かに鬼頭くん以外は勝負にならないでしょうね」
龍園の手駒の中で最強のアルベルトに対し、坂柳がぶつけられるのは鬼頭のみ。
だからこそどうしても勝ちを拾うなら鬼頭を出すしかない。その思考を思いながらも坂柳は龍園と同じタイミングで生徒を選択した。
結果。選ばれたのは──鬼頭ではない別の生徒。
対して龍園は順当にアルベルトを選択。その結果を見て龍園は坂柳を嘲る。
「おいおい、酷ぇ上司様だな。アルベルト相手に鬼頭でも橋本でもなく大して力のないひ弱な生徒を送り出すとは。生贄にしては残酷すぎるぜ」
「その通り。これは生贄です」
龍園の物騒な言葉選びを坂柳は肯定する。そして、その生贄を選択した理由を続けて説明した。
「あなたの狙いは読めていましたよ龍園くん。山田くんに対して鬼頭くんを出す。確かにそれがこの種目を取るのには最善の手段です。が、とはいえ幾ら鬼頭くんであっても山田くんが相手では敗色濃厚でしょう。打撃系の格闘技であればともかく、組技の格闘技である柔道は体格が物を言いますから」
鬼頭は強い。アルベルト相手に与することが出来るかどうかは分からないが、対抗することくらいは出来ると坂柳は読んでいる。
であれば可能性があるのは鬼頭だけだが、かといってここで鬼頭を出してしまえば残りの種目でCクラスの種目が選ばれた際に出す駒がなくなってしまう。
「あるいはここでアルベルトくんを出さないという可能性もあるかと考えましたが、この種目を落とすわけにはいかない上、ここで取れば2勝目。Bクラスにプレッシャーを与えることが出来る。ここでアルベルトくんを敢えて出さない可能性は低いと見てました」
「鬼頭に頼まれでもしたか? 負けたくないので柔道には出さないでくださいってな」
「まさか。むしろ彼はやる気満々でしたよ。私としてもこれが7戦目か、勝敗を決する段階であれば出すことも考慮しますが今はまだ3戦目。鬼頭くんをここで切るのはまだ早いかと」
「クク、あの顔が屈辱に塗れるところを見たかったんだがな。まあいい。これで2勝目だ。一応聞くが再試合するか?」
「ええ、もちろん行います。奇跡が起こらないとも限りませんしね」
「鬼畜だな。苦しみが長引くだけだぜ」
「せめてロマンチスト、とそう言って頂きたいですね」
モニターの中で試合が始まるとアルベルトはBクラスの男子生徒に掴まれてもビクともせず、圧倒的なパワーで強引に投げを決める。そうして決着が着いたかに思えたが、坂柳は迷わず試合を無効にして再試合を選択。アルベルトの力量はわかっているが、それでもデータが多いに越したことはないし、あるいは奇跡が起こる可能性も天文学的確率だがありえる。
しかし当然だが再試合を行っても結果は変わらない。アルベルトは今度は掴まれる前に長い腕で相手の生徒を掴んでもう1度投げる。
「仕方ないですね」
「これで2勝目だ。そろそろ焦ってきたか?」
「あなたの方はまだ1つ上回った程度で随分な勝ち誇りようですね。その驕りをすぐに打ち砕いて差し上げますよ」
続いて4回戦。選ばれたのは──『空手』。またしてもCクラスの種目であり、Bクラスは苦戦を強いられるはずの種目だ。
だがここで坂柳は迷わず鬼頭を選択。柔道を回避した以上、使うのはここだと見定めていた。残りの面子なら相手が誰であっても勝てる。そう思って臨んだが、龍園が選んだ面子を見て僅かに感心する。
「あら、石崎くんは出ないんですね」
「クク、確かに奴は喧嘩自慢だがそんな不良でも殺人鬼の相手は御免だとよ」
「そうですか。残念です。読み負けてしまったようですね」
と、そう言いながらも坂柳は大した痛手とも思っていない。石崎や小宮、近藤といったCクラスの不良程度の相手なら残りのCクラスの種目が剣道とレスリングと少し毛色の違う競技であるのも相まってBクラスの生徒でも勝機はあると坂柳は考える。
逆に鬼頭を活かすなら空手かテコンドー。あるいは柔道かレスリングだが、柔道を回避し、テコンドーも様子を見たことで出すべきところはここだと見切っていた。ここは確実に2勝目を回収する。
かくして4回戦は龍園が適当な生徒を選んだ結果、鬼頭が3人を倒してBクラスが2勝目を勝ち取る。
これで2勝同士。残りは3種目だが、有利なのは相手の種目を1つ制したBクラスだ。
「次は何が選ばれるか見ものですね」
坂柳はそうして5回戦目に何が選ばれるかを見た。
──が、そこで選ばれたのは『レスリング』。運悪く再びCクラスの種目となる。
「ついてるな坂柳。ここでまたCクラスの種目が出ちまうとは」
「ええ、今日は少しばかり運勢が良くないですね」
その結果を見て龍園は坂柳に皮肉を口にするが、坂柳はそこで焦ったりはしない。強がりなどではなく、依然として冷静なまま焦りも全くなく生徒を選択し終える。
生徒が表示され、Cクラスは『石崎大地』を筆頭に『小宮叶吾』『近藤玲音』と喧嘩自慢の3人に加え『園田正志』とサッカー部に所属しているそこそこ動ける面子を選択。
対するBクラスも『清水直樹』『的場信二』『鳥羽茂』『町田浩二』と運動能力の高い生徒を選択した。
そして5回戦目にしてCクラスの種目で初めて拮抗した勝負となる。
優勢なのはCクラスだったが、ここで負けるわけにはいかないと奮起したBクラスの生徒たちがなんとか1人を残して石崎まで辿り着いた。
『すまねぇ、石崎……負けちまった』
『連中、結構練習してきてるみたいだな……』
『つっても元は喧嘩もしたことねぇ秀才連中だろ! 後は俺が片付けてくるぜ!』
相手の気合の入りように押された小宮や近藤といった面々だが、石崎は余裕といった様子で試合に入る。その様子にBクラスの生徒はもう少しで勝てると勝利を目前にして息を荒くしていたが。
『おらぁぁぁ!』
『くそっ、このっ……! 離せ!』
石崎はこの日のために改めて練習してきたタックルで早々に相手を倒して関節技を仕掛けてしまう。喧嘩の際だとマウントポジションを取るための常套手段だったが、喧嘩ではなくレスリングという種目であるため一応はルールを覚えて臨んでいた。
そしてやはりと言うべきか、喧嘩の腕ならBクラスの生徒では勝ち目は薄い。身体能力で同等、あるいは勝っていても喧嘩や格闘技といったものは経験が物を言う。中学時代に喧嘩を繰り返し、この学校に入ってきてからも龍園にそれを買われて荒事を担当してきた石崎はなんだかんだで弱くはない。
ただ圧倒的な強者と少し前にやり合ってしまった。それで敗北してしまったが、その経験は逆に石崎をほんの僅かだが良い方向に成長させていた。
『よっしゃああ! 見てますか龍園さん! 俺、勝ちましたよ!』
「クク、うるせぇ奴だがバカもこういう時には役に立つ」
「随分な慕われようですね。やはり噂は噂。全くのデタラメでしたか。それどころか以前よりも仲良くしていらっしゃるようですね」
「ヤツとやり合うには雑魚とはいえ相応の連携を求められるからな。そのために必要なことをしてるだけだ」
仲良くしている、という感覚は龍園にはない。他者は自分が都合よく動くための道具であり手下だ。
だが綾小路や南雲麗と戦っていく上では兵隊の統率。鞭だけでなく飴をくれてやる必要があるだけのこと。
もっとも周囲から見て飴と呼べるようなことは特にしていない龍園だが、石崎たちはそれで満足している。その極僅かな変化を石崎やアルベルトは──いや、自身も認めざるを得ないと自覚し始めていた。遊び道具でしかなかった他人の見方が変わってきていると。
「そんなことよりこれでもう後がないな。次またCクラスの選んだ種目が選ばれたらおまえは負けだ」
「確率としては低いですが、そうですね。確かに不利であることは認めざるを得ないかもしれません」
そしてそんな龍園が牙を剥く相手、坂柳はこれで3敗。
次に負けたら特別試験での敗北が決定し、坂柳のプロテクトポイントは失われる。クラスのポイントも少なからず奪われ、Cクラスとの差を詰められることとなるだろう。
だが坂柳はそれでも自らの勝利を疑っていなかった。
「しかしそちらの残りの種目は剣道。おまけに山田くんに伊吹さん。石崎くんたちを消費した以上、確実に勝てる駒はもう存在しない。仮に運悪くそれが選ばれたところでBクラスが負ける確率は低いでしょう」
「その低い確率で負けると認めるんだな?」
「いいえ、まさか。選ばれたところで勝ちますよ。それとそちらこそ理解していますか? 残り2種目で剣道を引かなかった場合、CクラスはBクラスの選んだ種目で上回らなければ勝利することはないことを」
勝ち星の数では不利でも優勢なのはこちらだと坂柳は口にする。BクラスはCクラスの選んだ空手で勝ち星を取っている。そのおかげでBクラスが残り筆記試験を中心とする4種目なのに対し、Cクラスは剣道のみ。
つまりCクラスが残り一勝を上げて勝利するためには元Aクラスの生徒を相手に学力試験で勝つか、低い確率を引いて剣道で意地を見せるか。あるいは坂柳が最も得意とするチェスで勝利しなければならない。
残り1勝。されどこの1勝がCクラスには限りなく遠いと坂柳は見ていた。この1勝をもぎ取れるだけの策はなく、あるのはせめて剣道が選ばれることを天に祈るだけ。選ばれたところで勝てるとも限らないが、少なくとも選ばれなければ勝ちの目は失われる。
「さあ、後2回戦。精々祈ってください。どちらかで剣道を引くことが出来ればまだ勝利はありますから」
「祈るのはおまえの方だ坂柳。種目によっちゃおまえは救われる。だけどそうじゃなきゃ俺の勝ちだ」
運も大きく左右するこの試験で、勝敗を分ける6回戦目。互いが勝利を疑わない中で次に出てきたのは──
『チェス』 必要人数1人 時間1時間
ルール 通常のチェスルールに準ずる。ただし41手目以降も持ち時間は増えない
司令塔 任意のタイミングから持ち時間を使い最大30分間、指示を出すことが出来る
選ばれたのは──チェス。坂柳が最も得意とする種目であり、本来は別の相手へ差し向けるはずだった種目。
「チェス、ですか。これは少々興味深いですね。あなたはそれなりに頭がキレるようですが、果たして純粋な頭脳戦。盤上遊戯でどれだけ動けるのか。見極めて差し上げましょう」
「くだらねぇな。こんなものは所詮お遊び。現実の戦いの役には立たねぇ」
「やはりあなたでは付き合ってくれませんか。残念ですね」
司令塔の関与が大きくしたチェスという種目だが、龍園はおそらく付き合う気はない。そのことを理解した坂柳は言葉通り、素直に残念に思いながら生徒を選択する。選択したのはチェスを自ら指導した『橋本正義』。
対する龍園は『真鍋志保』を選択。その人選からして龍園がこの種目を捨てていることは明らかだった。更に坂柳は興味をなくす。これなら自身が介入せずとも橋本に任せているだけで勝てると。
「そういえば真鍋さんは先の投票で退学候補になるかと思ってましたが退学なさらなかったんですね。代わりに時任くんが退学してしまったとか」
「クラス内で不興を勝ったバカが勝手に退学しただけだ。あの試験はそういうもんだろ?」
真鍋と見て思い出した坂柳が軽く真鍋の話題を龍園に投げるが、龍園は白ばっくれる。まともに答えるつもりはないという意思表示。
坂柳も今回は無理に指摘することはなく、今まさに始まろうとしているチェスに意識を向けた。勝ちだと思っている勝負でも坂柳は警戒を緩めない。もしかしたら真鍋がチェスの有段者という可能性も0とは言い切れないし、龍園が想定よりも打てて途中で介入してくる可能性だってあるだろう。
Cクラスとしてはこのチェスで勝利するのはそんな奇襲が求められたが、坂柳が警戒を緩めない以上その目も消えている。後は順当に1手ずつ指し進めて勝利するだけだ。
『何よ……チェスなんてやったことないんだけど……これ、どうやってやればいいの?』
『あーと……そんじゃまずは先行後攻を決めるか』
「真鍋さんは素人ですか。演技ではないようですし、どうやら本気でこの勝負を捨てたようですね」
画面の中でチェスに選ばれたことに困惑する真鍋と一応競技を成立させるためにやり方を教える橋本の会話が耳に届く。
それを聞いて坂柳は龍園の方に視線を向けたが、龍園はそれを笑みもなく黙って見ている。机の上に足を上げているのはご愛嬌だ。坂柳も態々注意することはない。
「準備が整ったようだな。ではこれより、第6戦のチェスを始める」
『お願いします』
『お、お願いします』
茶柱の宣言から少し遅れて真鍋と橋本のチェスが始まる。どうやら先行は真鍋が取ったようで、おっかなびっくりと言った様子でポーンを1つ前に動かした。明らかに初心者の動き。
そして橋本だが──
『はぁ……来ちまうとはな』
『な、何よ。こっちは初心者なんだから仕方ないでしょ』
『ああ、いや、悪い。そちらさんの手を笑ったんじゃないんだ。なんつーかな……どうしたもんかと思ってよ』
画面の中で橋本が大きくため息を吐く。その様子に坂柳はそこで初めて橋本の様子が普段と違っていることに気付いた。
その表情は何かを諦めているような、それでいて自らを奮い立たせようとするような。まるで崖から飛び降りたくないのに何かのために飛び降りようとしている。例えるならそんな様子の橋本。
『やっちゃならないのはわかってる。わかってんだが……どうしたって抗いきれねぇ。本当はやるつもりがなかったことでもな。怪物に睨まれちゃどうすることもできない。なあ、真鍋。おまえなら俺の気持ちがわかるだろ?』
『はぁ……? 急に何の話よ?』
『この会話も聞かれちまってるしな。しょうがない。本当にしょうがないんだ。こんな言葉で許されるとは思っちゃいねぇが……姫様、一応言っとくぜ。恨まないでくれよ?』
瞬間、坂柳の脳は瞬時にこれから起こり得ることを先読みした。
このタイミングでの橋本の様子の変化。曖昧な言葉による心情の吐露。黙りこくって画面を見続ける龍園。ここに至るまでの周囲の状況。裏で動いていた策略。
それら全てを計算し、確信し、坂柳は言葉にせず心で口にした。
──ああ、なるほど。橋本くんは事情があるとはいえ、私ではなく
『──負けました』
そして坂柳の思考の結論から遅れて画面の中で橋本が敗北宣言を行う。
チェスにおけるその発言。キングを倒しながら行うその動作は、すなわちサレンダー。敗北を決定づけるもの。
「どうやら私の負けのようですね」
「え? あ、えっと、そうなんだけど……」
「一体何が……?」
教師の星之宮や茶柱ですら何が起こったか理解出来ていない。
そんな中で一足早く敗北を悟っていた坂柳は一息つくと潔く自らの敗北を認めた。
そして未だ言葉を発しない龍園の方を向いて勝者に対する言葉を送る。
「これも全て、あなたの手の内ですか?」
「半分はな。だから今回はこの程度で勘弁してやるよ坂柳。このやり方じゃ心を折りきれねぇのはわかってる。おまえらを真の意味で刺すのは2年になってからのお楽しみだ」
「ええ、わかりました。勝利おめでとうございます。2年になってからの挑戦者を決める戦い──期待させていただきますね?」
龍園は不敵な笑みを浮かべながらも必要以上には勝ち誇らない。いや、勝ち誇ってはいるが、それでも完全なものではないと自分自身で理解しているからこそ行わない。
そして坂柳もまた自分の敗北を認め、龍園の勝利を称えながらもその言葉も敗北感も少し欠けていた。ぶつけるべき矛先は幾つもあると理解しているからこそ。
「さて、残り1回戦。消化試合を始めましょうか」
そうして教師ですら理解出来ない中、坂柳の言葉によって6回戦の決着を星之宮が宣言する。
続く7回戦では運悪くCクラスの最後の種目『剣道』が選ばれ、坂柳と龍園はそれぞれ言葉を発さないままにあくまでポイントを取りに行く試合を行う。
しかし敗北に動揺したBクラスの生徒が動きの精彩を欠いた結果、Cクラスの勝利となる。
これでCクラスの5勝2敗。それによりBクラスの降格とCクラスの昇格が決定した。
というわけで試験結果によるポイント変動はこちらとなります。AクラスとDクラスの6戦目7戦目の詳細はまだですが、それは次回の選抜種目試験編のエピローグをお楽しみに。
次回は明日の12時か18時に投稿予定です。
選抜種目試験
南雲クラス(Aクラス):1247
坂柳クラス(Bクラス):607
龍園クラス(Cクラス):706
堀北クラス(Dクラス):529
感想、評価、良ければよろしくお願いします。