ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生は1年の総決算を行う

 最後の特別試験に卒業式、終業式を終えて春休みに入ってしばらく。

 オレはある人物たちに呼び出され、朝からケヤキモールにあるカフェにやって来ていた。

 

「あ、来た。おーい、こっちこっちー」

 

「えっと……おはよう綾小路くん、堀北さん」

 

 その相手とはAクラスの南雲麗と一之瀬帆波。

 Aクラスのリーダーとサブリーダーの2人であり、学年屈指の──いや、この学校きっての美少女でもある。

 そんな2人を前に、オレは隣にいる人物を何気なく見る。

 

「……ええ、おはよう。2人とも随分と早いのね」

 

 オレと南雲に呼び出されたのは同じクラスの堀北だ。堀北は南雲と一之瀬の挨拶に少し気まずそうな表情を一瞬見せる。

 だがすぐに気を取り直して挨拶を返す。これまでに散々やられてきた南雲が相手でも敵意を剥き出しにしたりはしない。堀北もまたこの1年で随分と成長していた。

 

「まあちょっとね。反省会も兼ねて2人で慰めあってたんだ。学年末の特別試験じゃDクラスに負けちゃったからね」

 

「あはは……実は、そうなんだよね」

 

 南雲が特別試験の話題を口にすると一之瀬は自嘲するような苦笑いを浮かべた。堀北が最初に気まずそうにした理由がそれだ。先の特別試験で司令塔として一之瀬率いるAクラスと戦い勝利したDクラス。

 だがそれによって一之瀬がAクラスのポイントを大きく削ることになった。クラスポイントにして390ポイント。プライベートポイントは2000万。特別試験でDクラスが吸収したポイントと退学阻止にかかったポイントの合算がその数。

 未だ他のクラスを大きく突き放し、独走状態のAクラスとはいえそれだけのポイントを失ったのは痛手に違いない。一之瀬も責任を感じているだろうし。噂では酷く泣き腫らしたと聞いている。

 その原因を作ったDクラスのリーダーとして堀北は気まずそうにしたが、それでも真剣かつ公正な勝負の結果として堀北は謝ったり気にしたりしないように努めた。それが今の堀北の毅然とした態度につながっている。まさかそれを見て手加減したり、クラスの不利になるようなことをするわけにはいかないのだから。

 

「……もしかして今日呼び出したのはその話かしら。あの試験で互いにどんな戦略を取って何が理由で勝敗を分けたのか。その答え合わせでもするつもり?」

 

「それも含めてちょっとしたお疲れ様会でもしようと思ってね。ほら、なんだかんだ1年間鎬を削ったり時には共闘した仲だしね?」

 

「お願い出来ないかな?」

 

 いつも通り朗らかにオレたちにウィンクをする南雲に、いつもより口数が少ない一之瀬。

 ……そういえばこの2人が一緒にいて話しているところはあまり見たことがなかったか。

 南雲と一之瀬はAクラスの中心で入学当初から仲良くしている親友同士だという。生徒会にも所属していて、よく遊びに行く仲なのだとか。

 しかし特別試験や何かがあった時に南雲が主に連れているのはもう1人のサブリーダーである神崎であり、側近と思われる姫野だ。一之瀬はそれ以外のAクラスの生徒を南雲の代わりにまとめる役割が多く、それだけに南雲と一之瀬が一緒に行動している姿をあまり見る機会がなかったのだと思われる。一応共通の知人であり2人が普段はどんな会話をしているのかと少し気にはなっていた。

 そしてこうして見ていると一緒にいる時は一之瀬の方が少し南雲に遠慮しているように見えた。あるいは先の特別試験の影響か。単純に元気がないだけとも取れる。

 

「ならなんで綾小路くんも呼び出したのかしら。呼ぶなら同じ司令塔の軽井沢さんの方が適任だと思うのだけど?」

 

「だって軽井沢ちゃんに戦略を教えたのは鈴音ちゃんでしょ? だから呼ぶ必要はないよね」

 

「なら綾小路くんは?」

 

「綾小路くんは私を将棋で負かしたじゃん。だからそっちの感想戦でも出来ればなって思ってね」

 

 この場に恵を呼ばずにオレを呼び出した理由を説明する南雲。

 それを聞いた堀北は小さく息を吐いた。

 

「いいわ。私としてもAクラスには色々と聞きたいことがある」

 

「決まりだね。それじゃ座って。何頼む? 奢るよ」

 

「結構よ。自分の分は自分で払うわ」

 

「そう? ──ま、私たちとしてもその方が助かるけどね」

 

 堀北が参加することを決め、注文を終えてから席につく。オレも同じようにコーヒーを頼んで堀北の隣に座る。

 

「それじゃお疲れー! いえーい!」

 

 朝から飲み会みたいなテンションで乾杯の音頭を取る南雲。実際には南雲も含めて誰も乾杯はしないが、これが女子高生のノリ。いや、南雲のノリということだろう。

 それぞれ飲み物を口にして一息つく。

 

「いやー、それにしてもまさかDクラスが勝つなんてね。鈴音ちゃんもやるようになったね」

 

「しっかりと勝てるように準備を整えただけよ。それとクラスメイトの頑張りのおかげね」

 

「うんうん、1年でよくここまで成長したね。去年の一学期頃の鈴音ちゃんに今の鈴音ちゃんを見せたらきっとすごいびっくりすると思うよ」

 

「それは否定しないわ。あなたの方は……あまり変わらないわね」

 

「えー? これでも自分では結構成長してると思うんだけどなー」

 

 まずはそんな世間話のような話題から始まる。

 以前なら南雲のノリに一々苛ついていた堀北も落ち着いて話をしていた。上から目線の言葉にも態々この場で噛みついたりしない。

 その代わりに聞くべきこと、聞きたいことを南雲に投げかけた。

 

「成長しているかはともかく、特別試験について少し聞いてもいいかしら」

 

「ん、私はいいよ。帆波ちゃんは?」

 

「うん、大丈夫。何でも聞いて」

 

「それなら聞かせてもらうわ。南雲さん。あなたがAクラスの司令塔として出てこなかったのはどうして?」

 

 堀北の質問は何も知らなければ誰もが気になる部分だった。

 だが噂ではAクラスの事情が絡んでいると思われるため、誰しもが聞かなかったその問いかけ。それだけに南雲も感心し、一之瀬は少し表情に陰を落とした。

 

「へぇ? やっぱ気になる?」

 

「当然よ。あの試験では司令塔は退学のリスクを回避するためにプロテクトポイントを持つ生徒が務めるのがセオリーのようなものだもの」

 

「でも龍園くんなんかも普通に出てきたけどね」

 

「あれは奇策よ。龍園くんが坂柳さん率いるBクラスに勝つために打った鬼手で普通はやらない」

 

 堀北の言葉は正しい。プロテクトポイントを持たない龍園が司令塔として出てくること。それは如何に坂柳が相手とはいえ驚きを持って受け入れられただろう。相手が坂柳ではない別の生徒であれば大いに動揺させられ、一気に戦いを有利に進められたかもしれない。

 だがAクラスの場合はそうではない。予め司令塔はプロテクトポイントを持たない一之瀬が出てくると周知されていた。

 それが逆にDクラスでは妙な緊張感をもたらしたとはいえ、Aクラスから見れば退学のリスクを賭けてまでやるべきことじゃないのは明白。

 ましてAクラスのプロテクトポイント保持者は一之瀬よりも優れた生徒だ。

 

「それにAクラスのプロテクトポイント保持者はあなたよ南雲さん。一之瀬さんには悪いけれど、南雲さんが司令塔を務めていた方が勝率は高かったでしょうし……仮に負けた時もポイントを支払わずに済む。クラスポイントを大きく減らすこともなかったわ」

 

 一之瀬がそれを聞いて少し辛そうにするが、それもまた事実だ。

 もし仮に司令塔が一之瀬でなく南雲であれば負けたとしても支払うのはDクラスに渡すクラスポイントだけ。300クラスポイントと2000万プライベートポイントは払わずに済み、未だ1年で追いつけないほどのポイント差が広がっていただろう。

 しかし一之瀬を司令塔にし、敗北し、退学を防いだことでAクラスのクラスポイントは1247。

 その下がBクラス──4月から新たにBクラスとなる龍園のクラスであり、クラスポイントは706。その下に坂柳のCクラスが607。オレたちDクラスが529と続く。

 まだまだ1度の特別試験では追いつけないとはいえ、500の差は以前を考えると縮まった方だ。司令塔が一之瀬でなければ800以上の差。つまり倍以上の差がついていたのだから。

 それはあるいは3年の卒業時まで追いつけない可能性だってあるほどのもの。それだけに、あえてリスクを取った選択を堀北は疑問に思ったのだろう。

 

「あるいはそれが勝率を最も高めるための方法だったのかしら? それは──」

 

「あれは……私がお願いしたことだよ、堀北さん」

 

 堀北が更に疑問をぶつけようとしたところで一之瀬が口を挟む。堀北の知りたがっていた答え。噂通りのもの。

 

「私が麗ちゃんにお願いしてリーダーを務めた。自分で司令塔を務めることも決めて……その結果敗北した。あの試験で負けた理由、責任は全部私にある」

 

 すなわち一之瀬自身が南雲に志願し、司令塔を、クラスを率いて試験を乗り越えようとした事実。

 それを聞いた堀北は一瞬言葉に詰まったが、それでも冷静に言葉を返した。それでも言葉の裏には気遣いや優しさが隠れているが。

 

「そう……あなたらしくない選択ね」

 

「あはは……私もそう思う。ちょっと自惚れちゃってたのかもね。今まで麗ちゃんのおかげで勝ててたのに、私なんかが同じことを出来ると思っちゃうなんて」

 

 一之瀬は自嘲するように笑う。

 やはり相当に責任を感じている。あの試験の結果は一之瀬にかなりのショックを与えたようだが、それも無理もないだろう。一之瀬は責任感も強く、仲間想いの生徒だ。

 その一之瀬が自分のワガママで仲間に迷惑をかけた。一之瀬が気に病まないはずはない。

 

「それは違うよ帆波ちゃん。あれはリーダーである私の責任。帆波ちゃんは悪くないかな」

 

 ──そしてそんな一之瀬に南雲は当たり前のように責任は自分にあると答えた。

 その声色は普段の茶化す感じは一切見られない。真っ直ぐな、自分を欠片も疑っていない実直な姿。

 あるいは以前の一之瀬のような、とも言い換えてもいいだろう。リーダーとして全責任を負う姿勢。リーダーに必要な資質を南雲は一之瀬に見せている。

 

「麗ちゃん……でもあれは私が志願しなきゃ……」

 

「それは結果論だね。帆波ちゃんがそれほど間違ったことを言ったとは私思ってないよ。帆波ちゃんの意見にも一理あると思ったし、だからこそ私はそれを許した。特別試験もちゃんとクラスを指揮して万全の準備を整えたでしょ」

 

「ううん。それでも私がもっと上手くやっていれば勝てたはず。試験中も焦っちゃった自覚もある。だからやっぱり負けたのは私のせいだよ」

 

「じゃ、そこは反省していいよ。でも試験に負けたのはリーダーである私の責任だし、あるいは私たち皆の力が足りなかったせいだね。アクシデントはあったけどそれでももっと練習したり戦略を立ててれば勝てたはずだし。特にスポーツ関連は要改善だね」

 

「でも……」

 

「私だってあれだけ自信があるって言った将棋で負けちゃったし、結局はリサーチ不足と実力不足。後はちょっと運が悪かった。私たちの敗因はそんなところかな」

 

「麗ちゃん……」

 

「帆波ちゃん。試験が終わった直後にも言ったけど全部自分で背負う必要はないからね。それに負けた責任は自分にあるって仲間の前で言い訳をしないのは良いけど分析はしっかりしないと駄目だよ。罪悪感で負けた理由は全部自分にあるなんて、そんな思考停止を許さないように。帆波ちゃんだから敢えて言うけど、仲間も含めて負けた理由や改善点はしっかりと探しておくのが上に立つ者の責務だよ」

 

 責任は全部自分にあると心から言う一之瀬に対し、南雲は励ましの言葉とも違う指導に似た説教を行う。

 無論そこには優しさも感じられるが、選んだ言葉は正確なもの。一之瀬の自己責任論をそれだけで片付けさせず、正確な敗因を分析するようにと一之瀬に教えている。

 そこには南雲のリーダーシップ。上に立つ者としての思想や理論が垣間見えていた。思わず聞かされる。堀北もそれに口を挟むことはしない。Aクラスのリーダーを務める南雲の紛れもないカリスマ性。それを目の前で見せ付けられていた。

 

「……わかった。自分を悪くないと思うのはちょっと無理かもしれないけど、ちゃんと考えてみる。ごめんね、麗ちゃんに言いたくないこと言わせちゃって」

 

「言いたくないことは私は言わないよ。これも自分のためなんだから。帆波ちゃんが成長してくれたら嬉しいし、あんまり落ち込まれると友達として心配だからね」

 

「うん、ありがとう。堀北さんに綾小路くんもみっともないところ見せちゃってごめんね」

 

「……構わないわ」

 

「ああ、気にしないでくれ」

 

 南雲の言葉をしっかりと受け止めはしたのだろう。まだ少し元気はないが、それでも気を取り直してみせる一之瀬。その様子に堀北は南雲のリーダーとしての資質を脅威に思ったか、それとも一之瀬に同情したか、あるいは2人の仲の良さを羨ましく思ったか。

 だがオレの方は感心させられていた。

 ──南雲の人を成長させるやり方。一之瀬に手痛い敗北を味わわせ、きっかけを作るという適切な手順に。

 その上でこの後は何をするのか。それは他でもないオレが理解している。

 

「それじゃ気を取り直してお疲れ様会を続けようか。せっかくだし、ミニ将棋盤を持ってきたから将棋でも指そうよ鈴音ちゃん」

 

「なぜ私が指す必要があるのかしら。あなたを負かしたのは綾小路くんでしょう?」

 

「でも鈴音ちゃんも練習してたんじゃない? 綾小路くんが出なかった時のためにさ」

 

「……練習? 何を言ってるのかしら、あなたは。元々将棋に出るのは綾小路くん1人だったのに私が練習しているはずがないでしょう。それともあなたは私が1度でも将棋を指しているところや棋譜を眺めているところを見たのかしら?」

 

 南雲の不意打ちの質問を堀北はすっとぼけることで躱す。もちろん堀北は練習していた。オレが出ることになったのは運が良かった結果に過ぎない。

 それにしても堀北もハッタリが上手くなったな。以前であればわかりやすく動揺しただろう。

 

「うーん、見たことあるって言ったら? 実は夜中にネット越しに対局とかしてたんじゃない?」

 

「だとしたら盗撮。犯罪ね。今すぐ私の部屋から隠しカメラを取り外してくれるかしら」

 

「あっはっは。その返しいいね。中々面白いよ。うん……まだ甘いところはあるけど及第点かな」

 

「あなたの上から目線。親しみやすいようにしながらも人を値踏みするその悪癖は本当に変わらないのね。いい加減、やめてくれないかしら。そんな風に評価されても良い気はしないわ」

 

「悪癖かな? 私に褒められると殆どの人は喜んでくれるけどね。統計的にはむしろ良い癖だと思うんだけどな。鈴音ちゃんは嬉しくないの?」

 

「だとしても人によって接し方を変えるのはコミュニケーションの基本。あなたがそれに気付いてないはずもないし、私に対する嫌がらせであることは明白よ。こちらが気を悪くするのをわかってそうしているのだから気を害するのは当然でしょう?」

 

「おっと。これは一本取られたね。それじゃ問答はこの辺にして将棋指してみよっか。練習したかどうかはともかく、私相手にどこまでやれるか試してみたくない?」

 

 とはいえ南雲の目を誤魔化すにはまだほど遠い、か。それはしょうがない。南雲の洞察力、人間の理解力はあるいはオレ以上と言ってもいいからな。

 堀北も躱し方は上手くなったが南雲に練習していたことを気づかれて内心は歯噛みしてると思われる。

 

「……いいわ。指しましょう。ただし、一局だけ。それも種目と同じルールで」

 

「よーし、それじゃこっちは飛車角落ちでいいかな」

 

「舐めているの? 同じルールでと言ったのが聞こえなかったかしら」

 

「同じ条件じゃ相手にならなそうだなと思ってね。まあでも鈴音ちゃんが良いなら平手でやろっか」

 

「ええ。なら早速始めましょう」

 

 そうして南雲の提案から唐突に南雲と堀北による将棋の対局が始まる。

 それをオレと一之瀬は見守ることになり、一之瀬はこちらを見て少し苦笑いを浮かべていた。「2人共、仲がいいね」とそんなことを小声で耳打ちしてくるが、仲がいいわけではないと思うぞ。

 

 だが2年生からはまた少し違った南雲と堀北の戦いが見られることだろう。

 そこに龍園や坂柳も当然関わってくることになる。

 

「っ……負けたわ」

 

「……あ、もう終わり? あはは、鈴音ちゃん初心者にしては良い線行ってるけどさすがにまだまだ実力不足だね。この際だから練習始めてみるのはどう?」

 

 その後、堀北を容易く詰ませて皮肉を口にする南雲と実のところかなりの練習をしてきたのに敗北して悔しそうな堀北を見てオレは純粋に楽しみになった。2年からはまた違った景色が見られそうだと。

 

 

 

 

 

 堀北と南雲の対局を見届け、それからしばらく一之瀬と共に過ごしてオレからも元気付けた後、オレは学生寮の上階。女子のフロアに向かい、ある生徒の部屋を訪ねていた。

 

「よく来たね、綾小路くん。さ、上がって上がって」

 

「ああ」

 

 その相手とは午前中も会った南雲麗。

 1度解散した後に堀北や一之瀬と過ごしたり、龍園や坂柳とも偶然出会って話をした。

 なので今は夕方。そろそろ夕飯時であり、寮の廊下では誰かの部屋から漂う料理の良い匂いが漂っていた。自炊をしているのだろう。

 だがそれも南雲の部屋に入ればフローラルな、女子の部屋特有の心地いい香りに嗅覚が塗り替えられる。

 女子の部屋を訪れた経験がないわけじゃないが、それでも南雲の部屋、アイドルの部屋というのは初体験だ。それだけに部屋に入ると内装を観察してしまうが……。

 

「どう? 良い部屋でしょ?」

 

「ああ。色合いも家具もなんというか……すごいセンスを感じる」

 

「ふふん。でしょ? なんたってあの南雲麗ちゃんの部屋だからね。誰に見せても恥ずかしくない部屋だよ」

 

 そう言うだけはある。そしてオレの語彙も貧弱になってしまう。

 実際南雲の部屋はお洒落と言う他ない。女子の言葉で言うなら可愛い部屋と言うべきだろうか。白やパステルカラーで統一された家具や寝具、小物などの内装はオレの簡素な部屋とは大違いだし、池や須藤のような男子の部屋とも全然違う。

 それでいて南雲の趣味と思われる様々なものが置かれているのだが……その中でも目を引くのはこれまた白いデスクに置かれた大きめのモニターとパソコンだ。

 

「これは……購入したのか?」

 

「学校支給のノートも悪くないんだけどおっきくてスペックが良いのが欲しくてね。結構前に自分でパーツ買って組み立てて見たんだ。これもすごいでしょ?」

 

 南雲は自慢するように口の片端を吊り上げ、椅子に腰掛ける。いわゆるゲーミングチェアというやつか。確かクラスの外村などが購入して使ってると聞いたことがある。

 ただ南雲のそれは白とピンクのもので、パソコンやモニターも似たような色合いで統一されている。机の上にはキーボードとマウスの他にモバイルスピーカーが置かれているし、何かのアニメキャラと思われるデフォルメフィギュアもある。

 そんなサブカル、オタク系のものばかりかと思えば、棚には女子が好むファッション系の雑誌が置かれているし、かと思えばミステリー小説や参考書。占いの本から自己啓発本に漫画にライトノベルに歴史小説まで様々なジャンルの本も並んでいた。音楽系のものも当然沢山あってそのジャンルも多岐に渡る。

 後は化粧品や香水なんかも当然置かれていたし、何故か野球ボールとグローブもある。……誰かとキャッチボールでもするのか? 

 後はベッドにはゆるキャラと思われるぬいぐるみもあるし、その関連グッズと思われるクッションもテーブルのところに置かれている。総じて南雲の多趣味っぷりがよくわかるが、それでも部屋の内装を損ねてないのが南雲のセンスのなせる技か。あるいはそれが南雲だというオレのフィルターが自然と美化してしまっているのか。

 それはともかく南雲は椅子に腰掛けると近くにあった眼鏡をかける。そして得意気な表情を浮かべた。

 

「私ってこう見えてデータマンだからね。おっきいパソコンがあると色々と捗るんだよねー」

 

「データマンとはどういう意味なんだ?」

 

「データを使って戦って最終的にデータを捨てる人のことだよ」

 

 意味がわからない。データを使って戦っているのにデータを捨てても何の益にもならないだろう。それともデータを捨てることに何か特別な意味でもあるのか? 

 オレは少しだけ考えてみるが、分からない。なので南雲の冗談だと受け止めてその発言を流す。

 もっとも南雲がパソコンに慣れているのは本当のことなのだろう。データを使う、いや、重要視するというのも間違ってはいない。

 南雲は人を理解する。その理解、プロファイルをしているということは人間のデータを誰よりも持っているということだ。南雲はそれを強みに戦っている。圧倒的な洞察力と経験から来る理解力。それにアイドルとしての魅力に感情や心を読み取らせない技術も持っている。

 あの時は極限状態で偽ることの出来ない脈拍を頼りに南雲の心情を読み取ったが、あんな限定された状況でもなければ南雲の真意を読み取ることは出来ないだろう。

 しかも南雲の言葉から察するに、あの状況を経たことで南雲は更に精神面を強めたはず。

 龍園や坂柳とは強みが違うため単純な比較は出来ないが、総合的な能力も含めて南雲が一歩リードとそんなところか。

 

「それで? 態々私の部屋に行きたいなんて連絡を取ってきた理由は何かな?」

 

 オレが南雲の評価を再確認していると南雲はゲーミングチェアに背中を預け、足を組みながら問いかけてくる。

 

「もしかしてあの時の続きがしたいとか?」

 

 南雲はそう言って瞳を薄くする。部屋着の南雲は普段の制服や私服よりも薄着で男には目の毒だ。ショートパンツの裾から伸びる長く女性らしい曲線を帯びた足が艶めかしい。年頃の男子高校生ならばアイドルと二人きりで密室という状況も相まって魔が差してしまってもおかしくない。

 だがオレの用事はそんなことではない。

 

「改めて礼を言っておこうと思ってな」

 

「お礼? どのことかな?」

 

「軽井沢に称賛票を与えてプロテクトポイントを与えた件。それと一之瀬を司令塔に抜擢したことだ」

 

「あーそれね。別にお礼を言う必要はないよ。帆波ちゃんの件は利害の一致。軽井沢ちゃんの件は私なりに仕事をこなそうと努力した結果だからね」

 

 南雲の少しつまらなそうな返答を聞いて、しかしオレは理解する。

 

「やはりあれは月城の差し金か」

 

「綾小路くんを退学させろなんて無茶なこと言うもんだからさ。一応頑張って綾小路くんにプロテクトポイントを与えないようにして頑張ってみせたんだよね。その後は多分向こうの不手際。綾小路くんを退学にしようと試験を調節したりして策を練ってたっぽいけどさすがに難しかったみたいだね」

 

 そう、先日出会った月城という男。

 坂柳の父親に代わって理事長代理となった月城はあの男が送り込んできた刺客であり、オレの退学を狙っている。

 そのことを南雲は知らない。わかるのは月城が何らかの理由でオレを退学にしようとしていることだけだ。ホワイトルームのことは察しようもないし、オレも教えるつもりはない。月城も部外者にそれを教えるようなことはしないだろう。

 

「綾小路くんが喜ぶかなーって思ってとりあえず軽井沢ちゃんにしてみたけどどうだった?」

 

「ああ、ベストではないが正直助かった」

 

「あれでベストじゃないとか綾小路先生は厳しいなー」

 

「坂柳との対決を避け、Aクラスとの対決理由を作るにはオレ以外にプロテクトポイントを与えることが最適だったのは確かだが、与えるのは恵よりも堀北か、あるいは櫛田の方が良かっただろう」

 

 おかげで恵に試験の戦略を教え込むのに少しだけ手こずった。堀北の方が勝ちやすくはあった上、不自然さもない。

 

「恵ちゃんを選んだ方が私的にはベストだったんだよね。帆波ちゃんとは相性が良さそうだったし」

 

「相性?」

 

「あれ? 綾小路くん分からない?」

 

 オレが分からないことを心底不思議そうな表情で南雲は首を傾げた。

 その反応を見る限り、南雲はオレが分かっていて当然だと思っているのが伺える。

 つまりオレが何かを見落としている。その結論に達し、オレは恵と一之瀬の相性とやらの真意を思考する。

 オレが恵にやろうとしていること。そして、オレや南雲が一之瀬を成長させようとしていること。

 それらを計算し、最終的に見えてくる結果を弾き出す。

 

「相性、か」

 

 オレはその言葉を再度呟く。

 何故ならそれはオレにとっても推測でしかない。頭で分かってはいても経験したことのない未知数の領域だったから。

 

「やっぱり綾小路くんにも苦手分野はあるんだね。これならいずれはどうにか出来そうかな?」

 

「どうにかすることが出来るならいつでもしてもらって構わない」

 

 偽りなき本心を口にする。南雲が更に成長してオレに敗北を与えてくるならばそれもいいだろう。

 

「だが現時点じゃ無理だろうな」

 

「わーお。余裕だね。そこに痺れる憧れるぅ」

 

「堀北も言っていたがポイントを使いすぎだとオレも思う。称賛票を一之瀬か他の一之瀬と仲の良い生徒に与えておけばポイントの消費は最低限で抑えられた」

 

 クラスが敗北し、せっかく手に入れたプロテクトポイントを失うだけでも一之瀬は十分なショックを受けていただろう。退学阻止のために使ったポイントは余計な出費だ。

 もっともクラスの均衡を維持したいオレとしてはこの方が都合が良いのは確かだが、Aクラスの勝利という観点で見れば南雲の取った行動はそこまでやらなくてもいいものだ。

 つまり敢えてああしたのは一之瀬やクラスメイトにより強いショックを与えて成長を早く促したい。その理由が1つと、もう1つは──

 

「ああ、その理由は簡単。というか見解の相違かな。私は状況にも依るけど、2000万プライベートポイントと300クラスポイントよりも1プロテクトポイントの方が価値が高いって思ったから」

 

「なるほどな」

 

 所持していれば退学を1度阻止出来るプロテクトポイントは、確かに見方によってはプライベートポイントやクラスポイントよりも価値があるものだろう。特に他の生徒より劣っている生徒。退学が近しい生徒ほどプロテクトポイントは喉から手が出るほどに欲しいもののはずだ。

 そして南雲のような生徒には絶対に必要なものというわけでもないが……保険という意味でこれほど頼もしいものはない。

 あるいはこのプロテクトポイントを持っていることで取れる手も広がる。戦略の幅を広げるという意味でも1つは持っていても損のないものだ。

 

「2年生に上がったらまた本格的に動いていこうと思ってるからね。他を掌握するまで手は出さないとはいえ綾小路くんも気をつけなよ。パワーアップした麗ちゃんは手強いし、私の手足となって動いてくれるファンもどんどん増えるんだから。いずれは私の魅力で培った、この学校における人海戦術の極みを見せてあげる」

 

 南雲はそうして眼鏡の奥の綺麗な瞳を細めて不敵に笑みを浮かべる。

 以前のように簡単に仕掛けてくるようなことはないとは思われるが、それでも南雲の得意とする戦略はオレのような生徒には対処の難しいものばかりだ。仕掛けてくればかなり面倒になることが予想される。

 それでも以前の南雲のままであれば付け入る隙は十分にあるが、更なる成長を遂げればその限りではない。この学校のような特殊な条件下で南雲を倒すのは難しくなるだろう。

 

「話はこれで終わりかな?」

 

「ああ。──っと、待ってくれ。ホワイトデーのお返しを一応持ってきた」

 

「そういえばお返し貰ってなかったね。それじゃそこ置いといて。後で──あ、いや待った。もしかして中身香水じゃないよね?」

 

「……駄目だったのか?」

 

「……いや、駄目じゃないけどさー。なんか言わないと治らなそうだからアドバイスしとくけど、女の子への贈り物はちゃんと考えといた方がいいよ? 私と綾小路くんの間柄で香水とか私以外の女の子だとドン引きだからね?」

 

「そうなのか……」

 

 そして別れ際。バレンタインのお返しとしてホワイトデーの贈り物を少し遅れて渡したオレに、呆れるような南雲の視線が突き刺さる。

 オレは南雲からのありがたいアドバイスを心に留め、礼を言ってから南雲の部屋を後にする。

 

 それにしても……この学校における人海戦術の極み、か。

 

 同じ1年寮内であるためエレベーターに乗ればすぐに自分の部屋に辿り着く。そうして夕飯の支度を行いながらオレは先ほどの南雲の少しだけ気にかかる言葉選びを思い出し、そこから連想する別の人物を思い出す。

 あえてあそこで自分の戦略を宣言する意味。選んだ言葉から察するにおそらく南雲の次の動きは……。

 

 いや、だとしても今はまだオレの出る幕はないだろうな。

 

 それにオレはオレで対処しなくてはならないことがある。それが終わるまで、南雲の行動は良い盾となってくれるだろう。

 オレはそうなることを期待し、そしてまた春休みの1日を終える。

 新たな年度の始まりが目前に迫っていた。




ってことで綾小路くん回でした。1年生編の綾小路くん回はこれで最後でした。2年生編での綾小路くんの活躍にご期待ください。
次回は1年生編の最終回です。お楽しみに。早ければ本日の18時にでも投稿します。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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