春休み最終日の4月7日。
なんだかんだで春休みも色んな友達や先輩と遊んだり会話をした私は今日1日を休養日と定めて部屋でゴロゴロすることにした。
さすがのスタミナお化け麗ちゃんも毎日のように活動してたら疲れちゃうからね。たまには部屋に引きこもる日があってもいい。せっかくだし今日は1人でゲームでもしようかな。4月に入ってポイントも振り込まれたし、1本くらい遊ぶ余裕は全然ある。流行りに乗り遅れないためにも今話題の最新ゲームを遊んで新学期に備えるのも悪くない。
ということでゲーム機を起動し、ソフトを入れてコントローラーを握る。お菓子もお茶も用意してるし、ダラケる準備は万端だ。
そうしてしばらく、ゲームを進めていたが──その時、インターホンが鳴らされる。
ゲームに集中する私の意識を現実に引き戻すようなその音に私は少しだけ苛つく。アポなしで私の部屋を訪ねてくるなんて。一体どこの誰だろうかと。
別に居留守を使ってもいいのだが、大事なのはゲームよりも現実。何か重要な、私を頼ってきてくれた友達とかファンかもしれないし、私は立ち上がって玄関の扉を開ける。
するとそこにいたのは、友人やファンよりも近しい人物だった。
「よう、麗」
その相手とは私と同じ髪色と髪質。私とは少し違った切れ長の目だが、私と同じく顔面偏差値の高い男。私の血を感じるその相手は私の実の兄である南雲雅だった。
私はそれを見てため息を吐く。
「あー、なんだ雅兄か。なんか用?」
「なんか用とはご挨拶だな。部屋でだらけるつもりだったか?」
「理解ってるでしょ。今日は完全オフ日なの。だからせっかく1日中ごろごろしようと思ってたのに……」
「やっぱりか。おまえはインドア派だからな。本当に休みたい時は部屋で引きこもる。その癖は変わっていないみたいだな」
「わかってるんなら訪ねてこないでほしいんですけど」
「そう言うな。せっかくおまえのために時間を作ったんだ。俺も交ぜろ」
「しゃーない。そんじゃ入ってー」
そうして雅兄は部屋に入れろと催促してきたので私は仕方なく部屋へ上げることにした。
ただ今日はオフ日。なのでもてなすつもりはない。むしろ雅兄に私をもてなしてもらおうと私はクッションを床にしいてそのまま寝転がる。
「雅兄ー。冷蔵庫からお茶取ってきてー」
「自分で取れ、と言いたいところだが押しかけてきたのは俺の方だ。そのくらいのワガママは聞いてやろう。どのお茶だ?」
「んー、今日は茎茶の気分かなー」
「……相変わらず無駄に茶の種類が豊富だな」
雅兄が私の冷蔵庫の中を見て若干呆れているが、お茶に嵌まっているのだから仕方がない。
私は雅兄がお茶を取ってくる間にもゲームを進め、そして新製品のチョコ菓子を口に放り込んでお茶が運ばれていくのを待ち、少ししてコップに入ったほうじ茶が運ばれてくるとそれを口に含んで甘みの中に香り高い苦みを放り込んだ。
「ん、ありがと」
「……本当にだらけているな。普段のおまえからは考えられない姿だ」
「そうでもないと思うけどなー。本当にズボラな人と比べたらこれくらい大したことないよ。中には女子としてどうなの? って思う子もいたからねー」
「それだけ普段のおまえが完璧だってことだ」
普段はとびきり可愛く身だしなみや振る舞いに気を使っている女子高生やアイドルも同じ人間だ。人の目がないところでは気を抜いてだらけたくもなるし、だらしなくすることもある。部屋の中では常にパンツ一丁だったり、普通に部屋が汚かったり、不摂生が極まってる子に比べたら私なんて少しラフな格好で寝転がってお菓子を食べながらゲームをしてるだけ。
むしろギャップがあっていいとファンがもっと増えるんじゃないかな。見せるつもりはないけど、万が一見られても大丈夫な生活を送っている自信はある。
「さて、それなら俺も久し振りにおまえの遊びに付き合ってやろう」
「えー。これ1人用のロープレなんですけどー。やだー」
「2人用のまだプレイしていないものもあるだろう。そんなに長居するつもりはないからそれにしろ」
「ちぇー。仕方ないなぁ……それじゃこれで」
そしてそんなオフを満喫してる私に雅兄もやりたいと言ってきたので私は仕方なく1度ゲームをセーブして落としてから別のゲームを起動する。今度は対戦型の格闘ゲームだ。
雅兄にもう1つのコントローラーを渡してすぐに対戦を始める。ちなみに私がこの手のゲームで選ぶのはゴリゴリのゴツいパワーキャラや投げキャラで、雅兄は普通にスマートな女性キャラを選びがち。今回もその例に漏れずにキャラを選択している。
「新作なのに上手いな」
「雅兄こそ中々やるね。ゲーム全然やらないのに」
「おまえに付き合わされて鍛えられたからな。おかげでその手の知識も相応に増えてしまった」
「いいじゃん。オタク系の人と付き合う時に役に立つでしょ? 趣味が合うと心を開きやすいからね」
「それは間違いない」
会話をしながらも画面では出たばっかりのゲームの初プレイ同士とは思えないほどの激しい攻防が繰り広げられている。私も雅兄も要領を掴むのは得意だし、前作をプレイしたこともあるのも相まって完全に上級者同士の対戦だ。
それでもゲームという分野では私の方が上で勝利を積み重ねていく。この手の運要素が少ない実力が物を言うゲームだとどうしても経験値で雅兄はあんまり勝てない。パーティゲームとかボードゲーム、シミュレーションゲームとかなら良い勝負になるんだけどね、
「さすがに勝てないか」
「アイドル時代もゲーム番組やってたし、なんだかんだ歴が長いからねー。この手のゲームじゃまだまだ雅兄には負けないよー」
「負けっぱなしは癪だが俺も忙しい。練習する時間があればいいんだがな」
「生徒会だったりサッカー部でそりゃ忙しいよね。友人付き合いなんかもあるし」
「ああ。そういうおまえは部活には入らないのか? おまえなら部活で成績を残すことも難しくないだろ」
「大会に出るだけでいいなら入ってもいいけどそうもいかないからなー。練習にあんま来ないのは真面目に部活に打ち込んでる人からすると気に入らないかもだし。今のところはそんな予定もないかな」
部活動で成績を残してクラスポイントやプライベートポイントを得るのも悪くはないけど、それは生徒会で間に合ってるし時間を取られるデメリットの方がデカい。
その上私特有の事情もある。
「それに大会に出たら外に出ることになるし、成績を残したらマスコミに騒がれそうじゃん。そしたら学校側としても私としても対応に困るよね」
「ああ、それがあったか。有名人は大変だな」
「ま、チヤホヤされるのも良いんだけどね。ただ今は出来るだけ騒がれたくないし、大人しくしようと思ってるよ」
アイドルを休業中とはいえ、大会で成績を残そうものならメディアは確実に嗅ぎつけてくる。あの連中の熱量というか、出歯亀精神は完全に異常者の域なので外部との繋がりを遮断してるこの学校とはいえ対応には苦労することになるだろう。
学校に迷惑をかけたいわけでもなし、やっぱり部活動はないかな。遊びでやるくらいならいいんだけどね。スポーツは好きだし。久し振りにサッカーとかやりたい。球技全般が得意な私だけどなんだかんだ一番得意なのは雅兄に付き合ってやってたサッカーか、後はラケットスポーツ。特にテニスかな。アイドルになる前、小学生の頃はクラブにも入ってたし。親に習い事を勧められたんで雅兄は自然とサッカー。私はテニスって感じだった。まあそんなに本気じゃなかったけどね。
「そうか。ところで話は変わるが……綾小路との勝負に負けたそうだな」
と、そんな兄妹同士の気安い雑談からこの学校特有の話題を雅兄は投げかけてくる。
やっぱりその手の話はくるよね、と思いつつも私は緩い空気のまま答えた。
「うん、失敗しちゃった。綾小路くん、想定より大分化け物だよ」
「……なるほど。おまえが言うならそうなんだろう。それなら明日からもまた楽しめそうだ」
私が負けたことを怒るでもなく、むしろ楽しみだと期待を覗かせる雅兄。やっぱり、私を試金石に使ってたのだろう。
もし私と戦って勝つようなら、自分も仕掛ける。その価値を1年かけて雅兄は確かめていた。今まで戦っていた、目標としていた相手がいなくなった。その代わりとして。
「雅兄こそ結局堀北先輩には敵わなかったみたいだね」
「ああ。学年違いだから仕方がないとはいえ、勝負を仕掛けるにも限度があった。出来れば対等な勝負をしてみたかったが、学校の方針もあってそれも叶わなかったのが残念だ」
「でも来年度からは色々と変わるし、綾小路くんにも仕掛けられるって?」
「おまえも知ってる通り、学年同士で対決する試験も検討中だからな。それが実現すれば綾小路とも対等に戦うことが出来る。俺はそれが楽しみで仕方がない」
綾小路くんの評価を不動のものにした雅兄が来年度からは綾小路くんに仕掛けていく。
自らの価値を確かめるために雅兄は容赦しないだろう。堀北先輩で確かめることが出来なかった分を取り戻そうと躍起になるに違いない。
私としても出来れば雅兄の目的が達せられればいいと思う。兄妹だからね。普通に家族としての情はある。
だが──それはちょっとだけ都合が悪い。
「……雅兄。言いたかったことはそれだけなの?」
「……? どういう意味だ?」
「雅兄のやりたいことは理解ってるからさ。良いのかなって思って。──
私がそう言えば、雅兄が息を呑む気配が伝わってくる。雅兄にしては珍しい反応。私の言葉を聞いて動揺している。
自分の迷い。あえてぼかしていた。無意識に、自覚的に除外していたその対象。
雅兄が綾小路くんの評価を不動のものにした。綾小路くんを土につけることで価値を証明できると確信した理由。
それが──。
「ああ……そう、だな。やっぱり、おまえは理解ってたか」
「うん。雅兄も理解ってたよね? だけど、それを可能な限り避けようとしてた」
──この私の存在。
雅兄にもっとも近しく、同じ血が流れる妹。
それだけに雅兄は私の実力を誰よりも理解している。
だがそれを理解しながらも、雅兄は私を気遣っていた。
「ああ……おまえが兄妹でなければ、あるいは弟であれば──いや、違うな。
雅兄は私のことを庇護すべき存在として見定めた。
実力では同等──いや、あるいは凌駕する可能性を感じながらも手を出さなかったのは雅兄の中に確かな私を気遣う家族の情があった証。
しかし雅兄はそれゆえに苦労した。自分の価値を確かめられる存在が近くにいながらもそれを無視し、私以外の存在を追い求めた。
それがこの学校に来て出会った堀北先輩や、私に勝利した綾小路くんなのだろう。
特に後者。私に勝利した綾小路くんに勝てば、雅兄は絶対の証明を行うことができる。
アイドルという絶対の価値を示した私を超えたことになる。
「……もう遠慮する必要はない。俺は綾小路だけじゃなく、おまえにも挑んでも構わないのか?」
「雅兄だって1度くらい喧嘩したいでしょ? 今までに1度だって喧嘩したことないんだからさ」
「ああ、そうだな。俺たちは1度も兄妹喧嘩をしたことがない。対立したことも不仲になったこともない」
私とやりあうことを先ほどまでずっと躊躇っていた雅兄は私の言葉を受けて観念し、その上で覚悟を決めてそう言ってきた。
普通の兄妹ならば些細なことで喧嘩になることは珍しいことじゃない。むしろ自然なものだろう。
しかし私たち兄妹は喧嘩の1つも、言い合いの1つもしたことがない。
全部が全部、相手のことを尊重して過ごしてきた。物分りの良い大人のように。
だがその遠慮の枷を私は破壊する。
「実を言うとその点で言うなら堀北先輩が羨ましかった。別に対立してるわけじゃなかったようだが……それでも堀北先輩は妹に対して向き合っているように見えたからな」
いつだったか、雅兄が露骨に鈴音ちゃんに絡み、その関係を突っついたことがあったが、それは雅兄の羨望の裏返し。妹に向き合えていない自分と比較して堀北先輩を試していたのだろう。
「確認はしてないけど鈴音ちゃんは成長した。きっと別れる前に堀北先輩と会って正面から向き合ったはずだよ」
「ああ、俺もそう思う。堀北先輩なら、あの人ならそうするだろうな」
そして憧れの先輩である堀北先輩で逃げ道を防いであげれば、雅兄も覚悟を決めるしかない。
堀北先輩に遅れを取るわけにはいかない。雅兄は卒業後は堀北先輩を追いかけて同じ道を進むと決めている。
ならその前に心残りは果たしておかないといけない。
「いいぜ、麗。兄妹喧嘩をしてやるよ。おまえは俺が叩き潰してやる」
「果たしてそれが出来るかな、雅兄。無意識に私を避け続けてきた本当の理由を知ることになるよ」
「おまえのことは誰よりも俺が理解してる。おまえのやり方は俺には通用しない。それでもおまえが手強いことは十分承知しているが……俺には2年間この学校で積み上げてきたものがある。おまえも綾小路も、少なくともこの学校の中にいる限りは勝ち目はないぜ」
「それは逆も然りだね。雅兄のことは私が誰よりも理解してるからさ。雅兄でもキツいと思うよ?」
「ならそれを証明するためにやりあうしかないな」
はっきりとそう言い放つと雅兄はコントローラーを置いて立ち上がる。
そうして部屋から出ていこうと背を向けた。明日からは対決が始まる。
同じ生徒会に所属していることもあるし、クラスでの利益を考えて表では協力体制を維持しているように見せることになるだろう。
だが隙を見せればいつでも寝首をかくことになる。そんな新たな関係へ私たちは進展する。
「明日からは学校も大きく変わる。おまえには俺の右腕としてこれからも働いてもらうつもりだが、それでもこれからはおまえにも仕掛けさせてもらうからな。おまえもやりたきゃいつ仕掛けてきても構わないぜ?」
「うん。明日からもよろしくね、雅兄」
「ああ。それと、あまりだらけすぎるなよ。太るぞ」
「残念。私は完璧なアイドルなので太りませーん。カロリー管理も完璧だからね。雅兄こそ女遊びしすぎて誰かに刺されないようにね」
「他ならぬ優秀な妹の忠告だ。肝に銘じておくとするぜ。──それじゃあな」
そして別れはあっさりとしたものだ。
互いにちょっとした毒を吐いて別れる。
しかしそれは兄妹同士のもの。兄弟喧嘩を行うことを互いに承知しても、兄妹として仲が悪くなったわけでも情がなくなったわけではない。
「はぁ……なんかゲームする気分じゃなくなったな」
心で思ったことを独り言にして呟き、私はゲーム機の電源をオフにする。
そしてお菓子やお茶を片付けると1度着替えてから出かけることにした。
行き先は──ケヤキモールにある美容室。
明日から新年度。そういうシーズンの入れ替わりにはイメチェンをするのもまたアイドルとして悪くはない。
そうして移動して美容室に辿り着くと美容師さんに私の注文を伝える。そして出来上がった髪型を見て私は満足そうに頷いた。
「うん。やっぱりボブカットが私には1番似合うね」
金髪のボブカット。その上でサイドをちょっと巻いてリボンを付けてアシンメトリーに。やっぱ普通のボブカットなだけじゃ芸がないからね。アイドルは髪型からして違うってとこをこういう細かいところで見せなきゃ。
髪を切り終えると私は知り合いの美容師さんに挨拶をして美容院を後にする。私の姿に気付いた人が私を視線を向けるが、それも仕方ない。
なんたって私は魅力抜群のアイドルなんだから。
皆が私に注目する。時折声をかけてくる人にも神対応で相手をしてあげる。明後日からは新入生も入ってくるし、またしばらくは営業活動に精を出す日々が始まりそうだね。
とはいえこの1年で理解してあげられた人は随分と増やせた。
Aクラスや1年の生徒だけじゃない。2年の先輩方に教師。敷地内で働く大人も含めて。私のファンは
だがそこまで準備をしても勝てないかもしれない存在がいる。
芸能界じゃ私より優秀な人間は誰一人として存在しなかった。
だけどここじゃ私と対等に戦える人間が、私を上回る人間がいる。
当初の想定とは大きく違うとはいえ、そんな人たちと競い合って自らを高められることが楽しみでしょうがなかった。
──そしていずれ、私は新しい私になる。
この学校で過ごすことで私は過去の私を塗り替える。そうすることが出来ると確信していた。
そうでなければ……態々休業した意味なんてないからね。
──そうして私はこの学校に来て二度目の春を迎えることになる。
ということで1年生編はこれにて終了です。まだ明かされてない、書ききれてない部分もあるけどそこは2年生編で。無人島試験までのプロットは一応出来てるのと原作も2年生編が終わりますのでそこまでとりあえず考えておきたいなって。
2年生編はこのまま書いていきますし、なんだったらまた明日投稿します。書ける時に書き切る主義なので。麗ちゃんも含めて成長した生徒らのOAAも開示したいしね。
そんなわけで『ようこそアイドル至上主義の教室へ』の1年生編をここまでご愛読頂きありがとうございました。これからも麗ちゃんの物語を応援よろしくお願いします。感想が特にモチベになるのでどんどん送ってくださると喜びます。それではまた2年生編で。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。