2年になって最初の特別試験が告知されてからすぐに私たちは行動を取った。
1年生と2年生の交流を目的とした交流会の開催のためにすぐに学校側に交流会の開催と体育館の使用許可をもらう。それから校内放送の許可ももらえば準備は完了だ。
本当はもっと軽食とか飲み物とか置いて出し物なんかも用意してあげたいけどすぐに行うことに意味があるから今回は残念ながら本当に交流するだけだ。
まあそれでも私は交流会というものには慣れている。アイドル時代はファンとの交流会。推し会、ファンミーティングの類は何度も行ってきたからね。
なので私は私なりに準備をしつつ、昼休みにはアプリの全体チャットで交流会の参加を行うことを告知しつつ、私は放送室へ向かう。
──え? 全体にチャットで告知したんだから十分じゃないかって?
いやいやいや。確かにそれでも最低限の告知は出来てるけどさ。どうせやるなら沢山の人に参加してほしいし、放送でも告知しないとね。こほん、こほん。あーあー。うん、今日もすっごい可愛い声だ。
さて、と。私はアンプとマイクのスイッチがONになったタイミングで喋り始める。
『はい。皆さんどうもこんにちは~! 2年Aクラス、生徒会副会長の南雲麗でーす!』
私はいつもの校内放送の雰囲気とはまるで違う、まるでアイドルのラジオかのようなテンションではきはきと明るく可愛く元気よく声を出す。うるさすぎない程度にね。でも実際にラジオをやっていた時のように私は告知を行った。
『本日は特別に学校側から許可を頂いたので告知ついでに皆さんに私の声をお届けしてるんですねー。ということで! 突然ですがここで告知です! 本日の午後4時から5時まで! 体育館で1年生と2年生の交流会を行う許可を頂きました! わー! ぱちぱちぱちー』
私はひとりでにテンション高めで喋る。
もうお分かりだろうが、交流会に出来るだけ人を集めるために。そして私自身の存在を新入生に周知させるために私は堂々とアイドルとして放送室を借りて告知することにしたのだ。
『なので時間に余裕がある人も余裕がない人も是非遊びに来てね! 皆も知ってる大人気アイドルグループ『ALIVE』のリーダー、南雲麗ちゃんとの握手会──なんて大それたイベントじゃないけど、普通に私ともお喋り出来るし握手も喜んでしてあげるよ! あ、でもサインは有料ね。私率いるAクラスが懇切丁寧にこの学校のことから敷地内での人気のお店やスポット。今回実施された特別試験のことまで教えちゃうから是非とも本日の午後4時からの交流会に参加してね。是非ともお待ちしてまーす!』
音声だけだが、きちんと笑顔を浮かべてそう口にする。映像で見れてなくても声だけでこっちが笑顔なのは想像出来るし、実際に笑顔だ。こういう細かいところが大事なんだよね。
ってことで私はスイッチをオフにする。さ、これでよしと。
「お疲れ様、麗ちゃん」
「なんか……今更ながらあんたがアイドルだってこと思い出したかも」
「ラジオもやってたからね。これくらいは大したことないよ。むしろ喋りたりなかったくらい?」
放送を終えれば付いてきてくれた帆波ちゃんやユキちゃん、クラスの女子たちに労われる。
反応から見ても私の告知は大成功だったみたいだね。
「でも大丈夫なの? むしろ人が来すぎちゃうんじゃない?」
「いっぱい参加してくれるのに越したことはないよ。それに多分だけど参加してくれるのは半分とちょっとくらいなんじゃないかな」
1年生には1年生の考え方。戦略がある。メリットを感じない生徒やリーダーの方針で行かない方針を取られればそれまでだしね。
ただ私の集客力でどこまで人が集まるかだね。とりあえずは放課後を楽しみに待とう。
──と、そうして迎えた放課後。
「うわぁ……本物だ……!」
「麗ちゃ──あ、いや、南雲先輩! 自分、ずっとファンでライブも見に行きました! 握手してください!」
「あはは、ほんと? ありがとねー。握手ね、オッケー。これから先輩後輩としてよろしくねー」
「サイン入りペンケース幾らですか? え、5000ポイント!? 安い! 買います!」
「はいはーい! 押さないでくださ―い!」
「南雲麗とのトークに握手、写真撮影をご希望の方はこちらに名前と連絡先を書いた上で列にお並びくださーい!」
──体育館には1年生が大挙して押し寄せていた。
もちろん全校生徒が集まっても問題ない体育館なのでそこまでいっぱいいっぱいというわけではないが……それでも参加者は140人は超えている。
つまり1年生の約9割が交流会に参加していた。なんなら関係ない3年生も一部来ていたりする。いや……まあ、私アイドルだからね? そりゃ普通にこれくらいは集客出来る。
「めっちゃ来てるじゃん……しかも大人気だし……」
「入学したばかりだからねー。私がここにいるなんて予想外だろうしイベントやるって言われたらそりゃ来るよねー。あはは」
ユキちゃんのジト目の視線を受けながら私は笑顔を絶やさずにコメントする。うん、正直なところ若干読み違えたのは否めない。
そりゃ来るだろうとは思ってたけどね。普通にファンとして来る人の多いこと多いこと。
まあ去年入学した時も声をかけてくる人は沢山いたけど……去年は私の存在もちょっとずつ噂になって浸透していったし、大々的にイベントを開いたりもしていないから今回みたいなことにはならなかった。
でも入学したばっかりで放送して老若男女問わず大人気の本物のアイドルがイベント開くってなったらそりゃ挙って参加するよね。ちょっと私自身の人気を舐めてた。反省。
ただ想定以上に1年生が参加してくれたのはありがたいことだ。色んな意味でやりやすい。なのでちょっと気合い入れよう。帆波ちゃんや隆二くんたちも手伝ってくれてるし、一応当初の目的のために新入生とお喋りしてる。中には帆波ちゃんのことも実はアイドルなのかって疑う声も聞こえてきた。帆波ちゃんは可愛いしAクラスは可愛い子も多いからね。これじゃ本当にアイドルの交流会だけど人気があるに越したことはない。
それにこうやって集まってくれれば手間も省ける。ということで私は群衆の中から目的の人物を探した。既に1年生の顔と名前は全員覚えてるし、来てても来てなくても分かる。
そしてその中でも注目の生徒は何人かいた。私はその中で、体育館の窓越しに様子を見に来ているっぽい生徒を1人発見する。
一瞬だったけど……多分目当ての人物だ。
「ごめんユキちゃん。5分外すね。場を保たせといて」
「え、いや、無理無理! あんた目当ての生徒ばかりなんだけど!?」
「帆波ちゃんに任せるといいよ! すぐ戻るから!」
私はその場を一旦ユキちゃんやクラスメイトに任せて裏口から体育館を後にする。そうして目的の人物を追いかけた。やっぱり初対面──じゃないけど好印象になるようにしてあげないとね。
入学して早々、普通じゃないことが幾つも起きた。
学校敷地内から生徒の出入りを禁じ、プライベートポイントという独自の通貨を用い、各クラス毎、優秀さに応じたクラス分けが行われ、卒業時の特典として謳われていたあらゆる進学、就職先を叶えるというものはAクラスにしか与えられないこと。
そういった特殊な環境である学校の説明を幾つも教師から受けた。正直、それだけでも戦うことしか能のない俺には頭が痛くなるようなことだったが、更に困ったのは俺がCクラスの代表者になったこと。
俺が所属するCクラスは決して居心地が悪そうなクラスではなかったが、それでも面倒事は嫌う性質の生徒が多いのか、OAAとやらで優秀な生徒も代表になるのは嫌がった。
だからというわけではないが、仕方なく代表を引き受けることにし、他のクラスの代表者と共に生徒会室で説明を受けた──2年Dクラスの綾小路清隆を二学期が始まるまでに退学させれば2000万プライベートポイントを報酬として与えると。
それが生徒会長である3年生の南雲雅からの課題であり、謂わば裏の特別試験だと。
2000万ポイントを持っていることも確認したが──正直、客観的に見て怪しいことこの上ないものだ。
そもそも特定の生徒を退学させろという試験を学校側が強いてくるのは如何にこの特殊な環境の学校とはいえ、やりすぎではないかと思う。
俺には俺の目的があってこの学校に入学した。その中でAクラスを目指すためにクラスの仲間と協力して戦う。それは悪くないものの、綾小路という生徒を退学させて2000万を得るという胡乱な話に乗ってしまって良いのか?
元より怪しい話であるため警戒するに越したことはない。仮に乗るにしても今は自分も含めてクラスは右も左も分からない状態。
今は傍観に徹し、足場を固めていく方が先決だろう。通達された特別試験のこともある。2年生の先輩とパートナーを組んで筆記試験に挑まなければならない厄介な試験だ。
ペナルティを受ければ3ヶ月間プライベートポイントが振り込まれなくなる。入学当初に貰った8万ポイントがあるとはいえ、3ヶ月をこれで乗り切るのは──難しいことじゃないとはいえ、貰えるものが貰えなくなるというのは精神的にもキツいだろう。
それにクラスポイントが得られる試験でもある。どうやら学力は上位のAクラスやBクラスの方が秀でているようだし、1位を取りに行くのであれば学力の高い2年生の生徒と優先的にパートナーを組むのは必須だろう。
しかし2年生側のペナルティは退学と重いもの。それだけにパートナー選びは1年生に優位があると思われるが……かといってどのように動くべきか。単純にポイントを無心するのか。どんな戦略を取るのか。それを考えるには自分には少し荷が重いと感じる。
やはりクラスメイトと話し合って決めるしかないと、そう思った矢先の昼休み。
『はい。皆さんどうもこんにちは~! 2年Aクラス、生徒会副会長の南雲麗でーす!』
──と、そんな明るい声が教室に、いや、学校中に響き渡った。
その声は初めて聞くものではない。確か、あの時生徒会室にいた生徒会長の妹……だったか。
話自体は生徒会長と理事長が進めていたのでその南雲麗という生徒は最初に自己紹介をしたっきり黙ってそこにいただけだったが、容姿が優れていたことと存在感があったため記憶に残っていた。
そしてその南雲麗は明るい声で告知を行うと告げ、本日の午後4時から体育館で交流会を行うことを宣言した。その直後にアプリの全体チャットにもその旨が書き込まれる。
更にクラスメイトが騒ぎ出した。南雲麗はどうやら大人気のアイドルらしい。そういうものに疎かった俺は知らなかったが……クラスメイトによれば1年前に休業したものの未だにリリースされた曲が売れたりカラオケでは人気曲だったりのトップアイドルだったらしい。
それだけにクラスの殆どの生徒が交流会に参加するようだったし、俺も誘われた。友人からの誘いは受けたいのは山々だが……とりあえず返事を保留にして様子を見に行くことにした。
放課後になって体育館に向かえば、既に2年のAクラスの生徒に1年生の大多数の生徒が来ており、南雲麗と話すために順番待ちが行われていた。手書きの整理券が渡され、順番が来るまでは他の上級生と普通に交流会を行い、順番が来たらグループ毎に南雲麗と数分間話したりすることが出来るらしい。中には握手や写真撮影を行っている者もいた。なんだったら即興で集めたと思われるグッズもあった。そちらも整理券が渡された。人気のものは後で抽選するらしい。
……正直なところ、俺には理解できない世界だった。
上級生との交流はある程度必須とはいえ、少し騒がしくもある。ここでパートナーを見つけることは難しいだろうと、体育館の横の窓から様子を見ていた俺はクラスメイトには悪いが一足先にその場を去ろうとした。
「もう帰っちゃうの?」
そんな時、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ればそれは南雲麗──先ほどまで体育館の中で他の新入生と話していたはずの相手だ。やってきた方向を見るに体育館の横の出入り口から抜け出してきたらしい。
「南雲麗……先輩」
名前を口に出してから少し遅れて先輩と付ける。敬語はあまり得意じゃない。だが目上に対して敬語で喋るのは一般的な社会常識だ。得意じゃなくても出来る限り行う必要があるだろう。
「そっちは確か宇都宮陸くんだよね。せっかく交流会来たのに帰っちゃうの?」
「……生憎と、俺はこういう場は苦手、ですから」
苦手というのは言い過ぎだったが、場違いだと思ったのは事実。追求を避けるために敢えて付いた嘘だった。
「そっかそっか。ならちょっとだけここで私とお話していかない?」
「南雲先輩と?」
「うん。駄目かな?」
だが南雲先輩からは意外な提案。話をしていかないかと誘われたことで俺は疑問に思う。何故俺なんかと? 考えられるのは……。
「……駄目ではないですが、何故だ……ですか? 俺と話すことで先輩に得があるとは思えませんが」
「あはは、得とか損とかそういう話じゃないって」
「しかしこの交流会は1年生と2年生の特別試験のために開かれたものですよね? もしかして先輩は俺とパートナーを組みたいんですか?」
綾小路先輩を退学にする試験についてのことなのか、とは口にはしない。誰が聞いているか分からないからだ。ただでさえ南雲先輩は目立つ。誰かに発見されない保証はなかった。
「うーん、パートナーかー。まあそれも良いんだけどさ。言った通り話したかっただけだよ」
「俺よりも先輩と話したい新入生は沢山いると思いますが」
「まあね。待たせちゃってるのは悪いとは思うけどさ。でも宇都宮くんはもう帰るんでしょ? だったらその前にちょっとでも交流しときたいなって思ってね」
「ですからそれは──」
「この交流会を開いたのは1年生と交流するため。だから、出来るだけ多くの1年生と話してあげたい。それってそんなにおかしな話かな?」
俺が問いかけるよりも先に南雲先輩が被せるように答えを言う。
その言葉は胡乱な目的があると考えた俺を制するような虚を突いた言葉だった。
「いや、それは……」
「私が主催するイベントに来たからには全員良い気持ちで帰ってもらいたい。それが私のアイドルとしての──ううん。南雲麗としての矜持だよ。だからここで宇都宮くんが何も出来ずに帰っちゃうのはちょっと見過ごせないかなって」
その言葉からは嘘偽りのない南雲先輩の真意が感じられた。
交流会に来たからにはきちんと交流して全員が良い気持ちで帰ってほしい。……そう言われると返す言葉はない。事実として交流会に来た新入生は楽しそうだったし、南雲先輩以外にも親切そうな女生徒と話して笑みを浮かべている1年生も多く見受けられたからだ。
仮にそこにパートナーを組みたいなどの何らかの目的があるとしても楽しませている。交流をしたいというのは事実だろう。それは理解った。
──しかし先日の綾小路という生徒を退学させろという試験のことが頭にチラついてしまう。
やはりそのことに関することなんじゃないのか。そう思った俺に、南雲先輩はそのキラキラした瞳で俺をまっすぐに映した。
「宇都宮くんが気にしてるのも理解るよ。例の件だよね?」
「! いや……」
「大丈夫大丈夫。今は誰も聞いてないし、私も広めるつもりもない。だけど……その件に関しては私も良い感情は浮かんでないから、そのことを話そうなんて思ってない……は違うかな。やめて欲しいとは思うかな」
「やめてほしい? どういう意味ですか?」
「彼にはそうなってほしくないからね。だから出来れば1年生には参加してほしくないって思うんだよね」
抽象的に誤魔化しながら話す先輩だが、言いたいことは分かる。
彼とは綾小路先輩のこと。なってほしくないとは退学について。
参加してほしくないのは例の試験。それらを読み取った俺は南雲先輩に疑問をぶつける。
「……何故、ですか? アレは先輩も同意したものでは……」
「あの場ではね。仕方なく同席するよう求められたからそう見えたのは仕方ないけど、私としては嫌なんだよね」
「……その理由も教えて貰えますか?」
「普通に友達だからね。彼とは。だからいなくなってほしくない。ただそれだけだよ」
南雲先輩からの返答を聞いて、俺は理解する。そう、確かに普通のことだった。
友人がいなくなってほしくない。だから出来ればやめてほしいと思う。その言葉に矛盾はない。
「……しかし、この学校は友人同士でも蹴落とし合うような仕組みになっていると思うんですが……綾小路……先輩は他のクラスですよね?」
「他のクラスだとしても、だよ。友達や好きな人。味方は守りたいし、そうじゃない人には仕方なく落ちてもらうしかない。それも普通のことだと思わない?」
「……ええ、それはそう思います」
味方なら味方。敵なら敵として考える必要があると南雲先輩は言う。
確かに優先するべきものはクラスの仲間だとしても、それ以外を必ず切り捨てなければならない道理はない。
「だからまあ、出来ればやめてほしいけど、それは個々の自由だから強制しない。……というかそもそも今日の目的は新入生と交流すること。損得の話はその先のことだから今は気にせずに交流会を楽しむこと。──ってことで改めてお喋りしよっか!」
そして南雲先輩はそのことを今は気にしなくてもいいと告げてくる。
「いや、でも……」
「仲良くなるに越したことはないし、宇都宮くんが理解してれば大丈夫だよ。仮に私が何か要求してきても、情に流されずにその度に冷静に考えて判断すればいいだけなんだからさ。友人だからって全てに従うわけじゃないでしょ?」
「それは、そうですね」
「でしょ? それに利益として考えてもここで2年Aクラスのリーダーである私と繋がりを持っておくのは良いことだと思わない?」
2年の中で最も優秀なクラスのリーダーにして生徒会の副会長。
その人物と交友を持つことは今回の試験でも、あるいは今後も有利に働くだろう。そのことを南雲先輩に理解させられる。
……確かに。参加する必要がないというのは早計だったかもしれない。
Cクラスのためを思うならばむしろ率先して参加すべきだ。眼の前のアイドルのことを知らなくたって構わない。仮に仲良くなったところで情に流されずに冷静にその都度判断すればいいだけの話。まさしくそうだろう。自分でそれが理解出来ているのなら……確かになんの問題もなかった。
「……わかりました。南雲先輩と普通に喋ればいいんですよね?」
「そうそう。理解してくれた? 参加してくれてありがとねー」
「ええ。ですが話と言っても何を喋ればいいか……」
「そこまで肩ひじ張らなくてもいいって。同じ学校の先輩後輩同士。普通に適当に喋ればいいんだからさ」
「……わかりました。努力はする、してみます」
──そうして俺は体育館の陰で南雲先輩と話をした。内容は互いの好きなこととかケヤキモール内のおすすめの店とか南雲先輩が去年入学した当初の話とかそういう感じ、だったはずだ。正直なところ話の内容は本当に取り留めのないものだった。そのせいかは分からないが、正直上手く話せたかどうかは分からない。
ただ数分のその出来事はあっとういう間だった。そろそろ戻らないとと話を切り上げた南雲先輩は再び体育館の皆の輪の中に戻っていく。別れ際に連絡先を交換し、また話そうと言われたがあの分ではただ話すだけでも順番待ちをする羽目になりそうだ。
「だが……話しやすい人だったな」
良い人、悪い人の判断はつかないが、話しやすい人だったことは認める。
その上明るく元気で容姿も優れている。アイドルのことは疎かったし興味もあまりなかったが、同級生が夢中になるのも分かるような気がした。
そんな時、体育館の中の横に長い受付のようなテーブルの上。南雲先輩のグッズを特別に販売してるらしい。
もっともそれは殺到する恐れもあるため抽選になっているが……そういえば1枚貰っていたことを思い出した。
「一応確認しに行ってみるか……」
先ほど南雲先輩に言われたこともあるし、自分でも理解した。参加するだけなら悪くはないし、少しだが興味も出てきた。グッズの中には南雲先輩が直接部屋から持ってきたらしいサイン付きのCD──ベストアルバムとやらがあるし、もし当たったならこの機会に1度聞いてみてもいいかもしれない。
もっとも当たる確率は限りなく低いだろうが……と、自分の番号である『66』を見てそう思う。
「66番の方~……! い、いますか~?」
……当たってしまった。
受付にいる黄緑髪の小柄な女子生徒が番号を読み上げている。確かに66だ。
……受け取りに行くか。
当たってしまったのなら仕方ない。どうやらそこまで高額というわけでもないようだし、せっかくの機会だ。購入して聞いてみてもいいだろう。
そう思い、俺は受付に近づく。そして番号札を見せながら──
「66番だ。これでポイントを支払えば──」
「ほらよ66だ。ポイントは振り込んでやるからさっさと寄越せ」
「──何?」
「あ?」
──だが俺が声をかけた瞬間、隣からも同時に66と書かれた番号を渡してグッズを受け取ろうとする男子生徒がいた。
こいつは確か……生徒会室で説明を一緒に受けていたDクラスの生徒か。
俺は相手の素性に気づく。確か宝泉と言う生徒だ。綾小路を退学させようとしているかどうかは分からないが、少なくとも今この場では関係ない。
そして俺が気付いたタイミングで向こうも俺に気付いたのだろう。目が合う。体格の良い生徒だった。背丈は俺より上か。身体は鍛えられている。その上で暴力的な気配を感じた。
「何だテメェ。どけや、殺すぞ」
「どけだと? 何故俺がどかなければならない」
「あ? テメェの目は節穴か何かかよ。66の札を持ってんのが見えねぇのか? 殺すぞ」
「おまえこそ耳が遠いようだな。俺の耳にははっきりと66と俺の持っている番号が呼ばれたのが聞こえた。おまえの番号は66でなく99の間違いじゃないのか?」
「マジで死ぬか? お? これのどこが99に見えるってんだ。いい加減にしねぇと本気で殺すぜ?」
見た目まんまの粗暴な口調でこちらを威圧してくるその生徒に、俺は一歩も退かずに視線を返す。
だが少し視線をずらして突きつけられた番号を見て一応確認した。……なるほど。確かに66に見えるが……。
どくつもりはない。だがここで喧嘩をするのは南雲先輩にも迷惑がかかる。ゆえに言葉でまずは決着をつけようとした。
「……おまえは南雲……先輩のファンなのか?」
「……テメェ、どうやら本気で死にてぇようだな」
「ファンではないんだな? ならグッズなど必要ないだろう。俺は南雲先輩に少なからず興味を持ってここに来た。俺の方が必要としている。だから俺に譲れ」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。俺は貰えるものは貰う主義なんだよ」
「……おそらくは受付の不手際だろう。手書きの番号なら同じ番号を続けて渡しても不思議じゃない。あるいはどちらかが99なのかもしれないが判断がつかない。ならより欲しい人が手に入れるべきだろう」
「クソみてぇな理論を持ち出すんじゃねぇよ。俺が寄越せって言ったら寄越せ。それとも本気で病院送りになりてぇか? 入学早々死にてぇって言うんなら止めやしねぇがなぁ」
「そんな脅しで屈するとでも思ってるのか? いいからさっさとどこにでも行け。ここは交流会だ。おまえのような粗暴な生徒には似つかわしくない」
「偉そうに仕切ってんじゃねぇよ。おまえ、俺が本気じゃねぇと高をくくってやがるのか? だとしたら教えてやる。次に俺を苛つかせたらどうなっても知らねぇからな。それが嫌ならさっさと消えろ」
さすがにこれだけの人数がいる場で即座に暴力を振るっては来ないのか、そんな風に忠告してくる宝泉。これが最後通告だと言わんばかりに。
だがそんな程度でどくわけがないし横暴を許すわけにはいかない。仮に喧嘩になったところで制圧は可能だと判断する。
「どくのはおまえの方だ、宝泉」
「ハッ、度胸だけはあるようだな。なら望み通りぶっ殺してやるよ」
「ひ、ひぃ……ああ、あの……ここで喧嘩は……」
暴力の気配が濃密になり、周囲に異様な気配が広がる。受付の女子生徒も怯えていた。……やはりこの場で騒ぎを大きくするのは得策じゃないが、そうも言ってられない。さっさと組み伏せて分からせてやろうと俺は俺でこの暴力的な男を力で制するつもりだった。
「──はい、ストップ」
「っ……南雲、先輩……」
「チッ……」
──が、その前に俺たちの前に割って入るように南雲先輩がやってくる。俺はバツが悪く名前を呼び、宝泉も南雲先輩が絡んでくるのは分が悪いと踏んだのか舌打ちをした。
「喧嘩は駄目だよー。ここは楽しい場だからね。で、千尋ちゃん。何があったの?」
「ば、番号が同じで……どっちが正しいかで揉めて……」
「あーなるほどなるほど。こっちの不手際なわけだ。ごめんねー。2人とも。補填としてもう一個あるからそれを後日あげるよ。それでいい?」
「俺はそれでも構いませんが……」
宝泉の方はそれで頷かないだろうと、そんな意味を込めての言葉だった。
「……ハッ……そっちの不手際だってのにその1つだけで手打ちするつもりか? それは運営として甘いんじゃねぇか? 南雲先輩よぅ」
「それじゃ写真も付けてあげる。──はい、笑ってー」
「っ……」
予想通りケチをつけた宝泉の言葉に南雲先輩は写真を取ることで補填としようと突然距離を詰めてきた。不意打ちの行動に身体が固くなる。笑ってと言われたが、笑えるはずもない。
「はい、チーズ!」
ゆえにそのまま写真を、南雲先輩とのツーショットを撮られてしまった。いや、別に嫌ではないが……問題は宝泉の方だった。
「宝泉くんは写真より別の物の方がいいかな? 良ければ後で送らせてもらうけど」
「……ああ。それで構わねぇぜ。貰えるもんを貰えるんなら文句はねぇよ」
「そっか。それじゃ先にサイン付きCDあげるね。──宇都宮くんは後ででも大丈夫?」
「……ええ。大丈夫です」
「ごめんね。無駄に喧嘩になるようなことさせちゃって。宝泉くんも、はいどうぞ」
南雲先輩は1度俺に断りを入れてからサイン付きCDを宝泉に手渡す。何か文句を言うと思ったが、黙ってそれを受け入れた宝泉は無言で背を向けて体育館からゆっくりと出ていった。その際に、1度だけ背後に視線を送って。
「うーん。この辺はもっと調整した方が良かったかな。とりあえず宇都宮くんはどうする? このまま参加してく?」
「……いえ、せっかくですが俺はこの辺で。騒ぎを起こしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいよいいよ。こっちも悪かったしね。それじゃまた話そうねー」
「はい」
不手際があったとはいえ騒ぎを起こしてしまった以上はここに居続けるのもバツが悪い。俺は宝泉に続いて体育館を後にする。少々惜しいが、南雲先輩のCDは後からくれるらしいのでそれはいい。
だが気に入らないのは宝泉だった。最後の視線も言外に、いずれ殺してやる、と言っていた。
まず間違いなく宝泉はこの先、1年生の競争に争いに暴力を持ち込んでくるだろう。俺は教室へと戻りながらその対策を考える。あの宝泉なら綾小路の退学も実行するのに躊躇いはないだろうな。
「──どうしたの? 宇都宮くん。難しそうな顔して」
「椿か。いや……少しな」
「? よく分かんないけど考えてくれた?」
「……まだ保留中だ」
そしてその道中で交流会に参加していないのか、自販機の前で適当にたむろしていた同じクラスの椿桜子に出会い、改めて催促されるも返事を保留にする。南雲先輩と話をして余計に迷ってしまった。果たして、綾小路を退学させようとすることは本当に良いことなのか。
だが綾小路の件は別としても、宝泉とはまたいずれ対立することになるだろう。俺は早速送られてきた南雲先輩と自分の写真を見ながら、なんとなくそんな予感を感じた。
ということで宇都宮と宝泉の回でした。次は天沢か石上かその辺かもしれないし、一旦綾小路かもしれない。ということで次回をお楽しみに。
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