2年生になって最初の特別試験が発表されて3日目。
全体で4割以上の生徒がパートナーが決まった。
その中でも私の指揮するAクラスは既に32人もの生徒がパートナーを決めていた。しかも学力の低い子は早々に学力AやBの1年生と組ませて安全を確保していて、残っているのは最低でも学力C以上の生徒だけ。
この分なら私たちのクラスは試験までの間を勉強に費やすことが出来るだろう。残り9人の生徒も学力に不安のある子はいないので決めることは難しくない。今日か明日。遅くとも金曜日までには全員パートナーを決めて1年生の奪い合いからは早々に足抜けさせてもらうつもりだ。
やっぱり昨日の石上くんとの話し合いが良かったね。こっちの学力の低い生徒を向こうの学力の高い生徒と組ませられたし、反対にこっちの学力の高い生徒と向こうの学力の低い生徒。それでいて身体能力や機転思考力などの部分でOAAが高い生徒とパートナーを組ませて繋がることも出来た。
まあ1番でかいのは石上くんと繋がりが出来たことだけどね。しかも秘密裏に。向こうもそれを気にしてるのか放課後に態々1年Aクラスの高橋修くんを寄越してそれで交渉が決まったことを演出してきたし、石上くんの連絡先も後で友人に聞いたのか私に直接連絡が来た。ここまでやるということは石上くんの良き関係を築くよう努力するという言葉は嘘じゃなかったのだろう。味方として互いに協力出来ることはしようという意思表示を感じる。完全に胸襟を開くことは出来ないけど無関心だと全く相手にしないだろうし上出来だ。
なので試験についてはそこまで心配していない。実際1位を取るつもりもないし、個人成績は狙ってもいいし個人的に学力は高めておこうかなと思ってるけどクラスとしては最下位でも構わない。たまには下位クラスにも花を持たせてあげないとね。考えてた戦略もボツになっちゃったし、今回は本当に大人しくしてるつもりだ。
ただその代わりに観察と理解。そして布石に集中しようと思ってるけどね。
入学式があって新入生160名が入ってきたことは私にとってかなり重要な出来事だ。
当たり前だけど1つの集落の中に人間が新しく160人も入ってきたら環境も変わる。これまでそこにあった人間関係が一部変化する。
今の2年生や3年生は新しい後輩がやってきたことで更に先輩らしくなるし、後輩と接することで自分の中に変化が現れるかもしれない。1年生たちもどういう人物が入ってきてクラスや学年全体、上級生も含めてどういうコミュニティを築いていくのか。
まあ端的に言うと私のルーティンが激忙しいってことだ。
なので私は去年の一学期にやったように新一年生を中心にコミュニケーションを取ることにしていた。交流会を開いたのもその一環。おかげで私の存在を知らしめることが出来たし、連絡先も大量にゲットした。
しばらくはこの連絡先とOAA。そして私の頭の中のデータとにらめっこしながらそれらを更新していく必要があるだろう。つまりは1年生たちと遊びに行ったりする。頼れるアイドルの先輩をするのも楽じゃないんだよね。
まあ私の下位互換の桔梗ちゃんみたいに一々秘密を聞き出すほど親密になる必要は私にはないとはいえ、仲良くなっておいて損はない。直接接した方が理解が早くなるのは確かだからね。
──と、そう思いながらも私の頭は昨夜に自室で調べた情報のことでそのリソースの大部分を使っていた。
「南雲先輩。書類を入れるファイルはどれがいいですか?」
「やっぱり多めに買っといた方がいいですかね?」
「んーそんなに多くなくていいかな。おっきいリングファイルを2つで。去年までなら紙の書類も多かったけど今年からはデジタル化で書類もそのまま端末とかUSBに保管するようになったからねー」
「なるほど。ではこの後は家電量販店の方に?」
「むしろそっちの方がよく利用することになるかもねー。コピー用紙とUSB。後は加湿器も新しくするし、コーヒーメーカーも古くなってるからそっちも新しく選ぼうかな。後はタブレット用スタンドとキーボード。それと生活用品店でアロマデュフューザー買うでしょ。ティーポットとカップに茶飲み茶碗も人数分買ってー。茶請けのお菓子もスーパーで買おっか。それとウォーターサーバー用の水ね。全部すぐに持って帰るから大変だとは思うけど荷物持ちお願いねー」
「に、荷物多くないですか?」
「お、思ったより本格的な買い出しですね……僕は腕力には自信がないんですが……」
「お願いねー。これも生徒会の大事な雑務だからさ」
「が、頑張ります!」
「わ、分かりました。なんとか運んでみます」
「頑張ってねー。終わったらご褒美も上げるからさ」
と、私は表で会話をしながら思考を回す。因みに今は生徒会の業務中。新年度に入って生徒会も1年生の募集を行い、そこで入ってきたのがここにいる八神くんと波田野くんだ。八神くんは1年Bクラスで波田野くんは1年Cクラス。どっちも学力Aの優秀な子だね。
私はその新人2人を連れて生徒会の備品の買い出しのためケヤキモールまでやってきていた。副会長直々にね。帆波ちゃんと隆二くん。後は3年生の生徒会役員の人たちが代わりを申し出てくれたけど私としては1年生と出来るだけ交流したいし、副会長として備品の管理もしっかりやっておきたいからそれを断った。私が生徒会長になった時を考えて今のうちに色々揃えておかないとね。
そして1年生の2人に関してもある程度理解は進んだし、特に八神くんの方は1年Bクラスの代表者としてやってきていただけに色々と気になる子だ。人当たりが良い優秀な生徒であの桔梗ちゃんや鈴音ちゃんと同じ中学だったらしい。そういう意味でも聞きたいことはいっぱいあるし、重点的に見てはおきたい。
後は中性的な容姿が評判らしいけど私はそっち系の容姿は個人的にあんまり好きじゃないので一定の評価はするけど少し辛口になっちゃうんだよね。76点かな。
……とまあアイドルの勘的に少し「ん?」って思う部分はありつつも八神くんのことは1度置いておく。関連する可能性は0ではないとはいえ、今気になるのは昨日新しく情報が更新された綾小路くんの方だ。
石上くんと隆二くんが知り合いだって聞いて連想して綾小路くんも知り合いだったりするんじゃないかって一応聞いてみたらまさかの大当たり。綾小路くんの父親らしき人物が判明した。
名前は綾小路篤臣。元市民党。現在は共栄党に所属している元国会議員。7年前に衆議院選挙で落選。出身は熊本県阿蘇市。最終学歴は高卒で、出身校は──などなどネットで一応一通りの情報は洗ってみたが、そこまで深い情報はない。内閣や党で要職に就いていたわけでもないっぽいからそれもさもありなん。
ただそれにしては隆二くんや石上くん。有栖ちゃんの実家と繋がりがあるのが少し妙だ。国会議員と一口に言ってもその大半は地方のそれぞれの選挙区で多少有名なだけの木端議員──というのは言い過ぎかな? で、その支援を行っている会社や組織も地元系列のものだが、綾小路くんのお父さんは自身の後援会──まあ平たく言うとお金を集めるためのパーティを何度も開催していて、石上グループや神崎エンジニアを含む大手企業とも懇意にしている様子。党内で重要なポストに就いていたわけでもない政治家にしては周囲の人間が妙に大物なのはそれほど優秀なのか、何か能力あるのか、目をかけられていたのか。石上くんが慕っていたり、隆二くんがすごい人物だと尊敬? 畏怖? してるところから推察するに何かしらの長所は間違いなくある人物なんだろうけどそこはまだ不明。
ただネットにある顔写真を見て驚いたのは、私が以前、この学校の敷地内で見たことのある人物だったからだ。
昨年の12月。綾小路くんと龍園くんが学校の屋上でやり合った一件の少し前に校舎の中で見かけた大人。見たのは一瞬。後ろ姿と横顔だけだが、間違いなく綾小路篤臣その人だ。
だから少しだけ理解るが、あの時感じたのは私が芸能界で見てきた悪い大人の空気だった。欲と野心に塗れた相手。それだけに見かけてもあまり声をかける気にはなれなかったけど綾小路くんのお父さんでしかも政治家だったとは。それなら声をかけておけば良かったと少し後悔。実際に話してみればもっと色んなことがよく理解っただろうに。
だが直接言葉を交えなくても推察は出来る。あの時、綾小路くんのお父さんが学校にやって来た理由はよく分からないが、国会議員でなくなった今でもこの学校に出入り出来ることからそれなりの権力は今も持っていると推測出来るし、有栖ちゃんのお父さんとも懇意にしている可能性も高い。
ならやっぱり綾小路くんと有栖ちゃんが知り合いなのは幼い頃に出会っていた幼馴染だった──というのがもっとも自然ではある。隆二くんはその存在を知らなかったし、石上くんは分からないけど少なくとも息子の存在は公にしていなかったのかな。そこも少し不思議ではある。パーティに連れてこないのはまだしも息子の存在を周りが知らないってのはありえるのだろうか。プライベートを完全に秘密にしているのかな? そんなアイドルじゃないんだから家庭の存在はむしろ政治家としてクリーンかつ家庭的なイメージの現れとしてプラスになりそうなものなんだけどね。何か明かせない事情でもあるのかと邪推してしまう。
そして何はともあれ綾小路くんは政治家の綾小路篤臣の息子と判明した訳だけど、そこから考えられる環境もまた難しい。親が政治家ということはそれなりに裕福な家庭であったことは想像出来るけどそれにしては物に頓着しない。趣味の1つもない。コミュニケーション能力も低い。俗世間のことをあまり知らない。
そこから察するとすれば、かなり教育に厳しい家庭と言ったところか。幼い頃から勉強から運動まで習い事を幾つも掛け持ちして厳しい教育を施されていたのかもしれない。
しかしそれにしては球技は初めて行ったかのようだったし、芸術関連における習熟度は低い。……運動の方は身体を鍛えることや武道の方に重点を置いて習い事は家庭教師などを雇っての座学を中心。幼い頃から友達もおらず、周囲との関わりは仕事で忙しいため滅多に会うことのない父親と習い事の教師に家政婦だけ──そんな想像をしてみるが、納得出来るようで出来ないような感覚だ。
綾小路くんはどう考えても普通じゃない。だからこそ本当にたったそれだけの環境まであの域まで達することが出来るのか? たった1人で習い事を続けるだけで? そんな疑問がどうしたって湧き上がる。
私も家はそれなりに裕福で習い事もやってたけどあのレベルではない。特に腕っぷしはアイドルになってから出会った柔道の金メダリストとか合気道の伝説的な達人とかそういう人たちに匹敵する技術を持っていて、それ以外にも複数の武術を習っていた形跡もあった。
……あらゆる武術の達人を密かに招集して最強の達人を生み出そうとしてる、とか? いやいやそんな史上最強の弟子ケ◯イチじゃないんだから……。
私は馬鹿げた想像をして笑いかけるも、綾小路くんが対象なせいで内心は全然笑えない。これが漫画なら楽しいだけで終わるけどリアルにそんな漫画みたいな人物がいたらヤバいからね。しかも武術だけじゃなく頭のキレも優れてるし、多分勉強の方も本当はめちゃくちゃ出来るんだろうし。
……やっぱり考えても完璧な理解までは至らないね。近いところまで来てる感覚はあるけど後一歩か二歩くらい足りない。
ただその欠けたピースに繋がる可能性。その判断材料になり得るかもしれないものはある。
「八神くーん」
「? 何でしょう南雲先輩」
「綾小路くんって知ってる?」
買い出し中。私は携帯を確認すると、少し間をおいて不意に近くにいた八神くんを呼びつけて質問をぶつけてみる。
そうして何気ない笑みのまましっかりと八神くんの反応を見続けた。YESかNOか。どっちにしろ私には理解るものがある。
それを期待しての質問に八神くんは一瞬、驚いたような表情を見せた──が、それは不思議ではない。何しろ八神くんは綾小路くんのことを知っている。入学して間もない時に月城理事長代理と雅兄と私の前で彼を退学させる特別試験の説明を受けているのだから。
「えっと……綾小路先輩、ですか?」
「そうそう。2年Dクラスの綾小路くん。会ったことあるかな?」
私がそう聞けば八神くんは更に困惑したように見えた。あの試験のことは他言無用。それなのに、どうしてこんな場で話すのかという意味の視線だ。波田野くんは今はお手洗いで少し離れているとはいえ、近くで誰が聞いているかは分からない。だからこそ八神くんは反応を迷わせたが、やがて回答の仕方を決めたのだろう。今気付いたかのようにこう答えた。
「2年Dクラスの綾小路先輩……あ、もしかして……」
「やっぱり知ってる?」
「話したことはないので知ってるとは言い難いですが、はい。昨日の昼休みにパートナーを探しに2年生のフロアに行ったんですけどその時に櫛田先輩に会ったんです。その時に近くにいた生徒が確か綾小路先輩だったような……?」
なるほど。どうやら八神くんは昨日の昼休み。私たちが石上くんと秘密裏に会っている間に綾小路くんと会ったんだね。
報告だと昨日の昼休みは1年Dクラスの宝泉くんと七瀬ちゃんが現れて一悶着があったみたいだけど……ふむふむ。八神くんと桔梗ちゃんはそこで会ったと。ついでに綾小路くんも。
「えっと……南雲先輩。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「いやちょうど見かけたからね。話しかけに行こうと思ってさ──ほら」
「え? ……あっ、本当ですね」
私の視線の先を八神くんが見て気づく。日用品を扱うお店である『ハミング』という店の中に綾小路くんともう1人の赤い髪の女の子の姿があった。
「南雲先輩目が良いんですね……僕、気付きませんでしたよ」
「視力は2.0だからねー。それでどうする? 知ってるなら一緒に話しかけに行こっか?」
「……いいえ。せっかくですが、やめておきます。波田野くんを置いてけぼりにするのも悪いですしね」
「そっか。それじゃちょっとここで待ってて。一声挨拶してくるから」
「はい。わかりました」
八神くんは私の誘いに乗らずにここで波田野くんを待つことを選択した。
私は八神くんに背を向けて綾小路くんと1年生の女の子に近づいていくが……頭の中では少しずつ理解が進んでいた。
……どうにも匂うんだよねー。今年の1年生はさ。
綾小路くんを何故か退学させようとしている月城理事長代理。
その月城理事長代理が就任してから入学してきた新一年生に、その中の選ばれた6人の生徒。
綾小路くんのお父さんが昨年末にこの学校にやって来たことまで含めて全てが繋がっているように思える。
──もしかして真に綾小路くんを退学させたいのって
だとしたら……いや、どちらにしても私的には困る。
もちろんそこらの1年生に綾小路くんが退学させられるとは思ってないし、なったらそれはそれで残念ではあるから手伝うのもどうかと思ったけどね。
ただ学校側が仕掛けてるとなると幾ら綾小路くんでも理不尽かつ不利な戦いを強いられるだろうし、ちょっとくらいは手伝ってあげようかな。月城理事長代理は私にとっても少し鬱陶しいし。
場合によってはその1年生にはご退場頂かないとね。石上くんにはあまり1年生を巻き込まないで欲しいとは言われたし、ある程度自重はするつもりだけど向こうから仕掛けてくるなら容赦はしない。
綾小路くんは私の先生なんだからちゃんと理解するまではいてもらわなきゃ困る。ということで一方的に手伝わせてもらうよ。綾小路先生♪
オレがこの学校に入って1年が経ち、2年生に進級して僅か数日。
新入生が入学し、その中にオレを退学させようと目論むホワイトルームからの刺客が1人いると月城から伝えられたオレは本来ならそれほど苦労するはずのない特別試験をどう対処するかで頭を悩ませていた。
1年生とパートナーを組む必要のある今回の試験では総合点で500点以下の点数を取ることで2年生は退学となる。
1年生は3か月間のプライベートポイントの振り込みが行われなくなるだけで済むが、意図的に点数を減らしたと判断された場合は退学となる。
だからこそ一見して点数を減らすことなど出来ないように見えるが、ホワイトルーム生にとってはそれはデメリットになりえない。道連れだとしても退学させることが出来ればいいからな。
そのためホワイトルーム生とパートナーを組んでしまった時点でオレは退学を免れないだろう。パートナーは慎重に見極めてから組む必要がある。
そしてそれだけでなく、Dクラスの生徒として堀北に協力することもある程度は求められていた。
2年生のクラス間の争い。そこで問題なのはDクラス以外の3クラスが早々に戦略を決定していることだ。
オレは思い出す。特別試験が告知されて初日の放課後には早速2年Aクラスが仕掛けていたことを。
『──なので時間に余裕がある人も余裕がない人も是非遊びに来てね! 皆も知ってる大人気アイドルグループ『ALIVE』のリーダー、南雲麗ちゃんとの握手会──なんて大それたイベントじゃないけど、普通に私ともお喋り出来るし握手も喜んでしてあげるよ! あ、でもサインは有料ね。私率いるAクラスが懇切丁寧にこの学校のことから敷地内での人気のお店やスポット。今回実施された特別試験のことまで教えちゃうから是非とも本日の午後4時からの交流会に参加してね。是非ともお待ちしてまーす!』
『交流会……南雲さんは自分の知名度を利用して1年生たちを集めるつもりね。その上で信頼関係を築けばパートナー探しにおいて優位に立てる。よく考えられてるわね』
最初に放送を聞いた時は堀北も難しい顔をしながらも2年Aクラスの戦略に感心していた。
その上で放課後に体育館に向かってみれば──
『すごい盛り上がりね……』
『列まで出来てやがるぜ。……南雲麗と交流。握手会?』
『如何にもアイドルらしい催しになってしまっているけれど……その上でAクラスの生徒はそれぞれ1年生に話しかけてるし、その多くは南雲さんに夢中。これは声を掛けるにしてもきちんと話をするのは難しいかもしれないわね……』
交流会の様子を見に来た堀北の感想がそれだ。オレとしても興味深い。知識としては理解していたが、アイドルの人気──いや、南雲の人気は想定以上だった。
この学校に入学したばかりの新入生たちはその大半が南雲のファンか、芸能人を見に来た野次馬と化している。熱狂、とまではいかないがそれに近い状態だ。
これでは堀北たちが声をかけたところでまともに話をすることは難しいかもしれない。
とはいえ学力の高い生徒もいることから一応は様子を見たが、社交性でオレたちがAクラスに勝てるはずもなく、オレたちは程なくして体育館を後にした。
どうやら南雲は新入生と信頼関係を結ぶところから始めるようだが、それを真正面から受け止めるにはオレたち2年生は南雲のことを理解しすぎている。
『麗はまず1年の情報でも集める気なんだろう。一之瀬ならともかく、あの女がただ勝負を捨てる選択肢を選ぶはずがねえ。勝負を捨てると見せかけて刺してくる可能性も考えておかねえとな』
『あなたに言われずとも分かっているわ。南雲さんもあなたも坂柳さんも。全員のことを注意すべきだってね』
『さすがにそれくらいのことはもう学習してるか。まあ精々気をつけるんだな。麗もそうだが坂柳の奴も馬鹿じゃねぇ。必死に他のクラスを攻めてくるだろうからなあ』
と、そう言ったのは同じく交流会の様子を遠巻きに確認しに来ていた龍園だ。
龍園は龍園で学年末の試験で2年Bクラスに上がったことで表向きにもリーダーとして復帰し、狙いを南雲や坂柳に向けているようだった。坂柳のクラスから移籍してきた葛城も龍園に付いてきており、既に参謀としての立ち位置を確立しているようだ。
『無用な挑発はやめておけ』
『クク、何だ葛城。もういっちょ前に参謀気取りか?』
『参謀を気取っているつもりはない。同じクラスの一員として言うべきことを口にしているに過ぎない。他クラスとはいえ無用に敵を作る必要はないだろう』
『ま、別に構わねぇがな。そういうことだ鈴音。葛城に免じて今回はこのくらいで勘弁してやるよ』
『勘弁してやる? 別に何かされたつもりはないけれど、挑発するならもう少し的確な言葉を選ぶことね』
『クク、そいつは悪かったな』
堀北の冷静な対応を見て龍園は不敵な笑みを崩さないままその場を去る。
そして残った葛城は堀北やオレたちに詫びの言葉を口にした。
『すまなかったな。少々口が過ぎたようだ』
『葛城くん……話には聞いていたけれど本当にあなたがクラスを移るなんてね……』
『信じられないのも無理はない。以前の俺なら到底受けることはなかっただろうからな』
そう言う葛城の表情は険しくもなく普段通り。いや、むしろ坂柳のクラスにいた頃よりも穏やかに感じられる。一時期はかなり肩身が狭そうにしていたからな。
他クラスから移ったことや特別試験のこともあって厳かなのは変わりないとはいえ、龍園の誘いに応じたことは葛城にとっては悪くない変化をもたらしている。
『俺はもう行く。また龍園が無茶なことしでかさないとも限らないからな』
そして葛城もまた龍園を追いかけてその場を後にする。
龍園に葛城。その2人が同じクラスとしてリーダーと参謀という位置に収まっていることに対して堀北は脅威に感じたのだろう。『Bクラスは侮れないわね』と言葉にしていた。
今後は龍園の非情な思考に葛城の進言が加わることでBクラスの戦略は更に磨きを増すことになるだろう。オレとしてもBクラスの動きは気になるところだ。どうやら既に戦略を定めているらしく、交流会を終えてから次の日には数組のパートナーを組むことに成功していた。
だがそれでも交流会の影響か既にクラスの半分以上の生徒がパートナーを決めている2年Aクラスや、同じくそれに次ぐ速さで1年生を獲得している2年Cクラスよりは動きは遅い。
その2年Cクラス。坂柳のクラスだが……生憎と坂柳と接触することはなかった。
とはいえ卒業式の日に1度会っているし、その際にホワイトルームのことや月城のことについて話もしたし、オレが勝負を避けた理由も想像がついているようで『酷い人ですね。ですが今回は色々と状況が複雑のようでしたし、勝負はおあずけにしておきましょう。私もあなたとの勝負の前に体制を立て直す必要がありますからね』とそう言っていた。
坂柳は決して能力が低いわけではない。オレが態々言葉にせずとも言いたいことは理解しているだろう。
それもあってか、試験が通達されて3日で1年生の学力B以上の生徒をCクラスは10人以上確保していた。
その理由はおそらくプライベートポイントを使った交渉だろう。今はCクラスに落ちたとはいえ元はAクラスで学力の高い生徒も多く、また貯め込んでいるプライベートポイントもそれなりにあるはず。そのポイントを使えば生徒の獲得も難しくはないし、逆も然り。多くの1年生にパートナーを組むことを抑制させることにも繋がる。
1年Dクラスが交渉の際に100万という金額を提示してきたこともあり、1年生の中でも上級生。正確には現2年生は多くのポイントを保有しているらしい噂が回っているのかもしれない。
そしてそれは2年Dクラスにとっては逆風だった。マネーゲームを仕掛けられてはDクラスでは他クラスに太刀打ち出来ない。
堀北も2年生の廊下にやってきた宝泉という生徒を見てから早々に1年Dクラスに目を付けたようだが、早くも出鼻をくじかれた形だ。
それでも交渉はまだまだこれからだと堀北は手段を模索しているところだが……そんな折に学力E評価の須藤のパートナーとして立候補した1年生が声を掛けてきた。
「──あ、見てみて先輩! 最新のホームベーカリーだって! これも買っていい?」
……それが今、料理が上手な男が好きという謎の理由でオレに試験を与えている1年Aクラスの生徒。天沢一夏だ。
見た目はギャルっぽく明るい女子だが、学力はA判定。須藤が退学を避けるにはうってつけの相手であり、パートナーを組む条件として最初は喧嘩の強さを要求。その次は料理の上手い男なら良いと試験を受けることになった。
そして須藤は料理が出来ないため、堀北の機転もあってオレが代わりに料理上手という設定を追加され、それに臨むことになったのだが……買い物の時点でベティナイフやら泡だて器やら調理器具を大量に買わされてプライベートポイントを消費させられていた。
おかげで通りがかった生徒や店員に見られているが、ポイントの消費も含めて割り切るしかないか。
「パンを作らせる気か?」
「さーてどうかなー? それで買っていい?」
「勘弁してくれ。さすがに持ち合わせが厳しい」
最新機種だけあって4万ポイント近くする。
それで確実にパートナーを組んでくれるなら出す価値もあるかもしれないがその保証がないなら
「えー? 今の2年生って結構ポイント貯め込んでるって聞いたけど? 先輩ってもしかして貧乏?」
「他の2年がどうだかは分からないが少なくともオレは懐に余裕があるわけじゃない。貧乏と言われても仕方ないかもな」
「そっかそっか。安心してよ先輩。さすがにこれは冗談だからさ」
ということは他の物は全部買わせるということか……やはり痛い出費だが仕方ない。
いたずらっぽく笑みを浮かべる天沢にオレは仕方なくついていくことにした。
「──まあパンはしっかりとオーブンで焼いた方が美味しいからねー」
「……南雲?」
天沢と共にレジへと向かおうとした時。背後から聞き覚えのある声が聞こえたため振り返る。
そこにいたのは2年Aクラスのリーダー。南雲麗だった。
ついこの間も交流会で姿は見たが、その時は1年生に囲まれていたため話をすることはなかった。相変わらずの芸能人らしい存在感。髪も切ったことで1年の時よりも更に魅力が引き出されているように感じる。
「あ、南雲ってもしかして南雲麗? アイドルの」
そして唐突に声をかけてきた南雲に天沢が思い出すように反応する。
すると南雲はにっこり笑顔を浮かべた。交流会で見せていた笑顔と同じ。入学したばかりの新入生に心から親切に接する頼もしい先輩の姿で。
「あはは、その南雲麗であってるよ。やっほー綾小路くん。そっちは確か……1年Aクラスの天沢一夏ちゃんだったかな?」
「うわーやっぱそうなんだ。あたしアイドルとか興味ないけどクラスの皆が話してましたけど……ってなんであたしの名前知ってるんです?」
「1年生の顔と名前はチェックしてるからね。それに交流会で見なかった子だから気になっててさ。OAAで結構可愛くて学力高い子がいるなーってね」
「あーなるほど。確かにあたしは可愛いし学力も高いんで調べる人は調べますよねぇ。それにしても……うわぁ、間近で見ると可愛いし、おっぱいもでかくてさすがアイドルって感じですねー」
話しかけてきた南雲を天沢は爪先から頭の天辺までを眺めて、へぇ~、と感心したような声を出す。
「……ちょっと触っていいですか?」
「もちろん……駄ー目♡ そういうスキンシップは友達になってちゃんと仲良くなってからだね」
「そっかー。残念ですー」
触っていいというのは恐らく胸のことだろう。それを聞いて南雲は先ほどよりも満面の笑みで少し溜めて拒否を提示する。女子同士とはいえ南雲はアイドルの矜持なのかそう簡単に距離の近いスキンシップは許さないようだ。
それを聞いて天沢も諦めたように分かりやすく肩を落としてみせたが……。
「──なーんて。やっぱ触っちゃお。えいっ」
突然の移り変わり。諦めていたように見せかけていた天沢が復活し、南雲の胸に向けて手を伸ばす。
いたずらしなれているのだろう。それほど動きが素早いわけではないが、不意打ちとしては満点だった。
それだけに南雲も不意を突かれたように見えたが。
「だから駄目だって」
南雲はその天沢の不意打ちに反応し、伸ばしてきた手を逆に掴み取る。
その反応速度にオレも舌を巻く。天沢も驚いていた。
以前に対峙した時に確認したが、南雲は反射神経や動体視力に優れている。それと防御面における技術と判断の良さは過去に見たホワイトルーム生と比べても遜色ない。
あるいはセンスのみなら上回っているだろう。そんな南雲に、おそらくは一生徒であると思われる天沢が不意打ちを仕掛けても触れることは出来ない。
「びっくりしたー。反応早くないですかぁ? まさか止められるとは思いませんでしたよ」
「こういうドサクサに紛れて痴漢しようとしてくる人から身を守らないといけないからねーアイドルは。……それより天沢ちゃーん? 悪戯好きなのは良いけどね。初対面の先輩の言うことは聞かないと駄目だよ?」
「あはは、ごめんなさーい。やっぱほら、アイドルとか芸能人ってテレビとかで見てた分距離が近くなるのとかないですか? 面識がないから逆に呼び捨てにしちゃうみたいな。でも言われてみれば確かに失礼でしたね。次からは気をつけますね、南雲先輩っ」
「あはは、全然いいよいいよ。こういうのは慣れてるからねー」
天沢は軽く謝罪し、南雲もまたあっさりと初対面での後輩からの無礼を許してみせる。互いに笑顔で握手し、和やかに会話をする2人は一見して波長が合うように見えるが……なぜだろうか。むしろ相性が悪そうにしか見えないのは。
「それより南雲先輩は綾小路先輩に何か用ですか? あたしたちはこの後ちょっと用事があるんですけど、何かあるならあたしは失礼しましょうか?」
とはいえ天沢の方はさすがに先輩を立て始めた。本当に少し悪いと思っているのだろうか。先ほどとは打って変わって丁寧に。少しバツが悪そうに笑顔で用件があるなら遠慮すると申し出る。
「いやいや、ちょっと買い物中に見かけて声を掛けただけだから気にしないでいいよ。この後は部屋で料理でもするのかな? 綾小路くんも隅に置けないねー。こんな可愛い後輩を早速部屋に持ち帰るなんてさ」
「そうなんですよー。綾小路先輩ってばこんな草食系どころか絶食系男子みたいな雰囲気ですっごい手が早くて。料理を振る舞うから部屋に来ないかってナンパされちゃいまして。これからお持ち帰りされるところです」
「うわーそれやばいね。大丈夫天沢ちゃん? そういう感じになったらちゃんと断らないと駄目だよ? 綾小路くんってこれで結構むっつりだからさ。私とか天沢ちゃんみたいな今どきの感じでスタイルの良い娘がタイプなんだって」
「わっ、それやばいですねー。確かにさっきから綾小路先輩の視線が私のお尻を追っかけてるように感じたんですよね。やっぱあれってそういうことだったんだ。やらしー」
相性が悪いと思った自分の判断をすぐに撤回する。
少し距離を取り、ひそひそと内緒話をするように2人してこっちをニヤニヤを見ている南雲と天沢はまさに今どきの派手目の女子の会話という感じで明らかにこちらをからかっていた。ナンパをしたつもりもなければお持ち帰りをするつもりもない。視線を際どいところに送った覚えもないし全て濡れ衣だった。
「──ま、なんで料理することになったのかは知らないけど気をつけなよ? 私はもうそろそろ行かなきゃだから何かあったらすぐに連絡して。はい、私の連絡先」
「わっ、ありがとうございますー南雲先輩。さっきは失礼しちゃってごめんなさい」
「いいよいいよー。これからよろしくね。それじゃ私はこれで。綾小路くんも、女の子を誑かすのも程々にねー」
「こちらこそよろしくお願いしますねー」
「……ああ。またな南雲」
だがからかいも程々に終えると南雲はいつの間にか天沢と仲良くなったのか互いに連絡先を交換して笑顔で手を振りあって別れを告げる。オレも一応挨拶はしておいた。
そうして南雲は店から出ていった。天沢はそれを見届けてからこちらにその印象を口にする。
「なーんだ。アイドルって聞いてたからもっと裏がある感じかと思ってたけど良い人だね、南雲先輩って。素で魅力的って感じだし親しみやすかったなぁ」
「まあ……あれが平常運転なのは確かだ」
「飾らない魅力って感じだね。アイドルには興味なかったけど連絡先も貰ったし、波長も合いそうだから仲良くなれそうかも? 後で連絡してみよっと」
「ああ。良いんじゃないか」
実際、天沢が不意打ちのスキンシップを仕掛けて阻止された時は互いが主導権を握り合おうとする性格なせいか少し相性が悪そうに感じたが、天沢が謝罪して南雲がそれを許してからはすぐに距離を縮めていて天沢が言うように波長が合いそうだった。
「何なら先輩がもしあたしの合格点に満たなかったら南雲先輩にパートナー組んでもらえないか相談してみよっかな」
「……そうならないように努力させてもらうつもりだ」
「頑張ってねー。まあでも南雲先輩はあたしと違って友達も多そうだし新入生の知り合いも多いだろうし、学力も高いからあたしと組んでくれる可能性は低そうだけどね。もし不合格でも組むのは他の男子になりそうかな」
南雲が引く手数多というのはそうだろうな。南雲のOAAの学力はA評価の中でも高く、学年でトップクラス。
その上でAクラスのリーダーで生徒会の副会長。そしてアイドルという知名度の高さと分け隔てない言動も相まってパートナーを組むのに全く困らない生徒だろう。
それでも未だパートナーを組んでいない理由は不明だが、南雲の性格や好む戦略の傾向から察するに1年生の中で有能な人物や使える生徒の絞り込みと理解に努めている段階なのかもしれない。
そうしてレジに思いながら南雲のことを考え、そこでオレは更に踏み込んだことを思う。
南雲の洞察力。人間への理解力。人間の心の真贋を見抜く能力は高い。
あるいは南雲であれば1年生の中で誰がホワイトルーム生なのか見抜くことも可能なのではないかと。
……いや、やはり駄目か。
幾ら南雲でも現段階で100%の白を暴き出すことは難しいだろう。精度を高めるにはホワイトルームのことを諸々全部説明して理解させる必要があるし、様々なリスクの観点からそれは出来ない。
教えたところで確実に判別出来る保証はない。精々1年生の中で怪しい生徒と怪しくない生徒を幾人かピックアップする程度。
しかし南雲は月城からオレの退学を頼まれていた。そのためオレの知らない情報を持っている可能性があり、それを入手出来れば1年生の絞り込みもかなり捗るだろうがそれもまた確実なものではない。
それに南雲には出来ればあまり情報を与えたくはない。
だがそれは南雲に情報を握られることが嫌というわけではない。理由としては南雲の成長のためだ。
オレがこの1年で見てきた人物の中で成長を特に期待出来る相手は何人かいるが、南雲はその中でもオレを特定の能力で上回る可能性のある相手。
あるいは現時点で人間への理解力。経験値という点では圧倒的にオレを上回っており、そのデータ量から考えると洞察力という点で競うならかなり分が悪い勝負になるだろう。少し方向性は違うとはいえ、オレが見据える目的の先達というだけはある。
だがそんな南雲でも未だ成長の途中。そのためにはある程度の謎を。能力に見合った課題を用意しておくのがいい。
即ち──オレという人間の理解。
それが真の意味で果たせた時。それは南雲という人間がオレを上回ったことに他ならないだろう。
あるいはそれが難しくとも、何も関係のないところからホワイトルームのことやオレのことをある程度把握。推察することが出来るならそれだけでもかなり上出来だ。
ゆえにオレは期待していた。龍園や坂柳。一之瀬や他の生徒とはまた違った可能性。成長を南雲からは見ることが出来るかもしれないと。
麗ちゃんと天沢のひそひそ話はきっと挿絵部分。パートナー筆記試験編は次回で終わりかな。正直無人島試験までは布石回みたいなものなので和やかで和気藹々とした展開が続きます。次回は試験結果とか色々。次回以降は生徒会や兄妹対決や無人島グループ決めとか色々あるのでお楽しみに。
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