ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドルに恋愛はご法度

 私はクラスに迷惑をかけた。

 1年生最後の特別試験。私の中にあった麗ちゃんに対しての不満。やり方に対する異議を唱え、それを認めてもらうために代理として試験に挑み……私はこっ酷く負けた。

 そのことをクラスの仲間は誰も責めなかった。麗ちゃんだけは負けた原因を考えて反省するようにと言ってくれたけどそれも私が悪いと責めるものではなかった。

 だけど……それがむしろ辛かった。

 やっぱり私なんかが麗ちゃんの横に立とうとするのが間違いだったのかもしれない。

 

『ありのままの自分でいい。自分を見失わず、1年間クラスの仲間と共に突き進んでみろ』

 

 ──そんな私を励ましてくれたのが綾小路くんだった。

 クラス内投票の時だってそう。私が過去の罪で押し潰されそうになった時も綾小路くんは私なんかのために態々時間を割いて励ましてくれた。

 私はその度に奮い立って立ち上がった。

 不思議だった。綾小路くんの言葉や行動にはどこか説得力があった。

 そして私は気づけばいつも勇気づけられている。私にとって、大切な友達……だと思う。

 そう言い切れないのはそれとは少し違う感じもしているからだ。あの時の出来事を思い出すと今でも胸が熱くなる。

 弱さをさらけ出したことを普通は恥ずかしくなるはずなのに、どこか嬉しく感じる。こんな気持は初めてだった。

 ただそれでも今集中すべきはクラスのこと。仲間のこと。綾小路くんは私の大切な何かだけど、それでも綾小路くんは堀北さんのクラス。私たちの競う相手。

 いっそのこと綾小路くんが私たちのクラスに来てくれれば……なんてことも思ってしまった。私たちのクラスは麗ちゃんの方針で他のクラスから積極的に人を引き入れている。それだけに麗ちゃんに綾小路くんを引き抜くように提案してみようかと、そんなありえない考えを思い至り、すぐに振り払った。

 綾小路くんは私にとって特別だけど引き抜くメリットがあるかどうかは別の話。私の個人的な感情で2000万を使ってクラスに引き抜くなんてやっていいはずがない。

 だから私はそのことを忘れ、クラスのことに集中しようとした──そんな矢先のこと。

 

『帆波ちゃん。もしかして綾小路くんのこと、異性として好きなんじゃないかな?』

 

 春休みの最中。3月の終わり頃、だったかな。

 麗ちゃんと2人で出かけている最中に私は麗ちゃんからそう指摘された。

 真っ直ぐに向けられる麗ちゃんの視線。その薄い笑みは相変わらず女の子の私から見ても可愛くて惚れ惚れする。

 そんな麗ちゃんの指摘を受けて私は必死に否定する言葉を探した。

 

『え……そんな……そんなことないよ。異性として、綾小路くんのことが……なんて……綾小路くんはその、確かに大切な友達だけど……』

 

『だったらそんな必死に否定することもないんじゃない? しかもめちゃくちゃ顔赤いし』

 

 麗ちゃんの言葉は私の中の矛盾を的確に貫いてくる。

 必死、そう、確かに必死だった。私はそれを否定しようとして物凄く動揺してる。心臓の鼓動が早い。好きという言葉も言葉にしようとして出来なかった。

 ただそれでも私は否定しようとした。何故だかは分からないけど、多分それは恥ずかしくて。

 

『顔が赤いって……そんなの嘘だよ。私は別に……』

 

『はい手鏡。自分の顔見てみて』

 

『っ……!』

 

 だけどその逃げ道を塞ぐように麗ちゃんは笑顔で懐から手鏡を取り出し、それを開いて私に向ける。

 そこに映っていたのは、麗ちゃんの言う通り。真っ赤になった私の顔。

 

『ね? すっごく赤いでしょ? それに恋する乙女の顔してる』

 

『こ、これは……だって……麗ちゃんが変なこと言うから……』

 

『私の勘違いってこと?』

 

 そう……そうに決まってる。

 だけど麗ちゃんの疑問に私はイエスの言葉を返せない。

 ただそれでも一言告げようとした。麗ちゃんの勘違いだと、それに頷く言葉を。

 

『じゃあ他の女の子と綾小路くんが付き合ってもいいってこと?』

 

『っ……』

 

 だけど麗ちゃんが続けたその言葉が、私の口を縫い付ける。

 別にいいよ、とそう言えたらいいのに言えない。だから麗ちゃんは更に続ける。

 

『それなら私が綾小路くんの彼女に立候補しようかな。帆波ちゃんは好きじゃないなら応援してくれるんだよね?』

 

 ──それを聞いて、私の先ほどまでの思考は完全に動きを止めた。

 綾小路くんのことが好きじゃない。だから綾小路くんが誰と付き合っても構わないはず。

 そう思おうとした思考は綺麗さっぱりなくなり、目の前の疑問に意識を持っていかれてしまう。今後の言葉は戸惑いながらも自然と出てきた。

 

『麗ちゃんは……綾小路くんのこと……す、好きってこと……?』

 

『まあ男子の中じゃ割と好きな方かな。顔もかっこいいし、内面もすごく良いしね。はっきり異性として好きかって言われると微妙だけど、お試しで付き合ってみるのも悪くないよね』

 

『そんなの……よくないよ。綾小路くんのことが好きじゃないなら……』

 

『そうかな? どんな感情だとしても互いに了承するなら別に付き合ってもいいんじゃない?』

 

『それはそうかもしれないけど……』

 

 自然と麗ちゃんのその提案を否定してしまう。そのための材料を探してしまう。

 だけど私が麗ちゃんに口で勝てるはずがないなんてことは理解りきっていた。

 

『大切な友達だからってのは男女の付き合いに関係ないんじゃない? 私が綾小路くんに告白することを誰にも止める権利はないし、綾小路くんが私と付き合おうとするならそれを止める権利も誰にもないよね』

 

 大切な友達だから。そんな理由も麗ちゃんに読まれて封殺される。

 そして真理だった。確かに止める権利は私にはない。誰に告白しようとも麗ちゃんの自由だし、それを受けるのも受けないのも綾小路くんの自由。

 でも、だとしても綾小路くんは……。

 

『受けないんじゃないか……なんて思ってない?』

 

『っ……そんなこと……』

 

 私が思ったこと。それは麗ちゃんに読まれてしまう。

 私は胸を跳ねさせた。動揺して目を逸らしてしまう。

 

『あはは、酷いなぁ帆波ちゃん。だけど……そっか。それならちょっと試してみようか?』

 

『試す……? 何を試すのかな……?』

 

『そりゃ決まってるじゃん。綾小路くんに連絡して告白してみようかなーって』

 

 そして私は今までで1番強い、否定の感情が湧き上がった。

 それだけは阻止したい。やめてほしい。

 麗ちゃんは私から見ても魅力的な人。私なんかよりもずっと可愛いアイドル。

 だから綾小路くんも、もしかしたらそれを受け入れてしまう可能性は間違いなくあって。

 

『さて、どうする? 好きじゃないなら止める権利はない。でも私は帆波ちゃんの親友だから、もし帆波ちゃんが綾小路くんのことを好きだって言うなら興味本位の告白をやめて帆波ちゃんを応援してあげてもいいんだけどな』

 

 明らかな言葉の選択に、私は麗ちゃんの言いたいことを悟る。

 麗ちゃんは私からその言葉を引き出したい。認めさせたいんだと。

 でもそんな風に誘導されて嘘を言うなんてことはそれこそ間違ってる。

 だから私はたとえ誘導されようとも止めるために嘘を言うことなんて出来ない。だからそれを見送ろうとして──。

 

『…………分かった。白状する。私は……綾小路くんのことが好きだよ』

 

 ──気づけば綾小路くんのことが好きだと認めていた。

 自分でも驚くほどにその言葉はすっと出てきた。直前まではそんな嘘を言ったら駄目だって思ってたのに。なんでそんなことを口にしたのか。

 だけどその答えにはすぐに自分で辿り着いた。

 それが嘘じゃないから。私の中で認めているから……私はそう言うしかなかったんだって。

 そうして認めてしまえば──先程よりも更に顔が熱くなった。

 

『あっ……嘘っ……わ、私……』

 

『……あはは、なるほどね。やっぱそうだったんだ。帆波ちゃんが綾小路くんのことをね。ふふ、可愛いね帆波ちゃん?』

 

 私の告白を導いた麗ちゃんは私を見てからかうように目を細めて笑う。

 その視線を受けて私は恥ずかしくて縮こまりながらも不満を視線に乗せる。

 

『もう……意地悪だよ、麗ちゃん』

 

『ごめんごめん。でも……ようやく認めてくれたね。私は嬉しいよ』

 

『……麗ちゃんはなんで気付いて……ううん。なんで私に認めさせたかったの?』

 

『そりゃもちろん帆波ちゃんのためだよ。恋は人を成長させる。それを認めてくれたほうが帆波ちゃんにとって良いと思ってね』

 

 私のために麗ちゃんは気持ちを自覚させたかったと悪びれることなく教えてくれる。

 だけど私は不思議と納得した。麗ちゃんならそうだろうと。

 麗ちゃんは人を導く天才だと私は思ってる。麗ちゃんの言うことは大体において正しい。私が良くないと思っても結果的に周囲にとって良い方向に転ぶ。

 だから麗ちゃんの誘導にも特に嫌悪感もなかった。そこには確かに私のことを親友として思ってくれてることを理解してたから。

 

『それと純粋に帆波ちゃんが綾小路くんのことを好きなら早く付き合ってほしいしね』

 

『えっと……それは何でかな……?』

 

『何でというか恋は早い者勝ちだからね。帆波ちゃんに好きな人がいるならちゃんとその人と付き合ってほしいし、誰かに取られて失恋してほしくないなって。綾小路くん、あれで結構人気ありそうだと私は見てるんだよねー』

 

『……うん。それは私もそう思う、かも……』

 

『そう思う? 綾小路くんは素敵だから綾小路くんのこと好きな人が沢山いてもおかしくないって、帆波ちゃんはそう思ってるんだ~? ふーん……?』

 

『っ、ち、違うってば。もうっ……からかわないでよ麗ちゃんっ……!』

 

 違わない。麗ちゃんには否定したけど、私の心も麗ちゃんの言葉に確かに同意していた。

 言われてみればそうだ。綾小路くんは素敵な人だから、他に綾小路くんのことを好きな人がいてもおかしくない。

 だから誰かに取られる前に自覚して、その、付き合えるように努力した方がいい。

 言葉にするのは恥ずかしいけど麗ちゃんの言う通りだった。

 

『あはは、ごめんごめん。帆波ちゃんが可愛くてつい。──それで、どうする? 早速告白しに行く?』

 

『こ、告白ってそんな……駄目だよ。受けてくれる自信ないし……』

 

『そうかなぁ。私的には結構脈ありだと踏んでるんだけどね』

 

『……ほ、ほんと……?』

 

『うん。だって帆波ちゃん可愛いし。綾小路くんからしても仲の良い女子って少ないからその中で帆波ちゃん好きな確率も高い。Dクラス以外だと本当に私と帆波ちゃんくらいじゃないかな?』

 

『で、でも堀北さんとか……』

 

『鈴音ちゃんにはこき使われてるところしか見ないけどね。他の女の子も……まあ友達として普通に接してる子は何人かいるけど、それでも帆波ちゃんには綾小路くんも特別気にかけてるように見えるし』

 

 それを聞いて私は不謹慎にも嬉しくなってしまう。

 でも確かに。普通は他のクラスとここまで仲良くはしないかもしれない。

 私は必ずしも敵対する必要はないし、試験以外では仲良くしてもいいと思ってる。

 だけどそれが難しいことも分かってる。

 だから綾小路くんも私と仲良くしてくれるのはひょっとしたら……なんて期待をしてしまうのは仕方ない。

 

『それにそうじゃなかったとしてもその気にさせればいいだけだよ』

 

『その気にって……も、もしかしてその、アピールするとか……?』

 

『そりゃそうでしょ。これからはもっとお洒落して積極的に話しかけて遊びにも誘わないとね。事前に綾小路くんの好みとかもリサーチして、それで他に綾小路くんを狙ってる女の子がいるなら徹底的にブロック! 必要ならネガティブキャンペーンも辞さない覚悟でやるっきゃないね!』

 

『ぶ、ブロックとかネガティブキャンペーンは良くないと思うな……』

 

『ちっちっち。甘いなぁ、帆波ちゃん。激アマだよ。恋愛は戦い。奪い取った者勝ち。下手な優しさは命取りだからね。優しいのは帆波ちゃんの長所だけどそこは理解しておくといいよ』

 

 ……と、そんなことを言われても私にはピンと来ない。

 だけど麗ちゃんが恋愛のことを理解しているのは分かった。すると当然気になってくるけど……。

 

『……麗ちゃんは恋愛の経験、あるの?』

 

『それは想像に任せるよ。なにせアイドルだからね。親友とはいえ簡単に口を割ることは出来ないってね』

 

『そっか……』

 

 いつもの返し。それを聞いて私はいつもと違う感想を持った。

 麗ちゃんもきっと、以前に誰かを好きになったことがあるんだと。

 それがどこの誰で今はどうなっているのか。それを聞く勇気は私にはないし、聞いたとしてもきっといつものようにはぐらかされるだけ。

 だけどそれも仕方ないし、それでもいいと思った。麗ちゃんは自分の経験から私に助言し、応援しようとしてくれる。それだけで十分だった。

 

『ま、どうするかは帆波ちゃんが決めることだけどね。でもとりあえず行動は早め早めが良いってアドバイスはしておくよ』

 

『……うん。分かった。その、ありがとね麗ちゃん』

 

『親友として当然のことだよ。あ、そうだ。今度綾小路くんと遊ぶ予定があるんだけど、ちょっと今好きな人とか付き合ってる人とかいるのか聞いてみよっか?』

 

『それは……』

 

 それを聞くのは怖い。麗ちゃんの提案に私は嫌な想像をしてしまう。

 もし好きな人がいてそれが自分じゃなかったら。もし既に付き合ってる人がいるのなら。

 私はショックを受けるだろう。

 だけど麗ちゃんのアドバイスはちゃんと聞いた方がいいと思った。

 麗ちゃんの言うことは大体において正しいから。

 

『……その、それはまだ怖い、かな……もし聞いたとしても教えるのは、その……』

 

『分かった。じゃあそうだね、付き合ってる人の有無だけ確認しておくね。好きな人がいるかどうかは伏せておくよ』

 

『……うん、そうだね。それは知っとかないと、変に誘ったりしたら悪いし……』

 

 ──そこでも私は慎重で勇気を出せなかった。

 好きな人がいるかどうかは聞き出せない。でも付き合ってる人がいるなら悪いし、そこだけは綾小路くんやその人に迷惑をかけたくないからと優しさを出した。

 今にして思えば……それが間違いだったのかもしれない。

 

『──ああ。俺は軽井沢恵と付き合ってる』

 

『あ、そうだったの? それはそれは……なんというか、帆波ちゃんと付き合ってるのかと思ったんだけどね』

 

『一之瀬は……そうだな。そう思うのも無理はないだろう。俺自身、恵と付き合う前は気になっていた女子だからな』

 

『あー……そうだったんだね。一応聞くけどいつから付き合ってるの?』

 

『今日の午後だ。部屋で良い雰囲気になってな。それから互いに自然に付き合うことを口にした』

 

『なるほどね。まさかのタイミングというか……しかもついさっきじゃん』

 

『ああ。……誰にも言わないでくれよ? 口が硬い南雲だから話したんだ』

 

『オッケー。誰にも言わないよ。うん、それじゃあね』

 

 ──春休みが終わる4月6日の夜。

 私は麗ちゃんに呼び出され、その通話を録音した音声を聞かせてもらい……そして目の前が真っ暗になる感覚を味わった。

 

 ──麗ちゃんの言う通りだった。

 

 私は、遅かった。

 勇気を踏み出していればもしかしたらそんな未来もあったのかもしれない。

 だけどその未来はもう、ない。

 綾小路くんは軽井沢さんと付き合ってしまった。

 私を勇気づけて背中を押してくれた綾小路くんが。

 1年後に答えを教えてくれると言った綾小路くんが。

 今はもう、一緒になることは出来ない。

 

 私は気づけば涙が溢れていて。

 麗ちゃんに慰められ、謝られながら、泣いた。

 でも麗ちゃんは悪くない。

 私がもうちょっと早く勇気を出せば良かっただけの話。

 タイミングが悪かっただけの話。

 それが私の初恋で……もう終わってしまった恋の話だった。

 

「……それでも好きなら、諦める必要はないと思うけどね」

 

「……え……」

 

 ──そしてこれからが、私の新たな恋の話。

 

 散々泣き腫らした後で聞いた麗ちゃんの言葉。その提案を聞いた。

 私の恋を成就させる方法を。

 それをするだけで、覚悟を決めるだけで、あるいは綾小路くんとの恋を諦めなくてよくなるかもしれない。

 

 だけどそれを聞いても、私はまたしても決断出来なかった。

 

 そんなことは出来ないと私は拒否をして、麗ちゃんにお礼を言ってから別れる。

 そして部屋の中で。ベッドの上で寝転がりながらただそのことだけを、綾小路くんのことだけを考え続けた。

 そして次の日になっても、答えは出ない。

 2年生になって自分を吹っ切ったつもりで新たな特別試験に集中する。自分でも驚くほどに普通に出来ている。もしかしたら仲の良い友達には少し様子がおかしいことを気づかれてるかもしれないけど、少なくとも塞ぎ込むようなことにはなってない。

 

 だけどふとした時には考えている。

 麗ちゃんからの提案を。

 信頼してる親友からの正しくも悪い提案を。

 

 日々を重ねる毎に私の内心はかき乱される。

 普段通りの日常を過ごしながら、綾小路くんへの恋心を忘れて大事な友だちのままでいようと、吹っ切ろうとする自分。

 そしてそれを諦めきれない自分の両方が混在していた。

 

 それでもなんとか悪い方には振り切れないで耐えきれている。

 だからきっと、私は大丈夫。

 なぜすぐに立ち直れたのかは理解らないけど大丈夫。

 私は綾小路くんの言う通り、私のままでいれる。

 

 だから綾小路くん……これ以上私をかき乱さないで。

 

 ふとした時に見かける彼の横顔や背中に、私はそう念じ続けた。

 

 

 

 

 

 1年生と2年生の合同特別試験が終わり、GWも終わりを告げ、更に鈴音ちゃんが生徒会に入って約1か月の時が過ぎた。

 その間、私は相変わらず1年生との交流を中心にみんなのアイドルとして忙しくしていた。

 まだまだこの学校に入学したばかりの1年生との親密度は低い。話すことも出来てない生徒もいるのだからそれを埋めなくてはならない。

 これはアイドル時代からずっと続けている習慣のようなものだ。

 アイドルは人気商売。どれだけ顔を売れるか。営業やら広報活動に手を抜くわけにはいかない。手を抜けば抜いただけイメージが下がる。知名度が落ちる。少し休むだけで世間の人はすぐに私のことを頭の片隅に置いてしまう。

 それは普通の人間関係においても同じで、マメに連絡して関係を維持しておくのが大事なのだと私は理解していた。

 

 ──え? だったらなんでアイドルを休止したのかって? 

 

 その疑問はご尤も。だけど私には私の考えがある。

 なのでそのことについては置いておいて、私は現在の状況について考えることにした。

 

 今は6月下旬頃。朝のホームルーム。

 1か月ほど前に1年生の2回目となる特別試験があってその結果から私の携帯の履歴には頻繁に特定の人物からの着信が表示されているがそれも落ち着いた頃だ。

 その不可解。謎のことも私は現在進行形で挑んでいるが、今日からはまた別の試練に臨まなければならない。

 

「それじゃいつものことだけど、今回の特別試験について説明するわね。次回の特別試験は夏休みに行われる──無人島サバイバルよ」

 

 2年Aクラスの教室に担任の知恵ちゃん先生の言葉が響き渡る。

 特別試験の開催には慣れているクラスのみんなでも、無人島サバイバル。その言葉を聞いてより一層の緊張感が走るのが手に取るように理解った。

 1年生の時にも似たような試験が行われ、私たちは苦労しながらもAクラスに昇格するきっかけとなった試験。

 それは良い思い出でもあり、苦い思い出でもある。隆二くんなんかは眉間に皺が寄っているし、男子の殆ども険しい顔つき。去年の試験でリーダーに指名したせいで酷い目にあった南方こずえちゃんなんかもお腹を思わず押さえていた。

 

「みんな去年のことを思い出してるかもしれないけど今年はまた一味も二味も違ったものよ。少し複雑だけど報酬もペナルティも大きいからちゃんと聞いて理解してね」

 

 ──そうそう。そうなんだよねーと、私は心の中だけで知恵ちゃん先生に相槌を打つ。

 

 今年の無人島試験は例年まで行われていたものとは大きく違っている。

 この学校に入学した生徒は3年の内に1回は無人島での試験を経験するようになっているが、それらは全て学年で競い合うものとなっていた。

 だけど今年は雅兄の方針もあって全学年合同で競う無人島試験が行われることになった。

 あるいは月城理事長代理の方針もあるだろうけど、この際誰がどんな目的で開催したかはどうだっていい。

 重要なのはこの特別試験で私が如何にして目的の結果を勝ち取るかだ。私は頭の中で全てのルールや要点を列記しながら知恵ちゃん先生の説明との答え合わせを念の為行う。

 

 ・日程は7月20日から8月3日までの15日間。その後はプライベートポイントの振り込みを試験の結果を反映してから行い、1週間の豪華客船によるクルージングを行ってから学園に帰投する。

 

 ・試験に使う無人島の大きさは例年よりも広い面積であり、参加する人数も全学年の全生徒と最大規模のものとなる。

 

 ・同学年の生徒同士で最大6人の大グループを組んで試験を行う。

 

 ・グループは3分の2以上を女子で占める必要があり、そのルールに基づいて最小1人、最大3人の小グループを試験前に組むことが認められる。大グループは試験開始後に組むことが出来るが、組むことは容易ではない。

 

 ・試験では全ての能力が求められ、総合的な能力が高いほど。そして人数が多いほうが有利。

 

 ・報酬は1位のグループが300クラスポイントに106万プライベートポイント。1プロテクトポイント。2位が200クラスポイントに56万プライベートポイント。3位に100クラスポイントに31万プライベートポイント。上位50%は6万プライベートポイント。上位70%は1万プライベートポイント。報酬のクラスポイントはグループを構成するクラスで均等に分ける。

 

 ・ペナルティは下位5グループが退学。下位3グループに所属する学年は上位3グループのクラスポイント報酬を学年全体で均等に負担する。退学はグループ毎に600万プライベートポイントを分担して支払うことで回避出来る。グループ内の他の生徒が支払えずとも1人がその分担したポイントを支払えるならその1人は退学を回避出来る。

 

 ──と、ここで説明される基本ルールはここまで。

 これだけでも中々に難解であることがみんなにも理解っただろうけど、説明はまだまだ終わりじゃない。試験について全てのルールを今日開示するわけじゃない上、更にモニターには試験に使うカードについての説明が行われる。

 

 ・基本カード一覧

 

 先行:試験開始時に使えるポイントが1.5倍される

 

 追加:所有者の得るプライベートポイント報酬を2倍にする

 

 半減:ペナルティ時に支払うプライベートポイントを半減させる。反映されるのはこのカードを所有する生徒のみ

 

 便乗:試験開始時に指定したグループのプライベートポイント報酬の半分を追加で得る。指定したグループと自身が合流した場合は消滅する

 

 保険:試験中に体調不良で失格した際、所有者は1日だけ回復の猶予を得る。不正による失格などは無効とする

 

 ・特殊カード一覧

 

 増員:このカードを所有する生徒は7人目としてグループに存在できる。本試験開始後から効力が発揮され、男女の割合にも左右されない

 

 無効:ペナルティ時に支払うプライベートポイントを0にする。このカードを所持する生徒のみ反映される

 

 試練:特別試験のクラスポイント報酬を1.5倍にする権利を得る。ただし上位30%のグループに入れなかった場合グループはペナルティを受ける。また増加分の報酬は学校側が補填するものとする

 

 ・特殊カードは学年毎に1枚のみ。完全にランダムに配布されるため、1つのクラスに3枚とも集まるということもあり得る。

 

 ・基本カードと特殊カードの両方とも同一学年内でトレードすることが出来る。

 

 ・クラス内でのトレードは出来ない。1度所有者を変更させると再トレードは不可能

 

 ・同じカードを複数使っても効果が倍増しない

 

 ……とまあ更に複雑だ。この試験を理解するだけでも普通の生徒には難しいだろうね。

 私は予め知っていた試験の情報と齟齬がないことを確認して安心しながらも頭の中で計算を行う。

 今日明かされなかったルールも含めて、この試験は事前準備が大事だ。試験開始後に臨機応変に動くことも求められるとはいえ、そのためにも色々と布石を用意しておかないといけない。

 

「大体こんな感じかな。説明はしたけど難しくて理解出来ない生徒は昼休みまでにマニュアルが配布されるからそこで確認してみてね。みんななら今回もきっと乗り越えられるって先生、信じてるから! それじゃ解散っ」

 

 知恵ちゃん先生は説明するだけするといつも通り明るく去っていった。私たちなら──いや、私なら大丈夫だって思ってるんだろうね。

 まあその信頼は嫌じゃないから別に良いんだけどね。ただちょっと心配になるよね。いつか痛い目を見るんじゃないかって。

 

 それはともかく、ホームルームが終わればいつものように会議をしなければならない。

 

「南雲。今回はどうするつもりだ?」

 

「全学年で行われる無人島での試験……昨年とは大きく様相が異なってるね」

 

 すぐに隆二くんや哲也くんが話しかけてくる。うんうん、良い子たちだね。すぐに私の指示を聞こうと寄ってくるんだから。

 だけどその中に帆波ちゃんがいない。帆波ちゃんは……何かを考え込んでいるようだった。

 なので私は帆波ちゃんにも声をかける。

 

「帆波ちゃーん」

 

「あ、うん。それで、どうするの?」

 

 一見して普通に答える帆波ちゃんだが、見る人が見れば少しだけ様子がおかしいのは理解る。

 最近の帆波ちゃんはちょっぴりぼーっとしがちだからね。何か悩み事があるんじゃないかって一部では噂になっている。

 まあ今それをほじくり出すつもりはない。私は帆波ちゃんの心が熟れるのを待つつもりだ。

 なので今は試験のこと。私は端的に今回の試験における指示を伝える。

 

「──ま、とりあえず明日かな。カードが配布されてからじゃないとグループの決め方も変わってくるしね」

 

「それはそうだろうな」

 

「グループ決めに制限はありますか? 南雲麗」

 

「一旦はグループ決めもカードのトレードや譲渡も全ストップで。追って指示を出すから今は気にしないでいいよ。相談するのは自由だけどね──ってことで今日はかいさーん」

 

 私は手を叩いて早々に会議を終える。そのことに困惑する生徒もいないわけではなかったが、そう言われれば殆どの生徒が私を信頼して思い思いに席を立つ。

 残るのは私といつもの中心メンバー。側近だけだけど、生憎と今日は本当に何もないんだよね。

 

「隆二くんたちも今日は帰っていいよ。明日になったらまた方針とか戦略とかも伝えるからさ」

 

「む……了解した。なら俺も明日までに一応意見を考えておこう」

 

「好きにしていいよー。私も今日は約束があるからもう行くね」

 

 私はみんなに別れを告げて友達と合流する。今日はまたケヤキモールで遊ぶ予定が入ってるからね。試験については明日から考えても問題ない。

 

 ──なーんて、私はずっと前からこの試験のことを考えてるんだけどね。

 

 なのでその日、私は普段通りの1日を過ごした。

 そして次の日の朝。私は携帯を開いて学校からのメールを確認し、自分に何のカードが配布されたかを見た。

 

 私のカードは……なーんだ、追加か。残念。特殊カードがほしかったんだけどなー。

 

 まあただ確認してみると私のクラスの麻子ちゃんが増員持ってるし、別にいっか。よしよし、無効じゃなくて良かった。これなら戦略を優位に進められる。

 そして試練は……綾小路くんか。綾小路くんも持ってるねー。Dクラスが試練ってのは中々良いんじゃないだろうか。

 

 私は全クラスのカード状況を確認すると、その日の朝に早速連絡を入れておくことにした。

 

『良かったら今日の放課後会わない? 特別試験のグループ決めについて相談したいな』

 

 その連絡先の名前に書かれているのは──堀北鈴音ちゃんだ。

 さーて、今回もみんなと協力して無事に試験を乗り越えなきゃね。交渉フェイズ開始ー。




グループ決め開始です。とりあえずは堀北のターン。各クラスの色んなところを書きますのでここも地味に長い。というか今回の章が今までで1番長いと思います。お楽しみに。

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