夏休みに行われるという無人島試験の告知が行われた翌日。
オレは自らに配布されたカードが『試練』であることを確認し、登校する。
だがその登校中、オレは違和感を感じていた。
周囲から感じる纏わりつくような視線。
それはオレが試練のカードを引き当てたことによるものなのか、オレに気付いた一部の生徒がずっとオレに視線を向けている。
学校が近づくに連れて生徒の数が多くなるに連れて視線の数も増えた。
だがそれと同時に視線が一部外れた。
どういうことだと見てみると玄関先にあったのは龍園の姿。
だがその龍園は階段を上がっていくところでオレに気づくこともなく、視界から姿を消してしまう。
それと同時に再びオレに視線が集まる。
そしてそれらの視線の共通点を確認しつつもこちらからアクションをかけることはせずに教室へ向かった。
幸いにも尾行してくるような生徒はいない。あくまで見かけたら、という条件の下視線を向けていると思われる。
だがそれでも厄介なことに変わりはない。誰が仕掛けてきてるかは大方予想がつくが、対策が難しい仕掛け方だ。現時点ではオレに出来るのは我慢することだけ。
なので無視して教室に向かうと既に登校していた堀北がオレに声を掛けてきた。
「ちょっといいかしら」
「何だ?」
「放課後に時間を作ってくれる? 特別試験のグループ決めのことで南雲さんに誘われてるの」
「南雲に?」
昨日の今日。それも朝から早速動き出すとはな。
だがそれでも昨日ではなく今日動き出したということで少しは狙いも読めてくるが、堀北もまたそれを察しているようだ。
「ええ。昨日ではなく今日。それも私個人に連絡してきたところから察するに、AクラスはDクラスと手を組むことを提案してくるんじゃないかしら。確証はないけれどね」
「そうだな。単独で独走をしているAクラスからすれば他のクラスと組む分には困らないだろう」
南雲なら全クラスと手を組んで3年生や1年生を倒そうと提案してくることも考えられる。今朝の視線のこともあってその可能性は十分にあり得た。
だがそれが難しいことは南雲も承知しているはず。だからこそ堀北は難しい顔をしていた。
「私の予想ではグループ決めの話し合いを持ちかけてくる上で何らかのこちらに有利な条件が出されると思っている」
「それを期待して話し合いに向かうつもりか」
「勿論組むと決めたわけではないわ。むしろ今の時点では私も断るつもりでいる。ただよっぽどこちらに有利な交渉材料を持ち出してくるならその限りではないし、どちらにせよAクラスがどのような方針を取るのかの情報も取れるはず。どちらかと言えばそちらが本命ね」
なるほど。堀北も南雲がDクラスを引き込もうとするなら何かしらの条件を持ってくるはず。どうやらそれは予想しているらしい。どちらかと言えば情報収集も兼ねて1度は話し合いを受けるつもりでいる。
「話は理解したが……その話し合いにオレは必要なのか?」
「あなたは試練のカードを引き当てたでしょう? 南雲さんが交渉相手にDクラスを選んだのはそれを期待してる部分も少なからずあるはず。なら予め試練のカードを持つあなたを話し合いの場に読んでおけば交渉も有利に進むかもしれない」
試練のカードは上位を狙うのであれば有用なもの。南雲がそれを狙っていると読んで予めオレを呼んでおけば狙いが読めているという意味で多少は話し合いを有利に進められるかもしれない。
もちろんそれが外れていたとしても損することはない。ついてこさせるだけ得ということだ。
それに堀北も1人だけで行くのは少々不安もあるだろうからな。
そこまで考え、オレはその提案に従うことにした。
「……分かった。ついていくだけでいいんだな?」
「思ったよりも簡単に頷いてくれたわね。てっきりまた何かしらの条件を付けられると思っていたのだけど」
「オレも南雲がこの試験でどういう風に立ち回るかは気になるしな」
ついて行けば今朝の視線の理由も判明しそうだ。
「そう……分かったわ。それなら放課後ね」
「ああ」
それからは教室で池や篠原のことで一悶着あったりしたが、そのことはまだ触れることなく昼休みを迎える。
ちなみにオレはポイントの消費を抑えるために普段は弁当を作るか、学食で安いパンや定食。あるいは無料の山菜定食などにもお世話になる時があるが、今日は学食で何かを買って食べることにした。
普段なら明人たちと合流して一緒に食べることもあるが、今日は生憎とそうじゃない。誘われはしたものの適当な理由を付けて断っていた。
理由はオレに対する視線を確かめるため。
そのため昼休みの人がごった返す学食にやってきたが……やはり纏わりついてくる視線にオレは確信する。
その視線が共通するのは、その視線を向けてくるのが全員3年生であるということ。
つまりこれはおそらく3年生を支配する南雲雅の指示だろう。オレの動きを監視……いや、今朝には分散していたことも考えると2年生の主だった人物をそれとなく注意するように指示が出ているのかもしれない。
理由は特別試験に向けての牽制と思われるが……。
とにかく今はこれに耐えるしかない。視線を向けられるだけ、というのは対処がし辛いものだ。
出来ることがあるとすれば何もせずに大人しくしているか、人気の少ないところに退散するだけ。
なので学食で適当にサンドイッチを買った後は学食を後にさせてもらおう。そうしてパンを片手に外へ足を向けたが。
「よう」
そのタイミングで横から声をかけてきたのは2年Cクラスの橋本正義だった。
「おまえも学食か? 綾小路」
「ああ。だが今日は人が多いから外で食べようと思ってる」
「へえ、奇遇だな。俺もそう思ってパンを買ったところなんだ。良かったら一緒に食わないか?」
そう言う橋本の手には惣菜パンの入った袋が下がっている。
明らかに偶然ではない。学食に入る前から3年生の視線に混ざって橋本が後をつけていたのは分かっていた。オレが学食に向かうのを確認してから自分もパンを購入したのだろう。
定食などを注文してどこかの席につくなら橋本も同じようにしていたのかもしれない。何かしら用事があるのは明白だ。
とはいえ断るのは簡単だが、オレは乗ることにした。
「構わないがどこで食べるんだ?」
「ついてきてくれ。いい場所がある」
橋本の言う通りに2人して学食を出る。その動きにおかしな部分はない。偶然出会った知り合いと昼食を一緒にするという風にしか見えないだろう。
ただその相手が橋本というのは2年からしたら怪しく見えるだろうが、3年生がどこまで把握していることか。
ただどちらにせよ把握している前提で動いた方がいいだろう。橋本も出来るだけ人に見られたくないのか、あまり人が来ない校舎裏にまでやってくるとようやく立ち止まった。
「この辺りでいいか」
「用件を聞いてもいいか?」
「おいおい……いきなりかよ。偶然出会った顔見知りを昼食に誘っただけって体を少しは守ろうと思わないのか?」
「誰かが後をつけてる気配はないし、その必要はないと思うぞ」
3年生も含めて誰かが付けている気配は感じない。
なのでそう言ってやると橋本は苦笑いを浮かべながら校舎の壁に背中をもたれかからせた。
一応オレもそれに合わせておくと、橋本は袋からパンを取り出しながら話を始めた。
「ま、それならいいか……というかそういうのも分かるんだな。やっぱおまえって化け物なんだな綾小路。坂柳や南雲が注目するだけはあるぜ。先日の試験でも数学で満点を取ってたみたいだしな」
「単に後ろを見て確認しただけだし、数学に関しては元々数学だけ得意だっただけだがそれが聞きたかったのか?」
「それもある。でも本題じゃないぜ? 今のはちょっとした雑談代わりの確認ってやつだ。1年の時はパッとしない成績だった奴がいきなりテストで満点なんて取ったらそりゃ気になるだろ?」
「それはそうだな」
オレは橋本の言葉に頷きながらもそれを白々しく感じる。以前から坂柳や南雲を通じてオレのことをある程度把握していたであろう橋本が今更そんな確認をする意味は薄い。
無論正確な能力値を把握していることはないだろうが、それでも橋本からすればオレが坂柳や南雲に匹敵する、あるいはそれを上回る能力持っていると認識していることに間違いはない。
だからこそその確認にあまり意味はない。本当に雑談のようなものだろう。そういう意味じゃ嘘はついていない。
「雑談というならオレからも聞きたいことがあるんだが聞いても構わないか?」
「ああ。もっとも、答えられるかどうかは分からないけどな」
「橋本がクラスを裏切ったという噂はオレも耳にしている。だからこそその後クラスでどういった扱いを受けてるのか気になってるんだが、実際のところどうなんだ?」
「……はは、中々キツイところ突いてくるな」
オレの質問に橋本は苦笑する。噂、という言い方をしたのはちなみに間違いではない。
事実として橋本が学年末試験で坂柳やクラスを裏切ったことは噂程度に留まっているからだ。
もちろんどういう風に裏切ったのかまでは伝わっていない。
ただ噂としては橋本が龍園と通じていたのではないかという曖昧なものであり、他のクラスからすれば真偽は分からない。
だが当然そのことは坂柳は把握しているだろうし、2年Cクラスも橋本に疑念を感じているだろう。
それだけに裏切り者の橋本がクラスでどんな扱いを受けているかが気になったが、橋本は自分で買ったカツサンドを一口だけ食べて放置しながらオレの質問に答える。
「……ま、あんまり腹の探り合いをしてもしょうがないから話してやるかな。言っちまえば……特に何もってところか」
「特別な扱いは何も受けてないってことか?」
「ああ。俺も結構覚悟してたんだが、試験の後に坂柳はクラスに負けた理由を自分のせいだって言って俺のことはクラスに話さなかった」
クラスが負けたのはあくまでリーダーである自分の責任だと認めたということか。
もちろんそれは間違いではないが……。
「意外だな。坂柳ならもっと厳しい制裁でも加えるものかと思っていたが」
「ああ。そりゃもちろん優しくはなかったぜ? 試験の後に俺を1人呼び出して言われたんだ。『裏切りのことは明らかにしません。その代わりにクラスにいる間は優等生らしく振る舞うようお願いします』ってな」
橋本の口からそれを聞かされ、オレは坂柳がその条件を突きつけた理由を理解する。
「坂柳はおまえがすぐにクラスを移動しないことを見通して、その上で足を引っ張られないように手を打ったということか」
「そういうことだな。全く……あの負けの後でよくそこまで頭が回るもんだぜ。俺がクラスに居続けるなら当然クラスポイントを削ることは幾らでも出来ちまうからな」
橋本の言うように裏切り者がクラスに居続けるならなりふり構わずクラスポイントを下げることは幾らでも出来てしまう。
この学校は普段の生活態度でもクラスポイントが増減する。遅刻や欠席、授業中の私語や携帯の操作。とにかく素行不良に過ごすだけでいい。それだけでクラスポイントを下げることが出来る。
仮に橋本が裏切り者だとクラス全員に明らかになり、追い詰められた橋本がなりふり構わなくなればマイナスの方が大きくなる。それを坂柳は橋本がすぐにクラスを移らないことも含めて瞬時に判断したのだろう。
だからこそ裏切り者だということを周知せず、橋本に交換条件を与えた。クラスにいる間は日常でそういった足を引っ張る行為を禁止すると。
橋本としてもあまり大きく動いてイメージを悪くしたくないし、クラス全員から裏切り者という風に見られるのはストレスも溜まる。それもあって了承したというところか。
だが坂柳がそのまま橋本を放置し続けるかというと、それも考えにくい。
だからオレはそのことも尋ねることにした。
「なら坂柳はおまえを許したのか?」
「いや、むしろ俺を退学させる気満々だったな」
橋本は相変わらずそう言いながらも苦みを含んだ笑いを浮かべているが、その額には汗をかいている。6月で外の気温はそれなりに高いとはいえ、ここは日陰でそこまで暑くはない。
つまり橋本は今この時もずっとそのプレッシャーを感じているのだろう。
「俺としても大人しくする交換条件に俺を陥れないようにすることを盛り込みたかったが、さすがにそれは呑んでもらえなかった。代わりに、俺を陥れるのは特別試験の時だけにするとさ」
「なるほどな。なら普段の生活は安心……とはいかないか」
「そりゃあな。その言葉を信じるほど俺は人間が出来てない。坂柳なら今この瞬間にも何か俺を陥れる布石を打っていても不思議じゃないだろ? 特別試験以外じゃ陥れないって言ってもそのために準備をするのは自然なことだ。おかげでこの間の筆記試験じゃ気が気じゃなかったぜ」
4月にあった1年生とパートナーを組む必要のある試験は500点を超えなければ2年生は問答無用で退学になってしまう。
そのため学力の高い1年生をパートナーとして誘う必要があるが、裏切り者である橋本がその学力の高い1年生の確保をリーダーである坂柳に手伝ってもらえないことは明白──いや、仮に手伝ってもらったとしても安易にそれに乗ることは出来ないだろう。
学力の高い生徒であればわざと低い点数を取れば退学になるから出来ない──とはいえそのリスクをどうにか回避することが出来るなら特定の生徒を退学にすることは成立してしまう。
オレはホワイトルーム生が道連れでオレを退学にさせることを警戒していたが、橋本は橋本で坂柳がどんな予測不可能な手で自分を陥れてくるか分からない以上、かなりのストレスを感じていたに違いない。
もちろんそれは裏切った橋本の自業自得とはいえ、苦難であることには間違いないだろう。
クラスの中で1人で坂柳の魔の手から逃れ続けるのは容易ではない。筆記試験は陥れることが難しい試験であったが、次の無人島の試験ではそれよりもハードルは下がるように思える。
つまり橋本の狙いは──。
「ってことでよ綾小路。俺とグループを組んでくれないか?」
「グループを、か」
「必要ならポイントも出す。150万までなら出せるがどうだ?」
やはりか。それもポイントも破格だな。元Aクラスかつ南雲や龍園に使われて動き、船上試験でもポイントを得た橋本はそれを全て吐き出すことも辞さない。
それに隠しておくことも出来た自身の状況を正直に口にしたのはそれだけ腹を割って話した。オレの方も腹を割って話して欲しいという覚悟の表れだろう。
もちろんそれも断ることは難しいことじゃないし、オレにそんな価値はないと白を切ることも出来る。
ただ橋本のその条件。オレも詳細には知らないことがあるのは確かで、それを知るためにも少し話に乗ってみることにした。
「坂柳を裏切って龍園のクラスを勝たせたならそのまま龍園に頼ればいいだろう。それなのになぜオレなんだ?」
「っ……それは……」
「もしくは南雲でもいいんじゃないか。南雲は他のクラスから優秀な生徒を引き抜くと1度公言してる。おまえもそれに1度は乗っていた筈だろう」
疑問という形でオレはその条件を聞き出すことを試みる。
南雲は1月の混合合宿で神崎を通じて他のクラスからの生徒の引き抜きを行う契約を男子に持ちかけたし、それ以前にも現Cクラスから森下という生徒を引き抜いている。
その上で橋本は坂柳を裏切って龍園を勝たせた。そこにどんな契約があったのかをオレは知らない。
知っているのは学年末試験でDクラスとAクラスの戦いを成立させるために調整してほしいこと。一之瀬を負けさせるために手を尽くしてほしいこと。月城がオレを退学させるために動いているという情報を伝え、それを貸しとして条件を呑んだこと。つまり、南雲との契約のことだけだ。
龍園と坂柳の戦いにおける龍園と南雲の間における契約にどんなものがあったのか、その詳細は知らない。
ただ予想はつく。クラス内投票においてオレは一之瀬と龍園を引き合わせた。その際に一之瀬は龍園から1000万ポイントを条件に称賛票を操作したはずだが、その時に龍園が1000万ポイントを支払ったのなら葛城を引き抜くためのポイントは存在しない。足りないはず。
だからこそ坂柳も警戒を僅かに疎かにした。
ならそのポイントはどこから生まれたのかという話になるが……それだけのポイントを持っているのは2年生には南雲しかいない。
つまり南雲が龍園にポイントを融資した。実質、一之瀬に1000万ポイントを与えたのは南雲ということになる。
南雲から龍園。龍園から一之瀬。このマネーロンダリングによってポイントの出どころという認識を誤魔化し、どこからか情報を得ていた坂柳を嵌めた。それが学年末試験で龍園が葛城を引き抜くことの出来た絡繰。
だが橋本のことはまた別。実質南雲がタダで龍園への称賛票を操作した以上、何かしらの見返りが南雲にはあるはず。
だが見返りどころか、南雲はどういうわけか橋本を裏切らせて龍園を支援した。
それが龍園から提示した取引によるものだとしても、橋本を裏切らせたことに対する龍園からの見返りがなければ辻褄が合わない。
そしてそれが何なのか知るには橋本にも話を聞く必要があるだろう。
橋本が坂柳を裏切るにあたって提示された条件もまた存在しなければおかしい。
ただ弱味を握って脅すにしてもクラスを裏切らせることが確実に叶うかどうかは怪しいところだ。
あるいは橋本の弱味がそれほど、たとえば櫛田に匹敵するほど本人にとっては従うしかないものの可能性もあるが……どれも確証はなかった。
ただ少なくとも橋本にはクラスを裏切らざるを得ない理由があるということ。
「どうなんだ? オレをグループに誘う理由。それがオレにはわからないし、メリットも少ない。幾らポイントが得られるからといっても坂柳に狙われることになるのは御免だからな」
150万ポイントは確かに大金だが、坂柳という攻撃的な2年Cクラスのリーダーから狙われるリスクを考えるなら決して良い条件とは言えない。
下手すればグループを組んだ方が退学してしまう可能性がある。
そして確証がないただの噂とはいえ、橋本が裏切ったという噂が回っているということは……橋本は高い確率で単独を余儀なくされるということ。
坂柳に蹴落とされるリスクを踏んでまで橋本と組もうという物好きな生徒は2年生にはいないだろう。
それを橋本も理解しているからこそ、オレに声をかけた。坂柳や南雲も高く評価するオレなら、退学を避けられる可能性は高いと踏んで。
だがそこに南雲や龍園を頼らない理由はない。ゆえに何かしらの条件があるはずだった。
「……まいったな。こりゃ話さないと万が一にも目はないらしい」
橋本はオレが話をしなければそれを受けることは絶対にないと察したのだろう。どかっとコンクリートの地面に腰を落ち着け、深いため息を吐いた後に改めて口を開いた。
「……条件を出されたんだよ」
「条件?」
「ああ。二学期までに退学することなく学校に居続けること。それが南雲から俺に出された試練だ。それを乗り越えれば2000万を使ってAクラスに俺を引き抜く。そういう条件を飲んじまった」
橋本は既にカツサンドを袋に戻し、腕を組みながらその条件とやらを口にした。
オレはそんな橋本の言葉選びからある程度察する。飲まざるを得なかった表現から察するに、南雲には弱味を握られているのだろう。
そしてそれをバラしてほしくなければ坂柳を裏切ること。龍園との取引で南雲は橋本を脅したが、それだけでは旨みが少ないと判断してか更に条件としてAクラスに引き抜くことを約束した。
だがそれだけでは不可解だ。
ただ坂柳を裏切らせて橋本を引き抜くだけならそんな条件を出す必要はない。期限を定めていることも不可解だった。考えられるとすれば、今はまだポイントが足りてないなどの理由か、そもそも橋本を使うだけ使って退学させて踏みにじるため。
もしくは……橋本自身の──。
「……なるほど。大体は理解した。だが、それでも少し解せない。南雲が頼れないとしても龍園はどうなんだ?」
龍園なら勝利のために橋本を使うことは十分にあり得る。ポイントも含めて交渉すればグループを組む余地はあるだろう。
だが橋本は首を振って否定した。
「もう昨日のうちに交渉しに行ったが、断られた。Bクラスが持つ『無効』のカードを取引させてもらえないかも含めてな。『沈むことが確定してる奴と組む気はねぇ』だとさ。龍園のやつも俺が陥ってる状況を把握してるんだろうな」
確かに、そういう言葉を口にしたのなら龍園もまた橋本に与えられた条件、試練を把握しているのだろう。坂柳に狙われるであろうことも含めて無用なリスクは負う必要はないと判断したか。
もしくは南雲や坂柳から橋本とグループを組むなと予め連絡されていた可能性も考えられる。橋本が提示する以上の報酬を与えれば容易なことだ。
「ハハ……本当にまいったぜ。半減のカードを手に入れたところで退学のペナルティを回避するポイントには届かねぇ。出来るなら3人グループか6人グループを組む必要があるってのによ」
橋本が配られたカードは確か便乗。上位に位置するグループを上手く予想すれば多額のプライベートポイントが得られる有用なカードだが、試験中に坂柳からの徹底的な妨害に遭うと思われる橋本に必要なのは成績下位時のペナルティ回避に必要なポイントを0にする無効か、それを半分にする半減のカード。
それを橋本が持ち合わせていない以上、トレードするかポイントを支払うかして手に入れる必要があるが無効のカードは龍園が既に手放すことはないと突っぱねている。
ならばと半減のカードをどうにか手に入れたとしても橋本の手持ちでは300万を支払うことは出来ない。可能性があるとすればグループを組むことでペナルティ時のポイントを減らすことか、そもそも下位にならないように立ち回ること。
それが出来なければ橋本は退学。Aクラスに上がることは当然出来ない。
「……なあ頼むぜ綾小路。俺とグループを組んでくれないか? 試験中はおまえの言うことには絶対服従するし、条件があるなら追加で出してくれてもいい。南雲や龍園が頼れない以上、確実に退学を回避するにはそれに匹敵する能力を持ったおまえしかいないんだ……!」
そこで橋本は立ち上がり、俺に頭を下げて頼み込む。
その様子は真摯な心の表れ──ではない。
橋本は自分さえ良ければ良い。自分だけが勝ち上がる方法を常に探している。
まあオレがそれを理解していなくともこれだけで信じることはないが。
さて、どうするか。
オレは橋本の頼みを聞いて一応は考えてみる。
橋本はOAA上の能力も高く、交渉能力や機転にも長けていると思われる。
グループを組めば一定の成績を残すことも不可能ではないだろう。予想される坂柳からの妨害は厄介だろうが、坂柳はオレを退学させることを望んでいない。
橋本がそれを理解しているかどうかは分からないが、リスクをある程度回避出来ることは間違いないだろう。
とはいえ、オレには月城のことやホワイトルーム生のことがある。
それを考慮すれば、答えは決まっていた。オレは橋本に無情にも告げる。
「悪いな。おまえの力にはなれない」
「っ……ハハ……やっぱそうなるか」
オレが答えを出すと橋本は悲しむでもなく、予想していたと言わんばかりに笑ってみせた。
そして顔を上げてみせる。その表情にはやはり諦め。最初から期待していなかったのだろう。さほどショックを受けている様子はなかった。
「ま、それなら仕方ない。悪かったな、無理な頼み言っちまって」
「構わない。だが、どうするつもりだ? 単独で行くなら厳しい戦いを強いられるぞ」
「まあな。だがまだ試験の内容も全部は告知されたわけじゃない。やりようはあるはずだろ?」
それも正しい。現時点で橋本が確実に退学すると決まったわけじゃない。
坂柳にマークされ、南雲や龍園。他のクラスの協力が得られないとしてもやり方次第で退学を回避することは出来る。
「俺は退学にはならないぜ綾小路……絶対に勝ち上がってやる……! どんな手を使ってもな……!」
橋本は半笑いのまま宣言するようにそう告げた。そして食べ残したカツサンドを袋に放り込んでオレの前を横切っていく。
「今のは俺の決意表明だ。また会おうぜ綾小路」
そうして橋本はその場から去っていく。
その様子にオレは興味を持ったものの追いかけるつもりはない。
オレはオレで誰とも組まずに単独で動くことを決めている。最悪の場合は誰も巻き込まないためにも。
オレは改めてそれを確認し、サンドイッチを食べ終えてから教室に戻ることにした。
今回は綾小路くんパートでした。次回はまた麗ちゃんや堀北や他のクラスの動向パートです。お楽しみに。
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