ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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病弱美少女の心の理解

 無人島試験も遂に折り返しの8日目となった。

 昨日は大雨で試験が中断したことでみんながテントの中で過ごすことになったけど試験が中断した影響を受けたのは皆同じなので得点状況はほぼ変わってない。

 ただ最終日の得点が全て2倍になることは重要な要素だし、7日目にしてほぼ丸一日休憩することが出来たんで少なからず皆体力を回復した。これも大事だし考慮しないといけない。

 私たちのグループも全員が体力自慢ってわけじゃないし、その体力自慢でもさすがに疲労は蓄積してる。私はまだまだ平気だけどね。

 

 そして大雨が上がって再び快晴となったこの8日目。最初の指定エリアはランダム指定のC10。私たちがいるF8からはそんなに遠くない上にスタート地点を経由できる。色々と気になることもあるけど少なくとも運は良いんだけど……。

 

「うーん。やっぱり周りに3年生のグループが集まってきてるね」

 

「新たに増えたグループは2つか。昨日の内に移動してきたということか?」

 

「前日のサーチには引っかからなかったから多分そうだね」

 

「完全にマークされてるわね……」

 

 私はタブレットを操作し、日課のGPSサーチを使って周囲に誰がいるかを確認する。

 すると昨日までは見なかった3年生のグループが新たに2つも増えていることを確認した。それを見て隆二くんや鈴音ちゃんは難しそうな表情を浮かべる。昨日はあんなに大雨だったのに移動してくるんだから気合い入ってるよね。

 ただこれで私たちをマークするのは4つ。高円寺くんの方にもフリーグループと思われるグループが同じくらい集まってきてるんで雅兄の方針としては体力自慢の生徒を高円寺くんに当ててそれ以外は私に当てるって感じかな。単独で動く高円寺くんの身体能力に追いつくには最低限体力がないと話にならないし、逆に私たちは大人数だから体力はなくともしつこく粘着できるように人数を用意した。うんうん、さすがは雅兄。私の兄なだけあって的確な采配だ。

 

「どうするんですか南雲麗。ばったばったと薙ぎ倒します?」

 

「喧嘩は駄目だしどっちにしろそんな薙ぎ倒すなんて出来ないかな」

 

「脳筋ピンクと脳筋ブルー神崎隆二もいるというのに……ままならないものですね」

 

「俺はブルーだったのか……」

 

 6日目の午後には何だかんだ疲れてる様子だった藍ちゃんも7日目を休息に費やした結果、割と元気そうだ。いつもの調子に隆二くんが微妙な気分になっている。後はイエローかブラックだね。鬼頭くんとか? あとはアルベルトくんかな。2学年の身体能力トップが集まったら壮観だろうね。

 なんてお遊びの思考をしながらも私は周囲の観察に余念がない。なのでもう1人の参謀にも声をかけた。

 

「帆波ちゃんはどう思う?」

 

「…………」

 

「帆波ちゃん? もしもーし」

 

「あ、ご、ごめん。えっと……3年生にマークされてるって話だよね。どうしようか……?」

 

 少し距離を取ってぼーっとしてる帆波ちゃんに二度、呼びかけて意見を聞くも良い答えは返ってこない。そもそも集中しきれてないというか、心ここにあらずって感じだ。

 6日目の17時頃に腕時計を壊して昨日スタート地点で腕時計の交換をして戻ってきた時から帆波ちゃんの様子は明らかにおかしい。

 なので私は帆波ちゃんの様子がおかしい理由を分析して理解しようと試る。試験のことではない。3年生や雅兄のことでもない。1年性も関係ない。プライベートな問題? 感情は揺れてるからそういう意味では◯。

 今1番帆波ちゃんの感情が揺れるのは綾小路くんのことだからその可能性は高いけど、GPSサーチで確認した綾小路くんの位置からして直接会ったわけではない。

 なら誰かに綾小路くんの話を聞いた? でも付き合った云々は知ってるし、それで今更大きく動揺はしない。

 帆波ちゃんが感じてるのは私の見たところ恐怖と迷い。そしてそれをひた隠しにようとしていること。このパターンの感情が浮かぶのは幾つかあるけど……以前の帆波ちゃんのように自分の罪を自覚しながらそれを言い出せないようなケースか、あるいは脅しのような他者から何かを強制されているケースか。

 

 と、ある程度は絞っていく。直接尋問してみればもっと具体的に理解るだろうけど今じゃないし、直接聞くことでより精神を不安定にさせてしまう。

 ただそれでも1つだけ質問しておこう。いつも通りにね。自然に私は帆波ちゃんに何気なく問いかける。

 

「帆波ちゃん何かあった?」

 

「あはは、何もないよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけで……」

 

「無人島試験も折り返しだからねー。そりゃ疲れるよ。気にしないで。それと休みたかったら言ってくれればいいからさ」

 

「ありがと麗ちゃん。でも私は、大丈夫だよ」

 

 虚勢。何かを隠してる。クラスメイトに心配させないように浮かべる笑顔。

 私はそれを見た上で一言告げた。クラスのリーダーとして親友として。

 

「そっか。でも何かあったら何でも言ってね! 何でも解決してあげるから!」

 

「っ……う、うん。何かあったら話すようにするね」

 

 私は自分の頼もしさを押し出して安心させる振る舞いを帆波ちゃんに対して見せつける。それに対して帆波ちゃんは僅かに反応を見せたが……それでも話せないって思っているようだった。

 ……つまるところ確実に試験とは関係ない。試験に関係のあることや競争に関することならそこまで隠す必要はないし、私に話さない理由がない。

 やはり帆波ちゃんはそれを個人的な問題かつ皆に迷惑がかかると思っていて、しかも私にすら解決できない問題だと思ってるってことだ。それが昨日、スタート地点に戻り、私たちと合流するまでの間にあった。

 

 となると……生徒ではなく教師やスタッフかな? 

 

「…………よーし! それじゃ今日も張り切っていきますか!」

 

「3年生の包囲はどうすんだよ?」

 

「無視。だって別に指定エリア踏むのを妨害できるわけじゃないしね。向こうが出来るのは精々課題の先回り。それも確実じゃないし、こっちは移動してるだけで得点は稼げるし、課題も取れる可能性もあるけど向こうはかなり体力と気を張る必要がある。なので一昨日と同じで粘っていこう! ネバーギブアップ!」

 

「お、おぉ……なんつーか力技な作戦だな」

 

「やはり脳筋ピンクと呼ばれるだけはありますね」

 

「それ呼んでるのおまえだけじゃねーか……」

 

 私はその結論を一旦脇に追いやり、皆の士気を上げつつ出発の号令。須藤くんや颯くんも若干困惑してるし藍ちゃんは藍ちゃんだけど安心してほしい。力技だけじゃないからね。私は皆を引き連れてD10へ向かう。そして同時にトランシーバーで連絡を受け取り、指示を出すことにした。

 

 

 

 

 

 午前9時前には指定エリアであるC10に到着し、その次はすぐに1つ戻ってD10。最初のランダムエリアは踏めたため、ここからは移動は楽になるだろうと私たちはD10をすぐに踏んでから一度スタート地点であるD9に移動し、そこで水分補給やシャワーを浴びたりと休憩を取ることにした。

 

 ──が、その前に課題が出たので私はそっちにダッシュで移動した。D9にちょうどよく出た課題は『オープンウォータースイミング』。確か5日目のほぼ同じ時間にもこの場所で出てたけど海で泳ぐ課題だからこの場所でしか出ない課題なんだろうね。何度か同じ課題も出るって話だったし、運良く参加出来てよかった。かなり危なかったけどね。さすがの3年生でも女子の部で課題を先回りをするには大変だろう。これ終わったらシャワー浴びよっと。

 

 ただ更衣室に向かう途中で。

 

「お願いします」

 

 ──と、通りすがりざまに私は月城理事長代理から紙を受け取る。……ああ、例のお願いかな? 

 私は何食わぬ顔で更衣室に入り、そこで紙を開いてみた。するとそこには確かにちょっとしたお願いが書いてあった。

 私はそれを見て意味を考える。何で月城理事長代理がこんなお願い事を私にしてくるのか。

 ただそれを全て理解するには情報が足りない。だけど、重要な部分は理解した。

 なのでそのお願いを片隅に置いてから私は一度、水着に着替える。うーんスタート地点でやるとなると人も多いしかなりのサービスだね。まあでもたまにはファンの皆に私の輝きを見せてあげよう。そう思って更衣室から出ると──

 

「──ハッ。誰かと思えばDクラスのバカとその御一行じゃねえか」

 

 と、最近聞き覚えのある声が聞こえてきたので視線を向けると、そこには1年Dクラスを取り仕切るリーダーの宝泉くんが、須藤くんや鈴音ちゃん。隆二くんや颯くんに挑発を行っていた。

 帆波ちゃんと藍ちゃんは食料を持ってきているAクラスのグループの方に向かわせたためその場にいない。鈴音ちゃんに男子3人が宝泉くんと対峙するという構図を私は少しだけ観察する。

 

「宝泉……!!」

 

「あ? 何を睨んでやがる? また俺に遊んでほしいのか?」

 

「っ……」

 

 宝泉くんと対峙した須藤くんは怒りの籠もった視線を宝泉くんに向けるが、宝泉くんが更に威圧的な笑みを浮かべると須藤くんは僅かに怯む。そこから読み取れるのは須藤くんは宝泉くんの強さを身を以って知っているということ。おそらく、同様に鈴音ちゃんも知っているのだろう。若干身体が強張っている。それだけで何があったのかは何となく理解る。

 

「須藤くん。相手にしないで。彼を相手にしても何も得られないわ」

 

「……ああ」

 

「おうおう、随分と気丈じゃねえか。済ました顔してるがビビってるのが丸わかりだぜ」

 

「何を言ってるか分からないけれどここはスタート地点で教師の目もある。あなたお得意の暴力行為は通用しないわ」

 

「センコーがいるから平気そうにしてんのか。ダセェにも程があんぜ堀北よう」

 

「好きに解釈して。あなたにまともな言葉が理解できるとは思っていないもの」

 

 おおう、鈴音ちゃんがあそこまで言うなんて珍しいね。それくらい嫌なことがあったのかな? 

 

「あー、宝泉だっけ? 何があったのか知らないけど喧嘩はやめろよな」

 

「うるせぇよ。雑魚がしゃしゃり出てくんじゃねぇ。それともまずおまえから死ぬか?」

 

「死ぬかって……マジで言ってんのかよ?」

 

 あー駄目駄目颯くん。宝泉くんは相性悪いよ。そういう正論だけじゃ宝泉くんを説き伏せるのは難しい。教師の目があっても挑発はするし、少しでも見てないと思ったら全然殴ってくる。なのでやめた方がいい。颯くんは身体能力は高いけど喧嘩は全然だし。

 

「グループの仲間をあまり威圧しないでもらおうか」

 

「ああ? 誰だテメエは?」

 

「誰でもいい。ただそういった喧嘩を売る行為は見過ごせないというだけだ」

 

 そして今度は見かねて隆二くんが間に入る。隆二くんは昨年からずっとまめに身体を鍛えてるからね。筋肉は裏切らない。おかげで荒事にも多少の自信はついてきてるけど……だけど残念。こっちも相性が悪いというか相手が悪いよね。なんたって相手は宝泉くんだし。

 

「ハッ、笑えるぜ」

 

「何がおかしい」

 

「テメェのイキリっぷりがなぁ、あまりにもおかしくて笑っちまうんだよ。多少は鍛えてんのかもしれねぇが俺にしてみれば場数を踏んでねぇのがバレバレだ。それで自信満々に堂々と俺の前に立ち塞がってくんだからな。ギャグにも程があんだろ?」

 

「っ……言ってくれるな」

 

「なら俺を相手に場数稼ぎでもしてみるか? トラウマになって二度と拳を握れなくなっちまうかもしれねぇけどなぁ」

 

 隆二くんの睨みに宝泉くんはやっぱり怯みもしない。真正面から見下ろしてみせる。こらこら宝泉くんあんまり隆二くんイジメちゃ駄目だって。頑張ってるしこれでも一応強くはなってるんだから。ボクシングとか教えてあげてさ。そりゃ宝泉くんからしたら弱いかもだけど比べちゃいけないよね。

 でもちょっと雰囲気も悪いし、周りもざわついてきたんでそろそろ割って入ろっか。

 

「ま、精々俺にビビってろや。今回はおまえらみたいな雑魚を相手にしてる暇は──」

 

「──おっまたせー! 着替えてきたよ! 水着姿の麗ちゃんでーす!」

 

 ということでインターセプト。小走りで皆の前に姿を現してアイドルピースとウィンクを決めるのは世界一の美少女の麗ちゃん! 

 赤いビキニの水着がセクシー! 白い肌と笑顔が眩しいね! 

 

「って、あれあれー? みんなどうしたの?」

 

「っ、南雲。それが……」

 

「ん? ──あ、宝泉くんじゃん! やっほー!」

 

 私は白々しく小首を傾げ、宝泉くんの姿を見つけたところで笑顔で挨拶。

 その瞬間、誰もが宝泉くんと私の舌戦を予想したかもしれない。私ですら止めることは出来ないかもしれないと。

 だが──

 

「…………」

 

 宝泉くんは私を怖い顔で見たまま、言葉を発さない。

 その迫力はそのままに。だけど何も言わないので周囲は訝しむ。まさか本当に殴りかかるつもりなんじゃないかと。

 

 ──ま、違うんだけどね。私はそれを理解してあげながら最後宝泉くんに声をかける。

 

「宝泉くんも課題? それとも休憩かな? まーどっちにしても仲良くねー」

 

「ハッ、俺が雑魚と群れると思うのか?」

 

「思わないね。まあでもせっかくの給水地点だし、飲み物でも飲みながら私の活躍でも眺めててよ。あ、そうだ。さっきクラスの友達から課題で手に入れたジュースがあるんだけど飲む? 水じゃなくてラムネって珍しいよねー」

 

 私は先程Aクラスの生徒から貰ったラムネを宝泉くんに笑顔で手渡す。

 すると宝泉くんはそれを受け取った。

 

「もらっといてやるよ」

 

「じゃあ大人しくしててねー。っと、そろそろ課題のスタートかな。みんな行ってくるねー」

 

 そして私は皆に見送られながら手を振って課題のスタート地点へ向かう。スタート地点からは港のビットに腰を落ち着け、ラムネで喉を潤しながら私の方をずっと見ている宝泉くんの姿があった。うんうん、喧嘩はしてないようで何よりだ。関わりたいのは山々だけどあんまり関わるのも今は不都合があるし、巨乳アイドルの輝かしい活躍で今は我慢しててねー。

 

 その後、私は課題で無事に2キロを泳ぎきって1位を取って20点を獲得。みんなのところに戻ると既に宝泉くんはいなくなっていた。

 それとパラソルの下で休憩してるっぽい有栖ちゃんがこちらを見ることなく誰かとトランシーバーで通信してたけど課題中かな? なら話しかけるのも野暮だし、私はもう一度着替えがてらシャワーを浴びて次の指定エリアに向かった。同じようにトランシーバーで通信しながら。

 

「はい。それじゃみんな私の指示通りに動いてねー。じわじわとやるよー」

 

 私の言葉にAクラスのグループが応答する。とりあえずは兵糧攻めしつつ、しばらくは静観。後は……綾小路くんに龍園くん。それと……有栖ちゃん次第かな? 

 

 

 

 

 

『──なら交渉は決裂ってことだな?』

 

「ええ。悪い作戦でないことは認めますが、現時点でそれを行うことは少なからずデメリットを許容することになる。それは認められませんね」

 

 無人島のD9。私の定位置となっているパラソルの下で、私はトランシーバーを通じて2年Bクラスのリーダーである龍園くんとある交渉を行っていました。

 もっともそれは龍園くんの方から持ちかけてきたもので私が計画、提案したものではありません。

 そのため興味を覚え、こうして連絡を取ってみましたが……確かに面白い手ではありますが、デメリットを鑑みて私はその交渉をお断りすることに致しました。

 

『デメリットか。俺もあいつに執着してる自覚はあるがおまえのそれはもはや病気だな坂柳』

 

「病気という言い方は好ましくありませんが否定はできませんね」

 

 そして提案を拒否した私に龍園くんは昨日に真澄さんが指摘したのと同じことを奇しくも指摘してくる。

 ただやはり否定は出来ずに微笑んだ。私にとって綾小路くんは特別。

 彼にとって戦う意思があろうとなかろうと、私のプライドのために犠牲になっていただかなければなりませんからね。

 

『相手にされてねぇってのにご苦労なことだな』

 

「相手にされていない? 何を以て相手にされてないと?」

 

 だからこそ綾小路くんに関する挑発に、私は心を僅かながら刺激されます。

 

『クク……どうした坂柳。普段と違って動揺してるように見えるぜ?』

 

「見当違いの指摘をされたので興味深く思っているだけですよ。それで、何を以て相手にされてないと言うんですか? 私と彼の勝負はこれから。彼に負けたあなたや麗さんと違って、私はこれから綾小路くんと楽しいゲームを始めさせてもらいます」

 

 そう。私と綾小路くんの戦いはまだ始まっておらず、これから始まる。

 だからそのための準備をしなければならない。龍園くんや麗さんが敗北し、次の相手は私。

 この学校に入学して彼を発見してから思い描いていた理想の展開になっていることに私は心を躍らせていました。

 

『その割には綾小路からのアクションはないみたいだがな』

 

「彼は目立つことを好まない。進級して多少はスタンスを切り替えたようですが、表立って戦うことをしないのは変わっていません。あなたと麗さんの時もそうだったのでは?」

 

『だったら焦る必要もねぇはずだ。俺の提案を断り、綾小路にこだわるのはおまえ自身、それを自覚して焦ってるんだろ?』

 

「──面白いことを言いますね。この私が焦っている? 見当違いもここまでくると流石ですね」

 

『この学校に入学してもう1年半だ。時間はあるとはいえまだ奴と戦えていない。焦っちまうのも仕方ねぇよなぁ?』

 

「勝手に私の心情を捏造しないでください。私には私の優先順位があります。あなたの提案を断ったのはそれに基づいたまでのことですよ」

 

『優先順位か。なら奴の中の優先順位でおまえはかなり下の方にいるんだろうな。おまえの方は病的に奴を思ってるってのに可哀想で泣けてくるぜ。おまえのテントに行って失恋の傷を慰めてやろうか?』

 

「──随分と挑発がお上手ですね。冗談もそこまでにしておかないとただじゃ済みませんよ?」

 

 龍園くんの見当違いの言葉の数々に不愉快極まりない気持ちになった私は彼を恫喝します。

 ですがトランシーバーからは龍園くんの笑った声が聞こえるだけ。

 

『おまえが俺と敵対するってんなら容赦はしないぜ。だがそれは今じゃない』

 

「自分から喧嘩を売っておいてタイミングを計ろうとするとは。随分と丸くなりましたね」

 

『奴と再戦するにはこっちも相応の準備がいるからな。少なくとも邪魔な連中は叩き潰さなきゃならねぇ』

 

 龍園くんが言う邪魔な連中とは、3年生や1年生のことを言っているのでしょう。少なくとも今回の特別試験での明確な敵は他学年。私も当然それは承知しています。

 

「珍しいですね。あなたがそこまで食い下がるなんて」

 

『自意識過剰だな。おまえが乗らねぇなら手は別にある。だが一応、明日まで待ってやるよ』

 

『そうですか。答えは変わらないと思いますが、状況は変化し続けます。連絡だけは取れるようにして差し上げますのでお好きにどうぞ』

 

 私の返答を聞くと鼻を鳴らし、龍園くんはトランシーバーを切ります。

 そこで私はようやく海の方に視線を向けますが、麗さんが他のグループの面々と港を離れていくところが見えました。

 

 ……龍園くんも麗さんも今のところ上手くやっているようですね。

 

 麗さんは今もまだ1位。龍園くんのグループも5位につけています。私たちも6位で龍園くんのグループとは1点差。上手く行けば表彰台に上がることもできるでしょう。

 ですがやはり鍵を握るのは綾小路くん。彼がこの無人島でどう立ち回るかでこの後も波乱が起こる。

 

「それにしても暑いですね」

 

 そうして思考をしながらも、しかし私は外気温の高さについ独り言を呟きながらタオルで汗を拭き取ります。

 パラソルの下。いつでも水分補給は出来るとはいえ、この真夏の無人島は私にとってじっとしているだけでも体力を奪うものです。前日に雨が降っていたこともあり湿度も高く、蒸し暑い。僅かな不快感を感じながらも私は汗を拭き終えると水を飲み、再びトランシーバーで真澄さんたちに指示を出そうとしました。

 

 ですが──

 

「──綾小路くんですか?」

 

『ああ、オレだ坂柳』

 

 真澄さんたちに連絡を取ったところ、取り次ぎたい相手がいると真田くんから告げられて私はそこで綾小路くんの声を久方ぶりに耳にしました。

 それだけで私は心が踊ります。彼が真澄さんを通じて私に接触してきた。何か考えが、あるいは策があるのは明らかです。

 だから彼を何を言うかを楽しみにした。そして彼から用件が告げられます。

 

『大事な話がある。明日の午前5時。スタート地点すぐ近くのC9の浜辺に来てくれ』

 

「C9の浜辺ですか……」

 

 綾小路くんからの呼び出し。大事な話があると待ち合わせ場所を告げられ、私は少し悩みます。なぜそこに呼び出すのか。トランシーバーで伝えるには不都合なのか。幾つかの疑問が浮かびます。

 ただせっかくの綾小路くんの呼び出しです。どんな思惑があるにせよ、断るのは少し勿体ないと思ってしまいます。

 それにスタート地点では教師の目があるなど不都合も多いため、私は考えた末に──

 

「分かりました。お待ちしています」

 

 その申し出を受けることにしました。

 

 

 

 

 

 私は無人島の地図を頭の中に思い浮かべながら早朝にそこを目指します。

 無人島のC9は港の湾内。大部分が海であり、陸地は僅かしか存在しません。

 そしてC9の浜辺というと港から300メートルほど歩いたその地点となります。

 スタート地点近くの浜辺、というと細かい待ち合わせ場所の指定はできないためC9を指定するのは待ち合わせには適しています。

 

 なので私は浜辺から少し距離を取った平坦な道を杖を使って向かうことにしました。早朝の5時とはいえ少しの蒸し暑さを感じます。もう少しで日の出なので出来ればそれまでに戻りたいところですが、想定よりも時間がかかってしまっているのは私の見通しの甘さでしょう。

 

「そういえば……以前にもこんなことがありましたね」

 

 私はかつて1人で海へ足を運んだことをふと思い出します。

 あの時もたった1人。真夏の照りつける太陽の下で大切な帽子を拾うために浜辺を目指し、そこで私はつい体力を切らして眠ってしまいました。

 

 ですが目覚めた私の前には飛ばされたはずの帽子とミネラルウォーターが置かれていて……遠くに去っていく同じ歳くらいの男の子の背中に、誰かのことを思い出しました。

 

 そう、あの時はあえて可能性から排除した。外の世界にいるはずがないからと。

 

 でもどうしても思い出してしまう相手。ガラス越しに見た彼のことを、私はいつしか壊したいと思うようになりました。

 

 そしてその想いは今もまだ全く変わっていない。

 私の使命とも言うべきその目的を果たすために、私は私の才能を使う。

 

 だからこの無人島試験においても綾小路くんに──

 

「──来たか、坂柳」

 

「……! 綾小路、くん……」

 

 ──いました。

 

 気づけばC9の浜辺に辿り着いていたのか。もしくは綾小路くんの方から近づいてきたのか。それが分からないくらい気づけば体力を消耗していたようです。

 できれば早くスタート地点に戻って水を飲みたい。そう思いながらも呼吸を整え、綾小路くんとのやり取りを行おうとしました。

 

 ──ですが。

 

「本当に来たんだな」

 

「……? どういう意味でしょう? 呼び出したのはあなたの方では?」

 

「ああ。それは間違いない。だが……来て欲しくはなかった」

 

「何を……、──!?」

 

 綾小路くんの瞳は、あの時のまま冷たく変わらないもの。

 だから油断してしまったのでしょう。私は不意に杖を引っ掛けられ、浜辺に転がされます。

 そしてそのまま杖を奪われてしまいました。油断していなくても躱すことは出来ませんが……私は疑問を感じながらも綾小路くんを見上げます。

 

「坂柳。おまえは自身のプライドとオレへの執着によって判断を誤った」

 

「何を……私の何が誤ったと?」

 

「分かっているはずだ。南雲麗や龍園翔。それらの相手に対する予想外の敗北。早々にクラスが下位に落ちたことや裏切り者が出たことでおまえの中でクラスに対する帰属意識やクラス同士の競争に対する意欲が低下した。そしてオレにのみ執着し、今ではクラスを私物化している」

 

「おまえは負けている。勝っているならその我儘も多少は許されるかもしれない。ただおまえはプライドが邪魔して負けているのに最優先して取るべき手を取れないでいる。機能不全を起こしているんだ」

 

 綾小路くんは上から、砂浜の上に倒れる私に言葉を浴びせます。

 杖を奪われたことなど些細なこと。私は乱れる呼吸を元に戻そうとしながら反論を試みます。

 

「クラスメイトの掌握など、造作もありません。すぐに橋本くんも葬って、それから立て直しを図ってみせますよ」

 

「無理だな。今のおまえにはできない」

 

「できないと、否定する根拠はなんですか?」

 

「逆だ。出来る根拠がオレには見えない。オレから見ればおまえはAクラスで意図的に派閥争いを起こさせ、裏切り者を出す結果を生んだ暗君だ」

 

 綾小路くんの言いたいこと。それ自体は理解できます。

 入学当初に葛城くんが台頭し、すぐにねじ伏せることも出来たのをあえて放置してしばらくそれを楽しんだこと。夏休みに司城くんを弁護せずにリスクヘッジとして切り捨てたこと。

 クラスの状況に不安を覚えた森下さんが麗さんに誘われてクラスを移り、クラス内投票では葛城くんを騙して戸塚くんを退学させ、そのことが葛城くんを龍園くんに引き抜かれることに至った。橋本くんのことも裏切りを防ぐことは出来なかったと、その結果を見て綾小路くんは私を責め立てます。ですが……。

 

「誰が抜けようと問題ありません。駒が少なくとも私はあなたとどちらが上か、勝負を付けられればそれでいいですし、十分に勝つ自信もあります」

 

「無理だ。今のおまえじゃオレと勝負にならない──いや、それ以前の問題だ。勝負すら実現しない」

 

 どこまでも高みから。綾小路くんは冷たく私に断言します。

 ですが私はそれを認めない。認められない。

 

「成長しろ坂柳。真にクラスを裏切っているのは誰なのか自覚しろ。でないとおまえに──この学校での未来はない」

 

「ふざけないで、ください……!」

 

 それだけ告げて綾小路くんは私に背を向けて歩き出します。

 杖もすぐ近く──とはいえ私との距離は数メートルは離れていますが──そこに捨てた上で。

 ですが私は杖ではなく綾小路くんを追いかけようとします。

 目の前に座っていたはずの対局相手が消えていなくなる感覚。

 それをもう一度席につかせるために。私は文字通り地を這いました。

 ですが貧弱な私の身体では追いつけるはずもなく……。

 

「おまえが目を向けるべきはオレじゃない」

 

 最後に綾小路くんの言葉が耳に届く。

 気づけば私は砂浜の上で、体力を切らしていました。

 

 ……そしてどれだけの時間が経ったことでしょう。

 

 いつしか頭上を照りつける日差しを感じて、私は朦朧した意識の中で考えます。ここはスタート地点の港から……おそらく300メートルほど離れた砂浜。私が目算を誤っていたとしても精々500メートルほど。

 スタート地点は多くの生徒が立ち入るため、私のことを偶然見かける可能性は高いでしょう。

 しかし5時半に日の出だとしても行動を始めるのは大体6時以降。午前7時の指定エリア発表と課題が出てくる少し前に起きるのが普通です。

 なので運が悪ければ1時間近く発見されないかもしれませんが、幸いにも私にも腕時計があります。緊急アラートが鳴ればどのみち発見されてスタート地点に戻れます。頭の中でそう計算し、自分は大丈夫だと判断。

 

 ただそれでもこの暑さと不快感は拭えません。先程1回目か2回目だかのアラートが鳴ったような気がしましたがそれでも人は来ませんし気づきません。

 

 ですから私は気絶するか、人が来るまでの暇つぶしとして昔のことを思い出します。

 あのホワイトルームでガラス越しに見た少年と父の言葉。

 いつしか彼のことを想い、彼を壊したいと心に抱えることになった渇望。

 あの夏の海で見た少年の姿。

 それらを思い返し、綾小路くんとの勝負が近づいていた──そう思っていた自身の判断に誤りを認める。

 

 少なくとも綾小路くんの方は──私との勝負など二の次。

 現時点では期待すらしておらず、受ける気もないことを。

 

 そしてそうなったのは私自身の見通しの甘さ──いえ、実力不足が原因。

 私は勝負する前から……綾小路くんにたった今、負けてしまったのだと。

 

 それは私にとって屈辱であり……しかし同時に、どこか笑ってしまうような結果でした。

 そう……私はどんな形ですら結果を求めていた。どちらが上か下か分かればどんな形での決着でもいいと。

 

 だから戦う前から、綾小路くんが上だと認めてしまった現状は私の夢見たものではなくとも私の求めたものであるはず。

 ですからあれだけのことを言われてこうして放置されながらも、綾小路くんに怒りや憎しみを抱くことはありません。

 

 ですが……ただやはり、それでも思います。

 綾小路くんと戦ってみたかったと。

 戦わずに実力を認めながらも、自分の才能が彼を上回るところを見せたかった。

 彼は本物の天才。人工的な天才である彼に温もりを与えたかった。

 

 そして自らの胸の内に感じる想いを僅かに自覚します。

 

 もはやそれを伝えることも叶わない。おそらく、私はこの後リタイアすることになるでしょう。

 そしてCクラスはまたしても敗北し、順位を落とします。今度はDクラスになりますか。さすがにそこまで落ちるとは思いませんでしたね。

 そしてクラスの人たちはより士気を下げるでしょう。表立って反逆する人はいませんが、今度こそは私も糾弾されてしまうかもしれませんね。

 

 ただそれも私の責任です。

 クラスがまとまらないのであればこの学校で綾小路くんと戦うことも難しい。おそらく、綾小路くんはそれを理解して私にあんな言葉を告げたのでしょう。今ではそれを理解できます。

 

 ただ今更理解したとしても私がリタイアした時点でCクラスに勝ち目はありません。タイムリミットはすぐそこまで迫っています。

 

 そして私は……それを受け入れるしかない。自力でスタート地点に戻ることはできない。

 最後の最後で私の身体的な部分。そして綾小路くんにこだわってここまで1人で自分の足でやってきたことが災いした。

 

 つまりは私の失策。ですから、そう──受け入れます。

 

 私はついに目を閉じ、意識を自覚的に手放そうとしました。あの時のように助けてくれる少年は、もう私の側には──

 

「ちょっとあんた!?」

 

「……っ…………真澄、さん……?」

 

 ──私の知る、別の知人がいました。

 私のことを見つけて焦ったような声が聞こえます。急いで駆け寄ってきたのか、私の身体は起こされます。

 そしてゆっくりと目を開けば、やはりそこには真澄さんがいました。

 

「こんなところで何やってるのよ……!?」

 

「……真澄さん……なぜこんなところに……?」

 

「それよりも水飲める?」

 

「……はい、大丈夫です……」

 

「わかった。ほら、これ飲んで」

 

「ん、ぅ……っ」

 

 抱き起こした私の口元に、きちんと確認を取ってから真澄さんが取り出した水を飲ませてくれます。

 加えて同じように水をタオルにかけて私の首元に巻きました。そして私を砂浜から一度森の方の日陰へと運びます。熱中症の応急処置としては悪くない対応。さすがは真澄さんですね。

 

「……ありがとうございます。おかげで楽になりました……」

 

「危ないところだったわね。緊急アラートも一応止めたわ」

 

 手動で緊急アラートを止めた。ということは私が倒れてから25分程度は経っているということになりますか。

 一応こちらに教職員や医療スタッフがかけつけている可能性もありますが……どちらにせよスタート地点でメディカルチェックを受けなければいけませんね。

 

「……スタート地点に連れて行ってください」

 

「言われずとも連れていくわよ。まったく……何やってんのよ。1人で出歩くなんて」

 

「申し訳ありませんでした」

 

「はぁ? ……あんたが謝るなんて珍しいこともあったものね

 

「そうでしょうか。そうかもしれませんね」

 

 謝罪したことが全くないわけじゃない。

 ただ真澄さんの言う通り、こんな風に弱音染みた謝罪を行うのは私らしくないかもしれません。

 

「ところで……なぜここにいるんですか?」

 

「別に。朝早く目覚めてあんたの指示通りにGPSサーチをしたらあんたの反応がここにあったから来ただけ。私たちはC7にキャンプを張ってたから近かったし」

 

「真田くんや鬼頭くんには?」

 

「言ってない。だから今頃私のことを探してるかもね。ちゃんとあんたの口から説明してよ」

 

「なるほど……それは悪いことをしましたね」

 

 私が再び謝意を示すと真澄さんはまた少し驚いたような表情を浮かべました。

 ですがその表情はすぐに呆れのものに変わります。

 

「本当にあんたらしくないわね。何か悪いものでも食べたんじゃないかってくらい」

 

「食事に問題はないはずです」

 

「なら何かあった? そもそもなんでここに1人で倒れてたのかも気になるし」

 

「それは──」

 

 私はそこで答えることを若干躊躇して間を取ります。

 ですが今更隠すことでもない。そう判断した私は真澄さんに教えてあげます。

 

「綾小路くんにしてやられまして。どうやら私は彼のお眼鏡に適わなかったようです」

 

 そう、勝負の相手に相応しくないと告げられた。

 私がこうしてここに呼び出されたのはおそらく、それを告げると同時にCクラスをこの試験から脱落させるため、でしょうか。

 あるいは私がこの場にやってきた時点でどうなろうと構わなかったか。

 どちらにせよ私はゲームの相手に相応しくないということ。

 綾小路くんにそう告げられてしまった以上、私もそれを受け入れる。

 そう思って私は真澄さんにリタイアの意思を伝えようとしました。

 

「綾小路ね。じゃあ次はどうするつもり?」

 

「どうもしませんよ。私はそれを受け入れます」

 

「はぁ? どういうことよ」

 

「彼との勝負は終わりです。私は責任を取ってクラスのリーダーをやめます」

 

 そのことを真澄さんに伝えます。あとはよろしくお願いしますという意味も込めて。

 私の指示にもう従う必要もありません。そう口にしようとして──

 

「……そ。じゃあ後はゆっくりしなさいよ。私もリタイアするから」

 

「……真澄さんもリタイアするのですか?」

 

 真澄さんはそれを止めることなくため息1つでそれを認めました。

 それは彼女らしい判断で好ましいもの。ですが、その後の自分もリタイアするという言葉には疑問を覚えます。

 

「どうしてですか? 私が抜けるとはいえグループはまだ上位です。プライベートポイントもいただけますし、抜ける必要があるとは思えませんが」

 

「それを言うならあんたもでしょ。綾小路がどうのこうの言っても別にリーダーをやめる理由にもリタイアする理由にもならないし」

 

「私にとって彼は特別ですから」

 

「またそれね。ま、別にいいけど。とにかく上位目指さないなら私ももう疲れたし休ませてもらうわ。鬼頭と真田には迷惑かけるけど後は2人でもやっていけるでしょ。後は船で適当にすごすわ。あんただってそうでしょ?」

 

 そう言って真澄さんは私に問いかけてきます。

 正直に言えば、私はこのまま学校を自主退学するつもりでした。

 綾小路くんに勝負を受けてもらえないならもうこの学校にいる意味はないと思ったからです。

 

 ですが……。

 

「真澄さんはAクラスを目指さないのですか?」

 

「あんたはもう目指さないんでしょ? だったら私もいい。Aで卒業するに越したことはないけどそこまで興味があるわけでもないし。だから後の学校生活はあんたとの約束だけ果たすことにする」

 

「私との約束、ですか?」

 

「は? 自分から脅してきたくせに覚えてないわけ? 秘密を守るかわりに協力しろって言ったじゃない」

 

 もちろんそのことは覚えています。

 ですがそれはもう果たす必要はありません。真澄さんを手駒にしたのも綾小路くんとの戦いのため。それと万引きを行った彼女のことを面白いと感じたからでしたから。

 ですからもう必要ないと、そう口にするつもりでした。

 

「真澄さんは……」

 

「何よ」

 

「真澄さんは、その約束がなくとも──私について来てくれますか?」

 

 ただそれだけの言葉を紡ぎ出すのに、私はどういうわけか苦労してしまいます。

 そもそもなぜそんなことを聞いたのか。自分でも自分のことがよく分かりません。

 熱中症で思考力が低下してしまったのか。綾小路くんのことがショックで弱気になってしまったのか。

 ただその影響があったとしても……その答えを何故か知りたくなってしまった。

 

 そして真澄さんはそれを耳にして私の顔を見ました。そこで驚いた表情を浮かべ、再びため息を1つ。

 

「ったく……本当にあんたらしくないわね」

 

「どうなんですか?」

 

「……約束がなかったら付いていかない……って言いたいところだけどね。確かにあんたが言ったように退屈だけはしないし。普通にするわよ。あんたって地味に危なっかしい時もあるし」

 

「聞き捨てなりませんね。私のどこに危なっかしいところがあるのですか?」

 

「さっきまで砂浜で倒れてたでしょ。そういうところよ」

 

 私の身体的な部分。そこを突かれると私は言い返せません。

 ただそうして私の身体を誰よりも優しく支える真澄さんの答えを聞いて思いました。

 今まではただの駒だと思っていた相手の存在。

 私がかつてお父様に教えられ、綾小路くんに与えようとしていた人としての温もり。

 

 無論、全てが劇的に塗り替わるわけはありません。

 

 ただほんの少しだけ。私の心に生じたもの。

 固められていたプライドが一度壊れ、隙間が生じた。そこに入り込んできた彼女の存在。

 ……いえ、本当は最初から気づいていた。気づいていたのに、気づかないようにしていました。

 

 そしてそれらを自覚した時に、同時に気づきます。私はまだ──完全に綾小路くんに見限られたわけではないということ。

 綾小路くんが何故この場に呼び出し、あのような言葉を告げた真意を。あの言葉は全て正しいものだったことを。

 もちろんそれに気づいて腹立たしい気持ちもありますが、それ以上に得心します。

 綾小路くんと勝負するために見るべきもの。私自身の心の理解。

 

 それを最後に確かめるために、私は真澄さんに問いを投げます。

 

「真澄さんは私がクラスのリーダーに相応しいと思いますか?」

 

「は? 今度は何よ。リーダーはやめるんじゃなかったの?」

 

「答えてください」

 

「……ま、あんた以外じゃ他のクラスに勝てそうにないし、相応しいかは知らないけどやった方がいいんじゃないの? 今は負けてるけどそれをひっくり返すくらいの手はあんたなら思いつくでしょうし。……私たちが足を引っ張らなきゃね」

 

 と、そう答えた真澄さんが何を思い浮かべたかは聞くまでもありません。

 先の課題の『将棋』であったり、今までの試験で少なからず自分たちにも責任があると感じているのでしょう。

 ですがそれは大きな間違い。それを動かしていた私の責任です。

 そしてそんな風に……友達が責任を感じているなら、それを払拭して差し上げるのがそれを導いた私の責任であり償い。

 

 ですから私は……1つ、歩みを進めることに致しました。

 

「そうですか。──では前言を撤回します。リーダーの座は降りません。真澄さんの希望通りここから逆転を見せて差し上げますよ」

 

「……そ。だったら私もリタイアは出来ないわね。残念だけど。なら次はどうするの?」

 

 私の意を決した宣言も自然体で受け取り、すぐに最初のように指示を聞こうとする真澄さんのさばさばした性格をありがたく感じます。

 あまり反応されると気恥ずかしいですからね。

 

「一先ずメディカルチェックを受けますが体調も回復してきましたしリタイアする事態にはならないでしょう。それが終わったら龍園くんと連絡を取ります」

 

「龍園と? なにする気?」

 

「彼からの提案を受けます。2年生全体での協力による3年生と1年生への対抗。そして──彼のグループと合流します。AクラスとDクラスに対抗するために」

 

 そう。それでCクラスは僅かながらでもポイントを得るチャンスが生まれる。

 Bクラスもポイントを得られますし、AクラスとDクラスの躍進は変えられませんがそれは些細なこと。

 重要なのはこれから──クラスをどう取りまとめるか。

 

 そのためにも更にもう1つ、私は以前の私では考えられない手を取るため、スタート地点で龍園くんに連絡を取った後、また別の相手にも指示を出すことに致しました。

 




今回はここまで。有栖ちゃん回でした。次回は遂に鉄火場というか色々あります。お楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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