「待って!」
オレが茶柱先生に須藤の点数をまけてもらえるかと再度質問した直後。背後からの声に振り返ればそこには堀北が立っていた。
「今の話はどういうこと? 綾小路くん、どうやってそんな額のポイントを……それに、今の話は本当なんですか? 茶柱先生」
「……堀北か。残念ながら本当の話だ。Dクラス以外の今年の新入生の中には、これほど大掛かりな仕掛けを行える生徒がいるということ。Aクラスに上がるというお前の目標がどれだけ大変なことか、改めて理解したか?」
「そんな……いえ、そんな筈ありません。そんな仕掛けを入学して2ヶ月の生徒が行える筈がない。必ず何か不正がある筈です」
「フッ……」
茶柱先生は堀北の訴えを鼻で笑う。オレもおそらく先生と同様のことを思った。それを先生は口にする。
「お前がこの学校の仕組みをどれだけ理解していると言うんだ堀北。不正がある筈だというその根拠は? 何が問題かも分かっていないのに当てずっぽうで疑うな。お前の想像する何倍も、この学校は自由度が高い。試験をクリアする道筋は幾らでも存在する。並の考えでは実現不可能と思われる方法、発想にすら至らない方法でも、優秀な生徒であればそれを思いつき、その条件も楽々とクリアしてしまうという訳だ。もう一度言うぞ──己の立ち位置を改めて理解したか? 堀北」
「っ……」
現実を突きつけられ、堀北の表情が悔しげに歪む。茶柱先生はそれを満足気に見た後、オレへと視線を戻してきた。
「それで……須藤の点数をまけてほしいという話だったか」
「ええ、どうでしょう?」
「ふーっ……」
オレの願いに思考を巡らせたのだろうか。茶柱先生は大きく息を吐く。気持ち不服そうにも見えるそんな表情で。
「……残念ながら点数をまけることはできない」
「……そうですか」
オレはそれを受け止める。受け止めざるを得ない。
オレにとってもこの結果は不本意なものだ。そもそも、100万というポイントを用意しなければならなかったことも、今後のことを考えるとあまり良い展開とは言えない。
だが致し方ない。オレは堀北と約束してしまった。ここで多くのポイントを支払わなければならないことは……正直、痛い。ここは須藤を見捨てた方が賢い選択とも言える。オレの中の冷静なオレが、その可能性を指摘する。
だが……一方で、どこか堀北や須藤といった生徒の先を見てみたいと思う自分もいる。もっとも、そうでなくとも約束は果たされる。オレはチャットを送った……その返事を見て言った。
「──まけてもらえないなら仕方ないですね……なら
「…………」
「え?」
堀北の目は驚愕で丸くなる。対する茶柱先生は、さすがに一度目ほどの驚きはない。オレのことを真っ直ぐに見つめ、そして忠告する。
「なるほど……確かに、ポイントがあるというなら構わない。一応確認させてもらおう」
「ええ、どうぞ」
オレは先程見せた画面を更新して見せる。
そこには150万ものポイントがあることを示していた。
「……わかった。いいだろう綾小路。お前の申し出を受けてやる。須藤にはお前達から退学取り消しの件を伝えておけ」
「わかりました」
「ああ。……だが綾小路。それほどのポイントを、須藤なんかのために失ってもいいのか? それほどのポイントを得るのにはそれなりの代償が必要だっただろう? それだけ苦労して須藤を救ってもお前に得はない。むしろこれから苦労することになるかもしれんぞ?」
「どうですかね。それは分からないんじゃないですか。今回、他クラスの妨害がなければ須藤は中間試験を乗り越えていた。あの須藤が、ですよ先生。それを見て、須藤に投資するのは間違った選択ですか?」
「さあな。私から見れば分の悪い投資に見えるが……まあお前が良いというなら構わない。ポイントはすぐに徴収させてもらう」
「はい。お願いします」
そう言って茶柱先生は堀北の横を通って屋上から出ていく。
そうして残されるのはオレ達2人。堀北は、オレのことを信じられないような目で見ていた。
「……綾小路くん。それだけのポイント、どうやって──」
「ギリギリだったな」
「……え?」
オレは正直な感想を口にする。もしこの攻撃を、入学当初や堀北と知り合っていない状態で迎えていれば須藤の退学を防ぐことは出来なかった。結果防ぐことに成功しているためもしもの可能性を考えても仕方ないとはいえ、それでも負けていた可能性があったのだ。その現実を、オレは堀北に教えてやる。
「偶然と運に助けられた。オレがポイントを集めることが出来たのはそれに寄るところが大きい。オレ1人の力じゃ、150万ものポイントを集めることは出来なかっただろうな」
「それは……そうだと思うけれど。いえ、そもそも1人じゃなくてもそれだけのポイントを新入生が集められるなんて思えないわ。一体どんなカラクリを使ったの?」
「新入生が集められるとは限らない、か……確かにそうだな。オレにもそれは分からない。オレがポイントを集められたのは本当に運によるところが大きいからな」
「だから……どんな方法を使ったのと聞いているのだけど」
「悪いがそれは言えない。このことは他言しないと、そういう条件でポイントを受け取った」
そこまで言えば堀北にも分かったのだろう。オレが言えるギリギリのその言葉。他言無用という条件で受け取った。つまりは、第三者にお願いして助けてもらったということだ。それを理解し、堀北は眉間に皺を寄せる。
「それほど大量のポイントを……? ……一体どういう条件で借りてきたのか知らないけど、なるほどね。どうやってポイントを用意したかどうかは理解したわ」
だけど、とそこで堀北は言葉を区切る。そう、ここで問題なのはオレの方ではない。堀北もさすがに疑問に思っているか。
「中間試験の過去問のすり替え……そんなこと、一体どうすれば可能なの? 過去問は上級生から貰ったと言っていた……その上級生の先輩が、他のクラスに協力していた?」
「協力していたことは間違いないがそれだけじゃ色々と足りないな、堀北」
「……嫌味な言い方をしてくれるわね。綾小路くんには、相手がどうやってすり替えをしたか分かっていると言うの?」
「おおよそはな」
オレの言葉に少しムッとした堀北だが、オレの言葉を求めているのかいつものように暴力に訴えてはこない。その殊勝さに免じて、オレは自分の考えを話すことにした。
「まず相手は上級生と通じていた。これは間違いない。過去問のすり替えを実行した黒幕は、何らかの取引を行って上級生に対し、1年の生徒で過去問を求める者がいたら用意した別の過去問を用意するよう協力を取り付けた」
「何らかの取引……つまり、ポイントを使ったということね」
このくらいのことはさすがに今のやり取りを見ていた堀北にも分かるか。オレはその言葉に頷く。
「ああ。おそらくはそうだろうな……だがそうなった時に疑問が残る。それだけのポイントを、どうやって用意したかだ」
「? どういうこと?」
意味を理解していない堀北に、オレは説明する。
「黒幕は最低でも2年生全体と3年のDクラス。それだけの数の上級生に協力を取り付けていた」
「……え?」
「そして、それだけの数の協力を取り付けるにはその交渉手段、時間や伝手もそうだが……何よりも、大量のポイントがいる。偽の過去問の用意も含めて……少なくとも
1人1万だとしても5クラスで200万はかかる計算だが、偽の過去問の手渡しだけ。そして協力の拒否ということだけに限定すればかかるポイントはそれだけ抑えられると見ている。
だがそれでも莫大なポイントを動かしているのは間違いない。それを理解しきれていないのだろう、堀北から待ったが入った。
「ちょっと待って。それなら……その黒幕は、2ヶ月で100万ポイント近く稼いでいて、それをDクラスを陥れるために使ったというの?」
「ああ。最低でもな」
「……信じられない。一体どんなことをすればそんなことが可能なの? 綾小路くんみたいに、持っている人から借りた……? おそらくそれも、上級生から。一体どんな条件で……」
「悪いがオレの条件は参考にならないぞ。現に150万ポイントを借りたオレでも、その方法は見当がつかない」
さっきも言ったが、オレのやり方は運に助けられたもの。採算度外視……いや、オレの存在に価値を感じている相手にふっかけただけのことだ。
相手が同じ方法でポイントを手に入れた可能性は0じゃないが……どうもしっくり来ない。自分から交渉したところでそれだけのポイントを獲得するのは至難の業。それだけ信頼を積み重ね、相手を納得させなければならない。
入学してたった2ヶ月の生徒が、それだけの信頼を得ることは可能なのか。
それだけのポイントを持つ上級生自身が何らかの理由で仕掛けてきたことも考えたが、その可能性は薄い。オレが交渉した相手も「上級生が指揮を取っている可能性は低い」とオレの考えを補強してくれていた。
それに問題はそこだけじゃない。ポイントの問題がクリア出来たところで、また新たな問題が浮上する。それを思考し始めた時、堀北からも疑問が投げかけられた。
「……いえ、やっぱりありえないわ。そもそも綾小路くんはどうしてそう思ったの? 須藤くんも櫛田さんも過去問は3年のDクラスから手に入れたと言っていたわ。それなのにどうして?」
「テスト前日とテスト後に確かめた。2年生と3年生。それぞれのクラスの生徒に声を掛けて交渉してきた。その時に2年のDクラスから手に入れた過去問は櫛田が手に入れた過去問と同じもので他の2年生からはそもそも交渉を受け付けてもらえなかった。そして……3年のCクラスに見せてもらった過去問は、オレ達が受けたのと同じ問題。つまり、正解の過去問だった」
テスト前とテスト後に櫛田にも協力してもらって調べた結果を口にする。櫛田と合わせた少ないポイントを何とか工面して(後は櫛田の天使パワーで)上級生にお願いして各クラス毎の過去問の差異を確かめた。そうして出てきた結果が今口にした、2年のDクラスと3年のDクラスから手に入れた過去問は英語の問題だけがすり替えられた過去問で、3年のCクラスから手に入れたのが正解の過去問だということ。
「2年生のCクラス以上からは交渉を受け付けて貰えなかったが、その時の反応は櫛田に頼ませてもそっけないもので取り付く島がなかった。確認する術はないが、過去問の交渉を拒否するように取引していたのならその反応も納得だ。ポイントを使った取引を行っていると考えられる1つの理由でもある。偽の過去問を手渡すというリスクのある協力と、交渉を拒否するだけという消極的でリスクの少ない協力。後者を選べばポイントの支出は抑えられる」
だがそれだけでは過去問を1年生に渡すことは出来ない。だからこそ、相手はそこまで読み切って罠を張った。
「そして偽の過去問を手渡す相手として2年と3年のDクラスだけを使った理由はポイントの消費を抑えるだけじゃない。ポイントを使って過去問の交渉をする際に高い可能性でDクラスの生徒を狙うと読んでいたからだ。入学してまだ2ヶ月の新入生はポイントを多く持っている訳ではない。特にオレ達Dクラスのようなクラスポイントが少ないクラスに所属する生徒なら、出来るかぎりポイントの消費を抑えようとポイントに困っているDクラスの生徒を狙い撃ちにする。事実オレもその罠には引っかかった」
「ちょっと待って。その言葉だとあなたが最初に過去問を手に入れたように聞こえるけれど……」
「ああ、櫛田が手に入れた過去問は実はオレが手に入れてきたものなんだ」
もはや隠す必要はないとそれをカミングアウトする。それで堀北は納得したようだ。少しだけ呆れるような表情を見せた後、すぐに顔を真剣なものに戻す。
「……なるほどね。でも……そこまでする必要はあるのかしら? そこまで大掛かりなことをしなくても須藤くんにやったように過去問を直接渡すよう向こうから交渉をしかければいいじゃない。それに、問題だって英語だけじゃない。須藤くんの持っていたその過去問を使って罠に嵌めればいい。それなら私達はもっと壊滅的な被害を受けた筈。退学していたのもおそらく1人や2人じゃ効かないわ」
堀北の続けざまの疑問にオレは頷く。それぞれ別の問題だ。
「……後者についてはそうでもない」
「どういうこと?」
「今回の中間試験の赤点の基準だ。前回に受けた小テストとは違う。その赤点の基準は平均点÷2だった」
「あ……」
失念していたという表情だろう。無理もない。テストの結果を見る限り、堀北もその可能性には予め辿り着いていたが、テストの結果発表後は皆冷静ではいられなかった。ここまでの話も含めて衝撃的すぎて頭から抜け落ちていたのだろう。オレはそれを説明する。
「過去問をクラス全員で共有した結果、偽の過去問だった英語のクラス全体の点数が大幅に落ちた。結果、平均点は大きく下がり赤点のラインも下がる。池や山内はそれで退学を免れることになった。須藤の点数も、たった1点足りなかっただけだ」
あれは本当に運が良かった。赤点のラインが下がったとはいえ、あるいはあのテストで多くの退学者を出していた可能性がある。それも見越して大きくポイントを借り入れようと画策したが、そこが抑えられたのは僥倖だろう。おまけに須藤の方も他の数点足りなかった教科と比べて赤点ラインまでの点差がそこまで開いてなかったのも非常に運がいい。なぜなら、だ。
「もし英語の過去問が偽物でなかった場合、クラスの平均点は上がって須藤の退学を取り消すことは不可能だった。そして……これは須藤が頑張った成果と言えるだろうな。須藤が英語のテストで赤点ラインを大きく下回っていた場合も悲惨なことになる。須藤の点数を何とか用意したポイントで買ったところで、そのせいで平均点が引き上げられて池や山内が赤点ラインを下回ることになれば余計にポイントを失っていたところだった」
「っ……それは」
「わかるか? ある意味で、オレ達Dクラスは黒幕に救われている」
堀北の額に汗が滲む。恐れているのだろう。ここまで狙い撃った黒幕の策略に。堀北が思い浮かばないその先を、オレは説明してやる。
「過去問を全てすり替えられていればそれはそれで危機だっただろう。後は冷静さを失わせた上での実力勝負だ。退学を避けられる保証はどこにもないが、それで引き下げられる赤点ラインを思えばよりマシな結果で終わっていた可能性もある。須藤を救うのにも、それほどポイントを使わなかったかもな」
「っ……!」
そこまで言えば堀北は今度こそ言葉を失った。ここまでオレに説明されることで何とかついてきたこの話。オレが看破し続けたその作戦を、向こうもギリギリまで読み切っていたという驚愕の事実に。
「過去問を求める生徒が来れば報告するように契約に含めていても何ら不思議はない。むしろ把握しようとするのが普通だ。Dクラスのオレが過去問を求めてきた時点で黒幕もまた気づいて先回りしようとした。Dクラスで過去問の共有が行われるなら、それによって引き上げられる平均点を利用して確実に1人を退学へ追い込める」
「そんな……そこまでして……」
「ああ。そしてこれが1番の問題だが……こうなってくると黒幕は、なぜDクラスの学力の平均を把握し、須藤がDクラスでもトップクラスに学力が低い生徒だと見抜くことが出来た?」
「!」
そう、これが不可解だ。
最初に過去問をすり替えてDクラスの生徒を退学に追い込むことは理解出来るが、その後にオレが過去問を手に入れ、なおかつそれをクラスに共有するつもりだと把握出来た理由。それはおそらくDクラスの学力の酷さを知ったからでないと説明出来ない。
だがどうやって情報を得たかどうかはまだ分からない。幾つか思いつく方法や可能性はあるが、どれも確証はない。
「何か情報源があるのは確かだ。そしておそらくだが、オレが過去問を手に入れたことを知り、何らかの方法でDクラスの学力と須藤の学力を知った時点で黒幕は作戦を少し変えた。オレが過去問をクラスに共有することを読んだ黒幕は、須藤を狙い撃ちにした。3年の生徒を使い須藤にだけ全ての教科の過去問を送りつける。そうしてある程度運任せ。オレ達Dクラスの実力任せの方法をやめて、確実に1人を学校から葬る策に舵を切った」
オレの言葉を黙って聞いている堀北の表情は険しい。もしオレが黒幕の狙いを看破していなかったら、その悪意はDクラスを再起不能にまで追い込んでいたかもしれないのだから。
「……でも、もしそうなら須藤くん1人に狙いをつけたのはどうして? それならもっと多くの生徒、数名の生徒に送っていればより多くの生徒を退学に出来たはずよ」
「それはおそらく、オレの存在に気づいたからだ。不良品揃いのDクラスの中で、過去問を手に入れることに至ったオレに少しでも気づかれる可能性を減らすため」
送りつける方法は1つじゃないとはいえ、何人もの生徒に過去問を送りつけるような真似をすればオレじゃなくても気づかれる可能性は高まる。こっちには黒幕が流し、オレが手に入れた最初の偽の過去問がある。それと送られてきたものを見比べればどんなバカでもこれが罠だと気づく。
「そのために相手は須藤へ、ギリギリまで過去問を送らなかった。放課後直前になって写真でオレが手に入れた過去問の写真を送りつけ、須藤の部屋には第2の偽の過去問を届けておく」
「だったら、それを見比べていれば……」
「それはオレも須藤に注意した。が、普通はそこまで気に留めない。そして写真と紙の現物。その両者があれば普通は紙の方を見る。写真は小さくて見辛いしな」
あるいは櫛田から渡された最初の偽の過去問を使っていればこの事態は防げた。ここに関しては黒幕もある程度運任せであった可能性がある。
だがここで、須藤に優しくしてくれた先輩、というのが効いてくる。須藤は粗暴でそっけない奴だが、決して人の優しさが分からない奴じゃない。いや、むしろ普段はDクラスで浮き気味でああいう振る舞いをしているからこそ、人に優しくされた時にそれに縋る──いや、流されるのかもしれない。
バスケ部、という須藤のアイデンティティにも等しいスポーツの先輩で、親切にされて過去問を無償で、知人に交渉してまで寮に届けてくれる先輩のことを、須藤はどう思っていたのだろうか? 多分、悪いようには思っていなかった筈だ。
櫛田が直前に渡してきた過去問を受け取りはしたものの、それを鞄にしまった後はおそらく開きもしていないんじゃないだろうか? あるいは、オレの注意と連絡も逆効果になったのかもしれないし、それがなくとも部屋のポストにそのまま置かれていればどうだ? 人間心理として、テスト直前で焦っていた須藤がよりすぐに見れる方を使うのは鞄の中にしまった櫛田の過去問ではなく、先輩が寮の部屋に送ってくれた過去問なのではないだろうか?
須藤が帰宅しながら櫛田から貰った過去問を確認していれば、6限目で須藤が掘北の注意を無視し、携帯で本物の方の過去問を確認していれば。あるいはもっと早くにオレが過去問を共有していれば──思い返せば防ぐ方法はあったが、こちらを陥れようとする敵がいることを察知するのにほんの僅か遅れたことが対応がギリギリになった理由だろう。
おそらく黒幕は……オレよりも「人間」というものを理解しているな。
「須藤とその先輩の間でどんなやり取りがあったのも気にかかるし、もしかしたらオレが推察出来ていない心理的な誘導も散りばめられているかもしれない。須藤が櫛田から渡された過去問を
「ええ……そうね」
堀北が静かな声で同意する。それが意味するところは、意気消沈といったところだろう。
何とか退学者を出すことなく終わったが、蓋を開けてみれば黒幕の気まぐれとオレに助けられたようなもの。それがなければDクラスはもっと容易に崩壊していただろう。オレが過去問を手に入れずに誰もその発想に至らなければそれはそれで向こうから過去問を送りつけにくるだろうからな。
そしてそこまで話したところで、オレは堀北に声をかけることにした。
「そう落ち込むことはないぞ、堀北」
「……慰めのつもり? 悪いけど、あなたと違って私は何も気づけなかった。それを聞いても嫌味にしか聞こえないわ」
どうやら堀北は今回の試験での失敗を悔しく思っているらしい。無力感を感じているのだろうが、生憎とそれは否定する。
「そうじゃない。これは本当のことだ」
「そうとは思えないわ」
「お前は十分に役割を果たした。仮に須藤への罠を防げていたとしても、最初に偽の過去問を手に入れた時点で英語の問題が間違っていることはどうすることも出来ない。そこで気づいたとしても手遅れだ。上級生の半数以上に手を回しているなら、正しい過去問をあれから手に入れて共有するのは難しいし、手に入れたとしても役に立つかどうかは未知数だ。偽の過去問が複数出回っている時点で、正しい過去問であってもどれが本物かは試験を受けてみるまでは分からない──つまり、ああなった時点でもう過去問は役に立たなかったんだ」
「っ……それは、確かにそうかもしれないけれど。でもまんまと騙されたのも事実よ」
「騙されたとしても勉強会を行い、須藤や池、山内といった生徒の学力を向上させた功績は確かだ。黒幕が過去問に手を回していた時点で、過去問は何の役にも立たない。後は基礎的な学力で勝負するしかなかった。須藤達が勉強会に参加していなければ、どっちにしろ悲惨なことになっていただろう」
「綾小路くん……」
「むしろ余計なことをしたのはオレの方だな。少し迂闊だった。過去問に手を伸ばそうとした時点で気づくべきだった」
それはオレがこの学校に入学して腑抜けていた。あるいはこの学校の生徒を舐めていた証拠だろう。
黒幕は過去問が中間試験の有効的な対策であることをオレと同様に早期に気づき、他のクラスを陥れるための策をその時点で練っていた。準備段階で大量のポイントを用意した上で、だ。
そしてまだ分かっていない部分がある。ある程度は予想が出来る部分もあるが、確証には至っていない。まだ完全に式を理解した訳じゃない。
「悪かったな、堀北。手を貸すと約束したのに足を引っ張った」
「……いえ、むしろ綾小路くんがいなければ、確実にDクラスは多くの退学者を出していたわ。私の目標もここで終わっていた」
まあそれも事実ではある。黒幕は手強い。堀北じゃ相手にならないのもまた非情な現実だ。
オレがいなければそうなっていたという事実が何よりも堀北の肝を冷えさせたのだろう。堀北は、そこでオレのことを真っ直ぐ見た。
「私の目標を終わらせないでくれてありがとう、綾小路くん。一応、礼は言っておくわ」
「……そうか」
オレはそれを受け止める。堀北の顔もスッキリしている。どうやらもう落ち着いたようだ。
「行きましょうか」
「ああ」
そうして屋上から出て先を行く堀北の背を見てオレもついていく。
Dクラスは今回の試験で退学者を出すことなく終わることが出来た。
だが、それでもその先行きはまだまだ不安でしかない。オレもまた、今回の一件では望まぬ枷をつけることになった。
堀北のAクラスを目指すという目標はまだまだ見通しのつかない困難な夢だと言わざるを得ない。Cクラス、Bクラス、そしてAクラス……きっとどのクラスも手強いだろう。不良品揃いのDクラスよりは確実に実力は上。更にこれらのクラスのどこかにDクラスを陥れようとした黒幕もいる。全く不平等な学校だ。
だがあるいは、この学校でなら本当の実力と平等って奴が分かるかもしれない。
オレは再び、まだ解消出来ていない疑問について思考しながら己の心がざわめいているのを自覚し、前を行く少女の背中を追いかけた。
2話連続でまさかの主人公が出ない事態に私が1番驚いております。だけど次回は出ます。1章エピローグということで次回もお楽しみに。
それと綾小路くんの説明が全部正しい訳でもありません。良かったら間違い探しという名の考察してね。
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