ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドル流戦闘術

 無人島試験も11日目になって多くの生徒が疲労困憊となっている。

 だが3年生の多くは2年生や1年生以上に疲弊し、苦しい状況にあった。

 その理由は絶対的支配者による指示によるもの。

 

『南雲。堀北・南雲麗のグループをマークしていた郷田グループから助けを求められている。水不足だそうだ』

 

「……周囲の3年生のグループと合流させて分け与えさせろ。それが無理なら交代だ。その指示はもう出したんだろうな?」

 

『無論だ。だが、おまえも分かっているはずだ。3年生全体で同様の訴えが続いている。幸いにもまだリタイアしたグループは出ていないが、得点も含めて危険水域にいるグループがフリーグループ以外にも幾つもある。このままでは南雲麗を追い抜いたところで救済するのは難しくなるぞ』

 

「そんなことは分かってる。溝江、落合のグループを妨害に回せ。あいつらならしばらく保つだろ。下位に落ちる心配もない。その間に救済しろ」

 

『……ああ。了解した』

 

 3年生の支配者である南雲雅。それとその補佐を務める桐山はトランシーバーで互いに連絡を取りながら3年生全体の采配、調整を行う。

 その目的は当然、南雲雅グループが1位を取ること。そのために課題を独占し、他の上位グループを妨害することにある。

 

『しかし流石だな。南雲麗は。正直なところここまで食い下がって……いや、対抗してくるとは。高円寺の能力の高さにも驚いたが、俺としては南雲麗の方が脅威だと考えている』

 

 ただ計算外だったのは2年生のグループが想定より手強く、その数が多いことにあった。

 当初、南雲雅が想定していた上位を取るであろう最大の敵は南雲麗グループ。それに次いで高円寺に綾小路。その次に龍園グループや坂柳グループだった。

 南雲雅は3年生全体に指示を出し、グループ分けの時点で戦略を実行していた。自身に迫るグループがあればフリーグループなどを使って妨害する。3年生全体が南雲雅を勝たせるために課題を独占し、1位を取らせる。力技だがあらゆる手を潰す最強の戦略だ。

 

 しかしだ。南雲麗とそのグループは想定以上に得点を伸ばし、南雲雅のグループすら追い抜いて現在1位。3年生の他のグループを使って妨害しているが、指定エリア報酬で7点を確実にゲットし、あわよくば着順報酬や課題で得点を得る南雲麗グループを完全に止めるには至らない。

 更に高円寺のように単独で自身に迫る得点ペースを重ねる相手にもフリーグループを回さねばならず、まだ手はあるとはいえ未だ彼を止めるにはまだ至っていない。

 他にも先日合流した龍園と坂柳のグループも同様に得点を伸ばしていることも無視できない。まだ焦る必要はないとはいえ、明後日からはランキングも閉鎖される。そこから急激に得点を伸ばすことも考えられるため、こちらも考慮しないといけないグループだ。

 

 だがそれでも南雲雅率いるグループは順調に特点を伸ばしているし、3年生の他のグループを使った妨害行動も上手くいっているが……そこに1つ誤算が生じている。

 南雲雅はGPSサーチで無人島全体の生徒の位置を調べるが、やはり今日も3年生のグループに合わせて2年生のグループが幾つか動いていることを確認する。

 それは南雲麗が指示を出していると思われるグループで南雲麗グループを妨害する3年生のグループ──彼らが独占しようとする課題を更に先回りして取らせることで3年生の妨害行動に出るグループの息切れを狙ったものだ。

 

 当然だがこの試験は食料や水は課題か、もしくは無人島内で自力で入手せねばならない。能力の低いグループはそれだけで苦しみ、指定エリアを踏むことはおろか水を手に入れるためにスタート地点を定期的に訪れる必要がある。

 実際に幾つかそういうグループがあることは3年生も理解しているが、南雲麗は自分を妨害しようとするグループを狙い撃ってそれを意図的に起こしていた。

 自分のグループを妨害しようというグループがあることが分かっていれば、その動きは読みやすい。他の生徒やグループを使うことで南雲雅がやるように課題を妨害することもできる。

 

 ただそれでも3年生全体を支配している南雲雅と違って南雲麗の使える駒は少ない。対抗するにはより緻密かつ的確な指示が必要になるが、南雲麗はそれを完璧にこなしている。

 3年生全体の酷使と2年生の対抗。そのせいで少なからず水不足や食料不足。得点不足に至るグループが幾つか出てきたことで3年生もまた対応を迫られていた。

 

 だがそれでもまだ大きな問題にはなっていない。いや、正確には南雲雅は大きな問題と捉えていない。

 重要なのは自身が1位を取ること。その実力を誰よりも認めている妹や、規格外であることが判明した高円寺に勝つことだ。南雲雅にしてみれば最悪3年の誰かが退学しようが──と、頭の隅でそう考えてはいるが、一応救済のための手は取る。だがやはり二の次であり重要視はしていない。

 

「俺の妹だからな。あいつも含めて2年生がある程度対抗しているのは読めていた。多少の計算外があったことは認めるが……それでもあいつの手は理解してる。こちらが優位なのは変わらない」

 

 だからこそ南雲雅はまだ不敵な笑みを浮かべる。

 4日目で課題で敗北した時。ここまで得点を稼いできたその勢いを見て多少は焦りもしたが、11日目での得点差は南雲麗が298点でこちらは275点の23点差。まだ負けているとはいえこのまま課題をある程度防いでいれば十分に抜き返せるしむしろお釣りがくる。

 さすがに2位や3位を譲ることにはなるだろうが、それくらいなら構わない。自身とここまで戦い抜いた褒美としては十分なものだろう。

 

 後気になるものがあるとすれば綾小路だが、こっちも10位に3年生の黒永のグループを置いているため問題ない。

 だがその狙いを言い当てるために最終日に少し様子を見に行くのも悪くはない。南雲麗も含めて大差を付けて勝利宣言をする。この試験において南雲雅は勝利を確信していた。

 

 かといって油断することはないが……ただそれでも補佐をする桐山は一抹の不安を覚える。

 

『……南雲。フリーグループも含めてしばらく指揮は俺が取る。おまえは得点を得ることに集中したらどうだ?』

 

「おまえは心配性だな──と、言いたいところだがあいつが相手ならその懸念も理解してやれる。麗との賭けのこともある。万が一にも負けるわけにはいかないからな。さすがに遊んでる余裕はまだなさそうだ」

 

『ああ、その方がいい』

 

 南雲雅はふっと笑って妨害を行う3年生の指示を一度桐山に任せるとトランシーバーを一度切る。得点を稼ぐ必要のある南雲雅のグループはしばらく自分たちの課題に集中する。3年生がいれば調整は出来るとはいえ、今はまだ慢心していられる状態じゃない。

 

「……まだ、か……」

 

 そして桐山は南雲雅のまだという言葉を思い、不安をよりいっそう強くする。

 高円寺の妨害にも手を抜くことはできないが、南雲麗はやはり油断ならない。

 これ以上3年生が崩される前に手を打っておく必要があると判断した。そうしてまたトランシーバーで他の3年生のグループに指示を出す。同時にGPSサーチも行ったところで──

 

「俺だ。予定通り動け。あくまで自然に。気取られることがないようにな」

 

 ──桐山は自身の操る3年生のグループに同様に指示を出すのだった。

 

 

 

 

 

 無人島試験13日目。

 この日は朝からランキングが閉鎖されちゃうんだよね。

 ……と、その前に9日目から12日目までを軽く振り返るとこの間、私たちのグループは順調に指定エリアを踏み続けて得点を伸ばした。

 課題の殆どは3年生の妨害でほぼ受けてないのでそっちの得点は伸びてない。それでも12日目。最後の指定エリアであるD6を踏んだ時点での得点は331点。ランキングは1位で2位の雅兄は329点とたった2点差。

 ちなみに3位の高円寺くんは313点。4位はなんと龍園くんと有栖ちゃんのグループだ。9日目に合流してから破竹の勢いで得点を稼いでいるグループ。その得点は290点。

 やっぱり6人グループってのは大きいね。それと合流した時点で龍園くんと有栖ちゃんのグループの得点差がほぼなかったのも地味に良かった。合流も問題なく、着実に到着ボーナスを取りつつ課題で1位を取り続けて得点を伸ばしてる。

 龍園くんと組むことを決めた有栖ちゃんの変化も気にはなるけどまあそれは後のお楽しみだし想定内。さすがに1位までは届かないだろう。

 

 なのでこっからは全体の得点状況が見えない中、動かないといけない。一応トランシーバーで連絡を取れるグループについての状況を把握することはできるが、上位は自分が表彰台に入っているかは正確なところ分からないし、下位は5グループに入らないように注意する必要がある。

 

 ただ今のところ問題はない──1年生が動くところも含めてね。

 

「はいはい。今日もきりきり得点稼いでいくよー。後2日だからねー。ファイオー! ファイオー!」

 

「あなた、本当に元気ね……その体力は素直に称賛するわ」

 

 私は今日もグループのみんなを明るく元気な笑顔で統率していく。──え? 2年生の指揮を取らないのかって? あはは、まあ昨日まではそれで良かったけどね。今日は得点を稼ぐのに集中させてもらう。1年生の対処は有栖ちゃんに任せればいい。

 少なくとも明日の正午まではね。私の息のかかったグループも動いてるし、私は表舞台で頑張らせてもらおう。

 

 ──なので本番は明日の最終日かなーと思ってこの日は普通に指定エリア移動と課題に臨んだ。

 

 途中、隆二くんが腕時計を壊しちゃったのでスタート地点に1人で戻ったりとトラブルもあったけど何とか戻っては来れたし問題はない。

 

 ただその深夜──。

 

「どこに行くのかな? 帆波ちゃん」

 

「っ……麗ちゃん……」

 

 皆がまだテントで寝ている5時半前。私はテントから出ていき、どこかへ行こうとする帆波ちゃんの手を掴んで捕まえた。

 その帆波ちゃんの表情は明らかに動揺している。ここ数日、明らかに様子はおかしかったけど昨夜は特におかしかった。

 そこで動くならこのタイミングかなと気を張ってたんだよね。おかげで若干寝不足だよ。終わったらちゃんと眠らないとね。そのためにもこの問題もしっかり解決しないと。

 

「どうしたの?」

 

「えっと、そ、その……ちょっとお手洗いに……」

 

「そうかな? その割にはおかしい気がするけど……本当は違うんじゃない?」

 

 言い訳としてはテンプレなことを言うけどその手には何もないしお手洗いってどう考えても嘘なんだよね。なので確信を持って問いかけてみると更に帆波ちゃんは瞳を迷わせた。言葉に窮している。この場で私を説得する。もしくは振り切る上手い言い訳を思いつかない。

 みんながまだ寝ている時間に1人で離れようとしているのも帆波ちゃんの葛藤の現れだろう。

 だけどこうして見つかってしまった以上はどうにもできない。私に正論を言われればそれでおしまい。帆波ちゃんの退路は絶たれることになる。

 

「わ、私……私、は……」

 

「──もしかして綾小路くんのこと?」

 

「っ……!?」

 

 おおっと。本当に動揺してるんだね帆波ちゃん。私が覗き込むようにそう質問してみるとものすごく良い反応が帆波ちゃんから返ってきた。正直確信してるわけじゃなくて絞り込むための質問だったんだけどこの反応から察するに本当に綾小路くんのことみたいだね。

 となると──綾小路くんの下に向かおうとしてたのかな? 

 

「綾小路くんのことなんだね」

 

「な……なんで……?」

 

「なんとなくそうかと思ってね。帆波ちゃんずっと悩んでたみたいだから。──それで? なんで綾小路くんのもとに向かおうとしてたか聞かせてくれる?」

 

「そ、それは……」

 

 もはや取り繕う余裕すらない帆波ちゃんはそれでもなお何かを守ろうとしている。それは綾小路くんか。それ以外か。さすがに全てを理解することはできない。

 だけど理解る。その想いや──秘密の共有の仕方くらいは。

 

「帆波ちゃん」

 

「え……う、麗ちゃん……?」

 

 私は帆波ちゃんを正面から、慈愛を持って抱きしめる。

 人は肌を触れ合わせると安心する。もちろん嫌いな人や他人なら嫌悪感を感じるだろうけど両親や兄妹。恋人や子供。あるいは親友など親しい人からこうして抱きしめられると安心感を覚えるものだ。

 特に女性からのそれは安心感を覚えやすい。同性であれば尚更。性的欲求を抜きにして相手の体温。肌の柔らかさ。伝わってくる鼓動。相手の息遣い。それらを感じて、心身をリラックスさせる。

 

「帆波ちゃんが何を抱えてるかは理解らない。だけど、私は帆波ちゃんの味方だよ」

 

「麗ちゃん……」

 

「そして親友が困ってるならいつだって助ける用意がある。たとえクラスに迷惑をかけちゃうようなことでもね」

 

 友情を感じさせるように少し強めに抱きしめながら耳元で強い、頼もしい言葉を的確な声色で口にする。もちろん、これは私の本心だ。表現方法は多少選んでいるけど嘘偽りはない。

 完璧なアイドルとは友達や仲間が困っていたら手を差し伸べるもの。そして困難を乗り越えるもの。それを的確に実行する。

 

「そんなの……でも、許されない……」

 

「でも帆波ちゃんは行動しようとした。それはきっと、同じくらい大切だからなんでしょ? 綾小路くんのことが」

 

 クラスメイトも綾小路くんのことも大切。だけど綾小路くんのために動こうとした。それを理解していると帆波ちゃんに伝える。

 そうしてみれば帆波ちゃんも腕に力を込めてきた。帆波ちゃんの体温と鼓動を感じる。それが如実に真実を訴えていた。

 

「……話したら……麗ちゃんやクラスメイトに被害が及ぶかもしれない……」

 

「そうなんだ。それは難しい選択だね。だけど私はそんなのには負けないよ」

 

 そこで私は少しだけ顔の距離を離し、帆波ちゃんを真正面から見つめる。私の瞳。強く輝かしい瞳を覗かせてそこに潜む最強の私の姿を映させる。

 

「帆波ちゃんだけが抱えることはない。一緒に考えてみよ。大丈夫。私なら帆波ちゃんの抱えているものも、綾小路くんのことも。クラスのことだって解決できる。──帆波ちゃんが憧れたのはそういう私だったよね?」

 

「っ……」

 

 以前に帆波ちゃんから聞いたことがある。帆波ちゃんの妹はテレビに出てるアイドルが好きだったと。

 それで家でアイドルが出てる番組を見ることが多く、それで私のことを知ったと。

 テレビに出て歌って踊る。デビューから間もなくお茶の間の人気者になった私は帆波ちゃんに強い憧れを抱かせた。

 何でも上手にこなせる強い私。

 勉強も運動も出来てなにかに挑戦すれば何でもクリアするすごい私。

 そんなアイドルの姿を見て帆波ちゃんはそれに憧れた。いつしか私のファンになり、少ないお小遣いで私のアルバムを買って繰り返し聞いていたそうだ。

 

 だからこそこの学校に入学して私に出会った時、純粋な喜びと共に目標となった。

 テレビで見た私のように。それに少しでも近づく。追いつけなくてもそんな私になってみせると私の側でクラスを引っ張った。

 

 その中で画面越しでは見えなかった本物の私を知り、友情を育みながらも失敗し、思い悩みながらも足掻いている。

 その努力する姿を私は隣でずっと見ていた。だからこそ私は帆波ちゃんが好きだし、私は帆波ちゃんのことが理解できる。

 

 私はファンサービスは良い。帆波ちゃんの理想のアイドルの姿を見せることなんて造作もない。

 

「教えてくれる? 帆波ちゃんが何を抱えているかを」

 

 親友として帆波ちゃんを助ける。その上で私は私のために帆波ちゃんを理解してあげる。

 どちらも矛盾しない。嘘偽りはない。だからこそ私の声は相手に強く響くのだ。

 

「──私……聞いたの……7日目にスタート地点に戻ろうとした時に……月城理事長代理と司馬先生が2人で話していて……さ、最終日まで綾小路くんが無事だったらI2に呼び出して葬り去るって──」

 

 私はその言葉を一言一句、聞き逃さないように記憶する。又聞きとはいえ、この動揺っぷりから真実を話していることは確かだ。

 つまるところ月城理事長代理らの聞いてはいけない話を聞いた帆波ちゃんは脅された。話したらクラスメイトを退学させるという帆波ちゃんには絶大な効き目のある脅しをして口封じをした。

 そんな話を帆波ちゃんから聞かされ、私は落ち着いて思考を回していた。

 それと──

 

「帆波ちゃん。聞いたのはそれだけ? 他には何かある? おかしなこととか気づいたこととか」

 

「他には……全部聞けたわけじゃないんだけど……」

 

「覚えてることは余さず話してくれる? それが問題の解決にも繋がるからさ」

 

 帆波ちゃんが重要じゃないと無意識に除外した部分も含めて全てを理解しようと試みる。

 綾小路くんのことに気を取られている帆波ちゃんなら何か重要なことを見落としていてもおかしくないからだ。

 そしてそうでなくとも貴重な月城理事長代理の情報だ。あの司馬先生も繋がっているとはさすがの私も気づけなかったしね。

 しかしそうなると月城理事長代理の私へのあの頼みは──

 

「後は……綾小路くんが真嶋先生や茶柱先生と繋がっているとか……履歴を改ざんするとか……えっと、後は何のことか分からないけどホワイトルーム? なんて言ったか、間違ってるかもしれないんだけどそんな感じのことを言ってたかな……」

 

 ……ホワイトルーム? 

 私は帆波ちゃんの話を耳にしながら唐突に出てきた謎の単語に疑問符を頭に浮かべる。ホワイトルーム。直訳して白い部屋。なぜそんな単語が急に出てきたのか。帆波ちゃんの聞き間違いじゃないとしたらよく分からない。

 ただ帆波ちゃんの記憶力は確かなもの。聞き間違いの可能性もあるけどそうじゃないなら月城理事長代理が漏らした言葉。意味がないわけがない。

 綾小路くんとの関連。綾小路くんの父親や有栖ちゃんなどこれまで収拾してきた情報から理解を試みるけどさすがにすぐには繋がらない。

 

 ただ……何となく、私の勘はこれが何か重要なピースになるような気がした。

 

「……なるほど。そりゃ帆波ちゃんも思い悩むわけだ」

 

 ──だけど今はその考察している暇はないね。

 一旦帆波ちゃんから聞いたホワイトルームという単語を含む関係のないであろう部分を頭の片隅に置いてから思考する。

 

「とりあえず綾小路くんにはこのことを伝えないとね。そして……その役目は帆波ちゃんに任せようかな」

 

「それじゃあこのまま……?」

 

「ああ、でも早とちりしないでね。綾小路くんの位置は分かってるよね? そこに向かおうとしてるんだから」

 

「う、うん。さっきGPSサーチして今はE3にいるみたい」

 

 帆波ちゃんも落ち着いてきたかな。そして綾小路くんの位置はE3。私たちは今H5にいるため、割と近いけど綾小路くんがこれから理事長代理に誘導されてI2に行くとしたら私たちのいる場所はどのみちかなり近い。

 なんだったら待ち伏せすることも容易だ。つまり、あえて今から動く必要もない。

 

「もう少ししたら皆も起きてくるだろうし、それから動こうか。指定エリアにもよるけどどこかで隙を見て抜け出せればベストかな」

 

「……いいの? 麗ちゃんまで抜けたら1位取れなくなるかもしれないのに」

 

「帆波ちゃんが抜けても同じことだよ。それに、スケジュールにもよるけど十分挽回できる。この情報があれば多少は予想もつくしね」

 

 私は帆波ちゃんを安心させるように笑う。理事長代理から頼まれていることは口にしない。

 

 ──『最終日の午前9時以降にI2とI3の境界線に辿り着き、()()()()()()()()()()

 

 それが月城理事長代理の私への頼み事だ。

 最初はそれだけ聞いても全てを理解するのが難しかったが、帆波ちゃんの話を聞いて合点がいった。

 月城理事長代理はずっと綾小路くんを退学させようとしている。それが何のためかは理解できないけどこの無人島試験でもその行動原理は変わらない。学校側ならある程度の改ざんは可能。I2に綾小路くんを呼び出し、リタイアさせるなりして退学させる。

 ただ中にはそれを防ごうとする者や、別の目的で近づく者。あるいは偶然近づいてくる者もいる。

 それらを取り除く。排除する。そのために私を使うというわけだ。

 

 ……ただそこに疑問を覚えることもある。腑に落ちない部分もあるけど……とはいえ前々から準備はしてきている。そういう意味じゃ綾小路くん狙いと聞いて都合はいい。上手い具合に噛み合う。私の仕掛けも含めて、私の都合を考えてくれているように事態が動こうとしている。

 

 もしかするとこれが月城理事長代理の、『おそらく受けて頂ける』という言葉の真意なのかもしれない。

 

 なら話は簡単だ。私はこの無人島試験で1位を取る。同時に月城理事長代理のお願いを片付け──そして決着を付けてあげよう。

 

「──なら行こうか帆波ちゃん。帆波ちゃんの憧れる最強のアイドルの姿を見せてあげるよ」

 

 私はある程度打ち合わせをしてから帆波ちゃんにウインクする。

 そして起きてきた皆に次の指定エリアであるI7へ向かい、同時に近くにいた『隆二くん』に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 試験最終日。私たちのグループは午前7時に指定エリアを踏み、着順ボーナス1位を獲得。そのすぐ後に近くに出た課題をクリアして順調に得点を重ねた。

 南雲さんと手を組んだことで12日目終了時点でランキングは1位。最終日は得点が2倍になることもあり、1位を狙うなら今日の指定エリアはしっかりと踏みつつ課題をクリアする必要がある。

 

 ──それなのに私は午後10時になって指定エリアを更に踏んだ後、グループの目を盗んでエリアを北上。単身、I2へ向かっていた。

 

 理由は1つ。今朝になって私の荷物の中に忍ばされていた紙。『正午』『K・A』『退学』『I2』と不規則に並べられた4つの言葉に不穏なものを感じたから。

 

 私はその綺麗な文字で書かれたメモの内容を正午にI2で綾小路くんが退学させられるような事態に巻き込まれる意味だと解釈した。念のために南雲さんが定期的に使うGPSサーチの操作を買って出て自分のタブレットで確認してみたところ、確かにI2の方向に向かう綾小路くんの反応を見た。

 

 後で南雲さんたちに詰められるだろうけど……。

 

 勝手に行動したことに申し訳ない気持ちはある。南雲さんと一之瀬さんが都合良く課題で2人揃って抜けていった時に私も適当な理由を付けてグループを離れて単独で行動をしてしまった。

 

 これで1位を逃すようなことがあれば笑えない。

 だけどここで私が抜けても2位か最低でも3位に入れるだろうという計算はある。加えて高円寺くんのこともある。クラスポイントは最低でも増やせる。

 本来得るはずだったポイントと比べれば少なくなってしまうけれど……それでも綾小路くんのことは放置できない。万が一にも彼が退学するようなことがあればどの道クラスのポイントは減ってしまう。

 それを防ぐために最低でも綾小路くんの安否は確かめるつもりだった。

 

 だけどI3に入りI2に近づいてきたところで──

 

「みーつっけた」

 

 そこで私は……1年生の天沢さんに声をかけられた。

 

「こんなところで1人で何をしてるんですか? 須藤先輩や南雲先輩とか他のグループのお仲間は一緒じゃないんですか?」

 

「……少し事情があって単独で行動しているの。悪いけれどあなたに話すことは何もないわ」

 

「ふうん。言い訳っぽいけど確かにそうだねー。あたしを警戒しちゃうのも当然といえば当然だし」

 

「分かったかしら。ならばそこをどいてもらえる?」

 

 私はI2に向かうために天沢さんを説き伏せようとする。

 だけどここに、私の前に現れたことで1つの疑惑が確信へと変わろうとしていた。

 

「それとも……これはあなたが仕掛けたものなのかしら?」

 

「ん~? 何の話?」

 

「とぼけないで。私が寝ている隙に荷物にこんな紙を仕込んだ。その狙いは何?」

 

 私はポケットから取り出した紙を天沢さんに見せる。

 すると天沢さんは何かを理解し、困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「ったくさ……どこまでゲームをするのが好きなんだか……」

 

「ゲーム? 私や綾小路くんを巻き込んで何をするつもりなの?」

 

「それは分からないなぁ。あたしも先輩と同じで参加者の1人に過ぎないみたいだからさ。──それと南雲先輩もね」

 

 私はその発言を聞いて訝しむ。南雲先輩と言えば2人いるけれど……。

 

「南雲さん? それはどちらのことを言っているのかしら? 生徒会長? それとも私と同じグループの?」

 

「もちろんアイドルの方だよ。っていうかぁ……そこにいるんですよねぇ? 南雲せんぱい? ほら出てきてくださいよ~」

 

「……南雲さん?」

 

 私は天沢さんの南雲さんを呼ぶ言葉。私の背後にかけられたそれを聞いてつい振り返る。振り返ってしまう。

 

「あはっ。引っかかったぁ」

 

「っ──!? ぅ……」

 

 その瞬間──私は……おそらく肉薄してきた天沢さんから打撃を受け、そのまま気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 堀北鈴音が天沢一夏によって気絶させられた直後。

 天沢は気を失った堀北の顔を見下ろし、そしてすぐに別の方向に視線を向けた。

 

「さて……まずは1人~。次は本命の……南雲せんぱぁい。ほら、今度こそ出てきてくれます?」

 

「──うーん。さすが、よく気づいたねぇ。気配は消してたつもりなんだけど……存在感ありすぎたかな?」

 

 少し離れた木の陰から、先程天沢が呼びかけた相手──南雲麗が軽い調子で出てくる。

 天沢が南雲のことを呼んだのは堀北に隙を作るためだけではなく、本当に南雲に声を掛けていたのだ。

 そしていつもの調子を崩さない南雲に対し、天沢は笑顔でそれを揶揄する。

 

「あはは、相変わらずの自信家ぁ。あたしが鋭すぎただけかもしれないですよ?」

 

「それもあるかもね。まあどっちでもいいよ。とりあえず、鈴音ちゃんを気絶させたのはどうしてかな? 暴力行為は禁止なんだけどな」

 

「気づかれなきゃ問題ないし、そもそもちょっと撫でただけだよ? 先輩こそ、なんでここにいるんですか? そっちの方が気になるんだけど」

 

 南雲の笑顔での咎める質問に天沢は一切悪びれることもなく質問で返す。

 堀北を気絶させたことを全く問題と思っていない。暴力行為を躊躇しない姿勢を見せた天沢に、南雲は軽く頷いてみせた。

 

「ふむふむ。なるほどね。天沢ちゃんの正体は暴力大好き不良少女だったってわけだ。ぼっちなのも納得だね」

 

「そうでーす。暴力大好き美少女でーす。ま、不良ではないけどね。あたし優等生だし」

 

 ふざけた言葉にはふざけた回答を。南雲と天沢のやり取りは不思議と噛み合っているように見えた。

 だが実際はそうではない。互いに笑顔を浮かべながらも、敵意をその顔の裏に潜ませていた。その理由を、まずは南雲は口にする。

 

「そっか。ならもしかしてユキちゃんたちを襲ったのって天沢ちゃんだったりする?」

 

「ユキちゃん? 誰それ?」

 

「2年Aクラスの姫野ユキ。知らないかな?」

 

 南雲はそう質問して、同時に天沢の反応をじっと窺う。その瞳は細天沢の全てを見通そうとするうに細められていた。

 

「姫野……あぁ、そういえば2年生が数名リタイアしたんだっけ。あれって先輩のクラスの人だったんだ。ご愁傷さまでーす」

 

 だがそれに天沢は明確な反応を返そうとしない。

 しかしそれでも南雲は何かを感じ取ったようで、一度瞳を閉じてから再びその視線を天沢に向けた。

 

「……ま、いっか。少なくとも無関係ではなさそうだし、計画犯か実行犯かは分からないけどいずれは吐かせればいいし」

 

「んん? どういうこと? あたしまったく心当たりがないんですけど」

 

「私はそう思ってないからね。ってことではい。もう帰っていいよ。ばいばーい」

 

 南雲は深くそう判断した理由を口にすることなく、笑顔で切り替えて天沢に向かって手を振る。話はもう終わりだと言わんばかりの態度だ。

 だがそれに対して今度は天沢が視線を僅かに鋭くした。

 

「なーんか……前々から思ってたけど南雲先輩って癪に障りますよね」

 

「どういうところが? 参考までに聞かせてもらっていい?」

 

「何でも全部お見通し。自分は全て理解してまーすって態度が鼻につくんだよねー。本当は全然そんなことないのに」

 

 天沢はそこで初めて、南雲のことが気に入らないということを言葉にする。

 もっともそれ自体は態度から、南雲は以前から感じ取っていたことで天沢の方も南雲にそれが読み取られていることには気づいている。

 ただ言語化したのはここが初めてだった。

 

「そんなことないよ。知ってることしか知らないし」

 

「そうですかぁ? たとえば綾小路先輩の事とか……すっごい理解者面してるよね?」

 

「そうかな? 理解者っぽく振る舞ってたつもりはないけど。綾小路くんのことは面白いし興味深いしで普通に好きだけどね。理解したいとも思ってるよ」

 

「無理じゃないかなー。だって南雲先輩、綾小路先輩のことなぁんにも知らないし」

 

「──ああ、なるほどね。私のこと嫌いな理由ってそれか」

 

 天沢の口から綾小路の名前が出て少し。南雲は得心したように目を細めてみせる。

 天沢が南雲を嫌っている理由は綾小路が関係していると見抜いたし、天沢の方も別に見抜かれてもいいとそれを隠さなかった。堂々と天沢は南雲に対して自慢するように言い返す。

 

「多少は知ってるつもりだけど……その言い分だと天沢ちゃんは綾小路くんのことを結構知ってるみたいな言い草だね?」

 

「もちろん。先輩のことは南雲先輩の何倍も深ぁく知ってるから」

 

 南雲に対して自慢する。マウントを取るように天沢は南雲に綾小路のことは知っていると口にする。

 それは口だけだが、天沢は南雲が綾小路の深い部分のことを知らないと確信しており、南雲もまた綾小路のルーツの部分など深いところを掴みかねていたので天沢の発言は間違っていない。

 だが南雲は気にすることなく、むしろ天沢の発言を興味深いと思っていた。綾小路のことを知る人間がまた増えた。理解を深めるために重要なピースになり得るかもしれない相手。

 だからこそ天沢自身にも興味を抱くが……しばらく天沢の自慢に黙っていた南雲は、しかしその煽りに対して──

 

「あははは! なるほど! つまり天沢ちゃんは綾小路くんの厄介ファンだったんだ!」

 

「──は?」

 

 せきを切ったように、大笑いしてみせた。

 途端に笑みが消え失せ、虚を突かれたように短い声を漏らす天沢。その間に南雲は腹を抱えて天沢の正体に爆笑する。

 

「いやーまさか天沢ちゃんが……何かあるとは思ってたけど綾小路くんの厄介ファンだったなんて……しかも同担拒否……! ぷっ、くくく……! 要するに綾小路先輩のことは私の方がよく知ってるんだー! だから私の方がファンとして偉い! というか他に綾小路先輩のことを好きな人は許せない! って感じかぁ……くく、あはははは……!」

 

「──っ……ほんと……南雲先輩ってムカつくよね。その可愛くて綺麗な顔──ぐちゃぐちゃにしたくなっちゃったかも

 

 南雲の大笑いを聞いて一瞬歯噛みした天沢は南雲を睨み、同時に強い殺気を発した。

 だがその物騒な言葉と殺気を浴びても南雲は動じなかった。ただ大笑いをやめて目の端の涙を拭いながら対応する。

 

「南雲先輩が悪いんだからね? 南雲先輩があんまりにも私を苛つかせることばっかするからさぁ」

 

「いやいや何言ってんの? 最初からそうするつもりだったくせにさ」

 

 天沢の魂胆。狙いを南雲は鋭く視線を向けて指摘してみせる。

 最初から天沢が何かを仕掛けようとしていることは警戒していたし気づいていたと。

 

「試験前に持ちかけた勝負もどうせただの目眩ましだったんでしょ? 全然勝つ気もなかったみたいだし。隙を見て私のことをぶん殴りたかっただけなんだよね?」

 

「あーさすがにそれくらいは見抜かれてたか。ま、別にいいけどねー。どっちにしろ結果は変わんないし」

 

 ただそれも天沢の方も承知の上。

 天沢はゆっくりと南雲との距離を詰めていく。その通りに──南雲を暴力で沈めるために。

 

「さて、賢い南雲先輩はそれを知った上でどんな対策をしてきたのかな?」

 

「対策? そんなのないし必要ないかな」

 

 不敵な、それでいて嗜虐心を覗かせた危険な笑みを浮かばせる天沢と対峙し、南雲はあっけらかんと言い放つ。

 その上でゆっくりと構えを取った。

 それは合気道や柔道で見られるような半身のもの。

 天沢の目から見ても有段者のそれと遜色ない堂に入ったものだった。

 

「──普通に捌いてあげるよ。これでもアイドルとして身を守る術はしっかり学んできてるからさ」

 

「──あっそ。期待外れっていうか……それでいいんだね? あたし超強いんだけど」

 

「私もそこそこは出来るから気にしないでいいよ。ただ暴力は良くないから終わった後は覚悟してもらうけどね」

 

「自信家にも程があるね。それじゃあ──遊んであげようかな」

 

 天沢の殺気を前にしても自信を覗かせる南雲に、天沢は危険な笑みを浮かべて踏み込む。

 最初の一歩を踏み込んだ瞬間に……天沢は凄まじい速度で南雲に対して腕を伸ばした。

 

「っと!」

 

「!」

 

 ──だがその凄まじい速度で伸びてきた手は空を切る。

 天沢の試すような、それでいて圧倒的な力の差を見せつけるための最初の仕掛けは、南雲がそれに反応して打ち払うことで凌がれた。

 その対応1つだけで天沢は南雲の力量を大体読み取る。そして素直に称賛した。

 

「へぇ~南雲先輩ってば反応いいね? 初見で今のを対応するなんてさ」

 

「動体視力も反射神経も優れてるからね、私は」

 

 かつて卒業した元生徒会長の堀北学や綾小路と少しだがやり合った際のように、南雲は天沢の初撃に反応して捌いてみせる。南雲が言うように事実、その反応は武道の達人と比べても遜色ないものだった。

 

「ふうん。そっかそっか。多少はできるってことだね。ならもうちょっと力を出してもいいかなぁ」

 

 そしてそれを天沢もまた理解する。最初の仕掛けよりも更に鋭く。容赦のない右足の蹴りが南雲の顔目掛けて放たれた。

 だがそれを南雲は顔を逸らして何とか躱す。反応はやはり良い。それを理解している天沢は不敵な笑みで更に肉薄すると胸のあたりを目掛けて拳を振るった。

 

「っ、痛いなぁ……!」

 

「あらら残念。先輩のそのおっきいおっぱいでガードになるか試したかったのになぁ」

 

「アイドルはお触り厳禁だよ……!」

 

 天沢の拳は南雲の腕にガードされる。

 だがそれでも天沢の拳は一般的な女子高生や、あるいは男子と比べても強く、南雲が痛みを感じたことからその力が常人離れしていることが窺える。

 ただそれでも倒れたりするようなことはない。反対にその手を取ろうと南雲は手を伸ばすが、その手は天沢の回避によってこちらも空を切った。

 

「そう言われると余計に触りたくなっちゃうなぁ……!」

 

 興が乗ってきたのか天沢が歪な笑みを浮かべる。

 執拗に胸や顔を狙って打撃を振るい、ガードや回避を行う南雲に対して隙を見て脇腹に蹴りをヒットさせた。

 

「っ……!」

 

「あはは! まずはいって~ん!」

 

 反応が良い南雲も天沢の攻撃の鋭さ。あらゆる武道を身に付けている天沢の技術には全て対応出来るわけではない。

 それに加えて天沢は南雲のパターンを読もうとしていた。喧嘩も武道も、そして実戦も攻めるよりも受ける方が難しい。先手必勝という言葉があるように、基本は攻める方が優勢なのだ。

 ただそれでも防御と回避。とにかく流すことを主体に致命傷や顔や胸といった部分の攻撃だけ躱し続ける南雲に、天沢は楽しくなって様々な技で南雲が崩れるかを試す。

 

「ほらほらこれは? これはどうかなぁ!」

 

 その様子は遊びがいのあるおもちゃを見つけた時のようだった。

 確かにできる。アイドルとはいえ一般の女子高生としては南雲は十分に規格外の才能を持っている。

 攻めには殆ど転じてこないためそこの部分は未知数だが、最初の南雲が言ったように、確かに身を守る術だけはしっかりと学んできているのを感じた。

 

 ──だがそれも一般の話。天沢のいたホワイトルーム。その生き残りと比べるべくもない。

 

 精々長く遊び相手が務まる程度だ。そう思い、天沢はあえて南雲を嬲るように攻撃を仕掛ける。いつになったら崩れるか。体力が切れるか。立てなくなるか。それを試す。

 

 そしてそうなった時に、その可愛い顔をぐちゃぐちゃにする。それを楽しみに天沢は1つ1つ、その過程を楽しんでいた。

 

「流石だよ南雲先輩。確かに先輩が自信を持つのも分かるかも。普通なら男子が相手でも南雲先輩を押し倒すことは出来ないかもねー」

 

「アイドルだからねー……そういうのはNGかな……」

 

 そしてその最中にも天沢は南雲を本心から褒め称える。

 そこいらの男子が衝動的に南雲を押し倒そうとしても、南雲はそれを難なく捌くだろう。

 無論、体格で圧倒的に勝るものや武道の達人。喧嘩の場数を踏んできた相手ならば分からないが、それでも一度捌いて逃げるくらいは出来るだろうと天沢は見ていた。

 つまるところ南雲の暴力は暴力ではなく、身を守るための護身術。

 そこに重点を置いている。相手を叩きのめして勝つためのものではない。

 加えてこの無人島試験の最終日で疲労も蓄積しているはずなのに倒れる気配がない。その驚異的なスタミナ。体力もまた見るものがある。

 2年生どころかこの学校全体でもOAAトップの実力を持つのは伊達ではない。

 

 ただそれもやはり、ホワイトルーム生には敵わない。

 天沢は自身と南雲の実力差を理解し、笑みを浮かべる。

 どこまでいっても護身術でしかない南雲では自分には勝てないと。

 

「あれれー? どうしたのかなぁ? 南雲せんぱぁい? こんないたいけな後輩に叩きのめされちゃうんですかぁ?」

 

「……はぁぁ~~~……なるほどねー。確かにこれは手強いね。私の見立ては間違ってなかったかぁ……」

 

「あたしが超強いって理解してた? ならやっぱり援軍でも呼べば良かったのに。なんだったら今からでも呼んでもいいですよ? 先輩はあたしのこと殴るつもりないみたいだしこのままじゃ勝てないと思うけどなぁ」

 

「暴力はあまり好きじゃなくてさ。だからあんまり攻める気って起きないんだよねー……アイドルとしてのリスクとか気にしちゃうからさ」

 

 あくまで自身はアイドル。休業していてもそこは変わらない。

 だから暴力を自分から振るわないというスタンスは一貫していた。その縛りは立派なものだったが──天沢のような振り切れた暴力を振るう者にはそれでは勝てない。

 

「じゃあどうやってあたしを制するつもりだったの? 関節技でも極める気だったんですか?」

 

「それを教える前に……まずは授業を最後まで終わらせよっか」

 

「……授業? ちょっと意味が分からないなぁ。どういう意味?」

 

 授業。そんな単語が突如、南雲の口から飛び出したことで天沢は訝しむ。

 それに対して南雲は深く息を吐いた。そして、南雲の顔から笑顔が消える。

 

「天沢ちゃんが強いのは理解ったからさ。さっきまでもそうだったけどここからも学ばせてもらうよ。──ということでよろしくお願いしますね。天沢先生?

 

 南雲が再び構えを取り、真剣な瞳を浮かべて天沢を視る。

 天沢を天沢先生と呼び、学ばせてもらうという南雲の纏う空気は、先程までより明らかにかわっていた。

 

「何だかよく分かんないけどさ。それじゃそろそろ一発くらい、顔いっちゃおうかな」

 

 その纏う空気の変化を天沢も感じ取っていた。

 だがそれでも自身の圧倒的優位な状況は変わらない。腕前の差は歴然。

 だからこそこれまで南雲の凌ぎを試すために加減していた顔への狙いを集中させる。フェイントを入れてから顔面に拳を入れる。それができれば1番気持ちがいいし、受ける方からすれば衝撃を受けるものだ。

 アイドルの顔面をぶん殴る。それができれば痛快だし面白いだろうと天沢はそれを躊躇なく実行に移そうとした。

 

「っ!?」

 

 ──だが、天沢の手は空を切った。

 

 南雲はそのフェイントに釣られることなく、紙一重で天沢の拳を回避してみせる。そしてその流れのまま、鋭く腕が伸びてきたことで天沢は初めてまともに防御を行う。

 これまで一切の攻撃。特に打撃に関しては一切放ってこなかった南雲が、初めて見せた攻撃。相手を殴ろうとする行為。

 天沢もそれを警戒していなかったわけじゃない。打撃であろうが関節技だろうが回避してカウンターを決める用意はしていたし、できると踏んでいた。

 

 だが想定以上の速度、技術で振るわれたそれに防御を選択させられた。それに対して南雲は一言。

 

「こうですよね? 天沢先生」

 

「っ……南雲先輩。もしかして……」

 

「ほら、続けてくださいよ。天沢先生」

 

 真剣な眼差しと表情。普段見るようなキラキラしたアイドルの顔ではない表情と鬼気迫る空気を纏う南雲に、天沢は次の攻め手を仕掛けながらその正体を看破する。

 

「なるほど……今のはテコンドーの技かな……でも基本は古武術っぽい部分と総合格闘技……いや軍隊格闘術が混ざってる感じっぽい。システマみたいな技もあるね……うんうん。これは参考になりそうかな」

 

 ぶつぶつと呟きながら天沢の攻撃を凌ぎ、時にカウンターや攻撃を仕掛けてくる南雲。

 それらの技は普段、南雲が主体としている合気道や柔道の技ではない──先程から天沢が仕掛けた技術。それを完全に模倣、習得していた。

 つまり南雲のその空気。姿勢とは──学び。学習する姿勢。

 アイドルとして普段は見せない、本気で何かを学ぶ。努力する姿勢。

 だからこそ天沢のことを天沢先生と呼んだ。自身の学ぶべきところがある存在として。

 

「……なるほど。そういうことなんだね」

 

 そして天沢もまた理解した。

 ホワイトルーム生として古今東西様々な実戦的な武術。技術。戦い方を叩き込まれた天沢は自身の実力、才能に絶対の自信を持っている。

 それこそ自分を超えるのは憧れの綾小路と、もう1人くらいしかいない。

 だが紛れもなくホワイトルームという場所で育てられた天才として、理解ることがある。

 

 ホワイトルームはどんな遺伝子から生まれた人間であっても結果を出す人材を育成する施設。

 天沢は自身や綾小路やもう1人を天才だと定義しているが、その天才にも種類がある。

 生まれ持っての天才か、環境によって作られた人工的な天才か。

 結果的にどちらも天才だと言えるが、そこには大きな違いがある。ホワイトルームで結果を出した自分たちは確かに才能を持っていたことだろう。

 

 ただ外の世界にもまた天沢と同じように圧倒的なセンスと才能を持つ天才はいる。

 

 そういった天才に比類する。あるいは上回るための教育機関がホワイトルーム。そこで育てられた自分たちはたとえ優秀であってもそれが遺伝子による天才なのか環境によって作られた天才なのか、それは正確には分からない。

 あるいはどちらも当てはまるというのが正解なのかもしれないが、少なくともホワイトルーム生ではない相手であればその区別はつく。

 

 ──南雲麗は正真正銘の天才だと。

 

 それもホワイトルーム生だったとしても生き残れるだろうと思えるほどに。ホワイトルーム生で天才だと自身が自覚する天沢がそう理解する。

 

 学習速度は自身を上回り、ホワイトルームのカリキュラムとは違い、まだ鍛える余地は十分に残っているにも拘わらず追いついてくる肉体のポテンシャル。

 

 今自分が勝っているのはホワイトルームのカリキュラムを受けていたからで、その貯金がなければすぐに追いつかれてしまうかもしれない。

 実際にどうなるかはもちろん分からない。だが天沢は南雲の才能はそれが十分あり得ると思えるほどのものがあると判断する。

 

「ふぅー……さすがに集中して疲れてきたね。でも結構追いついてきたよ天沢先生」

 

 もちろん、天沢はこの程度で追いつかれるほどやわな実力の持ち主ではない。暴力という分野を南雲は重要視していないこともある。

 

「綾小路先輩が南雲先輩を評価してる理由がなんとなく理解ったよ」

 

「……へぇ? それはそれはお褒めに預かり光栄だね」

 

「でもだからこそ……お遊びは終わらせよっか」

 

 天沢は南雲を評価する。暴力という向いてない分野でこれなら、他の部分ではやはりかなり手強いと。

 だがそれでも暴力では負けない。少なくとも今の時点では負ける理由がない。

 

「っ……はぁ。いやーきついきつい。久し振りに集中したけどやっぱ暴力って向いてないなぁ。結局殴れなかったしね」

 

「惜しいね。南雲先輩が本気で人のことを殴れる人間だったらあたしに一発入れることくらい出来たかもしれないのに」

 

 再び天沢からの打撃を喰らい、少し距離を取る南雲はそこで再び笑みを復活させる。先程まで見せていたアイドルとしての顔だ。

 そしてそれは天沢の技術を学んでいた時間でも失われていなかった。結局、南雲は天沢を本気で殴ろうとはしていない。殴る時も相手のことを必要以上に傷つけないように配慮していた。正当防衛だからこそ反撃もしたが、それでもなお南雲はアイドルとして必要以上の暴力は振るわない。

 だからこそ天沢は南雲に負けない。本気で倒すための攻撃してこないことが分かれば関節技のような相手を制圧する技にだけ注意して強引に力技でねじ伏せてしまえばいい。

 おそらくそれが南雲が暴力を苦手としている理由。

 そしてそれを当然、南雲自身も自覚している。

 

「ま、そうだね。でも勉強にはなったよ。おかげで綾小路くんのことももう少し理解できそうだし」

 

「そうかもしれないけど何をもう終わった気でいるのかな? お楽しみはこれからなんだけどなぁ」

 

 未だ戦闘継続の意思を見せる天沢に対し、南雲の方はそろそろ体力が危ないと判断したのか戦闘よりも逃走することを模索しているようだった。それとなく周囲を確認している。

 だが天沢はそれを許すつもりはない。

 

「全くさぁ、本当に野蛮人だよね。暴力暴力って。高校生ってもう結構大人だよ? そういうので勝っても社会じゃ役に立たないし普通に犯罪だって理解んないかなぁ」

 

「ざぁんねん。あたしはまだまだ子供なのでそういう理屈は理解らないかな」

 

「そっかそっか。じゃあ仕方ないね」

 

 南雲は笑顔で天沢の暴力性を揶揄し、同時に構えを解く。

 それは逃走かまた別の手段を取るつもりなのか。ともかく諦めたわけじゃないことだけは予想がつく。

 

 だが天沢は──

 

「知ってるよ南雲先輩。人が隠れてるんでしょ?」

 

「!」

 

 ──南雲の手を理解していた。

 

 単独で勝てない相手。暴力を振るってくる相手に対抗するなら、それを担当する人手を連れて来る。

 それが南雲の常套手段であることを天沢は理解していた。

 

「でもいいのかなぁ? 神崎先輩だっけ? その人が来てもあたしには勝てないと思うけど。もっとちゃんとした人材連れてきた方が良かったんじゃない? 1年生の誰かとかさ」

 

「あーやっぱりあれってわざと見せつけてたんだ。──宇都宮くんとか椿ちゃん経由で私に知らせるように」

 

「そう。南雲先輩に見せつけてあげようと思ってね。あたしと綾小路先輩の2人だけの秘密の話を」

 

 7日目に天沢が綾小路の元に姿を現し、それを橋本が目撃した。

 橋本は1年Cクラスの宇都宮、椿の指示で動いていてそのためその情報を2人に伝える。そして2人はその情報を更に南雲に伝えた。だからこそ南雲は7日目に綾小路と七瀬がやり合ったことも知っている。

 

 そして天沢は南雲が1年Cクラスと繋がっていることを知っていた。

 

 だからこそ1年のことに言及しつつ、天沢は神崎程度じゃ止められないと警告する。堀北に声をかける直前に天沢はGPSサーチを行っている。神崎の反応はこのI3にきちんと存在していた。腕時計を破壊しなかったのは最終日でまだ試験での1位を諦めていないからだろう。あるいは腕時計がなくとも神崎程度なら気づかれるから腕時計を壊すことに意味はないと南雲が見切っていたか。

 

 その上で南雲に味方するであろう相手のことも天沢はサーチしている。宇都宮のGPSは数分前にD8。スタート地点近くにあったし、他の生徒に関してもこのI3。南雲の近くには存在しない。

 だからこそ神崎1人を隠してどうするつもりなのかと天沢は問いかけたのだ。

 

 だが南雲はそれでも笑みを崩さない。

 

「あちゃー。バレちゃってたか。いやまあいいんだけどね。私はもう逃げるからさ」

 

「逃げられると思ってるんですかぁ?」

 

「逃げられないとでも思ってるのかな!」

 

 その言葉を合図に南雲はその場から脱しようとスタートを切る。そのタイミングは完璧だった。

 

「あははははっ! それじゃ次は追いかけっこだね! せんぱいっ!」

 

 だが天沢はそれを見越して同じように追いかける。

 そしてその足の速さは南雲に匹敵し、すぐに追いつこうとしていた。

 

「なーんて」

 

 だがそれでも天沢は気づいている。南雲が逃げた先、その木の陰に神崎が隠れていることを。

 おそらく自分が近づいたところで奇襲。そのまま取り押さえるか2対1にするか。あるいは神崎に任せて1人で逃げるか。そのどれかを取るであろうと天沢は呼んでいる。

 だからこそ天沢は神崎を一瞬でノックアウトしてやろうと隠れている木の陰から出てくるところを待った。何をしようが神崎程度であればカウンターで仕留められる。

 そう思い、歪な笑みのままその場所に近づいて──

 

「それじゃやっちゃっていいよ──隆二くん……と見せかけて────宇都宮くん

 

「──了解した」

 

「──ッ!?」

 

 南雲の一声。そのにやりといたずらっぽく笑った直後──木の陰から1人の男子生徒が姿を見せる。

 天沢が予測していた神崎隆二という2年Aクラスの生徒。黒髪で身体をそれなりに鍛えた南雲の側近でボディーガード的存在だったその生徒の奇襲を予想していた天沢は、想定よりも鋭く力強い一撃がやってきたことでその拳を身体にモロに受けた。

 身体を押さえ、みぞおちに受けた拳に痛みと苦しみを感じながらも何とか倒れずに続く二撃。三撃目。宇都宮の鋭く的確な、いっそ機械的とまでいえる相手を無力化するための無慈悲な攻撃を避けて距離を取る天沢は苦しそうに笑みを浮かべながらも疑問を口にした。

 

「あはは……なんで宇都宮くんがここにいるのかなぁ……?」

 

「俺も驚いたぞ天沢。南雲先輩から聞いた時は半信半疑だったが、まさかここまで出来る生徒だとは思わなかった」

 

 そう。木の陰に隠れていた南雲の味方の正体は神崎ではなく、天沢が警戒していた1年Cクラスの宇都宮陸。

 戦闘力に関しては1年Dクラスの宝泉和臣に並び、天沢であっても倒すことの難しい相手だ。

 そしてその背中に隠れながら、南雲は天沢をしたり顔で見下ろす。

 

「天沢ちゃんが何を思ってるか当ててみようか? ──宇都宮くんの反応はさっきまでD8にあったし、さっきまでここには隆二くんの反応があった。それなのに、なんでここに隆二くんがいなくて宇都宮くんがいるの!? って感じかな?」

 

「聞きたいことが分かってるなら教えてほしいでーす」

 

「なんでだろうねー? 正直私にも分からないなー。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。意味が分からないよねー?」

 

「……だとしたら相当ヤバいけどね」

 

 それを聞いて天沢はその可能性を思考するが、すぐに結論を出す。そんなことは、教師側に手を貸す人物がいないことにはありえないと。

 だからこそ天沢はその可能性があり得ることに気付いた。例えばそう──月城。不正を行うことも辞さない教師であれば、南雲からの何らかの取引でそういう手筈を整えることは出来ないことじゃない。

 腕時計は壊れた際にスタート地点で交換する。そこで交換という作業を行う際に、当然だが腕時計は用意してある予備を新たに取り付けることになる。

 その予備は壊れた生徒にそれぞれ支給するため、名前はその取り付けの際に登録することになる。つまり、その時に間違った生徒の名前を登録してしまった場合、GPSサーチで出てくる名前もその間違ったものとなる。

 

 南雲が取った戦略。対天沢のために仕掛けた奇襲とはそういうものだった。予め教師側に根回して腕時計の交換の事故を起こし、宇都宮がいないものと思わせる。その上で奇襲を仕掛けて仕留める。

 

 腕時計とGPS。この試験において多くの生徒が利用しているその穴を付いた仕掛け。それが上手く嵌まり、天沢はまんまと出し抜かれた。神崎程度なら問題ないと油断して致命的な一撃を受ける。

 

「これは油断したししてやられたなぁ……ちょっちマズいかもね。で、宇都宮くんは本気であたしのこと殴るつもり? もう殴られたけどさ。あたしって可愛い女の子だよ? そっちの南雲先輩に負けないくらいにはさ」

 

「南雲先輩には大きな借りがある。それと戦いにおいて俺は男と女を区別しない。おまえができる奴だと分かったなら尚更だ」

 

 宇都宮は天沢の問いかけにも動じず、最初に天沢が南雲にやったように少しずつ距離を詰める。相手がどんな動きをしても即座に仕留める。戦闘のプロのような計算された間合い管理だ。

 そしてこうなると天沢としては分が悪い。万全の状態での1対1ならまだやりようはあるが、宇都宮に一撃をもらい、その上で背後に南雲までいる。2対1ではさすがに勝ち目は見えないし、南雲をボコボコにするなどもってのほかだ。

 

「はぁ、すっかり南雲先輩に骨抜きにされちゃってさ。これじゃもう南雲先輩の顔をぐちゃぐちゃにはできないだろうし……ここは大人しく引くしかないかなぁ」

 

「逃げられると思っているのか?」

 

「それ、さっき聞いたよ。逆の立場だけどね。今度はあたしが逃げる番かな──!」

 

 分が悪い。そう判断した時点で天沢は迷いはしない。先程南雲がしたように一目散に逃走を図る。

 宇都宮は背後から即座に距離を詰めて天沢を捕らえようとするが、ここは森の中。純粋な足の速さだけで追いかけっこの勝敗は決まらない。距離が離れた状態で即座に逃げたことで何とかギリギリ逃げ切れるだろうと判断した。

 

「2対1じゃ勝てないから逃げるね。南雲先輩に宇都宮くんもばいばーい」

 

「いやいや、誰が2対1だって言ったの? ──()()()()()

 

「ハハァ!」

 

「──ッ!? あッ……!」

 

 だが、そうして逃げようとした矢先、天沢が逃げた先の背後の木の陰から、今度は凶悪な人相を持った大柄な男子生徒が天沢の首を掴んで地面に叩きつける。

 その生徒のことは当然、天沢も知っていた。何しろ同じグループを組んでいる。一学期にも一緒に組んで綾小路を嵌めようとした──1年Dクラスの宝泉和臣。

 

「なん、で……宝泉くん、まで……?」

 

「ハッ、随分と驚いてやがるな。俺がここにいることがそんなに不思議か? おまえの隠してた喧嘩の強さに比べりゃ俺がここにいることなんざ大したことねぇはずだぜ」

 

「ッ……苦しいん、だけど、な……!」

 

 突如現れた宝泉に首を締められ、そのまま地面に倒されて天沢は身動きが取れなくなる。首を絞められた状態から何とか抜け出そうと抵抗するも宝泉は天沢の上に跨っていた。宝泉のパワーは天沢でも振り解くことは出来ない凄まじいもの。ましてやマウントポジション。抵抗させないように強めに首を絞めていることから天沢にはどうすることもできない。

 だが何故ここにいるのかという疑問を込めてゆっくりと南雲と共に近づいてきた宇都宮に視線を向けた。宝泉と宇都宮が犬猿の仲であるのは周知の事実。宝泉がこの場にいること自体は腕時計を壊していたからで説明がつくが、その2人が手を組むことなど想像し辛かった。

 

「あぁ? ……なるほどな。こいつのことが聞きてぇのか? 確かにこいつと組むなんざごめんだったんだがな」

 

「それは俺の台詞だ。南雲先輩の頼みでなければ一時的だとしてもおまえと組むなどあり得なかった」

 

「うるせぇよ。ま、タダじゃ南雲パイセンの頼みでもやらなかったが、俺にとって都合の良い条件が揃ってたんでな。我慢してやってんだよ。だからその鬱憤はまずおまえで晴らさせてもらうぜ天沢」

 

「ッ……」

 

 その言葉。2人のやり取りを聞いて天沢は理解する。

 2人が組んでいるわけではなく、2人はどちらも南雲に雇われている。

 宇都宮は借りと言っていたように以前から。そして宝泉の方は何かしらの報奨。契約か何かがあると思われた。

 あるいはこの後、綾小路にも仕掛ける予定なのかもしれない。その余興として宝泉は天沢に容赦なく拳を顔面に目掛けて振るう。

 

「ウチの馬鹿が退学させられた犯人も探さなきゃならねぇ。おまえがそれだって言うなら手間が省けるんだがよ。どうなんだ?」

 

「っ、知ら、ない……ッ」

 

「ま、この状況だとそう言うしかねぇわな。だが俺はBクラスかAクラスの仕業だと睨んでる。必ず探し出してぶち殺すぜ」

 

 1年Dクラスの生徒が退学した件。それに関しても宝泉は1年のBクラスかAクラス。そしてこの状況から天沢のことも怪しんでいるようだった。

 一学期の綾小路の件でも宝泉を利用した節があり、こうして強さを隠していた天沢を宝泉が怪しむのも仕方ない。それを理解し、南雲はそこで天沢に声をかける。

 

「ユキちゃんの件もあるし、私も徹底的にやらせてもらうよ。友達を傷つけた人は許せないからね」

 

「ッ……」

 

「で、結局天沢ちゃんは私の理解が足りなかったね。去年の無人島じゃ確かに数だけ揃えて勝てるなんて甘い判断の下動いちゃったけど今年はその反省を活かして質にもこだわってみたんだよね」

 

 それが宇都宮陸と宝泉和臣という戦力を揃えた理由。

 あえてここでは口にはしなかったが、南雲は綾小路との戦いに関しても反省していた。

 あの時に今と同じくらいの戦力があれば策はなっていたと。

 だからこそ仮に綾小路が相手でもそう簡単にはいなせない強さを持つ人手を雇う必要がある。

 

「ここに宇都宮くんがいるはずがない。宝泉くんと宇都宮くんが協力するはずがない──そう考えちゃった時点で負けだよね。どんな戦略も交渉次第で実現するんだから。私の魅力を甘く見積もりすぎたね」

 

 そう。南雲が秀でているのは暴力の強さじゃない。

 暴力で負けているなら暴力の強い人材を味方にして対抗すればいい。ただそれだけの話。

 『魅力』は人を使う。操ることにおいては絶大な効力を持つ。傾国の美女という例えがあるように、時に人間の魅力は一国すら動かすほどの力を持つ。国を動かす相手を魅了するだけでそれが叶うのだ。

 

「じゃ、後は適当に宝泉くんにボコられて寝てていいよ──あ、そうだ。天沢ちゃんって綾小路くんのことを昔から知ってるんだよね?」

 

「っ……うっ……」

 

 宝泉に殴られながら「誰が教えるか」という意味を込めた視線を南雲に返す天沢。それを正確に察した南雲は天沢を見下ろしながら明るい笑顔のまま告げる。

 

「そっかそっか。何年も前から綾小路くんを知ってたんだね。じゃあそんな綾小路くん厄介ファンガールな天沢ちゃんには某名作漫画からピッタシな名台詞を送ってあげる」

 

 そして更に見下した。あくまでもアイドルとしての笑みのまま。南雲は天沢へ勝利宣言を行う。

 同時に人間をより深く理解している者として──

 

「──憧れは理解から最も遠い感情だよ」

 

 ──最後にその名言が天沢に告げられ……天沢は宝泉に殴られて気を失った。

 

 

 

 

 

 はー……さすがに疲れたー。

 I3で天沢ちゃんを何とか撃破してすぐ。私はきちんと彼女が気絶してるのを確認する。まあ宇都宮くんと宝泉くんから何発も殴られたらそりゃこうなるよね。幾ら相手が犯人候補とはいえ宝泉くん女子相手でも容赦ないなぁ。

 

「もう気絶したのかよ。女にしちゃやるが所詮は女だな」

 

「奇襲を仕掛けて倒しただけだ。正確な戦闘力を測るには適してない」

 

「んなことは分かってんだよ。その上で俺よりは下だって言ってるだけだ」

 

「はいはい。そこまでにしてねー。2人ともご苦労さま」

 

 いやー所詮は女って言うけど天沢ちゃんは私の想定以上に強かったけどね。頑張って集中して1対1でやってみたけどこりゃ無理だね。身体能力はほぼ同じくらいで凌ぐだけなら出来ても色んな部分に差があって私じゃ勝てない。2人が強くて良かったし、この学校で1年経験を積んで綾小路くんみたいな規格外人間がいるってデータを蓄積してなかったら勝てなかったね。龍園くんや綾小路くんにも感謝かな。

 天沢ちゃんの強さは尋常じゃない。少なくとも女子高生レベルではなかった。精神はまだ年相応かそれ以下な感じがしたけど。そういう意味じゃ綾小路くんに少し似てるんだよね。一体どういう繋がりがあるのか……帆波ちゃんからの情報も含めてこれから考察しがいがあるね。

 ただそうして天沢ちゃんの考察をしてると宝泉くんと宇都宮くんが再び口喧嘩を始めそうになったのを見かねて私は間に入る。そして2人の肩を叩いて同時に労った。2人とも頑張ったからね。ここでは喧嘩しないようにね。

 すると先に宝泉くんの方が離れていった。一瞬だけ私の労いが気に入らないのかなーって思ったけどすぐに違うと理解る。この後に用事があるからね。

 

「俺はもう行くぜ」

 

「りょうかーい! 頑張ってね! 報酬は後できっちり振り込むね!」

 

「なら構わねぇ」

 

 ぶっきらぼうにそう答えた宝泉くんはI2の方向に向かって駆けていった。

 去り際のその表情は既に別の楽しみを見出しているようで中々凶悪だったね。

 

「いいんですか? 宝泉を行かせて」

 

「いいよいいよ。向こうは向こうでまた楽しく喧嘩するだろうしね」

 

 宝泉くんの目的はこの先にいる綾小路くん。それは前から聞いてたし、そのために私は宝泉くんを最終日まで椿ちゃんたちを通じて待たせた。

 一応先日の13日目にはとある2年生の男子生徒を暴力で気絶させて放置したりとか地味に仕事はしてたらしいんだけどね。ただその生徒も何だかんだ面白い結果に終わったし結果的には2年生にそこまで損害は与えてない。

 この後はどうなるかわかんないけどね。一旦指示してた天沢ちゃん退治の仕事は終わったし、宝泉くんは綾小路くんの元に向かう──その道中に今度は龍園くんがいるとは知らずにね。

 

「それで後は南雲雅……先輩ですか」

 

「ああ。そっちはなんか知らないうちにもう気絶しちゃってるみたいだしやんなくていいよ。代わりに腕時計を壊してから鈴音ちゃんを運んでくれる? これから隆二くんが腕時計を再度交換してからグループに合流する予定だから」

 

「わかりました」

 

 私がそう指示すると宇都宮くんは自身の腕時計を壊した後、近くに倒れていた鈴音ちゃんを抱き抱える。優しくね。多分すぐに起きると思うから起きたらびっくりするかもだけど。

 それを確認してから今度はトランシーバーで隆二くんに連絡。

 

「隆二くーん。終わったよー」

 

『南雲。……そうか。なら腕時計はもう交換しに行っても構わないんだな?』

 

「うん。すぐに交換して後は課題こなしていってー。一応間に合うかもだし指定エリアに向かいながらね」

 

『了解した。宇都宮にもよろしく言っといてくれ』

 

「はーい。──宇都宮くーん。隆二くんがありがとーって」

 

「俺はやるべきことをこなしただけです。大したことはしてませんよ」

 

 指示を出してトランシーバーを切ってから宇都宮くんにも礼を伝えておく。まあ代わりに私を守ってくれたからね。かなり大掛かりな仕掛けではあったけど交換された腕時計も壊してしまえば問題ない。仮にあっても先生が間違えましたーで終わり。最悪理事長代理のせいにしちゃおう。

 なのでこっから宇都宮くんは腕時計交換で減らしちゃった分の得点を稼ぐために試験に戻る。まあ稼がないといけないのは私もなんだけど、その前にやるべきことをもうちょっとこなさないとね。

 スタート地点近くにいる隆二くんは同様に腕時計を壊し、試験終了まで課題に挑むことになるだろう。

 

 私はGPSサーチを使用して割と近い距離にいた雅兄の元へ行く。雅兄は地面に倒れ込んで気絶していた。

 

「あーあー雅兄ってばこんなとこで眠っちゃって。色々取られちゃっても知らないよー?」

 

「生徒会長……彼も綾小路が?」

 

「多分ね。GPSサーチした時に近くにいたし」

 

 意図せずして雅兄が気絶しているというラッキー。別に起きててもやることは変わらなかったけど、綾小路くんももしかしたら気を使ってくれたのかもね。こうすれば3年生全体の指揮系統が大きく乱れて2年生のグループが躍進するわけだし。

 ただ最後にお礼を言っとこう。私は近くにあった雅兄のトランシーバーではなく自分のトランシーバーを使って、ある人物に連絡を入れる。その相手は──

 

「桐山先輩。どうもー。南雲麗ですー」

 

『……南雲麗? おまえ何を……いや、俺に一体何の用だ? 南雲に……南雲雅はどうした? 綾小路もおまえの差し金か!?』

 

「いやいや、雅兄はなんか知らないけど眠ってるみたいですよ? それと私の用件はお礼を言っておこうと思って。色々と協力してくださってありがとうございます」

 

 私は丁寧に、尊敬する先輩に対してしっかりとお礼を口にする。

 そうしてやればトランシーバーから何となくだけど困惑の雰囲気を感じられた。桐山先輩がややあって答える。

 

『待て。協力だと? 何の話だ』

 

「いやいや、3年生で私の懐に潜り込ませてくれたグループが幾つかあるじゃないですか。雅兄が3年生の中にも裏切り者を作ることを見越してあえて私に靡かせ、試験の途中で私を裏切る算段をつけてた人たち。あれって桐山先輩が指揮取ってたんですよね?」

 

『っ……気づいていたのか?』

 

「そりゃ最初から。おかげで助かりました。課題の調整とか他のグループの動きとか知ってれば色々と理解ることも多いんでちゃんと活用させていただきましたよ」

 

 そう、桐山先輩は別に裏切り者でも何でもない。先輩は雅兄に屈した人。今更雅兄を裏切るわけがないのだ。

 ただそれ以外の勝ち上がりを決めておらず、勝ち上がれる自信も実力も何もない人たちはその限りじゃない。雅兄は最後にくじ引きで勝ち上がる生徒も決めるらしいけどそれを当てにしてる人も全員じゃない。

 

 ──と、私が考えることを見越して雅兄はあえて3年生の中に私に通じて情報を少し流し、課題の独占や妨害に関して雅兄を裏切る──振りをして私の足止めなどを行うグループを作っていた。

 雅兄は私のやり方を理解してるからね。だからこそ敢えてそれを逆手に取るような手を打ってたってわけだ。私が密かにその3年生のグループに連絡を取り、受けられる課題の場所に向かう。そうして敢えて得点の低い課題の方に誘導したり、到着したところで運悪く他の生徒に取られたと言い訳したり──最後には私を裏切ってしまうという雅兄らしい楽しい手。

 

 だったんだけど私は最初からそれには気づいてたので3年生の内部情報をある程度は掴みながらも、その偽スパイの動きから雅兄や桐山先輩の指揮するグループの動きを読む材料にすることが出来たんだよね。

 おかげで有利なテーブルに移動したり、私たち以外の他の生徒に課題を取らせて兵糧攻めみたいなこともできた。

 

「ただ最後はもう必要ないんでネタバレしとこうかなーと。そういうわけなのでありがとうございました」

 

『くっ……待て南雲麗。おまえは──』

 

 そうして私はトランシーバーの電源をオフにしてポケットにしまう。雅兄のトランシーバーに触っちゃうと雅兄に何したってなっちゃうからね。証拠は残さないでいこう。

 

 さて、こうなると3年生も最終日にして動きを停滞させるだろう。今は得点を稼ぐチャンスだ。早く戻ってラストスパートといかないとね。

 とはいえ綾小路くんがいるI2の方も気になるし、ちょっとだけ視線を向けたけど──

 

「ま、そっちは野暮だしやめとくとして──ともかくこれで完全勝利かな」

 

 ──そちらに向かうことなく、私は宇都宮くんと共に途中まで南下してグループに合流。それから再び試験に望み得点を重ねていった。そして……。

 

「第一位──2年AクラスとDクラス。南雲麗と堀北鈴音の混合グループ。413点」

 

「第二位──2年Dクラス。高円寺グループ。401点」

 

「第三位──2年BクラスとCクラス。龍園翔と坂柳有栖の混合グループ389点」

 

 無人島特別試験は──2年生が表彰台を独占するという結果で終わるのだった。

 




ということでVS天沢が終わって決着です。次回は結果発表と裏切り者がどうなったかの補足。それで無人島サバイバル編は終了です。お楽しみに。

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