二週間にも渡る無人島での試験。
そこは橋本正義にとって自身の生き残りと今後に向けた勝ち上がりを決めるための一世一代の大舞台だった。
だからこそ橋本は1年生と通じて確実に自分が生き残るために13日目に行われた綾小路清隆を含む2年生の単独グループの襲撃に間接的に手を貸した。
それで橋本は少なくとも生き残ることが出来るはずだった。1つ2つでもグループが落ちてくれればそれだけ目は減る。
後はこの間に少しでも得点を稼いで下位に落ちないようにすれば事足りた。残り1日ならどうにでもなる。
そう、後たった1日。1日生き残るだけで良かったのだ。
「悪ぃなあ。ちょいと寝てろや橋本パイセン」
──自身に対し、凄まじい暴力が振るわれるまでは。
13日目。その日もまた連絡役を買って出た橋本は1年Dクラスの宝泉の下に向かい……そこで正面から一撃を貰い、地面に倒れ伏すことになった。
「なん、で……いや……最初からこうする気だったのか……?」
「さすがに元はAクラスなだけあって少しは頭が回るじゃねぇか。2年の単独グループを潰すって作戦で誰にも庇われることのないふらふらしてる裏切り者を潰さない理由はねぇからな」
「っ……学校に……」
「訴えてみろよ。俺たちの作戦は分かってんだろ?」
「うッ……!」
地面に倒れた橋本はどうにかこの窮地を脱しようと知恵を絞り、言葉を絞り出して宝泉を説得しようとするが、龍園以上に暴力的な宝泉にその交渉は通じず、腹を思い切り蹴られて悶絶する。
たったそれだけで橋本は立ち上がれないほどのダメージを負った。1回目のアラートが鳴り始める。
「じゃあなパイセン。おまえの情報は役立たせてもらうぜ」
そうして宝泉は橋本が動かなくなったのを見届けてその場から立ち去っていく。
その凶悪な気配は遠ざかり、やがて周囲に人の気配を感じない。静かな森のざわめきだけがその場に残った。
そしてそのタイミングで──
「……っ……まだ、だ……俺は……こんな、ところで……」
橋本は動き出していた。
気絶したように見せたのは橋本の渾身の演技。宝泉が正確にそれを確認しなかったため何とかなった窮地の一手。
ただそれでも橋本は立ち上がることが出来ず、文字通り地を這ってどこかに進もうとする。
リタイアだけは、退学だけは避けなければならない。橋本にあるのはその一心。
かつて自分を馬鹿にした連中を見返す。そのためにAクラスで卒業する。
坂柳に使いっ走りにされ、龍園に利用され、南雲に見透かされ、1年生に顎で使われ、こうして暴力を振るわれて地を這うことになろうと自分は絶対に生き残ってみせる。
プライドなんてものは橋本にはない。最低限、人としての尊厳が守れればいい──いや、それも自分が生き残るためならその最後の尊厳すらも捨て去れる。それを考慮することができる。
その生き残りへの執念。ただそれだけが橋本の身体を動かしていた。
「く、そ……なんで……痛ぇ……身体が……」
だが、それでもなお現実は非情。
肉体は心だけで動かせるものじゃない。生物としての当然の機能があり、その機能が損なわれれば気を失う。身体は動かなくなる。
もちろん死ぬほどの怪我を負っているわけじゃないが、それでもリタイアは免れない──それだけの怪我を負っていた。
「ちくしょう……鳴るなよ……止まれ……!」
2回目のアラートが鳴ってしまう。次に鳴るのは緊急アラート。
それを手動で止めなければならないし、回復しない限りは緊急アラートによるメディカルチェックを回避することは難しい。
橋本はいっそ腕時計を破壊することを考慮する。そうすればアラートは止まるが、この状態では腕時計を交換するためにスタート地点に戻ることはできない。
そして腕時計が壊れれば得点を稼ぐこともできない。1年生の作戦が成功すれば自分は何とか生き残れるかもしれないが、少しでも失敗すれば自分が退学になる。
だから腕時計を壊すことも躊躇する。そして気づく。八方塞がりになっていることに。
「はは……散々裏切って……苦汁をなめた結果がこれかよ……くそ……」
そうして橋本は遂に自分がここまでだと悟る。
もう這い上がることはできない。勝つことも。
だからこそ諦めて──
「こっちから音が……って、うわっ! マジでいやがった!?」
「……吉田?」
──しかしそこで橋本の前に見知った人物が現れる。
木々をかき分けて何かを探すように現れたのは橋本と同じCクラスの吉田。
彼は橋本を発見すると手に持っていたトランシーバーを操作して誰かと連絡を取る。
「えっと、いたんだが……このままやっていいんだよな?」
『──ええ、どうぞ。お願いします』
「わかった。……橋本、そのまま大人しくしててくれよ」
「その声……姫さんか? 一体何を……」
そうして橋本はゆっくりと腕を伸ばしてくる吉田を見た。
吉田が橋本に対してトランシーバーの先からの指示通りのことを行ったその時。
──橋本はリタイアすることになった。
試験後の船内。結果が既に発表されて落ち着いた頃。橋本は船室でそのことを回顧する。そして目の前に座る人物にそのことを改めて問いかけた。
「なあ姫さん。なんであんなことをした? ──Cクラスのグループに俺を合流させて俺を救済するなんてよ」
その人物はCクラスのリーダーである坂柳。
彼女は橋本の正面に行儀良く座り、二週間振りの水以外の飲み物を、紅茶を飲んで息をついていた。
その上で橋本に微笑を向ける坂柳に橋本は不気味なものを感じてならない。いつものことだ。坂柳が何を考えているか橋本には分からない。
それでもクラスのリーダーとしてAクラスに導けるのは坂柳しかいないと思ったから側近として働いてきた。
だがそれも南雲によって裏切らされた後は何もない。橋本はクラスを裏切った。
だから坂柳の報復を恐れていた。そのために早くクラスから抜けようとしていたのに……それが叶わなかったのだ。そのことに橋本は密かに絶望している。
そして坂柳もまたそんな橋本の心境を理解していた。ゆえに穏やかにいつもの調子で話しかける。
「さて、どうでしょう。橋本くんはどう思いますか?」
「どうって言われてもな。思いつくのは……そうだな。あのまま俺がリタイアしちまったらクラスのポイントが減る。それを避けようとしたってくらいか。後は俺と南雲の約束を把握していて単独じゃなくした。こうすりゃあ俺の引き抜きを防げるからな」
「なるほど。確かにそういう利点はあるかもしれませんね」
下位に沈めばクラスからポイントが奪われる。
坂柳は龍園と組んで3位報酬の半分の50クラスポイントを得ることに成功していたが、橋本がリタイアしてしまえばそれも無意味。どころかマイナスだ。
だからこそ単独で動いていた橋本を探し出して救済した。そんな図式を橋本は思い浮かべる。
だがそれを坂柳が認めて数秒。橋本は自らの発言を否定した。
「いや、違うか、姫さんは敵には容赦しない。ポイント惜しさに俺を救うなんてことはしないだろ。本当は俺を嬲るため。何か俺の予想のつかないような罠を張って待ち構えてんだろ? 俺を確実に退学させるために」
そう、坂柳はそういう人物だ。
たかだか50や100のクラスポイントのために裏切り者を救済するなんてことはしない。むしろポイントを支払って不良品を引き取ってもらう良い機会だと考えるだろう。
南雲の件にしても同じ。南雲のポイントを2000万も消費させてクラスの不良品を引き取ってもらえるなら願ったり叶ったり。むしろそれを利用して何らかの嫌らしい作戦を用意していてもおかしくない。
だがそうしなかった。なら更に悪辣な作戦が待ち構えていると橋本は一筋の汗を流しながら指摘した。橋本が見てきた坂柳とは、そういう人物だったから。
戸塚や山内だってそんな風に罠に嵌って退学させられた。
だから俺も、と橋本が考えるのは自然なことだった。
「裏切り者の橋本くんを罠に嵌めて退学させる。分かりやすい制裁ですね」
「姫さんはそういう手が好きだろ。これでもう俺の勝ち上がりもなくなった。後はどうにだって出来ちまう」
「そうかもしれませんね。ですがその処遇を決める前に橋本くんとお話がしたかったんです」
「俺と話だと?」
「ええ。そのために橋本くんを救済すると決めました」
つまりは嬲るつもり……と橋本はまず解釈した。
だが一方で坂柳の様子がいつもと少し違う気がして橋本は訝しむ。
ただそれでも橋本は今更何かを隠す気もない。クラスの移動が実質不可能になった以上、再びクラス内で針の筵になることは確定してる。
その上でクラス内で誰か1人が退学するような特別試験が来れば真っ先に切り捨てられる。何とか生き残ってはいるものの、生きているだけの生き地獄。クラスがAに上がる可能性も南雲率いるAクラスが更にポイントを得たことで更に低くなった。
「……ま、いいさ。どうせしばらくはクラスにいなきゃならない。何が聞きたいんだ?」
「ではまず1つ。今まであえて直接聞きはしませんでしたが、どうしてクラスを裏切り南雲さんについたのですか?」
「……学年末試験の時もちょっとだけ口にしたけどな。南雲に色々と理解されちまったんだよ。俺の恥ずかしい過去とか秘密とか色々とな。それでクラス移動の話もチラつかされた」
「麗さんに脅され……いえ、誘導されてしまったんですね」
「悪いとは思ってるさ。ただ俺にとって重要なのはクラスの連中よりも自分なんだ」
「その性格と思考に至った過去の経験や経緯。あなたが困った事や悩み事があるとトイレの個室に籠る奇妙な癖もそれに関係しているのですか?」
坂柳からそう指摘され、橋本は確かな既視感を覚える。
1年の時に南雲から指摘された時と同じ。南雲もまた橋本の癖をどこからか把握していて、更に橋本の内面や過去にまで踏み込んできたことを。
そしてそれを知られてしまったこともあり、橋本は弱くなった。南雲には勝てないと恐れた。Aクラスに上がるには南雲に下ることが最善の道だと理解させられた。
その南雲と同じように、坂柳は橋本を理解しようとしていた。
「用がないのにトイレに籠る癖。あなたの行動心理や性格を考慮すれば、それが現実から逃避するための行動であると想像がつきます。断言こそまだ出来ませんが、もしかしたらあなたは──」
「ああ、そうさ。昔、そういうことがいっぱいあったんだよ。追いかけ回されて色々されるようなことが」
坂柳の正確な分析。理解に橋本は全て言い終える前に自分からその過去を認める。あえて明確に言葉にはしない。したくない。
南雲の時に指摘された経験もあり、今度は全部自分から、観念したように吐き出す。
「で、俺にそんな過去があったと知ってどうするんだ? 吹聴して回ってみるか? 今のクラスの状況なら……ま、さすがにそこまでは出来ないか。だとしてもやり方次第で俺のトラウマを刺激することは出来るかもしれないぜ」
「今のところそうするつもりはありませんよ。むしろあなたを理解し始めたことでその可能性は限りなく低くなりました。裏切られるより裏切る。自分が勝つためならプライドすら捨てて嘘をつく。それが橋本正義なんですね」
「はっ……姫さんが俺のことを本当に理解出来てるのか?」
姫さんと皮肉を込めて呼びながら橋本は鼻で笑う。──あの坂柳有栖が自分を理解出来ているはずがないと。
ただ……そこで更に違和感が噴出する。
「完全に理解したと軽はずみに言うことは出来ませんが少しは理解が深まったとは思います。──私もちょうど自分に対する理解を深める機会がありまして」
「……何の話だ?」
「気持ちが理解ります、とお伝えしています。あなたは過去の経験から、絶対にAクラスで卒業するという使命を持っている。だからこそクラスを裏切った」
「だったら……だったらどうだってんだ。今更謝るつもりはないぜ」
「私も同じ。私の中にもこだわるものが、使命があります。そしてそのために、Aクラスよりも優先するものがあり、そのために行動しています。だからこそ気持ちが分かります」
「それは……」
橋本はそれが何となく綾小路のことだとわかった。
今までの坂柳の言動から橋本が思いつくのはそれだけ。
そしてそれは正しかった。
「話してみるものですね。今まで私は人を駒としか見ていなかった。いえ、人として見ようとしてこなかった。ですが真澄さんもあなたにもそれぞれ求めるものがある。そのために動いている。それを理解したことで自分が何を失敗したのかを理解しました」
「……なんだってんだよ……」
橋本は坂柳の慈愛の籠もった表情を見て疑問と共に不思議な気持ちを抱く。
今までの坂柳にはなかったもの。
その正体を肉体と心が頭より先に理解していく。
「あなたが裏切ってしまったのは私の不徳の致すところ、だということです。責任の全ては私にある。だからこそ私は橋本くん。あなたを処罰しません。あなたをCクラス──いえ、Dクラスのリーダーとして受け入れます」
南雲と堀北のグループ。そして高円寺の単独グループがそれぞれ1位と2位を取ったことで堀北のクラスが大量のクラスポイントを得た。
そのことで自分たちはDクラスに落ちた。その現実をしっかりと受け入れた上で、坂柳はリーダーとして橋本を受け入れる姿勢を見せる。
「もちろんあなたがこれからも裏切り続けるならその限りではありませんし、協力を強制するつもりもありません。私について行けないというのならそれでも構いません。クラスには誤解を解いておきますので心安らかにお過ごしください」
「……何を……そんなことが信じられると思ってんのか?」
「信頼が足りないのであれば信頼してくださるまで行動で示すだけです」
「そう言っといて俺を嵌めるつもりなんだろ?」
「どう考えるかは橋本くんに任せます」
「はは……何言ってんだ……そんなの分かりきってるだろ」
と、言いながらも橋本は心で理解し始めていた。
坂柳の言葉が、少なくとも自分を騙すためのものではないということを。
あの時南雲が理解を示しながらも橋本を突き放したものとは少し違う。
真に迫った言葉は同じ。だけど坂柳の見守るようなその表情に橋本は不思議と熱いものを感じていた。
Aクラスだったのは過去のこと。
今やもう自分たちはDクラス。最底辺まで落ちた。
その中でも裏切り者。南雲にすら見限られた自分は真に学校の最底辺に落ちたと言える。
もう今さら頑張る意味も薄い。そう橋本は思った。
そのはずなのに──なぜか今の坂柳にならまた付いていってもいいかもしれないと。
そう思わせる何かがあった。
「今すぐ答えを出さなくとも構いません。しばらくは特別試験もないでしょうし、ゆっくりしてください。その間に──私は私の戦いを始めます」
坂柳は橋本に答えを急かさない。
言葉が届いたとしてもすぐに協力できるか。信頼できるかは別の話。そう考え、坂柳は立ち上がり、橋本と自分自身に宣言してから部屋を出ていく。
その歩みは遅い。杖を介さなければ満足に出歩くこともできない。
今まで坂柳は人というものを軽視していた。
周囲の人間を劣るものと見下し遠ざけ、自分の考えだけを貫き、周囲に置くものは自分の手足として動かすための駒でしかなかった。
「話は終わったの?」
「ええ。行きましょうか」
「結局橋本のこと許したんだ」
「彼にも考える時間が必要かと思いまして。もちろん、考えた上でまた裏切るなら今度こそ容赦は致しませんが……そうでないなら受け入れると決めました」
だから橋本との対話。理解に務めたこの時間はその第一歩だ。
クラスメイトのことを理解し、信頼してもらい、そのポテンシャルを十全に引き出して正しく導く。
今まではそうしてこなかったことを行う。
それは奇しくも坂柳がこだわる綾小路がこの学校でやってきたことと同じ。
それを坂柳なりの新たな視点と方法で成す。そのために側に友人と認めた神室と共に、坂柳は歩き出す。
「ふーん。ま、いいんじゃない。なら今日はどうするの?」
「そうですね……まずは船内を見て回りましょうか」
「はぁ? 今から?」
「ええ。このサン・ヴィーナス号には多種多様な娯楽施設があります。きっと真澄さんの気に入る場所もありますよ」
「そういうことじゃなくて……試験の後で疲れてるんじゃないの?」
「多少は疲労はありますが、むしろ今は歩きたいんです。なので付き合ってくれますよね?」
「……仕方ないわね」
そうして坂柳は橋本との対話を終え、神室と共に船内の娯楽施設へと向かう。
思考の片隅には橋本が1年によって完全にリタイアさせられなかったことや自分の元に神室がやってきたこと。それに対して2人の人物の関与を確信して思うところはあったが──今のこの時間は友人との時間を楽しむことに意識を向けるのだった。
試験が終了して船に戻った私たちはすぐにシャワーを浴びてまずは汚れを落とした。一応試験中に2回ほどスタート地点に戻ることがあったのでシャワーは浴びれたとはいえ女の子にとって身体を綺麗にすることは大切。特に私みたいな胸が大きい子だと胸の下とかちゃんとケアしてないと大変なことになるからね。試験中は水タオルで定期的に拭いてカバーしてたけど大丈夫かなぁと実はヒヤヒヤしてた。うーん、ちゃんとした場所で浴びるシャワー気持ちいいー。
そしてシャワーを浴び終われば二週間振りに受け取った携帯で色んなところに連絡を入れつつ、クラスの皆や協力してくれた人。あるいは競争相手であっても互いを労う。勝負が終わればみんな仲良く手を取り合う。青春だね。
ただそうもいかないのがこの学校なんだよね。私は結果発表を聞いてそれを改めて思い知る。
下位の5グループは全員3年生の3人グループ。三木谷先輩とかがいるフリーグループだったので一気に15人も退学になった。雅兄が救済しなかったせいだね。かわいそー。全員身体能力B以上のなんだかんだ優秀な人たちだったのに勿体ないよね。こんだけ手駒が消えるのは純粋に痛いよね。
そして上位。表彰台に関しては3位が龍園くんと有栖ちゃんの混合グループ。2位が高円寺くんの単独グループ。そして1位は──私たち! 南雲麗ちゃんwith愉快な仲間たちでしたー! イエーイ! 優勝おめでとうございまーす!
「うおっしゃー! 俺たちが1位だ!」
「うおー! 俺たちやったぜ須藤!」
「はぁ、良かったぁ……」
「1位を取れたか。これで……」
「副賞は◯いたぬきと◯のキツネ1年分でお願いします」
その発表を聞いて私たちのグループも勝鬨をあげる。須藤くんと颯くんはこの無人島で仲良くなったのか肩を組んで喜び合ってるね。純粋な喜び。帆波ちゃんは自分が迷惑をかけたかもしれないと思ってたから1位を取れてほっと一安心。隆二くんは冷静に1位を取ったことによる影響を計算してる。藍ちゃんは副賞を私に希望していた。むしろそれでいいのかな。まあそれはさすがにあげないけど副賞は実は考えてるので楽しみにしといてほしい。
そして私は隣の鈴音ちゃんにも声をかける。軽く手を差し出して。
「やったね、鈴音ちゃん。これで鈴音ちゃんのクラスは二学期からBクラスだよ」
「……ええ。これに関しては素直にお礼を言っておくわ」
私の差し出した手を鈴音ちゃんはしっかりと握ってくれる。さすがに1位を取れたことで鈴音ちゃんも嬉しそうだ。もうちょっといけそうかな。なので肩を組んでみる。
「ちょ、ちょっと南雲さん?」
「ほらほらーもっと喜んじゃいなよYou! 本当はめちゃくちゃ嬉しいんでしょ? こういう時は盛り上がるに限るよ!」
「っ……本当にあなたは調子を崩させてくれるわね……」
「それが私だからね」
おちゃらけて絡んでみると鈴音ちゃんは若干嫌そうだったけどキツく振り払うことはしなかった。やっぱりね。本心ではかなり喜んでるし、私のおかげって認識もあるから邪険には出来ないんだろう。好感度結構稼いだかな。警戒度も更に上げただろうけど。
「でも喜んでばかりいられないわ。ポイント差は縮まったとはいえ、あなた達Aクラスも更にポイントを得たのだから」
「それは最初から分かってたことでしょ? 高円寺くんに助けられたね」
「ええ。おかげで一気にBクラスに上がることができた」
私たちのグループ、私は試練のカードを持ってたので1位のクラスポイント報酬である300の1.5倍。450クラスポイントを得たわけだけどそれを2クラスで分けて225ポイント。
そこに高円寺くんの2位報酬200クラスポイントで425ポイントも得たことでDクラスは964クラスポイントとなった。
これは50クラスポイントを得た龍園くんのBクラスと有栖ちゃんのCクラスを追い抜くポイントだからね。つまり鈴音ちゃんたちはこれでBクラス。龍園くんとこはCクラス。有栖ちゃんはDクラスまで落ちた。中々に面白い結果だよね。
ただポイント差は多少縮まったとはいえ私たちは私たちでかなりの利益を出したんだよね。
「ふふ、流石といったところだね。堀北ガール。アイドルガール」
と、私が頭の中で算盤を弾いてるとおもむろに近寄ってきた高円寺くんが私たちを称賛してきた。噂をすればなんとやらだ。何が言いたいか理解ってるから帰ってほしいなぁ。
「あなたも2位ね。感謝するわ」
「1位取れなくて残念だったね、高円寺くん」
「ああ。本当に1位を取るつもりだったんだがねぇ。アイドルガールには見事に読み切られてしまったのさ」
「……南雲さんに? どういうこと?」
こらこら。余計なこと言わなくていいって。これだから高円寺くんはうざいんだよなぁ。
私が内心で嫌がってると高円寺くんは私に向けて大仰に拍手を行う。
「ブラボー。ブラボー。誇るといいアイドルガール。この特別試験のみとはいえ君は私を上回った。それは十分に称賛に値する偉業だ。最後の最後まで、君は気を抜かなかった」
「あはは、ありがとー高円寺くん。私に構ってないで早くどこかに行ったらどうかな?」
私は笑顔で高円寺くんのお礼を受け取る。その瞳から感じる意味を理解して同時に思う──ざまぁみろと。
何しろ高円寺くんは鈴音ちゃんに取引を持ちかけた。1位か私たちが1位の場合の2位という条件。それを受けた時点で高円寺くんは本気で1位しか狙っていなかったはずだ。
何しろ1位と2位では報酬が違う。プライベートポイントを欲してる高円寺くんには1位報酬の106万プライベートポイント。追加のカードで得られる212万もの莫大なプライベートポイントは魅力的だったことだろう。
更にプロテクトポイントまで付いてくる。これがあるのとないのとでは段違い。クラス内でどれだけ身勝手な行動を取っても特別試験でリタイアしようとプロテクトポイントがあれば退学を回避できる。
だから高円寺くんは最後、私たちを追い抜こうとしていた。それこそ勝つためには手段を選ばない。ポイントゲッターでありグループの指揮官でもある私を綾小路くんよろしく気絶させてもそれを成そうとしていた。
だからこそ私は常に集団で移動していたし、最後も合流するまで宇都宮くんに周囲を警戒させ私を護衛させていた。宇都宮くんで高円寺くんに勝てるかと言われると微妙なところだけどそれでも足止めにはなるしすぐにはやられない。仮に襲われてもその間に逃げられるし、そうやって時間を稼ぐだけでも単独の高円寺くんはその間得点を得られない。
つまり時間的な効率として私を襲っても無意味どころか2位すら危うくなってしまう。だからこそ高円寺くんは私を襲うことなく得点稼ぎに集中したけど、この特別試験は単独ではどうしても限界がある。最終日の得点が2倍になったこともあり、圧倒的にグループ人数が多い方が有利になったことで高円寺くんは私たちに追いつくことが出来なかった。
そう考えると最終日だけ得点が2倍になったのは運が良かった。神の思し召しかな。これがないと1位を高円寺くんに奪われてしまったかもしれない。
「ふっ、ではこれで失礼させてもらうよ。堀北ガール。私との約束はきちんと履行してもらうが分かっているね?」
「……ええ。もちろんよ」
そうして私の笑顔の裏を読み取ったのか。最後の鈴音ちゃんに一言残して高円寺くんは去っていった。はー良かった。これで色々と万々歳だね。
私は携帯を操作しながら改めて結果を頭の中でまとめる。
私たちのグループは全員プロテクトポイントを得た。帆波ちゃん、隆二くん、颯くん、藍ちゃん。そして私──Aクラスの主力メンバーはこれで1回だけ退学を阻止できる強力な防御手段を得たことになる。
私に至っては2プロテクトポイント。これで私が退学するようなことはほぼありえないと言っていい。私を特別試験などで嵌めて退学させるには最低でも2つのプロテクトポイントを剥がさないといけないからね。現実的じゃない。はっきり言って安全圏だ。
まあ鈴音ちゃんと須藤くんもプロテクトポイントを得たけどこれは問題ない。そもそも2人を退学させる気なんてない。むしろ残ってほしいからね。そういう意味でも完璧な人選だ。
更にプライベートポイント。これもかなりでかい。
私以外の4人は全員が追加のカードを持っていたので報酬のプライベートポイントが2倍。1人212万プライベートポイントを得た。私の分の106万も合わせて計954万プライベートポイント。
そしてAクラスと一部の生徒から集めて保有していた便乗カード13枚の効果。全員に私たちのグループを指定させていたため半分の報酬。53万プライベートポイント。計689万プライベートポイント。更に……。
ああ、そうだ。他のクラスの報酬も計算しとかないとね。鈴音ちゃんにも示し合わせてDクラスの便乗カードを持ってる人たち8人に私たちを指定させたのでまたそれぞれ53万プライベートポイント。全員で424万プライベートポイント。
それと私の指示で動いていた1年Cクラスは10枚の便乗カードを保有していてそれを私たちに使わせていたので530万プライベートポイント。これがある意味彼らの報酬になっている。
後は宝泉くんもだね。宝泉くんを雇った200万プライベートポイントはすぐに今のうちに振り込んでおく。高い契約だったけど仕事してくれたから全然良いかな。宝泉くんも私に便乗カード使ってくれてそうだしそれなりに稼いでそう。
まあでもそれ以上に稼いでそうなのは龍園くんだ。龍園くんは1年生に対して便乗カードの取引を持ちかけてたのでそれで結構な額を稼いでる。多分1000万くらいは稼いでるかな。
ただそれでも私には及ばない。私は携帯で届いたチャットを確認する。相手は……雅兄だ。
『綾小路を動かしたのもおまえか?』
おっと。なるほどね。そっちも私の差し金かと疑ってるわけだ。これは雅兄よっぽど綾小路くんに対して色んな感情を浮かばせてるね。
でも生憎と私じゃないので『違うよ。本当にね』と返しておく。すると『ならいい』と短い返答がきた。表彰台を逃して悔しさがあるんだろう。チャットとはいえいつもの軽口はないし、今は私ともあんまりやり取りしたくなさそうだった。
だからその後はすぐに別の通知がくる。ポイントが振り込まれた通知だ。その額は──2000万プライベートポイント。
私が雅兄と勝負する際に賭けていたもの。それは互いに負けた方は勝った方に2000万プライベートポイントを即座に支払うという内容だった。
3年生が私を執拗にマークし、桐山先輩が焦っていたのもそれが原因。3年生にとって貴重な1人分の勝ち上がりチケット。それが賭けられていたから。
本当は桐山先輩も反対したかったし実際したんだろうけど私との勝負にこだわった雅兄がそれを素直に聞き入れるはずもなく強行した。負けるはずがないと思っただろうし、勝てば2000万が更に手に入るとそういう面も強調したことだろう。
だが結果は3年生の完全敗北。2000万を私に支払うばかりか、表彰台を逃してしまった影響は計り知れない。本来なら私が得たであろうポイントと同程度かそれ以上のプライベートポイントが得られた。便乗カードも全ツッパしてただろうしね。損失はそれ以上。2500万以上、私との契約も含めれば4500万以上のプライベートポイントを得る機会を失い、更に3年生が下位グループに落ちたことでクラスポイントも減った。全クラスからポイントを徴収している雅兄からすれば15人も減った上にクラスポイントが減ったことで今後の収支にも影響が出る。
そうなってくると今後は3年生も大変だろうね。雅兄の支配が崩れることはないとは思うけどどうなることやらって感じだ。
反対に私はかなりのポイントを得た。上位50%のグループ報酬6万プライベートポイントや上位70%の1万プライベートポイントはそのままお小遣いとして貰っていいと通達してるからそれを除いてもクラスで得たプライベートポイントポイントは合計3443万。
私の保有してるプライベートポイントが明日の試験結果も反映された上での8月頭の振り込み。クラス徴収も含めて2347万くらいになるから更に足して5790万プライベートポイントってところかな。
これでまたその気になれば生徒を引き抜けるし色々できるね。橋本くんは引き抜かなくて良くなったけど……色々とやりがいはある。
ああ、後はそれ以外の約束の話もあるね。
「そういえば南雲さん。I3で私を介抱してくれた件なのだけど……本当に他に何もなかったのよね?」
「またその話? ないって言ってるじゃん。普通に鈴音ちゃんを連れ戻して合流しただけだよ。綾小路くんのこともその後見てないしね」
と、またしても鈴音ちゃんが私にそのことを聞いてくる。鈴音ちゃんは天沢ちゃんに気絶させられちゃったから気になるんだろうね。生憎と教えることはないんだけどさ。
「そんなに気になるなら綾小路くんに直接聞いてきたら? なんだったら私も気になるしね。あそこで何をしてたのかとか」
「そう、ね……そうさせてもらうわ」
そろそろ生徒たちもそれぞれ割り当てられた客室に戻る頃。生徒の数がまばらになってきたところで去ろうとする鈴音ちゃんに私は少し声を抑えて告げておく。
「ああ、それとこれで桔梗ちゃんの件も終わりだね。私は口を噤ませてもらうよ」
「それもあったわね。当然約束は守ってもらうわよ」
「そりゃもちろん。だけど鈴音ちゃんは理解してるかな?」
「……理解? 何の話?」
私は理解に苦しんでる鈴音ちゃんに忠告する。
確かに私は桔梗ちゃんの秘密をバラさないと約束した。
だけどそれは鈴音ちゃんにとってメリットじゃない。デメリットでもあるのだ。
「私が桔梗ちゃんの秘密を口にしないってことは、桔梗ちゃんの件から手を引く。桔梗ちゃんの問題を私が解決できないってことだからさ」
「それは……あなたなら櫛田さんの問題をすぐにでも解決できるということかしら。前にも話していたわね」
「嘘みたいな話と思ってるかもしれないけどさ。生憎と本当なんだよね。私に任せてれば桔梗ちゃんという爆弾は安全……とまではいかないけど最低限の被害で処理できる。それができなくなったってことをちゃんと理解しているのかなーと思ってさ」
私は桔梗ちゃんの理解をとっくに完了している。桔梗ちゃんがどういう性格でどういう思考を持ち、どういう手を取るのか。そのパターンを理解している。
だからこそ桔梗ちゃんに何を与えればいいのかも理解っているのだ。
そしてそれは鈴音ちゃんには理解っていない。
「鈴音ちゃんは確かに成長してるよ。1年前と比べたら大違い。でもまだまだ私からすると足りてない。特にリーダーとしての素質がね」
「……そうね。確かにあなたのリーダーシップと能力の高さは認めるわ。この無人島試験で一緒に行動してみてあなたには隙が見当たらないと思ったもの。素直に感心したし、見習いたい部分もあると強く思った」
私が親切に指摘してあげると鈴音ちゃんも一呼吸置いてそれを認める。自分の至らなさと私との差は鈴音ちゃんも理解している。
頭が回って口が立つようにもなってきた鈴音ちゃんだけど困難を乗り越えてきた経験値。成功体験が少ないからまだその自信は完璧じゃない。リーダーとしてクラスを導けるかという自分に対する自信が不足しているし、迷いも持っている。
桔梗ちゃんの件に対しても明確な答えをまだ持っていないんだろう。私の介入は私の親切でなくなったけどそれは時間稼ぎの策でしかない。
いつ爆発するか分からない時限爆弾はさっさと処理するに限るんだけどね。その処理の方法が分からなければ対処のしようもないというわけだ。
ただそれでも前に進む意思だけは持ってるみたいで。
「ただそれでもあなたに負けるつもりはない。私のリーダーとしての素質や能力が劣っていたとしても工夫や知恵を絞って対抗する。それでも足りないなら……仲間の力を借りて乗り越えればいいだけの話よ」
「あはは、まあ悪くない答えだね。──期待してるよ鈴音ちゃん、二学期からも楽しく遊ぼうね」
これで鈴音ちゃんの決意も何度目か。それでも着実に成長してるから一応は認めてあげる。私は激励の言葉を残して廊下で鈴音ちゃんと別れた。
鈴音ちゃんのクラスもBクラスだしこの勢いは馬鹿にはできないからね。士気や勢いは戦いに影響する。鈴音ちゃんに負けるわけはないと思ってるけどそれはそれ。ちゃんと警戒はしないとね。
それと天沢ちゃん……は賭けも含めて後でいいか。今頃医務室で休んでるだろうし。私は優しいから相手が不審者だとしても怪我人に追い打ちはかけないよ。1日くらいは休ませてあげないとね。
ただユキちゃんのことは心配だし様子を見に行きたい。なので結果的に会っちゃうかもね。急に暴力を振るってくる不審者のために友達のお見舞いをやめるなんてナンセンスだからもし会っちゃったら追い打ちかけるよ。自業自得だから許してね。
そしてユキちゃんといえばユキちゃんを襲った犯人が誰かっていう問題だけど……天沢ちゃんじゃないならまた犯人探しをしないといけないんだよね。
結局月城理事長代理が何をしたかったかとかも含めて結構謎は多い。
「あっ、南雲先輩。お疲れ様です」
「ん、八神くんお疲れさまー」
なんて考えてるとクラスメイトの輪で固まっていた生徒会の後輩。1年Bクラスの八神くんが私に挨拶してくる。
「試験結果、すごかったですね。生徒会長にとっては残念な結果でしたけど……」
「何とか勝てたって感じかなー。八神くんのグループも奮闘してたね。途中まで上位に入ってたし」
「それでも勝てませんでした。上級生の壁は高いですね」
「経験は積めたんだから次に活かしていけばいいって。また全学年で競い合う機会もまだあるだろうし頑張ってけ~後輩」
「はい。少しでも追いつけるように努力します。それじゃクラスメイトを待たせてるので僕はこれで」
「はいはーい。お疲れさまー」
私は八神くんとにこやかに別れる。少し離れた場所で待っていたクラスメイトと合流した八神くんは私と会話していたことを少し茶化されていた。羨ましいとかそういう話だろうね。で、多分生徒会の先輩だから関わる機会が多いだけですよ、とか言ってるんだろう。
私はその光景を微笑ましく見守り、背を向けて歩き出す。そして誰にも聞こえない程度の声量で呟いた。
「やっぱり変、だよね」
──石上くんが1年Dクラスの生徒を退学させたのは八神くんって言ってたのもあるし、接してる感じも違和感を感じる。
無人島試験だと色々手一杯で石上くんの要望にはまだ応えられてはないけど、一応偶然というか棚からぼた餅的に取っ掛かりは掴んだ。これでもし、ユキちゃんたちを怪我させたのも同一人物だったら……。
「恥をかいてもらうことになりそうかな」
石上くんとか宇都宮くんと同じで私も仲間や友達を傷つけられるのは許せないからね。
とはいえ色々と準備をする必要もあるし、綾小路くんにも手伝ってほしいこともある。なので慌てる必要はない。
帆波ちゃんも良い感じに燻ってるし、有栖ちゃんに正義くんも試練を乗り越えて成長した。私と綾小路くんがプロデュースした甲斐あってね。
その上でクラスのこともある。二学期から想定される状況を考えるとこっちも備えないといけない。
ただどうなろうと私が成長すればいい。
私自身が完璧になる。その糧になってくれるなら誰であろうと大歓迎だ。
ということでカオス極まりない2年無人島試験はこれにて終了です。次回からは船上で優雅にクルージングを楽しむアイドルのお時間。でも二学期の戦いの準備が始まります。満場一致特別試験と体育祭と文化祭に修学旅行とイベント満載で楽しみだなー。
無人島サバイバル結果
1位南雲麗(試練)・堀北鈴音(追加)・須藤健(増員)・一之瀬帆波(追加)・柴田颯(追加)・森下藍(追加)・神崎隆二(追加)
2位高円寺六助(追加)
3位龍園翔(追加)・葛城康平(追加)・坂柳有栖(追加)・神室真澄(追加)・真田康生(追加)・鬼頭隼(追加)
南雲クラス(Aクラス):1461(+225cp)
龍園クラス(Bクラス):753(+50cp)
坂柳クラス(Cクラス):701(+50cp)
堀北クラス(Dクラス):952(+425cp)
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