クルージング3日目は優雅にプライベートプールから。
昨日もクラス会で使った予約制の場所だけど予約さえ取れれば何度だって利用できる。
ただ同じ人間が予約しようとしても一度も使ってない人が優先されるだけの話。他の生徒が予約した場所に交ざる形で利用するのは当たり前だけど何の問題もない。
アイドルの水着姿をオープンプールで見せるのは刺激が強いからね。たまにはいいけどゆっくりするならプライベートプールがいい。1時間2万ポイントも使うことにはなるけどこういう無駄遣いを楽しむのもバカンスの醍醐味だ。あえてプールを貸し切って何もせず、ゆっくり読書をする。昨日はクラスの皆といっしょにはしゃいだし、今日の午後6時からはDクラスとのお疲れ様会もある。たまにはゆっくりしないとね。
一緒に利用してるのはちなみに4人。1人は私の隣にいる隆二くん。もう1人はプールの中。そしてもう1人は……ああ、来たね。相変わらず中々の可愛さとスタイルだ。93点ってところかな。
「お待たせしました」
「こんにちは、七瀬ちゃん。全然待ってないから気にしなくていいよー」
その相手は1年Dクラスの七瀬翼ちゃんだ。今日も可愛らしいビキニスタイルの水着でのご登場。
ただ表情が若干険しいというか警戒してる感じがするからそこだけ減点かな。私みたいに笑顔じゃないとね。
「今日は来てくれてありがとね」
「南雲先輩が話を聞きたそうにしていましたので。一度話をしないと誤解を解いていただけないかと思って来ました」
七瀬ちゃんはそこで一度プールの方に視線を向けたがすぐに戻す。今気にするべきは私の方だからね。七瀬ちゃんには最初の呼び出しを断られてからAクラスから何人か人を寄越してずっと尾行させてたから。焦れてちゃんとやって来てくれたってわけだ。私は忙しいからね。出来れば向こうから来てくれる方が望ましい。
私は呼んでいた本をテーブルの上に置くと改めて七瀬ちゃんに向き直る。側には隆二くんも立っていた。護衛というかお供の役目でね。
「なら呼ばれた理由は分かってるよね?」
「無人島試験でのこと……ですか」
「そうそう! 七瀬ちゃんさ、試験中ず~~~~っと綾小路くんに張り付いてたみたいだけど何してたの? 8日目の朝までずっと一緒にいたよね?」
「試験中に同じグループの人たちと別れてしまったので綾小路先輩に先導をお願いしたんです。私と綾小路先輩はテーブルが同じだったので。適切なルートを選択してもらえると思って」
七瀬ちゃんは丁寧な口調で、しかしはっきりとした態度で私に申開きをする。先輩に呼び出しを受けても全く物怖じしたりしない。
ただ答えとしては赤点かな。
「それは建前なんでしょ? 聞いたよ。綾小路くんを退学させようとしてたんだって?」
「違います。そのような事実はありません」
「それはおかしい。なら7日目に綾小路とやり合っていた理由は?」
きっぱりと否定する七瀬ちゃんに横から隆二くんが質問する。
それを受けて七瀬ちゃんはその真っ直ぐな視線を隆二くんに向けた。
「何の話ですか、神崎先輩」
「惚けるな。おまえが7日目の午前中に綾小路に殴りかかり、それをいなされたことは調べがついている。その後、天沢と接触したこともな」
「申し訳ありませんが何の話か全くわかりません。どこでそのような話を聞いたのかは知りませんが勘違いなさってるのでは?」
「それを目撃した生徒がいる。おまえが綾小路とやり合っていたところをはっきり見たと証言した」
「その証拠はありますか?」
あはは、なるほどなるほど。七瀬ちゃんも度胸がすごいね。こっちがその証拠を持っていないと確信して白を切るつもりだ。正義くん、なんでタブレットで撮らないかなぁ。まあ偶然目にして興奮してたからしょうがないけど撮ってたら言い逃れは出来なかったのに。
でもいい。こっちがそれを理解していれば証拠はなくても問題ない。私は更に問い詰めようとした隆二くんを手で制して笑顔を向ける。
「そっかそっか。ならその件はいいや。じゃあ次に聞きたいんだけど……4日目の早朝にウチのクラスの姫野ユキちゃんとDクラスの池寛治くんが怪我をした件は知ってるよね?」
「……はい。現場にいましたから」
「だよね。なら犯人は誰だと思う? 七瀬ちゃんから見て怪しい人物の心当たりや気になる点はあるかな?」
私は先輩として優しく問いかける。後輩を怖がらせてもしょうがないからね。プライベートな場とはいえ後輩に意地悪はしたくないし。
ただ七瀬ちゃんはまだ警戒というか、その実直な態度を崩さない。
「……すみませんが私には何も分かりません。なのでお話出来ることは何もないです」
「事件が起きたすぐ後に1人で森の中に走っていったって聞いてるよ。あれはなんで?」
「誰かがいるような気がしたんです。だから話を聞こうと思って森の中を探して回ったんですが誰もいなくて……それから綾小路先輩たちと合流しました」
「なるほどなるほど。嘘が上手だね?」
「嘘ではありません。私は正直に聞かれたことにお答えしています」
強情だなぁ。証拠がないからってよくもこんなに堂々と嘘がつけるね。
まあこっちが持ってる情報を知らないんだから仕方ないけどさ。でもそれを話したくはないし、さーて次はじゃあどんな質問をしようかな。
「──オイ、七瀬。いい加減にしろや」
と、私が考えているとプールの中から巨体が浮き上がってきた。
それは先程までプールで豪快に泳いでいた宝泉くん。途中からしっかり話を聞いていたんだろう。プールサイドに上がってくるとそのまま七瀬ちゃんの隣の椅子にどかっと腰を下ろす。
「いいからおまえが隠してることを全部吐け」
「宝泉くん……南雲先輩と手を結んだんですか?」
「手を組んだつもりも使われてるつもりもねぇよ。取引をちょっとばかし行っただけだ」
私の手下にでもなったのかと七瀬ちゃんは聞きたかったんだろうけどそれだと宝泉くんが怒ってしまう。だから言葉を選んだんだけど宝泉くんは七瀬ちゃんの視線から言いたいことを読み取った上で否定した。同じクラスってこともあって多少はお互いを理解してるみたいだね。
「なら何故宝泉くんが南雲先輩の味方を?」
「味方してるつもりはねぇって言ってんだろ。殺すぞ。俺は裏でこそこそ動いてる奴を突き止めようとしてるだけだ」
「それは……もしかして巻田くんが退学させられた件ですか?」
宝泉くんが目的を伝えると七瀬ちゃんはある生徒の名前を口にする。1年Dクラスの巻田高茂くん。一学期の特別試験で出た1年生最初の退学者だね。
どうやら七瀬ちゃんはその犯人を宝泉くんが探してると思ったみたいだけど、その答えは若干違う。宝泉くんは若干苛立ちながら七瀬ちゃんの質問に答えた。
「ゴミがどれだけ消えようが俺の知ったことじゃねぇよ。ただこの俺を利用しようとしてる奴がいるのは気に食わねぇ」
「なるほど。でもそれと私が無人島試験で単独で動いていたことは無関係です」
「それを判断するのはおまえじゃねぇんだよ。おまえ俺に言ったよな? 綾小路のケツに張り付いてた理由は奴を退学させるためだってよ。それに真正面から挑んだって言葉にも異論を寄越さなかった」
「……そうですね。その点は確かに、嘘をついたことを認めます。ですがその件と姫野先輩たちの事件や巻田くんの件は関係ありません」
「なんでそう言い切れる?」
「私自身が関わっていないからです」
「ハッ、違うな。それも理由の1つだろうが、おまえの中で裏でこそこそ動いてる奴に心当たりがあるんだろ?」
「見当違いです。どちらの件も犯人の心当たりなんてありません」
「なら天沢とは何を話していやがった? 綾小路とあいつが2人きりになる前に何か揉めてたって聞いてるぜ」
「それは……」
宝泉くんの質問。いや、事情の一部を知っている相手が出てきたことで七瀬ちゃんが若干言葉に詰まる。
7日目に綾小路くんを襲った件に関しては真実であると認めた以上、天沢ちゃんと揉めたことも隠しきれない。
ちなみにその情報は私から宝泉くんに提供した。Dクラスの生徒が退学させられた件も含めてね。
だから宝泉くんも探し出そうとしている。Dクラスの生徒を退学させ、他クラスとの対立を煽ろうとした誰かを。
Cクラスの波多野くんが同じように退学させられそうになったことも理解している。だからこそ怪しいのは1年のBクラスかAクラスだってことだね。
そして七瀬ちゃんは一度窮した言葉をややあって口にした。
「……申し訳ないですが話せることは何もありません」
「──オイ」
「っ!?」
七瀬ちゃんが変わらず黙秘しようとしたところで、ドスの利いた声が七瀬ちゃんに向けられる。それと同時に宝泉くんはその太い腕を伸ばして七瀬ちゃんの首を捕まえた。
七瀬ちゃんも反応しようとしたが虚を突かれたこともあって逃げることは出来ない。そのまま持ち上げられる。その暴力的な光景に隆二くんが焦って声を張り上げた。
「宝泉!」
「黙ってろよパイセン。──おい、七瀬。俺はおまえをある程度買っちゃいるが、だからといって手を出さねぇと高をくくってるんじゃねぇだろうな? おまえも天沢のように引きこもりになってみるかよ」
「っ……!」
隆二くんの言葉に耳を貸すことなく宝泉くんは七瀬ちゃんを恫喝する。首を絞められた七瀬ちゃんは苦しそうに表情を歪めるが、それでも恐怖までは感じている様子はない。
ここには人の目はあまりないとはいえ、カメラもあるしドリンクの注文などを受け付ける従業員も1人いる。止める姿勢くらいは見せておかないとね。
「──宝泉くん」
「南雲パイセン。あんたも同じだ。協力してやってるが俺はあんたの下についたつもりはねぇ。対等な取引だってのを忘れちゃいねぇよな? 止めるってんならそこのボディーガードをけしかけてもいいがプールが血の海になるぜ」
「やるならここじゃない方がいいんじゃない? 学校側に訴えられたら私でも庇えないよ?」
「あんたらや七瀬が黙ってれば問題にはならねぇ」
「ま、それはそうだね」
私は近くのドリンクを手にとってちゅーちゅー吸いながらそれを認める。七瀬ちゃんを仮にボコボコにして七瀬ちゃんがそれを学校側に訴えたとしたら宝泉くんは間違いなく重いペナルティか退学になるが、それは同じクラスの七瀬ちゃんにとっても不利益を被ること。かつて龍園くんがクラス内を暴力でまとめた時と同じ。問題にしなければ問題にはならない。私や隆二くんが告げ口しない限りはね。
まあでも普段よりも宝泉くんもイライラしてるんだろう。龍園くんに負けたことがかなり効いてるみたいだ。仕方ない。とりあえず止めるだけ止めたってポーズは見せたし、七瀬ちゃんは可哀想だけどこうなったら退散した方がいいかもね、と私は席を立とうとする。
だがその前に七瀬ちゃんが口を開いた。
「っ,わかり、ました……お話、します」
「ならとっとと話せ。嘘だと判断したら半殺しだ」
物騒な脅しをしながら宝泉くんが七瀬ちゃんを一度離す。七瀬ちゃんは首を押さえて少し苦しそうにしていたが、それでも宝泉くんの求めに応じてゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「……4日目の事件の後、追いかけていった先で天沢さんを見たんです。その天沢さんが綾小路先輩に近寄ったので警戒して少し揉めました」
「つまり、天沢ちゃんが犯人だと?」
「私はそう思いました。でも綾小路先輩はあくまでグレーになるだけで犯人と断定はできない。だから訴えても無意味だって言って……それから2人きりで話したいと仰ったので私も疑問を感じましたけど最終的には従いました」
それを聞いて宝泉くんが鼻で笑う。
「随分とお行儀が良いじゃねぇか。つまりおまえは綾小路の側についたってことだな?」
「そういうわけではありません。ただ天沢さんは危険な人だと……」
「ごちゃごちゃ言い訳すんじゃねぇよ。おまえは綾小路を襲おうとして返り討ちにあった。その後で天沢から綾小路を守ろうとしたんなら経緯は知らねぇが綾小路に付いたってことだろ。利益を提示されたか絆されたのかは知らねぇがな」
綾小路くんを狙っている宝泉くんからすれば七瀬ちゃんの行動は裏切りでしかない。一度返り討ちにあったとしても天沢ちゃんが同じように襲おうとしてるんなら一緒にやったっていいからね。宝泉くんみたいにタイマンにこだわっていないならその方が効率はいい。
そしてそう言われれば七瀬ちゃんもすぐには言い訳が出てこない。何か別の目的を持って動いている。そんな風にしか見えないし、単独だとも思えないからね。それは当然突っ込まれる。
「言え。誰と繋がってやがる? 綾小路を襲おうとした作戦はおまえ1人のものじゃねぇんだろ?」
「そんなことはありません。綾小路先輩を襲ったのは私の独断です」
「しらばっくれたら殺すって言わなかったか? どうやら痛い目を見ねぇと分からねぇらしいな」
「宝泉くんがそうしたいのなら私は抵抗することは出来ませんが、殴られようと半殺しにされようと私の答えは変わりません。私はあの日……1人で綾小路先輩を退学させようとしました」
「ならその理由は? 1人で挑むって決めたならそれなりの理由があるんだろうな?」
「はい。ですがその理由は言えません。でも私は……どうしても1人で綾小路先輩を倒したかった。それは本当に本当のことです」
暴力的な気配を漂わせ、見下ろす宝泉くんに七瀬ちゃんは更に強い意思を秘めた瞳を宝泉くんに向ける。
そこには誤魔化しや嘘の気配は確かに感じなかった。私から見てもそうで、誰から見ても嘘を言っているようには見えない。宝泉くんもそれが分からないわけじゃない。七瀬ちゃんのことは信用できないが……半殺しにされようが答えは変わらないと言われ、宝泉くんはそこで舌打ちを1つ零した。
「度胸だけはいっちょ前だな。これで嘘をついてんなら大したもんだが……」
「信じて貰えないかもしれませんが本当の話です」
「うるせぇよ。おまえのことはどっちにしろ信用ならねぇ。だが誰かと通じて起こしたことじゃねぇっておまえの言葉を真に受けるんならおまえと天沢は敵対関係にあるか、方針の違いで揉めたか、そのどっちかだ」
1人で倒そうとしたけど綾小路くんに負けて鞍替えした。そこで同じような目的の天沢ちゃんが出てきたんで庇おうとした。そんな流れだと推測できる。
ただ天沢ちゃんは天沢ちゃんで綾小路くんの厄介ファン。綾小路くんを本気で退学させようとしてるようには思えない。だけど4日目に事件現場にいたことを無関係とは当然思えないし、それを予め理解していたとするなら……やっぱり七瀬ちゃんはその犯人じゃないし、裏で画策した人物ではない。
少なくともDクラスの生徒を退学させる意味もないし、その犯人でもない──宝泉くんからしたらそうなるし、話を聞いた多くの人は七瀬ちゃんよりも天沢ちゃんの方が疑わしいって思うだろうね。
それを証明するように隆二くんが顎に手を当てて声に出す。
「やはり最も疑わしいのは天沢か……」
「天沢ちゃんの単独か、天沢ちゃんと繋がってる誰かか。その2択かな」
私もそれに同意する。ただ、あえてその先は口にしない。
繋がってる可能性が低いとしてもどうにも七瀬ちゃんは疑わしいというか、まだ何か隠してそうな素振りもあるし、私の握っている情報を口にすれば伝わる可能性もないとは言えないからね。私が犯人候補を絞り込んでいる明確な要素のことは口にはしない。
「待ってください。天沢さんのことを調べるなら私にも手伝わせてください」
と、考えてると七瀬ちゃんがそんなことを提案してきた。真っ先に宝泉くんが不機嫌そうに反応する。
「それはどっちに言ってんだ?」
「どちらもです。姫野先輩たちの事件や巻田くんが退学させられた件。それに天沢さんが関係しているなら私もそれを調べます」
「寝ぼけてんのか? おまえが単独で動いたって言葉が真実ならその提案も理解してやれるがその証拠もないんなら信用できねぇんだよ」
「信用を失ったというなら行動で示します。私がしばらく天沢さんのことを見張っています」
「そう言いながら天沢と俺を嵌める相談でもするのか?」
「もしそうなら黙ってやります。天沢さんを調べるためにあえてここで提案したのは、信用できない私のことも見張ってくれて構わないからです。そうすれば仮に私や天沢さんが繋がっていて何かを画策しようとしていても抑制出来ますし、もし天沢さんが裏で他の誰かと繋がっているなら私を辿ることでその黒幕の手がかりを掴めるかもしれません」
つまり信用できないなら信用できないと理解した上で、七瀬ちゃんを諜報員として使えってことだ。七瀬ちゃんが怪しい動きをしないか、それを見張りながら天沢ちゃんとその周囲を調べる。
七瀬ちゃんにとっては自分ではないと信じてもらうための提案。疑いを晴らすためにも真犯人を突き止めたいってことだね。
そして別に勝手にやる分には止めることもない。これが全部嘘だったとしても信用してないなら問題ない。勝手に調べて勝手に報告してくる。信用するもしないもこっちの自由。それは聞いてから判断すればいいだけの話だ。嘘だと判断したらそれはそれで終わりだしね。
「なるほどね。ま、それならそれでいいよ。ただこっちも調べるのをやめるわけじゃないけどね」
「理解しています。……宝泉くんはどうでしょう?」
「勝手にしろ。俺は俺で動く。おまえが誰の下についていようが関係ねぇからな」
「分かりました。信用を取り戻せるよう尽力します」
「信用しねぇつってんだろ」
そう言って聞きたいことは聞き終えたのか宝泉くんは再びプールの中に飛び込む。ここの予約は宝泉くんが取ったものだからね。私が払ったとはいえ一応時間いっぱいはここで過ごすつもりなんだろう。可愛いところもあるね。
さて、と。私は七瀬ちゃんに向き直る。
「とりあえず連絡先は交換しとこうか。信用を勝ち取りたいって言うんなら色々と指示を出してもいいよね?」
「はい。こちらからも何か分かれば連絡します」
「頼んだよ。ああ、それと私たちはもう行くけど時間はもう少しあるし好きに遊んでいっていいからねー」
「……お気遣いありがとうございます」
とは言うけど宝泉くんと2人きりで仲良く遊べるわけないので、私が出ていったらそのまま七瀬ちゃんも出ていくだろう。一緒に出ていかない辺り、礼儀というか空気は弁えている。気まずいだろうけどそれくらいは我慢してね。
ということで私と隆二くんはそれぞれ男女の更衣室に入ると着替えてプライベートプールを後にした。
3日目の午後6時。オレは同室の明人たちと共にオープンプールの後方。船尾側にあるレストランにやって来た。
「結構人が多いな」
「2クラスの生徒が集まっているからな」
「60~70人くらいか? さすがに高円寺とかは来てないみたいだが」
明人の呟きに反応してオレは辺りを見渡す。明人が言うように高円寺はいないが、それでもDクラスの生徒は30名ほど。Aクラスに至ってはほぼ全員が集まっているように見える。
そして当然、その中には幹事を担当した南雲や堀北の姿もあった。入口のところで出席者を確認している。なのでオレたちもやって来たことを伝えるために声をかけた。
「おお、綾小路くん。やっほー。よく来てくれたねー」
「綾小路くん。それに三宅くんに本堂くん、宮本くん……と。確かに確認したわ。中に入って席についてくれる?」
「どこでもいいのか?」
「ええ。最初は好きなグループで固まってくれて構わないわ」
「後で交流のために若干席替えもするけどねー。ああ、それとこれもどうぞー」
「これは?」
「ビンゴカードだよ。終わり際に数字を発表して景品渡すからさ。ちゃんと肌身放さず持っててね」
入口のところで南雲からビンゴカードを渡され、それからレストランに入る。
見たところ既に幾つものグループで固まっているが、中にはAクラスやDクラスの生徒で座っている生徒らもいた。Dクラスで言うところの平田や櫛田といった社交性の高い生徒はAクラスの生徒と共に4人席に座っている。
4人のボックス席が幾つもあって本堂や宮本は仲の良い池や博士らを見つけて合流しに行ったが……オレと明人も周囲を見渡していると見知った相手が手をあげて声をかけてくれた。
「2人とも、こっちだ」
「きよぽんにみやっちもやっと来た」
「こ、こんばんは」
「おう。……って、そうか4人席か。どうするんだ?」
「ちょうど椅子持ってきてもらおうかーって話してたとこなんだよね。4人だと誰か1人あぶれちゃうし」
奥の方に啓誠に波瑠加、愛里が座っていたためオレと明人でそちらに向かうも席は基本4人用であったためどう分けるか悩ましいところだ。
波瑠加の言うように椅子を持ってきてもらって5人で座れるようにすれば何の問題もないが、70人近い生徒が来ていることもあって店の中はほぼ満席。同じように椅子を使って5人で座っている席も幾つかある。見たところAクラスとDクラスの貸し切り状態だった。なので多少の無理は利くかもしれないが……オレは少し考えた末に4人に申し出る。
「それなら4人で座ってくれ」
「え、で、でも清隆くん1人だけ別れちゃうよ?」
「途中で席を移動してもいいと言われていたし、後から移ればいい。それにAクラスの生徒と話してみるのも楽しそうだ」
店側の事情やこの会の目的を思えばたまには他の生徒と一緒の席につくというのも悪くはないだろう。
オレがそう言えば愛里などは残念そうだったが、他の3人は納得したようだった。
「うーん、まあそれもそっか。でもいいの? 5人で座ろうと思えば座れそうだけど」
「大丈夫だ。Aクラスには何人か知り合いもいるしな」
「そうか。ならまた後でな」
「ああ」
そうやって4人と別れるとオレは少し離れて店の中を見渡す。さて……どの席に交ぜてもらうか。
見たところ無人島で同じグループを組んでいた生徒が固まっている印象だ。AクラスとDクラスで組んだグループも幾つかあるからな。たとえば池や篠原は姫野のテーブルに座っているし、須藤と柴田も試験中に意気投合したのか仲良く談笑している。
平田のところはAクラスの女子が集まっていたし、櫛田のところも逆にAクラスの男子が集まっていた。
……いざ離れてみたはいいが……こうして見るとどのグループに交ざるか悩ましいな。
知っている生徒がいる席は大体埋まっているし、かといって全く知らないAクラスの生徒のところに交ざるのも勇気がいる。Aクラスの生徒は社交性の高い生徒が多いのでどこも快く受け入れてくれそうではあるが、それでも1人だけ知らない生徒となると気を使われそうで微妙な空気になりかねない。
南雲や堀北はまだ受付を行っているし幹事ということもあって後で空いた席に座る予定なのだろう。一之瀬も同じで他の生徒と談笑している。そっちも当てには出来ない。こうしている間にも次々と見知った生徒と合流していくAクラスとDクラスの生徒。たまに若干の視線を感じるが、それも含めてなんだか自分という存在が際立っているように感じる。
「綾小路・ぼっち・清隆は思いました。自分は世界にひとりぼっち。自分がかつて落としたのはコミュニケーション能力か存在感なのか。一体どちらが欠如しているのか悩み、立ち尽くします」
……と思っていたら背後から何やら謎のナレーションが聞こえてきた。
オレはその声を聞いて振り返る。声とその不思議な内容から察しはついていたが、やはりそのナレーションボイスの持ち主はAクラスの森下藍だった。オレは冷静にその言葉に抗議する。
「変なナレーションを勝手に付けないでくれ」
「その選択はさしずめビーフオアチキン。どちらを選ぶか、それほどに悩ましい質問です。綾小路・ぼっち・清隆はその答えを探し求めるため、1人店の外へと飛び出していくのでした……」
「まだ店を出ていく予定はないんだが。それとミドルネームみたいにぼっちを付けるのはやめてくれ」
「ここに俺の居場所はない。そう悲しみに暮れる綾小路・ぼっち・清隆の前に天使が現れます。──へいへーい。彼女、俺と熱乾麺食べない?」
「男女の配役が逆だ。それとここはグリルレストランで中華料理の店じゃないから中国の五大麺料理の1つは出てこないと思うぞ」
「熱乾麺の知識が即座に出てくるとはやりますね……綾小路ラーメンマン清隆。森下エンジェル藍はその知識を評価し、綾小路ラーメンマン清隆を優しく私の席に誘い、彼を救うのでした……ちなみに私は刀削麺派です」
「オレは担々麺以外食べたことないな。それと、誘うなら普通に誘ってくれ」
「ではこちらに」
不思議なやり取りと共に森下藍はオレをナレーションよろしく誘う。ちなみにオレは料理の知識は少ない。ホワイトルームでは管理された食事が出てくるのでその手の各国の名物料理のようなものは出てこないからだ。聞いたことはあっても食べたことがないものが殆どで、担々麺ですらこの学校にやってきてケヤキモールにあるレストランで食べただけ。本格的なものは食べたことがないので若干森下のグルメっぷりが羨ましくある。
そしてそんなグルメな森下藍にオレは付いていくことにした。一応オレが知っているAクラスの数少ない生徒。全く知らない生徒とテーブルを囲むよりはマシだろうと判断した。
そうして連れられてやって来たのはオレと森下以外に男女1人ずつのテーブル。それも一応知っている生徒だった。
「お待たせしました。渡辺豚骨紀仁に網倉醤油麻子。綾小路担々麺清隆を連れてきましたよ」
「お、おう……ってか何だその名前? 豚骨に醤油に担々麺ってラーメンの味か?」
「急に席を離れていったと思ったら綾小路くん連れてきたんだ」
「綾小路ぼっち清隆が今にも店を飛び出しそうだったので担々麺にクラスチェンジさせて連れてきました。同席させても構いませんか? 1番好きな麺料理は担々麺だそうです」
「おおう……そりゃあまあ全然いいけどよ。その理論だと俺って豚骨が1番好きそうってことか? いやまあ当たってるけどさ」
「私も当たってるけど……えっと、綾小路くんはここのテーブルで大丈夫? 私たちは全然構わないけど」
そうして辿り着いたテーブルはAクラスの渡辺紀仁と網倉麻子のテーブル。
渡辺紀仁は体育祭の時にオレがDクラスの参加票を仕込んだ生徒で一言二言練習の時に声を掛け合ったことのある生徒。網倉麻子は南雲や一之瀬と同じ女子のグループで夏休みの時にプールで少し遊んで絡んだことのあるくらいか。
なのでそこまで親しいわけではないが、全く面識のない相手というわけでもないのでオレは改めて確認を取る。
「そっちがいいならぜひ同席させてもらいたい。ちょうどグループからあぶれたところだったんだ」
「あー4人席だからそういうこともあるよな。全然いいぜ」
「森下さんとも仲良しみたいだし、私たちも綾小路くんと話してみたいから遠慮なく座って」
「私と仲が良いと思われてるのは心外……と思っていないですよね?」
そこまでは思っていない。事実と反するとは思ったが。
ただ渡辺と網倉が快く受け入れてくれたため、態々否定することなくオレは渡辺の隣に座る。森下もオレの対面に座ってビンゴカードの数字に穴を開け始めた。ビンゴが始まってからじゃないと分かりにくくなると思うが……それにツッコミを入れるのはもはや野暮だと判断する。
「はーい。みんな注目~。これからAクラスとDクラスの無人島試験お疲れ様会を始めまーす! 幹事の南雲麗と~」
「…………」
「ちょっと鈴音ちゃん! ここは、堀北鈴音でーす! って元気良く挨拶するところでしょ!」
「しないわよ。それより、飲み物は行き渡ったようだし、さっさと乾杯の音頭を取ったらどう?」
「はい。てなわけで今日も塩対応の鈴音ちゃんから急かされちゃったんで早速乾杯の音頭取りまーす。料理も直に運ばれてくるし、最後の方はビンゴ大会もあるからみんな楽しんでねー。それじゃグラスを持って~……! せーの──かんぱーい!」
そして参加者全員が席につき、注文した飲み物が行き渡ったところで南雲と堀北がみんなの前で進行を務める。南雲と堀北の対照的な態度と軽い一笑いを起こしたところで長々と話すことはなく南雲が乾杯の音頭を取る。
それに合わせて両クラスの生徒が同じ様に乾杯したところでお疲れ様会は始まった。程なくしてテーブルに並べられるのはトマトにブロッコリー。切り分けられた人参に茄子。じゃがいもやピーマンといった新鮮な野菜に、和牛やチキンなどの肉類。海老やホタテ、イカや高級な白身魚などの海鮮など、様々な食材をシンプルにグリルで焼き上げたもの。
それらを幾つかのソースやスパイスを付けて食べる。良い食材を使っているためかどう食べても美味しいものばかりだ。それらに舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせる。最初はこの料理が美味しいという感想ばかりだが、そうやって感想を口にし合っている内に何となく距離が詰まるのが食事会の良いところだろう。
「さっさっ」
……と思ったら目の前で肉を高速で掻っ攫っていく森下を見てオレは何とも言えない気持ちになる。
気づけばオレの方には野菜。森下の皿には和牛やら伊勢海老やら高級なものが集まっていてそれを頬いっぱいにして食べている。もちろんそれくらいでなくなるわけじゃないし、全部独り占めしてるわけでもない。ただオレの方にだけ野菜が行き渡るように誘導してるような気がした。
「森下」
「ふぁんえふふぁ? ん──綾小路清隆は野菜がお好きのようですね。私の分も食べて構いませんよ」
「いや、オレもどちらかと言えば肉の方が好きなんだが……」
「? これはまた異なことを。ではなぜそのように野菜ばかり食べているのですか? ──Are you a vegetarian?」
なぜ英語なんだ。ちなみにオレはベジタリアンじゃない。
「ふぅ……仕方ないですね。野菜嫌いで肉を食べたくて仕方がないわんぱくな綾小路清隆のために和牛を贈呈しましょう。どうぞ」
「……ああ」
やれやれといった様子で森下から肉を食べる許可が下りたため、オレはようやく肉や海鮮に取り掛かる。ちなみに別に野菜嫌いでもない。
そうしてオレが高級な肉の美味しさに何気なく感嘆していると隣の渡辺が苦笑いで話しかけてきた。
「いや~分かるぜ綾小路。そういう反応になるよな」
「あはは……私たちも最初面食らったもんね」
「そうなんだよ。去年、ある日突然クラスにやって来たと思ったらとんでもない奴でさ。俺去年は森下の前の席だったんだけどその時はもう色々とな……」
そうして網倉は同じ様に苦笑し、渡辺は遠くを見る。なるほど。何があったのかは知らないが渡辺も森下に振り回されたらしい。
確かにこのノリがずっと続けられるのは苦労するだろうな……とはいえAクラスの生徒はかつて坂柳のクラスから移動してきた森下を普通に受け入れているようだった。
オレはそのことが少し気になったので話を広げてみることに。
「2000万ポイントを使ったクラスの移動か……確かに、オレも去年聞いた時はかなり驚いたな」
「どうも2000万の女です」
「だよな。俺たちも聞かされてなかったからびっくりしてさ」
あのクラス移動はオレも全く預かり知らないところで起きたことのため、南雲がそういう戦略を使ってきたことは驚き評価した部分でもある。
一之瀬や神崎に采配を任せたことをカモフラージュにその準備を密かにしていた。つまりは渡辺の言うようにクラスには全く知らせていなかったということ。
「事前に聞かされていなかったのか」
「そうなんだよ。まあ南雲のことだし、説明されれば全然納得出来たけどな。なあ網倉」
「まあ……そうだね。麗ちゃんはちょっとだけ秘密主義みたいなところあるから。リーダーとしてすごい頼れるけどあまり作戦の共有とかはしないからね。あの時は帆波ちゃんや神崎くんにも伝えてなかったみたいだし」
渡辺が何気なく網倉に話題を振る。同意を求めたその振りに網倉は少しだけ間を取って同意する。その口ぶりや表情から南雲のことをリーダーとして評価していることが分かるが、オレは網倉の言葉選びが少しだけ気になった。
だがあえて今指摘することでもないためこの場では流す。
「Aクラスのリーダーを務めているだけあってやっぱり南雲はすごいんだな」
「麗ちゃん、勉強も運動もクラスで1番だからね。人をまとめるのも教えるのも得意だし」
「教えるのも?」
「ああ。ほら、勉強会とかやるだろ? そういう時に南雲がいるとめちゃくちゃ捗るんだよ。ずっと皆の勉強見ててさ。誰がどの教科が苦手とか全部覚えてるし、テストの点数なんかも把握してるからすごい的確に伸ばした方が良いところとかおすすめの勉強法とか考え方とか教えてくれるんだぜ」
「私はよく同じグループで定期的に勉強会してるけどおかげで苦手な教科の点数すごい伸びたし、勉強が苦手な子もたまに集めて勉強会してるしね」
「俺も1回数学の点数が悪くて誘われたけどマジで分かりやすくて点数伸びるんだよな。ぶっちゃけ星乃宮先生より教師してるっていうか……」
「あはは……それ聞いたら星乃宮先生また悪酔いしてくるんじゃない?」
なるほどな。オレは渡辺と網倉の話を聞いて相槌を打つ。
クラスの生徒の能力の底上げは上のクラスを目指す、維持する上で必要不可欠なものだ。
たとえば堀北は去年から須藤の勉強を見ていて実際に須藤の学力は向上している。身体能力は学年トップの須藤だがかつては勉強が苦手で明らかな弱点だった。
しかしそれを改善することで須藤自身の能力は向上し、クラス全体の戦力も須藤の成長によって少なからず向上したと言える。
そしてそれと同じことを南雲はクラス全体で行っているということ。
もちろんマンツーマンで勉強を見るよりも効率は落ちるだろうが、常に勉強を見てくれる存在がいるというのは頼もしいし、何よりもそういう空気が出来上がっているのがでかい。
元Dクラスであったオレたちのクラスと違って元Bクラスである南雲のクラスは元々勉強や学習の下地が出来上がっている。放って置いても学力の維持や向上に問題はない上、重点的に勉強会を開けばより学力アップを見込める。
出来ればBクラスでもそういう空気感が形成出来ればいいのだが……もちろん入学当初よりは勉強に対するモチベーションはあるとはいえ、勉強の習慣や学習効率、意識付けなどの細かい部分でまだまだ劣ることは言うまでもない。
「そういや綾小路ってこの間数学で満点取ってたよな?」
「ああ」
「ああって……いやそんな冷静に頷いてるけどめちゃくちゃヤバいよな」
「麗ちゃんも数学は得意だけど満点じゃなかったもんね」
「数学にはかなり自信があるんだ」
「へぇ~でも2年からだよな。急に伸びたの。OAAの学力幾つだっけ。ちょっと見ていいか?」
「もちろんだ。閲覧は自由だしな」
クラスの学習についての差異を考えていたところで渡辺が思い出したようにオレの数学についての話題を口にしたため、いつも通りの対応を行う。律儀にOAAを見ていいかとオレに尋ねてくる辺り人の良さが出ている。OAAはいつでも閲覧できるもののため、隠す必要は全くない。
「81のA-って分かってたけど俺より全然上だな……ってか普通に学年上位じゃん。ウチのクラスでA-以上って何人くらいいたっけ?」
「えーっと麗ちゃんに帆波ちゃん。ニノちゃんに浜口くんに神崎くん……それと真峰ちゃんと後数人くらい? あ、それと森下さんも」
「私の戦闘力は85です。恐れ入りましたか、戦闘力59の渡辺紀仁」
「いやなんで俺だけに言うんだよ。いやまあこの中だと確かに俺が1番低いけどさ……これでもクラスじゃ真ん中くらいなんだぜ?」
話の流れがOAAに移ったため、オレも良い機会だと思ってOAAを開いて確認してみる。実際学力A-以上の生徒は学年を見渡してもそれほど多くはない。
Aクラスで言うと今しがた網倉があげた生徒たちくらいだ。実際学力の平均値はC前後であるためそこを一気に飛び越したオレが注目されるのも仕方のないこと。同じクラスの生徒には少し説明したが他クラスからするとより奇妙に映るだろうからな。
ちなみに網倉の学力は69のBで結構高い。1年時の学力がどれほどのものだったかは覚えていないが、決して低い数字ではないため南雲と同じグループにいて学力が少なからず上がっているのは間違いないだろう。
「いやー俺ももっと伸ばさないとなぁ。他の要素で伸ばすのはキツイしな」
「あー……ね。まあ勉強を頑張るしかないんじゃない?」
ただオレが気になるのはAクラスの生徒はOAAをそれなりに気にしているという部分。
もちろんOAAという指標は重要なものだし、気にするのは理解できる。
ただ渡辺や網倉の反応から何となくそれだけじゃないような気がした。オレは何気なくもう一度2人のOAAを確認してみる。
2-A 渡辺 紀仁 (わたなべ のりひと)
学力C+(59)
身体能力C+(58)
機転思考力C(54)
社会貢献性C(49)
総合力C+(56)
2-A 網倉 麻子 (あみくら まこ)
学力B(69)
身体能力B(67)
機転思考力C(50)
社会貢献性C+(60)
総合力B-(62)
2人とも平均よりは少し上だが一応網倉の方が評価は高いか。
そして渡辺の方はOAAを伸ばしたそうだが、網倉の方は理解は示している反応。それにそこから深く話を広げないところを思うと……もしかしたらOAAに関するAクラス内だけで南雲が制定している独自ルールのようなものがあるのかもしれないな。
ただ現時点では推測に過ぎない。他のクラスであるオレには関係はないだろうが、Aクラスの内情や試みは中々に興味深いものだ。
「そういや無人島試験で単独で頑張ってたよな。……もしかして結構運動もできるタイプ?」
「綾小路清隆は俊足ですからね」
「そういえば去年の体育祭すごかったね」
「そこまで出来るわけじゃない。スポーツはどちらかというと苦手だ。それなりには体力はあると自負してるが結局上位10位以内には入れなかったしな」
「それ帆波ちゃんに似てるね。帆波ちゃん体力は頑張って付けてるけど基本的に球技とかは苦手だし」
「一之瀬もそうだよな。それでも俺よりは体力ありそうだけど。俺なんて無人島じゃスタート地点で……」
流れでオレの話題が展開されたため、それを上手く躱しておく。
すると渡辺が無人島試験のことを話そうとして、途中で言葉を止めた。
そして少しして誤魔化すように話題を転換する。
「えーと……それで順位があんまり高くなくてさ。結構大変だったんだぜ?」
「そうなのか」
確かに無人島試験は体力がないものや課題をクリアできない生徒には厳しいものだった。
水不足や食糧不足に陥ってスタート地点に何度も戻る生徒はそれなりにいたと想像できる。
だが今の反応はそれだけじゃないような気がした。
他のクラスの生徒には聞かれたくない話でそれを思い出したのか、もしくは渡辺自身があまり話したくないことだったのか。判断はつかないが一応覚えておこう。
「──やあやあ、綾小路くん。麻子ちゃん藍ちゃん渡辺くんも楽しんでる?」
「あ、麗ちゃん」
──と、そうして色々と話してる内に食事をある程度取り終えたのか、幾人かの生徒は席を移動して別のテーブルに混じってお喋りしている様子で、南雲もまたオレたちのテーブルに笑顔でやってくる。親しい友人である網倉が真っ先に反応した。続いてクラスメイトの渡辺も笑顔で応える。
「楽しいよ。ご飯も美味しいしね」
「良い値段するだけはあるよな」
「それは良かった。私のオススメはやっぱり和牛のフィレかな。この値段だとむしろ安いんだよね。学生が利用することを見越して安くしてくれてるみたいで。普通に食べようと思ったらもっと高いから今のうちに食べといた方がいいかもよ~?」
「ま、マジか。俺、もうちょっと食べようかな」
「胸焼けしない程度にね。綾小路くんは何が美味しかった?」
「綾小路清隆は菜食主義者なので野菜がお好みのようです」
「嘘を教えないでくれ」
「あっはっは、藍ちゃんがお肉に率先してぱくついてて貧乏くじ引いたのかな? 綾小路くんどんまい!」
森下の嘘情報の経緯を即座に見抜いてオレの方を叩いて励ましてくる南雲。
そうしてそのままの流れで網倉の隣に腰を下ろしてくる。密着して狭そうだが仲の良い女子の距離感という感じで網倉も嫌そうではない。
「ちょっと麗ちゃん? 狭いって~」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだからへーきへーき。ああ、そうだ。せっかくだからちょっと席替えしない? 私、綾小路くんともお話してみたいんだよね」
「もちろんいいよ。でも綾小路くんは大丈夫?」
今思いついたというように南雲は網倉たちに席替えを提案してくる。
オレと話したいという南雲の要望だが、この場で断る理由も特にない。
「大丈夫だ」
「ありがと。それじゃ帆波ちゃんも呼んでこようかな。──おーい、帆波ちゃ~ん! ちょっといい~?」
オレが了承を返すと南雲は一言お礼を言ってから唐突に一之瀬も呼ぼうと声を出しながら遠くの一之瀬の座っているテーブルの方に近寄って話しかけた。こっちに来ないかと誘っているのだろう。
それを見て渡辺が少し驚いている。網倉は自然体……だが若干ぎこちなかった。
「えーと、それじゃ帆波ちゃんも来るみたいだし私たちは別の席にお邪魔しようかな。ほら、森下さん」
「次の食料を求めて私は旅立ちます。お疲れ様でした綾小路清隆」
網倉に言われて森下もまたどこかへ去っていく。まだ食べるつもりなのか……。
そして渡辺もまた席を立つかと思われたが、その前にオレの方に小声で話しかけてくる。
「おまえも幸運だな……そして気をつけろよ綾小路」
「……何がだ?」
「いや、南雲と一之瀬と同席するってヤバいだろ? ビジュアル力が高すぎてさ。俺たちAクラスの男子の間じゃ天国でもあり地獄でもあるってのが通説なんだ」
周囲に聞かれないようにAクラス男子の間で出回る通説をオレに教えてくれる渡辺。
まあ確かに南雲と一之瀬はどちらも見た目が非常に優れている。健康的な男子高校生からすると天国だが地獄でもあるというのは分からなくもないかもしれない。オレは一応頷きを返す。
「なるほど。確かに南雲はアイドルだし一之瀬もそれに負けず劣らず見た目が整ってるしな」
「だからヤバいんだよ。ほら、変に舞い上がって痛い発言とかしたら後悔するだろ? 南雲のグループって南雲に一之瀬に網倉、白波、小橋って美少女だらけだからたまに何かの間違いで一緒に遊んだりすると視覚的にも聴覚的にも嗅覚的にも色々と……プールの授業なんて平常心を保つ修行をさせられてる感覚だし……」
思い出すように言う渡辺は困っているのかいないのか。あるいはどちらもなのか悩ましそうだった。オレたちのクラスの男子もたまにそういう話題が出たりはするが、この辺りはAクラスだろうが変わらないということか。
ただそれでも一定の配慮と自重はあるのだろう。声を限りなく抑えてそのことをオレに伝え終えると、南雲や一之瀬がこちらにやって来るのが見えたので渡辺もそれを合図に席を立った。
「お待たせ~」
「こ、こんばんは綾小路くん」
「またな。綾小路」
渡辺は去り際のサムズアップをこちらに向ける。頑張れよとエールを送られている気がした。
そしてオレの席には正面に一之瀬。その隣に南雲。そしてオレの隣には……。
「失礼します綾小路清隆」
「……食料を求めて旅に出たんじゃなかったのか?」
「旅先で自分の求めるものが手に入るとは限らないということです。結局ホームが落ち着きますね」
いつの間にかここの席は森下にとってホームになっていたらしい。再びオレの隣で今度は伊勢海老にかぶりついていた。しっかり食料を持ち帰ってきているな……。
「海鮮も美味しいよねー。無人島で食べる魚も悪くはないけどさすがに質が全然違うしさ」
「そ、そうだね。えーっと……あ、森下さんと綾小路くんはどれが1番好き?」
「その質問には先程も答えましたがやはり伊勢海老に限りますね」
「さっきは肉って答えてた気がするけどねー」
南雲の言う通りだ。森下の答えは明らかにさっきと違うが、そこはもうどうでもいいので深くは考えないことにする。
代わりに思うのは……やはり一之瀬の歯切れの悪さ。ぎこちなさだろうか。
試験の最終日にはオレに告白してきたことが尾を引いているのだろう。
かくいうオレとしても一之瀬との会話は難しく感じる。おそらく今は何を言っても無駄だろうからな。南雲とマイペースすぎる森下がいて何とか会話は成り立っているが、2人きりだったなら気まずい時間が続いただろう。
「み、認めません……私は認めませんよ……!」
「千尋ちゃんどうどう。落ち着いて」
……そしてよくよく気を張ってみると仕切りを挟んだオレの真後ろの席からは何やら呪詛のような声と恨みがましい視線を感じられる。
気にすると本当に呪われてしまいそうなので意図的に意識を向けないようにしてこの席に集中していると、南雲がまた女子らしく話題の転換を行った。
「そういえば綾小路くんって好きな子とかいる?」
「ちょっ、麗ちゃん!?」
しかもその話題はかなりデリケートな、プライベートに踏み込んだ質問だった。突然爆弾を放り投げられる。一之瀬がぎょっとして南雲を見るが、南雲は組んだ両手の上に顎を置いてにこにこと変わらない笑顔をオレに向けてきた。
南雲はオレと恵が付き合っていることは知っている。把握した上でこの質問をしてくるのだから中々に意地が悪いが……それでも敢えてここで暴露する理由はない。
「どうだろうな」
「あはは、さすがに急に直球過ぎたかな? それじゃあ好きなタイプとかある? 恋人に求める要素とかさ」
ただ南雲は引き下がらない。直球で聞きたいことを口にする。
付き合ってる人がいるかどうかの質問をしてこないのは有り難いが、答え方はどうして中々難しい。
ただこの場ではある程度話に乗るためにオレは言葉を選ぶ。
「答えてもいいが……少し気恥ずかしいな」
「内緒! 絶対内緒にするから! ね? 帆波ちゃん。藍ちゃんも」
「う、うん……まあ……人には言わないかな……」
「私もこのホタテに誓って言いません」
内緒にするから教えてほしいと確認を取りながら、南雲は身体を少し前に乗り出して聞く姿勢を取る。一之瀬も相変わらず歯切れは悪いが興味はありそうだった。森下は……ホタテを口の中に放り込んでいた。誓った対象が即座に腹の中に収められたのはどう解釈していいのやら……まあ、さすがに触れ回ることはしないだろうとオレは決めていた答えを迷ったように口にする。
「なら言うが……そうだな。頼りになる相手がいいかもしれない」
「へぇ~。リードされたい派ってことかな。もしかして私みたいな?」
「……言われてみればそうかもしれないな。南雲は普通に魅力的だと思う」
「そ、そうなんだ……」
オレは自分からはあえて具体的に口にせず、南雲の質問に同意する形でそれを認めてみせた。
それを聞いた一之瀬は若干だが声を落としたが、それでもそこまで気落ちしていないように見えるのは……一之瀬自身が南雲なら仕方ないと考えているか。
それと一之瀬も知った上で告白してしまったことで迷いや疑問が生まれているか。軽井沢恵はリードしてくれそうって意味では少し近いが、頼りになる相手と言われると疑問符が浮かぶ相手。
オレが真実ではなくはぐらかしている可能性も考慮した。だからそこまで参ってはいないのかもしれない。
それにもうその段階は既に通り過ぎただろうからな。
「あはは、ならこの中だと1番タイプなのが私? そう言ってくれるとアイドル冥利に尽きるな~」
「それも中々答えづらいが……」
南雲はアイドルなだけあって好意を向けられることに慣れているし、それくらいで良い雰囲気も気まずい空気も作らない。そもそも南雲が可愛くて好意を持っても仕方がないという空気感が全体に浸透しているため、男側が南雲のことを可愛いとかタイプとか言ってもそれを本気の好意とイコールにしない考えが広まっている。
だからオレとしても南雲相手に照れたり可愛いと感じていることを表現しても問題ない。あるとすれば恵や一之瀬のことだが……。
「もしかして私を選ぶ気ですか綾小路清隆。私にはカツオくんという心に決めたフィアンセがいるので綾小路清隆の想いには応えることはできません。もう少し骨のある男性になって出直してきてください」
告白もしていないし森下のことは考慮にも入れてなかったのにオレはフラれてしまった。ちなみにフィアンセのカツオくんというのは今森下が食べているカツオのたたきのことだろう。随分と猟奇的な交際関係だ。カツオの骨の総数は数千本とも言われているので人間では太刀打ちの仕様がない。
それとこの店ではカツオのたたきは出していない筈なんだが……もしかして注文して特別に作らせたんだろうか。隣は確か和食のお店だったしな。
それはともかく南雲の質問にはこう答えておく。
「異性としての恋愛感情かどうかはともかくとして、皆を引っ張って勝利するような頼れる異性には格好良さや頼もしさを感じるし、好ましいと思う」
「それって……麗ちゃんや堀北さんみたいな……?」
「ああ」
「いや~照れるね」
南雲や堀北という一之瀬の出した具体的な例にも頷いておく。
実際そういうかっこいい女性も人を惹きつける。
リーダーとして最前線に立ち、他のクラスと鎬を削る戦いをしている両者は異性だけでなく同性からも羨望の的だ。
一之瀬もまた南雲に憧れている節が垣間見える。Aクラスの様子を見ていて分かったことだが、Aクラスの生徒たちは南雲をリーダーとして強く信頼している。
人の良い生徒が多く集まっているAクラスだが、それでも南雲の命令によっては人を蹴落とすための戦略を実行することもできる。
そしてそうなった要因の1つは一之瀬と南雲の能力、実績の差。
一之瀬は南雲と同じくAクラスの生徒に強く信頼されているし、信頼という一点だけで言うのなら一之瀬の方が善良な人間として信じられているだろう。
ただリーダーとしての能力はまた別。1年時や学年末の試験での成績。OAAでの評価も含めて一之瀬よりも南雲の方が優秀だ。
それは南雲に憧れて南雲に並び立ちたいと考えている一之瀬にとっては苦しいものだろう。オレにとっても一之瀬よりは南雲の方が上だという見方は変わらない。一之瀬もまた自分が周りにどう評価されているかは気づいている。
「そういう意味では一之瀬も近いかもな」
「っ……私は……そんなことない、かな。あはは、別にリーダーってわけでもないしね」
オレからの評価する言葉にも一之瀬は一瞬反応を見せたがすぐに苦笑いを浮かべて遠慮がちに否定する。
実のところオレはAクラスに
クラスを引っ張り、ポテンシャルを引き出すという役目は南雲が完全に担っている。そこに一之瀬があえて介入する余地はない。
一之瀬自身の成長は興味深いが、仮にどこかで潰れても、より縮こまってしまってもあまり影響はない。
それがオレの一之瀬に対する評価であり見解だ。
しかし──
「そんなことないって。帆波ちゃんは頑張ってるんだから。──ね、綾小路くん?」
「──ああ、そうだな。一之瀬はよくやっていると思う」
「そうかな……?」
「そうだよ。Aクラスの参謀。私の親友で頼れる側近なんだから! これからももっと成長して私を支えて貰わないと困るなぁ」
だが、南雲の見解はオレとは異なるようだ。
南雲は一之瀬に強い期待を抱いていて、一之瀬を成長させようと様々な手を用いている。
同じサブリーダーの神崎と方向性の違いで対立させ、クラスメイトの退学をチラつかせて奔走させ、指揮を任せた上で敗北させ、オレの存在や軽井沢恵の存在も利用している。
そしてオレの方は、そんな南雲の成長ややり方を見ていたいと強く思っていた。
「そう……だよね。うん。もちろんこれからも支えさせてもらうよ」
だから一之瀬に関して、オレは南雲のやり方を見るために、南雲に従って一之瀬の成長を手伝う。
南雲がどんな風に一之瀬という生徒を仕上げるのか──オレはそれが知りたい。
「おっと。良い時間だしそろそろビンゴ大会でもしようかな。ちょっと行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
南雲はオレの口から言わせたいことを言わせ終えたと判断したのか、ビンゴ大会をやると告げて堀北のいるテーブルの方に向かった。
それから程なくしてビンゴ大会が始まる。どうやら最初にビンゴに成功するとプライベートポイントが10万も貰えるらしい。
それ以下は船内のショップで購入したと思われる小物や洋服。お菓子の詰め合わせや本などが景品となっている。バラエティに富んだ面白い試みだ。
「ありがとね、綾小路くん」
「お礼を言われるようなことは何もしてない」
「ううん。私のこと麗ちゃんと一緒に励ましてくれたから。それと……その、気にしなくても、いいから……」
「……ああ」
番号が読み上げられる中、一之瀬はふとオレにお礼を告げる。何のことを言っているのかはすぐに分かったので頷いておいた。無人島での告白のことは一之瀬にとってなかったことにしたいのだろう。この場でははっきりと言葉には出来ないが、お礼の時は微笑を浮かべていたがすぐに申し訳なさそうな表情に変化していた。
ただおそらくなかったことには出来ないだろう。
それはオレにとっても南雲にとっても。この出来事は一之瀬の変化に大いに作用すると考えているから。
「次の番号は~~~~……21番! ビンゴ揃った人いるかな~? いたら手を上げて~!」
「──うおおおお!? ビンゴ、ビンゴ! 当たった! おい見ろよ、さつき! 当たったぜ!」
「ちょっとあんたはしゃぎすぎ! すごいけど怪我悪化したらどうすんのよ」
「最初のビンゴはなんと池寛治くん! おめでと~~!! 10万プライベートポイントを贈呈しまーす!」
どうやら最初のビンゴは池が当たったらしい。右腕を怪我しているのにはしゃいで飛び回ったので篠原に窘められていた。10万の臨時収入は大きい。怪我はしたものの篠原と良い関係になってポイントも得て運が向いてきてるみたいだな。
それからは次々に番号が読み上げられ、オレもまた少し遅めにビンゴしたので幾つかある景品の中から本を選んだ。読んだことのないものなのでどんな内容でも暇つぶしにはなるだろう。
そうして盛り上がったAクラスとDクラスのお疲れ様会は午後8時にはお開きとなり、オレは南雲や一之瀬たちのグループが談笑しているところを尻目に、景品を持って部屋に戻ることにした。
今回はここまで。次はお宝探し。南雲雅や坂柳のあれこれも含めて1話か2話使って夏休み編は終了かな。次回もお楽しみに。
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