ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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宝探しと関係のない不審者の顛末

 クルージングで多くの生徒は最高の夏休みを満喫してる。

 先日のAクラスDクラスの合同お疲れ様会も結構盛り上がったしプライベートポイントはそれなりに使ったけど皆にとって良い思い出になったなら良かった。

 そして4日目はまた友達と映画を見たりちょっと軽くジムに行って汗を流してその後はまた展望大浴場でゆっくりしたりとバカンスを楽しんだ。

 残り日数もこのまま優雅な夏休みを楽しみたいところだけど……残念ながら私はAクラスのリーダーというだけでなく生徒会の副会長という役職も務めている。

 だからずっと遊んでいるわけにもいかないんだよねってことで5日目は生徒会主催の企画を行うために私は休日返上で集まることになった。

 

 雅兄が提案したその企画の名は『宝探しゲーム』。

 

 自由参加で男女1人ずつから参加可能。参加費はたった1万プライベートポイントで船内の指定されたフロアに隠された二次元コードを見つけ出して専用アプリで読み込むという簡単なレクリエーション。

 二次元コードには5000ポイント。1万ポイント。5万ポイント。10万ポイント。30万ポイント。50万ポイント。100万ポイントがあって1つだけ読み込むことでプライベートポイントを得られる。

 しかもペアを組むことでお互い報酬が貰えるのでペアを組んだ上で1枚しかない50万や100万のコードを読み込めばめちゃくちゃお得。

 

 午前10時になって説明会の会場にやってきた生徒は大体200人くらいいるので全員がペアを組めば100枚の二次元コードを全員が読み込んで報酬を得ることが出来る。

 ペアの制限はないため仲の良い友達同士で組むも良し。気になっている相手を誘ってゲームを通じて仲を深めるも良し。

 3つの謎解きを解くことで得られるヒントもあるし、中々楽しいしお得なレクリエーション。プライベートポイントは幾らあってもいいので私も出来れば参加したかった……んだけど残念ながら生徒会メンバーは運営側で事務作業があるので参加は出来ない。

 仕方ないので事務作業しながらみんなを応援するしかないね。後は若干気まずい時間を過ごすとしよう。

 

 というのもほら、生徒会長は雅兄だし私と同じ副会長は桐山先輩。

 3年生にしてみれば煮え湯を飲まされることになった2年生には若干何とも言えない気持ちを抱えてるだろうし2年生の生徒会メンバーは私に帆波ちゃん、隆二くんに鈴音ちゃんと全員が無人島試験で1位を取ったメンバー。つまりこっちからしても気まずい。いやまあ私は気にしないんだけどね。

 

「雅兄、どうする? もうすぐ交代だけど」

 

「おまえが先に休憩を取れ。俺はもう少しここで様子を見ておく」

 

「はーい。それじゃ先に休憩いただきまーす」

 

 だから雅兄と一緒に普通に仕事したりもする。

 まあ生徒会のメンバーは交代で事務作業してるので全員が一緒ってわけでもないから避けようと思ったら結構避けれるんだけどね。

 ただ雅兄にとっても早めに私と会って話をしておいた方がいいかと思ったのであえて近くにいて雅兄から話し始めるのを待ってるんだけど今のところ無人島試験について、そして私が勝利したことについて何も言ってこない。普通に真面目に仕事をしてる。

 なので私も真面目にやりつつ先に休憩を取っていいって言われたので私は一度ご飯を食べに行くことにした。宝探しゲーム中だけどどうしようかなぁ。誰か誘える人がいれば一緒に食べに行きたいけど……。

 

 お、そんなこと考えてたら鈴音ちゃんを発見。鈴音ちゃんは報酬確認とかの仕事をしてたけど鈴音ちゃんも交代したかな。ちょうどいい。面白い子もいるから話しかけようと私は笑顔で近づいて声をかけた。

 

「やっほーお二人さん。もしかしてこれからランチ? 私も交ぜてくれない?」

 

「っ、な、南雲さん……」

 

 と、私は鈴音ちゃんと桔梗ちゃんにフレンドリーに声をかけたんだけどあら不思議。桔梗ちゃんは私を見てぎょっとした。しかも苗字呼び。なので私はそれを指摘する。

 

「あれれ? どうしちゃったの? 前は名前で呼んでくれてたのに。最近遊んでなかったから距離空いちゃった? 私悲しいなー」

 

「南雲さん。今はちょっと大事な話をしているの。悪いけどランチなら他の人を誘ってくれるかしら」

 

 桔梗ちゃんに向けて言葉をかけたのに鈴音ちゃんがクールにインターセプト。

 なるほどねー。それだけで何となく理解る。なので私はその大事な話とやらを言い当ててみることにした。

 

「あー桔梗ちゃんの話? 鈴音ちゃんは桔梗ちゃんにクラスメイトとして仲直りとは言わずとも敵対しないでほしくて桔梗ちゃんの方は秘密を知られた鈴音ちゃんや綾小路くんを退学させたくてしょうがない。多分そんなところかな?」

 

 2人にとっての問題を口にしてあげれば2人の瞳から驚きの色が垣間見える。やっぱそれかー。この2人も飽きないなぁ。特に桔梗ちゃんの方は。

 

「私はやめといた方がいいと思うよ桔梗ちゃん。鈴音ちゃんはプロテクトポイントを得ちゃったし、綾小路くんは綾小路くんだし。桔梗ちゃん勉強は出来るけど頭はあんまり良くないんだから無理だって。普通にしてた方が気持ちよく学校生活を送れるんじゃないかな」

 

「……南雲さんに何が分かるの」

 

 おっと。私がアドバイスをあげると桔梗ちゃんも少しだけ素を出してきた。誰が見てるか分からないから露骨に睨んだりはしてこないけどね。やっぱり桔梗ちゃんは頭が悪いなぁ。

 

「桔梗ちゃんのためのアドバイスなんだけどね。秘密を知ってる人を退学させるってなると鈴音ちゃんや綾小路くんだけじゃなくて龍園くんとか私とかも退学させないと平穏は訪れないじゃない? そんなの不可能なんだからだったら気にしないのが1番いいよ」

 

「……私をどうするつもり?」

 

「どうもしないよ。自意識過剰だなぁ、桔梗ちゃんは。一々秘密をバラして遊ぶほど私って暇じゃないからさ。──まあそっちが敵意を見せてくるんなら返り討ちにするけどね」

 

 一応こう言っておけばAクラスの生徒に対して何か仕掛けたりはしてこないかな。

 桔梗ちゃん的には私は天敵。龍園くんとか綾小路くんが秘密をバラしても信用する生徒は少ないかもしれないけど私が言っちゃうと話は全然変わってくる。

 おまけに私に対して桔梗ちゃんは何もできない。それが自分でも理解ってるからか私に対して全く反抗してこないんだよね。

 精々学校生活の中で私を避けるくらいの対策しか取れない。だから最近は遊んでなかった。

 今も私が返り討ちにするって言ったせいでちょっと恐れを感じたみたいだし。鈴音ちゃんと約束したからそんなに恐れなくてもいいのにね。

 

「私は……絶対に堀北さんを退学にさせるよ。だから南雲さんは関わらないでほしいな」

 

「だってさ、鈴音ちゃん。どうするの?」

 

「……私は櫛田さんも含めクラスメイト全員でのAクラス卒業を目指してる。そのためには櫛田さん、あなたの協力も必要不可欠よ」

 

「バーカ。あんたに協力するわけないじゃん。反吐が出ること言うのはやめてよ」

 

 バーカと来たかぁ。鈴音ちゃんのことやっぱりすっごく嫌いなんだね。面白いなー。

 

「櫛田さん……」

 

「2学期が楽しみだね。きっと楽しい時間が共有できると思う」

 

 そしてそんな捨て台詞を残して桔梗ちゃんは去っていった。

 私とは本当に関わりたくなさそうだね。戦っても勝てないことを理解してるのは賢いんだけど鈴音ちゃんと綾小路くんを狙うのは賢くないなぁ。

 

「元気出しなよ鈴音ちゃん。気にしすぎたら損するしね」

 

「……そうはいかないわ。私はクラスのリーダーとして彼女を信じる。信じなければならないもの」

 

 桔梗ちゃんの悪意と頑なな態度を見て鈴音ちゃんは若干気落ちしてそうだったので軽く励ましてみるとそんな立派なお言葉が返ってきた。

 でもそれはちょっと違うと思うけどね。

 

「信じる、ねぇ。桔梗ちゃんに必要なのはそういうことじゃないと思うけどなー」

 

「だったら一体どうしろと言うの? 彼女の要求通り退学するわけにはいかない。だからこちらに敵対の意思がないことを理解してもらうしかないわ」

 

 なるほどなるほど。鈴音ちゃんは自分の気持ちを桔梗ちゃんに理解してもらいたいんだね。

 ただ鈴音ちゃんのスタンスを理解してもらうよりも大事なのは桔梗ちゃんの理解。そのことがまだまだ分かってないみたいだ。これはまだまだ時間がかかりそうだね。

 

「ま、頑張るといいよ。私はもう手出ししないから何でもいいけど。ただ早めに解決した方がいいよ?」

 

「そんなことはあなたに言われるまでもないわ」

 

「ま、さすがに理解ってるか。あの謎の紙をテントに寄越してきた犯人も探さないといけないしやること多くて大変だね」

 

 と、私はおもむろに鈴音ちゃんをかき乱す指摘を放り込んでみる。

 すると先程以上に驚きを見せたが、すぐに理解したのだろう。観念して鋭い瞳をこちらに向けてくる。

 

「あなたも見たのね? あの紙を」

 

「そりゃ同じテントだったからね。鈴音ちゃんを介抱したのも私だし。天沢ちゃんから救ってあげたのも私。つまり綾小路くんを退学させようとしたり何かを画策してる謎の人物を突き止めたい。まずは紙の筆跡を確かめてみよう。だから不正防止とか言って名簿に名前を書かせるようにしたんでしょ?」

 

 直前になって宝探しゲームに不正防止用の署名をゲーム参加者に求めた。その理由もそこに繋がる鈴音ちゃんの考え。私がそれを理解している理由も口にしてあげる。

 

「実際署名は上手いやり方だとは思うよ。犯人が見つかるかは置いといてね」

 

「……そうよ。私は私を気絶させた天沢さんともう1人……1年生にいると思われる謎の人物を追ってる」

 

 なるほどね。だったら協力は出来そうかな。私や他の人もね。

 私は鈴音ちゃんの背後からやってきた人物を見て微笑む。

 

「──気絶? あんた、気絶させられたっての?」

 

「! ……伊吹さん」

 

 背後からやってきた伊吹ちゃんに今の発言を聞かれたことにしまったという反応を見せる鈴音ちゃん。

 

「どういうこと? あんた、誰に気絶させられたわけ?」

 

「あなたには関係がないことよ」

 

「1年の天沢ちゃんだね」

 

「ちょっと!」

 

 伊吹ちゃんに聞かせることじゃないと思ったのか黙秘しようとした鈴音ちゃんの代わりに私が伊吹ちゃんに教えてあげる。

 すると伊吹ちゃんは途端に表情を変えた。なんというか……ちょっと苛ついているような呆れてるような馬鹿にするような、複数の感情が入り混じった視線を鈴音ちゃんに向ける。

 

「は? 1年に負けるとかだっさ。あんたも弱くなったものね。仮にも私と良い勝負したってのに情けない」

 

「……いい勝負をした記憶なんて私にはないのだけど。はっきり言ってあなたじゃ私以上に酷い目に遭うわ。だから今の話は忘れて」

 

「何言ってんのよ。2年の中で1番強い私が1年の女子に負けるわけない」

 

「2年で2番目に強いあなたじゃ無理よ。危険だからやめなさい」

 

 ……小学生かな? なんか鈴音ちゃんと伊吹ちゃんがすっごい低レベルな喧嘩を始めちゃった。

 ちなみに2年の女子で1番強いのは私だと思うけど一々交ざったりはしない。暴力の強さとかあんまり興味ないし、周知するつもりもないからね。

 ただちょっと面白くはある。天沢ちゃんやもう1人の存在。それを牽制したり突き詰めて貶めるのに鈴音ちゃんや伊吹ちゃん……澪ちゃんの存在は使えなくもない。

 本当は鈴音ちゃんだけにしようと思ってたけどね。よし。

 

「なら澪ちゃんも参加する? めちゃくちゃ喧嘩が強い天沢ちゃんの素性の理解にもう1人の誰かの捜索」

 

「はぁ? なんで私がそんなことしなきゃならないのよ」

 

「強い人興味あるでしょ? 鈴音ちゃんが一方的に負けたのは事実だし、私の感覚だと綾小路くんに近い強さを感じたしね」

 

「綾小路と同じとかそんなことあるわけない」

 

「同じじゃなくて近いね。綾小路くんには勝てないだろうけど鈴音ちゃんや澪ちゃんじゃ歯が立たないくらいかな」

 

「……言ってくれるじゃない。よく分からないけど、その1年の天沢が堀北を気絶させるくらいに強いんなら私が倒せば堀北より強いってことよね」

 

「だからあなたには無理よ。南雲さんは彼女を巻き込まないでくれるかしら」

 

「いざという時のために戦力は多い方がいいと思うよ。それに私の頭脳と情報網に鈴音ちゃんの手がかり。そこに澪ちゃんの腕っぷしと度胸があれば色々と捗ると思わない?」

 

 私は鈴音ちゃんと澪ちゃん。どちらも使ってあげるためにさり気なく私も交ざる感じで鈴音ちゃんを説得する。

 それを聞いて鈴音ちゃんは難しそうな顔をした。違うクラスとはいえ私と鈴音ちゃんは情報をある程度共有してるし、澪ちゃんはこれで兵隊としては結構優秀。使えるなら使わない手はない。

 それにこの機会にもっと仲良くなれそうだしね。

 

「……一定の理解は示すわ。だけど事情をある程度知る南雲さんはともかく、伊吹さんが必要とは思えないけど」

 

「言ってくれるじゃない。1年に負けたくせに。というか何を私以外に負けてるのよ。ムカつく」

 

 どうやら澪ちゃんは自分が鈴音ちゃんを倒すからそれ以外に負けるのは許せないらしい。少年漫画のライバルみたいな思考で面白いね。

 

「……いいわ。教えなさいよその天沢ってやつのこと。私が判断してあげる」

 

「だからなんでそうなるのか理解できないわね」

 

「あんたが負けたせいで2年で1番強い私まで舐められる。それは気に食わない」

 

「無茶苦茶な理由ね……もう一度言うけど別にあなたの協力は──」

 

「まあまあ! 2人とも喧嘩しないで。あんぱんでも食べて」

 

「んぐっ」

 

「んむっ」

 

 このままだと無限に言い合いを続けそうで一向に話が進まなそうだったので私は売店で買ったあんぱんをそれぞれ2人の口に突っ込む。

 突然あんぱんを口に突っ込まれて2人は仕方なくそれを咀嚼したが、鈴音ちゃんは苛立ちを滲ませながら行儀良く、澪ちゃんは粗雑に受け取りながらこちらに眉を立てた目線を向けた。

 

「何すんのよ!」

 

「探偵と言えばあんぱんと牛乳じゃん? だからこれは結成の証だよ。私たちが1年の危険人物を探す。その協力関係を結んだってことで」

 

「勝手に決めてくれるわね……」

 

「鈴音ちゃんも私には借りがあるでしょ? 私の持つ情報も欲しいだろうし、ここは協力して事を運ぶのが得策だよね」

 

「なんであんたの言いなりにならないといけないのよ。私より弱いくせに」

 

 おっと。鈴音ちゃんはともかく澪ちゃんはそういう感じかぁ。なるほどなるほど。理解してはいたけど……だったらしょうがないね。協力してもらうためにちょっとだけ理解してもらおう。

 

「じゃあはい。ちょっと気をつけて」

 

「は? 何が──……ッ!?」

 

 私は澪ちゃんに気をつけるように忠告し、あえて反応させてから澪ちゃんの手を取って即座にその手を極める。

 対処させないし逃さない。元々私の習得してた柔道と合気道。それに天沢ちゃんの技術をミックスしてみた。

 

「参考程度に、これが天沢ちゃんの強さかな。私も正直1対1じゃ勝てないし、鈴音ちゃんも澪ちゃんもキツイと思うよ」

 

「っ……あんた、強さを隠してたってわけ?」

 

「隠してないよ。そもそも喧嘩や格闘技が強いとか弱いとかあんまり興味ないからね。暴力も嫌いだしさ」

 

 澪ちゃんに私の強さをある程度理解してもらったところで私はすぐに腕を離す。格闘技に関して澪ちゃんはかなり鋭いからこうやって少し触れて技を決めた時点で分かったはずだ。私は鈴音ちゃんや澪ちゃんより強いってことを。

 

「……あなたも武道の経験があるのね」

 

「ちょっとだけね。それで実際に天沢ちゃんと戦った私としては鈴音ちゃんと澪ちゃんの力も必要だと判断した。だから出来れば協力してほしいししてくれた方が3人にとってメリットもある。冷静に考えてそうした方がいいと思わないかな?」

 

 その上で鈴音ちゃんと澪ちゃんにそう提案すれば、2人も思案顔になった。鈴音ちゃんは綾小路くんのことも含めて私と協力した方が良いと考えてるし、澪ちゃんは単純に強い女子に興味がある。鈴音ちゃんが負けて、私より強いっていう相手がいると聞いて、さすが気になってる様子だ。

 

「それか先に情報共有でもする? 澪ちゃんも綾小路くんのことで色々知ってるみたいだし、逆に鈴音ちゃんは知らなそうだし」

 

「……いいわ。それは私は気になっていたし、教えてくれるというなら」

 

「だったら私も教えてもらおうじゃない。あんたたちがどういう敵と戦ったのかをね」

 

「ならランチでも食べながら始めよっか。それから改めて返事は聞かせてもらうよ」

 

 情報を共有し、その上で私たち自身や周囲の安全のために手を組む。そのことを改めて強調しながら提案した私はそれから鈴音ちゃんと澪ちゃんの素直じゃない返事を聞いた。

 凸凹美少女探偵グループの結成だね。

 

 

 

 

 

 クルージング5日目。オレは宝探しゲームに参加し、船内を見て回っていた。

 オレの少し後ろには同じように二次元コードを探している佐藤がいる。

 ペアを組んだことで見つけたコードを読み込めば2人に報酬が入る仕組み。佐藤の方から誘われたことは意外ではあったが、恵とのことを聞いていて変な意味ではないと念押しもされた。財政状況も決して良くはないため、オレは申し出を受けた上で出来る限り難易度の高い二次元コードを探す。

 ただそんな中、オレは前から歩いてくる2人組を見つける。その2人は1人が二次元コードを探してソファーの下などを確認していたが、そこには何もなかったのか立ち上がると2人揃ってオレのことを見つける。そしてゆっくりと近寄って挨拶をしてきた。

 

「こんにちは、綾小路くん」

 

 その相手とは坂柳有栖に神室真澄。

 今はDクラスに落ちたクラスのリーダーとその側近だった。

 

「2人も宝探しゲームに参加してるのか?」

 

「ええ。私には向いていないゲームであることは百も承知ですがたまにはこういう遊びに興じるのも良いかと思いまして」

 

「そのせいで私はこうして苦労してるけどね」

 

「ええ、ありがとうございます真澄さん」

 

 どうやら2人も宝探しゲームに参加してるらしい。

 だが坂柳自身が言うようにこのゲームは船内を歩き回る必要がある。脚が悪い坂柳では二次元コードを見つけるのは難しいだろうが、その分は神室が動いて補完しているようだ。頭脳という意味では坂柳は申し分ないだろうしな。

 坂柳自身の変化やDクラスの状況も含めて少し話を聞いてみたい気もするが……佐藤が背後でこっちに気づいたため、あまり深い会話は控えたいところだ。

 

「Dクラスや私のことならご心配なさらず。親切な誰かさんのおかげで私自身、気づきを得ましたからね」

 

 どうしたものかと思っていると坂柳の方からオレの聞きたいことを示唆する言葉が返ってきた。

 やはり純粋な頭脳に関して坂柳の能力は高い。自分に関する問題も、プライドが邪魔して気づかない振りをしていたが一度気づいてしまえばすぐに何が必要なのかを理解する。

 

「ただ少し今までと勝手が違うので戸惑ってもいますが。クラスの皆さんも色々と考えて動き回っているようですしね」

 

「ちょっとあんた……」

 

「もちろん宝探しの話です。真澄さんにはそのために十分に働いていただこうと考えています」

 

 主語を抜いて、そして偽って。坂柳はオレにクラスの状況とこれからの動きについて示唆してくる。

 それは無人島でオレが坂柳に対して助言を行った。その借りを返すようなものなのだろう。それ自体は別にいい。

 ただその中身については異論はあった。

 

「他のクラスメイトも動かしたりしないのか?」

 

「……真澄さんだけでは不十分だと?」

 

「他のクラスメイトを動かして宝を探すこと自体は禁止されているわけじゃない」

 

 宝探しゲームを隠喩に利用してオレは坂柳にその異論を口にする。

 確かに坂柳にとって最も近しい存在であると思われる神室を使うことは悪いことじゃない。

 だがDクラスとなったクラスを立て直そうと思うのなら、まだ手駒が必要だ。

 それもただの駒ではなく、信頼できる駒。

 坂柳自身がその駒の価値を認め、駒の方も坂柳に改めて信頼を預ける。

 その作業をクラス全員。全ての駒に対して行う必要があるだろう。

 もちろん信頼を集める必要があることは坂柳自身も理解しているだろうが、その信頼を集める過程において動かせる駒が少ないことは気にかかるポイントだ。

 

「なるほど。確かに、私は友人が少ないですからね。ただ綾小路くん。たかがゲームとはいえ少々施しが過ぎるのでは?」

 

「そうかもしれないな。ただ困っているなら力にはなる」

 

 Dクラスが一方的に落ちることは望んでいない。

 坂柳やその他のクラスメイトも含めてDクラスにはまだ他のクラスと拮抗した状態を作ってもらう必要がある。

 だからこそこうして踏みとどまった坂柳にはまだ価値がある。

 

「ずるい人ですね綾小路くんは」

 

「ずるはしてないつもりだ」

 

「そうですか。なら見ていてください。二学期からは多くの人の予想を覆してみせますから」

 

 坂柳は微笑むと踵を返して神室と共にこの場から立ち去っていく。

 最後の言葉は宝探しゲームには関係のない決意表明だったが、一応それくらいなら問題はないだろう。

 

「綾小路くん? 今の坂柳さんの言葉ってどういう意味なの?」

 

「さあな。オレにも分からない」

 

 背後からそっと声を掛けてきた佐藤に白を切りながら、オレはこの先のことを予想する。

 おそらく2学期からはトップに位置するAクラスを他のクラスで追い落とす戦いになる。

 他のクラスがAクラスを狙うならこれ以上Aクラスの独走を許すわけにはいかない。場合によっては他の3クラスで組むような展開もあり得るし、離されるくらいならそうしなければならない。

 不安要素があるとすればBクラスでは櫛田桔梗。Dクラスではクラスが最下層に落ちたことによる士気の低下や一部生徒の離反。それらに注意しなければならない。

 だがそれさえ乗り越えてAクラスを僅かでも落とすことができれば、2学年の終わり頃にはクラスのリーダーも含めて拮抗する状況が作り出せる。

 ただそれでもポイント差はかなり広がっている。Aクラスを追い落とすことに関しては、オレもまたどこかで手伝う必要があるかもしれないな。

 

 3年生やホワイトルーム生のことについても気をつける必要はあるが……それも向こうが動いてきた時に対処する形で構わないだろう。

 こちらに危害を加えてこなければ一々オレが動く必要もない。

 

 ──そうして宝探しゲームでプライベートポイントを手に入れた。それから3日後。

 

 オレはある生徒の退学という事件を後から耳にした。

 

 

 

 

 

 多くの生徒が豪華客船でのバカンスを楽しんでいるある日のこと。

 天沢一夏の部屋に1人の生徒が訪れていた。

 

「酷い顔だね、一夏」

 

「……何の用? 拓也。綾小路先輩じゃなくても知り合いにはあんまり見られたくないんだけどな」

 

「だからこそ見ておこうと思ってね。それと君の真意も確かめたかったところだし」

 

 その生徒は1年Bクラスの八神拓也。

 八神は同じホワイトルーム生である天沢の様子を確かめにきていた。

 ただそれは優しさからくるものではなく、無人島試験で天沢が起こした幾つかの独断での行動や、天沢が敗北した真意を見るため。

 ゆえに八神は幾つかの質問を天沢に行い、天沢はそれに答えた。

 天沢が櫛田桔梗に暴力を振るい、タブレットでの撮影を妨害したこと。それはやはり綾小路のために行ったということ。

 八神が紙を仕込んだのはただの遊びで、自分にいつか辿り着くことを楽しみにしていること。

 そして2年生の繋がりも見えてきたと八神は口にする。

 

「2年Aクラスリーダーの南雲麗。彼女も綾小路の手札の1つみたいだね」

 

「一般生徒にしてはまあまあできる方だし拓也も気をつけた方がいいよ」

 

「もちろん。対処はもう考えてあるよ。君とは違って僕はそんな無様な姿を晒したりはしないさ」

 

「言ってくれるなぁ」

 

 天沢が一般生徒である南雲麗に敗北したことで天沢は綾小路の味方をしたかどうかに関係なく居場所を失った。

 ホワイトルーム生として綾小路どころか一般人にすら劣る結果を出してしまった以上、もはや天沢に行く場所はない。

 それを天沢も八神も理解している。だからこそ八神は天沢に何もしないし、天沢も動こうとしない。

 

「僕と綾小路の戦いは誰にも邪魔はさせない。僕と彼は頭で勝負する。そうしてどちらかが退学する。その2つに1つさ」

 

 自らが綾小路より優れていることを証明すると八神は天沢の前で自信満々に告げる。

 二学期からはその勝負が遂に始まる。八神はその決まり切った予定に憎悪と喜悦を募らせていった。

 

 そうして八神拓也は再び一般生徒として自らを偽りながら、豪華客船での8日間のバカンスを終えて船を降り、学校での夏休みに戻っていく──。

 

「1年Bクラス。八神拓也。……君に質問したいことがある。こちらに」

 

「? はい、何でしょうか真嶋先生」

 

 ──その筈だった。

 だが八神は船から降りてそれぞれ指定されたバスへ戻る直前。2年生の学年主任である真嶋に呼ばれてBクラスの列から少し離れる。

 それを見て他の生徒たちはまだそこまで気に留めてはいなかったものの、それでも集まっている教師たちやそこにいる生徒らを見て意識をそこに向けた。

 真嶋だけではなく多くの教師。そして月城理事長代理──既にもう解任されてはいるものの生徒には伝わっていないことと、ある理由からこの場にいる。

 そして生徒の中には生徒会の副会長である南雲麗や生徒会メンバーである堀北鈴音。そして何故か1年Dクラスの宝泉和臣。2年Aクラスの姫野ユキなどもその場にいた。

 

「あの……どうしたんですか? もしかして何か問題が?」

 

 少なからず生徒会のメンバーがいること。そして宝泉がいることで彼が問題を起こし、そのために生徒会メンバーである自分も呼ばれたのかと八神は推測したが、それもしっくりこないため聞きながらも一体何がと答えを探している。

 そして答えがまだ導き出せない八神はそこで驚愕することになる。

 

「八神。無人島試験でのことだ。試験最終日前の深夜。女子のテントに忍び込み、性的な接触を行おうとした。──そのことに間違いはないか?」

 

「……は?」

 

 性的な接触。その単語に八神は唖然とし、思わず間の抜けた声を出してしまう。

 どういうことだ、と八神はその教師からの質問とその深刻な雰囲気を受けながら理解をしようとする。

 そうして女子のテントに忍び込んだという疑いの意味だけは理解したものの、そんな筈はないと八神は身の潔白を訴えるべく声をあげた。

 

「い、いやそんなこと……僕はしていません。何かの間違い……勘違いなんじゃないですか?」

 

「──嘘つきだね、八神くん。私たちのテントに忍び込んで下着を盗んだり色々しようとしてたくせに。でも気づかれたから大慌てで逃げたこと、忘れちゃったのかな?」

 

 無人島試験で八神は南雲麗と堀北鈴音のテントに1枚の紙を仕込んだ。おそらくはそのことにかこつけて八神はその疑いを自分にかけているのだと思考する。

 南雲麗からの確信を持ったその瞳と口調に対抗するべく、八神は更に発言した。どうせ証拠はない。疑いをかけられたことは忌々しいものの、身の潔白を証明することは出来ないことじゃないはずだと──。

 

「僕はそんなことしていませんよ南雲先輩! 南雲先輩と堀北先輩がその被害を受けたんですか? 確かにそれはお気の毒ですけど、だからといって何の関係もない僕を疑うなんて……」

 

「この紙。知ってるよね?」

 

「は? な、なんでその紙を……」

 

 南雲が取り出したジップロックに保管された1枚の紙。

 それが急に出てきたことで八神は困惑する。自分が楽しみのために堀北に送ったI2に誘導するための紙。

 それは天沢が確かに破り捨てたと自分に言っていた。南雲が持っている筈がないと。

 

「内容はちょっとよく分からなかったけどテントに忍び込んだ後にこの紙を落としていってたからさ。被害を訴えるために試験が終わった後すぐに学校側に提出したんだよ。そしたら当たり前だけど八神くんの指紋がべっとりついてた。これが私たちのテントに忍び込んだ証拠だよ」

 

「い、いや……そんな筈はありません! その紙は……確かに、僕のものですけど……もしかしてどこかで拾ったのでは? その紙がテントにあったところで僕が深夜に忍び込んだ証拠にはならないはずです!」

 

「腕時計のGPS機能もオフになってたってさ。──ですよね? 先生方」

 

「……ああ。残念だが八神。その深夜にGPS機能を絶った生徒の中で南雲たちに接触することが出来たのはおまえだけだ」

 

 指紋のついた紙に都合良く壊れていた腕時計。

 その2つの要素は八神の疑いを強くする。

 

「残念だったよ。八神くんが変態だったなんて、ね。良い後輩だと思ってたんだけどこうなったら仕方ないよね」

 

「南雲先輩……! だから僕は……!」

 

「おい、いい加減にしろや八神」

 

「っ、宝泉、くん……!」

 

 南雲の呆れるような態度に更に言い訳を重ねようとした。

 それを見苦しいと見たのか宝泉が前に進み出てくると、宝泉はそのまま八神の胸元を掴み上げて持ち上げた。

 

「宝泉! やめなさい!」

 

「おい八神。裏でこそこそ動いてた奴はおまえなんだろ? Dクラスの馬鹿を退学させて俺を利用しようとしやがった。それをさっさと認めな。センコーの前だからな。認めたら許してやるぜ。この変態野郎」

 

 教師の忠告を無視して八神を掴み上げた宝泉だが、さすがに暴力を振るったりはしない。

 八神はそれを無理やり抜け出すことも抵抗することも出来たが、あえてそのままの状態で更に訴える。苦しそうにしてみせながら。

 

「だ、だから僕は何も……!」

 

「ユキちゃんと寛治くんに大怪我をさせたのも八神くん。そうだよね? ユキちゃん」

 

「……はい。確かに見ました。間違いなくこの人です」

 

「そんな……! そんな筈ありません……! 言いがかりです! 性的な接触を行おうとした事実も大怪我をさせようとしたこともない! でっちあげです!」

 

「……姫野と池が襲われた地点からのGPSの反応も確認が取れている。先程のテントと同じく、近づけたのは八神ともう1人だけだ」

 

「言い訳はやめようよ八神くん。見苦しいよ。警察に被害を届け出ることだけは勘弁してあげるからさ。ちゃんと罪を償って退学するべきなんじゃないかな」

 

 教師や南雲の冷静な指摘が続き、八神は困窮する。

 出るはずのない証拠。どういうわけか確信を持っている様子の南雲に、八神は言い訳を塞がれる。

 

 しかもそれだけじゃない。周囲の反応が八神にとってどんどん都合の悪い方向に流れていくのを八神は感じた。聞こえていたのか、それとも意図的に周知されたのか。生徒たちのざわめきが耳に届く。

 

「聞いた? 八神くんって無人島で女子の下着を盗もうとしたって……」

 

「嘘……あの八神くんが?」

 

「マジで最低じゃん」

 

「だから先生に呼ばれてんのか?」

 

「キモすぎだろ……むっつりってか普通に犯罪じゃねぇか……」

 

 自身が一学期の間に築き上げてきた信頼が一瞬にして地に落ちていく。

 そのことを如実に感じ取った八神は自分が追い詰められているという事実に焦燥と不安。そして何よりも苛立ちを覚えていた。

 

「おい八神。テメェ強いんだろ? だったら抵抗してみろよ。そうすりゃ俺も正当防衛でおまえを半殺しにしてセンコーか警察に突き出せるってもんだ」

 

 そして未だ八神を掴み上げている宝泉は触れている感触からその秘められた強さを感じ取る。

 宝泉に疑われ、学年どころか学校全体にこの件が拡散してしまう。

 そもそもこの2つの件が出揃っている。身の潔白を証明することは難しい。

 何しろ女子のテントを開けて紙を置いたことも2年生のグループを崖から突き落としたことも事実だからだ。腕時計のGPS反応も犯人の線を強くしていて、どう足掻いても分が悪い。

 

 つまり──自分は退学してしまう。

 

 綾小路清隆と戦うことすら出来ずに。

 相手にされていないどころか認知すらされていない。

 ただの一般生徒として学校から消えて居場所を奪われる。

 そんなことがあっていいのかと。強い怒りを覚えていた。

 

「……八神くん。疑いを晴らしたいのなら何をしたのか全て正直に話すべきよ。あなたは少なからず無人島試験で怪しい動きをしていた。その理由を全て話しなさい」

 

 堀北鈴音が冷静に事情を問い質そうとするが、それももはや聞き入れる余裕はない。

 

「何故だ……こんな、バカなことが……」

 

「バカなのはそっちだよ八神くん。人を怪我させた上に性的なトラブルまで起こそうとするなんてさ。社会不適合者にも程があるよね」

 

「僕は、まだ彼と戦っても……こんな変態扱いで終わって……全く認知されないまま……こんなところで終わるなんて……は、はは……は……! ふざけるな、ふざけるなぁ!」

 

「なんだやる気かよ。だったらいいぜ。ほら、先に殴らせてやるよ変態野郎」

 

 追い詰められた状況に豹変し、喚く八神を見て宝泉が八神をあえて離す。

 雰囲気が変わり、暴力的な気配が漂い始めた。それは事実。八神はもはや暴力で全てを解決することしか頭にない。

 それしか自身の目的を叶える手段は残されていなかった。

 

「ならいいさ。今からアイツをこの手でぶっ殺せば何の問題もない。そうすれば僕はあるべき場所に帰れるんだ! どうせならアイツも道連れにしてやる!」

 

「っ!」

 

 強硬手段に出ようと宝泉の身体に拳を打ち込む。

 宝泉はその太い腕で八神の攻撃をガードしたが、その威力の高さに驚きを見せ、そしてすぐに好戦的な笑みを浮かべた。

 

「面白え。ナヨナヨしたつまらねぇ奴だと思ってたがこのパンチの重さは普通じゃねぇな。クク、おまえもやりがいがあるじゃねぇか」

 

「止めるんだ、八神! それと宝泉も。ここで喧嘩を起こせば重大なペナルティを与えるぞ!」

 

「僕の邪魔をする奴は全員めちゃくちゃにしてやる。そこの姫野やあの池って奴のようにな」

 

 八神が暴力を振ったことで教師が止めに入ろうとするも、八神は止まる気配を見せず、宝泉もまたそれに応じる気配を見せた。

 そして八神自身が姫野や池を怪我させたことを自白する。八神は宝泉や立ち塞がる教師陣を全員叩きのめそうと異様な気配を見せた。

 だが更なる暴力行為が行われようとしたその時。

 

「──落ち着きなさい。八神拓也くん」

 

「っ、月城……! おまえも僕の邪魔をするつもりか……だったら容赦しない……!」

 

 ここまでずっと状況を見守っていた月城が一歩前に出て八神に落ち着くように促す。

 だが八神は恨みがましい視線を月城に向ける。綾小路に負けた分際で自分の邪魔をするのかと。

 八神にとって月城はそう簡単にいなせる相手ではないが、それでも綾小路をやるためなら月城だってこの手で排除してみせる。

 そう殺気を込めていたが、それを感じ取っても月城は表情を一切変えないし構えたりもしない。

 

「やれやれ……困った子供ですね。何を殺気立っているのか知りませんが、大人として自暴自棄になる子供を放置してはおけません」

 

「ならおまえが僕を制してみるんだな……!」

 

「制する? そんなことはしませんよ。教育と称して大人が子供に暴力を振るうなど昔ならいざ知らず、このご時世許されることではありませんから」

 

 無人島で綾小路を暴力で退学にしようとしたことなどおくびにも出さずに告げる。

 月城は既にこの事態を解決するための手を取っていた。

 

「ですので代わりに……君の保護者に連絡をしておきました。ほら、迎えが来たようですよ」

 

「っ……あ……!」

 

 月城の視線の先。黒塗りの車から出てきたスーツ姿の大人たちを見て八神の表情がまたしても一変する。

 恐怖。怯え。殺気立っていたのが嘘のように萎んで八神はその場に震えながら立ち尽くす。

 教師たちがそれを見てどういうことかと訝しむも。

 

「失礼。八神の保護者の関係者です。八神を迎えに来ました」

 

「は、ですが……」

 

「心配はいりませんよ。彼らが迎えに来ることは復職した坂柳理事長も承知しています。八神拓也は無人島試験で性的なトラブルと生徒への暴力行為によるペナルティで退学。彼もそれを認めているようですしね」

 

「……分かりました」

 

 既に月城はその手筈を整えていた。

 綾小路が関係している紙が証拠として提出され、性的なトラブルの疑いをかけられた時点で八神をこのまま表に置いておくことは出来ないと。

 月城は遠くで同じように震えている天沢の姿も視界に捉えていたが、そちらも手を出してこないのであれば放置でいいと判断する。大人たちの姿を見て八神を庇おうと出てくることは出来なかった。

 

「では行きましょうか、八神拓也くん。安心してください。私もちょうど職を解任されたばかりですし、途中までは、付き添いますよ」

 

「あ……あ……」

 

 そうして八神拓也は月城と複数の大人たちに囲まれながら車に乗り込んだ。

 

「チッ……もう終わりかよ。つまらねぇな」

 

 宝泉が舌打ちをしながら1年Dクラスのバスへと歩いていく。

 多くの生徒は遠巻きに何が起こったのか理解は出来ずとも、八神拓也が学校を去ったことを知った。

 

「はーあ。よく分からないけどこれで不審者も学校から消えて安心だね、鈴音ちゃん」

 

「そう、ね……」

 

 そして同様に事態に関わった者たちも全てを理解出来てはいなかった。

 

 

 

 

 

 豪華客船でのクルージングが終わり、学校に戻った後。

 私はある人物を相手に今回の騒動のおさらいをしていた。

 

「いやー……まさかあんな早く終わっちゃうなんてね。本当はもうちょっと審議とかで粘られた時のために色々用意してたんだけどな」

 

『八神が最終的には自爆したとはいえ、そこに持っていけたのは南雲先輩のおかげです。ありがとうございます』

 

 自室で通話を繋ぎながら私は石上くんのお礼を受け取る。

 石上くんからは以前から1年生の間で火遊びを続ける八神くんを退学させてほしいってお願いはされていた。

 ただ無人島でそれが出来ればベストだけどさすがに難しいから今は様子見するつもり……だったんだけどね。思わぬところで収穫があった。

 

「なんでみんな腕時計壊せば安心だって思い込むのやら……おまけにアイドルの寝てるところに忍び込むなんて気づくに決まってるじゃんねー」

 

『学校側が調べるまでもなく、スタート地点に態々腕時計を交換しにくる生徒とGPSの反応を見張っていれば絞り込みは難しくはない。慧眼でしたね』

 

「やってることは単純なんだけどなぁ。ただスタート地点に生徒を置いといて腕時計を交換しにきた生徒とその時刻を記録させただけだし」

 

 八神くんを嵌めようとしたわけじゃないけど、犯人が八神くんだと絞り込めた理由の1つはそれだ。

 私が天沢ちゃんとか他の暴力を振るってくる生徒の対策として、スタート地点には常に誰か生徒を置いておいて腕時計を交換しにくる生徒を紙とペンで記録させていた。

 腕時計を壊す生徒はそれほど多くない。事故で壊してしまう生徒は少なく、大体は意図的に壊してる。

 Aクラスではバレないようにローテーションで(渡辺くんとかね)見張らせてたし、カモフラージュのために1年Aクラスの生徒にも石上くんを通じて協力を要請していた。

 更に石上くんのグループは1時間に1回どころか30分起きにGPSサーチを使わせていたため、6日目からはほぼ全ての生徒の動向を把握してたんだよね。

 何日目に腕時計を壊していつ交換しに来たかとGPSサーチの結果。それを照らし合わせればある程度、どこで何をしていたかは理解できる。腕時計を壊していた生徒の中で怪しい生徒は天沢ちゃんと八神くんくらいだったからね。七瀬ちゃんは違うみたいだったし、宝泉くんとか宇都宮くんとかこっちの手の者は除外されるし。

 そして断定できれば後は嵌める準備をするだけ。

 

「鈴音ちゃんに伝えるために荷物に紛れ込ませるのもちょっと杜撰だったよね」

 

『破り捨てられた紙は南雲先輩が書いた偽物……本物の紙は保存していたということでしたか』

 

「分かってれば簡単だよねー」

 

 それと鈴音ちゃんの荷物に八神くんが忍び込ませたあの紙は、私が普通に回収しておいた。

 誰かがテントに近づいたことは気付いたからね。寝た振りをして離れていったところで私は鈴音ちゃんの荷物からその紙を発見し、すぐに石上くんに確認した。

 相手が誰であろうと怪しいことには変わりない。男子が相手ならこれで疑いをかけることが出来るし、念の為、私が筆跡を真似て同じ内容の紙を鈴音ちゃん宛に仕込んでおいた。

 後で証拠を隠滅されないようにね。あの様子だと八神くんはそもそも気づかれるために渡したみたいだけどいやいや、女子のテントに夜中に腕時計を壊した上で忍び込んでくるなんて性的なトラブルの疑いをかけてくださいって言ってるようなものじゃん。

 天沢ちゃんが破り捨ててなきゃどうしてたんだろう。まあ結局私が保管してたから意味ないんだけど、あれは迂闊だよね。舐めてるというか明確な隙だったので突かせてもらった。

 

 そしてその後は訴えと共に証拠を学校側に提出しつつ、一応鈴音ちゃんから他に有益な情報がないか改めて確認し、八神くんから事情を聞き出すためにとあの場をセッティングしてみせた。

 鈴音ちゃん的にはもっと色々と情報を聞き出したかっただろうし、私としてももう少し聞きたいことはあったんだけどね。

 ただ証拠を提出して訴えを出した時点で月城理事長がしゃしゃり出てきたし、意外に早く八神くんは退学することになった。

 なんか最後も八神くん、錯乱してたし……あんな怪しい挙動してたらそりゃそうなるよね。一応ボディーガードとしてDクラスの生徒を退学させたのは八神くんだよって教えた上で宝泉くんにも同席してもらってたけど月城理事長代理が動いてなかったら本当に喧嘩が始まってただろう。

 月城理事長代理があの場にいたことは結果的に早々に八神くんを退学させる結果に繋がった。色々と事情もあるようだったね。おそらくは表沙汰にしたくはないんだろう。月城さんは八神くんに言い訳すら許さなかった。

 それも気にはなるものの……もう月城理事長代理も八神くんもいなくなった以上は調べようもない。

 

「本当はユキちゃんたちを傷つけた代償としてもっと苦しんでもらおうと思ってたんだけど……ま、退学したしいっか」

 

『流石です。やはり先輩に頼んで正解でした』

 

「褒めても何もでないよー。それよりも……綾小路くんのこと、教えてもらえたりする?」

 

 まあ勝手に自爆した不審者のことはもうどうだっていい。

 それよりも私の興味は綾小路くんのことだ。

 

「何か知ってるなら教えてほしいんだけど……何かない?」

 

『…………そうですね。俺が教えられるのは1つだけです』

 

「何かな?」

 

 教えられること、と来たか。なら知っているには知っているんだね。

 私としてはその情報も報酬みたいなものだ。石上くんも理解した上で教えてくれてるんだろう。その続きにも期待できる。

 

『ただ1つ約束してください。俺から情報を得たことに関して、誰にも漏らさないと』

 

「それはもちろん。約束するよ」

 

 石上くんからは私を評価してくれてるのを感じる。

 だからかそう約束してみればすぐに携帯の向こうから頷く声が届いた。

 

『分かりました。信用します。でしたら……七瀬翼のことを調べてみてください』

 

「七瀬ちゃんかぁ……やっぱり何か関係あるんだね?」

 

『ええ。南雲先輩であればいずれ辿り着けるかと。それとこれからも協力させてください』

 

 石上くんからは更にそんな申し出まで飛び出してくる。

 やーっぱり評価されてるし、友好的に接しようという意思を感じるんだよね。

 何となくだけど……味方に引き入れたいって感じかな? 

 

「ならこれからも良いお付き合いをしようね。八神くんもいなくなったし、これで1年生は平和になったかな」

 

『はい。これからもどうぞよろしくお願い致します』

 

 ……ま、持ちつ持たれつだね。

 利用するし利用される。大人の社会っていうのは相互利益が基本。

 互いに利益を得る関係性を築くことで強固な繋がりを保つ。

 なのでこれからも1年生にはしっかり働いてもらおうかな。2学期からはまた他のクラスがAクラスをとことん狙ってくるだろうしね。

 

「なんだったらデートでもする? 石上くんにも結構頑張ってもらったし、それくらいの報酬は上げてもいいけど?」

 

『いえ、今は遠慮しておきます。繋がりは出来るだけ隠しておきたいので』

 

「フラれちゃったかー。ま、でもそれもそうだね。ならしばらくはこの画面越しの関係を楽しもうか」

 

『ええ。今日も対局お願いします』

 

 そうして私と石上くんは恒例のネット対局を行いながらお喋りに興じる。

 もしかしたら私に恋愛的に興味があるのかと思ってデートのお誘いしてみたけどこの感じはかなりフラットだね。

 ただ今はって言ってるからもしかしたらそういう気も0ではないのかもしれないね。中々に面白い。綾小路くんほどじゃないにしても候補の1人ではあるかな──私の10年後、20年後の恋人のね。

 

 いずれはそこも私の成長のためにクリアしていく必要がある。

 ただ少なくとも今は……まだ誰とも付き合う気はない。それを改めて理解し、私は今年の夏休みも忙しく過ごしていくのだった。




今回はここまで。これで夏休み編は終了です。次回からは満場一致特別試験編です。主にAクラスとDクラスの話。お楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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