「ちっちゃくなっちゃった」「器が?」「殴るわよ」 作:長串望
※捏造、ご都合主義、謎時空、その他諸々があります。
※年齢変化を含みます。
※百合要素を含みます。
ミオリネ・レンブランがちっちゃくなっちゃったのは昨夜未明のことと思われた。
具体的には深夜零時ごろに最後の通信記録が残っており、その通信相手であったスレッタ・マーキュリーもその時点での異常は把握していなかった。
一夜明けて、いつまでも朝食に出てこないミオリネを起こしに来たスレッタがその第一発見者であった。
発見者スレッタ・マーキュリーの第一声はこうであった。
「お、おはようございえっ、あれっ、あの、えっ
……………………ち、ちっちゃくなっちゃった」
ちっちゃくなっちゃったのだった。
その日の朝、ミオリネ・レンブランはちっちゃくなっちゃったのだった。
三回言えば大抵のことは正しいので、ミオリネがちっちゃくなっちゃったことはもう疑いようもない事実であった。
シーツにくるまれて発見されたミオリネは、ほとんど児童に見えた。
利発そうな顔立ちで、その目には知性の光が見えなくもないが、折れそうなほどに華奢な手足と言い、傾ければそのまま転がり落ちそうな丸っこい頭のアンバランスと言い、年齢二桁になるかどうかという未熟さを思わせた。
「え、ええと、あの、み、ミオリネさん、ですよね? ち、違ったらごめんなさい、えっ、でも違ったら誰……でもかわいしミオリネさん……?」
「あ、あう……なに……なん、ですか……?」
スレッタは動揺し、錯乱しかけたものの、それ以上に困惑するミオリネ(小)に冷静さを取り戻し、無事女子児童保護を成し遂げたのであった。
それはそれとして、服が大きすぎて合わなかったミオリネ(小)をシーツで包んで抱き上げて出てきたところ、チュアチュリー・パンランチによりロリコンの誘拐犯扱いされかけるも、些事であった。
「大丈夫、だからね。なんとか、してあげるから」
「う、ん……」
いくらかの騒動の後、このミオリネ(小)が確かにミオリネ・レンブランその人であろうこと、そしてその内面は外見相応に幼いころの彼女に戻ってしまっているだろうということが確認されていた。
小さなミオリネは、地球寮の有志から貸し出された衣服を調整して、何とかみられる格好に落ち着いていたが、しかしその心は全く落ち着かないようで、スレッタの膝の上で居心地悪そうにしていた。
「しっかし、子どもになるって……」
「何かの冗談、じゃないですよねえ……」
口々に疑問を呈しながら見つめられて、ミオリネはおびえたように縮こまった。
視線から隠れるように、スレッタの胸元に縋り付きさえした。
そのちいさな指先に、スレッタの庇護欲は刺激されたようだった。
一人っ子である彼女はいまこの瞬間、おねえちゃんであった。
「きっとなんとかなるから、ね」
「おねえちゃん……」
「私がお姉ちゃん、です!」
実際にそう呼ばれて、スレッタは完全にお姉ちゃんであった。
誰かに頼られるということはスレッタの自己肯定感を強く刺激したし、それが小さな子供からというのはスレッタに全く未経験の奇妙な効用をもたらしていた。
ましてや、彼女はミオリネなのである。
日頃はつんけんとしながらも、スレッタを信頼し、たまには弱さも見せてくれる、あのミオリネなのである。ちょっとおっかなく感じるあの冷たさと気の強さがなくなり、自分をただ一つの頼りとすなおにすがってくるのである。
スレッタの脳のなんかの蛇口が壊れてじゃばじゃばと妙な脳内麻薬があふれるのも致し方のないことであった。
「それにしても、病気……ってわけじゃないよね」
「いろいろ恨みは買っててもおかしくねえし、毒でも……うおっ、ジョークだよジョーク! 睨むなって」
「ミオリネさんが怖がること、言わないでください!」
原因究明は必要だったが、当人がこの調子では碌な情報も出て気はしないだろう。
最後に連絡を取っていたスレッタも、いつも通りの様子であったようにしか思えなかった。
なにかがあったとすれば、夜の間ではあるのだが、監視カメラも個室内まではチェックしていない。
「……スレッタおねえちゃん……」
「どうしたの、ミオリネ?」
見上げてくるミオリネに、精一杯の余裕を見せて優しく撫でてやるスレッタ。
それに返ってきた返事は、くう、と小さく響く音だった。
「………っ」
「あ、あー、おなか、減ったよね!」
「スレッタ、あーしたちは手掛かり探してくっから、あんたは面倒見ときな」
「は、はい!」
間隙を縫うかのように響いてしまった腹の音に、奇妙な現状に対する緊張の糸は、ぷつんと切れてしまったようだった。
地球寮の一同は、原因究明のため、またそれぞれの一日を過ごすために去っていき、残されたのはスレッタとミオリネだけだった。
「じゃ、じゃあ、ご飯にしよっか」
「……ん……」
「ええと……自分で食べられる?」
「……たべられる………………っ………」
膝に乗せたままスプーンを握らせようとして見たが、ミオリネの小さなおててに、スプーンは大きすぎて、重すぎたようだった。
すくおうとした手つきはふるふると震えていて、とても口元まで運べそうにない。
「その……お、おねえちゃん、ミオリネに食べさせてあげたいな!」
「………へんなの」
「ぐふっ」
「………ん」
幼い自尊心を傷つけないように、と言い出してみたら、胡乱気に見られてしまった。
しかしそれでもスプーンを渡してもらって、スレッタはいつもより気持ち小さめに掬い取って、ミオリネの小さな口に運んでやった。
誰かにものを食べさせるという経験は、これもはじめてのことだった。
膝の上の暖かさも、グニャグニャと不安になる重さも、少し力を込めれば壊してしまいそうな柔らかさも。
不安を隠せないでいるミオリネ以上に、あるいはスレッタもまたおそれていたかもしれない。この小さな命をどう扱えばいいのか、緊張が続いていたかもしれない。
「あ、む」
「……食べてくれた……」
「…………おねえちゃん、つぎ……」
「え、あ、ご、ごめんね!」
けれど、なにを疑うこともなく差し出したスプーンを受け入れてくれたミオリネに、スレッタの胸の中にあふれてくるものがあった。それは暖かさな嬉しさであり、震える驚きであり、奇妙に満たされる心地よい喜びだった。
「……にんじんきらい……」
「好き嫌いすると、大きくなれないよ」
「……おねえちゃんは、きらいなものないの……?」
「た、たぶん、ないかな……水星では好き嫌いなんて言えなかったし」
そもそも水星軌道基地では、食べられるものというのは限られていた。
ミオリネの温室のような、贅沢な栽培環境など望むべくもない。
人間でさえ、安心して過ごすことのできない環境で、安定した農耕などはできない。
「あ、でも、トマトは好きだよ」
「トマト?」
「そう。トマト。柔らかくて、水気たっぷりで、甘酸っぱくて……まるでミオリネさんみたい」
「わたし?」
「うん、そう。こんなにおいしいものがあるんだって、はじめて知ったんだ」
よく熟れた、真っ赤な果実。
ミオリネからすれば、それは深い意味もなかったのかもしれない。
たくさん実った果実の、そのひとつに過ぎなかったかもしれない。
それでも、それはスレッタにとって生まれて初めて食べる味だった。
生まれて初めて与えられた、生まれて初めての母からではないご褒美だった。
その果実の味は、スレッタのすべてを変えた。変えてしまった。
あの日よりも前の味覚を、スレッタはうまく思い出すことができない。
「あとで、温室を見に行こうか。トマトのお世話、お姉ちゃんがしてるんだよ」
「うん……行く……」
結局、ミオリネがちっちゃくなった事件は、翌朝にはまるで最初からなかったかのようにすっかり元通りに収まってしまった。
ミオリネは一日飛んでしまったカレンダーを忌々しげににらんで、顔をしかめながらたまった仕事をこなし、そしてさも当然のような顔でスレッタのハグを求め、株式会社ガンダムはまたいつも通りの日々に戻るのだった。
なお。
どういう手段か一連の騒動の情報を入手していたグラスレー寮シャディク・ゼネリは、らしくもなくひとしきり笑った後、寂しげにこうひとりごちたという。
「ミオリネの性格は昔もそう変わりはしなかったよ」
株式会社ガンダム代表取締役社長ミオリネ・レンブランはこの件に関して黙秘を貫いている。