安らぎを感じるような暗闇の中、僕は立って······いや、浮かんでいた。まるで無重力空間にいるかのように、ゆったりと。またふわふわと。
どこが上で、どこが下か。心地よくも気持ち悪くも感じられる。そんな空間を漂っていると、視界が光に包まれる。
光が収まって、まだチカチカする目を開くと、いつの間にか僕はごつごつした山肌に立っていた。
(ふむ。ここはどこなのだろう? ······体が動かない。まるで金縛りにあったようだね)
楽観的な声を出そうとするが、僕の声は音として発せられることはなかった。
冷静に思考して周囲に目を向けると、正面には、太陽のような輝きを発する剣を持った紅髪の少年と、その対を成すかのように、純白の絹を思わせる杖を持った白いローブの女性。黄昏時を連想させる剣の男や、美しい翼を持った白銀の吸血姫。水色の髪の双子姉妹などを先頭として、大勢の騎士や魔道士達が整列していた。
(······人数からして、山に現れた強力な魔物を討伐しに来た軍ってところかな)
簡単に分析していると先頭の剣士二人が先陣を切り、それを援護するように後方からいくつもの魔術で弾幕が展開された。
すると、彼達の位置に合わせてまるでゲーム画面のカメラが回転するように視界が旋回し、後方を映し出した。
そうして目にしたのは、罪を込めた様な黒く濁った鱗がびっしりと全身を覆った黒竜。その姿に、僕はどこか懐かしさを感じた。
(不思議だな。本来なら恐ろしく感じるはずなのに、あの竜にはどこか安心感を覚える)
不思議な感覚に困惑していると、空気が弾ける音と共に黒竜の片翼に大きなつららが突き刺さる。
瞬間、剣士達が軽やかな足取りで黒竜に接近し、紅髪の剣士が竜の背に剣を振り下ろす。
斬撃が命中する寸前、黒竜がつららのお返しとばかりに、砲弾のようなブレスを放つ。
(あの弾······飛びながら内部で対消滅を繰り返しているように見える)
直感的にそう思った僕は、軍隊の方へ意識を向け、後ろを振り向く。
そちらでは魔道士達が自身を守るためのバリアを張り、白ローブの女性が展開した全体を覆うバリアであの砲弾を受けきる構えを整えていた。
そして弾着と共に数秒間の閃光が視界を塗りつぶし、爆音が肌を震わせた。
視界が晴れると、着弾地点と思われる位置で隊列を組んでいた騎士や魔道士達はほとんど壊滅し、先頭にいた数名だけが残っていた。
(生き残ったのは相当な手練れだけなのだろうね。······さて、それにしても僕はいつまでこんな状態なんだろう?)
瞬間、黒竜が咆哮し、それに共振するかのようにじわじわと脳を痛みが襲う。
痛い、痛い、痛い。
気を失う程の激痛というわけではないが、無視して他のことに思考を割ける程の弱いものでもない。それはまるで、手慣れた者による拷問のようにも感じた。
ボスッ
突然頭を叩かれた衝撃により、僕は目を覚ます。
先程まで感じていた頭痛は元々無かったかのように消え失せていた。
「ようやっとお目覚めかい? 館長さんよォ」
声の方に目を向けると、そこにはいつものように執事服を着崩した青年が、僕を叩くのに使ったであろう本を片手に僕を見下ろしていた。
「ああ、すまないハイド。······もしかして来客を待たせてしまっているのか?」
懐中時計で時間を確認しながら起き上がり、館内を見回してみる。
ぱっと見た感じでは誰もいないように思えるが、もし誰かしら来客が来ているなら謝らなければと考えて僕はハイドに確認を取る。
「いンや、ただ変な夢見てるっぽかったから文字通り叩き起こしただけだが? ま、迷惑だったんなら二度寝でもしてくれや。次は放っとくから」
「ははっ、君らしいね。まあ普段はともかく今回ばかりは助かったよ。······なんでか自力で起きられなくてね」
「そうかい。とりあえず俺が豆を挽いて淹れたコーヒーと、弟妹用に姉貴が買ってきた産直牛乳を混ぜてカフェオレ作ったから飲みな」
厨房に繋がる扉からハイドが持ってきたカフェオレを促されるまま口に運ぶ。
「······うん、十分に美味しいね。僕的にはもう少しコーヒー寄りでも良いが、これはこれで十分好みだよ」
「お······おう。サンキュー」
僕がここまで良い反応を返すと思っていなかったのか、少し恥ずかしそうに答えを返してくるハイド。
普段から彼にこういうことを言うのは姉くらいしかいないため、誉められ慣れていないのだろう。などと考えていると、ハイドが思い出したように口を開く。
「あと言い忘れてたが、さっき姉貴から連絡があって、買い物に付き合うことになった。······多分二、三時間程度で戻れると思うんだが······」
「ん、承知した。······もう来客もないだろうし、買い物ついでにその本をいつもの所に渡してきてくれ。今日はそれで業務終了でいい」
「······悪い。代わりに何か良いもん見つけたら買って来る。······ありがとな」
ハイドは自分のカフェオレを一口で片付け、本を片手にそそくさと図書館から出ていった。
······相変わらずハイドは姉絡みだと動きが早くなるなと心の中で微笑む。
「さて、次はどれを読もうか」
呟いて、何冊もの本を机に積んでいく。
結果的に机の半分が埋まるまで積んだ本たちは、椅子に座ると視界が塞がるほどになってしまったが、僕は集中している時は周りをほとんど遮断するタイプなのでこのくらいは誤差だ。
カフェオレを一口飲んで、ほぅと息をつく。
「さて、のんびりと一人の時間を楽しむとしようか」
誰に対して言うでもない独り言は吹き抜けに吸い込まれ、そして僕は本に込められた物語へと意識を集中させた。