泡沫の夢:リテイク   作:ただのおーとりかぶと

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夢ー2

 

『これは、あの夜の記憶』

 

 頭に声が響く。

 月明かりに照らされた海沿いの道路で、僕と彼女······チユが歩いていた。

 彼女は僕の数歩先をスキップしながら進み、僕はその数歩後ろをゆっくりと歩いている。

 そうして、信号が青に変わった閑静な横断歩道を彼女がスキップのまま渡って行き、半分ほどのところでこちらへ振り返る。

 僕も彼女を追って横断歩道に入り、僕らの間を目にも留まらぬ速さのバイクが通り抜け、その後ろからトラックが迫ってくる。

 次の瞬間には、僕が彼女を抱き起こしていた。

 

(ああ、そうか。あの時、彼女は事故に遭って亡くなったのか······)

 

 それを理解すると、どこからか悲しみが込み上げ、涙が溢れて来た。

 だが、この現実を受け入れようとしたとき、再び声が響く。

 

『本当にそうだったかい? もう一度、よーくあたりを見てごらん』

 

 声に促されるまま、あたりを見回す。

 視界に入るのは血、血、血。それ以外となるとトラックが突き破っていったガードレールの破片と、血に濡れた懐中時計くらいしか無い。

 

『この夢から覚めるにはあの場所で違いを正せばいいのさ』

(違い? ······!! そうか、真実は······)

 

 

 意識が浮上し目を覚ますと、僕は先程の墓地で倒れていた。

 

「······『答え合わせ』は必要かな?」

「いや、いい。僕なりの『真実』······『答え』は見つけられたから」

 

 そう答えると桔梗は、元からそこに居なかったかのように消えていた。

 

「······よし、行くか!!」

 

 地面を蹴って、僕はあの海沿いの道路へと走り出した。

 最初は信号などに従いながら走っていたが、車どころか人影も見かけないため、途中から気にすらしなくなっていた。

 普段なら人で賑わっているような場所も、今は誰も居ない。まるで元から人が存在しなかったかのように静かな街中を全力のまま駆ける。

 そうして、あの場所にたどり着くと、墓地で見た夢が、一点を除いてそのまま現実になったような状態で、物が散らかっていた。

 

『さあ、間違い探しだ。······最も、君は答えに見当がついているだろうがね』

 

 声が脳裏に響く。

 答えは出ているが念の為、一度状況を確認する。道路には、べっちゃりとこびりつく無数の血痕と飛び散ったガードレールの破片、横たわるボロボロな人形と、それを抱えたもう一つの人形があの事故を再現しているように配置されていた。

 自らの答えに確信を持った僕は、懐中時計を取り出す。

 指し示す時刻は七時二十四分。今朝見たときから針はピクリとも動いておらず、単に壊れたのだろうと思っていたが事故を思い出したことで辻褄が合った。

 なぜなら、あの日の事故も指し示されているおおよそこの時間、七時二十四分に起こっていたのだから。

 

「これが僕の答えだ」

 

 手に持った懐中時計を道路へ放った。

 時計はゆっくりと放物線を描いて道路へと落ちる。

 瞬間、激しい頭痛と共にあの日の記憶がフラッシュバックし、僕の視界が暗く変わる。

 まるでテレビの電源を消したように、ぷつんと途切れた意識の中『ピッ···ピッ···ピッ』と規則的な電子音が響き、浮上する感覚。

 

「ここは······?」

 

 うっすらと目を開き周りを見回すと、見慣れない部屋のベッドに寝かされていた。

 そこは内装から病院であるという結論に行き着き、事故の結果入院することになったのだろうという考えに至った。

 ······どうやらあの夢から覚めることができたらしい。

 同時に病室のドアが開き、看護師の人と共に彼女が入ってきた。

 

「ち······ゆ?」

 

 ベッド脇の椅子に座った彼女に声を掛ける。寝起きなためか出たのは弱々しいかすれ声だったが、彼女の耳にはしっかり届いたようだ。

 彼女は僕が起きているとは思っていなかったのか、僕の顔を見た途端、目尻に涙を浮かべた。

 

「おは······よう」

 

 看護師の人に手助けされて僕は起き上がり、彼女と向き合う。

 

「おはようって······もうこんにちはの時間だよ」

 

 涙を拭った彼女は、手提げから出した何かを僕の方へ差し出した。

 

「これ、勝手に預かってたものだけど返すね」

 

 やけに手に馴染むそれを受け取り、盤面に目を落とす。

 ピッタリと七時二十四分で止まっていたはずの針はカチカチと時を刻み、二時半を指していた。

 

「修理は初めてだったから、うまく直るか不安だったけど······動くようにはなったから持ってきたんだ」

「そう······なのか? てっきり時計屋に持って行って修理に出したのかと思ったよ」

 

 そう答えると、彼女は少し考えるふうな動きをして、再び口を開いた。

 

「······言ってなかったっけ? お母さんの方のおじいちゃんが時計技師なの。······ちなみに、その時計は昔おじいちゃんが私に教材代わりにくれた物で、私の思い出の品でもあるんだ~」

 

 懐かしむような表情を浮かべ、彼女は言った。

 確かに彼女の祖父母について聞いたことはなかったなとそんなことを思う。

 

「······そんな大事なものを僕にくれて良かったのか?」

「もちろん、駄目だったら渡してないよ〜。それに······えっと、ゲンくんとならずっと一緒にいられそうだと思ったから『二人の』思い出の品にしちゃえ! って思ったの」

 

 いつものようににぱ〜っとしているが、どこか強張ったような表情で、チユは答えた。

 だが内容が内容だからか、チユの顔は少し赤くなっている。

 ······彼女の告白に対し、僕はしっかり向き合おうと決めて答えを返す。

 

「······そうだな、俺もチユとずっと一緒にいられたらって思う」

「それじゃあ············」

 

 彼女の顔から強張りがなくなり、より明るい表情で何か言おうと口を開く。

 瞬間、コンコンと扉の方からノックの音が室内に響き、僕達の目線はいつの間にかそこにいた男に向けられる。

 男は胸元にネームプレートを下げていることから、この病院にいる医師なのだろうと思う。

 

「いい雰囲気を邪魔してしまい大変申し訳ないですが、鈴村現くん。君の状態を確認するため、簡単な診察を行います。なるべく早く終わらせるので、協力して貰えれば助かります」

 

 ベッド脇まで来た医師は僕に簡単な触診と聴診を終わらせると、一息置いて診断の結果を告げる。

 

「今調べた感じ、君の体には何一つ異常が見られませんでした。なので、明日のリハビリの結果次第で退院です」

 

 

「······それでは、面会時間はまだありますのでゆっくりしていってください」

 

 簡単に一礼して、医師はそそくさと病室から出ていった。

 

「······本当にあんな診察で判断していいのか······?」

「ちょっと不安だよね······でも、運び込まれた時のしっかりした診察で『大した怪我はないから大丈夫』って言われてたし······明日退院できるならそれでいいんじゃない?」

「······それもそうだな」

 

 しっかりした診断で『大丈夫』と判断されているなら、不安に思っても仕方がない。

 だから、あんな診察でも問題ないほどに僕は健康体なのだろうと、そう考えることにして彼女の方に目を向ける。

 瞬間、ピコンと彼女のスマホから通知音が鳴った。

 

「あっ」

「どうしたんだ?」

 

 僕が聞くと、彼女は申し訳無さそうな顔で理由を答える。

 

「······ごめん、ゲンくん。もっと話したいんだけど、私この後バイト入ってたんだ。

 ······だから明日、退院祝いにデートしよっ! ゲンくんが良ければ······だけど」

「分かった、退院できたら二人でデートに行こう。プランは任せていいかな?」

「もちろん、最高のプランを考えとくね!それじゃ、また明日!!」

 

 チユは今にもスキップを始めそうなほどの様子で病室から出ていった。

 

「······しっかりと退院するためにも、しっかり寝よう」

 

 そうして、僕はまだ眠る。

 リハビリを終えて、今までのように友と過ごすいつもの日常を、夢見ながら············

 

 

「ふむ。彼は捕われていた夢の牢獄で懐中時計が鍵であると気づいて無事に抜け出せた······ということか」

 

 本を閉じ、机の空きに置く。

 

「だが······記憶違いか前に読んだときと結末が違う気がするな」

 

 ······この図書館の蔵書数は相当だし、他に同じようなものもあったのだろう。

 

「さて、次は何を······」

 

 読もうかな。そう口にしようとしたとき、来客を知らせる水晶が光を放つ。

 カチャン。いくつもある扉のうちひとつが薄く開き、その先の暗闇に室内の光が入る。

 

「ほう······来客か。珍しいこともあるものだね」

 

 扉が開かれ、来客の少女が図書館に足を踏み入れる。

 少女は図書館の真ん中付近で立ち止まり、吹き抜けに目を奪われているようだ。

 久方ぶりの来客に、心を躍らせながら歓迎の意を込めて、館長としての定型文を用いて彼女に声をかける。

 

「ようこそ、僕の······僕達の図書館へ。君はどんな物語をお探しかな?」

 

 ······こうして世界は巡り行く。

 それは遥か過去か、それとも未来か。あるいは『もしも』の平行世界か。それは僕にもわからない。なぜならこの無限の図書館を管理する僕でさえ、この世界の部品にすぎないから。

 だけど、ひとつだけ確実なことがある。それは僕達がこの世界で、この『今』を生きていること。それだけは絶対に否定しようのない事実なのだから··················

 

 

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