トレーナーをお姫様抱っこして踊りたいだけの悪戯っ子アルダン

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ウマ娘パワーで男性トレーナーを姫抱きした全員の反応が見たいマン


トレーナーを姫抱きしたいが硝子の足で怖がられてしまうメジロアルダンの事情

 ここ最近、どうにも落ち着かない。

 

 今日のタスクをこなさなければならないのに、デスクに座っていながら視線は別のほうへ行きがちだ。

 

 

 

「……アルダンはまだ来てないな……?」

 

 

 

 自分の担当ウマ娘、メジロアルダンがトレーナー室にいないことを確認する。

 

 ここにはトレーナー以外まだ誰もいない。なのにこれほどドアの方を注視してしまうのか。

 

 お淑やかで礼儀正しいアルダンは入室時のノックを欠かさない。異性同士のコンビでありながら、これまで何ら気負わずに来れたというのに。

 

 最近ではその異性に対する距離感が壊れ始めた。トレーナー人生において、今までにない大事件に見舞われている。

 

 

 

「わっ!」

 

「うわっ!?」

 

 

 

 デスクの下、真横から透き通った声が響き、ぴょんっと浅葱色の耳が跳ねてきた。

 

 子供のような悪戯をしてきたのはメジロアルダンだった。

 

 こちらは不意を突かれて椅子に座ったまま凍りついてしまった。

 

 しまった、と自分の足が浮いていることに気づき、慌てて下ろそうとしたが遅かった。

 

 アルダンは心底嬉しげに膝立ちになり、スッと背中と太ももへ手を差し入れてきた。

 

 

 

「アルダン!?」

 

「ふふっ お忍び大成功です

 それでは失礼いたします」

 

「ま、また!? 君は足が……!」

 

 

 

 制止をかけようとアルダンの肩を押しやったが既に距離が近すぎて、いとも簡単に抱え上げられてしまった。

 

 しっかりと抱き抱えられ、揺れることなく視界に天井が映る。アルダンの長い髪に香る匂いと、彼女の慈愛の眼差しも共に。

 

 大の男をお姫様抱っこしてアルダンは立ち上がった。年下の少女であってもウマ娘の力があれば、軽々と持ち上げることができてしまう。

 

 当の本人は疲れを一切見せずにニコニコ顔ではしゃいでいる。普段見せない、子供のような笑顔だ。

 

 

 

「捕まえました、トレーナーさん

 緊張した面持ちでいらしたので、私の悪戯などとうに知られているのではないかと

 貴方の瞳に見つからないよう、そろーりそろーりと……ここまで忍ぶのは大変でした

 ゆーらゆら……ふふっ……この一時の為に辛抱していたのです」

 

「お、踊らないでくれ……足に負担かかるから早く降ろすんだ」

 

「お気遣いありがとうございます

 しかしトレーナーさん お言葉ですが普段のトレーニングはこの比ではないことはご存知でしょう?

 どうかもうしばし、私の遊戯にお付き合いくださいませ」

 

「いくら君の希望でもこれは了承できない」

 

 

 

 毅然と叱りつけておく。年下の女性に抱かれたままでは滑稽に見られるが、この珍事を甘やかしてはならない。

 

 仰ぐように担当のウマ娘を見上げると、アルダンは静かに見つめ返してくる。

 

 抱えられている今、暴れたりすればアルダンに怪我をさせてしまうかもしれない。ここは彼女に折れてもらいたい。

 

 無言で見つめ合っているとアルダンが次第に顔を寄せてくる。何をするのかと思えば額を俺の頬に擦りつけてきた。

 

 

 

「トレーナーさん、それは私を慮ってのお言葉でしょうか?

 それとも、ご自身が恥ずかしいから……?」

 

「恥ずかしい以上に、君を怪我させたくないんだ

 本気で怒るぞ?」

 

「――

 トレーナーさん、私の鼻先でそうも顔を真っ赤にされて……

 ……癖になってしまいます」

 

「あ、アルダン!」

 

「すみません、確かにこれは……普段のトレーナーさんには到底似つかわしくない痴態でありましょう

 ですがご心配には及びません、二人きりの時にだけすると決めておりますので

 凛々しいトレーナーさんの、私だけが知る秘密ですから」

 

「……君だから見られたくないんだ」

 

「もう……そう恥ずかしがられると、魔が差してしまいます

 私には、ありのままのトレーナーさんの素顔を見せていただきたいのです」

 

「いつの間に、こんな悪い子になってしまったんだ……」

 

「はい、悪い子になってしまいました」

 

 

 

 細い腕に抱えられている危うい浮遊感。自分の全体重を抱えているのがアルダンだと知ると肝が冷える。

 

 ウマ娘と人間の差。アルダンと同い年の人間に、このようなパワフルな振る舞いができるだろうか。

 

 ウマ娘であるメジロアルダンは生まれつき体が弱く、不調を繰り返してデビューが遅れていた。

 

 硝子の足と称していた当時から3年が経ち、URAを終えた今では体調不良で休むことは稀になった。

 

 かといって油断などできない身の上。硝子は落とせば砕け散ってしまう。アルダンは今日までの一瞬一瞬を大事にトレーニングに励んでいたのだ。

 

 そんな彼女に自分を抱えさせ、万が一足を怪我させたなど想像するだけで背筋が凍る。腕に当たる胸の感触もまた心臓に悪いから。

 

 

 

「アルダン、せめて他の悪戯にしてほしい」

 

「……

 お嫌でしたか?」

 

「……」

 

「トレーナーさんがおっしゃりたいことは理解しております

 ……私の……この頼りない体では

 脆く崩れやすい手足では、恐ろしく感じてしまいますか?

 安心感や安らぎを差し上げることは叶いませんか?」

 

「気を悪くしないでほしい

 傍にいてくれるだけで十分だから」

 

「……わかりました

 トレーナーさんが憂いてしまうことは本望ではありません」

 

「ありがとう、アルダン」

 

「はい

 ではトレーナーさんのご希望通りに

 ゆっくりと降ろしますので、私に捕まってくださいね」

 

「えっ ま、回るなぁー!」

 

 

 

 やっと降ろしてくれるのかと安堵した直後、さらに腕の力を強めたアルダンがクルクルと回り始めた。

 

 憂いと一緒に視界が横に流れ、徐々に下降していく。俺はノリノリで悪さをするアルダンの肩を掴むしかなかった。

 

 自分が振り落とされても良かったが、アルダンを怪我させたくはない。アルダンはそれを分かって踊っているんだ。

 

 アルダンの青い髪が肌に当たってくすぐったい。くるんくるんと妖精が踊り終えて、彼女は床に膝を着いた。

 

 演劇の舞台を連想させる仕草だった。喜劇を踊り切ったアルダンはほんの少し額に汗をかいていた。

 

 

 

「お、怒った」

 

「すみません、何分……怖がって私に縋りつくトレーナーさんがあまりにも可愛らしくて

 そのような瞳を向けられてしまいますと、私の心は簡単に射止められてしまいますもので」

 

「遊び過ぎだよ、君の綺麗な髪が乱れてる」

 

「まぁ……ふふっ 手櫛をしてくださるのですか……?

 はしたなかったですね、私としたことが……汗もにじんでしまって」

 

「そうまでして俺を抱えたいのか?」

 

「はい、以前お伝え申し上げていた通りです

 あれからというもの、トレーナーさんを抱き上げるのを大変気に入りまして

 こんなにも体が高揚し、胸の鼓動が心地よく……そして、トレーナーさんの息吹まで感じられる

 ……思い出しただけで、こそばゆいですね

 どうでしょう、トレーナーさん」

 

「ダメ、その手を下ろして」

 

「あぁ、逃げられてしまいました……つれないお方

 またお忍びで狙いませんと」

 

 

 

 手櫛でアルダンの髪を整えていたのに、彼女の手が上がり始めたから逃げるしかなかった。一度捕まればまた抱えられてしまう。

 

 彼女は甘えたいのか、甘えさせたいのか……からかっているのかわかりづらい。ここ最近のアルダンが見せるお茶目に振り回されている。

 

 自分のトレーナーを抱え上げたい欲求。この珍妙な出来事には経緯があった。

 

 

 

「弁明させていただきますと

 私だけではなく、学園の流行だと聞き及んでおります

 先日行われた、学園の催しが皆さんに好評でしたこと、覚えてませんか?」

 

「ああ……借り物競争ならぬ、トレーナー借り競争だった」

 

「はい、ウマ娘とトレーナーさんの二人組での競技

 専属のトレーナーを持つ生徒は自身のトレーナーを

 まだトレーナーを持たない生徒や、チームに所属する生徒は事前に協力をお願いし

 パートナーを抱えてゴールを目指すレース

 普段トレーナーさんと共に走る機会がなかった分、新鮮な体験ができましたね」

 

 

 

 先日、理事長主催でトレセン学園の大運動会が開かれた。

 

 毎年恒例の催しと違うのは、生徒であるウマ娘のの精神を育むといったお堅い目的ではなく、トレーナーらとの交流を深めるものだった。

 

 多種多様の種目を楽しんだ中、先のアルダンが説明した競技に参加したのだが。

 

 

 

「あ、アルダンさんとトレーナーさんのペアも出るの?

 アルダンさん、頑張ってー! 応援してるよー!」

 

「他には……ライスシャワーさんのトレーナーさん、マヤノちゃんのトレーナーちゃんに……

 あれ、エイシンフラッシュさんのトレーナーまでいるの!?

 イケメン勢揃い! だ、誰を応援すればいいのー!?」

 

「わ、私は……メジロドーベルさんのトレーナーかなぁ……

 一回だけだけど、トレーニング見てくれて、すっごい優しくしてくれたの印象的で……

 ど……ドーベルさんこっち睨んでる? な、何で、あの人男性苦手だったはずじゃ……!」

 

 

 

 その日を振り返ると羞恥心が込みあがってくる。これは俺だけでなく、注目の的になっていた他のトレーナーらも同じことだろう。

 

 相方を抱えて走り切るという、なかなかハードな競技だと聞いて、俺たちトレーナーは担当のウマ娘を姫抱きしていたのだが。

 

 

 

「あの、トレーナーさん……わ、悪い気はしないのですが

 逆なんです」

 

「逆? おんぶのほうがいい?」

 

「そ、そうではなくて……ああ、他のトレーナーの方々も勘違いをされていらっしゃるようで

 トレーナーさん、此度の競争のルールは

 トレーナーさんが私たちを抱えるのではなくて、私たちウマ娘が抱えて走ります」

 

「え」

 

「で、ですので……トレーナーさんは私を降ろしていただいて

 私が……トレーナーさんを……」

 

「抱えて走る気か!?」

 

「うぅ……この期に及んでき、緊張してしまいます……ですが、臆するわけには参りません

 僭越ながら、私にその身を委ねていただけませんか」

 

「あ、アルダン!? 本気で俺を抱えるのか!?

 重いからせめて同じウマ娘の子を」

 

「パートナーと呼べる方は貴方一人です

 それにトレーナーさんが普段から体を鍛えていることは知ってますよ

 これまで私の為に身を粉にして尽くしてくれたお体、何も恥じることなどありません

 さぁ……このまま抱かせてください」

 

「!?」

 

「キャーッ!」

 

 

 

 アルダンの大胆な台詞に観客はさらなる甲高い声を上げ、とても恥ずかしい思いをさせられた。

 

 白くて細い、しなやかな指がジャージ越しに太ももを撫で……裏側に回ると持ち上げられてしまったのだ。

 

 いくら両手を伸ばしても大の男を包むには至らない。しかし彼女は器用な所作を見せつけて、レースの開始位置に歩む。

 

 その道中、羞恥心が高まり担当の子と目を合わせられるわけがなく、女の子に見下ろされることに悶え堪える他ない。

 

 

 

「キャーーッ!!」

 

 

 

 またもや女性の声援と男性トレーナーらからの笑い声が聞こえた。

 

 俺と同じ、羞恥の的になる不憫なトレーナーらがそこにいた。

 

 

 

「あ、あの……お兄さま!

 ライス、ちっちゃいから上手く抱っこできなくて、離れちゃうかもしれないから

 お、お兄さまからライスにくっついてほしいな……ぎゅーって

 そしたら思いっきり走れる気がするから」

 

「ライス、無理してない?

 どこ掴んだら楽?」

 

「む、無理してないよ! このくらいへっちゃら!

 でもね、え、えっと……あのね……く、首とかに手を回してくれると……

 その、お兄さまが私にしてくれた時みたいにね、遠慮しないでいいから

 それとも……や、やっぱり恥ずかしいのかな?」

 

「流石にね」

 

「あぁ……そうだよね……ライス、ダメダメだからお兄さまを抱えるなんて似合わないよね

 私知ってたのに……ライスが言うの遅くて……ごめんなさい

 それにライスと一緒だと……もしかしたら、転んじゃうかもしれない

 や、辞める? 今なら棄権できるから」

 

「辞めない

 ライスが良ければ、二人で勝ちたいんだ

 重いけど、頑張ってくれる?」

 

「あ……! うん! 私もこのまま走ってみたい!

 お、お兄さまだけは守ってみせるよ!?」

 

 

 

 小柄なライスシャワーが、お兄さまと慕う彼を丁寧に抱えて喜ぶ、その隣では。

 

 

「sich wohl fühlen 1ミリも違わず適合しています

 この姿勢を維持すれば最大限のパフォーマンスを発揮できるでしょう

 感触からしてトレーナーさんの筋肉も強張っていない、相性は良いと捉えて良いでしょう」

 

「君を抱えて走りたかったのに……」

 

「まだ言ってるのですか……しっかりしてください

 ウマ娘が走る競技ですから、元より私がトレーナーさんを抱えて走ると決めていました

 ここで役割を変えれば勝利はおろか最下位は必至です

 トレーナーさんの意欲は私が引継ぎ、見事勝利を届けてみせますのでご安心を」

 

「そうじゃないんだ、フラッシュ

 ただ君をお姫様のように抱える良い口実だったから」

 

「お、お姫様……

 急に何を、おかしなことを言ってとぼけないでください

 勝負事、競争なら尚の事、1着を目指して然るべきです」

 

「勿論勝つつもりだよ

 でも、それ以上に君との楽しい思い出は1着に勝るから

 君にかっこつけるチャンス、逃しちゃったな」

 

「……

 私だって、楽しみにしていたんです、この競技……この配役も

 ……そうおっしゃるのなら、勝つことより楽しむことを優先しますか?」

 

「君が笑っているところを真近で見れるのなら、そうしたい」

 

「では、あと5cm……いえ、10cm詰めましょう」

 

「詰め……る?

 あれ? 交代するんじゃ……?」

 

「はい、この姿勢は勝利へのベストポジションでしたが不要となりました

 私が最大限楽しむには……と、トレーナーさんからの積極性を

 も、もっと……くっつくことが最低条件です」

 

「……」

 

「……足りません、まだ7cmしか

 もっと抱き着いてみてください

 さぁ、この勝負を全力で楽しみましょう」

 

 

 

 数字に細かいエイシンフラッシュの無茶振りに彼女のトレーナーは苦笑し、その隣では。

 

 

「マルゼン、辞退しよう……うおわっ!?」

 

「よっこらせーの FOO~! イケるイケるー! 問題ナッシーング☆

 って、どうしてそんな顔しちゃうのかしら?

 トレーナー君ったらあたしとくっつくの、そんなに嫌なの~?

 もうハートがパリーンよ、乙女心傷ついちゃうわぁ……」

 

「俺はてっきり、君を抱っこして走るものだと思って参加したんだ

 なのに……これはいくらなんでも」

 

「あたしもそうだと思って一緒したのよ

 でも逆だっていいじゃない、トレーナー君が走れない時はあたしが君の足になってみせるわ

 これはそんな日の予行演習

 ふふっ そう考えると俄然燃えるってものよ~」

 

「いくらなんでもこれは恥ずかしいけどな」

 

「あれま、全然乗り気じゃな~い、困ったわねぇ

 ちょっと良いところ見せて、惚れ直させてやるーって気合入れてたのに……ちぇー」

 

「惚れ直す以前に、君に見損なわれそうで嫌なの」

 

「あら、失礼しちゃう

 んー それじゃあこうしましょ、あたしが一位を取ったら

 ゴールから出口までをトレーナ―君があたしをお姫様抱っこして走る

 あたしが君にカッコいいところ見せた時は、君も見せてくれるわよね?」

 

「……マルゼンが走る世界を共有できる、良い機会か」

 

「そっちに興味持っちゃう?

 こーらトレーナー君、約束の返事は?」

 

「……勝ってくれ、マルゼン」

 

「ふふっ がってん承知の助~!」

 

 

 

 変わらず二人だけの空気を作ってしまうマルゼンスキーらを見て呆れる面々と、同じく熱を上げる者が。

 

 

 

「――参加です」

 

「……え?」

 

「トレーナーさん! 今からでも遅くありません

 私も是非参加したいです! こんな面白い競争初めてっ

 ほら、辞退される方が何組かいらっしゃるから、私たちが代走を務めても良いのでは!?」

 

「ダイヤちゃーん! ダイヤちゃんも行かない?」

 

「よ、酔う……キタサン、ワッショイはやめ……」

 

「流石キタちゃん! トレーナーさん抱えても余裕たっぷりだね!

 抱っこしてるってことは……もしかして競技に参加を!?」

 

「うん、昔から自分より重い御神輿を担いでたからね! トレーナーさんなら全然、ずっと抱えてられるよ!

 ダイヤちゃんも参加するんでしょ? 枠すぐ埋まっちゃいそうだし、一緒に行こうよ

 私とトレーナーさんの最強タッグで絶対に一着取ってみせるから、ダイヤちゃんにも負けないよ!」

 

「わぁ、私も負けてられない、というわけで……トレーナーさん!」

 

「……ここで断ったらキタサンのトレーナーに恨まれそうだからな……」

 

「はいっ!」

 

 

 

 お祭り騒ぎに便乗して走るコンビと、そんな喧騒をやれやれと諦観するツッコミ担当が一人。

 

 

「あーあーあー……もー見てられんわぁ……うちらは参加しなくて良かったなぁ、トレーナー

 見てみ、あの嬉々として目を輝かせたクリーク

 お姫様抱っこちゃうで、真正面から赤子抱いてんのと同じや……あれじゃ逃げられへんな

 もしあの手におしゃぶりがあったら一貫の終わりやったな……今頃クリークのトレーナーの尊厳ボロボロになっとったわ

 オグリは……まぁクリークよりかはマシか

 人前でトレーナーの匂い嗅いでじゃれる天然さんやからな……まだ可愛いもんやで

 ……んで、あの発光してるトレーナーと物が浮きまくってるお化けトレーナーも参加するんか……着ぐるみのヤツまでおったで

 なんや、修羅場か……ほんま参加せんでよかったわ」

 

 

 

 色濃く姦しくなるギャラリーの視線に囲まれ、大人を抱えたウマ娘による大波乱のレースが始まった。

 

 思い出すとやや寒気がする。よく無事で済んだものだと、心から安堵したんだ。

 

 

 

「あの黄色い声援は悪夢だったよ」

 

「それは仕方のないことかと……ウマ娘の皆さんに限らず、そのトレーナーの方々も有名人ですので

 気品のある御仁が担当ウマ娘に抱えられる光景は異様と言いますか……

 ドーベルが参加すると聞いた時は、男性相手に不安がありましたが

 私が思っていた以上にお二人が睦まじい関係を築けていたことを知り、感激してしまいました」

 

「彼……ドーベルのトレーナーは羞恥心でしばらく顔見れなかったそうだけどね

 まだドーベルにからかわれているようだ」 

 

「ふふ……密着したことで恥ずかしくも、お互いの壁が砕けた良いきっかけになったのかもしれません

 本当に楽しい催しでした

 また来年も開催してほしいと嘆願書が生徒会に送られているそうです

 私も、来年はヤエノさんに勝ってみせると、チヨノオーさんと一緒に楽しみにしています」

 

「ヤエノは早かったな……来年も参加するんだな」

 

「はい……とはいえ、ヤエノさんもチヨノオーさんも、トレーナーさんの説得に難儀しているそうです

 お二人共、相当恥ずかしい思いをされたようで、頑なに頷いてくれないとのことで」

 

 

 

 アルダンは困り果てたと言いたげに頬に手を沿えてみせる。どう攻略しようか楽しんでいるに違いない。この俺を……

 

 乱れていたアルダンの髪を整えて、手鏡を渡して確認してもらう。ご満足いただけたようで、改めてお礼を言われた。

 

 大切な愛バにお姫様抱っこされるだなんて。しかも公衆の前で見せつけるなど男の尊厳が危ぶまれる。断固拒否を貫こう。

 

 アルダンの手から解放されたので仕事を再開しようとデスクへ向かうと、背後から手が伸びて止められてしまう。

 

 

 

「これならお叱りは受けずに済むでしょうか」

 

「……本気で叱ったりしないよ」

 

「……叱っていただけないと、歯止めが効かないかもしれません

 実を言いますと……私、少し妬いてます」

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 背中から寄り添い、胸元を掴むアルダンに再び捕まってしまった。

 

 あの競技以来、だいぶボディタッチが増えた。お互いに思いやる気持ちを言葉にしても、直接触れることは少なかった。

 

 触れてもいいんだと、アルダンは自分との壁の意識を変えたきっかけになったんだ。

 

 良い変化でもあり、悪いものも見えてしまった。アルダンはそう語り、背面から正面へ移ってきた。

 

 

 

「あの競技にて、ヤエノさん、チヨノオーさん、お二人以外の参加者のほとんどがそうでした

 皆さんのトレーナーは恥ずかしく思いながらも、自分のパートナーを応援し、楽しんでおられました

 ですが……」

 

「アルダン……それは」

 

「決して責め立てているわけでも、我が身を恨んでの言葉ではありません

 私の体のことは一番にわかっていますから

 あの時のトレーナーさんは私の体を思うがばかり、楽しめなかったでしょう?」

 

「……」

 

「私はそれが……悔しくて堪らないのです

 貴方と共に今を生きる私が、他の誰かにできて私にできなかった

 この身を恥入るばかりです」

 

「君に恥をかかせてしまって、すまない

 ……確かに、今を思うとあの時の俺は、君と一緒に楽しむべきだったんだと思う」

 

「貴方の優しい心配りに甘んじていたのです

 私はそのお気持ちを否定したくはありません、貴方の覚悟に見合う私であり続ける為にも

 ですからトレーナーさん、私に証明する機会をください」

 

「……それで、あれから何度も俺を抱えたのか?」

 

「はい、目標はトレーナーさんが私の腕の中で眠りにつくことです」

 

「ゆりかごじゃないんだから……」

 

 

 

 赤子を眠りにつかせる揺り籠……もしくは揺り椅子と言うか……アルダンの腕の中なんて緊張して眠れるわけがない。

 

 しかしアルダンからしたら、眠れないのは己の脚が硝子細工のように脆く頼りないからだと思い込んでいるらしい。

 

 違うぞ、私は頑丈で頼り甲斐があるんだぞ、とアルダンは両手を握り拳にして健気に訴えているのだ。その様は愛らしくも困ってしまう。

 

 

 

「じゃあアルダン、逆に俺が君を抱えてみせよう

 もし眠れるようだったら、俺も君の希望に沿うよう尽力する」

 

「まぁ……それはとても情熱的なお誘いですね」

 

「……恥ずかしがったりしないんだな」

 

「……実は密かに期待しておりました

 悪戯をすれば仕返しをされるものだと」

 

「本当に悪い子だ」

 

「乙女の夢ですから

 抱いてくださる方が貴方なら尚の事」

 

「それはいつから期待してたのかな」

 

「…」

 

「…」

 

「な、内緒です」

 

「いつか当てていい?」

 

「本当に当てられてしまうと困るので……思い出語りなどをした時に」

 

「そうだね、楽しみに取っておこう」

 

 

 

 恥じらうアルダンを見ることができて、無事に仕返しに成功した。からかわれてばかりだったから一安心。

 

 目の前に立つアルダンの横に滑り込み、アルダンの肩に手を沿える。すると彼女もおずおずとこちらの肩と首に手を伸ばす。

 

 屈んでアルダンの両膝の裏を抱え、俺を抱えたとは思えないくらいに軽い彼女を抱き上げることができた。

 

 

 

「……何度か、していただいたことあるのに……慣れません」

 

「君が怪我した時か」

 

「はい……ですので、トレーナーさんのお顔をまじまじと見れなくて

 ……ッ

 て、照れてしまいます……トレーナーさんのお気持ち、わかりました」

 

「君の照れた顔を見ると踊りたくなるな」

 

「それだけは止していただけると……」

 

 

 

 腕の中ですっかり借りた猫のように大人しくなったアルダン。先まで人を抱えて踊り回っていたとは思えない。

 

 決して軽いだけじゃない。鍛えた体、精錬された精神、純真無垢なその命。その重みを感じている。

 

 アルダンの手が胸に触れてくる。指先で優しく這い、爪先でひっかいてくる。艶美な仕草がこちらの胸の内をかき乱してくる。

 

 これ以上はいけない。拒絶を込めてアルダンの額に顔を寄せる。強く抱かれたアルダンは手を自分の胸元に戻した。

 

 

 

「……こうして君を感じられることを幸せに思う」

 

「トレーナーさん……」

 

「決して壊したりしない

 このままずっと君のゆりかごでいたい」

 

「……はい

 ……でも

 トレーナーさん、降ろしていただけますか?」

 

 

 

 ……怒らせてしまったのだろうか。アルダンに言われるがまま、そっとその足を床に着かせた。

 

 俺が屈んでいたのがいけなかった。さっきのアルダンの決意、その覚悟を忘れたわけじゃないのに。

 

 俺の腕から離れたアルダンの動きは早かった。瞬時に俺の足と背に腕を回し、乱暴に抱えられてしまった。

 

 またお姫様抱っこ。力任せに揺らされて、気づいた時にはアルダンの眼差しが目の前にあった。

 

 

 

「あ、アルダン?」

 

「トレーナーさん

 愛されることと、守られていることは似て非なるものです

 貴方から愛されていることに心が満たされました……でも、今のままでは守られているだけ

 トレーナーさんが抱くその不安を放って置いたままにはしておけません」

 

「君は強くなっている……それはこれからも続いていく

 そんな君を守りたいと常に思っているよ

 これは……我儘だったか?」

 

「いいえ、私もトレーナーさんを如何なるものから守ってみせます

 私をか弱く儚いものだと思うトレーナーさんの気持ちも知っています

 侮辱でもなく紛れもない事実……しかし、徐々に過去に変わりつつあります

 その証明をしないといけないのです

 その為にはやはり……貴方を抱えてみせないと」

 

「……君は頑固者だよ」

 

「……次こそは、貴方を喜ばせてみせます

 硝子は砕けることはありません」

 

 

 

 アルダンは俺を抱えながら歩き、トレーナー室のソファに腰かける。

 

 手を離してくれるのかと思いきや、アルダンは落とさないよう肩と腰に手を沿えてきた。立証するまで離さない気だ。

 

 自分は不安を与えるだけじゃない。硝子のように脆く、落とせば砕ける存在じゃないんだと。

 

 

 

「いつか、私のゆりかごの中で……

 貴方が安らかに眠れますように」

 

「君を一人にして眠りはしない」

 

「…」

 

「…」

 

「……ふふ……なら、その時はご一緒に

 陽だまりに照らされてたまま横になって……共に眠りにつきましょう」

 

 

 

 傍にいるだけで安らぐのに、彼女に包まれてしまえば。

 

 この日常がもっと続いたその先で、ようやく眠りにつくことができるのかもしれない。

 

 アルダンはその時を待ち遠しそうに微笑むのだった。

 

 

 

「ところでアルダン」

 

「はい」

 

「いつになったら離してくれるんだ?」

 

「……お嫌ですか? トレーナーさん?」

 

「は、恥ずかしいから……離してほしい」

 

「――

 やっぱり、恥じらうトレーナーさんは反則です……」

 

 

 

 やはり硝子のゆりかごでは落ち着けそうになかった。


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