破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
カーシャ・チーフウォールは気がつくと、赤黒い場所にいた。
いや、すでに身分を剥奪されているので、ただのカーシャか。
囚人用の馬車で、辺境の街へ送られる途中だったはず。
周りには、誰もいない。
ひどい臭いが充満していて、呼吸するのも苦しかった。
赤黒い空と大地。
花どころか草木さえない。月も太陽も見えない。
(地獄……?)
まさにそうとしか思えない場所だった。
足元に、錆びた小剣が転がっていた。
よく見ると、あちこちに破損したり錆びた武器が散らばっている。
まるで戦場の跡だが、死体は見えない。
とっさに、錆びた剣を拾い上げた。
身を守るための魔法も、今は使えない。
背中に押された烙印のせいで、永遠に封じられている。
「なんで、なんで。なんで私が…………!!」
思わず叫んだ時、不意に涼しい風が吹いた。
地獄のような風景にまったく似合わない、涼やかで心地よい風。
それが赤黒い大地を吹き渡った後だった。
いきなり、地面から腕が飛び出してきた。
「ひぃっ!?」
思わず逃げようとすれば、あちこちから人間らしきものが這い出してくる。
正気を保っていられたのも、そのへんが限界だったかもしれない。
後はもう、ただただ地獄だった。
最初は、頭をいきなり斧でかち割られた。
2度目は、後ろから刺し殺された。
3度目は、絞め殺された。
それから後はいちいち数えていない。
ただ、殺された方法と瞬間だけはどれもよくおぼえている。
死ぬたびに、言いようのない寒さと孤独、そして恐怖を覚えて闇の中に落ちた。
でも、何度殺されても涼しい風が吹くたびに、生き返っていた。
ああ、そうか。自分は死んで地獄に落ちたのか。
しばらくはそんな風に思ったが、それもやがて意識しなくなった。
死は、どれだけ経験しても慣れなかった。
だから、死なないためには殺すしかない。
何十回も何千回も繰り返すうちに、効率の良い殺し方をおぼえていった。
相手は、次第に人間以外もたくさん、たくさん、いた。
狼やクマ、ライオン、トラ、大蛇。
さらにはわけのわからない人か獣か、虫かもわからないバケモノ。
ある時は目玉をかじられ、ある時は生きたまま内臓を喰われた。
特に厄介だったのが、二本足で立つ牛や馬のような顔をした巨大な奴ら。
そいつらは武器を振るい、火炎や稲妻を吐いて襲ってくる。
何万回殺されたか、見当もつかない。
だけど。それでも。
いつしか、そいつらの対処方法も身についていた。
殺し合いを有利にする技も、気づけばモノにしていた。
バケモノ相手では、首を切っても真っ二つにしても終わらない時がある。
だから、入念に砕いて、ミンチにしなければならなかった。
いつ終わるのか?
虚しいとか嫌だとかいう気持ちも忘れた。
考える前に、殺した。
また牛頭のバケモノを一匹潰し殺した後――
「そろそろ、頃合いだな」
妙な声が聞こえた、ような気がした。
ガタン、と周りが大きく揺れて、暗くなって、何も見えなくなり。
「!? ……!?? …………?」
目を開くと、カーシャは暗くて狭い檻の中にいた。
ずっと昔にどこかで、見たような。
記憶はすぐに戻ってきた。
身分剥奪と魔法封印の後、辺境に送られる途中。
あの時も、ちょうどこんな檻の中で。
いやいや、そうではなくって。
着ているのは、みすぼらしい服。
でも、あの赤黒い世界で裸同然だった時と比べれば、まるで女神のドレス。
――……夢?
あの永遠とも思える世界での殺して、殺された時間は夢だったのか。
「ついたぞ、降りろ」
檻が開いて外から声がした。
明るい。
降りた先は、明るい太陽の下で。空気は澄んでいた。
自分を連れてきた役人たちが何か言っていた気がしたが。
ほぼ聞き流した。
要するに、これからは一介の平民として生きろということ、らしい。
一枚の紙を渡される。
ここから近い場所にある冒険者ギルド。
そこなら、仕事にありつけるようだ。
冒険者。
どんなものかは、よく知らない。
危険なモンスターを狩ったり、ダンジョンで宝箱をあさるとか。
まあ、その程度のことしか聞いたことがなかった。
どっちにしろ、貴族からすれば下賤の者だ。
――まあ、今の私もそうなるか……。
どっちにしろ、することも行く当てもない。
ギルドを目指す途中、カーシャは何気なく転がっている石を拾った。
強く握る。
石はあっさり砕けて、砂のようになる。
あの、赤黒い世界での経験も、得た力も、自分の中にあった。
――でも、まだ足りない……。
得た力を全て出すには、今の肉体はもろすぎる。
もっと血肉を。もっと骨を強靭に。
そのためには、
――食事か……。
上質な肉が要る。
しかし、今は無一文だ。
――殺して、奪うか。
ごく普通にそんな思考がよぎる。
だが、さすがにまずいという判断もできた。
まずは、冒険者ギルドに向かう。
質素というよりも実用第一。
そういう造りの建物だった。
あちこちに、色んな冒険者がいる。
女の数は少ないようだ。
そんな中で、カーシャは異様に目立った。
暗い青の長い髪。
冷たい、水色の瞳。
人形みたいに整った、形の良い鼻筋と唇。
スラリとした体。
粗末な衣服を着ていても、その圧倒的な美貌は小揺るぎもしない。
だがそれ以上に。
ゾッとするような、怖いものをまとっていた。
少しでも鼻のきく者であれば、嫌でも距離を取っていく。
登録は、名前と年齢を書類に書いて出すだけ。
そうすれば、右手の甲にギルドの紋章が押される。
ちょっと熱いが痛くはない。
<これで、討伐したモンスターの数がわかるようになります>
自動的にカウントしてくれるらしい。便利なモノだ。
『カーシャ:17歳:ノーマル(N)』
手続きは、全て受付のゴーレムがした。
*ビギナークエスト
・討伐モンスターの回収補助。
・一つ目スライムの討伐・5匹。
・各種日雇い仕事。
冒険者。
要するに傭兵であり、狩人であり、便利屋であり、日雇い労働者である。
つまり、その日暮らしのヤクザ者。
受けられる仕事を見て、カーシャはそう判断した。
<スライム討伐は特に期限などはありません。5匹駆除するごとに報酬が発生します>
とのことだった。
スライム。
ブヨブヨとしたゼリーみたいなモンスターで、体内に人間の目玉みたいなコアがある。
薬の原料となるらしいが、放っておくと農作物を荒らす。
<死骸はその場で埋めてもけっこうです。肥料代わりになるので>
とのことだった。
カーシャには、そんな手間をかける気など毛頭ないが。
ともかく、スライムを5匹殺せばいくらかの金になる。
まずはそれで十分だった。
城壁の門を抜けると、草原が広がっていた。
その向こうには大森林。
さらには奥は死神山脈が獣の牙みたいに並んでいる。
(ああ、そうか)
カーシャは思い出す。
この辺境の街ネビズは国土の北端。
危険なモンスターがウロウロしている山脈と大森林に面している。
山脈の向こうは誰も知らない。
越えた者がいないからだ。
草原も広い。
森の入り口まではかなりありそうだった。
入ってみるとわかるが、草原といってもかなりデコボコしている。
あちこちに高低差があった。
丈の高い草、細い木のある場所。
石ころばかりであまり草のない場所。
つまり、歩きにくい。
歩くうちに、カーシャは動きを変えた。
草かげに潜んで、周辺を観察する。
汚い身なりをした、ガラの悪い男が見えた。
誰が見ても野盗かゴロツキとわかる。
向こうは気づいていない。
つけられているのは、わかっていた。
カーシャは背後から近づき、腰の刃物を奪って急所に突き刺した。
男は一瞬痙攣したが、すぐに動かなくなる。
そのまま片手に刃物、片手に石をつかんで移動。
2人目がいた。
石を顔面に投げつけると、ドサリと倒れる。
倒れた男の武器を奪っていると、周辺で物音がした。
複数人の男が、あちこちから出てくる。
「あ、てめ……!」
殺された仲間を見て何か言いかけたヤツの喉を斬った。
後ろで血が噴き上がるのを背に、次を狙う。
脇から心臓の一突き。
まだ生きているそいつを、短い槍を持った相手に向け突き飛ばす。
その陰から近づいて、槍を持った手を切り落とす。
「あああああ!?」
わけのわからない声を出す男を無視して、槍を奪い取ってその顔面に突き刺した。
槍は口から脳天まで貫いた。
最後の一人に目を向けると、
「ああ、この……! くそ……!!」
そいつは何かわめきながら、小さな竹笛を吹いていた。
隙だらけの頭に、刃物を叩き込む。
刃物は軽く頭を裂き、胸まで到達してやっと止まる。
カーシャは刃物を引き抜いて、死体を確認した。
もう動く様子はない。みんな、死んでいる。
――……ああ、盗賊か。
皆殺しにした後で、やっとそこに考えがいった。
向こうの殺気を感じた時点で、どう殺すか、それしか考えていなかったのだ。
ここでは、涼しい風が吹いても生き返ることはない。
――そうか。帰ってきたんだ。
カーシャはその時になり、やっと実感した。
あの赤黒い場所が幻想か、夢かはわからない。
でも、殺した経験も得た技術も、全て現実として自分の中にある。
血の臭いや死体も、特に感じるものはなかった。
向こうでは、全て当たり前のものだったから。
ともかく、武器が手に入ったのは良いことだ。
そして死体から槍を引き抜いた後、
「…………」
カーシャはある方向へ首を向ける。
そのまま、死体から奪ったナイフを構えて、
「――待った、待った、待った!!」
叫びをあげて、草むらから飛び出したもの。
汚いみなりの子供だった。
「お、おっかねえなあ……! 見てるだけで、殺す気かよ!?」
子供は両手を上げながら、腰を低くしてカーシャを見上げる。
「お前、なに?」
「あ、おいらは、あれだよ。へへ、タダの冒険者だよ」
「……」
「い、いや……なんか胡散臭いヤツらがいたから隠れてたのさ。そしたら、あんたが……」
「……」
「ホントにあいつらの仲間でも子分でもねえよ!? 関わりにならないよう、逃げようと思ったんだ。けど、そしたら、あんたがあっという間に殺っちまって……」
「……」
嘘か真実か。すぐに判断はできなかった。
これが向こうなら、話しているうちに殺しているところだ。
どうするか。
こんな余裕があるということは、浮かれているんだなとカーシャは思う。
青い空に、澄んだ空気。草木の匂い。
それだけで、向こうに比べれば天国に感じる。
しかし、話を聞いている余裕はすぐになくなった。
何かの足音が、カーシャの聴覚を叩く。
人ではない。
武器を両手に、その場から飛びのいた。
草の向こうから近づいてくる音。呼吸。
飛び出してきたのは、後ろ足で立つトカゲのようなモンスターだった。