破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
3カ月前――
この〝世界〟に来てしまってから。
最初の数日間。
その間、五馬はとにかく苦しんだ。
全身がだるく、発熱が続き、下痢や嘔吐に苦しんだ。
体中の骨や筋肉が痛み、満足に眠れない。
このまま死ぬかとさえ思った。
朦朧とした意識の中。
何度も日本の、家や家族の夢を見た。
――帰りたい……。
何度も思って、死にたくなった。
しかし。
ある夜から、急に体が楽になる。
誰かがそばにいてくれるような。
そんな気配を感じながら、眠りに落ちた翌日。
五馬は完全に回復していた。
むしろ、以前よりも調子が良くなった、とさえ言える。
その勢いで、宿の手伝いなどを始めた。
この後、すぐ。
宿に山菜を売りに来た女の子と友達になった。
ちょっとした世間話がきっかけ。
それほど女の子相手は得意ではない。
むしろ苦手だった五馬だが――
彼女相手だと、何故か自然体で気後れすることもなかった。
女の子の名前は、ノマといった。
とにかく。
なにかと、なにかが――
得体のしれない動きと、異常な速度でぶつかり合い、削り合う。
そのたびに……。
轟音。
というよりは?
耳どころか、肉体を砕くような衝撃波がまき散らされる。
これが街中などなら、大惨事。
下手をすれば街そのものが壊滅しかねない。
ヒトのいない山中であっても、そこに棲む生き物にとっては大災害。
時間にすると――
10分どころか、5分も怪しい。
しかし?
その間に、周辺の景色は一変していた。
地面がえぐれ、樹木が砕けて、散らばって。
まったく原形がない。
「ふうん……。さすが、エインヘリヤルなだけはあるね?」
空中に浮きながら、ノマは燐光を放つ瞳でカーシャを見る。
――……やはり、こいつ。
カーシャは、黒剣を握り直しながらノマを見た。
「手強い」
声には出さない。
だが。
お互いに、それは嫌というほど実感している。
――非常に厄介で、危険ではあるけれど……。
まったく手に負えない、わけでもない。
カーシャから、ゆっくりと殺気が消え始める。
いや。
消えてはいない。
あふれるようなそれが、圧縮するように、収束されるように。
細く、しかし強靭になっていく。
でも。
それは、見方を変えると周辺や敵対者が弱すぎた。
……だけ、とも言える。
自分と同格、あるいはずっと上のバケモノ。
あるいは、数でも武器でも圧倒的に不利な状態。
そんな、
「
いやいや。
それすら通り越して、もはや当たり前の〝日常〟とさえ言えた。
「へえ」
カーシャの様子に、ノマは楽しそうな、でも――
怖い眼で微笑んだ。
ゾッとして、心臓が握りつぶされるような微笑み。
パキ、パキパキパキ……
広がった、黒い半透明の翼。
それを中心に、異様な音、あるいは気配が濃くなっていく。
ふわり
ふわり
ふわり
「?」
――なに……?
その時。
フワフワとした綿毛のようなものが空から降ってくる。
サイズは、テニスボールほど。
綿毛は地面に落ちると、ふわっと羽毛みたいなものをまき散らして――
消える。
そんなことが、あちこちで繰り返される。
何の意味もなく。
あまりにも場違いな現象。
これに、2人は一瞬気がそがれた。
と、
「え~~~~、あ~~~。しばらく、しばらく……」
横から、銀髪のエルフがチョコチョコと出てきた。
「あんた、なに?」
ノマが軽く睨むと、
「ま、ま、ま、ま」
エルフーーユオン・キナは両手をかざしつつ、
「事情はよくわかりませんけど、とりあえず……お2人ともケンカする意味ありますか?」
「だって、あっちが危ない感じだもの」
ノマはカーシャを指した。
「…………」
ユオンは無言のカーシャに、
「え~~。どうでしょ? このままドカンボカンやり合っても、お互いにタダではすまないと思いますし……。ここでひとまず、休戦ということにされては」
「私はそれでもいいよ」
ノマは言って、地面に降り立つ。
「わかった」
カーシャも少し後ろに下がった。
とりあえず――
全面対決は回避。
それを確認したユオンは周りを見て、
「あ~あ~……。ムチャクチャしちゃって……。とんだ自然破壊ですよ」
大きく、ため息を吐いて肩を落とした。
「後で直すのが大変ですねえ。また仕事増えちゃった」
「ううん」
五馬は、ぼんやりした中で目を覚ました。
近くで何か――
チカチカと光っているものがある。
「気がついたね」
少年は、自分がノマに抱き起こされているのに気づいた。
「あれ……」
どうやら。
大きな洞窟? みたいな場所にいるらしい。
周りには、
「……あ、おねえさん?」
カーシャの姿がある。
「なかなか肝の太いこと」
青い乙女は、チラッと五馬を見てから――
前方のあるものを見た。
「え?」
五馬は、思わず跳ね起きた。
そこにあったのは、空中に浮かぶ円形の光。
いや。
巨大な魔法陣。
良く見れば、そこの空間はものすごく広い。
巨大な地下空洞。
そこは、光る紫の水晶みたいなものに
「あ、あれなに?」
つぶやく五馬に、
「異空間に通じる、というか移動するための魔法陣ですね」
「え?」
横で説明した相手に、五馬はまた驚く。
銀髪の美少女エルフ。
エルフという種族がいるとは聞いていた。
が。
じかに見るのは初めてである。
「私のことなんかどうでもよろしい。今重要なのは、アレと」
エルフは魔法陣を指してから、
「あなた、いえ、あなたがた2人です」
やや決めつけるような口調で言った。
「は、はい?」
五馬はその雰囲気に押されながら、
「あれ? ノマ、その羽……」
ノマの姿に気づいた。
「うん。これ見せるのは初めてだったね」
「まあ、うん」
うなずきあっている少年少女に、
「……あなた、そいつの正体知っていたの?」
カーシャは微かな不審をこめて言った。
「まあ、人間じゃないってのは知ってたけど」
知り合ってから、わりとすぐ。
「あの、他のヒトには秘密にしてほしいんだけど」
そう言いながら、ノマは自分の頭からぴょこんとコウモリ耳を出して見せた。
ついでとばかりに。
細い尻尾も見せてきて、触らせてきた。
「君にはちゃんと言っときたいと思って」
「ふうん、けど。なんで……」
秘密に? と言いかけたところへ、
「色々あるから」
伏し目がちにそう言われると、五馬はもう何も言えなかった。
当然。
そのことは誰にも話していない。
世話になり続けの、女将さんにすら。
「ふうん。そういうものかもね」
淡泊な少年の態度に、カーシャもすぐ納得した。
この国で、人間以外の種族など珍しくもない。
相手が他種族だと……。
いちいち騒いでは身が持たないだろう。
「それじゃ、まあ。あまりグズグズしててもしょうがないですから」
どうぞ。
ユオンは、魔法陣に手をかざしながら五馬たちに言った。
「どうぞって……」
「異なる世界と世界をつなぐゲート、いえ道ですかね。あの魔法陣はそういうものです」
「それって……? まさか」
「あなたのいた世界。あるいは、日本、地球とでも言いましょうか。そこにつながるものです。つまり、あなたは帰れる。良かったじゃないですか」
「………!!!」
いきなりかなった望み。
それに、五馬は感情を揺さぶられてわけがわからなくなった。
思わず涙が出そうになるが、
――あ。
重大なことを気づき、ハッとした時、
「ねえ」
少女の手が、少年の手を握った。
「私も一緒に行っていいかな?」
「え……」
ノマの声に、五馬は驚いて、
それは。
もちろん。
「良いよね?」
「うん」
「へへっ」
五馬の答えに、ノマは嬉しそうに笑った。
――やれやれ。ああいうのを猫かぶりというのかしら……。
少年少女のやり取り。
横で見ているカーシャは、ため息をもらす。
「良かっただなあ……」
少し離れた場所。
また別の誰かが嬉しそうにつぶやく。
「え!?」
その声に、五馬は反応して振り返る。
「お、女将さん!?」
この時――
五馬は隠れるようにしていた宿の女主人に気づいた。
やっと、という段階で。
「ははは。よくわかんねえけども、無事にすんで、ちゃんと帰れるんなら何よりだ」
「女将さん……」
「今度はさ、お前がノマを助けてやれよ。あっちにいったらこの
「うん」
そんなやり取りに、
「あのトロルの女将さんまで連れてくる必要、あったんですか?」
「おまけ、みたいなものよ」
「ふーん」
こうした出来事の後。
少年と、少女。
2人は遠い場所に旅立っていった。
「あいつは、いったい何だったの」
カーシャの問いに、
「えーと、異国の資料だと……彼女らについて――言語だと」
さわにほたるびのかがやくかみ・および・さばえなすあしきかみあり・また・くさきことごとくによくものいうことあり。
「だったですね、文字は確か……」
【多有螢火光神及蠅聲邪神、復有草木咸能言語】
ユオンはおかしな言語を話し、得体の知れない文字を空中に映す。
「私は学者じゃないんだけど」
「うーんと。そーですね。運命と相手と出会うために、ずっとずっと眠り続けていたお姫様ってところですか」
「は?」
「自分の
ユオンはちょっと髪を掻きながら、
「あの少年をこっちに引っ張り込んだのは、あの
「はは。で、あの
「むしろ、あっちがお姫様かもしれませんねえ、立場的に。ではまた、機会があれば」
ユオンはムフフと笑いながら、
ふわり
と、消え去った。
「ふん」
カーシャは鼻で笑ってから――
バッキーとマコネの待つ場所に向かっていく。