破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
久々に従妹の次期王妃登場
その時――
リーンはふと隠すように持っていた鈴を取り出した。
王宮に用意されたリーンの部屋。
今、ここに彼女以外が誰もいない。
もうすぐ結婚式を控え、動き回る毎日。
多忙な中、少しだけできた1人の時間。
手の中にある小さな鈴。
それを見つめながら、リーンは小さく疲れた息を吐いた。
すると。
ふわり、ふわり
鈴が少し宙に浮きあがった。
そのうちに、鈴は形を変えながら大きくなって、
りん
涼やかな音と共に、再びリーンの手のひらへ。
その時には……。
鈴は小さな女の子へに姿を変えていた。
水色をした髪。
それが、頭の上編まれて二つの輪っかを造っている。
裾の長い古めかしい服。
いつか。
平民のお祭りで見た、踊り子の服に似ていた。
女の子はリーンを見上げて、ニコニコと笑う。
「そう。しばらく会っていなかったね」
リーンも微笑した。
この女の子が何者か。
それはリーンもわからない。
鈴は、幼い頃に母がくれたもの。
リーンにとっては、どんな宝石よりも大切な宝だった。
「ネビズのほうから流れてきた、古いものなの」
生前、母はそう言っていた。
「つらい時や、誰を憎んだりした時にはね。誰にも秘密で、この鈴を鳴らしていたの」
リーンは、少しだけ目を閉じた。
叔父の屋敷で、すごしていた日々。
思えば。
あれからまだ1年もたっていないのだが――
…………。
きっかけは、何だったのか。
歩き方が悪いだの、仕事が不真面目だの。
あるいは。
目つきが気に入らないだの。
何であれ?
どうでもいいようなコトだったのだろう。
「あなた、自分がまだ貴族のうちだと思っているのかしら?」
カーシャ・チーフウォール。
高慢な従姉。
いつもながら。
青を基調にしたドレスが映えていた。
国内どころか、周辺国でも、
「並ぶ者はおるまい……」
と。
正直なところ。
単純な外見、容姿では自分などよりも上。
リーンもそれはハッキリ認めていた。
ただ。
過去も現在もあまり、
「重要なこと」
だと思ってはいないのだが。
「まさかおとぎ話のヒロインでも気取っているの?」
暗い青の髪を揺らし、水色の瞳で侮蔑の視線を向けている。
自分と同じ――
いや。
王族の流れを証明する髪と瞳。
「早く今の現実を受け入れたほうが良くってよ?」
従姉はニヤニヤとリーンを嘲っていた。
しかし。
その眼はまるで笑っていない。
いつもなら、
「頭を下げれば、
使用人たちが陰で言っている言葉。
リーンもそんな心情だった。
いつもなら。
だが、その日は――
リーンは、朝から機嫌が悪かった。
何故なら。
父が亡くなった、いや……。
叔父によって謀殺された日だったから。
「いいかげんにして」
リーンは冷たい声で言い返していた。
後で考えると、
――
と。
反省するばかりなのだが。
この時は、リーンも冷静さを欠いていた。
「あら……。今なにか、言ったのかしら?」
笑みは浮かべたまま。
しかし。
ゾッとするようなモノが、従妹の瞳には浮かんでいた。
「あなたのようなヒトに、家族を想う気持ちはわからない」
家族の大切さもわからない。
リーンは睨み返し、思ったことをそのまま言い放った。
その時。
聞き取れなかったが――
カーシャは、何かを言ったようだった。
その直後。
カーシャは閉じた扇を持った手に、魔力を練り、集中させていた。
――攻撃呪文!
脅しではない。
明らかな殺意がハッキリと見えた。
「お嬢様! ちょっと、ちょっとお待ちを! しばらく、しばらく、しばらく!」
直前で使用人の1人が割って入らなければ、どうなっていたか。
普段からおせじばかりを言っている軽薄な男。
と。
パッと見には思われるが?
その実。
わがままで横暴な令嬢のなだめ役。
使用人への実害を可能な限り減らすという、稀有で有能な人物だった。
「ま、ま、ま、ま! お怒りはごもっとも! ごもっとも! 無理もない、まっこと無理はございませんが……! こんなヤツのために、その高貴なお手を血で汚されては、この国どころか、この世界の損失でございますよ! お気持ちは痛いほどわかります! わかりますが、ここは何とぞ……!!」
男はリーンの頭をつかみ、
「このアマ、お嬢様にお詫びを申し上げねえか! 申し上げろぃ、丸太ん棒! クソボケ!
床に無理やりこすりつけながら言葉を重ねて、
「……お嬢様、お怒りはまことにごもっともですけれど? 野良犬がキャンキャン吠えてると思って、ここはひとつ!」
まあ、こういうわけで。
その場はおさまったというのか。
ウヤムヤになったというのか。
それでも。
リーンの怒りと憎しみは、消えることはなかったが――
この夜。
暗い憤りを抱えたまま、リーンはベッドにいた。
日のささない地下の小部屋。
ネズミやゴキブリばかりが訪ねてくる個室。
――お前は、絶対に殺す。殺してやる……。
その言葉を何度も心の内で繰り返していた。
カーシャに対して、ではない。
愛する父を奪ったあの叔父に対する憎悪。
と。
りん
耳元で、小さな鈴の音。
「……?」
それを発していたのは、密かに隠して持っていた母の鈴だった。
妙に思って鈴を手のひらへのせると――
古い小さな鈴。
母の形見は、闇の中で淡く光りながら……。
小さな、可愛らしい女の子へ姿を変えた。
りん、りん、りん
りん、りん、りん
少女のが踊るたび。
美しい音色が小さく響く。
聞いていると、
――……お母さま。
亡くなった母の顔。母との想い出。
それが淡く、ゆっくりと目の前を通り過ぎていく。
りん、りん、りん
りん、りん、りん
その音を聞いているうち。
リーンの顔……仮面のように表情が見えないが?
内面からにじみ出す険悪なモノ――
それが、知らず知らずのうちに薄まり、消えていった。
心の奥にたまっていた
だが、それでいいのか?
リーンはわずかに悩んでしまう。
その澱は――
復讐への執念。憎しみや恨み。
ジリジリと燃え続ける心のうちにある炎。
黒く、真っ暗な炎を燃やす薪。
方法は問わない。
でも。
いつか必ず、あの男を……叔父を殺す。
それは、変わらないはずなのに。
この夜から。
何度も何度も――
リーンは【女の子】の踊りを見た。
鈴の音を聞いた。
そのたびに。
リーンの中で沈殿した、どす黒いモノは消えていった。
――ひょっとすると、お母さまがお叱りになったのかもしれない。
道を踏み外すな。
ヒトとして、大事なものを捨てるな、と。
こんなことすら思った。
コンコン
と。
控え目なノックの音。
その後で、
「――殿下、そろそろお時間でございます」
聞こえたメイドの声に、リーンは目を開いた。
冷静になってみれば。
あの言葉は、カーシャの急所を突いただろう。
高慢でわざとらしい余裕を見せていた。
仮面がはがれ落ち、むき出しになった歪んだモノ。
その歪みは何だったのか。
――今なら、わかる気がする。
それは、ただの思い込みかもしれないけれど。
リーンは元に戻った鈴を大事にしまって――
次期王妃としての顔に戻っていった。
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