破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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今回は古典落語から元ネタを得て書いております


その109、ズーム・ボベラの詩-1 気病~きやまい~

 

 

 

 

 

 

 

「――ネイテクから、な」

 

 ゴトクは、紹介状を確認しながら言った。

 持ってきたのは、馬面の大男。

 

 塩谷長治郎――通称をジロちゃん。

 カーシャたちとは、いくらか縁のある人物。

 

「で。ヒト探しか」

 

 紹介状をたたみつつ、ゴトクはジロを見た。

 

「そうですがな」

 

 馬面男はうなずいて、

 

「何でも? 占いの先生に聞いたら、こっちのほうへ手がかりがあるちゅうことで」

 

「ああ、それも書いてあったよ。頼み手は、ヒチュタのナダマッカ家か。こっちでも知られた豪商だな」

 

「それで、どうです?」

 

「どうですっと言われてもな。こいつにゃ、若い女としか書いてなかったぜ」

 

 ゴトクはため息まじりで、困った顔。

 たたんだ紹介状をピラピラと振りながら。

 

「だいたいがさ。そもそも、どういう話なんだよ。まさか、親の仇というわけでもあるまいよ」

 

「それですがな……」

 

 と。

 ジロは腕を組んで話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、旦那さん」

 

「おおっ。ジロさんか、まあ座っておくれよ」

 

「今日呼んだのは他でもない。実は倅 のことだ」

 

「若旦那の?」

 

「いかにも、いかにも。聞いているかもわからんが、ひと月ほど前から病の床にあってなあ。どうにもこうにもならん」

 

「お医者は?」

 

「色んな、医者。あるいは腕利きだというヒーラーを呼んでみたが、どれもいかん」

 

「それはどうも……」

 

「しかしな? 最後に呼んだ医者がな――」

 

 これは気病(きやまい)だと、こう診断をした。

 

「きやまい」

 

「つまり、気。心だなあ。精神的なものが悪く働いて、体のほうまでおかしくなってしまったと。こういうことらしい」

 

「ふううーーん!? つまり何かをお悩みで寝込んでしもたと……」

 

「その通り」

 

「なるほどなぁ……。そいで、そのお悩みというのは?」

 

「それがジロさん、わからんのだ」

 

「わからんって……。こんだけのご大家(たいけ)で、お悩みの解決ができんっちゅうことは……」

 

「何しろ、私が聞いても言わん。母親がたずねても答えん。番頭がいってもダメ、と。もう手にあわんことになってしまった」

 

「へええ……。よっぽど言いにくいことなんですかなあ」

 

「それでな? それならお前は誰になら言うのだと聞いたら……」

 

 ジロさん。あんたになら言ってもいい、とこう言うんでなあ。

 

「わしにですか?」

 

「お前さんとの付き合いは長くはない。といって昨日今日の付き合いでもない。それに、あのネイテク殿のお仲間だし。ま、私もはばかりながら、こういう家の当主だから? 相応に相手を見る目はあるつもりだ」

 

「はっはあ……。なるほどねえ」

 

「親に言えんことを、とは思いもしたが。いやいや、むしろ親だからこそ言えんということもある。親の言うことはきかんでも、近所のオヤジの小言はきく、ということもありますからな」

 

「ふうううんっ。わかりました、ほんならひとつ若旦那にお聞きしてみますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジロさんか……」

 

「若旦那、ご病気やそうでっ」

 

「大きな声だなぁ……。頭に響く」

 

「あきまへんで。男前で金持ちで、青春真っ盛りで。そんなおひとが気ぃ病んで寝込むやなんて、そんなん流行(はや)らん」

 

「そんな、流行(はや)りすたりでこんなことになるもんか……」

 

「せやけど。わしみたいなしょーもないオッサンを指名してくれるやなんて、嬉しぃやないですか。若旦那、できること……は、まあ知れてますけどな。あんさんのお頼みなら、やれるだけのことはやりまっせ?」

 

「ありがとう……。ジロさんにまでそう言われると……」

 

「泣きはんな、ええ若いもんが。そいで、何をお悩みです? さあ、おっしゃンなはれ」

 

「言ってもわらわないかい?」

 

「めっそうな! 若旦那のお悩み聞いて、なんで笑いますかいな。もう、気合入れて聞きますわ」

 

「別にそんな睨むことはないよ……。それなら、まあ……。遺言だと思って、聞いてもらおうか」

 

「またまた。縁起悪いこと言わんと。あっさりとおっしゃってしまい?」

 

「わかったよ。恥を言うことになるけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 そして?

 

 病床の若旦那が語ったところによれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと月ほど前だなあ。

 ほら。

 神殿へお参りにいった……。

 その帰りだ。

 

 近くに土産物屋を兼ねた、お茶……喫茶店ってやつだね。

 という店だ。

 そこでひと休みしていた。

 

 しばらくすると……。

 おともを2人ほど連れた、お年の頃なら18ぐらいか。

 それはもう……。

 水もたれるような、美しいお嬢さんが入ってらして。

 

 そう……。

 亜麻色の、つややかで流れるような長い髪で……。

 サファイアみたいな、おきれいな眼で……。

 

 はあ……。

 世の中には、これほど美しいおかたがいるのだと思ったよ。

 

 しばらく……。

 失礼とは思いながら、つい見とれていると……。

 

 後からきて、先におたちになってしまったのだけど……。

 その時。

 さきほどお顔を見ていらした、品の良いコンパクトを忘れていらした。

 

 それで……。

 

 追いかけていってお渡しすると、ていねいなお礼を言いなさって……。

 おともに文房道具……紙とペンだな。

 それを出すようにおっしゃった。

 

 するとな?

 あのかたは、紙へさらさらと何かをお書きになった。

 おともを介して紙をお渡しになった後。

 

 まるで……。

 逃げるように行ってしまわれて――

 

 受け取った紙には、上品な字で、

 

 

 水よ

 河を流れゆく水よ

 瀬に浮かぶ岩に裂かれ

 道をわかつ

 

 

 この詩文が書かれていた。

 

 え?

 いや、違う違う……!

 呪文やおまじないじゃない。

 

 その昔な。

 ズーム・ボベラという大貴族がいらっしゃった。

 このおかたが残された詩だよ。

 

 さっきの詩はまだ半分でね?

 後半は、

 

 

 されど

 流れの末

 またひとつの道

 ともにゆかんと願う

 

 

 あんなおかたが、後半の文をご存じないわけがないだろう?

 

 これは……。

 今はもうお別れをしなければならないけれど……。

 

 この先に、またお会いできますようにと……。

 あのかたのお心を悟った後は……。

 

 もう……。

 情けないことに頭が上がらないことになって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、まあ。だいたいこんなとこですわ」

 

 出されたお茶をぐいっと飲んで、ジロは言った。

 

 聞いていたゴトクのほうは――

 唖然とした顔で、ジロを見ている。

 

 いや。

 ジロを通して……。

 今も床についたままであろう、気病(きやまい)の若旦那を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

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