破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その110、オグ事件-39 まあつまりそういうことで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、今日で任期は終わったわけだから。明日には帰りますわ」

 

 お見送りなどは、けっこう。

 勝手に、好きな時、好きなように帰るので。

 

 カーシャは微笑しながら言った後、窓の外を見る。

 

 【市長室】の中――

 日は暮れて、暗い中に街灯りがポツポツと光っていた。

 

「色々、お世話になりました」

 

「いえいえ。これも仕事なので」

 

 頭を下げるヒシャクへ、カーシャはひらひらと手を上下に動かす。

 

「それにしても? なかなかお疲れのようですわねえ。今までは、あえて指摘しなかったけれど」

 

「……かもしれません」

 

 確かに。

 ヒシャクの顔には、疲労の色が濃かった。

 若干頬もやつれている。

 

「街の運営は大変でしょうけれど、まあがんばってくださいな」

 

「あははは……」

 

「とはいえ――」

 

 カーシャは出されたお茶をゆっくり飲み干してから、立ち上がる。

 

「あなたも、自分が性嫌悪だなんて思い込みはやめたほうがよろしくってよ?」

 

「……え?」

 

 思いがけない言葉。

 それに、ヒシャクは呆然となった顔を上げる。

 

「あの、それって。どういう意味ですか?」

 

「言葉どおりの意味ですけど」

 

 腰に手を当て、カーシャは静かに首を振る。

 

「私自身や、見聞きした経験などをかんがみるに――あなたは、性欲というのか。それそのものを嫌悪しているわけ、ではないのでしょう。たぶん」

 

「……」

 

「いえいえ。言いたいことは察せますよ? 男からそう見られるのが嫌なのであって、性欲そのものは否定しないと」

 

「……はい」

 

「しかしねえ? ここで過ごす間、あなたと色々お話してきたけど……たとえば」

 

 カーシャは一冊の本を取り出した。

 絵草紙。

 いや、漫画の単行本。

 

「あの、それ……」

 

 ヒシャクはとまどった顔。

 

 カーシャの出したものは、一言でかたづけるのなら、

 

「萌え系のエッチなマンガ」

 

 となるか。

 一応、成人指定ではない。

 

「これが嫌いなのは、男の性欲が気持ち悪いから?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「でも、これは女性が描いてるものだそうですけど」

 

 これは、バッキーから聞いた情報だった。

 

「わりと信用できる情報を聞いたところ、作者も別にお金もうけ目当てでイヤイヤ描いているのではない、らしいわねえ」

 

「いえ、だから……。そういうひとも、いるとは思いますけど」

 

「ふむふむ。確かに、作者はどうあれ、おおよそ女性より殿方のほうが好むかたが多いとは思うけれど」

 

 いきなり、カーシャはその顔をヒシャクに近づけた。

 下手をすると?

 息がかかりそうな近距離。

 

「……!?」

 

「あなたは、そういう殿方は嫌いなのでしょう? で。そういう殿方が好み、喜ぶものも嫌い。で。そういう殿方は、あなたがたの言葉で言うと……確か、()()()()とか()()()()()、とか言うのでしたわねえ」

 

「……」

 

 ヒシャクは何も言えずに、ただカーシャの美顔を凝視するだけ。

 

「ま、それはひとまず置いておきましょう」

 

 カーシャは離れ、踊るように身をひるがえした。

 それから――

 

「さて。それで少し話を変えて。あなたに欲情するのが、そうねえ? こんな殿方でも嫌悪するのかしら」

 

 カーシャは一枚の画像、地球で言うのなら写真。

 それを、ヒシャクに見せた。

 

 写真には礼服を身に着けた、まさに白面の貴公子と呼ぶにふさわしい若者が映っている。

 絶句するヒシャクは、思わず?

 心の中でアイドルや映画スターなど比較してしまう。

 が。

 写真の若者に勝る、あるいは匹敵する美青年は見たこともない。

 文字通り、絶世の美形

 

 ――この、ミズ・カーシャが男性化したらこの男性(ひと)とおんなじくらいかも……。

 

 そんなことを思う。

 性別は違えど、カーシャも並外れた、絶世の美女なのだから。

 

 若者の素性。

 この国、ヤオアムトの王太子である。

 また。

 かつて、カーシャの婚約者でもあった男だが……。

 そのへんを、カーシャは口に出さなかった。

 

「……あ、あの」

 

「別に、嫌ではない。むしろ? 快感と優越感でとろけそうになる。そうではなくって?」

 

「……ッ」

 

「ようするに。あなたは殿方に()()()()()()ことが嫌なのではなく、()()()()だの()()()()()にそれを向けられるのが嫌だ、ということなのよ」

 

「……ちがっ!」

 

 立ち上がりそうになったヒシャクに、カーシャは穏やかな声と表情で、

 

「別に責めているのではありませんわ」

 

 肩をすくめて、どこか遠くを見た。

 

「自分よりも身分の低い、好みに合わない殿方、いえ、男に欲情されるのは確かに嫌なもの。私だって同じ。文句を言われる筋合いもなし」

 

 ヒシャクは、何も答えない。

 ただ黙って、うつむいているだけだった。

 唇を噛んだまま――

 

「でも? さっき言ったようなことは、ちゃんと認識しておくことをお(すす)めします。そのほうが、人生色々楽しめると思うのでね。余計なことかもしれないけど」

 

「……」

 

「それでは。ま、お元気で」

 

 カーシャはほぼひとりで勝手なことを言って、部屋を出ていく。

 

 と。

 

「あ、そうそう」

 

 退室の途中で、カーシャは振り返り、

 

「あまり、殿方に過度な期待をしないほうが心身ともに健全にすごせますわよ? 理想の父親なんて、どこを探したっていないのだから。実の父親だってありえないのだから」

 

「……な、なんです。それ」

 

「いえ?」

 

 カーシャは首をかしげて、

 

「さっき考えついたのだけど、あなたが求めているのはそういう感じのものだと、思っただけ。なるほど、確かに父親が娘に性欲を向けるとなれば、それは確かに(おぞ)ましいわねえ」

 

「………!!」

 

「ああ。別にあなたが、そういう経験をしたのではない、ことはわかりますわ。単純に、自分を無償で守ってリードしてくれて、望みをかなえてくれる〝父親〟が欲しいだけ。正直、わかるところもあります」

 

 カーシャはウンウンとひとりで勝手にうなずき、

 

「ある意味、〝物乞い同士が同情しあう〟というヤツよ。あなたがたの国では、同病相憐れむ、というのだったかしら?」

 

 では、今度こそさようなら。

 

 カーシャは微笑を残して、今度こそ退室していった。

 

 

 残ったヒシャクはうつむき、ただ机の上を見つめるばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 これは。

 カーシャが街から去る、前日のこと――

 

 

 

 

 

 

 

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