破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
ミーシャ・エルダーが、その女と最初に出会ったのは――
クエストを終えて、ギルドで報酬を受け取った時。
後は、すぐにボッツを探しに行く。
そういうつもりだったのだが……。
ミーシャは、報酬をしまってからもずっとギルド内にいた。
長椅子に座り、口元で両手を組んで。
ヤオアムトへ来るまで。その途中。
ミーシャは、
ズメルヴ。
二足歩行。長い尾と猛牛のような角。
頭部から尻尾まで伸びた金色のたてがみ。
凶暴さで知られるドラゴンの一種。
ちなみに?
バッキーは画像でこれを見た時、
――牛の角をはやしたT-REXって感じ……。あれ、でも。あっちに比べると、前足が長いし大きいな。
こういった感想を抱いた。
――あの時……。
ミーシャはドラゴンとの戦いを思い返す。
大勢の冒険者が、国の支援を受けながら、たくさんの犠牲を払い――
ようやく倒した陸の暴君。
ズメルヴと対峙する前に、離れた距離からも感じ取った気配。
見るまでもなく、聞くまでもなく。
相手の戦闘力や破壊力を感じさせたもの。
つまり?
巨大なドラゴンが、すぐ近くにいるのだと確信させる
――まさか、街の近くにドラゴンでもいるの?
また。
――違う……? これは、もっと別の。
ミーシャが混乱しながら、小さく身を揺すり続けていた
「……ッッッ!?」
ほぼ意識しないまま、弾かれたように……。
ミーシャは身を低くして、長椅子から降りていた。
女が立っている。
同性でも見惚れそうな絶世の美女だった。
長い青の髪。
スラリとした、それでいて
青い宝石……
刃物や氷のような冷たい水色の瞳。
――こいつッッ……!?
対峙した直後。
文字通り、瞬きほどの時間。
ミーシャは、巨大な黒く濁った闇の塊を幻視した。
おぞましい悪魔のような巨竜。
いや。
――なに、こいつ。
自分を見て異常に警戒している少女。
遠巻きにおびえた連中は見飽きているが。
――こういうパターンは、あまりないかしら。
名も知れぬ少女へ、カーシャが抱いた印象。
それは、無力でありながら必死で吠える子犬。
……ではなく。
牙も毒もない。
逃げる羽も、速い脚もない。
地面をのたうつしかないノロマなイモムシ。
少し踏んだけで――
容易く潰れ、絶命するちっぽけな虫けらだった。
そのまま。
青い女は、ミーシャの横を通り過ぎていく。
「……~~~」
ミーシャはしばらく硬直していたが……。
やがて。
崩れるように長椅子へ座り、声も出さずにうめいた。
しばらくしてから。
ミーシャは何度も水を頭からかぶり、呼吸を整えた。
自分の頬をはたく。
――あんなのが、現実の世界にいるわけ……? まるで……。
まるで。
神話やおとぎ話の怪物だ。
怪物。
物語の中では、英雄に打ち倒される存在だが?
あの女を倒せる者は、想像がつかない。
――それこそ、神様か天使?
ミーシャは、再び目にした女に絶句したまま動けない。
――? こいつ、昨日見かけた……。まあ、いいけど。
カーシャは少女の横を通りカウンターへ。
「あ。どうも、こんにちは」
ボッツは一歩下がって、挨拶。
「マコネの知り合いだったかしら?」
カーシャは、ボッツではなくゴトクに言った。
「ああ。俺の生徒でもあるがな。言わなかったか?」
「たぶん、聞いてないわね。それはともかく……。クエスト用の携帯食を10用意してくださる?」
「あいよ。10日分ほどでいいかい」
「それでけっこう」
ゴトクが品物を取り出している間、
「あの、ミズ? 今度のクエスト、俺も参加するんですよ」
「ふーん。それは大変ね。私は半分見物人みたいなものだから」
気楽なものだけど。
そんなことを言うカーシャに、
――気楽っ? 大砲亀が?
この発言に、ミーシャは両目を見開く。
仮に後方にいたとしても、いつ砲弾みたいな岩が飛んでくるかわからない。
「ねえ……」
「えっ?!」
ボッツはミーシャの声に驚き、振り返る。
普通ではなかったからだ。
「この、ひと……。どういう、ひとなの? 私……この国に来てから、ほとんど一直線でここに来たから……」
「み、ミーシャさん?」
何をする気だ――
ボッツは思わず飛び出しそうな言葉を飲み込む。
「私だって、けっこうできる、つもりだからさ? わかるよ? 嫌でも……」
「ふーん」
携帯食をカウンターに置いたゴトクが、小さくうなる。
「少なくとも、俺の知る中じゃこの国で最強の冒険者、になるのか?」
自分で言った言葉への疑問。
ゴトクはそんな態度だった。
「いや、ヤオアムトを含めた周辺国を入れて、かね」
「これは、お褒めに預かり光栄ですわね」
カーシャは、小さく笑う。
この時、だった。
「あのー、ゴトクさん?」
店先に、客が入ってくる。
ヒーラーと思わしき、黒髪の女。
「ちょうどいいのが来てくれたかな」
ゴトクは腰に手を当てて、ため息をつく。
「稽古? 私は正式な武術なんか知らないのだけど?」
「モンスターだって、そんなもんは知らんよ」
カーシャの言葉に、ゴトクはそう返していた。
ミーシャは木剣を手にカーシャと対峙している。
木製とはいえ……。
長く生きた巨木の枝から削り出し、特殊な加工がなされたもの。
重く、硬い。
非力な者なら、持ち上げることさえ難しい。
それを手に、ミーシャは本気で打ちかかった。
事前に、
「実戦同様とはいえ、実戦じゃない。特にお前さんだ、殺してくれるなよ? バッキーがいるから、生きてりゃどうとでもなる」
ゴトクはカーシャへ念入りに言っていたが、
「お嬢ちゃんは、まあ好きにしろ」
――好きにさせてもらうッッッ!!
暗転。
ミーシャが跳ね起きた時、
「あ。すごい元気……」
黒髪のヒーラーが感心した声。
「なにが、どうなったの……?」
「腕をつかまれて、叩きつけられたんだよ。地面に……」
そばにいたボッツが、何とも言いがたい顔で言った。
「全身の骨が、ほとんど砕けてましたよ? 腕もちぎれかけてたし……。でも、すごいですね!? 大ケガだったけど、普通に生きてたし」
黒髪のヒーラーからは、変な称賛をされてしまった。
完敗。
そんな言葉がじわじわとわいてきた。
――いったい、どういう強さなのよ……。
ドラゴンとも、歴戦の猛者とも違う。
異様なもの。
少女が初めて出会ったモノだった。