破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「あれ?」
戻ってきたボッツは、小さな
中身は、紙製のカップへ入ったアイスクリーム。
――ここの名物、だったかしら。
カップのアイスをチラリと見て、カーシャはそんなことを思いだす。
――貴族だった頃、出入りの商人が土産だと持ってきたことがあったわね。私は食べなかったけど。
アイスクリーム。
それ自体なら、屋敷にも作るための道具があった。
専属の料理人も、作り方は心得ていた。
なので。
アイスクリーム自体は、別に珍しくもなかったのである。
――私は色々うるさかったから、料理人も相当苦労してたでしょうね。まあ、その分味は良かったわ。
土産のアイスは、確かメイドにでも下げ渡したと思う。
「他のふたりはどこへ?」
「知らないわね」
カーシャはそっけなく返す。
「あなたに見切りをつけて、別の殿方でも探しに行ったのではなくて?」
「え。あ。はあ。まあ、そういうことありますかね」
「ずいぶん、諦めがよろしいこと」
「そう――なんですかね」
ボッツはちょっと困った顔になった。
自覚がないのでなく。
虚勢を張っているのでもなく。
まあ、そんなものだろう。
この程度で。
ボッツ少年にとって……。
「あの連中に、そこまでの思い入れはないわけか……」
カーシャは自分にだけ聞こえる声で、つぶやいた。
冷笑気味に。
――女の心は雲のように定まらない、というけれど。殿方も似たようなものとはねえ? あるいは……。
『女という器は熱い湯でも一瞬でさめる』
そんな言葉もある。
――昨日まで永遠の愛を語り合っていたのに、翌日にはふとしたことでさめる。これは、よくあることだけど。
どうやら。
男にも、それは当てはまるらしい。
――なるほど。勉強になる。殿方は恋を引きずると聞いたけど。やはり、さめる時はさめるものらしい。
実に、面白い。
カーシャは笑いかけた口を、右手で押さえた。
観客の立場なら、実に楽しい
――世間で、恋物語が途絶えないわけね。
と。
青い乙女は、かなり歪んだ理解をする。
――手前勝手な推測ではあるけれど……。
この少年にとって、ミーシャという少女は、
――未熟で愚かだった頃の、象徴でもあるのかしら。
視界が広まった、とも言えるかもね。
恋を失おうが。
愛が消えようが。
それは、所詮
――天が落ちるでも、地が裂けるわけでもなし、と。
カーシャは身を起こして、ボッツの持っていた籠を奪った。
ゆっくりと静かで、ごく自然な動作。
「はい」
カーシャは籠からカップアイスを取り、ボッツへ渡す。
「え、あの」
「少し散歩でもしてきますわ。代金のおつりはけっこう」
キョトンしながら振り返ったボッツ。
手の中へ――
カップと一緒に金貨が一枚あること。
これに気づくのは、しばらく後だった。
今のお前を、あのガキが見たらどう思うかな?
そんなことを言われた。
――いや、どう思って……。どうもならねーよ、今の段階じゃ。
ソテツは、さめた思考で思った。
熱くほてった肉体と裏腹に
プールサイドを歩いてる途中。
ソテツは妙な香りに気づいた。
気づけば、体が熱く、芯がほてっている。
体も若干弛緩しているようだ。
――なんだ!? 麻痺毒か!? こんなところで? クッソ……マジかよ!?
よろめきながら、あわてているところ。
いきなり。
太った、特徴のよくわからない中年男に捕まった。
そして。
物陰に引っ張り込まれたわけだが。
――ガキって……。たぶん? ボッツのこったろうけどさぁ?
ソテツの小柄な体を、無遠慮に触ってくる男。
こいつが語る言葉。
――おいおいおい……。このオッサン、私とボッツが良い仲だと誤解してんのか???
いくら自分にアプローチをかける女がいたとしても。
そこにあるのは、打算と下心。
――惚れるとか、憎からず? てなら、理想だけど……。
ことは、そう思うとおりにはならない。
互いに思い入れやら、何やらは薄いのだから。
仮に、この中年にどうこうされて。
骨抜きにされたとして……。
ボッツの反応は、おそらくこの中年が期待しているものではない。
「あ、そう。じゃーね」
――せいぜい、そんなもんだよなあ……。
ソテツは、髪の中に隠してあるものをこっそりと口の中へ。
小さな紙きれである。
――このオッサン、金になるのか、稼げるのか。
愛撫? をされている中、ソテツは中年を見る。
――あ……。こいつ、たぶん女をコマす以外に能がない。
その結果、どうなるか。
――ぜってぇ、デブのヒモ中年を世話する羽目になる……!!
やがて。
「はう……」
ソテツは、あえぎ脱力して崩れ落ちた。
この様子を見て――
中年男がにんまりとした時。
小柄な少女はいきなり、走り出した。
まるで、ネズミのような動きと速度。
「あ」
「オッサン、愛人が欲しけりゃ札束持って出直してこい!! そしたら考えてやるよ!!」
毒を吐きながら、ソテツはあっという間に逃げてしまった。
緊急に備えて……。
ソテツは髪の中へ、解毒薬を含ませた紙を隠している。
口に含んだものは、それだったのだ。
「こ、こら」
反射的に、中年男が手を伸ばした時――
むんず、と。
まさしく、そういう感じだった、
巨大な怪物……たとえばドラゴンの手。
それが、自分の頭をつかんでいる。
男の脳裏には、そんなイメージが浮かんだ。
実際は――
ひとりの乙女が、その白い手で男の頭をつかんでいるのだが。
みしり
「ひぃぃぃ」
顔に似合わない、甲高い悲鳴。
一瞬。
悲鳴が自分の口から出ていること。
その事実に、男は気づけなかった。
「なるほど」
乙女は、少し首をかたむけて、
「
「だ、ぎ、がが……」
男は、何かを言おうとした。
その内容は、男自身にもよくわからない。
「捕まえるのなら、わざわざこんなことをしなくっても良さそうなものだけど……」
まあ?
私には関係ないことだわ。
「お、俺を……どうする、気」
「さあ?」
どうにか言葉を発した男。
一方で――
カーシャはまた首をかたむける。
やはり、ほんの少しだけ。
「殺されるのか、実験台にされるのか。それとも家畜か」
どっちにしても。
私が関与することではなくってよ。
そして。
恐ろしい力で男の頭をつかんだまま……。
カーシャはスタスタと歩き出す。
その行先は――