破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その112、反魂香炉-7 傾国

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゾース殿。これはもはや」

 

 男は、苦いものでも吐き出すように言った。

 

 ライオンを思わせる顎髭(あごひげ)

 油の乗り切った〝男〟の勢力を感じさせる。

 

 ――このひとは、ワヌゥ伯爵……だったかな。

 

 文献の記憶から、バッキーはうなずいた。

 歴史書でも多く書かれている重臣のひとり。

 

「それ以上は言ってくれるな」

 

 宰相は首を振った。

 

「いや、あえて言わせていただく。無理にでも聞いていただきますぞ」

 

 ワヌゥ伯爵の眼。

 そこには、一歩も引かないという意思がギラついていた。

 

此度(こたび)の、陛下がご乱心された一件。道理や言葉でおさめられるものですか?」

 

「……」

 

「貴殿ほどのかたが、言葉と心を砕きお諫めしてもお止めすることはかなわず――」

 

 されば。

 他の者が浅知恵や口先で策を弄して、何ができましょうか。

 

 伯爵はまるで、決闘でもしているような迫力だった。

 

 

「うひゃ」

 

「おっかねえオヤジだよ」

 

 横で聞いているバッキーが、小さく身をすくめた。

 マコネは苦笑を噛み殺す。

 モンスターやカーシャとは全く異質の迫力ゆえか。

 

 

「まだ最後の手が残っておる」

 

 宰相は伯爵の声にまったく動じない。

 顔も声も、驚くほどに穏やかで。

 

 しかし。

 

 どこか、ゾッとするような……。

 

 

 ――ど、どういう……? なんなの、この雰囲気……。

 

 息を飲むバッキーの横で、

 

「宰相さん、ドラゴンに一騎打ちでも挑みそうな顔つきだぜ?」

 

 マコネは何気なく言った。

 

「え。いや」

 

 バッキーはギョッとする。

 

 カーシャならば、たやすく叩き殺せるだろう。

 が。

 国が軍を動かさねばならない、災害のようなモンスター。

 

 ――それって、ほとんど……。

 

 

「否」

 

 伯爵は片手を突きだし、否定した。

 

「ゾース宰相。それは、なりませんぞ」

 

「まだ何も言ってはおらんよ」

 

「ゾース殿。私をカカシとお思いか?」

 

 伯爵は、ぐいっと宰相に近づく。

 

「遠国の蛮族は密かに己が腹を切り、命を賭して……いや命を捨てて、腹が裂けたまま王に直訴する、などと風聞にあるそうな」

 

 伯爵の、大きくごつい手が宰相の肩をつかんだ。

 

「――そんな、たわけた蛮習を真似るおつもりか?」

 

「……」

 

 宰相は答えない。

 

 しかし。

 

 その沈黙こそが――

 何よりもハッキリとした返答だった。

 

 

 ――切腹って、時代劇じゃあるまいし。いやここはファンタジーな異世界だけど……。

 

 バッキーは頭を抱えたくなった。

 

 キラキラとしたラノベやマンガみたいなものを期待する心。

 それは、これまでの経験で完全崩壊したつもりだった。

 色んな意味で生臭いものを、たくさん見聞きして。

 まさに、今まで何度も何度も。

 

 ――しかし。こんな王様やら貴族のドロドロを見る羽目になるとは……。

 

「生きたまま腹切るって、すげえ話だな。(わら)踊りくらうのと、どっちがマシかね?」

 

 マコネは同情の目で宰相を見ていた。

 

 そして、カーシャは、

 

 ――1000年前も、王族貴族の醜聞というのは……。まあ、私も当事者だったけど。

 

 身分剥奪と追放の我が身を思い出し、妙におかしくなった。

 

 

 2人の男に、緊張と暗い空気がのしかかっていた時。

 

「閣下。少しお耳を……」

 

 宰相の部下らしき者が、身をかがめるようにしてやってくる。

 チラチラと、伯爵の存在を気にしながら。

 

「む。これは邪魔をした」

 

 伯爵はすぐに距離を置いて、別方向を向く。

 

「………」

 

「………なっ!?」

 

 報告を聞いた宰相は絶望の顔で、崩れ落ちそうになった。

 

 それで、伯爵も事態を察したらしく?

 

「申し訳ないが、話はまた後日に」

 

 言いながら、足早に去っていった。

 

「暗君が……!!」

 

 自分だけに聞こえる声で、呪詛を吐きながら。

 

 

 もっとも。

 カーシャたちには、しっかりと聞こえていた。

 伯爵のつぶやきばかりではなく……。

 宰相が受けた報告内容も。

 しっかりと。

 

「あーあ……。こりゃダメだ」

 

 マコネは座り込みながら、

 

「これがホントに大昔のことを映してる? のなら、内乱だか内戦? ってえのは」

 

「いえ。歴史書ではそういうことは、ぜんぜん」

 

「とすれば。なんやかんやで丸くおさめるのかね? ンなことできるように思えねえけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女は、温泉の見える二階でゆったりとしていた。

 若く美しい。

 そればかりではなく、独特のつややかな気配。

 

 どこか。

 男を引き寄せるものがある。

 

 でも。

 男を手玉に取る魔性の女――

 

 

「てな、感じじゃねーよなあ」

 

 マコネは、幻影の美女を間近で見つめ、首をかしげた。

 

「フツーのねーちゃんにしか見えんぜ?」

 

「ですねえ」

 

 バッキーも、同意する。

 

 ――こうしてみると……。

 

 正直、間違いなく美人ではある。

 いや。

 年齢は中高生くらいだから、美少女か。

 

 ――地球の日本に来ちゃったりすれば。速攻で色んな事務所にスカウトされるよね。ん-、でも……。

 

 カーシャの横顔を見た。

 

 毎日絶世に美女といるためか。

 彼女の美貌自体にさほど驚きはない。

 

「まあ、私よりかはるかに美人だからバランスはとれてますね」

 

「なんの話してんだ?」

 

「いえ。まあ……こっちのことだから気にしないでください」

 

「???」

 

 さて。

 カーシャはと言えば……。

 

 ――なかなか、白々しいこと。

 

 病気療養のため、温泉でしばしの湯治。

 そういう名目で少女はここにいる。

 

 もちろん。

 心身ともに、いたって健康。

 

 ――いや、心のほうはわからないかしら?

 

 いずれにしろ。

 ここへ、ソーゲン王が来たとしても、

 

 ――あくまで偶然。そういうことにできると……。そして、

 

 この少女も何がどうなっているのか、わかっているのだ。

 

 ――名ばかり王族の冷や飯食いよりの花嫁よりは、老いたりといえども、正当な国王の側室となるほうが得。判断としてわかるけど。

 

 状況が許せば、誰だってそうする。

 私だってそうする。

 状況が許せば、ね。

 

 カーシャは、過去の幻影を興味深く観察し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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