破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「ゾース殿。これはもはや」
男は、苦いものでも吐き出すように言った。
ライオンを思わせる
油の乗り切った〝男〟の勢力を感じさせる。
――このひとは、ワヌゥ伯爵……だったかな。
文献の記憶から、バッキーはうなずいた。
歴史書でも多く書かれている重臣のひとり。
「それ以上は言ってくれるな」
宰相は首を振った。
「いや、あえて言わせていただく。無理にでも聞いていただきますぞ」
ワヌゥ伯爵の眼。
そこには、一歩も引かないという意思がギラついていた。
「
「……」
「貴殿ほどのかたが、言葉と心を砕きお諫めしてもお止めすることはかなわず――」
されば。
他の者が浅知恵や口先で策を弄して、何ができましょうか。
伯爵はまるで、決闘でもしているような迫力だった。
「うひゃ」
「おっかねえオヤジだよ」
横で聞いているバッキーが、小さく身をすくめた。
マコネは苦笑を噛み殺す。
モンスターやカーシャとは全く異質の迫力ゆえか。
「まだ最後の手が残っておる」
宰相は伯爵の声にまったく動じない。
顔も声も、驚くほどに穏やかで。
しかし。
どこか、ゾッとするような……。
――ど、どういう……? なんなの、この雰囲気……。
息を飲むバッキーの横で、
「宰相さん、ドラゴンに一騎打ちでも挑みそうな顔つきだぜ?」
マコネは何気なく言った。
「え。いや」
バッキーはギョッとする。
カーシャならば、たやすく叩き殺せるだろう。
が。
国が軍を動かさねばならない、災害のようなモンスター。
――それって、ほとんど……。
「否」
伯爵は片手を突きだし、否定した。
「ゾース宰相。それは、なりませんぞ」
「まだ何も言ってはおらんよ」
「ゾース殿。私をカカシとお思いか?」
伯爵は、ぐいっと宰相に近づく。
「遠国の蛮族は密かに己が腹を切り、命を賭して……いや命を捨てて、腹が裂けたまま王に直訴する、などと風聞にあるそうな」
伯爵の、大きくごつい手が宰相の肩をつかんだ。
「――そんな、たわけた蛮習を真似るおつもりか?」
「……」
宰相は答えない。
しかし。
その沈黙こそが――
何よりもハッキリとした返答だった。
――切腹って、時代劇じゃあるまいし。いやここはファンタジーな異世界だけど……。
バッキーは頭を抱えたくなった。
キラキラとしたラノベやマンガみたいなものを期待する心。
それは、これまでの経験で完全崩壊したつもりだった。
色んな意味で生臭いものを、たくさん見聞きして。
まさに、今まで何度も何度も。
――しかし。こんな王様やら貴族のドロドロを見る羽目になるとは……。
「生きたまま腹切るって、すげえ話だな。
マコネは同情の目で宰相を見ていた。
そして、カーシャは、
――1000年前も、王族貴族の醜聞というのは……。まあ、私も当事者だったけど。
身分剥奪と追放の我が身を思い出し、妙におかしくなった。
2人の男に、緊張と暗い空気がのしかかっていた時。
「閣下。少しお耳を……」
宰相の部下らしき者が、身をかがめるようにしてやってくる。
チラチラと、伯爵の存在を気にしながら。
「む。これは邪魔をした」
伯爵はすぐに距離を置いて、別方向を向く。
「………」
「………なっ!?」
報告を聞いた宰相は絶望の顔で、崩れ落ちそうになった。
それで、伯爵も事態を察したらしく?
「申し訳ないが、話はまた後日に」
言いながら、足早に去っていった。
「暗君が……!!」
自分だけに聞こえる声で、呪詛を吐きながら。
もっとも。
カーシャたちには、しっかりと聞こえていた。
伯爵のつぶやきばかりではなく……。
宰相が受けた報告内容も。
しっかりと。
「あーあ……。こりゃダメだ」
マコネは座り込みながら、
「これがホントに大昔のことを映してる? のなら、内乱だか内戦? ってえのは」
「いえ。歴史書ではそういうことは、ぜんぜん」
「とすれば。なんやかんやで丸くおさめるのかね? ンなことできるように思えねえけど」
女は、温泉の見える二階でゆったりとしていた。
若く美しい。
そればかりではなく、独特のつややかな気配。
どこか。
男を引き寄せるものがある。
でも。
男を手玉に取る魔性の女――
「てな、感じじゃねーよなあ」
マコネは、幻影の美女を間近で見つめ、首をかしげた。
「フツーのねーちゃんにしか見えんぜ?」
「ですねえ」
バッキーも、同意する。
――こうしてみると……。
正直、間違いなく美人ではある。
いや。
年齢は中高生くらいだから、美少女か。
――地球の日本に来ちゃったりすれば。速攻で色んな事務所にスカウトされるよね。ん-、でも……。
カーシャの横顔を見た。
毎日絶世に美女といるためか。
彼女の美貌自体にさほど驚きはない。
「まあ、私よりかはるかに美人だからバランスはとれてますね」
「なんの話してんだ?」
「いえ。まあ……こっちのことだから気にしないでください」
「???」
さて。
カーシャはと言えば……。
――なかなか、白々しいこと。
病気療養のため、温泉でしばしの湯治。
そういう名目で少女はここにいる。
もちろん。
心身ともに、いたって健康。
――いや、心のほうはわからないかしら?
いずれにしろ。
ここへ、ソーゲン王が来たとしても、
――あくまで偶然。そういうことにできると……。そして、
この少女も何がどうなっているのか、わかっているのだ。
――名ばかり王族の冷や飯食いよりの花嫁よりは、老いたりといえども、正当な国王の側室となるほうが得。判断としてわかるけど。
状況が許せば、誰だってそうする。
私だってそうする。
状況が許せば、ね。
カーシャは、過去の幻影を興味深く観察し続けるのだった。