破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「事前におたずねしたことですが……」
エルフの女は、静かに言った。
キャンバスに木炭を走らせながら。
薄い紫の髪。それと対照的な濃い紫の瞳。
髪は短く刈っているが……。
男性的とか中性的? そういう印象は受けない。
「あなたにとって、陛下はどのようなかたですか?」
「……」
モデルとなっている少女――ララは不思議そうな顔をした。
「すでにわかっているだろう、とおっしゃりたいのですね」
「ちがうのかしら?」
「ええ。
エルフは、少しだけ手を止める。
「私は、モデルとなるかたからお聞きすること。それをもとに絵を描きます。表面だけ描いても、タダの模写でしかありません」
この後。
次第に話は変わり、深くなっていく。
いつの間にか……。
少女と王の関係ではなく、少女自身のことに。
私は――
8つの時に父を亡くし、プルンプアン家の養女となりました。
この容貌を買われてのことですよ。
自慢ではない、と言いません。
卑下するのはむしろ、いやらしいでしょう?
生家は、一応騎士号を授かってはいたものの――
小さく貧しいものでした。
今思えば、ですけれどね?
プルンプアン家にもらわれてからは……。
ずっと。
なかなか大変でした。
母からはそれなりに厳しいしつけを受けてきましたけど。
やっぱり。
吹けば飛ぶような、騎士の家でしたから。
不幸、というのはおこがましい。
ええ。
もちろん、わかります。
だって、それ以前は平民の中で、貧しい生活をしていました。
むしろ恵まれていたでしょう、
養父のおかげで、飢えたことはありません。
ふふ。
けれど……。
プルンプアンも、貴族からすれば下になりますよ。
準子爵、ですものね。
リフラ殿下と縁談が結べたこと。
これ自体、相当の根回しとか、
殿下は――
良いおかただと思います。
だけど。
まぎれもない本心だし、あのかたに含むところはありません。
ただ。
愛とか、恋とか。
そういうものも、なかったですよ。
王族、貴族の結婚にそんなものは要らない。
違います?
「――そうですか」
聞きながら、エルフは聞き流すように言ったが、
「では。もう一度最初の質問に戻りましょう」
あなたにとって。
国王陛下はどのようなかたですか?
「……」
少女は無言で考えているようだった。
その表情は、とても真剣で。
「大きくて、広く。私を包み込んでくださる。そのようなおかたです」
「確かに陛下は傑物であらせられ、大人物です。なら、リフラ殿下は?」
「……」
「答えにくいのでしたら、けっこうです。失礼をいたしました」
エルフは木炭を動かす手を止めない。
むしろ。
しゃべっている間こそ、動きはスムーズだった。
しばらく後。
エルフはその手を止めて、
「陛下は――」
まるで、父親のように大きいおかたなのですね。
「そうかも……しれません」
少女はどこか不思議な微笑で、ゆっくりと答えた。
ハッキリとした声で、首をかしげるようにしながら。
バッキーは、それを見ながら息を吐き出した。
「このひとにとって」
理想の男性は、父親みたいなひと、だったんでしょうか。
言い終わってから、微笑む幻影の少女を見る。
「そりゃ、
マコネは頭を掻き、困った顔でつぶやく。
彼女には、理解できないものだった。
――嫌なものを見たし、聞いた。
自分も似たり寄ったりだったかもしれない。
カーシャは表情には出さないが、
――自分の恥部を、見てるようね……。この状況、誰かのいやがらせ?
眼を閉じながら思っていた。
男ふたりが向かい合っている。
ゾース宰相。
ワヌゥ伯爵。
どちらも、暗く厳しい顔をしていた。
それはまるで、血まみれの戦場へ向かうような――
「もはや、止めることはかなわぬのか」
宰相は神に祈るように言った。
その顔を天井を、いや、遠い過去でも見ているのか。
「今ならば」
宰相の言葉に、伯爵は答える。
静かだが、血を吐くような声だった。
「今ならば、陛下に暗君の
そうではありませんか?
決闘でもしているような眼で、伯爵は宰相を見る。
対して。
宰相はジッと伯爵を見返した後、
「まさかよ。こんな終わりを見るとは夢にも思わなんだ」
「ゾース殿」
「そうだな。今さら嘆いても仕方もないこと」
宰相は伯爵を背を向けて、虚しそうに笑った。
「この不始末は不肖の家臣として、責めを負わねばならんなあ」
「
ゾース宰相の背中に向け、ワヌゥ伯爵は言葉を続ける。
「あなたは、18にもならぬ若い時代より陛下にお仕えされてきたかた。私ごときが、お気持ちを察するなどと思いあがったことは申しません。しかしながら」
あと5年。
いえ、あと3年はお待ち願えませぬか?
あなたのお力は、わが国にも必要なのです。
その言葉に、
「あいわかった」
ゾースはただ
「父殺しか」
ノデラは、自室の中でつぶやいていた。
彼以外には聞こえない声。
あるいは?
心でつぶやいたものだったのか。
国王としての、正装。
「息子は父親を殺して、大人になる……。古い言い回しにあったな」
鏡に映る、泰然とした姿。
それを見ながら、どこか寂しそうに、
「
「なんというか……」
世の中ってままならないんですね
バッキーは香炉の煙を見つめながら言った。
古びた塚の前に座ったまま。
ネビズから離れた、セーヅ近くの小さな町。
その郊外に、塚はあった。
塚の周辺はこぎれいにされており、塚自体も年月は感じられるが、
――きれいに、手入れされてる……。誰が、掃除とかしてるんだろ?
そこが、バッキーは不思議だった。
塚に、名前はない。
ただ小さく。
乙女の姿が刻まれている。
「あの」
バッキーは顔を上げ、カーシャたちに声をかけようとした。
が。
カーシャもマコネも、別の方向を向いている。
「誰だい、あんたら」
しばらくして現れたのは、ドワーフの女だった。
籠を背負い、その中には道具や花などが入っている。
……。
「実はこれこれしかじか」
「その香炉から、幽霊が出たぁ?」
マコネのテキトーな説明に、ドワーフは変な顔をしたが、
「ふうん。だいぶ古いけど、かなりのもんじゃないか。名工の品だよ」
塚の前に置かれた香炉に感嘆の声。
「ドワーフが作ったのかい?」
「だろうね」
マコネが言うとドワーフはうなずき、
「うちのひいじいさまもこういうもんが得意な職人だったな。もう死んじまったけど」
「え? そうなんですか?」
バッキーは驚いた。
「ああ……。そういやぁ、酔っぱらってよくホラ吹いてたって聞いたよ。あたしゃガキもガキの頃だからおぼえちゃいないけど」
ドワーフは苦笑して、
「時の宰相様から直々に注文を受けて、最高の香炉を作った……とかねえ。大ボラもいいとこだ」
「さ、宰相?」
バッキーは、思わずマコネと顔を見合わせた。
その一方で。
あまり興味もなく後ろで見ていたカーシャだが、
――あ。思い出した。
ソーゲン王時代の宰相ゾース。
血縁的には――
チーフウォールの流れを汲む者だったという。
――妾腹だか、分家筋だったか忘れたけど……。
同時代の当主と、多少の交流もあった、らしい。
家の歴史書にはそう書かれていた。