破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「む――」
と。
その男が足を止めたのは、職場へ戻る途中だった。
向かい側の歩道。
2人づれの高校生が歩いている。
ただ、それだけ。
しかし、
――これは……。
その片方、きれいな顔をした少女。
驚くような美貌だった。
どこか、人間ばなれしているほどに。
「はあ~。世の中、あんなかわいい子がいるんですねえ!?」
連れ立っていた部下も、少女に気づいたらしい。
確かに、その美貌も凄まじい。
だが。
そこではない。
男が思わず見てしまったのは、少女から感じる臭い。
まとった空気。
――血だ。
無意識に口元を押さえ、男は顔をしかめていた。
血と、腐った肉……死体の臭い。
それが、車道越しですら感じられるような。
刑事。
長年つとめてきた男の職業である。
その中で、多くの犯罪者を見て、出会ってきた。
嫌なことばかりだったように思う。
いつしか。
ある犯罪者からは、独特な臭い、気配がすることに気づいた。
殺人を犯した者。
それらは、全て共通した死臭に似たものを出している。
多くを殺害した者ほど、強い〝臭い〟を放つ。
あの美しい少女からは――
「どうしたんです? 顔、真っ青ですよ?」
「……すまん。ちょっと気分がな。俺も年か」
よろける体をこらえながら、男は何とか笑ってみせた。
あの少女が殺した人間。
おそらく、百やそこらではない。
まるで戦争のような。
「……いや、本当に年だな。まったくどうも」
自分の思考を、男は笑って否定した。
――バカらしい……。まったく、長年の勘なんか当てにならんもんだ。いや、やっぱり年か。
そして、
「じゃあ倒れないうちにさっさと戻るか。まだ仕事も残ってる」
男は部下を促して歩き出す。
無意識化で逃げるように。
「……」
「あの、どうかした……ですか?」
「いえ」
立ち止まり、どこかを見ていたカーシャ。
宗吾に声をかけられ、笑って首を振る。
「さて。ちょっと何か食べていきましょう。待たせたお詫びにごちそうしてあげる」
と。
カーシャはファミレスを指して言った。
リーズナブルな価格で、満足できると評判のチェーン店。
さらに。
なかなか
学生のデートコースとしては、かなり上質な店だ。
「え。いや」
「言っておくけど、あなたよりお金はあるから」
「あ、あははは……」
「勘違いでしょ」
「えっ?」
「だから。勘違いだと言っているの。自意識過剰、あるいはひとり
ン。
これはちょっと年寄り臭い表現かしらね。
でも、まあ。
そういうことだから。
会話の途中――
カーシャはそう断言した。
その前には複数の料理が並んでいるが……。
無駄のない所作と、ゆったりとした、ように見える動き。
カーシャはしゃべる合間に、どんどん料理を食べていた。
それでいて。
ちょくちょく相づちを打つのだ。
――どれだけ食べるんだ……。
カーシャの食事に、宗吾は恐怖すら感じる。
いくら背が高いと言っても、その量は明らかに10代少女のものではない。
――運動部の女子だって、こんなには食べない。絶対に。
食事の中で。
いつの間にか、宗吾個人のことになっていた。
あるいは悩みか。
むしろ。
ほぼ面識のない相手だからこそ、話せるものだった。
かもしれない。
「あなたの話というか、愚痴を要約すれば――」
カーシャは、ステーキを切っていた手を止め、
「親しい、と思っていた女の子たちがみんな他の男。しかもたったひとりに持っていかれたと。そういうことでしょ?」
「う」
身も
しかしながら。
まったくその通りだった。
「いえ?」
カーシャはさめた目つきで、宗吾を見る。
切り分けた肉を口に入れ、音を立てずに食べてから。
「そもそも、
「あの、いや」
「まずお友達の代表と言える、幼馴染さん。古い付き合いだから、まあそれなりに距離は近かった。と、いうだけでしょ」
「そ――」
何か言おうとするのだが、宗吾は声が出ない。
「他の
「いや、その」
「それとも、なに? 向こうもあなたが好きだったとか、そんな風に思っていたのかしら? すごい自信だこと」
「うあ」
「ちょっと仲が良いだけの相手を、勝手に自分のヒロインだと勘違いしてた。それがあなたです」
突き放すような言葉。
しかし。
不思議と宗吾は不快にもならなかった。
哀しくもない。
つらくもない。
――不思議なひとだなあ。
頭の隅で、そんなことすら思う。
「話から察するに、その男の子はあなたより数段上のランクにいるのでしょう。だったら、仮にあなたの思い上がりが事実だったとして、女の子があなたにこだわる意味なんかないわね」
「そういうもの、ですか」
「そういうものよ」
「うん。はい。そうですよね」
カーシャの
何の抵抗もなく。
「最悪、あなたのことはいわゆる黒歴史になっている可能性すらある」
「うわあ……」
言われたことを想像して、宗吾はげんなりとなった。
頭を抱えたい心境。
そして。
脳裏をよぎるのは――
ずっと一緒に過ごした幼馴染の少女。
ボーイッシュな半分喧嘩友達だった少女。
地味な印象だが、不思議な魅力の少女。
クラス委員長をつとめ、まじめで堅物の少女。
――あ……アホか、僕は。
カーシャの血も涙もない指摘に、宗吾は笑うこともできない。
というより。
むしろ、羞恥心しかなかった。
「はあああ……」
辛気臭い。
その見本みたいな、無駄にでかいため息。
でも。
息と一緒に、今までたまっていた
その一方で。
カーシャはといえば?
――しかしまあ……。
宗吾から聞いた話をもう一度思い返していた。
そも。
どういう感じだったかというと――