破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「ここは、あんまり慣れないなあ……」
ボッツは歩きながら、ボソリと言った。
その日。
ボッツとソテツはクエストの用事でサキュバス街を歩いていた。
まだ、ボッツがミーシャと再会していない頃のことである。
「そらま?
つっても。
そればっかりじゃないっていうか、ちょいちがうとこもあるッスけど
ソテツは言いながら、くるっと周りを見る。
昼間なので歓楽街というよりは、単なる飲食店ばかり目立つ。
「高級店もあるけど……。手ごろで美味い店もたくさんあるッス」
「ふーん」
まだ〝客〟として来たことのないボッツには、ほぼ未知の領域。
そして、
「なんか子供もけっこういるんだな? プーカじゃなさそうだし」
と。
ボッツは感慨深いプラス不思議そうな顔。
語るのは、チラチラと見かける小さな者たちについて。
ブーカとは小柄で、子どものように見える種族のこと
〝
それはさておき。
サキュバス街には、明らかに住人らしい子どもが何人もいた。
よく観察してみると?
子ども連中は店の並ぶ通りではなく……。
もっと奥のほう、商店がない場所を出入りしているようだ。
「住宅街ってのかな」
ボッツはつぶやく。
そういう地域があるのは、意外だった。
「サキュバスには、子育てする連中もいるッスから」
「そりゃ結婚してるのもいるだろ」
「いえ。そーゆーのは、他で暮らしてるッス。ここでは……。ま、母子家庭ってヤツ?」
ソテツは首を振りながら答えた後、
「ありゃあ……」
顔を上げ、ある店の2階へと目をやる。
そこには外を見ている、サキュバスの姿。
「?」
「……」
急に無言となったソテツ。
それを妙に思うボッツ。
ソテツにとって、そのサキュバスは――
知った顔。
いや。
ある意味、知りすぎるほど知った顔だった。
「あれま?」
視線に気づいたらしいサキュバスは、ソテツの前にふわりと降りてくる。
赤い眼。赤い髪。赤い翼。
肉感的で扇情的な雰囲気の
何よりも――
――子ども。っていうか、赤ん坊???
サキュバスは小さな赤ん坊を抱いていた。
特徴的に、どうも人間の赤ん坊としか見えない。
――いや……。サキュバスの赤ちゃん? なんか見たことないけど……。
そも?
サキュバスとの交流自体ほとんどないボッツである。
「久しぶりだねえ、ソテツ」
赤いサキュバスは、親しげ……というよりは。
なれなれしい態度でそう言った。
「それなりにうまくやってるようだ。けっこう、けっこう」
ひとり勝手にうなずいているサキュバスに、
「??」
ボッツは反応に困り、ソテツを見た。
「母親ッスよ。一応ね」
「え」
そっけない返事を返したシーフ娘に、ボッツは少しギョッとなる。
「いちおう? あたしゃ、一人前になるまでキッチリ育てたつもりだけどねえ」
必要なことは全部教えたはずさ。
サキュバスは自信満々の態度。
大きなバストを突き出すようにして、そう言った。
「まあね」
ソテツは肩をすくめ、母のその言葉を肯定する。
ソテツが生まれ育ったのは、ネビズの街。
ではなく。
やや離れた、もう少し小さな街だった。
それでも?
辺境にふさわしく、冒険者ばかりの街だったが。
彼女はそこのサキュバス街で、サキュバスの母に育てられた。
母は、客を取ることはしていなかったが。
時々ギルドなどから仕事を受けていたようだ。
強い魔力と、そこから繰り出されるハイレベルな魔法。
種族特性たる能力は、たいていのことには融通が利いたのだろう。
父親のことは、ほとんど知らない。
わかっているのは……。
ソテツの物心がつく前に死んだ。
それだけ。
冒険者であった父は、クエストで命を落としたらしい。
似たような家は、いくつもあった。
現在のネビズにも。
いや。
ヤオアムトでは珍しくもなんともない。
時折、父親が訪ねてくる家もあったが――
母親のサキュバスと子どもだけ、という家も多かった。
父親がいたり、いなかったり。
あるいは親子そろってサキュバス街の外で一緒に暮らしていたり。
まあ、サキュバスと他種族の結婚生活は、色々あるようで。
その母がソテツの前から去ったのは、12の時。
「子別れってやつさ」
別れの言葉は、ただそれだけ。
悲しいとか、寂しいとか。
なかったと言えば、嘘になる。
戸惑いもなかったが。
そういうものだと。
ずっと以前より知っていたから。
友人知人で、母が子供を残して去る光景は何度も見たし、話も聞いた。
子どもが13歳前後あたりに、どこでもそうなる。
残された子どもは、みなしたたかに暮らしていく。
それこそ、雑草やネズミ、ゴキブリのごとく。
冒険者となっても……。
生存率は、他の家庭で育った者よりはるかに高い。
魔法。
体術。
サバイバル技術。
そして、モンスターテイマーの技。
全て母から教わった。
だから。
母と別れ。
ギルドに登録し、冒険者となってからも――
「――問題なく、やれてただろう。」
「そうだね」
ソテツの母は、赤ん坊の頬をつつきながらニコリと笑う。
「で」
母と再会したシーフ娘は、赤ん坊を見る。
「あんたの弟だよ。父親ははした金だけ残して死んじゃったけど。月々養育費を払うって契約だったのにね。残った金じゃぜんぜん足りやしない」
「……」
ボッツは、何とも言いがたい気持ちだった。
サキュバスが他種族の男と契約し、子を産んで育てる。
話としては聞いていたが。
「ふふ。だからって、捨てたりはしないさ。まあ? 死のうがどうしようが、一度かわした契約は守ってもらうけれど」
ボッツの視線から、サキュバスは何かを察したように笑う。
「いや、死んでるのに」
「方法は色々あるのさ」
そう言った母に対し、ソテツはいつもと違う口調で、
「うちの親父も、そうだったのかよ?」
「さてね。ただ、死んだ父ちゃんの悪口も言ったことはなかった、と思うけど」
母は肩をすくめ、
「じゃあま。早死にしないようにね? 私はこれから、よその国で子育てさ」
言い残して、ふわりと空に舞い上がり――
すぐに見えなくなった。