破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その114、きみは虜囚か姫君か-16 両親(ふたおや)の記憶

 

 

 

 

 

 

 

 黒い服があちこち裂けている。

 額や頬の切り傷から、血が流れた。

 

 伯爵(ベルツ)は、無言で(たお)れた暗殺者を見ている。

 

 傷口を蝕む毒を魔法で治癒しながら、

 

 ――妙なヤツだった……。

 

 本来なら――

 八つ裂きでも飽き足らないはずの相手だった。

 

 しかし、

 

 ――笑っているのか?

 

 屍をさらすスキンヘッドの刺客は目を閉じ、微かに笑っている。

 そんな風に見えた。

 

 ――おそらく、こいつも……。

 

 暗いモノを背負っていたのだろう。

 ベルツは小さく息を吐き、背を向けた。

 

 ――イセンサ。

 

 亜麻色の髪をした少女。

 その姿を求め、外へと駆け出す。

 

 次の戦闘へ、イセンサの元へ向かう中。

 

 ベルツは自分の、暗く(よど)んだモノを思い出す。

 

 こんな状況下で、

 それとも、こんな状況だから?

 

 ――あいつの()()か。

 

 ベルツは、舌打ちをした。

 暗殺者(ヒョーズ)の死に顔を、頭の隅へ浮かべながら。

 

 

 

「お前を見ていると、(けが)らわしい気分になる」

 

 

 

 白くなりかけたブラウン。

 かつては、ブルネットだったウェーブの髪。

 

 それを揺らしながら――

 自分とよく似た顔立ちの女は吐き捨てた。

 

 ――母様。

 

 美しい女性(ひと)だった。

 病に侵され、やつれていく中でも、その美貌は変わらなかった。

 

 ベルツにとって……。

 母の記憶とは、憂えた横顔か背中ばかり。

 決して、自分を見ようとはしない。

 

「奥様はお体が悪いのです」

 

 気づかう乳母の言葉。

 

 だが。

 それが気づかい、優しい言い訳だと嫌でもわかっていた。

 

 先代、今は亡き父。

 強引な手腕で、富や権勢を大きくした傑物。

 そんな評価をする連中も多い。

 

 しかし。

 ベルツにとっては、

 

 ――金と権力、色欲だけの男。

 

 だった。

 

 フォイア家。

 (さかのぼ)れば、チーフウォール公爵家の分家筋だという。

 

 過去しばらくは疎遠だったらしい。

 

 が。

 

 あちらも、先代……ゴーム・イユ・レイユ・チーフウォールの代となってから――

 父はチーフウォール家と近づいていった。

 それだけ、ゴームの権勢が強かったせいでもある。

 他にも美味い汁を求めて、接近する連中は多かった。

 

 ゴーム・イユ・レイユ・チーフウォール。

 

 すなわち、カーシャの父。

 

 嫡男である兄、ヴァダー・プロシーチ・レイユ・チーフウォールを謀殺。

 家督を簒奪(さんだつ)したと陰で囁かれた人物。

 

 少し、頬がこけた陰気な雰囲気の男だった。

 不愛想で偏屈。

 そのくせ。

 コネや金、権力には抜け目なく、ぬかりない辣腕(らつわん)の領主でもあった。

 

 だからこそ、

 

 ――父上(あの男)とは、相性が良かったのかもな。

 

 似たもの同士。

 もっとも?

 ゴームが陰なら、父親は陽だったか。

 

 そんな父に対して、母は従順な下僕のようだった。

 

 笑っている時でさえ。

 母は、常に作り笑いだったとベルツは記憶している。

 

 

 両親が婚姻を結んだのは、母が14歳の時だったという。

 ひと回り近くも年の離れた結婚。

 

 ――あの女性(ひと)は、不幸だった……。

 

 当時、まだ少女であった母。

 彼女には密かに手紙を交わし合う、想いびとがいた。

 

 後年。

 知るともなく知ったことだ。

 

 ――……むしろ、知りたくなどなかったな。

 

 この時、ベルツはひどい後悔と罪悪感に(さいな)まれた。

 酒や女に溺れなかったのは、

 

 ――父親(あいつ)への、嫌悪……。

 

 だったのだろう。

 

 

 とはいえ。

 貴族間の婚姻は、個人の好き嫌いでは決まらない。

 決まることがあっても、幼少時から婚約を交わし、

 

「お互いに長く知り合い、同じ時間を過ごした結果」

 

 ……でしかない。

 

 それはあくまで、幸福なパターンだ。

 

 当然。

 母はそうではなかった。

 

 結婚生活も、子を――ベルツを産むことも。

 全てが、地獄の責め苦だったのだろう。

 

 そして……。

 母は、そんなものに耐えられる人間(ひと)ではなかった。

 

 ベルツが5歳になった頃。

 彼女はすでに心を病み、夢の中、過去の幻に生きていた。

 

 いや。

 

 生きてすらいなかったのかもしれない。

 

 父は、そんな母をまるでかえりみることはなかった。

 子どもさえ産めば、もはや用はない。

 言外にそう語っているのは、明白だ。

 

 やがて。

 療養のためと称して、母は遠くの別荘へ移された。

 実質的には隔離、いや投獄したに等しい。

 

 何度も、母のもとへは見舞いに訪れた。

 

 だが。

 

 母は、ベルツを徹底的に拒絶した。

 彼女にとって、ある意味ベルツは夫以上に忌むべき存在だったのかもしれない。

 

 

 やがて……。

 母は自ら毒入りの果実酒を飲んで、死んだ。

 

 いつ、どうやって毒を手に入れたのか。

 それはわからない。

 

 ――あるいは……。

 

 父が裏から手配したかもしれない。

 もはや、彼女はあの男にとってはお荷物でしかなかった。

 

 それとも、母の実家だったのか。

 実家にとっても――

 母への感情は良くなかったらしい。

 

 婚約者がいるにも関わらず、他の男と関係をもとうとしていた。

 この事実は、あまりにもまずい。

 

 婚姻はフォイア家との同盟を意味していたのだから。

 お世辞にも同等とは言えない財力、領地、家柄。

 それらのバックアップを得るための婚姻だったのである。

 

 が。

 母の行動により、実家は不利な状況になってしまった。

 

 極論を言えば……。

 〝人質〟でもある花嫁の()()が、大きく下落してしまったのだから。

 

 

 理屈としてはわかる。

 ベルツ自身も、貴族の家に生まれ、貴族の教育を受けて育ってきた。

 

 しかし。

 理屈は飲み込めても、感情は飲み込めない。

 

 憎んで、嫌悪していた父も数年前に世を去った。

 モンスター襲撃による、不運な死。

 

 当主となったベルツは、アレコレと理由をつけゴーム派閥からは距離を置いた。

 

 そんな中。

 旧ヴァダー派から、密かに接触があった。

 

 ヴァダーの娘、すなわち現王太子妃であるリーン。

 彼女を当主として担ぎ、ヴァダー派を復活させんとする動き。

 

 正直興味はなかった。

 しかし、彼らが敵視するゴームは父が所属していた派閥のボス。

 加えて(いち)個人としても好きにはなれない。

 

 ベルツは、旧ヴァダー派についた。

 

 もちろん。

 個人的感情だけではない。

 

 旧ヴァダー派の勝利する可能性が高い――

 

 そう予測したからでもある。

 

 

 ――だが。まさかな……。

 

 と。

 

 家も身分も、何もかもなくしたあの女(カーシャ)が、ああなろうとは。

 

 同族嫌悪を含めたいくつもの理由。

 そこから、嫌い、避けていた女。

 

 再会した時。

 見てくればかりの、傲慢でヒステリックな女は、

 

 ――得体の知れん、ナニか。

 

 になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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