破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
――カーシャ・チーフウォール。いや、家名はもうないのか。
歩み去る青い乙女の背中。
ジェリフはそれを見送りながら、感慨深く思った。
芸術品のような美貌。
それと共にあるゾッとする気配。
少し前まで……。
現王太子妃を迫害していた悪徳令嬢。
そのツケを払って、魔法を封じられて中央から追放された女。
噂自体は知っていた。
調べるまでもなく、新聞や読み捨ての本にもアレコレ書かれている。
――それがどこまで本当かは、怪しいが……。
哀れな女。
ジェリフにとって……。
カーシャは罪人・悪人というよりそういう存在だった。
が。
気がつけば?
青い乙女は、ドラゴン殺しの
「あれは別人が顔を変えて入れ替わったのではないか?」
「影武者ではないか?」
「気が狂ったか、悪霊にでも
様々な流言・憶測・邪推。
ジェリフ自身何度も耳にした。
宮廷の公式かつ厳正な調査で、これらは否定されている。
また、事実とも全く異なるが――
神ならぬジェリフは知るはずもない。
――しかしなあ? ニセモノなら……。
あそこまで目立ったり変化を大っぴらにするものか?
いやまあ、逆にそこを狙って……。
そういうこともないではない、のかもしれないが……。
可能性は低いな?
もうひとつは悪霊憑依説。
――そこはわからん。以前の彼女は風聞でしか知らないし。
遠国で生まれた彼は、
――この国の事情については、正直まだまだ疎い……。
のだった。
だが、
――本人のような、そんな気がする。あの物腰や気品は、簡単に出せない。あとは……。
何となく。
ひどく曖昧で頼りないが、妙な確信があった。
彼が知らずとも、それはまぎれもなく事実。
――いったい、どんな体験をしてきたのか……。
どうにも気になった。
――まいったな。
ジェリフは頭を掻きあげながら、海を見た。
水面に、カーシャの姿が浮かぶ。
会ったばかり。
だが、妙に頭を離れない。
あの青い髪と、水色の瞳。
それが頭の中にちらつき、消えてくれない。
――まさか、一目惚れというわけじゃあるまいし
ジェリフは苦笑しながら、小さくため息を吐いた。
――どうもいけない。
頭を振りながら、用意された船室へと向かった。
――ちょっと気分というか、頭を切り替えないとな? クエストでおかしなミスをしかねない。
そうなれば、待っているのは死だ。
室内には――
「……たまらんな、これは」
馬面の中年。
ジロが不機嫌な顔で座っていた。
全身を、青色の魔導アーマーで覆っている。
「そう言われてもね」
隣りに立つネイテクは工具を手に、
「あなた、ただでさえ経験不足で弱いんだからできる限り備えはしとくべきですよ。これを着てたら、少なくとも溺死の可能性は減りますからねえ?」
「このままやと、ウンコもできんがな……」
「だから出港前にほとんど
「あんな下剤飲まされるとはなあ……」
「違います。排便用の薬ですよ」
「おんなじやがな」
「ぜんぜん違います」
ネイテクは心外だとばかりに首を振る。
「その証拠として、あなた下痢にはなってないでしょう? 排便したものも、通常通りだったはず」
「いや、それはそうやけど」
「でしょう? あくまで体内の便を押し出すだけで過剰な水分を出すことはありません。魔法技術を使ったモノですからね。買えばそれなりの値段ですよ」
それに?
クエスト前に余計な体力を削られても、困りますので。
と。
ネイテクは首をすくめた。
「はあ……。しゃーけど、大きいほうはええとして、小さいほう、液体のほうはどうするんや」
「そこは排尿可能になってます。海に向かってしてください」
「これ重いし、落ちそうで怖いがな」
「落ちてもいいですよ」
「ようない、ようない!」
ネイテクの返事にジロはあわてて、
「いいですよ、て。あんた、落ちたら……」
「溺れません。呼吸もできるし、ここよりも自由に動けるはずです。そのための装備なんだから」
「……しかしなあ」
「私のことはともかく? 魔導アーマーの性能。これについては、これまでのことから信用していただきたいですね」
「わかった。よう、わかりました」
ジロは降伏宣言をして、肩をすくめた。
――おかしな連中だな。面白いともいうのか。
まるで、安い喜劇みたいなやりとり。
しかし。
横で見ているジェリフは力が抜けて、
――うん。変な緊張とかがほぐれたか?
左の肩を動かしながら、声もなく笑う。
「いや、失敬失敬。妙なところをお見せしました」
ネイテクはジェリフを振り返り、ちょっと笑う。
ため息みたいな笑いだった。
「その魔導アーマー、ちょっと見せてもらっていいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう」
「いや、あの」
若干嫌そうなジロへ、
「悪いね。ただ、どうにも好奇心というか子どもみたいな気持ちになって」
ジェリフは正直なところを語る。
「それはまあわかるけどね……?」
この発言が良かったのか――
ジロはやや引き気味だが、拒否もしなかった。
装甲の上からでもわかる構造、それを作り出した技術。
ジェリフは五歳児みたいな気分で、高揚していく。
――なるほど、こりゃあ大したもんだ……。故郷でも魔導アーマーは見たが、レベルがまるで違う。しかも作っているのが国じゃなくって、個人なんだからなあ?
素直な感動。
その時だった。
♬……♬♪~~……。
音楽。
ゆったりとした音色。
ネイテクが持っていた魔導タブレットから、それは聞こえてきた。
音楽を聴く。それ専用のもので、他の機能はない。
比較的安価なので、BGMを流すために置いている店もある。
しかし、
「すまないが、それを止めてくれ」
ジェリフは振り返り、言った。
少しだが、声が硬い。
表情もきついものになっていた。
「……ああ。すまない。その曲は、嫌いなんだ」
自分を見るネイテクに、ジェリフは弁解するように言った。
どこか自虐的な声で――