破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
ジロとネイテクの視線。
それに、
「いや。すまない。邪魔をする気はなかったんだ」
ジェリフは照れ笑いをしながら、部屋を後にした。
この時、
「うん。まあ、嫌いなもんちゅうか……。地雷は誰にでもあるわなあ」
「まあ人生は色々ですからねえ」
――気にするな。
そんなニュアンスのこもった返事。
「ありがとう」
ジェリフは振り返り、軽く手を振って応えた。
・ ・ ・
「……」
「……」
マコネとバッキーは無言でカーシャを見ていた。
青い髪の、
大の字だ。
「あのさー」
しばらくして――
マコネはあきれ顔で声をかけた。
「なに?」
「いや、なにって。何してんのさ」
「寝転がってる」
「見たまんまかよ」
「初めてだからね、こういうのは。好奇心よ」
「船に乗るのが、ですか?」
バッキーがたずねれば、
「いえ。こうして、船で沖合まで出るのが。船上パーティーには何度か出たわ。でも、湖や港に停泊したものばかりで……」
こういう船旅は初めて。
カーシャは語りながら、空を見ている。
雲。太陽。風。潮の香り。
――良いのか悪いのか。
まあ。
自分の場所……。
少なくともふさわしい場所ではないかもねえ?
客観的事実として……。
どうでもいいけど。
そんなことを思いつつ、少し視線を動かす。
離れた場所で、あの若い冒険者が海を見ていた。
心、ここにあらず。
そんな表情で、海を見つめている。
カーシャたちにも、気づいていないようだ。
――ジェリフ、とか言ったかしら? 本名ではないのかもね。やっぱり、どこか違和感がある気がするわ。
・ ・ ・
海の香りと、音。
その中に、あの歌が混ざっているような気がした。
懐かしくも忌まわしい歌だ。
アレは、いつの記憶だったのか?
眠りの中で聞いた歌。
子守歌。
故郷に古くから伝わっているもの、らしい。
「お母上は、貴方様のために毎日歌っておられたのですよ」
乳母はそんなことを言っていたか。
――嘘だ。
と。
あの時、あの幼い頃は思った。
声に出して否定もしなかったが。
「そう」
などと、可愛げのない返事をしたかもしれない。
今にして思えば、
――まあ多分本当なのだろう。
とも思う。
だが、
――ヒトの心は、変わるからな。
そう思い、
「ふ」
若者は、ひとり自嘲する。
「後継者は、**とする」
病の床で父は、はっきりとそう言い残した。
それが遺言になったわけだが……。
――まさか。
いくらなんでも、予想外の言葉。
あの時……。
ジェリフは悪い冗談みたいな気分だった。
長子である自分ではなく、まだ8歳の妹を跡継ぎとする。
他のことなら、まだ理解できた。
父も母も、とにかく妹を溺愛していたのだから。
だから。
妹に多くの財産を残すとか、有利な立場にするとか。
そのあたりならば、飲みこめたのだ。
だが、
――しかし、まさか。そこまでするとは……。
怒るよりもあきれ果ててしまった。
確かに妹には好かれやすいというのか、そういう魅力がある。
大勢が味方したくなる、そういうキャラクターなのだ。
――とはいえ、それとこれとは話が違うだろう?
この遺言は波紋を呼んだ。
納得できない者も大勢いたわけである。
しかし。
結果として、
――俺は負けた。
どうやら?
父は準備というか、死ぬ前に対策していたらしい。
ジェリフはほとんど身ひとつで追われる身となった。
――我ながら、何ともブザマなもんだ。
あの時……。
今、
そう判断したから、逃げた。
反論も言い訳もできない。
見事なまでの敗走。
認めるしかない。
だが、負けたままで終わるつもりはなかった。
暗く湿った憎しみと怒り。
それがいつも心の奥で燃えている。
一矢報いる。
たとえ死んだとしても。
染み込んだ屈辱を消すには、それしかない。
少なくとも、ジェリフはそう考え、思い極めている。
ある意味では、故郷すらどうでもよかった。
――いっそ全てを焼き払うか。できるとしたら、やりたいのかもな。
自分を否定し続けた国が、恐怖と苦痛の中で燃えて、滅んでいく。
――さぞかし、痛快なものだろうさ。
ジェリフは、歪んだ笑みを隠すように口もとを左手で覆う。
そのためには――
金もいる。
武力もいる。
何よりもヒトがいる。
全てをそろえるため、
――それには、冒険者しか……な。
この国でジェリフは――
国籍を持たない、素性の知れない
危険だが、一攫千金を狙える冒険者を選ぶしかなかった。
――最低でも、商売をするにしろ何にしろ、まとまった金が要る。
そんな――
暗い記憶と情念を頭に浮かべている中、
――……っ!
ハッと、ジェリフは自分を見る視線に気づいた。
ドラコサイダー・カーシャ。
最高の美術品みたいな美形。
その顔を一瞬凝視して、
――ああ、そうか。簡単なことだ。何で今まで……。
彼女が頭から離れなかった理由。
もちろん、その反則まがいの美貌もあるが、
――あの
親から見放され、国さえ追われたジェリフという敗者。
カーシャの立場は、途中までよく似ている。
そう。
途中までは――
――英雄、ドラゴンスレイヤー、いや、ドラコサイダーか……。うらやましい、と思うのさえ傲慢だな。
存在を認知しただけで、ゾッと震える。
――できることなら、あれくらいの強さが欲しいものだ……。
ジェリフは、羨望の眼差しをカーシャに向ける。
と。
いきなりカーシャは立ち上がった。
冷たい水色が、海を見ている。
――なんだ?
空気がおかしい。
それを感じ取ったジェリフは、警戒しながら周りの波を観察。
すると、
<こちらへ、高速でモンスターが接近してきている! 各自、戦闘準備!!>
甲板、いや船全体に警報が鳴り響いた。
数分もしないうちに――
甲板には冒険者たちが集合していく。
カーシャのパーティー。
そして、ジロとネイテク。
最後にジェリフ。
たった6人。
「よう考えると、たったこれだけかい」
ぼやくジロ。
「戦力の大半は船自体の武装と、元からの人員。ミズ・カーシャ以外はおまけみたいなものですよ!」
ネイテクが叫ぶ。
そして。
遠くの波間から、モンスターの大群が――
ひとつの巨大な生き物みたいに、近づく姿が見えた。