破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「向こうへ行け」
カーシャは、手を振ってそんな仕草をしていた。
「戻る気がない……。死ぬ気か……!?」
「そんなことする
ネイテクは帽子をかぶり直しながら肩をすくめた。
「っていうか、それよりも……」
ゴゥ
船が、揺れた。
いつの間にか、海の様子が変化している。
風はない。
しかし――
「おい……! こりゃ相当でかいんじゃねえか、新手のモンスターちゃんは……」
マコネはバッキーを支えながらつぶやく。
「そのようですね……」
「ぬおお、立ってられんで、これ……!? 嵐か、津波か!?」
冷静なネイテク。あわてるジロ。
「あ……!」
遠くを見ながら、バッキーが目を見開いて叫んだ。
巨大な水柱が、海上にそそり立つ。
「潮吹き……? クジラ?」
「違いますよ。そんな、可愛らしいものじゃない。おそらくは、ケートスだ!!」
ジロに対して、ネイテクは鋭く返した。
――
クエストを受ける時、その話題になったが――
まさか、実物が現れるとは。
――あれは、何かの
ろくでもない予言や占いほど当たるものだと、誰かに聞いたような。
ジェリフは背筋が凍るのを実感していく。
――死ぬかもしれない。
死を覚悟したことは、何度もあった気はする。
しかし、
――なんだ、これは……。まいったな、はは……。
これほど遠く離れているのに、船から見れば小さな皿くらいなのに。
――なんてことだ。怖くて、動けなくなるとは……。
ただ、いるだけで。
巨大なドラゴンは、その力でジェリフの心を踏み砕こうとしている。
ハッとして周りを見れば……。
ジロがブルブル、と――
「かんにんしてェな、かんにんしてェな……。もうこんなんばっかりやん……。もうちょい
フルヘルムの上からでも、真っ青な顔がわかる。
「そういうことは――」
酒場で好きなだけ言ってくださいよ、心置きなく。
ここから、生きて帰った後でね。
ネイテクは杖を握り直して苦笑。
同時に、三角帽子を軽く持ち上げながら。
エルフらしい整った顔。
その下で、眼光が鋭く光る。
「おらっ。さっさと中に行こうぜ、ここじゃいつ海に落っこちるかわからねえやッ」
パン!
マコネは小さく叫び、ジェリフの尻を叩く。
「おいおい……」
その気安くあけすけな態度に、ジェリフは怒る気にもなれず反応に困って苦笑。
「今は生き残ることだけ考えようや!」
その後。
マコネはバッキーの大き目のヒップをグニュグニュと揉んだ。
揉むというのか、揉みしだくというのか。
「ひゃああっ?! ほんっとに、もうッ」
「わりぃね! バッキーのお尻は何かご加護がありそうな気がするんだよ」
マコネはニッと笑い、バッキーの手をつかむ。
「まあ、この状況じゃジッとしてても無意味だ」
「せやな。水死体になってぷかぷか浮くのん、嫌やしなあ。死ぬならもっと
ドタバタとネイテク・ジロも走り出す。
「この船……」
ジェリフは船自体が変形し、甲板が覆われていくのを見る。
「まさか、このまま逃げるのか!?」
走りながら叫ぶジェリフに、
「そうできればいいですがね。何しろ、相手がケートスじゃ都合よくもいかない!」
ネイテクは這うようにして叫ぶ。
途端に、船体が大きく上下に揺れた。
それとほぼ同時に、甲板……否、船全体が装甲で覆われる。
「なんだよ、これ!?」
「潜水形態に入ったんですよ!」
外ではケートスが暴れ出してる、海が引っ掻き回されますね絶対!
マコネの疑問に、ネイテクが苦笑を漏らす。
「ぶぎゃっ! お尻、打った……!」
「なんやコレは……! シェイカーの中か、ここは! う、気分悪ぅ……。吐きそう……」
バッキーとジロの悲鳴、泣き言。
「外はどうなってる!?」
「知らないほうが、幸せかもしれませんよ!? 楽に死ねるとも限りませんが」
ジェリフにネイテクが苦笑を投げた時、
「おい、魔力が足りない! 手伝ってくれ!」
船員が転がるように走ってきて、大声で叫ぶ……いや懇願だろうか。
「あ、だったら――」
「魔力だけでいいんですかね」
名乗り上げようとしたバッキーの横から、ネイテクがズイと進み出た。
「専門じゃないですが、多少のことなら」
「あ、ああ。助かる! とにかく人手が欲しいんだ!」
「わ、わしはちょっとした
ガシャガシャと魔導アーマーを鳴らして尋ねるジロ。
混乱の非常時。
その中で、それぞれが必死で動き出した。
ジェリフもまた、走る。
「あっちがヤバいぜ!」
「すまん、こっちへ誰か魔力をくれ!! 応急処置だけでもやらんと!」
「隔壁が潰れる! 補修に……!」
どこをどう走り回ったか。
誰をどう手伝ったのか、何をどうやったのか。
おぼえてはいない。
ただ――
――やるしかない。死にたくもないからな。
本能的にやっていただけなのか。
「船はどうなってるんだ!?」
「海ン中だが……! 深く沈みすぎたら水圧でオシャカだ……! 何が来るかわからんしな……」
「つまり深度か? それを維持するってことだな」
「そういうこった!」
混乱中の中で叫ぶジェリフへ、船員の誰かが応えた。
「ケートスが暴れてる『上』は、地獄だろうぜ」
「地獄は勘弁願いたいな!」
わからない誰かに、ジェリフは苦笑で応えて――また走った。
混乱と反射的、本能的に動く。
その中で、頭の隅によぎるのは……。
「あなたには、ヒトとしての情けや思いやりがかけています。それでは――」
王にふさわしくない。
――しかし、母上。
私はこうあれと求められるものを、示してきたのだ。
「王位は、**に譲る」
――父上。あなたは……。
――ならば、私がしてきたことは何だ。
「あの子を支えなさい」
――あなたたちは、私をただ**のためにだけ生きろ、と。
そう求めてきたのではないか。
王として、上に立つ者として――
相応の責務であるというのなら、受け入れるつもりだった。
だが、結果私は何を得た?
求められるのは、義務と責任。
だが、得られるものは何なのだ。
誰にも見られず……。
いや、そうであっても。
『名』か『実』、どちらかがあれば受け入れた。
しかし……。
どちらも、ない。
なら――
――そんな世界なら、国なら、焼いてしまっても文句はあるまいよ。
混乱というよりも、混濁。
だが――
頭の片隅、さらに奥。
「愚か者」
青い髪の乙女が、嘲笑した。
・ ・ ・
そして。
必死で動く中――どれほど経ったのか。
揺れが収まっていった。
<ケートスは撃破されたようだ>
――
ジェリフは安堵の中で膝をつきながら、汗をぬぐいながら、
――つまらんことを考えるもんだ。
ひとりで、自嘲した。