破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その115、子守唄を海に流せ-6 「愚か者」

 

 

「向こうへ行け」

 

 カーシャは、手を振ってそんな仕草をしていた。

 

「戻る気がない……。死ぬ気か……!?」

 

「そんなことする()()ですかね、あのひと」

 

 ネイテクは帽子をかぶり直しながら肩をすくめた。

 

「っていうか、それよりも……」

 

 

 ゴゥ

 

 

 船が、揺れた。

 いつの間にか、海の様子が変化している。

 風はない。

 

 しかし――

 

「おい……! こりゃ相当でかいんじゃねえか、新手のモンスターちゃんは……」

 

 マコネはバッキーを支えながらつぶやく。

 

「そのようですね……」

 

「ぬおお、立ってられんで、これ……!? 嵐か、津波か!?」

 

 冷静なネイテク。あわてるジロ。

 

「あ……!」

 

 遠くを見ながら、バッキーが目を見開いて叫んだ。

 巨大な水柱が、海上にそそり立つ。

 

「潮吹き……? クジラ?」

 

「違いますよ。そんな、可愛らしいものじゃない。おそらくは、ケートスだ!!」

 

 ジロに対して、ネイテクは鋭く返した。

 

 ――巨鯨竜(ケートス)だと……?

 

 クエストを受ける時、その話題になったが――

 まさか、実物が現れるとは。

 

 ――あれは、何かの()()()だったのか!?

 

 ろくでもない予言や占いほど当たるものだと、誰かに聞いたような。

 ジェリフは背筋が凍るのを実感していく。

 

 ――死ぬかもしれない。

 死を覚悟したことは、何度もあった気はする。

 

 しかし、

 

 ――なんだ、これは……。まいったな、はは……。

 

 これほど遠く離れているのに、船から見れば小さな皿くらいなのに。

 

 ――なんてことだ。怖くて、動けなくなるとは……。

 

 ただ、いるだけで。

 巨大なドラゴンは、その力でジェリフの心を踏み砕こうとしている。

 ハッとして周りを見れば……。

 

 ジロがブルブル、と――

 

「かんにんしてェな、かんにんしてェな……。もうこんなんばっかりやん……。もうちょい()()()見せてくれやぁ」

 

 フルヘルムの上からでも、真っ青な顔がわかる。

 

「そういうことは――」

 

 酒場で好きなだけ言ってくださいよ、心置きなく。

 ここから、生きて帰った後でね。

 

 ネイテクは杖を握り直して苦笑。

 同時に、三角帽子を軽く持ち上げながら。

 エルフらしい整った顔。

 

 その下で、眼光が鋭く光る。

 

「おらっ。さっさと中に行こうぜ、ここじゃいつ海に落っこちるかわからねえやッ」

 

 パン!

 

 マコネは小さく叫び、ジェリフの尻を叩く。

 

「おいおい……」

 

 その気安くあけすけな態度に、ジェリフは怒る気にもなれず反応に困って苦笑。

 

「今は生き残ることだけ考えようや!」

 

 その後。

 マコネはバッキーの大き目のヒップをグニュグニュと揉んだ。

 揉むというのか、揉みしだくというのか。

 

「ひゃああっ?! ほんっとに、もうッ」

 

「わりぃね! バッキーのお尻は何かご加護がありそうな気がするんだよ」

 

 マコネはニッと笑い、バッキーの手をつかむ。

 

「まあ、この状況じゃジッとしてても無意味だ」

 

「せやな。水死体になってぷかぷか浮くのん、嫌やしなあ。死ぬならもっと()()()()にしたいわ」

 

 ドタバタとネイテク・ジロも走り出す。

 

「この船……」

 

 ジェリフは船自体が変形し、甲板が覆われていくのを見る。

 

「まさか、このまま逃げるのか!?」

 

 走りながら叫ぶジェリフに、

 

「そうできればいいですがね。何しろ、相手がケートスじゃ都合よくもいかない!」

 

 ネイテクは這うようにして叫ぶ。

 

 途端に、船体が大きく上下に揺れた。

 それとほぼ同時に、甲板……否、船全体が装甲で覆われる。

 

「なんだよ、これ!?」

 

「潜水形態に入ったんですよ!」

 

 外ではケートスが暴れ出してる、海が引っ掻き回されますね絶対!

 

 マコネの疑問に、ネイテクが苦笑を漏らす。

 

「ぶぎゃっ! お尻、打った……!」

 

「なんやコレは……! シェイカーの中か、ここは! う、気分悪ぅ……。吐きそう……」

 

 バッキーとジロの悲鳴、泣き言。

 

「外はどうなってる!?」

 

「知らないほうが、幸せかもしれませんよ!? 楽に死ねるとも限りませんが」

 

 ジェリフにネイテクが苦笑を投げた時、

 

「おい、魔力が足りない! 手伝ってくれ!」

 

 船員が転がるように走ってきて、大声で叫ぶ……いや懇願だろうか。

 

「あ、だったら――」

 

「魔力だけでいいんですかね」

 

 名乗り上げようとしたバッキーの横から、ネイテクがズイと進み出た。

 

「専門じゃないですが、多少のことなら」

 

「あ、ああ。助かる! とにかく人手が欲しいんだ!」

 

「わ、わしはちょっとした腕力(ちから)しかないけど? 何かできん? 死ぬの嫌やし……!」

 

 ガシャガシャと魔導アーマーを鳴らして尋ねるジロ。

 

 混乱の非常時。

 その中で、それぞれが必死で動き出した。

 

 ジェリフもまた、走る。

 

「あっちがヤバいぜ!」

 

「すまん、こっちへ誰か魔力をくれ!! 応急処置だけでもやらんと!」

 

「隔壁が潰れる! 補修に……!」

 

 どこをどう走り回ったか。

 誰をどう手伝ったのか、何をどうやったのか。

 おぼえてはいない。

 

 ただ――

 ――やるしかない。死にたくもないからな。

 本能的にやっていただけなのか。

 

「船はどうなってるんだ!?」

 

「海ン中だが……! 深く沈みすぎたら水圧でオシャカだ……! 何が来るかわからんしな……」

 

「つまり深度か? それを維持するってことだな」

 

「そういうこった!」

 

 混乱中の中で叫ぶジェリフへ、船員の誰かが応えた。

 

「ケートスが暴れてる『上』は、地獄だろうぜ」

 

「地獄は勘弁願いたいな!」

 

 わからない誰かに、ジェリフは苦笑で応えて――また走った。

 混乱と反射的、本能的に動く。

 

 

 その中で、頭の隅によぎるのは……。

 

 

「あなたには、ヒトとしての情けや思いやりがかけています。それでは――」

 

 王にふさわしくない。

 

 ――しかし、母上。

 

 私はこうあれと求められるものを、示してきたのだ。

 

「王位は、**に譲る」

 

 ――父上。あなたは……。

 

 (アレ)が生まれた時から、そのつもりだったのでありませんか?

 

 ――ならば、私がしてきたことは何だ。

 

「あの子を支えなさい」

 

 ――あなたたちは、私をただ**のためにだけ生きろ、と。

 

 そう求めてきたのではないか。

 

 王として、上に立つ者として――

 相応の責務であるというのなら、受け入れるつもりだった。

 だが、結果私は何を得た?

 

 求められるのは、義務と責任。

 

 だが、得られるものは何なのだ。

 誰にも見られず……。

 いや、そうであっても。

 『名』か『実』、どちらかがあれば受け入れた。

 しかし……。

 

 どちらも、ない。

 

 なら――

 

 ――そんな世界なら、国なら、焼いてしまっても文句はあるまいよ。

 

 混乱というよりも、混濁。

 

 だが――

 頭の片隅、さらに奥。

 

 

「愚か者」

 

 

 青い髪の乙女が、嘲笑した。

 

 

 ・  ・  ・

 

 

 そして。

 

 

 必死で動く中――どれほど経ったのか。

 揺れが収まっていった。

 

 <ケートスは撃破されたようだ>

 

 ――人間(ヒト)というのは、非常時でも……。

 

 ジェリフは安堵の中で膝をつきながら、汗をぬぐいながら、

 

 ――つまらんことを考えるもんだ。

 

 ひとりで、自嘲した。

 

 

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