破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その116、決闘-5 黒猫

 

 

「思うに、あの御方を倒せるヤツがいるかね」

 

「さてなあ」

 

「いるか? いねえだろッ」

 

「けど世の中は広いしなあ、ひとりやふたりはいるべえよ」

 

「そうかなあ?」

 

「いてほしい気もするが、いてほしくない気もする」

 

「どっちなんだよう」

 

「わからねえ」

 

「けどよ、あの()()()()()を倒せるってことは、つまり……」

 

「ドラゴンを虫けらみたいにひねり潰すツワモノってことだわな」

 

「いるかよ、2人も3人も」

 

「もしかすると色んなところにいるかもしれねえ」

 

「まあ、世の中は広いからなぁ」

 

 

 

・  ・  ・

 

 

 

「やはり、手遅れだったのですね」

 

 王宮の一角。

 伝統ある庭園の見えるバルコニー。

 

 美しい庭園を見ながら――

 王太子妃リーンは、感情のない声で言った。

 

「申し訳ありませぬ……。まったく我が身の不徳から」

 

 その後ろで、一人の貴族が汗をぬぐっている。

 

 ルソンツ準伯爵。

 リーン派閥の中で、『慎重派』と呼ばれるグループ……。

 その筆頭にある人物だった。

 

「やめてください」

 

 謝る準伯を、リーンは制した。

 厳しく、どこか寂しそうな声。

 

「不徳というのなら、私こそが不徳」

 

「で、殿下……」

 

「まず考えるべきは、当面の問題です」

 

「はっ。このこと、王太子殿下には……」

 

「ちゃんと、説明しなければいけないですね」

 

「は……」

 

 ――あのかたは、味方でいてくださるけれど。

 

 リーンの顔は、少しだけ曇る。

 自分を深く愛してくれる王太子。

 それゆえに、盲目的な行動をするところがあった。

 

 ――こうなる前は、もっと理知的なかただと思っていたけど……。

 

 思わぬ激情家でもあったらしい。

 

 ――ヒトは、付き合ってみないとわからないものか。

 

「その前に、御叔母様にご助力を願わなければいけないかも」

 

 大太母。

 国王の大叔母にあたる老婦人。

 御太母――とも呼ばれる人物だ。

 

 今なお、宮廷のみならず諸侯に強い影響力を持つ。

 ただ。

 それゆえに、本人は隠遁生活を送っているのだが――

 

 本人の言葉によれば、

 

「年寄りがいつまでも居座るのはよろしゅうない」

 

 こういうことらしい。

 

「ルソンツ準伯」

 

「は」

 

「場合によっては、私自身が」

 

「なりませぬ」

 

「まだ何も言っていません」

 

「ご無礼は承知。しかしながら……」

 

 準伯はまっすぐにリーンを見て、

 

「今や王太子妃となられたお立場。そんなかたが、お手を汚すなど」

 

 あってはなりませぬ。

 断じて――

 

 一見、頼りなさそうに見える顔。

 しかし。

 瞳の奥には鉄のようなモノが表れている。

 

「……ごめんなさい」

 

「おやめくださいませ。労っていただくため、御前に立っているのではありません」

 

「……」

 

「しかしながら、彼奴(きゃつ)らはすでに」

 

「ことを起こしてしまった」

 

「はい。やはり、その先は」

 

「……何故、今になって」

 

 リーンは応えず、空を見上げた。

 

 ――彼女。

 

 かつての従姉。

 

 ――いえ、血のつながりなら、今でも……。

 

「おそらくは忠心ゆえ、殿下の足元を揺るがす危険のある者を……と」

 

「表むきは、でしょう?」

 

「いえ。多くの者はそのように……」

 

「自分の心まで、騙しているのですね」

 

 わかる気も、するけれど――

 

 リーンはため息を吐いた。

 

 あの、竜殺しとなった従姉。

 彼女の近況や実績は可能な限り調べた。

 その裏も含めて。

 

 ――ほぼ全てが真実。彼女は、異名の通り〝悪鬼フィーンド〟同様の力を得ている……。

 

 しかし、

 

 ――今は、私も王太子殿下も、王族も、宮廷も……。

 

 眼中にはない。

 あるいは、いつでも潰せる虫けら程度。

 そんな風に思っているのだろうか。

 

 ――多分、そうなのだと思う……。

 

 

 

 ・  ・  ・

 

 

 

 屋敷内に、カーシャはひとりでいた。

 

 小さめの部屋を、ちょっとした居間に改築したもの。

 その場で椅子に座り、横にはテーブル。

 テーブルの上にはお茶とわずかな茶菓子。

 

「いつまでも覗き見をしているつもり?」

 

「にゃおう」

 

「その誤魔化す気もない誤魔化しは、愉快なジョークのつもりかしら」

 

「おっかないねえ」

 

 ヌルリ

 

 窓をすり抜け、一匹の黒猫が部屋に入ってきた。

 

 二股に分かれた尾。

 その先には、チロチロと燃える火。

 

「グルマルキン……?」

 

 死神。

 あるいは、その使いとされる魔性の猫。

 特徴は二股の尾と、尾の先で燃える炎。

 

「ただの、おとぎ話と思っていたけど――」

 

「人間族には、そう呼ばれたりもするなあ」

 

 ニタリ……

 

 黒猫は口の両端をつり上げた。

 

「こうして直接会うのは初めてだな、カーシャお嬢様」

 

「お前、なに?」

 

 椅子に座ったまま、カーシャは問いかける。

 

「種族としての名前は火の車輪アグニチャクラ。死神といやあ死神さ」

 

 もっとも――

 死にそうな眼に合わせる役目ってだけで……。

 相手を殺したりはしねえよ。

 

 黒猫はカーシャを見上げ、ヒヒヒと笑う。

 

「そう。つまりお前が――」

 

「さようさよう。あんたを地獄ナラカに案内した張本人だよ」

 

「ふふん」

 

 鼻を鳴らし、カーシャは黒猫に冷たい視線を送る。

 

「特にお前さんは、ナラカでも一番きっつい第八層に送った」

 

「確かに。文字通りの地獄だったわね」

 

 カーシャは座ったまま、お茶をひと口飲む。

 

「おうよ。けどな」

 

 黒猫は尻尾を揺らしながら、ニタリと笑う。

 

「あんたは、復讐できる十分な力を手に入れたんだぜ?」

 

「それに関しては……」

 

 カーシャは(から)のカップを静かに置いて、

 

「感謝はしないけど、怨みもしない」

 

「ハハハ。冷たいねえ」

 

「お茶でも出して、ありがとうと言えば満足するの?」

 

「そうだね。一杯もらえるかい」

 

 この言葉に――

 カーシャは一瞬目を見開いたが

 

「ふふん」

 

 使っていたカップに、新たなお茶を注ぐ。

 これにミルクと砂糖を入れて、

 

「召し上がれ」

 

 カップを床に置いた。

 

「おいおい、ひでえな。そいつは良い()()なんだろう?」

 

「いいのよ。どうせ捨てるか。犬猫用にするから」

 

「きっついねえ」

 

「だってあなた、猫じゃない」

 

「ちげぇねえ! ヒヒヒ」

 

 黒猫は面白そうに笑い、お茶を飲み始める。

 

「そうだ。忠告することがあったんだよ」

 

「なにかしら」

 

「あんたと〝同じヤツ〟が、あんたを狙ってるぜ」

 

「へえ。そうなんだ」

 

 何気ない返答。

 しかし、カーシャの眼には怖い()()が光っている。

 

「今からやる気まんまんかね。その理由はってえと……」

 

「恨みを買うおぼえは、いくらでもあるけど――」

 

 そこで。

 カーシャはお茶菓子をパクリ、と食べて、

 

「伯父上……いや、王太子妃殿下の派閥。そんなところかしら」

 

「ほう!さすがに、()といや!大当たりだよ」

 

「憎い仇敵の娘が、それも一時叩き潰したはずの相手、それが」

 

 今や――

 ドラゴン退治の英雄になっている。

 しかも?

 恐怖の対象ですらある……と。

 面白いわけ、ないわねえ?

 

 カーシャは淡々と語り、目を閉じる。

 

「面倒くさいから、いっそ殺しちゃおっかな」

 

「誰を?」

 

「全員」

 

「豪儀だねえ」

 

「でも、その前に」

 

 ヒュン

 

 カーシャは真一文字に切りつけた。

 

「お前が死ね」

 

 いつの間にか……。

 黒い愛剣(カーラナーガ)を手にしている。

 

 ベシャ……

 

 黒猫は一瞬でミンチと化す。

 残る血と肉の欠片だけ。

 

 しかし、

 

「ヒヒヒ」

 

 肉片から、笑い声が響く。

 

「ふん……」

 

 カーシャは、愛剣を手にしたまま鼻を鳴らす。

 ものすごく不快そうな顔で。

 

「怖いねえ。だが、気をつけたほうがいいのは、本当だぜ?」

 

 その声と共に――

 

 肉片は黒い炎となって、消えた。

 最後に猫の姿を形づくりながら……。

 

 

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