破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「……」
カーシャは壁際で発泡ワインを飲んでいた。
――ああ、こんな味だったわ。
久しぶりに酒を飲んだ。
令嬢時代は、高価なものを当たり前に飲んでいたが。
一般庶民が飲むものとは、味も値段も格段に違うもの。
だったらしい。
今の身分になってから、というよりも。
――〝
その点だけなら、あの赤い地獄にいたことは良かったかもしれない。
カーシャは皮肉な笑みをほんの一瞬浮かべた。
「それにしても、いつもに増してお美しいですなあ」
少し離れた位置にいたギルドマスターが、愛想良く言ってきた。
「お褒めにあずかり光栄ですわ。たとえ社交辞令でも」
「いやいや。まぎれもない本心ですよ」
確かにそれは事実。
黒をベースにしたシックなドレスはカーシャの美貌を引き立てている。
この場で、カーシャ以上に美しい女はいない。
「そうですか。ところで」
「何でしょう?」
「爵位もある立派なかたが、いつまでも敬語でいらっしゃるのね。家名もない冒険者の女風情に――」
「ははは。バカ正直なことを言ってしまえば、あなたのような武人に対してはつい腰が低くなってしまうもので。領主だギルドマスターなんぞといばってみても、肝が小さい小物なんでしょうな」
「ご謙遜をおっしゃること。それに」
カーシャはギルドマスターの後ろで控えているライワを見て、
「美しいかたなら、いつもおそばに置いていらっしゃるのに」
言われて、ライワは一瞬だけ
ライワ自身も――
女として自分の容貌には、相応の自負を持っている。
だが、あまり認めたくないことだが、
――美貌でこの女に勝る自信はない……。
カーシャという女。
姿かたちだけなら、令嬢時代とまったく変わらない美貌を保っている。
――いや、むしろ……。
ユオンの見せた過去のカーシャ。
あの当時も公爵令嬢として誇るべき美少女だった。
しかし、研ぎ澄まされた刃のごときものをまとった現在。
美しさはより増していると思える。
「彼女が噂の……」
「庶民落ちした……」
「相変わらず、嫌な目つき……」
遠くからは何人かがカーシャの噂をしていた。
中にはカーシャを知っている者もいるようだ。
特に女は、敵意や悪意のある視線を送っている。
「あら? ずいぶんと懐かしいお顔をお見かけいたしました」
と。
1人がツカツカと近づいてきた。
――だれ、あいつ。
カーシャは記憶をたどるが、よくわからない。
――顔を知っているけど……まあ、わりと低い家柄の女でしょうね。
恨みを買っていただろうが、そんなものはいちいちおぼえていない。
敏感に反応したのは、むしろ――
――バカッ……! うかつに近づくなっ。
カーシャのほうを確認しながら、ライワは背筋が凍る。
場合によっては、貴族だろうと王族だろうとその場で殺しかねない。
そう思わせるモノがカーシャにあるのだから。
――そうならなくても、絶対ロクなことにはならん……!
「いやあ、これはこれは! すっかりご無沙汰しておりまして!」
いきなり、ギルドマスターが笑顔で前に進み出た。
「お父上はご息災でしょうか? 近々ご挨拶にうかがおうと」
「ちょ、あの……」
「それにしても、美しくなられた! まるで花の妖精か天使のようですな」
歯の浮くようなセリフ。
ギルドマスターは相手をベタほめしながら、どんどん距離を遠ざけていく。
相手はすっかり呑まれていた。
「ほうっ……」
上司のすばやい行動に、ライワは安堵の息。
「何を心配しているか存じませんが」
そんなライワに、カーシャは淡々と言った。
「このような場で血生臭いことをするほど、分別は失っていません。ご安心を」
――それができないから、肝を冷やすんだ……!!
ライワは心の中で怒鳴りちらした。
以前ギルドマスターがつぶやき、ライワも同意した言葉。
『彼女の一番怖いところは、保身ってものを考えてないところなんだよなあ。いやまったくゼロってわけじゃあないんだけど、いざとなったら多分平気で放り捨てるだろうなあ。そうなりゃ、地獄だ』
フツーの人間にしたって、保身を完全に考えなくなったヤツってのは……そりゃあオッカナイもんだよ。
そう言っていた。
ライワ自身も過去に、
――そんなヤツは目にしたことがある……。
おかげで、かなりの被害を出たのをライワも見ていた。
その頃。
「今頃は、姐さん舞踏会だなあ。美味いもん食ってるのかねえ、やっぱ」
宿泊所の個室で、マコネは言った。
「ダンスとか誘われたりしてるんでしょうか? ちょっと見てみたいです」
バッキーが想像するのは、いつかアニメで見たような華やかなもの。
「そんな度胸のあるおぼっちゃまがいるかぁ? ま、よっぽど鈍いヤツならあの顔見れば飛びつくかもなー」
「美人ですもんねえ。うらやましい」
「貴族様であれだけの美人なら、お誘いもさぞ多かったろうぜ。ロマンスもけっこう体験してたりな」
「そうですか?」
「あんがい? お上品な詩のやり取りとかしてたり? なんかオモシレー」
「あははは……」
「けどよ?」
と、マコネはふと真顔になって、
「こーやって2人だけだと、エルフにさらわれたの思い出すなあ」
「……死ぬかと思いましたよ、アレは」
バッキーは引きつった笑顔で言った。
あの時――
バタムの宿で眠りかけてマコネはふと胸騒ぎで目が覚めた。
「おい、起きろ……。妙な感じだ」
「へっ……?」
グースカ眠っていたバッキーを揺り起こしかけた直後、
「……ぐっ!?」
いきなり、拘束され口を封じられて動けなくなった。
2人ともだ。
――ありゃ縛られたとかじゃないな。たぶん、魔法でやられたんだ……。
そして、わけもわからないうちに。
エルフのアジトに連れ込まれていた。
部屋の隅っこで放り出され、小さな魔法結界で閉じ込められ、
「ありゃまるで、
「生きた心地しませんでしたよ……」
「しっかし、あいつらの反応がさあ……」
「……正直できることなら、ぶん殴ってやりたかったです」
マコネは頭をかきながら天井を見上げて、バッキーは渋い顔に。
「あの子ブタみたいな女が?」
「情報では確かに……」
「だが、人間だぞ?」
「試せばわかるさ」
そんなヒソヒソ話の後、バッキーだけが結界から出された。
「拘束の魔法は、解除されてたみたいですけどね。ただ。余裕ゼロでぜんぜん気づかなかった」
「そんでさ? あそこにゃあ、何人もケガ人がいたんだよな」
「死にかけや、動けないレベルのひとまで……」
どんな目に合うのかと震えあがっていたバッキーは、
「治癒魔法で彼らを治せ。妙な真似をすれば即座に殺す」
脅されて、ヒーラーとしての役目を強制された。
「エルフとかにも、私の魔法が効果あるのか不安でしたけど」
「いや。おめー、前に犬やら牛を治したことあったじゃん。そこは心配ないと思ってたぞ」
バッキーの魔法を目にして、
「……バカな!?」
「人間がこんなレベルの魔法を……?」
「ありえん。こいつ、本当に人間なのか?」
エルフたちは混乱しかけたが、
「落ちつけ。以前、人間のくせに妙な能力を持ったヤツを見たことがある。よそでも、そんな噂を聞いた。おそらく、こいつはギフト持ちとかいう突然変異だ」
1人がそう言って、エルフたちは納得した。
「お前、あのまま姐さんが来なかったら死ぬまで便利に使われたぜ?」
「怖いこと言わないで……」
「けど良いじゃねーか。おいらなんか、あのままだとぜってーコレだ」
マコネは喉をかき切るジェスチャーをした。
「ますます怖いですよ、それ」
目の前で仲間が惨殺されるのは、たまったものではない。
――でもなあ……。そんなこと思っても、エルフのグロ死体を山ほど見ちゃってるんだよね、私。今さらだよ……。
バッキーはどこか憂鬱になって、目を閉じる。
いくら敵であり、異種族だとしても、
――ほとんど人間と変わらないし、言葉だって通じるし……。それがボンボンとミンチみたいになっちゃって……。フツー、絶対にトラウマになるか、頭ヘンになってる……。
だが。
――けど、もうお肉だって食べれるし? 怖い夢とか見ないし、リーダーが……いや、怖いのは怖いけど、近づかれたら悲鳴あげるわけでもないし。ていうか、ほぼ平気なまんまじゃん。なんだ、これ。
一度死んだせいだろうか。
それとも、転生した時に何か変わっているのか。
――……そーいや、こっち来てから体調も特に悪くなってないわ。そういうのも、
向こうで、死んだと思った後――
『お前をこれから、異世界転生させる。これだけでも理解できるだろう? 肉体を再構成して、新しいものに移すから転生と言って良かろう。ついでに、特別に
――あの、ひと? 声だけだったな。しかも男か女かよくわからない……。やっぱり神様? むうう……。やめよ、考えるだけ無駄だよね。
「……リーダー、いつ頃帰りますかね?」
「転送ゲート使ってたからな。金使ってら」
「え。あれって、緊急用じゃないんですか?」
「遠くまで一気に飛ばすヤツはな。フツーのはゲートからゲートへ飛び飛びで行くんだよ、その度に使うやつが乗り降りすっから時間かかんだ」
――各駅停車の電車みたい……。