破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「――英雄と怪物か」
不意に、老太母は言った。
「英雄ですか」
リーンは、顔を上げて老太母を見る。
「さよう。ドラゴンを単独で、あるいは少人数で討てればドラゴンスレイヤーじゃ」
「英雄の代名詞、ですね」
「うむ。お前の従姉も、今やそう呼ばれる存在よね」
「ええ」
「しかし、アレは英雄かの?」
「どういう意味ですか?」
「実績を見るなら間違いなく英雄よ。神話でもあれほどの者はおるまい。いや、神話なればこそかな」
「?」
「あのような者を、過去に一度見たことがある」
その言葉に――
リーンは眼を見開いて老太母の瞳を見る。
象のような巨大な存在感。
ただ、そこにいるだけで圧力がある。
「アレも、剛の者であった。だが……
「うつろ」
「ああ」
老太母はうなずき、バルコニーから王宮の庭園を見る。
「何者も。少なくとも、
「では」
「どこかへ去った。誰にも何も言わずにな」
「……」
「どこにも歓迎されぬ。それを本人が一番わかっておったのだろうなあ」
老太母はゆっくりと振り返り、
「英雄ですら去るのじゃ。まして怪物など」
「彼女も――」
「去るかもしれぬ。だが、アレとカーシャは違うでな」
どうなることか。
断言はできぬよ。
ふふふ。
リーンの問いに、老太母は微笑する。
「ただ、わし個人の気持ちを言うのならば――」
今少し、あいつにはここにいてほしい気もする。
いや、すまぬの。
リーン妃殿下。
お前にとっては、嫌な思い出ばかりの相手であろうが……。
「いえ」
リーンは首を振った。
「怒りもありますし、怨みも憎しみもあります。でも」
「でも?」
「どこか、そうですね。共感するところがある。そんな気がしています」
「フフフ」
「なにか?」
「やはり血かのう。似ておるわい」
「困りました。どうお答えすればいいのか……」
「何もなければ――」
「え」
「もしも、お前の、いやお前の父――ヴァダーの派閥であった者たちが動かねば。王太子殿下が動かねば」
「……」
「アレが何事もなく、王太子妃となっておっただろうな」
「それは」
「わかっておろうが」
老太母はどこか寂しそうな、哀しそうな眼で――
「お前の今あるのは、世間が芝居でやっておるような、正邪が正されたためではない」
「はい」
「宮廷内の魑魅魍魎どもが争った末のことよ。そも、お前もカーシャも立場としては問題ないが、嫡子を産むことは期待されておらん」
「それはどういう」
「わからぬか。お前たちは連枝、王族の流れをくんでおる」
「……」
リーンは無言。
しかし、わずかに水色の瞳を大きくした。
「王の正室は、王家の血からできる限り遠く。それが伝統じゃ」
「……」
「今の王妃も他国より来られた方である」
「濃い血は災いを呼びやすい……でしたか」
「うむ」
「そうですね」
リーンは少しだけ、笑った。
「私が子を産んでも多分嫡子とすべきでは、ないのでしょう」
どんなに優れた子でも――
たとえ英雄の器でも――
そんなリーンの言葉に、
「英雄の器がそのまま、王の器とはならぬさ。今のカーシャに、女王の器がないようにの」
老太母は、遠くを見つめてそう言った。
・ ・ ・
「首切りのプラジナ」
「お前がそうか?」
「そうですよ」
女は、つっけんどんな声に笑顔で応える。
「しかし、いやはや何とも……」
「その格好は何とかならんのか?」
「あまりにも……」
「悪いのですが、これは
不快そうな声に、女はクスクスと笑う。
妙な服装の女だった。
金髪。
編まれた髪が左肩に乗っている。
そこはよい。
銀のガントレットに、銀のグリーブ。
ここもいいのだが――
問題は……。
銀の鎧は胴体から腰、さらに太ももまで露出している。
身を守る気がない。
そうとしか思えぬ姿。
ほとんど痴女。
「まあ、そんなことはどうでも良いでしょう?」
女のニヤニヤ顔に、
「ふふん」
「確かにそうだ。刺客の格好などはどうでもいい」
「そのほうがかえって怪しまれぬかもしれん……」
半ば吐き捨てるような返答。
「お前が斬る相手は――」
合図。
それと共に――
一枚の写真が部屋の壁に浮き上がった。
青い髪。水色の瞳。
誰もが見惚れるような美貌。
同時に……。
誰もがゾッとするような雰囲気。
それは写真からも感じられる。
「
女――首切りのプラジナは肩をすくめた。
「見るからに怖い顔だ」
「今さら拒否は許さん」
「それも怖い」
威圧の声に、プラジナは大げさに反応した。
「失敗しても逃亡しても、生かしておくわけにはいかぬ」
「それはまた……」
プラジナは両手のひらを上に広げ、苦笑。
「私が言うのも何ですが、物騒ですね」
「我々を殺せばいい、などとは考えぬことだ」
「小賢しい
「怖い怖い」
プラジナはおどけるように言った後――
「まあ、仕事はきっちりやりますよ。ある程度自由にさせてもらったお礼もかねて」
これに反応はない。無言だ。
しかし――
この返答に、その場の男たちは嫌悪を示した。
「貴様」
「おっと。そういう眼で見られるのは心外ですな」
プラジナは皮肉げに、
「あなたたちがやるべき汚れ仕事をやった。それだけのことでは?」
同じく皮肉な返答――
「お前こそ自分の
「なるほど」
プラジナはそれに笑顔となり、
「では
一礼した。
「……依頼は早急にすませよ」
「御意」
プラジナが頭を下げている間に……。
その場の人影はフッと消えていった。
女が顔を上げた時、残るは暗闇のみ。
「やれやれだな」
プラジナは編んだ髪を揺らし、背中を向けた。
殺した。
この国に来てから――
祖国の動乱から逃れてきた流民たち。
それを、全て殺した。
いずれも小枝を折るみたいな手ごたえだったが。
この国のどの勢力にとっても……。
大量の流民は由々しき問題だ。
歓迎すべき労働力・納税者。
そうなる者は多くない。
ならば、死んでもらったほうがいい。
結果必要となるのは、大量殺戮だ。
しかし。
勝手ながら、自分の手を汚したがる者も多くない。
直接手を出さず――
上から命令をする立場であったとしても。
プラジナに言わせれば、
――早い話が、単純に
ひと殺し。
特に子ども殺し。
それは、汚れ仕事を専門とする連中だって嫌がる。
――子どもには、わりと優しいんだよこの国は。
プラジナは
ここに訪れたごく短い日数。
ヤオアムトをはじめ、サキュバスが多く住む地域。
そこでは、女の価値は低い。
まして死のうと生きようと……。
いや?
むしろ死んでもらったほうが良い流民の女など――
――下品な話、〝穴〟としての価値もないか。
反面。
子どもは意外と生かされ、許される場合が多い。
サキュバスが、引き取って養育することも多いそうだ。
そんな国で――
――子どもを平気で殺す自分は、さぞ軽蔑の対象になるだろう。
考えながら、プラジナはその場から去る。
やるべき仕事のために――