破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その116、決闘-8 英雄

 

 

「――英雄と怪物か」

 

 不意に、老太母は言った。

 

「英雄ですか」

 

 リーンは、顔を上げて老太母を見る。

 

「さよう。ドラゴンを単独で、あるいは少人数で討てればドラゴンスレイヤーじゃ」

 

「英雄の代名詞、ですね」

 

「うむ。お前の従姉も、今やそう呼ばれる存在よね」

 

「ええ」

 

「しかし、アレは英雄かの?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「実績を見るなら間違いなく英雄よ。神話でもあれほどの者はおるまい。いや、神話なればこそかな」

 

「?」

 

「あのような者を、過去に一度見たことがある」

 

 その言葉に――

 リーンは眼を見開いて老太母の瞳を見る。

 

 象のような巨大な存在感。

 ただ、そこにいるだけで圧力がある。

 

「アレも、剛の者であった。だが……虚無(うつろ)であったよ」

 

「うつろ」

 

「ああ」

 

 老太母はうなずき、バルコニーから王宮の庭園を見る。

 

「何者も。少なくとも、命の限られた者(モータル)には殺せぬ。そういう存在じゃった」

 

「では」

 

「どこかへ去った。誰にも何も言わずにな」

 

「……」

 

「どこにも歓迎されぬ。それを本人が一番わかっておったのだろうなあ」

 

 老太母はゆっくりと振り返り、

 

「英雄ですら去るのじゃ。まして怪物など」

 

「彼女も――」

 

「去るかもしれぬ。だが、アレとカーシャは違うでな」

 

 どうなることか。

 断言はできぬよ。

 ふふふ。

 

 リーンの問いに、老太母は微笑する。

 

「ただ、わし個人の気持ちを言うのならば――」

 

 今少し、あいつにはここにいてほしい気もする。

 いや、すまぬの。

 リーン妃殿下。

 お前にとっては、嫌な思い出ばかりの相手であろうが……。

 

「いえ」

 

 リーンは首を振った。

 

「怒りもありますし、怨みも憎しみもあります。でも」

 

「でも?」

 

「どこか、そうですね。共感するところがある。そんな気がしています」

 

「フフフ」

 

「なにか?」

 

「やはり血かのう。似ておるわい」

 

「困りました。どうお答えすればいいのか……」

 

「何もなければ――」

 

「え」

 

「もしも、お前の、いやお前の父――ヴァダーの派閥であった者たちが動かねば。王太子殿下が動かねば」

 

「……」

 

「アレが何事もなく、王太子妃となっておっただろうな」

 

「それは」

 

「わかっておろうが」

 

 老太母はどこか寂しそうな、哀しそうな眼で――

 

「お前の今あるのは、世間が芝居でやっておるような、正邪が正されたためではない」

 

「はい」

 

「宮廷内の魑魅魍魎どもが争った末のことよ。そも、お前もカーシャも立場としては問題ないが、嫡子を産むことは期待されておらん」

 

「それはどういう」

 

「わからぬか。お前たちは連枝、王族の流れをくんでおる」

 

「……」

 

 リーンは無言。

 しかし、わずかに水色の瞳を大きくした。

 

「王の正室は、王家の血からできる限り遠く。それが伝統じゃ」

 

「……」

 

「今の王妃も他国より来られた方である」

 

「濃い血は災いを呼びやすい……でしたか」

 

「うむ」

 

「そうですね」

 

 リーンは少しだけ、笑った。

 

「私が子を産んでも多分嫡子とすべきでは、ないのでしょう」

 

 どんなに優れた子でも――

 たとえ英雄の器でも――

 

 そんなリーンの言葉に、

 

「英雄の器がそのまま、王の器とはならぬさ。今のカーシャに、女王の器がないようにの」

 

 老太母は、遠くを見つめてそう言った。

 

 

 ・ ・ ・

 

 

「首切りのプラジナ」

 

「お前がそうか?」

 

「そうですよ」

 

 女は、つっけんどんな声に笑顔で応える。

 

「しかし、いやはや何とも……」

 

「その格好は何とかならんのか?」

 

「あまりにも……」

 

「悪いのですが、これは()()というか、呪いみたいなもので」

 

 不快そうな声に、女はクスクスと笑う。

 

 妙な服装の女だった。

 金髪。

 編まれた髪が左肩に乗っている。

 そこはよい。

 

 銀のガントレットに、銀のグリーブ。

 ここもいいのだが――

 

 問題は……。

 

 銀の鎧は胴体から腰、さらに太ももまで露出している。

 身を守る気がない。

 そうとしか思えぬ姿。

 ほとんど痴女。

 

「まあ、そんなことはどうでも良いでしょう?」

 

 女のニヤニヤ顔に、

 

「ふふん」

 

「確かにそうだ。刺客の格好などはどうでもいい」

 

「そのほうがかえって怪しまれぬかもしれん……」

 

 半ば吐き捨てるような返答。

 

「お前が斬る相手は――」

 

 合図。

 それと共に――

 一枚の写真が部屋の壁に浮き上がった。

 

 青い髪。水色の瞳。

 誰もが見惚れるような美貌。

 

 同時に……。

 誰もがゾッとするような雰囲気。

 それは写真からも感じられる。

 

悪鬼(フィーンド)のカーシャですか」

 

 女――首切りのプラジナは肩をすくめた。

 

「見るからに怖い顔だ」

 

「今さら拒否は許さん」

 

「それも怖い」

 

 威圧の声に、プラジナは大げさに反応した。

 

「失敗しても逃亡しても、生かしておくわけにはいかぬ」

 

「それはまた……」

 

 プラジナは両手のひらを上に広げ、苦笑。

 

「私が言うのも何ですが、物騒ですね」

 

「我々を殺せばいい、などとは考えぬことだ」

 

「小賢しい()()()にはありがちだよ」

 

「怖い怖い」

 

 プラジナはおどけるように言った後――

 

「まあ、仕事はきっちりやりますよ。ある程度自由にさせてもらったお礼もかねて」

 

 これに反応はない。無言だ。

 

 しかし――

 この返答に、その場の男たちは嫌悪を示した。

 

「貴様」

 

「おっと。そういう眼で見られるのは心外ですな」

 

 プラジナは皮肉げに、

 

「あなたたちがやるべき汚れ仕事をやった。それだけのことでは?」

 

 同じく皮肉な返答――

 

「お前こそ自分の()()()をやっただけではないのか」

 

「なるほど」

 

 プラジナはそれに笑顔となり、

 

「ではお互いに良し(ウィン・ウィン)ということで」

 

 一礼した。

 

「……依頼は早急にすませよ」

 

「御意」

 

 プラジナが頭を下げている間に……。

 その場の人影はフッと消えていった。

 女が顔を上げた時、残るは暗闇のみ。

 

「やれやれだな」

 

 プラジナは編んだ髪を揺らし、背中を向けた。

 

 殺した。

 

 この国に来てから――

 祖国の動乱から逃れてきた流民たち。

 それを、全て殺した。

 いずれも小枝を折るみたいな手ごたえだったが。

 

 この国のどの勢力にとっても……。

 大量の流民は由々しき問題だ。

 

 歓迎すべき労働力・納税者。

 そうなる者は多くない。

 

 ならば、死んでもらったほうがいい。

 結果必要となるのは、大量殺戮だ。

 

 しかし。

 勝手ながら、自分の手を汚したがる者も多くない。

 直接手を出さず――

 上から命令をする立場であったとしても。

 

 プラジナに言わせれば、

 

 ――早い話が、単純に(いや)なんだろうな。

 

 ひと殺し。

 特に子ども殺し。

 それは、汚れ仕事を専門とする連中だって嫌がる。

 

 ――子どもには、わりと優しいんだよこの国は。

 

 プラジナは(わら)う。

 ここに訪れたごく短い日数。

 

 ヤオアムトをはじめ、サキュバスが多く住む地域。

 そこでは、女の価値は低い。

 

 まして死のうと生きようと……。

 いや?

 むしろ死んでもらったほうが良い流民の女など――

 

 ――下品な話、〝穴〟としての価値もないか。

 

 反面。

 子どもは意外と生かされ、許される場合が多い。

 サキュバスが、引き取って養育することも多いそうだ。

 

 そんな国で――

 

 ――子どもを平気で殺す自分は、さぞ軽蔑の対象になるだろう。

 

 考えながら、プラジナはその場から去る。

 やるべき仕事のために――

 

 

 

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