破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
カーシャ邸の周辺。
その一帯は、草だらけの荒地だった。
屋敷を建て直す際に、いくらか整理はされたものの……。
鉄柵の外は放置状態。
街の中央へ続く小さな道がある程度。
さて――
その小道を、ひとつの影が静かに歩いていた。
マントを羽織った金髪の女。
美女……美しい乙女だ。
「ふん」
カーシャは屋敷の窓から、遠目にその女を見ていた。
――ずいぶん、堂々とやって来たものね。
ふわり、と。
高い窓から、庭へ。
いや。
鉄柵を飛び越して、小道の中へ降り立った。
歩いてくる女は、歩く速度を変えない。
ただ、
ニコリ
と……。
カーシャを見るなり、笑ったようだった。
「なるほど――」
つぶやいて、カーシャも女のほうへと歩き出す。
――我ながら……。何が『なるほど』なんだか?
自身を心の中で笑い、歩き続ける。
そして。
「首切りのプラジナ」
至近距離まで来た時――
カーシャは相手の名前を呼んだ。
「……」
返事はない。
ただ、一見無表情に見えるその瞳。
それは興奮と歓喜でギラギラと輝いている――
「――はじめまして、というべきかしら」
「……」
「なるほど」
挨拶など無意味か。
カーシャはわずかに唇を歪めた。
プラジナの動きは隙がない。
冷静だ。
挙動も、揺らぎがない。
だが――
その瞳は、獲物を前にした飢えた獣みたいだ。
実際その通りなのだろう。
――殺してやる。
憎悪も、怒りもない。
義務感もない。
あるのは、快楽を求める原始的な欲望だけ。
食欲。
睡眠欲。
性欲。
以上の3つに加えて……。
殺傷欲。
これが、プラジナという女を支えている。動かしている。
あるいは、他の欲望よりも上位にあるだろう。
――
暗い青。
白い銀。
二つの影が音もなく動き、野原を走る。
いや。
草の上を泳ぐ。
プラジナの構える刃。
――まるで、大きな
ただ、相手を叩き切るための道具だ。
金属音を響かせ、数度の打ち合いが重なる。
――
肉食昆虫みたいなカーシャの動きとは違う。
あくまで、
それでも――
生き物を殺すために合理化されたものには違いない。
本能的か、論理的に組み上げられたか。
その差はあるわけだが。
――かなりの特注品らしい。
カーシャはプラジナの剣をそう評した。
ドラゴンを叩き殺して鍛えられたカーラナーガ。
それと打ち合える業物。
――狂人の銀か。
打ち合いの中。
カーシャは記憶を刺激され、思い出す。
ある種の特殊な合金を、ヒトの血に浸し続ける。
そうすることで、金属は変化を起こす。
強固で凶悪な武器へと変わるのだ。
場合によっては、ヴァジュラ合金に匹敵。
浸す時間が長いほどに、その強さは向上するという。
――ヴァジュラはそれ自体でも最強とされる金属。まして合金に匹敵するなんて……?
カーシャ自身に自覚は薄いが……。
カーラナーガは、幾度もモンスター、特にドラゴン種の血肉を浴びてきた。
さらに。
カーシャの放つ、〝あるモノ〟の影響。
これと合わさって、凶悪極まりない凶器と化している。
例外を除けばの話だが……。
打ち勝てる武器は、
幾度目かもわからない斬り合いと、打ち合い。
その中で、
――なに。なんなの……?
カーシャは、プラジナの発するモノに興味を引かれていた。
その全身からうっすらと立ち昇る、ドス黒いもの。
蒸気とも煙ともつかない
いつか、猫のゴトクが語っていたこと。
――魂。オーラ。
……。
「あんたの力の根源には、〝オーラ〟が深く関わってる」
「オーラ? それは、どこかの方言かしら」
「いや――そうだな。魂そのものの力って言われるが……」
「ずいぶんと詩的な表現ね」
「そうとしか言いようがないからな。神の力なんていうこともあるが――」
「ますます詩的だこと」
「それを鍛えることで、命あるモノは理論上無限に強くなれる……という説もある」
「眉唾ものじゃない? それ……」
「俺もそうは思う」
だがな?
と。
エルフは首をひねり、空を見上げた――
「その実在はあんたが証明してる。同時にヤバさもな」
「へえ」
「あんたのバカ力や速さ、刃もない剣の切れ味。それらはまともな理屈で説明できるものじゃない」
「自覚はないけど」
「だろうね。まあ、それはいいさ。肝心なのは実際の強さだ。ほぼ攻撃は当たらんからわかりにくいだろうが、頑丈さもけた外れだろうね」
「それならありがたい。助かるわ」
「ああ、そうだろうよ」
カーシャの笑顔に、ゴトクも苦笑した。
「で――話を戻すが……。魂を鍛えるってことは容易じゃない」
「心の問題ではないと」
「精神なんてあくまで脳みその問題だ。そこを弄られたら、エルフも人間も関係ない」
「わかりにくい」
「魂はそいつの根源中の根源。たとえ生まれ変わって違う世界に生まれ落ちようと変化しない」
「私はもう変わらないと?」
「ああ。予想だが、あんたは魂を何度も引き裂かれ、粉々にされて、原型が残らないほどこねくり回された」
「……」
「結果、魂はとんでもないバケモノに変わり、それに付随して精神も肉体も変わっちまった。オーラは魂の力」
そして――
魂は肉体、細胞がひと欠片残さず消え去っても、消し去れない。
文字通り永遠に呪われたわけだ。
……。
「魂か」
距離を置きながら、カーシャはつぶやく。
「お前は何度地獄を味わった?」
カーシャは言った。
質問というより、つぶやき――
だが。
それに、プラジナは動きを止めた。
が、そこに隙は無い。
「……」
沈黙の後に、
「あんたは、いちいち数えてたのか?」
逆に、プラジナは言った。
「どうでもいいだろう?」
ギラギラと輝く瞳は、そう語っているようだ。
「なるほど。確かに」
カーラナーガを構え直し、カーシャはうなずいた。
そして――
両者の動きはより速く、より強くなっていった。
一撃ごとに、地面が裂ける。
衝撃波が、遠くまで駆ける。
まき散らされる殺気。
近づくだけで心臓が潰れるようなレベルだ。
「殺してやる」
プラジナが、その時初めて笑った。
「死ぬのはお前だ」
カーシャは淡々と言い返す。
・ ・ ・
「始めやがったな――」
ゴトクはひとりでつぶやいた。
店の屋根から、カーシャ邸のほうを睨む。
そして、
「***、**********……」
古代の言語。
一般にそう呼ばれるものを、静かに詠唱し始めた。
――今のままで、すむとも思えんからな。
どんどんと殺気と破壊力が増していく。
それが、遠くからでも感じられた。
いやでもわかってしまうのだ。
「***…………」
魔力を練り、呪文の詠唱を終える。
それから、ふわりと地面に着地した。
両手を地面に置き、一度閉じた眼を開く。
瞬間。
カーシャ邸周辺は光に包まれ――
光の柱が天高く昇っていった。