破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
遠く北の方角を見れば――連山が見える。
死神山脈。
凶悪で危険な
その辺りから、響いてくるモノ。
音。
あるいは、衝撃波か。
「何なんだよ、あの音!」
屋根――その上に座るゴトクへ向かい、マコネが怒鳴った。
「ああ……。来たのか」
自分を見上げるマコネを見やり、ゴトクは応える。
「来たか、じゃねえ。どっかで大砲でも……いや」
「ああ。そういう感じの音じゃねえなあ?」
「いえ。音、ですか? これ、おなかというか内臓、心臓に響くみたいな……」
マコネのとなり。
そこに立つバッキーは杖を握りしめて言った。
声が震えている。
死神山脈。
その方向から響くモノ。
叫び声か地鳴りか判別のつかないモノ。
それは、ネビズの住民たちを驚かせていた。
店の近くをギルドナイトたちが走る。
小隊が装備を固めて、街の各所へ向かうようだ。
「ギルドまで……」
つぶやくバッキーのもとへ、
「ま。対外的にも必要だろうな」
下に飛び降りたゴトクは、妙なことを言う。
「え?」
「ギルドはとっくに知ってるさ。もう一匹のバケモノが来たことをな」
「それって……」
「下手に首を突っ込みたくなかったんだよ――」
誰だってそうだろ。
俺だってそうさ。
お前さんだって、巻き添えは嫌だろう?
ゴトクは、バッキーにそう言った。
「え、ええ。まあ。そうですけど……」
「下手に関わっても邪魔になるだけだ。あいつも、お前さんたちが死ぬのは、本意じゃなかろうよ」
「……だといいですね」
バッキーは苦笑する。
その後、
――変なの。我ながら……。
あの
身を削って、命をかけて私やマコネを助けてくれる。
……。
ダメだ。
まるで想像できないわ……。
バッキーは頭を掻いて――
静かに音のする方向を見た。
時々、爆撃でもされているような音。
ビリビリとした衝撃波。
否。
殺気が飛んでくる。
そのたびに、
「う」
ゾクリと背中が震えた。
「あっちのほうでさ……」
マコネはバッキーに並んでつぶやく。
「姐さんはやりあってンのだろうな」
「うん」
バッキーはうなずく。
「どんなバケモノなんだか……」
感嘆を込めたマコネの声に、
「見かけだけじゃわからん、いや、わかりにくいんだろうね」
ゴトクは頭をガシガシと掻いた。
やや苛立たしげに――
「知ってるのかよ、猫の大将」
「顔はな」
「そのひとって」
バッキーは好奇心からついたずねてしまった。
「美人だよ。顔も体つきもな。だが……」
「はあ」
「だがね」
「……だけど?」
「2~3日に一度はヒト殺しをしなきゃおさまらないって、厄介な病気持ちだ」
「殺人狂……」
「狂ってると言えば、まちがいなく狂ってるよ」
「うわぁ……」
「だから。あの青いご令嬢とは似て非なるもんさ。あいつぁ少なくとも――」
「楽しみでヒトは殺さないです」
バッキーはそこを強く言った。
「ああ。そうだな」
ゴトクは同意する。
「だからまあ……。あんたらのリーダーには勝ってもらわんと困る」
「……」
「仮にあの女――プラジナが勝てば、今より良くなることはなかろうね」
「そいつぁ、大手を振って……
マコネが顔を歪めて言った。
「ああ」
これまでの動きからして――
けっこうなお偉いさんがたが後ろにいるようだからな。
せっかくの機会。
わざわざ手放すバカはやるまいよ。
ゴトクは、うんざりとした顔で応えた。
「プラジナ……」
バッキーはふと、前世の知識を思い出す。
プラジナ。
仏教でいう智慧を意味する言葉らしい。
漢訳は、般若。
だが、ごく一般的な日本人だったバッキーが……。
古井椿という名の女が思い浮かべるもの。
それは――
白い顔をした鬼の面だ。
――でも。
般若の面は、嫉妬と苦悩に満ちた女の顔。
そこから。
さらに連想して、思い出すモノ。
鬼女がいる。
そいつは何かを見ながら、嬉しそうに笑っていた。
4本指の獣に似た手は、引きちぎられた幼児の頭をつかんでいる。
あれは――
江戸時代に描かれた絵だっただろうか。
確か。
有名な絵師が描いたものだったように思う。
「笑い般若」
「へ。なんだって?」
つぶやいたバッキーに、マコネは訝しげな視線を向けた。
「いえ。多分、その殺し屋? って、嬉しそうにヒト殺しをするのかなって……」
「そうだよ」
ゴトクが即答する。
「表情には出さないがな。あの眼を見ればバカでもわかるさ」
・ ・ ・
何もない荒野。
後ろには険しく無慈悲な連山。
その中で、ふたつの影は高速で動き回る。
動くたびに――。
周辺の岩が裂ける。
地面が砕ける。
大小の石と土くれが飛び散る。
――強い。
切り結ぶ中で、カーシャはそれを強く意識した。
弱くはない――
恐ろしい強さを持つ相手。
そんなことは、最初からわかっていた。
だが、
――殺してるだけじゃない。殺されているわね。
本能的に、理解できた。
――まあ、
ただ一方的に殺す側に立てる。
強者でいられる。
そんな世界ではなかった。
最初から強い者も、きっと大勢いたのだろう。
――でも。関係はない。
状況は不利。
敵は無数。
より強い巨大な怪物が列をなす。
そんな中……。
どれだけ強ければ最初から最後まで強者でいられるのか。
・ ・ ・
老人がいる。
彼は、リーンの前で臣下の礼をとっていた。
「ニュー子爵」
「は」
「あなたは、彼女……カーシャが戦うところを見ているのですね」
「はい。しかと」
「宮廷、いえ……」
言いかけた後――
リーンは疲れを感じさせる顔で、
「私の、いえ、亡き父の派閥である者たちの中には、その力を疑う者がいます」
「そのように、隠居の身にも聞こえることがございます」
「あなたはどう見ましたか?」
「人間……いえ、この世のモノとは思えませんでした」
「それは?」
「正直に申し上げれば」
ヒトの形をした災害。
そのようにしか、思えませぬ。
偽りなく、そのように感じておりますれば。
ワドー・ニュー子爵は、わずかに震えながら言った。
「彼女は、これまでの戦いで苦戦などしなかったのでしょうね」
「ないでしょう。少なくとも。ヤオアムトにおいて我らの知る中では」
「ニュー子爵、武人としてのあなたにたずねます」
「はっ」
「格下相手に無双の戦いをしてきた者は――」
「いいえ――」
「え?」
問いかける前に、子爵は否定した。
当然、疑問の眼を向けるリーンへ、
「こう仰りたいのでしょう? 格下相手に勝ち続けてきた者は強いのかと」
「――そうですね」
「知っておりまする」
「子爵?」
「彼女は間違いなく知っておるでしょう」
自分よりも強大な敵。
圧倒的な実力差。
数の不利。
戦況の不利。
そのようなもの、あの
老いた武人は、そう断言した。
「……実力の拮抗する相手と戦ったとしても?」
リーンの問いに、
「勝敗はわかりませぬ。しかし、負けるにしてもタダでは負けぬでしょう」
「……そう」
リーンはため息を吐き、天井を仰ぎ見た。
「狼同士の共倒れ。それを狙ってのことかもしれませんね」
「それは何とも……」
「いずれにしても――」
私たちも、血を流さなければなりません。
流さなければならなくなった。
リーンは暗く、そして
断言した。