破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その116、決闘-10 流血

 

 

 遠く北の方角を見れば――連山が見える。

 死神山脈。

 凶悪で危険な数多(あまた)のモンスターが棲み潜む魔境。

 その辺りから、響いてくるモノ。

 音。

 あるいは、衝撃波か。

 

「何なんだよ、あの音!」

 

 屋根――その上に座るゴトクへ向かい、マコネが怒鳴った。

 

「ああ……。来たのか」

 

 自分を見上げるマコネを見やり、ゴトクは応える。

 

「来たか、じゃねえ。どっかで大砲でも……いや」

 

「ああ。そういう感じの音じゃねえなあ?」

 

「いえ。音、ですか? これ、おなかというか内臓、心臓に響くみたいな……」

 

 マコネのとなり。

 そこに立つバッキーは杖を握りしめて言った。

 声が震えている。

 

 死神山脈。

 その方向から響くモノ。

 叫び声か地鳴りか判別のつかないモノ。

 それは、ネビズの住民たちを驚かせていた。

 

 店の近くをギルドナイトたちが走る。

 小隊が装備を固めて、街の各所へ向かうようだ。

 

「ギルドまで……」

 

 つぶやくバッキーのもとへ、

 

「ま。対外的にも必要だろうな」

 

 下に飛び降りたゴトクは、妙なことを言う。

 

「え?」

 

「ギルドはとっくに知ってるさ。もう一匹のバケモノが来たことをな」

 

「それって……」

 

「下手に首を突っ込みたくなかったんだよ――」

 

 誰だってそうだろ。

 俺だってそうさ。

 お前さんだって、巻き添えは嫌だろう?

 

 ゴトクは、バッキーにそう言った。

 

「え、ええ。まあ。そうですけど……」

 

「下手に関わっても邪魔になるだけだ。あいつも、お前さんたちが死ぬのは、本意じゃなかろうよ」

 

「……だといいですね」

 

 バッキーは苦笑する。

 

 その後、

 

 ――変なの。我ながら……。

 

 あの女性(ひと)が、必死で自分たちを助ける。

 身を削って、命をかけて私やマコネを助けてくれる。

 ……。

 ダメだ。

 まるで想像できないわ……。

 

 バッキーは頭を掻いて――

 静かに音のする方向を見た。

 

 時々、爆撃でもされているような音。

 ビリビリとした衝撃波。

 否。

 殺気が飛んでくる。

 

 そのたびに、

 

「う」

 

 ゾクリと背中が震えた。

 

「あっちのほうでさ……」

 

 マコネはバッキーに並んでつぶやく。

 

「姐さんはやりあってンのだろうな」

 

「うん」

 

 バッキーはうなずく。

 

「どんなバケモノなんだか……」

 

 感嘆を込めたマコネの声に、

 

「見かけだけじゃわからん、いや、わかりにくいんだろうね」

 

 ゴトクは頭をガシガシと掻いた。

 やや苛立たしげに――

 

「知ってるのかよ、猫の大将」

 

「顔はな」

 

「そのひとって」

 

 バッキーは好奇心からついたずねてしまった。

 

「美人だよ。顔も体つきもな。だが……」

 

「はあ」

 

「だがね」

 

「……だけど?」

 

「2~3日に一度はヒト殺しをしなきゃおさまらないって、厄介な病気持ちだ」

 

「殺人狂……」

 

「狂ってると言えば、まちがいなく狂ってるよ」

 

「うわぁ……」

 

「だから。あの青いご令嬢とは似て非なるもんさ。あいつぁ少なくとも――」

 

「楽しみでヒトは殺さないです」

 

 バッキーはそこを強く言った。

 

「ああ。そうだな」

 

 ゴトクは同意する。

 

「だからまあ……。あんたらのリーダーには勝ってもらわんと困る」

 

「……」

 

「仮にあの女――プラジナが勝てば、今より良くなることはなかろうね」

 

「そいつぁ、大手を振って……()()()ってのかい? ヒト殺しができるようになると」

 

 マコネが顔を歪めて言った。

 

「ああ」

 

 これまでの動きからして――

 けっこうなお偉いさんがたが後ろにいるようだからな。

 せっかくの機会。

 わざわざ手放すバカはやるまいよ。

 

 ゴトクは、うんざりとした顔で応えた。

 

「プラジナ……」

 

 バッキーはふと、前世の知識を思い出す。

 

 プラジナ。

 仏教でいう智慧を意味する言葉らしい。

 漢訳は、般若。

 

 だが、ごく一般的な日本人だったバッキーが……。

 古井椿という名の女が思い浮かべるもの。

 

 それは――

 白い顔をした鬼の面だ。

 

 ――でも。

 

 般若の面は、嫉妬と苦悩に満ちた女の顔。

 

 そこから。

 さらに連想して、思い出すモノ。

 

 鬼女がいる。

 そいつは何かを見ながら、嬉しそうに笑っていた。

 4本指の獣に似た手は、引きちぎられた幼児の頭をつかんでいる。

 

 あれは――

 江戸時代に描かれた絵だっただろうか。

 確か。

 有名な絵師が描いたものだったように思う。

 

「笑い般若」

 

「へ。なんだって?」

 

 つぶやいたバッキーに、マコネは訝しげな視線を向けた。

 

「いえ。多分、その殺し屋? って、嬉しそうにヒト殺しをするのかなって……」

 

「そうだよ」

 

 ゴトクが即答する。

 

「表情には出さないがな。あの眼を見ればバカでもわかるさ」

 

 

 ・  ・  ・

 

 

 何もない荒野。

 後ろには険しく無慈悲な連山。

 その中で、ふたつの影は高速で動き回る。

 

 動くたびに――。

 

 周辺の岩が裂ける。

 地面が砕ける。

 大小の石と土くれが飛び散る。

 

 ――強い。

 

 切り結ぶ中で、カーシャはそれを強く意識した。

 弱くはない――

 恐ろしい強さを持つ相手。

 そんなことは、最初からわかっていた。

 

 だが、

 

 ――殺してるだけじゃない。殺されているわね。

 

 本能的に、理解できた。

 

 ――まあ、地獄(あそこ)にいたのなら当然か。

 

 ただ一方的に殺す側に立てる。

 強者でいられる。

 そんな世界ではなかった。

 

 最初から強い者も、きっと大勢いたのだろう。

 

 ――でも。関係はない。

 

 状況は不利。

 敵は無数。

 より強い巨大な怪物が列をなす。

 

 そんな中……。

 どれだけ強ければ最初から最後まで強者でいられるのか。

 

 

 

 ・  ・  ・

 

 

 老人がいる。

 彼は、リーンの前で臣下の礼をとっていた。

 

「ニュー子爵」

 

「は」

 

「あなたは、彼女……カーシャが戦うところを見ているのですね」

 

「はい。しかと」

 

「宮廷、いえ……」

 

 言いかけた後――

 リーンは疲れを感じさせる顔で、

 

「私の、いえ、亡き父の派閥である者たちの中には、その力を疑う者がいます」

 

「そのように、隠居の身にも聞こえることがございます」

 

「あなたはどう見ましたか?」

 

「人間……いえ、この世のモノとは思えませんでした」

 

「それは?」

 

「正直に申し上げれば」

 

 ヒトの形をした災害。

 そのようにしか、思えませぬ。

 偽りなく、そのように感じておりますれば。

 

 ワドー・ニュー子爵は、わずかに震えながら言った。

 

「彼女は、これまでの戦いで苦戦などしなかったのでしょうね」

 

「ないでしょう。少なくとも。ヤオアムトにおいて我らの知る中では」

 

「ニュー子爵、武人としてのあなたにたずねます」

 

「はっ」

 

「格下相手に無双の戦いをしてきた者は――」

 

「いいえ――」

 

「え?」

 

 問いかける前に、子爵は否定した。

 当然、疑問の眼を向けるリーンへ、

 

「こう仰りたいのでしょう? 格下相手に勝ち続けてきた者は強いのかと」

 

「――そうですね」

 

「知っておりまする」

 

「子爵?」

 

「彼女は間違いなく知っておるでしょう」

 

 自分よりも強大な敵。

 圧倒的な実力差。

 数の不利。

 戦況の不利。

 そのようなもの、あの女性(ひと)は知り尽くしている。

 

 老いた武人は、そう断言した。

 

「……実力の拮抗する相手と戦ったとしても?」

 

 リーンの問いに、

 

「勝敗はわかりませぬ。しかし、負けるにしてもタダでは負けぬでしょう」

 

「……そう」

 

 リーンはため息を吐き、天井を仰ぎ見た。

 

「狼同士の共倒れ。それを狙ってのことかもしれませんね」

 

「それは何とも……」

 

「いずれにしても――」

 

 私たちも、血を流さなければなりません。

 流さなければならなくなった。

 

 リーンは暗く、そして鋼鉄(はがね)のような眼で――

 断言した。

 

 

 

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