破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
カクヨム版からの掲載でいつもと逆になりますね
これは……。
プラジナの事件が起こる前。
まだ年が明ける前のことだが――
カーシャは街の中を歩いていた。
街全体は、どこかソワソワとして落ち着かない。
みんな何かに追われているようだった。
理由は考えるまでもない。
――再誕祭の時期だものね。
年越しと年明けの準備。
誰もがそれで忙しいようだった。
――あれから、半年か。
チラチラと降る雪。
それを見上げながら、カーシャは思った。
ずいぶんと、長かったような気もする。
戻ってきてから……。
マコネと出会い――
バッキーと出会い――
そして、ボロンと出会った。
やはり。
ひどくひどく、長かったように思う。
モンスターや盗賊、エルフのテロ集団。
それに、
――殺したわねえ……。
大勢殺した。
しかし、
――大したものじゃないか。
壊したもの。
奪ったもの。
比べればどれもちっぽけなものだ。
「ふ」
カーシャはため息をつくように、笑った。
ほんの少しだけ、唇が動いた程度の微笑。
微笑とさえ言えないかもしれない。
そんな時だった。
「あら」
「お。姐さん」
「リーダー」
前から歩いて来るマコネとバッキー。
どちらも時節に合わせた冬服の姿。
ふたりの横に――
たくさんの荷物を積んだゴーレム。
形としては、長方形の箱に四つの脚を持ったもの。
運搬用として広く使われるタイプだ。
「だいぶ買い込んだようね」
ゴーレム内の荷物を見ながら、カーシャは言った。
「ええ。年明けから数日はどこもお休みって聞きましたから」
「それに年越し年明け用のご馳走もね」
ふたりはそう言って笑い合う。
「こっちは、お正月とクリスマスを一緒にやる感じなんですねえ」
「くりすま……?」
カーシャの疑問に、
「えーと。つまりお正月は年明けを祝う日で、クリスマスは……年末のお祝いですね」
「それ、何で別々にやるんだ?」
マコネは不思議そうに言った。
「……うーん。元々はそれぞれ違う宗教、神様のお祝いだったから?」
「はー、なるほどね?」
――クリスマスかあ。就職してからはいっつも一人だったなあ……。
バッキーは前世を思い返し、苦笑する。
「どうしたい?」
「いえ。年末から年明けはゆっくりしたいですね」
「できればな」
「?」
マコネが苦笑混じりに言う。
バッキーは怪訝な顔。
そこへ――
ギルドナイトが歩兵を率いて通り過ぎていった。
「何か、ここ最近物々しいですね?」
ギルドナイトを見送りながらバッキーは言った。
「ああ、年末だしよ。街中やその近くにダンジョンがわいたら大ごとだ」
「そっか。ダンジョンは……」
「おうとも。こっちの都合なんか知ったことじゃねえ。いつどこにわいて出るかは科神様の気分次第さ」
「そういえば――」
カーシャは下唇をその白い指でなでながら、
「この国ではないけど、年明け早々にダンジョンがわいて、パニックになった事例もあったそうよ」
「あるんですね、そういうこと」
「まさに天災というわけかしら」
「わいたダンジョンから、すぐにモンスターが這い出してくるわけじゃねえけど。やっぱりな?」
「実際の話――」
肉食モンスターの巣が街にできたわけだしね。
それはパニックにもなるわ。
可能性は低いけど、ドラゴン種が棲んでるダンジョン……。
そういう可能性もゼロではないしねえ。
カーシャは淡々と言ってから、小さく首を振った。
「ボスを片づけてダンジョンを潰しても、残ったモンスターやら宝箱はまき散らされるし」
「ええと。確か、そういう場合ギルドは……」
言いかけたバッキーへ、
「中の宝箱は全部回収。モンスターは皆殺しだよ」
マコネはつまらなそうに言った。
「あー……」
「ダンジョンはランクが上がるだけわいて出る可能性は低くなるそうだけどね」
と。
カーシャは言いながら、ゴーレムの荷台を見る。
その中からオレンジをひとつ取って、
「これ、嫌いだったわね。すっぱいから」
「そうなんですか?」
「ええ」
カーシャはバッキーにうなずき、
「試してごらんなさい」
オレンジの皮をむき、バッキーへと差し出す。
「い、いただきます……」
心地良い香りを嗅ぎながら、それを口にした瞬間――
「すっぱっっ!!」
思わず、バッキーは叫んだ。
予想以上の酸味。
反射的に、
――水、お水……!
口を押さえながら周辺を見回す。
そんなバッキーの様子に苦笑しながら、
「あーあー……。ほらよ」
マコネは携帯していた水筒を渡す。
「うぐ、ぐぐ……」
バッキーは水を一気飲みして、
「う、げほ、げほほほ……。すっぱい!」
本能的に叫んだ。
「でしょう? 滋養があるし、一種の縁起物だから嫌だったのよねえ」
本当に――
毎年、それだけが憂鬱だったわ。
大きくなるごとに、マシにはなったけど。
未だ好きにはなれない。
そう言いながらも、
「ふむ。やっぱりすっぱいわねえ……?」
カーシャは残ったオレンジを
「嫌なら食わなきゃいいじゃん。お嬢様だったし、わがままは通るんじゃねーの?」
マコネの質問。
これにカーシャは、
「貴族の場合……。食べるのは一種の義務というか、行事、儀式だもの。そういうわけにはいかないのよ、さすがにね」
「はー。大変だねえ?」
「そういうマコネさんは、平気だったんですか?」
「ん? あー、おいらの場合か。ま、生まれ故郷にはすっぱい食い物がたくさんあったしよ。食わないとご馳走は無しだって言われたからな?」
「ああ、そういう……」
「流民になってからは、食ってない。縁起物なんかに手を出す余裕はなかったし」
マコネは寂しいことを言った。
カラッとした、明るい表情で――
「そうですか……」
「あのなあ」
どんよりとしたバッキーの顔。
マコネはそれに呆れた顔で、
「ンなことでいちいち暗くなるなよ。どこにだって転がってる話だぜ?」
言いながら――
バッキーのヒップを揉みしだく。
「こ、こらっ。いっつもいっつも……!」
「へへ。悪い、悪い。どうもね? バッキーのケツは触り心地良くってさ。つい手が伸びちまう」
「何ですか、それ」
――にぎやかだこと。
ふたりのやり取りを見ながら、
――再誕祭か。毎年、どう過ごしていたものか。
カーシャは冬景色の空を見上げた。
再誕祭。
よくおぼえている気もするし――
何もおぼえていない気もする。
灰色だ。
身分を問わず、家族、あるいは仲間と過ごす日。
しかし、そんな日にも父は帰ってこなかった。
帰ってきた年もあったが、まともな会話などない。
同じテーブルについているだけだ。
寂しく虚しいものの例えに、
『再誕祭でひとりぼっち』
そういう言葉もあるほどなのに。
他の祭日やパーティー。
そこには取り巻きがいた。
あくまで利害関係でしかなかったが、表面上とはいえ
カーシャの目の前。
そこに、幻影が見えた気がした。
豪華なドレスと装飾品で身を飾った大貴族の少女。
――ああ、思い出した。
あれは、いつの年だったか。
再誕祭が近い冬の日――
あるパーティーの席だった。
貴族のパーティーといっても……。
近隣の血縁者が緩く集まっただけ。
比較的小規模な、あまり肩肘を張らないものだった。
そこに。
伯父夫婦とリーンも出席していたのである。
――あの場に、父はいなかった。
多忙のため。
そんな理由だったか。
――まあ、兄夫婦と会いたくなかったのでしょうね。
気持ちはわかるような気がした。
――あの時。
リーンは父と母に挟まれ、再誕祭のことを話していた。
楽しみで仕方ない、そんな顔で。
幸福な家庭。
その見本みたいな光景だった。
周辺も、きっとにこやかに見ていたのだろう。
だが。
――殺してやる。
カーシャは、ハッキリとそう思った。
ただ……。
激情に駆られるのではなく――
ひどく冷静な気持ちで。
――ふむ。思い返せば、ひどく穏やかな気分だったかも?
すっきりと静かに、穏やかに。
殺意を抱いていた。
恐ろしく惨めだった。
しかし。
同時に――
どこか爽やかな気持ちだった。
――妙な話ね。
カーシャは心の内で笑う。
己自身を嘲笑った。
――
ただ――
――今となっては、どうでもいいけど。
リーンやその関係者が死のうとどうしようと……。
――私の知ったことじゃない。
「ああ、そういやさ」
マコネが話を振ってきた。
カーシャの思考を知る由もなく。
「なに?」
「いや、再誕祭っていやあプレゼントだよな」
「ああ」
カーシャは顎に手を当て、うなずく。
そういえば、それが付き物だった。
――私も一応もらっていたわね、父様から。ま、部下に選ばせた適当なものだったけど。
それは嫌でもわかった。
とりあえず形だけでもやっておけ、というわけだ。
「再誕祭にプレゼントを渡さない。そんなの、貴族では面子に関わることだったわねえ?」
「え。そうなんですか?」
たずねるバッキーへ、
「そうなの。変なモノを贈ると周りから安く見られる。致命的よ?」
カーシャは淡々と答える。
「ははあ……。大変なんですねえ、上流階級も」
「まあ、今となっては特に気にすることもないけれど」
そう軽く笑ってから、
「あら」
カーシャは空を見上げて、何度か瞬きをした。
チラチラと……。
小さな雪が降っている。
「雪かぁ。どおりで冷えると思ったぜ」
マコネは嫌そうに言った。
「冷たいし、寒いし……。凍るとすべりますからねえ」
バッキーがうなずくと、
「ほえー。てっきり綺麗で良いとか言うと思った」
「あははは。まあ、あったかい家の中で見る分には……。でも、大変ですよ? 車とか特に」
と――
バッキーは頭を掻いて苦笑しつつ、
――育ったのは、けっこうな田舎町だったしなあ……。お父さんお母さん、毎年スノータイヤに替えてたっけ。
前世のことを思い出していた。
「確かにな。ちゃんとした車輪にしねえと危ねえや」
「ですねえ。私の知り合いに、すべって転んで前歯全部折っちゃった子もいます」
「そりゃ痛えやッ」
「……今なら、全部治してあげるんですけどね」
「ほーん。てっきり生まれついてのもんと思ってたぜ」
「それならもっと自信にあふれた人生送ってますって」
「はあ。そんなもんかねえ?」
「そういえば、マコネさん」
不意に――
バッキーは少し首をかしげて、
「背が高くなりましたね」
「へ?」
「最初に会った時は、ちっちゃな男の子って感じだったけど……」
半年で大人っぽいというか女の子らしくなってますよ。
色々と。
そう言って、ニンマリ笑ってみせた。
「ん~~。そうかねえ?」
「ええ」
「ほんじゃあ、来年に備えて服とか装備とか新調すっかなあ」
マコネは照れ隠しのように言った。
「いいですね。私もそうしようかな」
こんな会話の横で――
――プレゼントか。
手のひらに雪を受けながら、カーシャは思う。
マコネ。
バッキー。
それに、
――ボロン、か。
とりあえず三人分用意するべきなのか。
――まあ。して困るわけでもないし?
首をかしげながら、カーシャはそっと歩き出す。
「あれ、姐さん?」
気づいて声をかけるマコネに、
「年末の挨拶回りよ――」
振り返らず――
しかし、手を振りながらカーシャは応えた。