破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
赤黒い世界を走っている。
どこも殺気と腐臭。血の臭いと焼けこげた肉。
周りには敵しかいない。
何度も殺され、首を切られ、内臓をえぐられる。火に焼かれる。
ドラゴン、牛に似たもの。トラもどき、ライオンもどき。鳥のようなもの。
得体のしれぬバケモノがひしめき、襲いかかってくる。
生きながら食われることを、何度も繰り返す。
もうたくさんだ、嫌だ。
そう思っても、無限に肉体は復元される。
だから。
殺されないためには、殺すしかない。
殺した。
殺されないために。
でも、いつしかそうした理由も忘れていく。
ただ習慣的に、殺していく。
殺されるよりも、殺す回数が多くなった頃――
「なかなかの仕上がりだ。いい頃合いだな」
目を開けると、見知らぬベッドの上だ。
「ああ」
カーシャはつぶやく。
そういえば、昨日安宿に泊まったのだった。
夢か、と思う。
あの赤黒い世界。
悪夢なのだろうが、悪夢という感じでもない。
むしろ、懐かしくさえあった。
レッサードラゴンと、盗賊を狩った報酬。
そこそこの金で、それなりの支度も整えられた。
冒険者らしい革の鎧や衣服。靴。その他色々。
カーシャ・チーフウォール。
もう身分を失ったので、ただのカーシャ。
それが今の自分。
「姐(あね)さん、入っていいかい?」
ドアがノックされる。
自然と、昨日買った安物の剣を手にしていた。
「入りなさい」
「へへ、どーも、おはようさん」
短い赤毛をした子供が、へこへこしながら顔を出す。
昨日色々案内させたマコネという子供。
赤茶色の短い髪。
褐色の、猫を思わせる瞳。
いや全体の雰囲気そのものが、こずるい野良猫のようだ。
ヘラヘラ笑う顔は、ますます猫に似ていた。
見た目は、10歳くらいか?
だが。
そのこまっしゃくれた物言いからしてもっと上かもしれない。
「色々と、金になりそうなクエストを探してきたんでさ」
マコネは1枚の紙をテーブルに置いた。
『緊急:ゴブリンの群れを討伐』
「ゴブリン……」
確か、緑の醜い小鬼だったか。
話や絵では見たことがある。
『あの世界』では、そんな細々としたモノはいなかった。
もっと、巨大か凶悪でたちの悪い怪物ばかり。
「こいつがなかなか厄介でね。1匹1匹は雑魚だが、群れになるとやばい。単純なもんばっかだが、武器も使う。油断してやられる冒険者もけっこういるそうですぜ」
「……」
賞金は、かなりのものだった。
30匹で、200万ジュラ。
「貧乏人の一年分の稼ぎさ。もっと低いヤツも大勢いるがね。けど、大金には違いないさ」
そんなものか。
カーシャは少しだけ首をかしげた。
貴族時代の感覚……それもかなり昔のことに感じるが――
小金という印象だ。
が、今の立場では得難い金額なのだろう。
悪くは、ない。
できるだけ、金は欲しいのだ。
カーシャは紙をしまって、立ち上がった。
「……確かに、一応誰でも受けられることにはなっていますが、でも、パーティーを想定してですよ?」
ギルドでは、渋い顔をされた。
対応するのはゴーレムではなく、地味な印象の小娘だった。
「別にどうなっても自己責任になるのでしょう?」
「いや、そういうことにはなってますが、失敗したら後始末とかギルドの責任問題にもなりますし……」
「お金がいる」
「……ですけど」
「……」
「……ひぃ!?」
ウジウジした対応に、カーシャは不快になってきた。
すると、受付は悲鳴をあげて飛びのく。
後ろを見ると、マコネが知らん顔でそっぽを向いていた。
「複数人なら、問題ない。わかった」
そして、まずはマコネの首根っこを捕らえる。
「ぐえっ!? な、何するんだよ!? おいら、何かした……!?」
無視して、周りを見回す。
そこで、魔力の高いヒーラーらしき女を捕まえた。
仮にも魔導士だったので、そのへんはすぐわかる。
「ひいいい!? な、な、な、ななな…………!!?」
特に何もしていないのに、女は脅えてまともに話せない。
「この二人とパーティーを組む。複数人なら問題ない。そうでしょう?」
二人を引きずりながら、受付に確認する。
「……あ、はい。そうですね。はい」
そこから話は早かった。
クエストの詳細な内容……。
といっても、近くの農村を荒らしているゴブリンを退治するだけ。
「この距離なら、すぐね」
場所の確認と、ギルドのクエスト証明を入手して、カーシャはつぶやく。
「じょ、冗談じゃねえよ……!? ゴブリンの群れって。姐さんは良いかもしれねえけど、おいらたちはどうするんだよ!? そんなの相手にできねえよ!!」
ギルドから出る途中、マコネが必死の顔で叫ぶ。
「ゴブリン? 群れ……!? へ? なんで、なんで……!?」
ヒーラーのほうは話にならない。
眼鏡で小太りで。
おかっぱ気味の髪も、卑屈そうな眼も黒。
醜女というほどではないが、美人にはほど遠い顔だちだ。
「お前たちはあてにしてない。適当な場所で待機してればいい」
「んなこと言われても……」
「報酬はこっちに半分。あんたらで残り半分を分ける」
「だから勝手に……! ……………………100の半分で、50万ジュラか……」
具体的な金額になると、マコネはちょっと反応を変えた。
そして。
「目的の村までは、馬で一日って、ところね」
場所が記された地図を見ながら、カーシャは首をひねる。
「その間に、村は全滅してたりしてな」
「ふん。それは、困るわね。無駄足になる……」
「いや、心配するの、そこ?」
軽口へのカーシャの反応に、マコネは呆れ顔だった。
「丈夫なロープを売っている店はある?」
「ロープ? ああ、そりゃ知ってるけど」
「案内しなさい」
マコネに案内させた店で登山用ロープを入手。
その後、有無を言わさず門外へ出た。
「あのさ、そんなもん何に……」
「こうする」
「ちょ、ま、ま、待ってくらさーい……!」
カーシャは2人を荷物のごとく縛り、背負って自分の体にくくりつけた。
振り落とされないよう、きつく、固く。
「これなら、走れるわ」
「は、走る!?」
2人を軽々と背負ったカーシャ。
一気に街道を走り出した。
いや。それは走るというより飛び跳ねるというべきか。
ひと蹴りごとに、跳ね飛んで、しまいには時には数メートルも上昇する。
「ぎゃああああああああ!? な、やめ、おろし……いや、何でこんなめに!?」
「あばばばばばばっばば…………」
マコネは悲鳴をあげ、ヒーラー女子はすぐに泡を吹いて失神。
その走りは、目的地に着くまで止むことはなかった。
***――……。
「ひ、退け!! 後退だ!! 防御を固めろ!!」
「けが人を急いで運べ! ヒーラー早く!!」
「ちっくしょう、なんで……なんで……!!」
チュービの村では、まさに大惨事の直前だった。
モンスターの多い地域にあるだけに、農村とはいえ防備もそれなりのもの。
村全体を特殊な防護柵で囲い、村民も元冒険者という人間が多い。
モンスター被害は何度かあったが、いずれも軽微なもの。
ギルドにクエストを要請するなど、めったにないことだった。
だが、それが起こった。
やたらに増えて襲ってくるゴブリン。
それだけなら、村で対処できないはずはなかった。
しかし、1匹2匹倒したところで、まるで減らない。
数十匹の大群なのだ。
それだけなら、冒険者が来るまでは十分もつはずだった。
しかし、
「なんで……オーガが……!!」
現在村を襲っているのは巨体に巨大な棍棒を振るう大型の怪物。
凶暴さと食人習性で恐れられるオーガ。
これに加えて、群れをなすゴブリン。
もはやどうにもならない状況だった。
オーガの強靭な皮膚には、並の武器では決定打にならない。
あちこちを襲うゴブリンのため、戦力も分散している。
「ちくしょう……! せめて、こいつ一匹なら……!!」
使い古した武器を構えて、村の男たちはジリジリとさがる。
このままでは……。
その時、遠くで何か音がした。
大地を何かが叩くような。
「グオ?」
妙な音に、オーガがキョロキョロとする。
その時――
グシャン……!!!
大きな音がして、いきなり辺りに血と肉がばらまかれた。
砕けたオーガの棍棒と一緒に。
何かが、空中から降ってきた。
そして、オーガを棍棒ごとミンチに変えて。
ブツリ、ブツリ。ドサ。
「いて……!」
血まみれの中で、それは何かを落とした後、
ギロリ。
ゾッとするような眼で、ゴブリンたちを見た。
どうやら、長い髪の人間? らしいとわかった時には――
そいつは赤黒い風のように動いていた。
暴風が走るたびに、ゴブリンは虫けらの様に引き裂かれ、あちこちに散らばる。
「くっそお……。あのアマ、ムチャクチャしやがって……!!」
血まみれになった荷物がモソモソと動いて、何か言っている。
「……おい、あれ人間じゃないか?」
「……ええっ?」
オーガの血でひどいことになっているが、どうやら人間らしい。
2人いる。
「おい、あんた、大丈夫か!?」
「え? ああ、ここ、チュービ村?」
血まみれは、間抜けな質問をする。
「あ、ああ。そうだが、いったい、アレは……」
「え。ああ……」
男たちがゴブリンを一方的に殺戮する暴風に震えていると、
「まあ、一応、クエストで来た冒険者だよ。はい」
「え。じゃ、援軍……」
「うん、そう」
その間にも、ゴブリンたちは悲鳴を上げて逃げまどい、殺されていった――