破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
闘技場の真ん中にカーシャは立っている。
――王都にも同じようなものがあったけど。
規模はだいぶ劣る。
だが、
――地方領主の建てたものとすれば……まあ、立派なものね。
観察をしながら、カーシャは追放された王都サムーシャを思い出す。
――しかし……。
ここの土には、かなりの血が流れていたのがわかった。
――闘犬や闘牛。あるいは両方。
王都ではもはや廃れたものだが、犬や牛を戦わせる見世物は古くからある。
貴族同士の揉め事、あるいはギャンブルとして行われるもの。
庶民は、ニワトリを戦わせている闘鶏のギャンブルを楽しむ。
――闘鶏……。ネビズに来て初めて見たか。別に面白いとは思えなかったけど。ああ、そういえば……昔は猛獣と人を戦わせることもあったとか……。
そして、人間同士を殺し合わせることも。
――ここで、似たようなことをしているわけねえ。
カーシャは退屈しながら、この【催し】を開いた主催者を見た。
ラジーニ・モノーニ侯爵。
この周辺をおさめる領主であり、
――闘技場の所有者……か。
カーシャはこの場所で、用意されたモンスターと戦わなければならない。
観客は意外に多い。
非公式の、わずかな関係者だけのはずだが。
席にはギルドマスターとライワが複雑そうな顔をしていた。
他は――
興味半分。
残酷ショーを期待している趣味人。
出場者の無残な死に方を見たがっている者。
無駄に手の込んだ、悪趣味な処刑とも言えた。
何故、こうなったかと言うと。
ちょうど。
ギルドマスターが離れ、ライワも少し席をはずしていた時。
「おおう、これは! チーフウォール家のご令嬢ではありませんか!」
退屈していたカーシャは、わざとらしい声に顔を上げた。
年齢は若くない。
――? どこかで見たかしら?
顔や名前を知っている程度の貴族は、数えるのも面倒なほどいたが。
――身なりや雰囲気からして、ここらの領主か。
「いや、元・チーフウォール家令嬢でしたか! 失礼をいたした!」
どうやら、嫌味を言ってるらしい。
あちこちから、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
「はあ。で、その冒険者風情にもったいなくもお声をかけてくださる貴方様は、どちらのおかたでしょうか?」
「……お忘れかな? ラジーニ・モノーニ。あなたのお父上とは
――モノーニ。ああ……。
確か。
父と揉めたことのある侯爵。
あの性格とやり方から、父は恨みを買うことが多かった。
――まあ、それも強引な手や公爵の地位で潰してきたようだけど。
なるほど。
客観的に見れば。
今のカーシャは、落ちぶれて後ろ盾どころか、貴族の身分さえ剥奪された小娘にすぎない。
おまけに、魔法すらも使えなくなったときている。
――恨みを晴らすには、絶好の機会というわけか……。
「聞けばドラゴンスレイヤーの称号を受けるほどの武勲をたてたというお話! できれば、その技をお目にかかりたいものですな! いやいや、是非にもお願いしたい!」
「そうですか」
カーシャはわずかに目を細めた。
――疑っている、か。ン……。確かに、常識的に考えれば何か裏があるか、ペテンだと思うわね。
王都からネビズに追放され、今日までの時間は短い。
そんな短期間で、小娘がエルフやドラゴンを討伐するほどのレベルアップ。
――ありえない。普通、そう考えるわ。どうだっていいけど。
「それで?」
「恥ずかしながら、不肖わたくしは以前よりモンスター・ブラッドに
モンスター・ブラッド。
要するに闘犬や闘牛のモンスター版。
「わかりました」
カーシャは無表情にそう言った。
少し離れた位置では。
ギルドマスターがため息をつき、ライワは頭を抱えていた。
もはや止めることはできない。
さらに、あらかじめ準備は万全だったようで。
カーシャたちは闘技場へと案内された。
ほぼ連行されたというべきか?
――やれやれ……。
控え室で、カーシャはあちこち見まわした。
「どうぞ、得物はご自由にお選びください!」
侯爵は恩着せがましく言っていたが、
――まともなものなんかないじゃない。
武器も防具もひどいものだった。
安物、できそこない。
しかも錆びてボロボロだったり、破損していたり。
愛用の品となったカーラナーガを思い返して、カーシャは呆れかえった。
――まあ……仮にアレを持っていたとしても? 小細工をして、使わせないようにしたでしょうね。
どっちにせよ、ないものは仕方がない。
カーシャはフンと鼻を鳴らして、闘技場へ向かった。
その途中で、
――……。だれ?
後ろから追ってくる気配に、カーシャは振り返る。
白髪の老人。
しかし、肉体も顔つきも精悍な武人という雰囲気だった。
「どなたかしら?」
カーシャはたずねたが、老人は無言のまま驚愕の顔で固まっている。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!」
――なに、このおじいさん。
カーシャが黙っていると、老人は苦しげな息を吐きながら、
「……お忘れかもしれんでしょうが、王宮より軍人職を与えられている、ニュー子爵家のワドーです」
「失礼ながら、覚えておりません。ご容赦を」
「そのようなことは、どうでもよろしい!」
「何かご用事でも?」
「王宮の正式な調査を信じるなら、あなたは元・チーフウォール家のカーシャ嬢に間違いない。しかし……あまりにも、違いすぎる……!!」
絞り出すような声で、老軍人は叫んだ。
「あなたに、何があったのですッッ!? あなたは何なのですか! いえ、何者になってしまったのですか!?」
「おっしゃる意味がわかりませんが、まあ強いてお答えするなら……」
ヒトゴロシかしら?
それだけ言い残して、カーシャは闘技場へと歩き出した。
老人は全身から汗を流して、カーシャを見送るばかり。
――何なのだ、彼女は……。とても、
最初ワドーはこの悪趣味な試合を止めるつもりだった。
できるなら、舞踏会の場でそれをするべきだと。
しかし、気づくのが遅すぎた。
だから。
なんとか闘技場に行く前に止めようと思ったのだ。
いくら悪評極まった者だとしても、
――うら若い娘に、あんなむごいことを……! そも彼女はすでに刑罰を受けているではないか。
王宮の裁きがなされているのに、さらに無体なことを強要するなど、
――引退した老骨といえど、看過できぬ。
だが。
間近でカーシャの姿をハッキリ見た瞬間、震えて動けなくなった。
――戦場も修羅場も縁のない連中にはわからぬかもしれんが……。あの娘は尋常な
そして闘技場。
向かいの門から、のっそりとモンスターが出てきた。
手には、巨大な戦斧を握っている。
――何が出てくる?
ほんの少しだけ、カーシャは面白くなった。
しかし、
「……!!!」
モンスターの頭部が見えた時、カーシャの顔に緊張と動揺が走った。
いつも冷たい光を宿して揺らぐこともない、水色の瞳。
それが大きく見開かれ、モンスターを凝視している。
「なんだ、あの反応は……?」
観客席のライワは思わずつぶやいた。
――彼女があんな顔を見せるとは……。いや? そういえば、まともな表情も初めて見たぞ。
出てきたのは、牛の頭をした筋肉の塊みたいなモンスター。
「ミノタウロス……」
「それも、野生のもんじゃない。ありゃあ、おかしな薬や魔法でいじくり倒してるぞ」
ライワの声に、ギルドマスターは睨むようにモンスターを見る。
その一方で、
――ミノタウロス……?
カーシャは、拍子抜けした。
まさにそういう状態。
腐った血肉が焼け焦げる臭い。
あの場所で――
何度も、何度も、何度も見て。
殺されて、殺されて、恐れて、恐れて、憎んで。
やがて、殺せるようになったあの牛の頭をした――
だが、これは違う。
地上にいる、ただのモンスターだ。
カーシャは予想しかけたものではないことがわかると、
――
笑みを浮かべた。
ゾッとするような、おぞましさを発散させる笑み。
しかし。
観客たちのほとんどは、それを絶望の顔だと受け取っていた。
人間は、限界を超えた恐怖にはただ笑うしかないという。
カーシャへの敵意や悪意を持っている者たち――
彼らは完全な勘違いした結果、満足のいく反応だと喜んだ。
1分もたたないうちに、その期待も想像も裏切られたが。
まさに。
文字通り。
ミノタウロスはメチャクチャにされた。
生きながら肉体をバラバラに解体されて、どこの部位だか判別できなくなった肉片は、
「ひいいいい!?」
「きゃあああーーーー!!」
観客席まで飛んでいき、散らばる。
たちまち、闘技場は悲鳴と血の臭いに包まれていった。
「しかし……何だったんだろうな、最初の反応は」
予想どおりとも言える結果を目の当たりにしながら、ギルドマスターは魔法で肉片の雨を防ぐ。
「何か別のものと思い違いをした――私にはそんな風に見えました……」
「ふむ、そりゃ大正解かもしれんね」
「それと、あの姿はまるで……八つ当たりでもしているように思えます」
ギルド上層部の両者が会話をしている間。
闘技場は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。