破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
「てめえ!!!」
カーシャの行動に、男たちは激怒した。
特に話しかけてきた冒険者の男は、
「……なめるなぁ!!」
拳を振り上げ、殴りかかる。
――なんだ、顔を打つ気か。
相手がどう動き、どこを狙っているのか。
カーシャには手に取るようにわかった。
その時、
――おや……。
殴りかかった男の腕が、黒い手につかまれる。
「がっ……!?」
どうやら――
かなり強い力でつかまれたらしい。
男は苦しげにうめき声をあげる。
「やめろ」
つかんだ相手は静かな、だが凄みのある声で言った。
「お前――」
その人物を見て、カーシャは眼を見開く。
黒炎のグシオ。
相変わらず、目元を隠した兜姿。
「デートなら、俺がしてやるぜ?」
「うぐ……っ」
相手が誰か理解すると同時に、男は青ざめた。
「黒炎の……」
「マジかよ……!」
他の男たちも、似たような反応。
「どうする?」
「わ、わかった。俺が、悪かったよ……! 離してくれ!!」
「そうか」
男が悲鳴を上げると、グシオは手を放しつつ、
「あと、女を殴るな――」
男の耳元で、強い声で言った。
「ひっ……」
それで、男は腰を抜かしそうになっていた。
と――
「あー、これ。揉め事はいかん」
声の主は、小柄で品の良い老人。
鬚もきれいに剃り、身だしなみも地味だがさっぱりしている。
「横で見ていたがな? 男どもの誘いかたも野暮だが……。
「どなたか」
カーシャはジロリと老人を見た。
「どうということのない、暇な隠居だがね。この場を英雄殿が力づくでおさめても、後々禍根が残るとこれも良くない」
「それは――」
「まあまあ」
グシオが何か言いかけるのを、老人は片手を上げて制する。
「そこでどうかな。後日、早ければ明日にでも他人の迷惑にならぬ場所で決着をつけるというのは」
「果たし合いか」
「これ、そのような物騒なことを言ってはいかん」
カーシャの言葉に老人は苦笑して、
「あくまで武術の試合じゃよ。どちらが勝っても恨み
カーシャと男を順繰りに見る。
「私はかまわん」
「……」
男は黙っていたが、
「どうするかね」
「やる」
老人の声に、目を鋭くして答えた。
「よろしい。勝負がついた後、まだ揉めるというのなら……。グシオ殿、ご面倒をかけてよろしいか?」
「え。ああ、わかった」
「よしよし」
グシオの返答を受け――
老人は満足そうにうなずく。
それから、
「時にグシオ殿、この年寄りに少し付き合っていただけぬか?」
と。
杯を持ち上げてみせた。
・ ・ ・
「わしは、まあさっき言った通りで暇な隠居じじぃですわい。若い頃はちょいと宮仕えもしていたが、まあ他愛のないものでしてな」
「……グシオ・ダムテです」
「見ればお若い。その若さで、世に知られる英雄とは……。自分が恥ずかしくなりますな」
「そんな。そういう声もありますけど……」
「先だっても、見事ドラグーンを操ってドラゴンを討伐したではないですか。あれでどれだけの者が救われたか」
「だったら、良いんですけどね……」
「何か気にかかることでも?」
「……」
この後――
ふたりはしばし雑談を交わしつつ、杯を交わしていたが……。
「……俺は、別に英雄を目指してたわけじゃなくって。ただ、失くしたくないモノがあっただけで」
「ただ、
「そうです」
「なればこそ、余計に恥じ入るようなものではない。胸を張ればよろしい」
「……そうかな。そうかもしれない」
「ふうん。どうも……」
「お前さん、酒をあまり旨そうに飲まれませんな。お嫌いだったら、誘って悪かったかもしれん」
「そういうわけじゃないですが、慣れてないだけで」
「と、すれば。だんだんと慣れていかねばなりませんな。この先、酒宴に誘われることは多かろう。英雄が酔って醜態をさらすのは、ちと哀しい」
「ははは……」
「やはり、お誘いしたのはよろしゅうなかったかなあ」
「いえ。ただ、何かこう」
「はて」
「気が抜けたような感じで――」
「なるほど、なるほど。しかし、ヒトというやつは、力を抜く時は抜かぬとうまく力が出ぬものです。力み返っていざという時、固まっては話にならん」
「そういうものですか」
「そういうものですな」
「時に――先ほどの揉め事ですがな。試合の時には、お前さんも同席願えると嬉しいが……」
「はあ。それはもちろん」
「それはけっこう。さて、御酒が進まぬのなら、料理のほうをやっていただきたい。ここは、なかなか旨いものを食わせるのでな……」
・ ・ ・
「ふう――」
場所としては――
だいたい端のボックス席、というあたりか。
ゴトクはそこでひとり酒を飲んでいた。
飲むと言っても、少量をなめるようにしているだけ。
合間に、ちんまりとした料理を事務的に食う。
――ふうん。なるほど、確かに旨いものを食わせるな?
となりの会話を聞きながら、ゴトクは息を吐いた。
ひとりは英雄……黒炎のグシオ。
とはいえ、別に大した話はしていない。
誰が聞いても単なる世間話だ。
――あの
相手の老人。
それは別に、そうした意図はないようだ。
あくまで興味本位というやつだろう。
――
そこで――
ゴトクはようやく一杯目の酒を干した。
――だが、妙な雰囲気もある。努力や修業だけで、あれだけのモノを持てるもんかね? いや、似たような例は身近にあるか?
思い出すのは、青い髪の乙女。
――素性を調べても、いきなり変な力に覚醒して大活躍を開始……としか思えんな。それ以前のことがどうにも凡庸というか、何というか……。
ふむ、と。
ゴトクはこめかみを指で掻きながら考える。
――何て言やいい……? ああ、いつかバッキーが変なことを言ったかな、『強くてニューゲーム』? よくわからん話じゃあったが。
未来での経験や力を持って、過去の自分自身へ逆行していく。
――まあ、そんなわけのわからんことが、あるわけ……。いや、ないとも言えないのが、世の中の怖いところか。こっちの想像なんか思いもつかんことは、往々にしてあるからな……。
何にしろ――
――かわいそうだが、英雄のにいさんも、身辺穏やかとはいくまいなぁ。