破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
老人の名前はショーン・ウルゴ。
すでに隠居の身だが――
爵位を持ち、かつては王宮騎士団にも所属していた男。
武術も、それと知られた名手である。
さて――
そのウルゴ卿。
今は自分の部屋で、ベッドに入っているのだが、
――ふうむ。
その晩。
ウルゴ卿はどうにも寝つけなかった。
――黒炎のグシオか。
すでに名の知れた人物だ。
古い、宮廷関係の情報筋からも聞いていた。
騒動の後。
しばらく彼と杯を交わしたわけだが……。
――凄まじい男だとは、聞いていた。確かにそのようではあったな……。
グシオについて考えるウルゴ卿は天井を見つめ、
「若い」
そうつぶやいていた。
凄まじいもの。
強さ。
そこは、実際に見ても納得した。
若いが凄まじい経験や修業を積んだものらしい。
しかし、
「若いのだな、やはり」
また、つぶやいてしまう。
己の立場やふるまい。
そこから与える影響。
こういったものや、他人の感情。
その辺りが、どうも不器用らしい。
無神経とは言い過ぎか――
――余裕がないのだろう。経験も足りぬ。権力者を嫌うという噂もあったが……。
ウルゴ卿と接したグシオは、意外に素直だった。
謙虚とさえ言える。
――英雄ではなく、息子、いや孫と思って接したのが良かったかな?
しかし……。
恐るべき戦闘力と若さ、未熟さ。
そこがチグハグだったがなあ?
才能というのはそういうものかもしれぬ。
そうしてみると、面白いなヒトというヤツは……。
あのギャップが、
――そうだな。女の心をくすぐって、つかむのかもしれぬ。罪なヤツめ。
しかし、
――弱みを突かれて、宮廷、いやいやあちこちの魑魅魍魎どもに利用されねばよいが……。いや。
すでに――
そういう不穏な噂も、ウルゴ卿は耳にしていた。
――味方をしてやりたい気もするが。はてさて……。わしもこの国に仕え、働いてきた身ゆえな……。
もう一度――
ウルゴ卿は、グシオの純朴な素顔を思い返した。
――ふ、ふふ。そういえば、酒の飲み方も青臭かったな。
少し微笑した後、
――あやつ以上に引っかかるのは……。
次に思い出すのは、酒場で出会った娘、カーシャ。
カーシャ・オーサ・ガヴェル。
と、名乗っていたが……。
――聞かぬ名だったな。
まあ、本名ではあるまい。
しかし、
――あの娘は、どうも妙だな。
その姿かたちは、とても美しい。
まるで女神のようだ。
あれほどの美女は諸国をめぐってもいるかどうか……。
気品もある。
――どこぞの上流貴族、下手をすると王族の流れを汲む血筋かもしれぬ。
のだが……。
凛として、気を張っている頑固な娘。
よくある我が強い女武道という風情。
――しかし、何か引っかかるような。どことは言えぬが……。
まるで――
薄い絹の幕を何重にも張っているような。
その奥が見通せぬ気がした。
――よい年をして惚れたというのではないが、いや、むしろ薄気味が悪いな。そんな風に感じるところは、ないはずだが……。
あるいは――
外見からは
暗い何かを背負っているのかもしれない。
・ ・ ・
翌日。
カーシャと冒険者の男は向かい合っていた。
どちらも木剣を手にして、目つきが険しい。
仲介役で立会人となったウルゴ卿が提案した場所である。
――なるほど。こいつ、なかなか使うな。
ウルゴ卿は密かに感心する。
動作などから男の実力を推測した後――
――ふうむ。やはり、妙な。
密かに首をひねるウルゴ卿だった。
――武術を学んだ者の動きではない。だが、隙もないな……。
カーシャの動きを見たが、どうもわからなかった。
動きはキビキビとしている。
しかし、
――これはどうも、ダンスなどをみっちりやった動きだな。やはり、どこかの令嬢であろうか……?
そんな諸々の雑念を払い、
「この試合、昨晩言ったように勝ち負けに関係なく、今後の怨恨を引きずらぬこと。よろしいな?」
ウルゴ卿は厳しい声で言った後、
「
戦闘開始後。
ウルゴ卿は、困惑し続けていた。
――何と、これは……。
両者の戦い。
それは防御の仕方で、違いがよくわかった。
速度と滑らかな動きでかわすカーシャ。
腕力と体格で受ける男側。
こういうものだった。
改めて見ると――
男は筋骨もたくましく、岩のようだ。
クエストでは前線に立って主力となり、盾となるのだろう。
一方でカーシャは機敏。
同時に、蛇が這うようなつかみどころのない動き。
武術に通じた者の動きではない。
まして騎士の動きではない。
いわば素人だ。
だが。
そこには隙がなく、一見ムチャクチャな動きも、
――理にかなっておる。
のだった。
多くの修羅場。
そこで形成されたであろう、
これがまったく相手を寄せつけないのだ。
――こやつとて……。
冒険者の男。
この男にしても、喧嘩もモンスター討伐も相当に経験している。
それはわかった。
しかし……。
そんな男をして、カーシャの動きに対応できない。
攻撃をかわされ、はね返される。
「やぁ――!!」
ついに。
鋭い気合と共に、男の剣は叩き落とされた。
――それまで!
ウルゴ卿が終了の合図を出そうとする。
だが。
その前に――
――や……?
カーシャは一足飛びに間合いを詰めていた。
――いかん!
ウルゴ卿は本気であわてた。
脳裏に、男が撲殺される光景が走ったのである。
と。
その時、
「う」
カーシャが動きを止め、小さくうめいた。
黒いグローブをはめた手。
それが、カーシャの腕をつかんでいる。
グシオ。
黒衣の男が、止めに入っていた。
――何と、あの動きに対応できるとは
ウルゴ卿は思わず舌を巻いた。
「なんの真似だ!? はなせ!」
カーシャはあわてた声で叫ぶ。
驚くほどに動揺していた。
「もういいだろう。勝負はついた」
「な、なに?」
「誰がどう見ても、あんたの勝ちだ」
「……慈悲深いことだな?」
「そうじゃない」
「では、どういう意味だ」
「手を、血で汚す必要はないだろう」
「気障りなことを」
カーシャは目を背け、毒を吐いた。
だが、口調は弱くなっている。
「……見たくないんだ、女の子が手を汚すのは」
「わ、わかった。だから、はなせ」
「あっ。す、すまない」
グシオはあわてて手を放し――
カーシャは顔を背けたまま、
「か、かまわぬ。ここは、むしろ感謝すべきなのかもな……?」
うわずった声でそう言った。
こういうわけで。
これにて試合は決着。
全ては水に流す、ということになったわけだが……。