破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件 作:らくべえ09
<お姫様?>
壁伝いに、カーシャは驚きの声を返した。
<そういうこった>
となりの部屋では、ベッドに寝転んだゴトクが応える。
片手が、壁に添えられていた。
ここから――
微細な振動で会話を交わしているのだ。
<例の天使様、オルマ・ボログお嬢さんは間違いなく王族、お姫様らしい>
<それが冒険者? ありえないわ>
<ありえんよな。ただ、前にも言ったがあのお嬢さんは元々は孤児。いや、そう思われてたが>
<つまり、御落胤だったと?>
<というか、国王夫婦の子どもだな>
<……そんな子が、孤児院? 今までわからなかった? 何ともはや、お粗末な>
<……こいつぁ、シーマ王家の習わしらしい。王族のうち、ひとりは死産と偽って
の中で育てるとな>
<断絶の危機に備えて――というわけね?>
<そういうことらしい>
<だけど。手違いで行方不明になってしまった。それが、無事に見つかったというわけか>
<いかにも。ヤオアムト製の血筋を確かめる魔法で丹念に調べた結果だ。間違いないとさ。しかも、お姫様の姿かたちは、王妃様とよく似ていらっしゃる、ときたもんだ>
<実に面白い話ね。まるでお芝居だわ>
<本来なら、そこでメデタシ・メデタシさ。そのまま市井で……となるはずだが――>
<……。なるほど、それに少しもったいない逸材だったと>
<ああ。何せ不世出の天才魔導師だ。その上、勇者パーティーで大活躍だろ? 人気取りにはバッチリってな>
<ま、そうね>
カーシャは納得する。
<ふうん……。確かに、その縁で黒炎の英雄と婚姻を結ばせる。貴種流離譚、加えて英雄と姫の結婚……。国民には受けるか>
<そうだ。そこまでならば宮廷も歓迎してるだろう……。しかし――>
<黒炎に王冠を渡すと? 話としては面白いけど、賢い選択ではないわ>
<まったくだな。しかし、それに乗っかろうと連中もいる。だから話はややこしいのさ>
<ふふん>
<時に。今日は王城で英雄たちを招いて舞踏会があるそうだな?>
<ええ、今頃英雄殿は踊っているのかしら?>
<ダンスどころじゃ、ないかもな……>
<ふむ? ああ、なるほどなるほど。オルマお嬢様の素性を明らかにする、絶好の場というわけかしら?>
<で。あんた行かなくっていいのか?>
<遅れるか、欠席するかもとは言ってあるわ>
<ふーん>
<なるほど、そうね。では少しだけのぞいてこようかしら>
言って――
カーシャは会話を打ち切り、ベッドから降りた。
・ ・ ・
宴の席は、騒然とした。
それから。
一気に盛り上がり、オルマへと視線が集中していく。
王妃によって、オルマの素性が明らかにされた直後だった。
「父上、母上。私を迎えてくださり、感謝の念に
オルマは国王夫妻にそうたずねた。
美しいドレス姿……。
まさに、天使の異名にピッタリの出で立ち。
「魔王を倒して平和が戻るまで、私は英雄……グシオ様のお手伝いをしたいと思います。今日までそうやって過ごしてきた身。今少しだけ、その役目を続けさせてください」
この
オルマとグシオを中心に、パーティーメンバーたちへも注目が集まる。
そんな中――
やや離れた位置。
ルーブはため息を吐いていた。
こういう状況下ですら、注目されない。
――日陰者としての臭いが、しみついたんだろうか……?
自虐的なことを考えながら、ルーブは自虐的に笑う。
「お前はなにによって立つのだ?」
カーシャの冷酷な言葉が脳裏を走る。
――クソ……。
忌まわしい気分。
かといって、ヤケ酒を抑制する半端な理性もある。
少しだけ――
甘めの果実酒で唇を湿すだけだった。
「少しよろしいか?」
そんなルーブに、声をかけた者がいる。
金髪をオールバック風にした、清潔感のある青年だった。
いかにもエリートという物腰の美男子。
年齢は、ルーブよりは上だろう。
しかし。
まだ30にはなるまい。
「あなたは……?」
「や、これは失礼。私はカピオ・ヘアロングというもので――王城で、まあ官僚の末席にいる者です」
「あ、こちらこそ失礼を……」
「いやいや。そうご丁寧なあいさつを受けるほどの者ではありません。ターニオ氏、あなたにお礼を言いたくって声をかけたのですよ」
「お礼、ですか? そんな覚えは……」
ルーブは、思いがけない言葉に困惑していた。
パーティーにいる間、まともな感謝も評価もされていない。
あったとしても、ごくおざなりなものだ。
「何をおっしゃる。先日、ドラグーン乗りの選抜テストでご協力をいただいたばかり」
「あ、ああ……。いや、アレはほんの少しお手伝いをさせてもらっただけで」
「ご謙遜をされてはかえって困りますな。試験の準備から片づけまで、大いに助けられたと、関係者はみんな感謝しておりますよ。もちろん、私もそのひとりです。おっと、直接試験場には顔を出しておりませんが……」
「そうですか。お役に立てたなら、幸いです」
ルーブは素直に嬉しさを感じた。
仕事が評価され、感謝されるというのは、
――こんなに満たされるものなんだな……。
それだけで、
――やって良かった。
そう思えた。
「どうでしょう? 少しお話する時間をいただけませんかな? 相手が美しいご婦人ではなく、野暮な役人で申し訳ないが」
「ええ。構いませんよ。どうせ暇な身ですし……」
「そうですか、では……」
こういう具合に――
最初は軽い自己紹介、そして世間話などから入ったのだが、
「思い切って申し上げるが……。ターニオ氏、我々の力を貸していただけませんかな?」
「力ですか? 僕にできることはあまりないと思いますが……」
「いえ。華々しい戦場ではなく、野暮で地味なことで申し訳ないが……」
カピオの話を要約すると、
「魔王軍との戦いで、文官も非常に忙しく人材に苦労している。なので、一緒に働いてもらえないか」
こういう内容だった。
「いや、しかし。僕は部外者ですし、文官の経験もありません。お役に立てるとは……」
「もちろん、重要事項や機密に関わる部分はノータッチでお願いしたい。しかし、先日のご活躍ぶりから、是非ともお力をお借りしたいと思っていたのですよ」
カピオはルーブの顔を見つめ、強い声で言った。
紳士的だが、ぐいぐいと迫る雰囲気。
「それは……」
この時、ルーブの心は大きく揺らぎだしていた。