破滅した悪役令嬢がいたので殺人マシーンにしてみた件   作:らくべえ09

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その29・5、ユオンと教授(本編とあまり関わりなし)

 

 

 

 

 老人がいる。

 髪も(ひげ)も真っ白。腰も曲がり気味。

 部屋には小さな標本があった。

 いずれもモンスターのもの。

 本棚には、無数の書物。

 

 老人は机で何かを熱心に書き込んでいた。

 

 と。

 

 コンコン

 

 ドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

 老人が返事をすると、

 

「トリヤマ教授。少し休憩なさってはいかが?」

 

 小さなワゴンに茶器や茶葉、ポットの用意。

 それを押しながら、エルフの少女が入ってきた。

 少女。

 外見はそうとしか見えない。

 銀髪の、美しい姿かたち。

 ユオン・キナ。

 

「――あんたか」

 

 老人は振り返りながら、エルフを見た。

 

「ええ。お久しぶりです」

 

「久しぶり、な……」

 

 教授はペンを置く。

 

「1000年以上生きる種族でも、そう思うのかね」

 

「ええ。そのへんは時と場合で」

 

「便利なものだな」

 

「そうなんです。どうぞ」

 

 丁寧に用意したお茶をすすめながら、ユオンは微笑んだ。

 

「わしはもう完全に老いぼれたが、あんたはぜんぜん変わらんな。当然なんだが」

 

「教授はまだまだお元気ですよ」

 

「ふん。世辞はよしたまえ。もう100を越えておるんだ。いつ死んでもおかしくないよ。まあお前さんらのおかげで、自分で歩けて、(しも)の世話を受けんですむ。そこは大いに感謝しとる」

 

 お茶をゆっくり飲みながら、老人は言った。

 

「で。王宮の連中は、またぞろ悪趣味なことをしとるのかね」

 

「あははは。そりゃまあ? その本質は、胸を張って誇れる善事じゃありませんけれど」

 

 ユオンは笑って、

 

「でもこういうものは、きれいごとではすまない。そこはおわかりでしょう?」

 

「まさに伏魔殿か」

 

 老人は嘆息して、

 

「しかしまあ、国王陛下はわしのような役立たずをウン10年も飼っておるものだよ。いや、あの時はまだ王子どころかおしめも取れん赤ん坊じゃった……」

 

「ご謙遜を。教授の研究は大変役に立っておると、陛下も常々感謝しておられます」

 

「ふふん」

 

 老人は笑ってから、少し遠い目をする。

 

「ここへ召喚さ(よば)れた時、わしゃ50代だった……正確には、56、いや7か。ほとんど60だな。いきなり、わけのわからん世界(ところ)に放り出され、勝手なことをアレコレ言われた挙句、役立たずと罵られた。悪夢かと思ったよ」

 

「教授を召喚されたのは、**国でしたねえ。おかげで、ヤオアムトは大変な知見の人を招けることになった」

 

「のたれ死にしかけてたのを、あんたに拾われたんだ。そこも、感謝はしておるよ。命の恩人だ。衣食住に不自由もせず、こんな益体(やくたい)もない研究を続けておられる」

 

「その研究がこの国に役立っていますから」

 

「怪しいもんだがな」

 

 トリヤマ老人は自嘲して、茶器を置く。

 そして、両手で何かを包むようにして、

 

 ポウ

 

 淡い光。

 それが消えると、老人の手には一冊の書物があった。

 

「書物を自由に召喚できるスキル。素晴らしい」

 

 エルフは嬉しそうに、書物を受けとった。

 

「これを取りに来ただけだろう」

 

「それもありますが、教授にお会いしたかったのも事実です。……ふむふむ。カクヘイキに関する専門書ですか」

 

「**では役に立たんと言われたがな。実際、モンスターと戦えるわけでも、腹がふくれるわけでもない。しかも1日に3冊限定ときたもんだ」

 

「冷静に見れば、遠い異世界の貴重な知識を何百冊と得られるのです。その偉大さは教授が一番おわかりでしょう?」

 

「最初はアレコレ解説を求められて閉口したがね。わしゃ一介の生物学者にすぎん。電子工学だの医学だ、物理学だ。ちゃんと説明できるものか」

 

「でも? 言葉の理解はできるようになった」

 

「……昔から、あんたらはわしのような人間を引っ張り込んで利用しておったわけだなあ。何度も言ったことだが」

 

「代わりに、衣食住も、もちろんセックスも不自由はさせません。中には、爵位を得られたかたも。教授はご辞退されましたが」

 

「そんなもの吹けば飛ぶような木っ端貴族じゃないか。領地もない形だけのな」

 

「ですが、お金は十分手に入る」

 

「そうだな。多くの人間は満足するだろう。お互いに利のあることだ。 WIN・WINというやつだ」

 

「ええ。その通り」

 

 ユオンは、美貌の顔へ花のような笑みを浮かべた。

 

「もっとも……使い捨てにしたり、逆に手痛い目にあった時期も、ね? そういった過去の失敗をへて、この方針が決まったわけで。当時のことは、私も資料でしか知りませんけど」

 

「ふふん。それで? 噂の勇者様とやらは使い捨てのほうかね?」

 

「人聞きの悪いこと。向こうが平和的だったり、誠意ある相手ならこちらも相応の対応をしますよ。しかし……残念なことに自信家でそれなり(・・・・)の立ち居振る舞いができて、かつ野心家なので。あちらでは、ベンチャー……どうも新機軸の商売で成功したとか自慢されましたね。話から察するに、所属してきた場所ではずっと支配層でいられたんでしょう」

 

「成功者か。なら野心家のほうが普通だな」

 

「つまりですね。いくら功績のある。優秀なかたでも、自由行動(・・・・)には限度があるというだけですってば。あ、でもせっかくやって来た同郷、同じニホンジンです。お会いになられますか?」

 

「遠慮しとくよ」

 

 教授は渋い顔で断る。

 

「そうですか? ん、もうひとつありました」

 

「今度は何だ」

 

「あのかた、何だかこちらに恨みのある人物がいるようですねえ。折あらば復讐……いや、ちがいますね。立場をわからさせてやると……。寝物語で言ってました」

 

「日本人がこちらのことを、どうして知っとるんだ」

 

「さあ? 召喚の際にそういう情報を得たんじゃないですか?」

 

「ようわからんな? 大体いつの時代から来たんだそいつは」

 

「西暦だと、202*年。年号だと、エイコーなん年だそうで」

 

「そんな先の人間のことなんか、わしにわかるもんか。話だって通じまい」

 

 肩をすくめ、教授は椅子に座り直す。

 

「ふーん。さようで? あ、これも一応お尋ねしないと」

 

「まだ何かあるのか? もうウンザリだ」

 

 教授の顔には、嫌そうな表情がありありと浮かぶ。

 

 一方。

 

 ユオンは指先を自分の顎に触れながら、

 

「えーとですね。チーギューだかインキャだかがイキッて、チートもらってイセカイでどーとか。度々(たびたび)そんなことを言われてまして」

 

「……それは何かの呪文かね?」

 

「あちらに魔法の技術はないそうですから、ちがうんじゃないですか?」

 

「どっちにしろ、そんな(やから)のことなんぞわからんよ」

 

 教授はユオンに背を向けて、机に向かい合う。

 

「しかし……。西暦の202*年か……。昭和は遠くなりにけりだな。わしがここに連れてこられたのは、昭和33年。おお、ちょうど赤線が廃止された年じゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

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